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「あたしもこの歳になるまで色んなことがあったけどねッ」

すぱぁ、と口から吐いた煙が立ち昇り、空気に溶けていく。
煙草を燻らせるのは、女だ。弛んだ顔と苦難を刻み込んだ皺、年齢を感じさせる豊満な肉体。
おばさん。彼女を見た者はみな口を揃えてそう評するだろう。

彼女の名前は渡辺メグミといった。

「まさか殺し合いに呼ばれるだなんて思ってもいなかったよ」
「そいつは俺もだぜマダム・メグミ。こう見えて世界を回っちゃいるが、こんな悪趣味なゲームは流石に身に覚えがねえよ」

対面し、そう語らい合うのは、西部劇のカウボーイを彷彿とさせる風貌の割れ顎のナイス・ガイ。
彼の名はホル・ホース。
自称、この世で最も女に優しいフェミニストである。

「それで?その素敵なあんたがこんなババアを捕まえてどういうつもりだい?」
「おいおい人聞きの悪いこと言わないでくれよ。俺は女を傷つける趣味はねえんだ」

ホル・ホースの言葉は真実である。
彼は歴戦の殺し屋だ。
敵を殺すことに躊躇いは無いし、何よりも優先するべきは己の命という価値観は徹底している。
そんな彼にも矜持というものがある。
それが先に挙げた『女に優しいフェミニスト』だ。
彼は相手が女であれば基本的に傷つけることはしない。そこに、美醜や年齢が介在する余地はなく、等しく平等に丁寧に扱う所存だ。
無論、命を狙われればあっさりと覆す程度の信念ではあるが、少なくとも、メグミから殺意を微塵も感じない現状で、彼女を害するつもりは無い。

「するってえとなんだい?こんなババアのお話し相手にでもなってくれるのかい?」
「マダムが望むなら、聞き役くらいは務めさせてもらうぜ。...とはいえいまは殺し合いだ。あんまり長くなるのは勘弁してもらいてえが」

ホル・ホースは「珈琲はいけるかい?」と尋ね、了承を得ると備え付けのインスタント・コーヒーをメグミと自分の二つぶんのカップに注ぐ。

「気がきくね。ご褒美にチューしてやろうかチュー」
「おっと。その好意は嬉しいが、ご褒美は話が終わってから貰おうか」

ホル・ホースは、己の頬に唇を尖らせるメグミをやんわりと制し、改めて対面に座り合うことで話を聞く姿勢に入る。

「ふふ、そうだね。...息子がね、いたんだよ。ついこの前まで」

先ほどまでの図太ささえ伺える表情に陰が差し、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

「自慢の息子だったんだ。あたしなんかにゃ勿体無い、立派で優しい男だったんだ。今でも時々思うんだよ。なんであの子じゃなくて私が生き残ったんだろうって」
「マダム、もしかしてあんたは...」

すっ、と微かに後方に椅子をずらしたホル・ホースの気配を察知し、メグミはふっと口元を緩める。

「それを許してくれる子ならそれでいいんだけどね。生憎、誰かを犠牲にして生き返ってもあの子は喜ばないんだよ。そういうふうに育ててしまったんだよ」

どこか遠くを眺める眼差しは、諦観の空気を滲ませていて。
その様子から、ホル・ホースはずらしていた椅子をもとに戻す。

「...息子さんに入れ込んでんだなァ」
「ああ。トオルはあたしの全てだった。あの子を立派な医者にするのが生き甲斐だったのさ」

カップに口をつけ、珈琲をすすり、その苦味を舌に乗せて転がす。

「珈琲の苦さは人生の味、なんて言うけどね。トオルのためなら苦味なんて感じなかったよ。ブスのババアなアタシにできることなんざ店で股開いて雄を受け入れることだけさね。アタシが男を咥え込めばトオルの糧になる。そう思えばなんだって平気だった。アタシがアタシを反面教師にして、人を思いやれる男になれって教えれるんだ。むしろ願ったり叶ったりだったよ」

ホル・ホースはメグミの突然のカミングアウトにも表情ひとつ変えずに、時計をチラと見つつただ耳を傾ける。

「トオルは他人を庇って死んじまった。サムソンは、周りにどう言われようがトオルは立派な男だったと断言してくれたし、あたしもトオルという男を産んで育てたことを誇りに思ってる。でもさぁ、ようやくトオルの分まで生きなくちゃって前を向き始めた途端にこれだよ」

