夜の森を、少女が必死に駆けていた。
私立秀知院学園中等部の白い制服が、木々の間をすり抜けるたびに大きく揺れる。
「はぁっ……はぁっ……!」
肺が焼けるように熱い。
喉が裂けそうな痛み。
それでも足を止めるわけにはいかない。
獣道は茂みに埋もれ、足元はほとんど見えない。
何度も木の根や石につまずきながら、転びそうになるたび体を支える。
木漏れ月だけが、頼りない道しるべだった。
(どうして……どうしてこんなことに……!)
◇
逃げている少女の名は、白銀圭。
秀知院学園中等部2年B組に在籍し、生徒会会計を務める生徒。
そして――白銀御行の妹。
彼女は、この殺し合いのゲームに巻き込まれて間もなく、最初の“敵”と遭遇していた。
右目を長い前髪で隠した、金髪の男。
圭の姿を捉えるなり、男は突然、腹の底から響くような高笑いを上げた。
「ハハハハハッ!!」
笑い声が森に反響する。
男は首元まで上がっていたファスナーを一気に下ろし、喉を露出させた。
チョーカーにぶら下がっていた小さなアクセサリーを、ピンッと引き抜く。
そして低い声で、呪文のように呟いた。
「サイゲディッヒ・リズ」
アクセサリーが地面に落ちると、土の中へスッと沈み込む。
次の瞬間、大地が震え、黒い土を突き破って花の茎が急速に伸び上がった。
茎の先で一輪の花が開き、男の手のひらにそっと乗る。
そして、その花はみるみる小さな生物へと姿を変えた。
『ウフフフフ♪ ウフフフフ♪』
花から生まれたモンスターは、まるで子どものように無邪気に歌うように笑う。
男は圭をじっと見据え、唇の端を嗜虐的に吊り上げた。
「遊んでやれ、リズ」
『はーい♪』
小さな生物、リズと呼ばれたそれは、ふわぁっと浮かび上がり、
楽しげな声で返事をしながら、圭の方へ一直線に飛んできた。
◇
それから、逃亡劇が始まった。
『斜め下に参りまーす♪』
「きゃあっ!」
上空から急降下してきたリズが、圭に向かって一直線に襲いかかる。
間一髪、バランスを崩した圭が地面に伏せ込んだことで、かろうじて回避できた。
だがリズは地面スレスレを滑空しながら、鋭く旋回。
再び圭を狙って迫ってくる。
「待って……!」
急いで体を起こそうとするが、間に合わない。
リズの小さな影が、圭の視界を埋めた。
「いや、こないで……」
『ウフフフフ♪』
リズは楽しげに笑いながら、頭部の花弁をきゅっと閉じる。
次の瞬間、花弁の中心から細く長い針が、まるで毒針のように伸びた。
そして圭の喉元へ、容赦なく突き刺す。
「いやぁああっ!」
鋭い痛みが走り、刺された箇所から鮮血が滲み出す。
圭の瞳に、苦痛と恐怖で涙が溢れた。
「アハハハハハ!!」
追いついた男が、圭の苦しむ姿を見て腹を抱えて高笑いする。
「どうして……どうしてこんなことするのよっ!」
圭の声は、もうほとんど叫びになっていた。
喉の傷から滴る血が、白い制服の襟を赤く染めていく。
足が震えて、地面に膝をつきそうになる。
リズの小さな影が、まだ頭上でゆらゆらと舞っているのが見えた。
「どうしてぇ? こういうゲームなんだろぉ? アハハハハハ!!」
圭を追い詰め、嘲笑う男の名は馬橋。
彼は『バウント』と呼ばれる特異な存在だった。
人間から魂魄を摂取することで、際限なく寿命を延ばすことができる、不老に近い異形の種族。
そしてバウントには、それぞれ固有の眷属『ドール』が存在する。
圭に執拗に襲いかかっている花のモンスターこそが
馬橋のドール、リズだった。
「殺さないで……! お願い……!」
圭は両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、必死に首を振った。
涙が頰を伝って落ち、土に染み込む。震える唇から、言葉が途切れ途切れに零れ落ちる。
「おかしいよ……こんなの……!私、何もしてないのに……! どうして……どうして私を……!」
体が小刻みに震えていた。
恐怖で力が入らない。
木々の隙間から差し込む月明かりが、彼女の青ざめた顔を惨めに照らす。
いつも明るく、兄のことを慕うあの圭が、今はただの怯えた小動物のように縮こまっていた。
「殺さないで……お願いします……!お願い……!私、死にたくない……!」
