殺し合いの会場に位置する、とある施設の大広間。
高さ15mはあるであろう、その空間にて、天井近くの壁に張り付き、気配を殺す影があった。
一際大きなその影が張り付く壁面は、無機質なコンクリートで構成されており、突起の様なものはまるでない。
にもかかわらず、その影の主はものの見事に、壁に張り付き、隠密に徹していることに成功している。まるでヤモリのように。
それでは何故、その者は、このような芸当をすることができるのか―――それは、その者が有する圧倒的なピンチ力にあった。
その者のピンチ力を以ってすれば、一見滑らかで目立った突起がない壁面であったとしても、目に見えないような僅かな錆、微かな傷に指をひっかけて、登るなどはお手の物―――そのまま、そこに滞在して、まるでリビングで寛ぐかのように、読書や睡眠に徹するなんてことさえも容易なのである。
「……。」
その巨漢の名はシコルスキー。
この地に来る前、筋骨隆々を誇るロシアの死刑囚は、リベンジマッチの真っ只中であった。
いつものように、四畳半の狭い部屋の中で、リベンジを果たすべき相手と共に、夜を明かして―――
いつものように、寝っ転がりながら、ぼんやりとテレビに投影される映像を眺めて―――
いつものように、そろそろ小腹が空いたので、近所のコンビニへと、幕の内弁当の買い出しに行って―――
ふと気が付けば、いつの間にか、首に銀色の枷を装着させられて、この殺し合いの場に招かれていたのであった。
「ハァハァ……、い、いやっ……、こ、来ないで……、来ないでっ……!!」
そんなシコルスキーが息を潜めて、天より視線を注ぐ先には、息を切らせながらホールを駆け回る一人の少女と、それを追う無数の土色の人型の影があった。
少女の首には、シコルスキーと同じ銀の枷が光っていることから、彼女もこのゲームも「参加者」なのだろう。
しかし、彼女に今にも飛び掛からんとする人の形をした者たちには、首輪はない。
(……「魔物」というやつか……)
シコルスキーは、始まりの空間で、自らをベリアルと名乗った主催者の言葉を思い出す。
目を凝らしてみると、少女を追う者たちは、人に近い形こそしているが、謂わば無機質―――生気は全く感じさせず、人形のような辿々しい足取りを以てしている。成程、確かに人ならざるものと言われれば、納得がいく。
「だ、誰か―――」
そんなシコルスキーの存在などつゆ知らず、少女はすっかり、魔物達に取り囲まれてしまった。
まさに絶体絶命―――少女は思わず助けを求める。
「誰か助けてぇぇぇぇっ!!」
悲鳴が、大広間の天井へと突き刺さり、反響して何度も跳ね返る。
だが―――
(……悪く思うなよ、ガキ……)
壁に張り付く死刑囚は、傍観を決め込んでおり、動くことはなかった。
シコルスキーとしては、この殺し合いという檻から、早々に脱獄し、再びあの四畳半での同棲生活(リベンジマッチ)の舞台に戻るのが、第一優先にある。
利用価値のありそうな相手ならまだしも、身体を張ってまて、見るからに無力な少女を助ける義理などはどこにもない。
故に、体力温存という意味合いでも、シコルスキーはこの状況を静観することを選択した。
「……っ」
一方で、少女の肩は小刻みに震えていた。
背中は壁に押し付けられ、逃げ場は完全に断たれていた。
魔物たちは、土色の腕を伸ばしながら、じわりじわりと迫り来る。
「……そ、そうだ……し、支給品……!!」
瞬間、少女、自身のデイパックへと手を伸ばすと、慌てるように袋の口を開き、中を掻き回す。支給品の存在を思い出したのである。
「何か……何かっ……!」
焦りで手が震える。
やがて、一匹の魔物の手がその少女の肩に触れかけたその瞬間―――少女の指先が、丸い掌サイズの球体を掴んだ。
「っ!? これって――」
少女は思わず息を呑んだ。
掌の中に収まっているのは、赤と白に塗り分けられた丸い球体。
中央には、見覚えのありすぎる黒いラインと、小さなボタン。
慣れ親しんだ、その手触りを、少女の指先は確かに覚えていた。
「お願い、出てきて……!!」
ほとんど悲鳴に近い声だった。
少女は半ば破れかぶれに、その球体――モンスターボールを前方へ放り投げた。
次の瞬間――
ボンッ!!
