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 『満月』────であれば、夢を見れたかもしれないのに。
真夜中。やや歪な、楕円を描く月光の下。
銀色に波打つススキの草原に、一冊の『童話本』を抱えた女子が独り、身を沈めていた。


「…………」


頬を叩く夜風は、どこまでも冷たい。されど、彼女の鉄仮面は微塵も揺るがず。
視界を遮る鳥居越し、遠い祭囃子の幻聴。されど、彼女の瞳の濁りは晴れず。
ススキの乾いた肌触りも、夜の匂いも、あつらえ向きの情緒も。──何一つとして、彼女の心の隙間に届くことはなく。
まるで、五感のすべてを拒絶するかのような、無機質な仮想空間《メタバース》。
その中心で、金髪をポニーテールに結ったその女子──メイドは。


「……かぐや、様……」


──いや、『元』メイドは。
そっと、薄金のコンタクトレンズを取り外した。


………
……




 視界は、無機質なリビングへと回帰する。


「………………かぐや……様。私……は…………」


 支給品──『高級スマコン』。
メタバース空間『ソラコン』への通行証たるコンタクトレンズをケースに収めた早坂愛は、仄暗い空気の中で、ただ泥濘のような時間を停滞させていた。
一参加者として彼女に与えられたのは、そのスマコンと、一冊の『童話本』。そして、不躾な一枚のレシート。
──そのレシートには「\129,000」と、調達コストを誇示する数字が印字されていたが、今の彼女にとっては道端の礫にも等しい。
支給品の試用という、あまりにも脆弱な現実逃避。
ソファに沈み込む早坂は、次なる感触をその一冊の紙へと伸ばした。

『メンダコの、たけとりものがたり』。
ページはところどころ破け、使い古された形跡が痛々しい本を読む──否、眺め始める早坂。
稚拙なプロット、平仮名ばかりの文章。
それらが網膜を滑り落ちるたび、脳内の深奥では、たった一つの言葉が激しいノイズとなってリフレインする。



“──『裏切者』。”



「…………」


 自身の主であり、長年誰よりも尽くし、心を削ってきた──四宮かぐや。
その、あまりにも断罪な一言だった。

始まりは数日前。
四宮の付き人という『役柄』を演じるよう命じてきた、四宮家本家の影から、早坂の追憶は始まる。
クールで有能なメイドを演じながら、その裏で、主の私生活を逐一報告し続ける監視者の役割。
無論、早坂にその主従関係の歪み、ひいては家柄の呪いを、快く承った本心はない。
立場上逆らえぬとはいえ、そして罪悪心という名の汚油が心を染めるとはいえ、早坂の真意は──『四宮と友達になりたい』。
それだけだった。

──たったそれだけの、ひどくありふれた願いだというのに。


『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。
『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。
『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』。『裏切り者』……。


「──裏切り者……。……裏切り者」


──そして、『メンダコの、たけとりものがたり』には一文字たりとも、『裏切り者』とは記されていないというのに。

自身へ呪詛を読み聞かせるように、早坂は同じ言葉を反芻し続ける。
義務的な作業としてめくられるページ。
いくら指を動かしても、その紙面から、幼少期の弾んだ声が響いてくることはもうない。



……

“……早くよむので、さっさとねてくださいよ。かぐやさま”

“はやく! はやく読んで、はやさか~!”

“……えー、『あるところに一匹のメンダコとカリスマ的ウミウシがいて~』……なんですか、この本”

“どうでもいいけどさぁ。……ねえ、早坂。早坂って、その敬語、ぜんぜん似合わないわよね~”

“……そんな、どうにもならないことを仰らないでくださいよ……”

“ふーん。早坂って、つまんないの”

“ええ、つまらないんですよ、この本は。……ほら、もうおやすみましょう”



“……えー、『ウミウシは満月の夜、かならず海辺で、たった一人の友達を待っていました……』────”

……


「………………何してんだろ、私は」


もう、その思い出の一冊に、味はしない。
本を最後まで読むことなく、拒絶するように閉じた早坂は、ようやく現実を直視する。
すなわち、無気力な足取りで、──殺し合い開始の玄関へと自らを運んでいった。



