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「はぁ……はぁ……。」

 早足で、荒野を進む。
 走っているわけでもないのに、呼吸も心拍も心なしか早まっている。
 流れる汗を拭うのも忘れるくらいに、少女の頭の中はひとつの光景で埋め尽くされていた。
 その歩みは、快適な遊歩道とは、ほど遠く。

 全身に纏った黒を基調としたドレスは奇しくも、その手に握る金属バットと調和した色合いをしていた。
 点々と広がる赤黒い染みも、衣装と武器、その両方に付着して、華麗なコントラストを描いていた。

 少女――秦谷美鈴は、人を殺した。
 その感覚が幾度もリフレインしては、身体に宿る熱を高めていく。


 この催しが始まって間もなくのことです。
 わたしは、ふらふらと彷徨うように歩いている男の方と出会いました。

 わたしも、殺し合いなんてものに巻き込まれて、冷静さを欠いていたのかもしれません。
 あるいは、ドッキリか何かだとでも考えていたのでしょうか。

 デイパックの中から出てきた金属バットを手にしていたわたしが最初に恐れたのは、誤解を受けることでした。
 こんな催しに乗るつもりはないと、弁明がしたく――その方へと、近づいたんです。

 するとその男はわたしの胸ぐらに掴みかかり、襲い掛かってきたのです。
 思わぬ出来事に、悲鳴を上げながら必死に抵抗しました。
 腕を振り払おうとしても、体格差も相まって、想像以上の腕力で。
 男がもう一方の手を大きくしならせながら殴りかかってくるのが見えた時――わたしも必死に、もう一方の腕を用いて抵抗したんです。

 ――がぁん、と。

 どこか鈍い嫌な音と、手に残る感触。
 手にした金属バットが幸運にも頭へと当たったようです。

 わたしを掴んでいた腕の力がゆるみ、ぐったりと項垂れ――わたしにはつかの間の自由が与えられました。

 ですがその時――男の姿が大きく変貌したのです。
 身体の至る箇所から触手のようなものが生まれ、膨張した肉からは目や口といった器官が生え――
 人知では推し量れぬ領域――バケモノと呼ぶに相応しいものだったと、そう言えます。

 この時、わたしは認識したのです。
 ああ、この催しは本当に、"人が死ぬ"ものなのだと。

 わたしはなんて、"のんびり"していたのでしょう。
 最初に呼び出された場で人死には目にしていたというのに、実際にその脅威を目の当たりにするまで気付けませんでした。

 正当防衛だと謳うこともできるでしょう。
 緊急避難だと判じることもできるでしょう。
 ですがこの時わたしは、明確に殺意をもって――もう一度、金属バットを振り下ろしました。

 ――秦谷美鈴が、"全力"を以て殴ったのです。
 結末など、分かりきっているでしょう。
 目の前の男が、バケモノじみた存在であるかどうかなど、関係ありません。
 即座に頭蓋は弾け、血飛沫を上げながら命だったものが喪失しました。

 そしてわたしは、全身でその血液を受け止めることとなりました。
 とても生温かくて、ぬめりとした感触。わたしの五感にこびりついて、取れなくて。

 涙腺に溜まっていたものが、実感の伴う恐怖とともに噴き出してきました。
 アイドルとして――いいえ、人として。
 越えてはならない一線を、越えてしまったこと。

 わたしは呆然と、逃げ出すようにその場を後にしました。


(Begraziaの皆さんに、そしてまりちゃんに、どのように顔向けをすればいいのでしょう。
 ……いえ。そもそも皆さんは、この催しから逃れられているのでしょうか。)

 様々なもしもの想像が頭を過ぎる度、ぞわぞわとした黒い感情が湧き上がってくる。
 これまでの人生で、無縁だった感情だ。

 心の内側を、搔き混ぜられているかのような不快感と、嫌悪感。
 まるで、自分が自分でなくなっていくかのような感覚。
 抗おうとしても、巣食った心のモヤは晴れなくて――ただ、込み上げる苛立ちばかりが募っていく。

 そして次第に、ぐちゃぐちゃの感情は、ひとつの答えを導き出し始める。

「……ベリアルと名乗ったあの者は、言っていました。最後の一人になればいい、と。」

 その最たる手段が、実際に自分が今そうしたように、殺すことなのでしょう。
 呼ばれているかもしれない友達も、わたしだけを見てくれるファンのみなさんも。
 周りの人を蹂躙して、破壊して、独りステージに立つ私は、果たしてアイドルと呼べるでしょうか。なりたいわたしで、あるのでしょうか。

「ですが……。」

 世界中の人たちをわたしで、埋め尽くしたい。
 わたしだけを、見てほしい。

 わたしのなりたいアイドル像には、"あなた"の存在が必要なんです。

「……"一人と言う結果に達せばそれでも"、とも。」

 具体的な意味は仰りませんでしたが、確かにベリアルは、そう提示なさいました。

「それなら、わたしのやるべきことは、決まっていますね。」

 ああ、今にして思えば。
 わたしはなんて、矮小な野望を抱いていたのでしょう。

「老若男女、魑魅魍魎、森羅万象、ありとあらゆるすべてが――秦谷美鈴になればいいんです。」

 秦谷美鈴を知った者が、わたしから目が離せなくなって、わたしで満たされて、わたし無しでは生きていけないようにする。

 ただ、"それだけ"で満足していたなんて。

 あの日、あなたは太陽を見ていた。
 高いところで、歌声に、ダンスに、パフォーマンスの一挙一動に魅せられ、焦がれていた。

 そんなあなたの横顔を、わたしは見ていた。
 いつもわたしだけを見て、わたしの隣にいたあなたが、"わたし以外"に照らされ、満ちて――

 ようやく、分かりました。

 ――これがたったひとつの、"あなた"の大切になるための、冴えたやりかただったんです。

「……っ! 今のは……わたし、疲れてしまったのでしょうか。」

 ふと、我に返る。
 支離滅裂な己の思考を思い返しては、思い切り首を横に振った。


 ――フシュルルル。

 美鈴の中で蠢く存在が、醜くその口を鳴らす。
 生物は、その名を"パラサイト"といった。

 体液や飛沫に混ざり、口や皮膚から侵入しては、寄生先の体内で成長する性質を有する生物。
 寄生界と呼ばれる世界で、人類のほとんどを宿主とした"天敵"である。

 そして、寄生された者――侵蝕者<ヴルムス>には、皮膚の痒みや微熱に加え、精神への影響が生じる。
 その影響下では、他者に対し暴力的な兆候を見せるとともに――他者を喰らい、一つになろうとするパラサイトの性質に倣うのである。


 わたしの、"あなた"へ。

 怖がる必要なんて、ありません。
 わたしが手を引いて、連れて行きますから。

 だから――おいで。
 "あなた"も、わたしと、ヒトツニ……。


【侵蝕者の男性@バーサス 死亡】

【秦谷美鈴@学園アイドルマスター】
[状態]:パラサイト@バーサスの寄生
[装備]:金属バット@ワンパンマン
[道具]:基本支給品、ランダム支給品 × 1~5
[思考・状況]
基本方針:自分にも大切な人たちにも何事もなく、生きて帰りたい。
1:まりちゃんやBegraziaの皆さんは招かれているのでしょうか。
2:ミンナト、ヒトツニ

※参戦時期は初星コミュ4章4話~4章15話のいずれかです。
最終更新:2026年03月14日 16:36