弾けるような白い光が広がった。
魔物たちの間に光が満ち、一瞬だけ視界が白く塗り潰される。
そして――
「ニャオッ!!」
軽やかな鳴き声が、大広間に響いた。
「……えっ」
少女は目を見開く。
光の中から飛び出してきたのは、小さな四足の生物であった。
若葉色の柔らかな体毛。
丸く愛らしい顔。
額には葉のような模様。
「ニャ……ニャオハ!?」
それは、紛れもなく彼女のパートナーであった。
猫のようなその生物は軽やかに床へ着地すると、すぐさま周囲を見渡し、迫り来る魔物たちへ低く唸る。
「ニャァ……!」
「……何だと……?」
突如として現れ、少女を庇うように、前に立った緑色の獣。
その存在に、壁面へ張り付いていたシコルスキーの眉が僅かに動いた。
「ニャオハ……? 本当に……ニャオハなの……?」
一方の少女は、恐る恐る、その名を呼ぶ。
すると、「ニャオハ」と呼ばれた獣は、一瞬だけ振り返り、
「ニャオ」
と短く鳴いた。まるで「ここは任せろ」とでも言うかのように。
瞬間、少女の胸に、じんわりと何かが灯る。恐怖で固まっていた体に、少しだけ力が戻った。
そして――
「……ニャオハ、このは……!!」
「ニャオッ!!」
覚悟を瞳に宿した少女の号令とともに、ニャオハの瞳が鋭く細まる。
小さな体が弾けるように動いた。
シュッ!!
前足を大きく振り抜くと同時に空気を裂いて放たれたのは、緑色の刃―――葉の斬撃である。
回転する木の葉が、魔物の腕を切り裂いた。
ザシュッ!!
土色の腕が宙を舞うも、緑の獣の進撃は止まらない。
床を蹴り、もう一体へと跳び込む。
トン、と膝を踏み台にして宙へ。
そのまま体をひねり――
シュバッ!!
二体目の胸に空洞が生じた。
魔物は悲鳴を上げることもなく、ぐらりと揺れ、そのまま崩れ落ちた。
「ニャオハ、もう一度、このは……!!」
「ニャッ!」
少女と獣の共闘は尚も続いていく。
少女の号令とともに、ニャオハは忠実にこれを実行。
緑色の斬撃と、爆散する土の塊が、フロア内を飛び交っていく。
しかし、やはり多勢に無勢―――倒しても、倒しても、土色の群れは怯むことなく、前へ前へと迫ってくる。
「はぁ……はぁ……」
少女の呼吸が荒くなる。
ニャオハは既に10体近くを葬ってはいるが、小さな体での連戦は明らかに消耗を招いていた。
このままでは、物量によって押されてしまう―――そんな懸念が少女の脳裏に過ぎって、その瞬間。
「ふん、手を貸してやろう」
スタッ
「えっ……?」
唐突に真上から降ってきたシコルスキーに、少女は思わず声を漏らした。
首には、彼女と同じ銀色の枷。筋肉の鎧をまとったような体格。無造作に立っているだけで、空気の密度が変わったかのような威圧感を放つ男の存在に、思わず後ずさる。
そんな少女の反応に、ロシアの死刑囚はため息と共に、ゆっくりと首を鳴らした。
ゴキッ……ゴキッ。
そして、無機質な視線を魔物の群れへ向けると―――
ゴウッ!!
ロケットの噴射の如き勢いで、シコルスキーの巨体が前へと弾けた。床を踏み込んだ瞬間、コンクリートが鈍く軋む。最前列にいた魔物が、それに呼応して、土色の腕を振り上げた。
ブンッ!!