カタカタとメグミの持つカップが震え始めるのをホル・ホースは見逃さない。

「思ったんだ。トオルはアタシの教えの通りに生きて死んじまった。なら、トオルを殺したのはアタシで、こいつはその罰なんじゃないかって」

メグミの震える指先が、カップの縁をカチャカチャと鳴らす。
これまで押し殺してきた孤独と後悔が溢れ出すように、鳴り止まない。
ホル・ホースは静かに立ち上がると、彼女の手のひらに己の手を添え、真っ直ぐに見つめる。

「……マダム、そいつは違うぜ」

低く、包容力のある声がメグミの耳に届く。

「息子さんは確かに立派だったかもしれねぇ。誰かのために我が身を犠牲にできる奴なんざ、この世にゃ限られてるのさ。あんたはそいつを育てたことは誇っていい...けどな、それだけじゃねえんだぜ?」
「えっ」
「おんなじくらいに思ってもいいじゃあねえか。『なんでアタシを置いて死にやがったんだ馬鹿やろう』ってなあ」

震えが止まる。
それはメグミが予想だにしなかった想いだった。
だって、トオルを非難するということは、何も知らない癖に『トオルの母がソープ嬢だった』という事実だけでトオルを誹謗中傷し、蛆虫のように群がってきたあの記者たちと同類としか思えなかったから。

「ふざけんじゃないよっ!トオルは立派な息子なんだッ、あの子はアタシの誇りなんだよッ」

激昂するメグミにもたじろがず、優しく手を握りながらホル・ホースは続ける。

「だからこそだぜ、マダム。その息子さんは立派な死に方をしたのかもしれねえ。そいつを非難する奴はよっぽどのロクデナシだろうさ。だがよ、みんなが揃って犠牲を肯定しちまったら、あんたの愛情が報われねえじゃあねえか」

醜く歪んだ手のひらを、ホル・ホースは可憐な花を愛でるように優しくなぞる。

「息子さんを育てたあんたくらいはよ、あんなに愛してやったのに死んでるんじゃねえよって言ってやってもいいんじゃあねえか?」

息を呑む。
許されないことだと思っていた。
トオルはとことん人を思いやれる立派な息子だったから。その死を穢すようなことを言ってはならないと腹を括っていた。
自分たちによくしてくれサムソンですら、トオルは立派な男だった、褒め称えるべき人間だったと断言した。

でも、目の前の男は違った。
トオルを立派だと認めた上で、メグミには「トオルの功績では無く死を嘆く我儘」を認めてくれた。

サムソンとホル・ホース。
どちらが正しいだとか間違っているだとか、そんな問題ではない。

ただ、今だけ。今だけは。

「トオル...」

メグミの視界が歪み。

お お お お ぉ ぉ ぉ(PC書き文字)

立派な男の、ただ1人の母親の慟哭が響き渡った。




「みっともないところ見せちまったね。こんなババアの泣き顔見ても嬉しくないだろ」

メグミは鼻をすすり、少しだけ照れくさそうに笑った。
その顔からは、先ほどまでの懺悔の影が消え、いつものふてぶてしくも逞しい「おばさん」の表情が戻っていた。

「スッキリできたなら何よりだぜ。それじゃあ、珈琲も飲み終えたことだし、そろそろ行くとするぜ」

ホル・ホースは帽子を深く被り直しながら席を立とうとするが、メグミはその腕を掴み止める。

「ちょいと待ちなよ色男。行くんならこいつを持っていきな」

そう言ってメグミが差し出したのは、彼女に割り当てられたデイパックだ。

「……おいおい、マダム。これはあんたの命綱だぜ。見ず知らずの男に明け渡しちまっていいのかい?」

ホル・ホースは眉をひそめ問い返すが、メグミは首を振った。

「いいんだよ。あんたに話を聞いてもらって、心が軽くなった。救われたんだ。だから、こいつはあんたに使って欲しいんだよ」

メグミはホル・ホースの手を取り、無理やりバッグのストラップを握らせた。
ふとましく、家事とソープ業で固くなり、度重なる洗浄で指紋の擦り切れた手のひらだ。

「あんたみたいな色男なら、これをうまく使って生き残れるだろう?なぁに、あたしのことは気にしなくていいよ。運が良ければ生き残れるかもだし」
「マダム…あんたって人は、本当に…」

ホル・ホースは帽子を脱ぎ、胸に当てて深く頭を下げた。その表情には、神妙な、敬意すら感じさせる陰りがある。
だが、その一方で。

(やりぃ!やっぱり女にゃ優しくしてやるに限るぜぇ!話を聞いてやっただけでこんなに得しちまうんだからよぉ~~!!)