 『満月』──。
──であれば、ゆめ路にも通ひなましものを、
──いと若きその仕え女は、
────夢に似たるうつつの闇をこそ見なれ。


真夜中。
やや歪な、楕円を描く月光下。
廃民家の玄関先にて──。


「…………え」


万が一の追っ手を想定し、地表に伏せておいた支給武器・ステルス地雷。
その爆破有無、および周囲の確認しに来た早坂は──。


「オッケーオッケー。……うん、OK! もう降参! 降参したからさ~~!」

「……………は?」

「かくれんぼはもう終わろう!! おい『爆弾』~~!! 無視しないでぇ~~、返事してよぉ~~~!!」


──バカか──。
──それとも、天才か──。


「あ~~もう、無視すんの~~!? じゃあ触っちゃうからね!? 触っちゃうよ!? よっしゃ、これで同接30万いけちゃ──」

「いやバカですか!? な、何やってんですかあなた!?」

「へ?」



月光で金髪をなびかせる、そのアホ少女と出会った──。


──奇遇なことである。
彼女の、名は────、



「…………名前?」

「……ええ」

「えっえ~~~!? 知らないの!? ヤチヨカップ99位まで爆上がりしてトレンド入りしたのにぃ~~~!!」

「…………ヤチヨカップ?」



「──『かぐや』だよ、かぐや!! 全人類の推し、かぐやちゃんでーす!! ねえ知らないのぉ~~??」



────全く予想にもしていなかった、『TaKetOrI LOVE♡STORY』、前奏の合図であった。


★♡

………
……


✨😂✨
『KA────ッ!!』

あ!

✨😄✨
『GU────ッ!!』

😅……ん?

✨✌😊✌✨
『あとはめんどくさいから一括送信(まとめ)っ☆』
『KA・GU・YA/HI・MEU────ッ!!!!!!』



「1・2・3……爆音(MUSIC)スタートぉぉぉ!!」


【♪BGM】
💿✨👾✨💿✨👾✨💿

✨🌈『🆁🅰🅸🅽🅱🅾🆆 ​ 🅶🅸🆁🅻』🌈✨

🚀✨『(CPK! Remix)』✨🚀

💿✨👾✨💿✨👾✨💿



★♡


 『かぐや姫』────ッ!!!
今は昔、竹取の翁といふ者ありけり……。
ひいては幾多の舞台やドラマ、はたまた実写映画に至るまで!
もはや日本人のDNAに刻み込まれた『代表的古典』の主人公、その人である!!

だが、しかし! プレイバックを語ろう。

月での生活がダルすぎて、地球に不法投棄(やって)きたこのかぐや姫は!
あろうことか、酒寄彩葉という極めて凡庸な女子高生の元へ、ただの『遊び』で降臨したのだった────ッ!!


「そゆわけで~~! かぐやはね~竹取原作とは180度(おまけに+360度)真逆な、『ハッピーエンド』を迎えに頑張ってきたわけ!!」

「……ハッピーエンド?──」

「──……あー。かぐやちゃん、どんまいだしぃ~~……(※要警戒人物の為ギャルモード)」

「あぁもう、ほんっとDon't Mind(心なし)だよ主催者はぁぁぁぁ~~~~!! なに?! なに殺し合いってさぁ~~~~~~!?」

★♡


 嗚呼、このかぐや姫……!
名前こそ同じ『四宮』なれど、その中身の差は何なのか!!
バイト生活で血を吐く思いの彩葉の苦労など、どこ吹く風!
食材! 配信機材! その他ガラクタ買い放題!!おまけに部屋は、ビッグバン直後の如く散らかし放題!!
無邪気と言えば聞こえは良いが!
その実は、ただの自由奔放でだらしのない、姫の名を冠するバグなのだッ!!


「はいはーい! ここで唐突に開催しちゃうよぉ! 第一回・絶対にまずい料理選手権~~~!!!」

「へ? え、なになに~~~? 大喜利タイム~~??」

「名付けて『お茶漬けかけごはん』!」

「……え? ……お湯、かけないでボリボリいく系のやつ~?」

「さっすが名通訳ぅ! 絶対まずいよねこれ!! ねえねえ、早坂は何かヤバそうなの思いついたりする~~~??」

「(……水道水という最低限の文明すら放棄した料理……)え……?──」


「──……『数の子のすりつぶし』……とか~?」

「うっは!!! おもろい~~~~~!!wwww 数の子のアイデンティティ崩壊~~~!!wwwwwww バビロンの空中庭園跡みにイラク旅行いくもんじゃ~~~ん!!!」