だが、それよりも先に、シコルスキーの拳が、下から突き上げると、鋭い裂音が轟いた。
アッパーカットの軌道は、魔物の体表を縦一線に振るわれると、その軌道に沿う形で、一筋の太い裂け目が走る。
―――カーヴィングナックル。
拳を握る際に、中指の第二関節だけをわずかに突出させた状態で固めて、そのまま高速で拳を振るうことで、突き出た関節を刃のように叩きつける、シコルスキーが得意とする斬撃拳。
その威力は、人体にのみならず、魔物にも例外なく発揮された。
それでも、土の人形は尚、怯むことなくシコルスキーを掴みかからんとする―――
「……遅いッ」
ズザザザザザッ
しかし、間髪入れず、シコルスキーは右へ左へと、怒涛の拳撃を振るうと、土の胴体はまるでバターを削ぐが如く、深々と切り裂かれていく。
そして、ダメ押しとばかりに水平方向にドロップキックを放たれると、土の魔物は、同族達を巻き込みながら一直線上に吹き飛び、ホール内の壁に衝突―――完全にその活動を停止した。
「す、凄い……」
「ニャオ……」
己が肉体のみで、魔物一体を沈黙させたシコルスキーの活躍に、少女とその相方は、思わず息を呑んだ。
その視線の先にて、シコルスキーは、壁際で崩れ落ちた魔物を一瞥だけすると、尚も迫りくる、魔物の群れを睨みつける。
「ダヴァイッッ!!」
咆哮を合図として、シコルスキーは魔物の群れに突貫。刃と化した拳にて、魔物達を次々に切り裂くと、土片が宙に舞い上がっていく。
「―――わ、私達も行くよ、ニャオハっ……!!」
「ニャオッ!!」
少女の声に呼応して、ニャオハもまた、シコルスキーの隣に立ち、魔物達との交戦を再開する。
闘気と殺意を帯びた拳と、緑の旋風となった葉の斬撃が戦場に炸裂して、魔物達を蹂躙していくのであった。
◇
「―――なるほど、ポケモンとな……。
そして、君は、それを使役するポケモントレーナーであり、そこにいるそいつが、相棒のニャオハという訳か……」
「はい、本当は他の子もいるんですけど、今私の手元にいるのは、ニャオハだけのようです……」
物言わなくなった、土の魔物達の残骸にて埋め尽くされるフロア内。
シコルスキーと、ポケモントレーナーの少女リコは、魔物達を殲滅した後、互いに自己紹介の上、情報交換を行なっていた。
情報交換といっても、細々とした身の上話をしたのは、リコのみであり、彼女がロイやドット、フリードといったライジングポルテッカーズの仲間達のことを包み隠さず話したのに対して、シコルスキーは、リベンジしたい相手がいて、その相手と日々相争っていると語ったのみ―――ややこしくなりそうなので、自身が、死刑囚であることは伏せたのであった。
「それで……、本当に一緒に来てもらって、良いんですか、シコルスキーさん……?」
「構わん……。但し、先ほどのように戦闘になれば、君達の力を貸して貰いたい」
話し合いの末、シコルスキーは、リコに同行することとなった。
元々シコルスキーは、リコを見捨てるつもりであったが、彼女がただ無力ではなく、ポケモンと呼ばれる不思議な生物を使役して戦えると分かった以上、利用できるものなら、戦力として取り込んでおきたいと思ったからだ。
無論、自身が、易々と殺し合いに乗った連中を相手に不覚を取るようなことはあまり考えられない。
しかし、既に「敗北」を知ってしまい、世の中には、自身よりも上をいく存在が多々存在することを認識してしまっている以上、慎重になるに越したことはない。
故に、シコルスキーはリコとの共闘を選択したのである。
「……は、はい、分かりました……。
よ、宜しくお願いします、シコルスキーさん」
魔物達を素手で蹂躙していた光景を目の当たりにしていたせいか、緊張気味にそう言って、リコは小さく頭を下げた。
リコとしても、見るからに危険な空気を漂わせる、職業不詳の強面の巨漢に同行してもらうのは不安が残るが、それでも、背に腹は変えられない―――大人が側にいてくれるだけでも、心強かった。
