…
……
………
あるところに とっても ヘンなかっこうの マンガ家が いました。
おでこに ギザギザ つけて とっても きもちワルい!
そのマンガ家は、殺し合いの まっただなかだというのに、
ある一冊の マンガを よんでいました。
ページを めくるたびに、
「ぎょへ~~ッ! こりゃあ おもしれェ~~~ッ!!」
「おもしろすぎて ハラワタが ねじきれそうだぜェ~~~ッ!!」
と、ダイバクショー!
そして、こうも つぶやきました。
「このネタ…… ぼくの『ピンクダークの少年』で つかっちゃおうかなァ~~~?」
あひゃひゃ! なんて フキンシンな!
でも それだけ マンガを あいしているということですね~~!
やがて、そのマンガ家は、その傑作マンガを 読みおえました。
ちょうど そのとき…… ドッギャアアーン!
──かれは ついに 『うんめいのあかいリボン』と 出会ったのです……。
めでたし! めでたし!
………
……
…
◆
「その通りだ。確かにめでたい。――」
「――……僕が個人的に見下していたクラスのバカ大将も……。ああ、確か、これと似たようなものを描き殴っていた……」
道端で拾った、漫画に似たゴミを読了して一息。
僕は、かつてないほどの疲労感に襲われていた。
表題は『トト神』。……なるほど、実に低俗で悍ましい。
稚拙な線に、無様なコマ割り。知性の欠片も感じられない語彙の選択。
極めつけは、私怨を全開にして、ブサイクにデフォルメされた僕の似顔絵だ。
だが、いい。嫌いじゃない。
このスタイリッシュなまでの無教養が、逆に一種の魔力的な魅力を放っている。
さしずめ、この一冊を例えるなら、……そうだな。
ガキの食べ残しポテトチップス袋に住み着いたゴキブリを、丁寧に写生して一冊の画集にまとめたかのような……。
……あぁ、最高の読み味だったね。
「この、無意味な余白で埋め尽くされた漫画において、僕が唯一……そう、唯一評価しているシーンはここだ」
『ぎょへ~ッ』 『あひゃひゃ』 。
……やれやれ。一体どこの次元に、そんな下品な叫び声を上げる漫画家がいるというんだ?
……あぁ、そうか。失礼。僕だったね。
確かに僕は、時として知性の欠片も感じられない言葉を吐き散らす悪癖の持ち主だ。
この作者が歪んだ小学生ファンなのか、嫉妬の炎に焼かれた低脳な読者かは見当がつかないが、僕への解像度の高さは認めざるを得ない。
これこそが、僕が常に追い求めてきた……反吐が出るほどの『リアリティ』だ。
全く、感服するよ。
「『ピンクダークの少年でパクる』……か。面白い。──」
……あるいは、もうお手上げというか。
恐らく、僕が世界で初めてなのかもしれない。
ただの印刷物に過ぎない本に対して、これほどの殺意を抱き、八つ当たりの『掌』を振るう人間というのは──。
「──登場して一ページ……いや、一コマで四肢爆散する悪役の、最後に漏らす断末魔として採用させてもらう」
バンッ──、バンッ──
『痛っ!!』
「捨てられていたところを邪魔して済まない。元あった、相応しい場所へ返すとしよう」
ポイッ──
ドサッ──
『うわぁっ?! ぐへ……』
……皮肉にもこの『岸辺露伴』──ゴミを投げ捨てた瞬間、初めて微笑が浮かんだのだ。
さて、長々と無駄な前置きを失礼した。
紹介に預かった通り、僕は「おでこにギザギザをつけた変な漫画家」だ。
そして、編集者が、二日酔いの頭で「参考資料にどうぞぉ~」と中華サイトから適当に取り寄せたような──そんな、見るに堪えない『駄作』に耽っていたのにも、一応の理由はある。
現在、僕はどういうわけか殺し合いに強制参加させられている。
つまり、僕は今、現実逃避をしていた。
いや、現実逃避というよりは、単なる『暇潰し』だな。
職業柄、僕は常日頃から『リアリティ』を求めて取材に明け暮れているが、
……このバトル・ロワイアルとやらは、あまりに陳腐で、手垢にまみれ、おまけに退屈すぎる。メモを取る価値すら皆無だ。
したがって、僕は殺し合いに乗るつもりもなければ、無様に怯えるつもりもない。
生産性のない行動で、空虚な時間をやり過ごす。
それが今の僕のスタンスだった。
「……だが。それはあくまで、『今の』話だ」
つまり、この岸辺露伴が、終始ウシかロバのように突っ立っているだけだと思ったら大間違いだ。
繰り返すようで悪いが、僕は漫画家。
「緊急事態に巻き込まれた」などという言い訳を、締め切りが許してくれるはずもない。
駄作を読み終えるというルーティン代わりを終え、僕が手を伸ばす先は──筆ペン、そして原稿用紙のみ。
この寒空の下、僕は至極当然のように、仕事に取り掛かるのだった。
……そう、人がやる気を出した時に限って、
…………なんなんだ……?