声はもう、嗚咽に変わっていた。
震える手で喉の傷を押さえながら、圭は地面に這いつくばるようにして後ずさる。
リズが再びゆっくりと近づいてくるのが、視界の端でわかった。
馬橋は、腹を抱えて笑っていた男だったが
今はゆっくりとその笑みを収め、圭を見下ろしていた。
(どうしようかなぁ)
心の中で、そう呟く。
楽しげに、ゆっくりと。
圭の震える姿、必死に懇願する声、涙でぐちゃぐちゃになった可愛い顔、必死に押さえた喉から滴る血。
全部が、全部が彼の胸をぞくぞくと満たしていく。
(さて……)
心の中で、静かに天秤を傾ける。
目の前の少女は、まだ生きている。
恐怖に縮こまり、嗚咽を漏らす姿は、壊れやすい陶器の人形のようだ。
リズの真骨頂は、他者の体内に潜り込み、肉体を完全に支配すること。
一度入り込めば、操り人形のように自由自在。
仲間を斬らせ、味方を裏切らせ、敵陣に突っ込ませるもすべて思いのまま。
この怯えた小娘を、完璧な「同士討ちの駒」に仕立てるのも、悪くない。
「ふふ……」
馬橋は唇を歪めた。
想像するだけで、背筋がぞくぞくする。
だが……
(……いや)
馬橋は、わずかに目を細めた。今、彼が呼び出せるドールは、リズ一体だけ。
尸魂界(ソウルソサエティ)のように霊子で溢れている世界と違い
ここで使役出来るリズの数は限られる。
そんな貴重な一体を、目の前の非力な女子中学生に消費する?
(無駄遣いだ)
戦闘能力の高い獲物が、この会場にどれだけいるか分からない。
中には死神以上の力を持った奴だってきっといるだろう。
そういう連中こそ、リズを潜ませて操る価値がある。
一度に複数人を巻き込み、仲間同士で殺し合わせ、混乱を最大限に広げられるような。
そんな『高価値の獲物』にこそ、リズは使うべきだ。
目の前の少女は、ただの弱者。
操っても、せいぜい囮か、使い捨ての捨て駒にしかならない。
それなら、いっそ——馬橋はゆっくりと圭に歩み寄り、しゃがみ込んだ。
その手が、少女の顎を優しく。
だが逃げられない強さで——掴む。
「泣くなよ。可愛い顔が台無しだ」
低い声で囁きながら、彼はもう別の愉悦に目を細めていた。
「殺すよ。お前の魂魄、美味しくいただく」
圭の瞳が、恐怖の極致で大きく見開かれた。
「え……?」
馬橋はゆっくりと顔を近づけ、圭の耳元に唇を寄せた。
熱い息が、少女の耳朶をくすぐる。
「お前の命は、俺の糧として頂く」
囁きは甘く、低く、まるで恋人に愛を告げるような優しさを含んでいた。
だがその言葉の意味は、残酷そのものだった。
圭の全身が凍りついた。
目の前にいる男は人間ではない。
人の形をした怪物だ。
命を喰らう怪物が、自分を殺そうとしている。
「ひっ……!」
圭の瞳が恐怖の極致で大きく見開かれた。
本能が逃げろと叫んだ。
彼女は反射的に両手で馬橋の胸を突き飛ばし、体をよじって立ち上がろうとした。
「おっと、逃さねえよ」
だが馬橋の反応は速すぎた。
右手が鉄のような力で圭の左腕を掴み、容赦なく引き戻す。
少女の細い体はくるりと半回転させられ、地面に叩きつけられた。
「きゃっ……!」
背中から落ちた衝撃で息が詰まる。
圭は必死に手足をばたつかせ、馬橋の拘束から逃れようともがいた。
スカートが大きく捲れ上がり、白い太ももが月明かりの下で露わになる。
必死に膝を曲げ、足を蹴り上げようとするが、馬橋の膝が圭の腹の上にのしかかり、動きを完全に封じた。
「やだっ!やめてっ!離してぇ!」
圭の声は、涙と恐怖で震えていた。
「助けて……!おにいちゃんっ!おにいちゃん!!」
兄の名を呼びながら、少女は喉が裂けそうなほど叫んだ。
白い制服の袖が土に擦れ、乱れた髪が顔に張り付く。
喉の傷からまだ血が滲み、頰を伝って落ちていく。
「いやぁああっ! 誰かぁっ! 助けてぇ!」
叫びは森の奥深くへ吸い込まれ、木々の間を虚しく反響するだけだった。
誰もいない。
誰も来ない。馬橋はそんな圭を見下ろしながら、ゆっくりと笑みを深めた。
(……いい声だ)
少女の必死の叫び、恐怖に歪んだ声、怪物だと気付いた瞬間の絶望。
それが彼の胸を、獲物を狩る愉悦で満たしていく。
心臓がどくどくと高鳴り、背筋に甘い震えが走る。