その内心では下卑た笑みを浮かべていた。

ホル・ホースはなにも無償でメグミの身の上話を聞いてやったわけではない。
どんな女にだって優しくするというのは本当だ。
ただし、その裏では必ず己へのリターンを小賢しく計算している。
強い女にはあえて尻に敷かれて気分をノせて。
弱った女には甘く優しい言葉で心の隙間に寄り添い。
最後は愛に加えてプラスアルファの見返りを手に入れる。
それがホル・ホース流のフェミニズム。
最高のNo.2であり続けるために養ってきた観察眼による人心掌握術だ。

(あんたの愛はたっぷり有効活用してやるぜ。それが召しゆくあんたへの最大の礼儀ってやつだろ)

「あんたの心意気、無駄にはしねえぜ。だが、どうせならまた生きて再会できることを願うとしようや」

無論、そんな下衆な性根は微塵も見せず、ホル・ホースは誠実なカウボーイを完遂する。

「そうだね。もしまた生きて会えたらメグミ・スペシャルで一発抜いてやるよ」
「そいつは楽しみだぜ。こりゃなおさらお互い生きて帰らねえとなあマダム」

心にもないおべっかを並べ、メグミからデイバックを受け取ろうとしたまさにその時だった。


ゾワリ、とホル・ホースの背筋に怖気が走る。
剥き出しの刃物の鋒が背に触れたような、そんな悪寒。
デイパックを受けるとるよりも早く、扉の方へと振り返る。
と、同時。

木を割く音と共に、ドアが破られ、銀色の蛇が飛来する。

「なっ、なんだぁっ!?」

ホル・ホースは咄嗟に飛び退き、飛来する蛇をかわす。だが、もう一方のメグミは。

「はうっ」

蛇をかわす動作にすら入れず、その胸を穿ち食い破られる。

「マダム!!」

ホル・ホースは咄嗟に呼びかけるも、時既に遅し。
メグミの胸部を貫いた蛇は、その血を纏いながらドアの方へと身を引いていく。

ホル・ホースは見た。銀の蛇、その正体ーーー木綿かなにかと見違えるほどに薄い刃を。

「ほぉ~、かわしやがったか。なかなかやるじゃねえか」

破損した戸を乱雑に蹴り飛ばし、ぬっと1人の男が部屋へと踏み入る。

細身だが、確かに鍛えられた肢体を惜しみなく曝け出すその衣服は見るからにカタギとは相反する印象を抱かせ、なによりメグミの血がこびりついた薄い刃を平然とはべらせているその姿はまさに『悪党』としか言いようがなかった。

「帝都特殊警察・ワイルドハントのエンシンだ。喜べよカウボーイ。今回は特別に俺が査定してやる」

ニィ、と嗜虐的な笑みを浮かべる男に向けて、ホル・ホースは掌をかざすのに一切の躊躇いはなかった。


「皇帝(エンペラー)!」

メギャン、と奇妙な音を立てて掌に銃が現れ、間髪入れずに銃弾が発せられる。
道具ではない。
スタンド。
精神を具現化させた者が持つ超能力の一種。ホル・ホースもまたそのスタンドを扱える者ーーー『スタンド使い』だった。

エンシンは迫る銃弾にも微塵も動じず、手に持つ薄い刃を振るう。

その瞬間、ホル・ホースは己の勝利を確信した。

(あんたの負けだぜ。俺の銃弾もスタンドだ。そいつはつまり)

刃と銃弾が衝突するーーーその刹那。
銃弾は突如、軌道がブレ刃をするりとかわす。

(ソイツの軌道も俺の意思一つってことだ)