「……いてててぇ……。あ、あのぉ~!」
「…………なんだね」
「変な質問ですけど、もしかして……漫画家さん、だったりしますか?」
「…………見ての通りだと思うがね。この状況で、画板を抱えて仕事の準備をしている人間が、他に何に見えるというんだ?」
「あ、よかった! なら話が早い……のかな。よく分からないけど、まぁいいや! あの、すみません! ――」
「──この近くに、私の『スタンド(?)』……【トト神】って漫画、落ちてませんでした?」
「……っ!! 《ヘブンズ・ドアー》!!」
「え──」
──ペラ
──バタリ……。
反射だった。
得体の知れない「力」を自称し、あまつさえ僕を侮辱し抜いたあの『ゴミ』の名を口にした少女に対し、僕の指先は思考より早く空を掻いていた。
重力に従い、意識を失った少女が地面に伏す。
……やれやれ。
このでかいリボンの少女が、単なる純粋なファンか、あるいは無害な迷い子であれば、手荒な真似は避けたものを──こいつ……っ。
鬱屈とした未来が、嫌なリアリティを伴って脳裏をかすめる。
僕は溜息を吐きながら、彼女の『人生』をめくり始めた。
………
……
…
◆
ペラッ──
「『佐倉千代』。……力士のような名前だな」
ペラッ──
「特技、トーン貼りにベタ塗り……。ほう、漫画を描けるのか。……しかしそれにしても、このデカすぎるリボンは、一体何のメタファーだ……?」
ペラッ、ペラッ──
『♡私の、好きな人……(※袋とじ)』
「…………。このくらいか。──」
「──とりわけ有益な情報は得られなかったが、僕に対して脅威となる人間でないのも確か……。──」
「──それに、どうせ描き続けなければならないのなら、アシスタントの一人くらいは置いてやってもいい」
僕は独りごちて、筆を走らせた。
勝手に読ませてもらった取材費代わりだ。
ファンサービスとして、僕の直筆の『設定』を受け取ってもらう。
「──……しかし、『運命の赤いリボン』、か……」
スラスラスラ──
【露伴が誤って『泉くん』と呼んでも、特に反応は示さない】
………
……
…
◆
…
……
………
あるところに、とっても ネクラな マンガ家と、
アシスタントの リボンちゃんが いました!
ふたりとも お絵かきに むちゅう!
「せんせ~! みてくださ~~い♡」
「むむっ!? これはケッサクだ! しょーがっかん いっしょに のっとろう!」
あひゃひゃ! オトナって タイヘンなんですね~~……。
しかし しかし! タイヘンなのは ここから!
マンガ家センセー。うっかり ペンで 指を ザックリきってしまいました!!
ただし、そのちょくご!