「(……なにその、無駄にグローバルな謎教養……)」



★♡


 そんなだらしのないかぐや姫だが! 彩葉が過労による風邪で倒れてしまった際は!
その身を案じ、献身的に看病をしてくれるような、心優しい一面がある!!
それもそのはず! 月より来たりし宇宙人ゆえ、基本スペックは銀河級!!
歌唱力! ダンスのセンス! はたまた料理に至るまで!
あろうことか、全てを『神域』のレベルで平らげてしまうのだッ!!


「……え!? マジでおいし!! か……かぐやちゃん、鯛の握り寿司作れるの~~~?!☆」

「ふふーん! 食べたいものがあるなら、かぐやに任せんしゃい!☆」(ヌリヌリ)

「すごぉ~~い♡(ハケでネタに煮きり醤油を塗っている……。銀座の高級寿司店リスペクト……)」



★♡


 そんなスーパーかぐや姫に立ちはだかるは、『ヤチヨカップ』!!!
説明しよう! 酒寄彩葉は人気ライバー・月見ヤチヨのガチ信者である!
期間内に新規ファンを獲得した上位ライバーのみが許される、約束の地への切符──『ヤチヨカップ』!!
その夢を叶えるべく! かぐやは自らライバー(歌手)として電脳の海へダイブ!!
一攫千金ならぬ、一攫『夢』金の奮闘を始めるのだった!!

以上が現代に蘇りし、デジタル・ジャンクな新釈『竹取物語』なのである────ッ!!


「……いろはにおえどぉ~♪ たちつてと~~~♪(鼻歌)」

「…………」

「はひふへ、ほぉぉ~~~♪(超高音)」

「……っ、あぁもう我慢できない!!──」


「──なんですか、その月の教養の限界はぁ~~~~~~~~~~!!!」


………
……

★♡



「おぉ~~~~! これもうピサの斜塔じゃん~~~~~~!!!」

「不吉な事言わないでくださいよ!」


 そんなこんなで、現在二人は『タワーマンション五階』。一室。
活動拠点をこの高層へと移し、吹き荒れる殺し合いの嵐を、ひとときの静観で迎えていた。
『風が吹けば桶屋が儲かる』。──ならば、この歌神が歌えば、一体何が吹き付けるというのか。
早坂は、突風という名のバグを正面から浴び続け、気づけば振り回されるだけの時間を過ごしていた。


「~~~~♪ どう、早坂~~~! パンケーキ食べたい~~? ほら、アーンとかしちゃう? ア~~~~ン♡」

「……いえ、結構です! かぐや……さん!──」

「──もうっ…………」


「(…………)」


 ──そう。『風が吹けば桶屋が儲かる』とは、よく言ったものだ。

気がつけば、かぐや姫という名のハリケーンを前に、警戒の証であったギャルモードの装甲は剥がれ落ちていた。
気がつけば、自由奔放な彼女を嗜める、かつてのメイドモードに似た立ち位置で、彼女の手綱を握ろうとしている自分がいた。
────そして何より。
ススキの原で、死を待つように微風に吹かれていた『虚無』の自分は、もう、どこにもいなかった。


「…………」

「流し目★ アイアイアイ~~~♪」


主と名前が同じ。
ただそれだけ。他に心を躍らせる要素など、何一つとして持ち合わせていないはずの女。
……どこぞの馬の骨とも知れぬ、月からの不法投棄物だというのに──。


“…………いや、”
“『彼女』だから──か”

──と。



「へ? 早坂ひとり言うまいね~~~!! 今度はかぐやともおしゃべりしよぉ~~!!」

「……あの、嬉しいと思いますか!? その不名誉な褒め方!!──」


「──…………」


 早坂から誰に聞かせるでもない呟きが零れた。

ソファでゴロ寝するかぐやを視界の端に追いやり、早坂は思わず漏れ出た自分の声を、冷え切った自意識で塗りつぶそうとした。
だが、その手に今なお無意識に握りしめられている一冊の『本』。
本と、彼女の本心が、逃げ道を塞ぎきる。
デイバッグを放り出しても、命のやり取りの最中であっても、手放せなかったその──『メンダコの、たけとりものがたり』。
それが今、先ほどまでとは違う意味で、早坂の胸を激しく疼かせていた──。


……

“えー、『カリスマメンダコはウミウシを始末しましたとさ。めでたしめでたし』…………終わってますね。この本─”

“ううぅっ……!! ひぐっ、うえぇ~~~~~~ん!!! 早坂ぁ~~~~~~!!!!”