銃弾がその勢いのままエンシンへの額へと迫り、吸い込まれ。奏でるのは甲高い金属音。

上がったのは血潮ではなく、火花。
防いだのは、エンシンの繰る薄い刃だ。

「なっ、なにぃ!?」

思わず驚愕に顔を歪めるホル・ホース。
この会場においてはスタンドは他の者に見えるし物理的な干渉もできる、ということ自体は配られた基本支給品に記載されていたこともあり認識していた。
驚いたのは、エンシンの操る刀のあまりの異様さだ。

「生憎と、そういう玩具は知ってるんでな。警戒しといて良かったぜ」

エンシンは自慢げにホル・ホースへと刃を見せつけ舌を這わせる。
この刃の名は、薄刃乃太刀。かつての名匠・荒井赤空が改良を重ねて作り上げた殺人奇剣である。
特筆すべきはその硬度を保ったままのしなやかさ。使いこなせば手首の調整だけで軌道を自在に操れる変幻自在の曲芸刀。

「まあ、ちょいと驚いたのは本当だがな。タネが割れた以上、大した脅威にもならねえよ」
「ちょ、ちょっとタンマ!あんたが強いのはわかった。俺は無駄な戦いをする気はねえんだ。へへっ、ここはひとつ、俺と組んでみるのはどうだい」

ホル・ホースは大袈裟な手振りで下手に出て、休戦と同盟を申し出る。
この言葉に嘘はない。
ホル・ホースは己の力量を良く理解している。
過剰評価も過剰評価もしていない。
皇帝のスタンドの長所は至近距離においての暗殺。
人知れず人差し指を動かして、弾を発射する。それが1番の武器だ。
言い換えれば。
ホル・ホースは正面きっての戦いは不得手である。ましてや、弾丸も曲げられるという初見殺しの能力も見破られてしまえば尚更だ。
そして目の前の男はというと、ホル・ホースの弾道をも見切る目を持っており、実際に捌く腕前も有している。
ならばこそ、ここで殺し合うことはウマくない。
同行するかどうかは別として、エンシンを旦那として担ぎ上げ、自分は最高のNo.2として恩恵を得る。それがホル・ホースのバトロワ哲学である。

「まあ、確かに、いくら遊び放題とはいえ一人で全部潰してくのもシンドイだろうなァ」

エンシンのその言葉に微かに胸を撫で下ろすホル・ホース。

だが、エンシンはその性根を見透かすように嘲り笑う。

「だがさっき言ったよな?『査定』すんのは俺だ!権利は全て俺にある!!まずは5分生き残ってみせろ...それで俺の気が向きゃあコキ使ってやるよ!!」

向けられる嘲笑に、ホル・ホースの銃口はほぼ反射的に向けられていた。


「ぅ...」

床を叩く音。銃声。なにかを壊す音。様々な音がしっちゃかめっちゃかに奏でられる中で、あたしはくぐもった声をあげる。

呼吸ひとつをするのにも痛みが走る中、チラと視線だけ移す。

あいつは、ホル・ホースは必死に逃げ惑っていた。
狭い室内を縦横無尽に走り回る刃をかわして、時折傷つけられながらも、それでも諦めずに抗っていた。

あたしも昔はあれだけガッツがあったよねえ、なんて、痛みで動けない身体をぼんやりと嘆く。

そう。あたしはもう疲れ切っていたのだ。


十七歳で駆け落ちした翌年には男と別れて。
トオルを1人で産んでからは全力で愛し続けた。
何人もの客を相手に身体を売り続けた。
そしてトオルを失って。
ホル・ホースの慰めは少しばかりあたしを救ってくれたけれど。それがかえってトオルという支えがなくなったのを認めてしまったのだろうか。
もう指先ひとつも動けやしない。

疲れたんだ。もう、あたしは充分頑張ってきた。だからあたしは...

ーーーメグミちゃんファイトォ!

どこからか、サムソンの叫びが聞こえてきた気がした。
あいつは今もプロレスで頑張り続けてるんだろうが、まさかここまで声が届いたというのだろうか。
あり得ない、けど、あり得ないと認めたくない。
...そうだ。癌にも負けずプロレスやってるあいつがここまで頑張ってるんだ。あたしだって、もう少し頑張らなくちゃ。

動け、動け。
せめて慰めてくれた男の手助けしてみせろ。
だって、あたしは。

ーーーボクを育てるためにそこまでする。そんなお母さんを誇りに思う

トオルという偉大な男を産んだ母なんだから!!