「イテテッ!」と もだえた おかげで、
おそろしい 『カイイ』から ころされずに すんだのです……。
………
……
…
◆
──スラスラスラ
「……」
「……」
「佐倉くん、背景にトーン5番を」
「トーン5ですね。了解です」
「……ふぅ。まったく、近頃の現代アート崇拝とやらは、どこまで僕を失望させれば気が済むんだ? ハムを額縁に挟んだだけの代物が、オークションで二百万ドル……ジンバブエも真っ青だろう。……そうは思わないか?」
「あ、露伴先生できました。ご確認お願いしまーす」
「……何? もうか? 言っておくが、仕事というのは早ければいいというものではない。速さの裏に雑念が混じれば、それは単なる粗製濫造だ。……まあいい、見せなさい」
「えっ? えぇ……? と、とにかく、どうぞ……」
「……やれやれ」
スラスラスラ――。
沈黙。
僕は無言で、彼女が仕上げた原稿に目を落とした──。
「――って、漫画描いてる場合じゃないですよ露伴先生!!!! 二重の意味で! というか二重目が今は一番の危機なんですッ!──」
「―― ど、どど、どうしますか?! 『怪異』ですよ!──」
「──どうすれば、どうすれば私たちは助かるんですかあああぁぁッ!?!?!?」
「……あー、分かった。分かったから少し静かにしてくれないかな、佐倉くん」
……これだ。
これだから、僕はいい歳をしてリボンをつけた女が嫌いなんだ。
あれほどまでに静寂を保ち、僕の期待以上の作業効率を叩き出していた『仕事場』が、一瞬にしてこの有様だ。
断っておくが、僕はね、特に理由もなくこの茶店を拠点に選んだわけではない。
このアンティークなテーブルは、人々が忘却した古典芸術への敬意。
漂うコーヒーの香りは、鈍麻した脳を覚醒させる触媒。
時計の刻む音と、あざといまでにレトロなBGMだけが支配するこの空間。
誰にも干渉されず、邪魔されず、ただ己と原稿用紙との対話に没頭できる。
いわばここは、デスマーチに陥った僕にとっての聖域だったんだ。
それを、……君という人間は……。
……くっ。
「……いず──佐倉くん。頼むから口より先に手を動かしてくれないか。原稿が君の飛沫で汚れたらどうする。描き直しなんて、僕も君も御免被りたいはずだ」
「その原稿が! もう物理的に描けなくなるって言ってるんですよぉぉ~~っ!!!」
「そうか。つまり君の天秤は、世界中の子供たちが渇望している『ピンクダークの少年』最新話よりも、ギザギザヘンテコ漫画家一人の命に傾いているというわけだ。──」
「──……悪いが、そうやって愛の告白まがいの言葉を並べられても、僕は何も出すつもりはないよ」
「その最新話は! その一人の命によって作られるんですよぉ~!! ……というか、先生。トト神の内容根に持ちすぎじゃないですか……?」
「あーあー、分からないかね。怪異だろうが未来だろうがどうでもいい。僕の漫画は『月刊ムー』に連載しているわけじゃあないんだよ。……いいからさっさと描いてくれよなぁ、泉くーん?」
「……な、なんですかぁ……その、わけのわからない意地は……っ」
……なに? 『意地』だと? 呆れた話だ。
漫画の描き方を知っているようだが、これが佐倉千代という少女と僕との、『熱意』の決定的な差というわけだ。
……まったく。
――だが、
――分からんわけではない。
支給品が「青いタヌキのぬいぐるみ」と「ドラ焼き」という、
ほんわかぱっぱなリボン娘の雄叫びには、諸君も辟易していることだろうが……彼女がここまで取り乱すのには、一応の理由がある。
彼女の『記憶』を語るのに、舌の筋肉を酷使する必要はない。
能力、『未来を予知する本』――【トト神】。
支給品の核心であったCDを読み込んだ彼女は、同時にあの奇妙な漫画を手に入れた。
……あぁ、僕がゴキブリの写生と評した、あの現代アートだ。
最初は懐疑的だった佐倉くんも、頁をめくるたび、寸分違わず現実に起こる出来事に、直視せざるを得なくなった。
そして恐怖に耐えかね、うっかり本を落としてしまったところで、この岸辺露伴と邂逅に至る……という以上が回想だ。
すなわち、今、僕が八つ当たり気味に叩いている『トト神』によると――。
バンッ、バンッ!
「痛っ!! ちょ、痛いです……先生!!」
「……あのねぇ、いい加減……その設定はどうにかならないのか。学校の教師を見てみろ。本で寝ている生徒の頭を叩いているんだぞ?」
「……私も、どうにもならないんですってばぁ~~~!」
――僕が『指を切創』しない限り、僕は怪異によって呪い殺される、だか。
……困ったものだ。一冊の本に行動を指図されるとは。
自己啓発本に人生を委ねる、うだつの上がらないサラリーマンじゃああるまいに……。
「ほんとに、お願いしますよ……。どうにかしないと、本当にまずいですって……。先生…………」
「…………ぐっ」
『どうにか』、だと?
