◆
──そこはもう、街と呼べる場所ではなかった。
かつては風車が林立し、帆布の屋根が青空に映え、騎空艇の行き交う賑わいがあった街。
今は雲海の霧が低く立ち込め、島の縁を優しく、しかし容赦なく削っている。
街の中心広場では、星晶灯の残骸が倒れたままだった。
かつては夜毎に柔らかな光を放っていたガラスドームが粉々に砕けて地面に散らばり、 月光を受けて無数の小さな星を瞬かせる。
市場の露店は木枠だけが残り、布が風に千切れてはためいている。
干物だったはずの魚の骨が、埃と一緒に吹き溜まりに積もっている。
誰かが最後に置いていった籠の中には、干からびた虹色の果実がまだ一つ、
色褪せた皮が剥がれかけたまま、静かに朽ちるのを待っている。
港の桟橋は半分崩落し、残った部分に錆びた係留ロープが垂れ下がる。
かつてここに停泊していた騎空艇の影はもうなく、 ただ風がロープを揺らすたび、キィキィと小さな悲鳴のような音が響く。
まるで世界の片隅で、誰にも知られずに消えゆくことしか許されていないようで。
見慣れない──けれどどこか見慣れたような光景に、黒髪の男は気怠げに息を吐く。
「やってらんねぇな」
風化した石造りの壁へ凭れ掛かり、空を仰ぐ。
そうして二度目の死を迎えた筈の虚(ホロウ)、コヨーテ・スタークはゆっくりと瞼を閉じた。
第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)。
あまりに強すぎる霊圧により周囲の虚を消滅させて、常に孤独を強いられていた餓狼。
彼は確かに、京楽春水の手によって命を落としたはずだった。
なのに今こうして、生きている。
それは彼にとって幸運なのか不運なのか、少なくともこうして黄昏れる程度には判別がつかない。
「殺し合い……ねぇ」
思い返すのは、ベリアルの言葉。
あの饒舌な堕天使からは、藍染惣右介に似た得体の知れない力を感じた。
直接的な戦闘力は置いておいて、命を甦らせる力を持っているのは事実なのだろう。
なるほど確かに、それだけで一部の者たちが殺し合いに乗る理由作りにはなるだろう。
「言う相手が間違ってるぜ」
けれど、スタークに限ってそれはない。
なぜ自分“だけ”が呼ばれたのか、皆目検討がつかなかった。
「なぁ、リリネット」
哀愁に似た表情を浮かべて、スタークが呟く。
いつも傍らに居たはずの“相棒”は、もういない。
孤独を何よりも嫌う彼にとって、今の状況はあまりにも乗り気になれない。
色のない余生を強要されるような、圧倒的な無気力感がスタークの肩から離れない。
「────なんだい、あんた」
ああ、それでも。
やはり十刃、やはりプリメーラ。
霊圧とも違う、不気味な力の奔流を見逃さない。
「失礼をした」
そうして、簡素な小屋の陰から姿を現したのは人間とは似ても似つかぬ怪物。
穢れ一つない純白の外装に、装飾のような青色のラインが目立つ人型のなにか。
破面よりもよほど人からかけ離れた姿のそれは、どちらかと言えば虚に近い。
「我が名はロシュオ。愛する者を甦らせる為、お前を討たせてもらう」
「なんだよ、やっぱりそういうタチか」
やりづらいな、と思う。
快楽殺人鬼や戦闘狂ならば、スタークも相応の態度で返せただろう。
なのに目の前の白い怪物は、堕天使の甘言に惑わされた者の一人なのだ。
「まぁ、大人しく殺されてやるつもりもないけどな」
「それでいい」
リリネットが居ない今、スタークは全力を出せない。
帰刃(レスレクシオン)、死神でいう卍解のような能力はリリネットを媒体として発動する。それが封じられているというのは、やはり制限の一種なのだろうか。
無いものねだりをするつもりはない。
軽く右手を振れば、ぴたりと自ら収まるかのように一振の刀が顕現した。
対するロシュオもまた、大振りな剣を出現させる。
不自然なほどに白く、濁りのない大剣。それはもはや彫像にも似ている。
「──!」
戦闘開始の合図はない。
風の囀りしか聞こえない中で、突如ロシュオの姿が掻き消えた。
目を見開いたスタークはしかし、張り巡らせた直感により瞬時に背後へと刃を振るう。
青白い残像を描く斬撃は、手応えを感じない。しかしその刃は確かに、ロシュオの不意打ちを妨げた。
「響転(ソニード)」
今度はスタークの番。
脳天をかち割らんとする大剣が髪に触れる寸前、気怠げな男の姿が陽炎の如く揺れ動き、残ったのは足音だけ。
意趣返しじみた反撃に対し、ロシュオもまた前方へ瞬間移動。
互いに距離を取る形となり、仕切り直し。
「静かなもんだな」
それは、泣き言に近かった。
首に掛けた下顎の仮面の残骸を、指で撫でる。