“……泣く要素、どこにありました!? ……かぐやさん、違う意味で涙腺崩壊してません?”

“違うよ早坂ぁ~~~! ……さっき、チラ見しちゃったんだよぉ…………。早坂って、その四宮さんのこと、本当はめちゃくちゃ大切なんだよねぇ~~~~!!!”

“…………。……だから、どうしたんですか。私には関係のな─”

“いいからよく見てよ!! 最後のページ!! そこに書かれてる……『メッセージ』!”

“……え?”


……

──『わたしのために読んでくれて、ありがとう』
──『しのみや かぐや』



「……………………っ」



 最後に記されていた、稚拙で、心細げな、──あまりにも幼い筆跡。
網膜に焼き付いたその光を前に、早坂愛は何を思っただろうか。
『裏切者』という血文字を『仲直り』で塗りつぶす、そんな、奇跡に近い魔法のロジックを、彼女は導き出したのだろうか。
そして何より。
目の前で鼻を啜るこのアホ姫は、すべてを意図してそのページを開かせたのだろうか。


──天才か──。

──あるいは、ただのバカか──。


「…………“おしゃべりしよ~”でしたっけ。かぐや……さん」

「うん! トークトークトーク! 喋り倒して同接稼いじゃうよぉ!☆」

「……ええ。私もちょうど聞きたかったものです。あなたの話……。──」


「──ただ、私はWikipedia的詳細な話を求めてるわけで。……脳の処理速度、私の要求に追いつけますかね?」

「……っははーん! ズバリ『これ』の使い方を教えてほしいんでしょ~!? オッケー、任せんしゃい! 超絶チュートリアル・スタートぉぉ!!」



決して、ジェネリック四宮扱いをしているわけではない。
この不法投棄された姫を、かつての主と重ねて見ているわけでもない。
──だが、今は、それでいい。

早坂は、手元の『スマコン』──。
──この殺し合いを生き抜き、いつか『本物』へ謝罪を届けるための鍵となる、その道具の説明を、かぐや姫へ求めるのだった。




🌟
【支給品のトリセツ】
『スマコン@超かぐや姫!』

→ハイこれ、目にガツーンとつける!
→そしたらさぁ、ヤチヨのコピーが『フォルムチェンジできますよぉ~』とか、エセ敬語で喋りかけてくるから!
→衣装! ヘアカラー! おまけにキャラ設定まで! 好きな姿にポチポチしたら、はい完成! 秒で『なりたい自分』になれちゃうワケ!!

→で、こっからがすっごいバグ!!
→このスマコンつけたままなら、MMO内での自分の姿も! 盛り盛りに改造した武器も! なぜか『現実』にそのまま維持されちゃうんだね、これが!!☆
→理由はかぐやもわかんなーい! でも現実に剣が出ちゃうし、魔法も撃てちゃうから、あぁこの殺し合いっておそろしや~~~!!
🌟

💿✨👾【PLAYER STATUS】👾✨💿

【早坂愛@かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~】
​[状態]: メイド服猫耳モード
[装備]: タクティカル・ホーキ(銃火器内蔵型)
[道具]: スマコン@かぐや姫、絵本
[思考]:……謝らせてください。今度は、偽りのない私の声で。
1:不本意ながら、目の前の『姫(バグ)』と共闘。
※過去回想はほぼ筆者のオリジナルです。矛盾があれば訂正します。

​【かぐや@超かぐや姫!】
​[状態]: 宇宙規模の健康体(ハイテンションMAX!)
[装備]: 無敵の「元気」と「無鉄砲」!
[道具]: 不明(彩葉が見たら泡を吹いて卒倒するモンばっか!)
[思考]:人気ライバーの意地にかけて、殺し合いをハッピーエンドに終わらせる!
1:早坂、いっきまーす! ついてきてねぇ~~~!!
最終更新:2026年03月07日 10:50