要は僕の指を、この漫画家としての魂を、犠牲にしろと言っているのか。
こいつは自分がどれほど残酷な要求を僕に突きつけているのか、理解しているのか?
…………まったく、うるさい。
集中も、静寂も、聖域も……何もかも台無しだ。
……やれやれ。仕方ない。
この岸辺露伴にペンを置かせ、原稿以外の紙面に目を向けさせるとは……。
トト神、そして佐倉千代。君たちの執念にだけは、敬意を払ってやるとしよう。
──ペラ、ペラ。
「……っ!! あ……んっ……///」
「前提の話だが、この……――なんだ? くすぐったいのか? ページを捲る程度の刺激が、君にはダメージとしてフィードバックされるのか?」
「……い、いえ! お気になさらず……! これが『スタンドと本体』の関係、らしいので……!」
「テンポが悪い。話の腰を折るな。──」
「――よく読みたまえよ。『うっかり』『指をざっくり』。……ほら見ろ。どこにも具体的な記述がないじゃないか」
「え? ……あ、傷の度合い、的な話ですか? ですから、軽くでいいんです! ほんの少し、カッターでシュッと、その……先生の指を……」
「あぁ描いてないよな? ──『誰の指』かは」
「え」
「君も薄々、感じていたんじゃないのか? ちょうどトーンを切る『ペンナイフ』を握っていて良かった、と」
「え゙!?」
「……さあ、勝手に怪異を追っ払ってくれたまえ。絆創膏代くらいは、原稿料から立て替えてやる」
「な、ななな……!? 何を、何を言ってるんですか露伴先生ぇぇぇ!!??」
……何を話している、だと? 僕は日本語を使っているつもりだがね。
まあ、確かに……君のようなうら若き乙女が傷つくのは、僕としても多少は心が痛む。
それに、普段の僕はここまで冷酷(サイコパス)ではないつもりだ。
こんな、ゴキブリの死骸のような本のために自傷行為など……本来なら止めてやりたいくらいだよ。
だが、佐倉千代。君の本望はなんだ?
そうだよな。この『怪異』を、一刻も早く止めたいのだよな。
僕は、君の切実な願いに対して、一休さん的な機知に富んだ解決策を提示してあげたんだ。
これはもはや究極のファンサービスと言っても過言ではない。
それだというのに、文句を言われる筋合いなど……甚だ遺憾だね。
「お、おかしいですよ! せ、先生の指、ですよ! 予言をどう読み解いてもッ!!」
「おいおいおいおいおいおい、佐倉くーん? 黙って聞いていれば、君はさっきからなんだ?──」
「──『僕のためを思って』というニュアンスの下に、僕が傷つくことを声高に推奨している。……これがどれほどの『矛盾』を孕んでいるか、君の脳細胞は理解していないのかね?」
「えっ?! そ、そういうつもりじゃなくて……っ」
なら、どういうつもりかと聞かれて、君に答えられるのか?
――『自分の国が苦しいのに、他国を心配するのは偽善者だ』
素晴らしい、マザー・テレサの至言だよ。
今の君がやろうとしていることは、独裁政権が気に入らないからといって、市街地で無差別自爆テロを扇動しているのと同じなんだぞ?
……いいかい。
漫画家にとって、たとえ掠り傷一つであろうと、指を傷つけるということがどれほどの重罪か。
それを知りもしないくせに、軽々しく「指を切れ」だなんて……。
君こそが、この島で一番の『サイコパス』なんじゃないのかね?