リリネットの気配はない。もう、半分になった自分の片割れは、どこにもいない。
──あいつ(リリネット)がいねぇと、こんなに静かだったっけ。
拳銃も狼も出せない、ただ面倒くさいだけの虚は心中で一人ごちる。
「お前もまた、強きが故に孤独を背負った者か」
「さて、どうだったかな」
案の定、ロシュオには見抜かれていた。
スタークが全力を出せぬこと。そして、彼の傍には居るべきはずの者がいないこと。
それにどう答えても行き着く先は同じなのだから、スタークは適当にはぐらかす。
「ならば、見極めさせてもらおうか」
ロシュオの周囲の空間が歪み、植物が彼の意思に従って無数の棘を伸ばす。
更にスタークの動きを封じるため、左手による念動波も忘れない。
不可避の二重攻撃。対するスタークは、息一つ乱さずに受け入れ──瞬間、消える。
響転、響転、響転。
加速を極めたそれは、空間を切り裂く程の速度にまで高まる。
残像が幾十、幾百と増え、ロシュオの周囲を埋めつくした。
ロシュオは左手を掲げる。
念動力の奔流が爆発し、残像を一掃──だが、本物のスタークは既に死角から迫っていた。
刀が閃く。
白き王は咄嗟に大剣で受け止めるが、あまりの衝撃に二条の溝を作りながら後退させられる。
刀を振り終えた直後のスタークと、攻撃姿勢へ移るロシュオ。
単純に考えれば、次の手を先に出せるのは後者の方だ。
「──虚閃(セロ)」
しかしそれは、白兵戦に限っての話。
ノーモーションのまま、スタークは胸に空いた虚の孔から蒼い光線を放つ。
瞬間移動も念動力も間に合わず、即座に黄金のバリアを展開。
微かに罅割れたそれは完全には防ぎ切れず、結果的に致命傷を避ける程度に留まった。
「……速いな、私が遅れるとは」
「何言ってんだ、こっちは完全に隙をついたつもりだったのによ」
灼けたのは右の肩口。
舌を鳴らすスタークへ、ロシュオは大剣を振り抜く。
空間を裂く衝撃波が放射状に広がり、スタークを大きく吹き飛ばす。
そのままロシュオは植物を操り、無数の蔓で彼を拘束しようとするが、スタークの霊圧が爆発的に膨張。
蔓が触れた瞬間、魂が削られたかのように枯れ落ちる。
「あんた自分で言ったろ、俺は孤独なんだよ」
再び響転が発動。
十刃の中でも最強の座に位置する彼は、その分響転の速度も最高峰。
ロシュオの瞬間移動では後手を強いられると判断し、“見る”戦いへと移る。
「……面白い」
虚閃が幾度も放出されるが、ロシュオは動かない。
ただ右手を軽く掲げれば、それだけで空間が捻じ曲がり、まるで彼を避けるかのように虚閃は軌道を修正される。
その内の幾らかが、主の方向へと変えられた。
「──っ!」
虚閃が跳ね返されるのは二度目だ。
しかし今度のは、一度目の比では無い質量の嵐。
全てを掻い潜るつもりだったが、右足の一部が黒い煙を上げていた。
「なんでもありかよ、嫌になるぜ」
このままチマチマと虚閃を続けていても同じことの繰り返しだ。帰刃を封じられている今、これ以上の速射も見込めない。
何度目になるかも分からない響転による肉薄、しかしそれを待ち侘びていたかのように、ロシュオは笑う。
「やはり、来たか」
「ちっ……!」
攻める側と受ける側では、後者の方が有利。
周囲に巡らせていた植物の罠がスタークの足に触れ、僅かに動きを鈍らせる。
ほんの一瞬の時間稼ぎだが、ロシュオが攻撃に移るには十分すぎる。
横薙ぎの一撃。刀で受け止めるが、あまりの質量と衝撃に再び大きく吹き飛ばされた。
加えて、それはただの斬撃ではない。
念動力を纏った刃は、二の矢となってスタークの身体を軋ませる。
苦悶の声を上げながらも、スタークは空中で体勢を立て直して最大出力の虚閃を連射。
「ほう……!」
速射性能を犠牲に威力に特化したそれは、ロシュオを取り囲む力場を貫通し、青白い光が王の身体を飲み込む。
黄金の果実による再生力が傷を癒すも、ロシュオのローブは大きく裂け、血が滴っていた。
「お前は……本当に強い」
ロシュオの声が重く響く。
「だが、それ故に……誰も側に居られぬ」
耳を貸す気などない。
しかし、その声にはどこか人を惹き付ける王の器量が含まれていた。
「だがらこそ──私の敵に相応しい」
ロシュオが両手を広げる。
黄金の光が爆発し、空間全体が“王の領域”へと変わる。
重力が逆転し、植物が津波のようにスタークを襲う。
霊圧で対抗しようとするスタークへ、今までとは比にならない念動力が降り掛かる。
響転を封じられ、消耗によって霊圧膨張も抑え込まれた今、スタークは歯を食いしばる事しか出来ない。
「ぐ──っ、……あぁ! めんど……っくせぇ!」
心からの泣き言。
こっちは帰刃が出来ないのに、相手は能力が多すぎる。