重たく、ゆっくりと、しかし確かに身体が動き始めた。
あたしはデイバックに手を入れ、ソレを握りしめた。


振って。

しなって。

振って。

穿つ。

エンシンの腕のスナップに従い、薄刃乃太刀は狭い室内を縦横無尽にかけずりまわる。

側面・鋒、全て刃物。
触れることすら敵わぬ存在自体が是凶器。

ホル・ホースも迫り来る刃を必死にかわしながらも皇帝で応戦するも、全て弾かれかすり傷一つすらつけられない。

(銃は剣よりも強し、だが...こいつは剣とは言えねえだろうがよッ!)

ホル・ホースの皇帝のウリは、派手な初動のない近接での暗殺と、拳銃という特性上の中距離攻撃だ。
しかしこの狭い室内で、ああも変幻自在の攻撃を繰り出されてはその強みも活かせない。

「ぐあっ」

回避が遅れたホル・ホースの右腕に裂傷が走る。
彼とて殺し屋だ。多少なりの痛みには怯まないし、指先ひとつ動けば皇帝を撃てるのでそこはさしたる問題ではない。
しかし、裂傷が増えるたびに出血も増え、行動は制限され、流れる血は確実に死への距離を縮めていってしまう。



(いい玩具が手に入ったぜ、ほんとによ)

エンシンはホル・ホースを甚振る最中、己の精神が昂るのを自覚する。
彼は生粋の残虐趣味の持ち主だ。
殺戮や強姦を愉しみ、相手の苦しむ顔を見て悦に浸り、流れる血に笑みを浮かべる。
そんなあまりに自己本位の欲望のままに振る舞うことが己の人生だと認識していた。
帝具シャムシールが没収されてしまったのは少々残念に思っていたが、この薄刃乃太刀はそれを補うかのような性能。
変幻自在・攻防一体のこの武器は、器用さと身軽さを売りにする彼の戦闘スタイルと噛み合い予想以上の相乗効果を発揮していた。

(シュラ達もいんのか?まあ、いようがいまいがどっちでもいいんだが...帰るまではせいぜい楽しませて貰うとするぜ)

「いま何分だあ?なんにせよその程度じゃあ俺に仕えるなんざ百年早えぞカウボーイ!!」

エンシンがなおもホル・ホースへと追撃しようとしたその時。

足に違和感を、掴まれる感触を覚えた。

息も絶え絶えのメグミが縋り付くように抱えていたのだ。

「オイオイ。女の両手は俺への奉仕のためにあるとはいえだなぁ」

エンシンは呆れ顔で溜息を吐き。

「てめえみてえなブスババアはお呼びじゃねえんだよ!」

唾棄と共に容赦なくメグミを蹴り飛ばした。

潰れたカエルのようなくぐもった悲鳴を漏らすメグミに構うことなく、ホル・ホースは皇帝を連射する。
メグミをぞんざいに扱ったことへの怒りでは無い。今が殺るチャンスだと、速攻で判断したのだ。