「……せ、先生だって持っているじゃないですか!」
「何を? カッターか? 悪いが、今僕の右手が握っているのはペンだけだ。これ以外の武装など、持ち合わせ――」
「そのペンですよ~!! ……あんまり、言いたくないですけど……そのペンで、プスリ……みたいな……」
「おい」
「ひっ!(……『おい』って怒りの度合い表してるの? 少ないほど危険なの?!)」
「いいかい。カッターによる切創は、およそ42ミリ。──」
「──対して、このペン先で肉を破り、血脈まで掘り起こすには96ミリと推定されている。……医療における痛みの測定尺度、VAS(ビジュアルアナログスケール)の話だ」
「えっ? ミリ? 単位の話ですか……?」
「『怪異を、回避』だか何だか知らないが、そんな陳腐なライムのために、僕に1センチ近い肉体的苦痛を味わえと言うのか? あぁ、素晴らしい慈愛の心だね、佐倉くん」
「そ、そんなぁ~!! ……ミリとか単位とか、難しい話されても困りますって!」
「なら感情論で話すつもりか? あぁ、不毛だ。水掛け論なら日頃でお腹いっぱいなんだよ。……切るつもりがないなら、水のおかわりでも汲んできてくれないか」
「……せ、先生ぇ~…………」
……この既視感。何だと思えば、泉くんのそれと全く同じだ。
彼女も僕とはまるで波長が合わないくせに、次から次へと無価値な難題を持ち込んでくる。
どうやら僕の人生は、妙なリボンをつけた女を言い負かす、終わりのないサイクルに陥っているらしい。
……今後は少し、彼女たちの低い視座にまで降りて、会話を試みるべきかもしれないな。
「……わ、分かりました……」
「ん?」
……そうかと思えば佐倉千代、急にしおらしくなり始めた。
おいおい、何だ?
ペンナイフを恐る恐る見つめるその姿には、もはや畏怖すら覚えるぞ。
まるで、DV生活に精神を摩耗させた被害者妻のようだ。
……佐倉千代。やはり君の考えていることは、さっぱり見当がつかない。
……あぁ。本当に、この女の思考回路は理解に苦しむよ。
奴は――。
「……き、切りますよ? いいですね?」
「良いも何も、君とその駄作漫画が勝手に始めた物語だろう」
「…………っ。その代わり……ですよ? 約束ですからね?」
「口約束で構わないなら、いくらでもしてやる。ご自由に」
佐倉千代。
てっきり、己の指を差し出す覚悟を決めたかと思っていた奴は――。
「……終わったら、『みこりん』をモデルにして新作を描いてください。約束ですからね!」
「……は? ミコ……巫女?」
僕に向かって、あろうことか小指を差し出し──。
「は?」
《指きり げんまん~~♪》
《嘘ついたら、針千本飲ます~~♪》
《指、『切った』~~~♪》
「……はい! これで、……なんとかなりませんかね、先生…………?」
「…………」
──僕以上に一休さんであり、お花畑な懐柔策を出してきたのだ。
……あぁ。面白い。
これが、女子高生という生き物の『発想の限界』か。
……素晴らしいよ、佐倉くん。君のその、あまりに安直さは…………。
「――だから、死ね」
「ひっ!!!?」
僕の内に、どす黒い殺意が澱み溢れた。
気がついた時には、ペン先を躊躇なく向け、その鋭利な先端を、目の前のふざけた愚か者へ向けて突き伸ばしていた。
……本来なら、この高貴な商売道具。こんな野蛮な使い方など、万死に値する冒涜だろう。
だが……そうだな。
頭の弱い子供ほど、高価なDVDにマジックペンで落書きをしたがるものだ。
今の僕もそれと同じ……ただそれだけのことだと、無理やり結論づけることにしよう。
僕は止まらない。
風をいくら切り裂こうが、この腕を止めるつもりはない。
止める必要性も、理由も、どこにも存在しない。
怒りによって堪忍袋が切れた僕は、ある種の野生の本能に突き動かされるまま、ペンを────。
「ちょっ!! ろ、露伴センセ――」
――ザシュッ。
『ぎぃあッ!! い、イヒヒ……ッ!』
「…………」
「……え?」
────佐倉千代の後頭部目掛けて飛んできた、その『スタンドDISC』とやらへ、深々突き刺した。
……あぁ、失敗だ。今、猛烈に後悔したよ。
「……『ヘブンズ・ドアー』で対処すれば、済む話だったな」
………
……
…
◆