それも一つ一つが反則級。藍染惣右介がいれば、是が非でも手駒に加えようとする逸材だろう。
疲労も省みず、霊圧を極限まで高める。
虚の孔から黒い霊子が噴き出す。強引に念動力を押し返し、そのまま地面へ着地。
息が上がっている。どうやら消耗の程度も、ベリアルによって弄られたらしい。
「名を、教えてくれるか」
「あぁ?」
そんな折り、突如ロシュオが口を開く。
称号だけの朽ち果てた王。王妃を甦らせること以外には、まるで無気力な過去の遺物。
そのはずなのに、今のロシュオが放つそれは王の権威以外の何物でもなかった。
「コヨーテ・スターク」
影響を受けたのか、気まぐれか。
名乗ることに意味などないのに、スタークは応える。
ロシュオは静かに頷いて、片手を向ける。
「さらばだ、スターク」
放たれるは、特大の念動波。
霊圧の防御も吹き飛び、スタークの如何なる行動をも封じる大技。
全身の骨が軋み、内臓が潰れるような重圧にスタークは小さく悲鳴を上げながらも、胸の孔へと霊力を注いでゆく。
(こいつしか、ねぇ……)
今の自分にとって、最大の切り札。
通常の虚閃では今のロシュオに届かないのは明白。
となれば、その何十倍もの威力を持つ最強の虚閃しか勝機はない。
王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)。
自身の血を混ぜ込む事で放たれる大技。
あまりの威力に、使用を禁じられていた。
それを十刃最強のスタークが放ったのならば、間違いなくこの街全体が焦土と化すだろう。
けれどそれくらいしなければ、この戦いを生き残ることは出来ない。
「王虚の(グラン・レイ)────」
────なんで俺は、こんなムキになってんだ?
スタークはふと、疑問に思う。
あれほど生への執着を捨てたつもりだったのに、自分は何をしているのだろう。
この戦いを生き残ったところで、結局あるのは“孤独”だけなのに。
ロシュオを見る。
表情は伺えないが、先のやり取りで彼の抱く“願い”へ懸ける思いは痛いほどに理解した。
彼もまた王妃を喪い、民を喪い、永久に近い孤独の中を生きてきたのだろう。
そこに垂らされた蜘蛛の糸。罠だと分かりながらも、それに縋るしかなかったのだ。
それに比べて、自分は。
リリネットを喪い、生きているか死んでいるかも分からない中途半端な状態。
全てを心底どうでもいいとのたまっておきながら、いざ殺されかければ全力で抵抗する。
スタークはもう、自分がなにをしたいのかとっくに分からなくなっていた。
(──……リリネット)
浮かぶのは、相棒の顔。
記憶の中の彼女は、喧しく自分の手を引いていた。
確かに、王虚の閃光を撃てば勝てるだろう。
けれどその先にあるのは、結局虚無だけだ。
──だったらもう、いい。
──これ以上頑張ること、ないさ。
王虚の閃光は、発射されない。
とめどなく溢れていた霊圧は、虚しく霧散する。
そうしてスタークは、静かに笑った。
────やっぱりあんた、やりづらかったな。
◆
潰れたスタークの亡骸と、傍らに寄り添う支給品。
ロシュオは静かに、厳かに、スタークの死を弔う。
それに応えるかのように、孤独な狼の遺体は首輪だけを遺して粒子と化した。
「手心を加えられた、か」
全ては巡り合わせ。
ロシュオは己の勝利を、当然などとは微塵も思っていない。
乗り越えなければならない挑戦者は、自分なのだ。
今の自分は、王などではないのだから。
支給品を拝借し、背を向ける。
ロシュオの後に続くかのように、ぽたりぽたりと血の雫が荒れた地を彩ってゆく。
徐々に塞がる傷口を撫でながら、ロシュオは低い声を絞り出した。
「スターク。私はお前の“孤独”を覚えている」
【コヨーテ・スターク@BLEACH 死亡】
【ロシュオ@仮面ライダー鎧武】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)
[装備]:ジョエシュイム@仮面ライダー鎧武
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×2~5
[思考・状況]
基本方針:優勝し、王妃を甦らせる。
1:先に進む。
[備考]
※シド殺害後からの参戦です。
※能力に制限がかかっているかどうかは後の書き手さんにお任せします。
【支給品紹介】
【ジョエシュイム@仮面ライダー鎧武】
ロシュオの愛用する白い大剣。
正確には支給品ではなく彼の能力によって作られたものだが、支給品としてカウントされている。
攻撃力も脅威だが、衝撃波を飛ばす能力も持っている。
最終更新:2026年03月21日 19:30