「っと」

しかしエンシンは放たれた弾丸を難なくかわし、それどころか跳躍で一気にホル・ホースへと距離を詰める。

空中ではロクな身動きが取れまいと、ホル・ホースは更に弾丸を連射する。
直線・曲線を交えた四方からの同時攻撃だ。


ーーー満月輪・大蛇ノ蜿

三百六十度、全ての方向から庇うように薄刃乃太刀はエンシンの全身を覆うように振るわれ、皇帝の弾丸はエンシンに掠ることもなく弾き落とされる。

「ぐぉっ」

その剣風にホル・ホースの身体が微かにバランスを崩す。
エンシンはその隙を見逃さず、彼の眼前に着地するのと同時、右足でホル・ホースの両足を払い、宙に浮かせる。

「マズっ」

咄嗟に腕を交差させて顔を守るも、もう遅い。
エンシンの踵落としが、防御にまわしたホル・ホースの腕ごと頭を床に叩きつけ、鮮血と共に顔面と後頭部に激痛が走る。

「ウゲェェ!!」
「さぁて、『査定』の時間はお終いだぁ。結果はわかってるな?不合格だ。このまま豚も食わねえ刺身にしてやるぜ!」

エンシンの腕が振り上げられ、刃が喉元に迫る感触にさしものホル・ホースも己の死を覚悟する。

ダメだ。どんな命乞いの言葉も間に合わない。
死にたくねえと願いつつも、どうにもならない現実にホル・ホースは思わず目を瞑る。

「...待ち、なよ」

死の静寂が訪れる寸前、這いずるような、けれど執念の籠もった声が室内に響いた。

渡辺メグミは、夥しいほどに胸部を赤く染め上げ、息も絶え絶え。しかしそれでも立ちあがっていた。

「あー?しぶといババアだなオイ」

溜息を吐きながらも、エンシンに慢心は無い。
メグミに気を取られた隙にホル・ホースの襲撃に合わないように、細心の注意は払いつつ彼の顔を踏みつけ固定している。
それに、知っているからだ。追い詰められた弱者は、時に己の無謀さを武器に噛みついて来ることを。

そしてそのエンシンの予感を証明するかのように。

オ オ オ オ ォ ォ ォ(PC書き文字)

雄叫びと共にメグミは駆ける。
その足は決して早いわけでは無い。むしろ遅い。
中年女のくたびれきった重さだ。

「刺身にしてやるよデブスババア」

だが、エンシンは無慈悲に太刀を振るう。
もし迂闊に拳で迎撃し、自爆覚悟で首輪爆破の巻き添えを喰らうだなんてオチになったら笑い話にもなりはしない。故に、中距離で離れて仕留める。

それが最良の選択肢。
故に。
メグミはエンシンがそうすることを読んでいた。ソープの仕事で、なによりトオルの育児で養ってきた人を思いやる心は、この境地にて牙へと変わった。

ガシィ

「なにっ」

掴んだ。
迫る鋒を、掌を貫通させて。

ただそれだけならば太刀はメグミの顔面を串刺しに出来ただろうがそれは叶わない。

「なっ、なんだぁっ!?」

メグミの身体は、エンシンの数倍はあろう筋肉で膨張していた。

彼女に配られていた支給品はネオ・タチカワ・スペシャル。
人を人とも思わぬ冷酷非道な開発医、立川博士の作り出したドーピング薬。
接種すれば、訓練の経験すらない一般人すら歴戦の兵士と渡り合えると嘯かれる超人薬。

この薬で得た筋肉の鎧、つまりはマッスル・シールドの恩恵により、掌の筋肉のみでの真剣白刃取りという神業を超えた神業を成し遂げたのだ。

「ふんっ」

掌を貫通させた刃をそのまま握りしめ、全力で後方へと引くと、持ち主のエンシンもまた圧倒的な筋力により引き寄せられ、その体躯が宙を舞う。

「うおっ、ババアッ」
(ごめんよサムソン。あんたの、プロレスの技をこんなことに使うなんて)

こんな言葉がある。
“プロレス技は素人が迂闊に手を出してはならない。それは攻撃の威力ではなく、受け手の技術なしに放てば、純粋な殺傷技になるからだ“

宙を舞い、無防備になったエンシンに放たれるは膨張した筋肉を活かした打撃技。

熟練の名レスラー・サムソン高木の試合を何度も見続けてきた記憶から、彼女が自然と選んだのはーーー

「しゃあっ、ラリアット!!」

剛腕鉄槌。

岩をも砕く筋の塊がエンシンに襲いかかる!

振った。

振り切った腕は、空を凪いだ。

響く音は無かった。

「なめんなクソババア!」

メグミの足元から叫びが響く。

もしも相手も素人であれば。そうでなくても格闘家ならば受け止められただろう。

だが、エンシンは遊び癖があるとはいえ、歴とした殺戮のプロ。生半可な殺人技が通用する相手ではない。皮肉にも、プロレス技を殺人技にしてしまったことで、躱す余地が生まれてしまったのだ。

激昂するエンシンが放つは、足元からの掌底。
顎下をかちあげられたメグミは脳を揺らされ上体を仰け反らせる。
その隙を突き、エンシンはメグミの首まで跳び上がり頭部を掴む。