『ね? ね? おんぶして……? 写真燃やそ? ね?』
「せ、先生……し、CDが……話して─」
「見りゃ分かるよ佐倉くん。君は解説要員か」
『ね? 露伴先生ぇえ──』
《ヘブンズ・ドアー》
──ペラッ……
「これは……」
「…………面白いじゃないか。君の仲間だそうだよ、佐倉くん」
怪異の名は、『チープ・トリック』。
DISCから展開される膨大な情報の奔流は、僕の海馬を逆撫でするものだった。
――取り憑いた者の背中を見られれば、その瞬間に、死ぬ。
――逆に言えば、誰かに背中を見られることこそが、この怪異の唯一の「攻略法」。
──それが、『チープトリック』。
……ぐっ、頭が痛い。
「六壁坂の山を売り払え」だか何だか。
かつて僕を死の淵へと追い詰めたあの忌々しい記憶は、岸辺露伴の生涯史において、優に12ページは割かれるほどのトラウマを残している。
……それが、どうしたことだ。このデジャヴは。
「……何でもかんでもデジタル化すればいいというものではないだろうに」
「え?」
「……文明発展の弊害だな。あまりに情緒がない」
僕は呆れた眼差しで、ペン先に串刺しとなったDISCを見下ろした。
『いいぃぃっ……! 露伴先生……。露伴センセじゃない……? 別のセンセエ? 分からないぃ……。とにかく、殺し合いに乗ろ? ボクを頭に入れよ? ね? ねぇ?』
「ど、どうしますか……? 先生……」
「『どうしますか』だって? 君に行動の実行権があるとでも思っているのか? なんだ、やる気満々じゃないか」
「い、いえ!! そういうわけじゃなくて……!」
『ねぇ? ねぇ?』
まったく。かの哀れなDISCは、阿呆の一つ覚えのように「ね、ね」と繰り返すばかりだ。
これなら、あのじゃんけんマシンの方が、まだ語彙が豊富だったんじゃないか?
だが……認めよう。そのチンケな外見に反して、僕の脳へと捩じ込まんとする執念だけは、本物だ。
死してもなお、誰かを殺しにかかるその醜悪なまでの生命力……。
無機質で暗い喫茶店の片隅に、これほど映える生き様もそうはない。
……あぁ、感涙だ。
漫画家になって、一体どれほどの月日が過ぎ去るのを目にしてきたか。
その過程において、僕は自分の『ヘブンズ・ドアー』――その能力の本質を、深く考察することを避けてきた。
理由は特にない。
強いて言うなれば、そこにリアリティを見出せなかったからだ。
「なら、丁度いいだろう」
「……ちょうど、いい?」
かつての恐怖を再演しようと蠢く、DISC。
その動きを封じ込めたのは、他でもない、佐倉千代。
ならびに『トト神』というふざけた、傑作漫画のおかげ。
──いわば、【スタンド能力】。
────ならば、僕が次にすべきことは決まっている。
「――《ヘブンズ・ドアー》」
──ペラペラペラ
パッ
スラスラスラ……
この岸辺露伴。
不愉快なバトル・ロワイアルを通じて、今更ながら『スタンド』という現象を徹底的に取材してやろうと思う。
【命令】
【岸辺露伴、ならびに佐倉千代には一切近づかない】
【主催者、およびゲームに興じる殺人者のみを標的とし、接近することを第一行動とする】
………
……
…
【岸辺露伴@岸辺露伴は動かない(ドラマ版)】
[状態]: 睡眠中
[装備]: Gペン
[道具]: 漫画セット一式
[思考]:殺し合い。ならびに『スタンド』という現象を徹底的に取材・研究する。
1:Zzz。……嫌いの……反対の……反対の……反対の…………。
2:……これだから僕はッ……光ディスクが嫌いなんだ…………。
【佐倉千代@月刊少女野崎くん】
[状態]: 焦り、スタンド『トト神』発動
[装備]: トト神の漫画
[道具]: たぬきのぬいぐるみ@野崎くん、ドラ焼きx10、ローレライの歌声CD@野崎くん
[思考]:露伴先生のアシスタント……で、いいのかな?
1:結月の歌声聞かせたら、気絶するように寝ちゃった~~!? 先生、死んでないですよね!?
2:野崎くんなら、この状況をどうやって漫画にするんだろう。
【チープトリックのスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険】
【現在、危険人物を求めて追跡中】
最終更新:2026年02月28日 19:07