「ふんっ」
頭を下げるリコに対して、シコルスキーは、無愛想に鼻を鳴らすと、その傍らにいるニャオハへと近付いていく。
「ニャア……!!」
ニャオハは未だシコルスキーに対して心を許していないのか、威嚇のポーズを取る。
そんなニャオハを前にして、シコルスキーは腰をゆっくり落として、人差し指でチッチッチと小さく手招きする。
「……ダヴァイ(来い)……」
低く、しかしどこか柔らかさの混じった声。
その仕草は、先程まで魔物を切り裂いていた男と同一人物とは思えないほど、妙に手慣れていた。
しかし、ニャオハは誘いに乗らず、唸るだけ。
シコルスキーは構わず、その大きな掌を、ニャオハの頭蓋へと近づけていく。
瞬間―――
「ニャア……ッ!!」
ザシュッッ!!
「больно(痛ッッ)!!」
鋭い一閃とともに、シコルスキーの顔面に灼熱が走ったのであった。
◇
「ご、ごめんなさい……ニャオハ、人見知りなところもあって……」
「―――構わん、どうってことはない……」
先行くシコルスキーに、リコは申し訳なさそうに謝罪する。
シコルスキーの顔面には、三本の浅い傷が刻まれていた。ニャオハの爪が抉った跡である。
それでも、シコルスキーは、特に気にする素振りもない。
猫好きの彼は、心得ているのだ―――猫とは元来そういうものである、と。
つい最近も、近所を縄張りとする猫に同じような目に遭わされたのが記憶に新しく、その時と同じく、傷こそ負ったものの、シコルスキーの心に一切の怒りの感情は湧かなかった。
「――ニャア……」
どことなく、ぎこちない感じで歩んでいく二人を交互に眺め、ニャオハは尚も、シコルスキーに対しての警戒心を解くことはない。
殺し合いという異常事態に放り込まれて怯える主人と共に歩むは、ポケモンの技に匹敵する戦力を有する巨漢―――彼が醸し出す危険な雰囲気に、ニャオハの本能が、安易に信用するべきではないと警告を告げていたのである。
故に、シコルスキーに心を許すのは、まだまだ時間が掛かりそうであった。
【シコルスキー@バキ外伝 ガイアとシコルスキー ~ときどきノムラ 二人だけど三人暮らし~】
[状態]:健康、顔に爪の傷跡
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~3
[思考]:この殺し合いから帰還して、ガイアとのリベンジマッチ(同棲生活)の続きを行う。
1:参加者が集まりそうなところに向かう。
2:利用価値がありそうなので、一応リコは保護してやるつもり。ついでに、ニャオハを撫でたい
[備考]
※参戦時期は少なくとも、第28話以降となります。
尚、第20話にて、スマホ依存症になったこともあるため、スマホの操作には慣れています。
※リコとの情報交換にて、ポケモン世界について把握しました。
【リコ@アニメ ポケットモンスターシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:ニャオハのモンスターボール@ポケットモンスターシリーズ、リコのニャオハ@ポケットモンスターシリーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2
[思考]:ニャオハと一緒に、殺し合いから脱出する
1:ちょっと不安だけど、シコルスキーさんと一緒に行く
2:ニャオハも一緒にいるから怖くない……!!
[備考]
※参戦時期は少なくともニャオハが、ニャローテに進化する前からとなります。
※シコルスキーと情報交換しましたが、シコルスキーが死刑囚であることは伏せられています。
NPC紹介
どろにんぎょう@ドラゴンクエストシリーズ
泥を固めたヒト型の人形
最終更新:2026年03月19日 01:57