獲物が怪物だと悟り、なおも必死に抵抗する姿。
スカートが乱れ、血に染まった白い太ももが無様に擦り傷だらけになる様子。
すべてが、すべてが彼の嗜虐心を最高潮に刺激した。
「ふふ……ふふふ……」
馬橋の唇が、愉悦に歪む。
低い笑い声が喉の奥から漏れた。
「もっと叫べよ」
馬橋は圭の顎を左手で掴み、強引に顔を自分の方へ向けさせた。
少女の瞳にはもはや希望などなく、ただ純粋な絶望だけが浮かんでいた。
「さあ……そろそろ、いただくか」
馬橋の右手が、ゆっくりと圭の細い首に伸びていく。
彼の手が、圭の細い首に触れた瞬間、少女の瞳が、限界まで見開かれた。
「や……やめ……っ」
掠れた声が、ほとんど息だけで途切れる。
次の瞬間、馬橋の顔が急速に近づき、馬橋の口が圭の喉元に覆い被さった。
魂魄を吸い上げていく。
「――ぁああああああああっ!!!」
断末魔の悲鳴が、夜の森を切り裂いた。
それは人間の声とは思えないほど高く、鋭く、絶望に塗れた叫びだった。
圭の全身が激しく痙攣し、両手が馬橋の背中を掻き毟るように引っ掻いたが、力はすぐに抜けていく。
淡く白銀色の光が、少女の体から引き剥がされた。
馬橋の口元に吸い込まれ、喉がごくりと大きく動く。
「ん……っ……ふぅ……」
甘い、粘つくような音が響く。
圭の瞳から光が急速に失われていく。
手足の力が抜け、指先がぴくりとも動かなくなった。
そして、静寂に包まれた。
馬橋はゆっくりと口を離した。
少女の顔は恐怖に凍りついた表情のまま固まっていた。
白い制服は血と土で汚れ、乱れたスカートの下から覗く太ももは、冷たくなり始めていた。
物言わぬ亡骸。
馬橋は立ち上がり、満足そうに舌なめずりした。
「…………はは」
小さく、吐息のような笑い。
そして……
「ハハハハハハハハハハハッ!!」
再び、腹の底から響くような高笑いが森に木霊した。
「美味かった……!本当に美味かったぞ、小娘!」
彼は両手を広げ、夜空を見上げながら叫んだ。
「恐怖に震えきって、絶望に塗れて、兄貴の名前を呼びながら死んでいく魂魄……!ああ、最高だ!こんな上物だったとはなぁ!」
馬橋の瞳は、愉悦と満足でぎらぎらと輝いていた。
リズがふわふわと彼の肩の辺りに戻ってきて、『おいしかったですかー?』と無邪気に尋ねる。
「ああ、最高の味だったよ、リズ」
馬橋はリズの小さな頭を指で軽く撫でながら、にやりと笑った。
「怯えきったガキの魂魄ってのは、癖になりそうだぜ……」
彼は最後に一度だけ、地面に横たわる圭の亡骸を見下ろした。
もう動かない。
もう泣かない。
もう叫ばない。
ただの、冷たい肉の塊。
「じゃあな、お嬢ちゃん」
馬橋は軽く手を振ると、踵を返した。
血の匂いがまだ濃く残る森の中を、ゆっくりと歩き出す。
馬橋がデスゲームに参加する前は
尸魂界で死神達との戦いを繰り広げた。
リズ達に乗っ取られた死神達は同士討ちを繰り返し、指揮系統は混乱。
最初は有利に立ち回っていた。
だが砕蜂の戦いで不覚を取った馬橋は雀蜂の弐撃決殺をその身に受け敗北
リズの制御も失い、肉体が灰となって、一度命を落とした。
(二度と……同じ過ちを繰り返さねえ)
このデスゲームで必ず勝ち残り、更なる力を手に入れて見せる。
死神だろうがなんだろうが俺の目的の邪魔はさせねえ
「優勝するのはこの俺だ。なぁリズ」
『はーい♪ご主人さまぁ♪』
夜の森に、再び高笑いが響いた。
「ハハハハハハハッ!!」
今度は、誰にも止められない。
馬橋は、闇の中を進む。
新たな獲物を求めて。
【白銀圭@かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ 死亡】
【馬橋@BLEACH(アニメ版)】
[状態]:健康、高揚状態
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×2~6
[思考]:優勝して更なる力を得る。
1:利用できそうな肉体を探してリズに憑依させる
2:利用価値の無い人間は喰らう
[備考]
※参千時期はアニメ100話、砕蜂との戦いで死亡した時期からの参戦です。
最終更新:2026年03月21日 10:09