「はうっ」

ゴキリ、と鈍い音と共にメグミの首が百八十度回され、操り糸が弛んだマリオネットのように二歩三歩とたたらを踏み始める。

驚かせやがってクソババア、とエンシンは着地するまでの数秒で毒を吐く。

『『査定』の時間だぜ」

一息を吐く間もなく差し込まれる声に思わず振り返る。

「俺は女には優しくするって決めてんだ。あんたは強さは申し分ねェが...人の女に手を出すやつは俺の相棒にゃあ『不合格』だ」

「皇帝」の真骨頂は近距離の暗殺である。
エンシンがメグミの首を捻り、その命の灯火を消し飛ばした刹那。
武器を手放し、獲物を狩った安堵感。
この二つの好機を見逃すはずもなく。
ホル・ホースの「皇帝」は、指先一つで既に火を噴いていた。

「ク、ソが」

エンシンに絶対零度の悪寒が走る。
咄嗟に腕を振るうが、弾丸はそれをひらりと躱す。
ホル・ホースの弾丸は自在に動く。つまり的を外すことはあり得ない。それに対して自分は武器を絡め取られて丸腰になり、加えて今は宙にいるため動きが取れない。
僅か1秒にも満たないこの時間から取れる手段はーーーもう、存在しない。

「クソがああああああああぁぁぁぁぁ!!」

絶叫と共に部屋を彩るは、着弾と共にぶちまけられた血と肉からなる朱肉の真鱈。

地に落ち仰向けに倒れるエンシン。

(念には念を入れとくか...アヴドゥルの時は頭ぶち抜いたのに仕留め損なったからな)

ホル・ホースは、痙攣するエンシンの身体にもう一発撃ち込み、流れ出る赤の川と共に完全に制止したのを見届ける。

静寂。数分経過。

ほどなくしてふぅ、と息を吐き、ホル・ホースは立ち上がりよろよろとメグミのもとへと足を運ぶ。

「あんたのおかげで助かったぜ、マダム」

声をかけるが、返事はない。首の骨が百八十度回された上に、だらりと舌が伸び、両目は左右あらぬ方向へと向いている。

死体。
ホル・ホースが殺し屋でなくても、これが動くことはもうないのだと一目でわかる。

「やっぱり女は愛してやるに限るぜ...いざって時にデケェ見返りをくれるんだからよ」

彼のそのぼやきに嘘はない。
彼が女を愛するのは控えめに言っても自分のため。
死者のために足を止めるという選択肢は彼の中には微塵もない。

これから先を行動するにあたって、メグミが自分を守るためにエンシンに立ち向かったことはおおいに語り、「彼女の犠牲には報いなければならない」などと歯の浮くような言葉を吐いて主催に反する他の参加者に取り入る一助とするのもなんの躊躇いもない。
そんな恥知らずにして面従腹背な皇帝こそが、ホル・ホースの本性だ。

だからこそ。
メグミの瞼を撫でるようにそっと閉じさせてやることも、彼にとってはなんの抵抗もない些細な行為である。

「さて、ボチボチいくとするか...こんなところでくたばる趣味は無いんでね」

メグミを埋葬するほどの余裕はない。自身の疲労とダメージも軽いものでは無いし、なにより首輪が嵌められている以上、タイムリミットは長くはないのだ。
死者への埋葬などという無意味なことに時間を割くくらいならどこぞに隠れて身体を休める。そう判断するのに、僅かな呵責もなく、ホル・ホースは散らばった支給品と曲刀を回収すると、重たい足取りで家をあとにする。

荒れ果てた家屋に残されたのは、二つの死体だけ。
ここで起きたことは、殺し合いという環境下では何も珍しいことではなく。

息子を愛した女は、誇りを夢見て。
自由を愛した男はその本能に足を掬われ。
愛を利用する悪モノは、今までより更に「生きなくちゃなあ」とぼんやり思った。

ただそれだけの話。

【民家】
【エンシン@アカメが斬る! 死亡】
【渡辺メグミ@ロックアップ 死亡】


【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険】

[状態]:顔面打撲、鼻血(中)、後頭部に痛み、全身にダメージ(中)、出血(中)、疲労(大)
[装備]:薄刃乃太刀@るろうに剣心
[道具]:基本支給品一式×3、不明支給品×1~5、ネオタチカワスペシャル@TOUGH
[思考・状況]
基本方針:とにかく生き残る。脱出・優勝のどちらでもいい。
1.とにかく今はここを離れて休みたい
2.相棒になり得る参加者を探す。No. 1よりNo.2だぜ、俺は。
3.できることなら女は殺したく無い
最終更新:2026年03月08日 23:37