「あの……この事件を解決するのに、協力してくれませんか!!」
少女が震える手を握りながら、大きな声で決意を表明し、また相手にもそれを促すように声を張り上げた。
その少女は、帽子を被り、明るい茶髪をダウンシニヨンにしてリボンで束ねている。
育ちのいい、またファッションにも気を使った小奇麗な女の子だった。
対照的に、片目を閉じたいかにもチンピラ然とした男は、ギロっと開いている左目で睨み返すように、少女を見つめた。
「……知るか」
ロストグラウンドでは到底見かけない服装だ。市街の連中ならば、そう珍しくはないのだろうが。
カズマはそう考えながら、明智あんなの招聘を手を振って断ったのだった。
「え……」
あんなの表情に緊張が走り、カズマを見る目が変わる。みるみる怯え、固まっていく彼女を見てカズマは舌打ちした。
「勘違いすんな。お前も他の奴らも殺す気はねえ。喧嘩、売られたんなら別だけどよ」
「それなら……」
「だからって、お前とつるむ気もねえ」
自他共に認める馬鹿にして喧嘩を好むカズマだったが、何も相手の命を断つことに思うところがないわけでもない。
必要ならばやるだろうが、他人に指図されやる気もない殺しなど御免だ。
だから、いつものカズマならば、すぐさまベリアルをぶっ飛ばすと意気込んで、殺し合いに乗った連中に喧嘩を売りに行くのだろう。
「私やカズマさんの家族や友達が巻き込まれているかもしれません。協力して……」
「……んなもんは、関係ねえ……。いい加減目障りだ。失せろ!」
語気を強め、少し脅せばびびって引くだろう。そう決めつけたカズマに、あんなは別の感情を込めた視線を向ける。
「……ごめんなさい」
怯えはなく、むしろ憐れむような顔に、かえってカズマは苛立ちを覚える。
上から目線で施すような連中こそカズマの嫌いな人種だ。
女のガキ相手に殴る気はないが、もう少し強めに脅して追い払ってやるか。
「ご迷惑……でしたよね……」
カズマの、大人げない思考が表に出る寸前で気付いた。
この少女が憐れんでいるのは他ならぬ自分自身。浮かべた微笑は、自分に対する皮肉のようだった。
「分かりました。……でも……私のことはいいから、もしも、小林みくるって女の子とその友達に会えたら……」
助けになってあげてください。
自分を勘定に入れない物言いに、カズマは引っ掛かりを覚えた。
「お前……」
カズマが何かを言おうとする前に、あんなは踵を返して遠ざかっていく。
またもやカズマは舌打ちし、モヤモヤした感情に支配される。
だが馬鹿である彼にとって、胸中の渦巻く感情が何かを言語化する術はない。
「おい」
だから、行動で表す。カズマは傍に落ちていた自分のディバックを掴むと、あんなに声をかけるのと同時に投げつけた。
「きゃっ?」
急に、自分の胸めがけて飛び込んだディバックを反射的に受け止めるあんな。
もしかして自分にくれるのだろうか、そう問おうと顔をあげると今度はカズマが背を向けていた。
重々しく、揺らめく背中はあんなの背丈よりも大きいはずなのに、とても弱弱しく悲惨さを醸し出す。
「……お前、かなみってガキがいたら……」
背を向けたまま絞り出すような声でカズマは言葉を紡いでいく。
「チッ……」
だが、その途中でふいに言葉を詰まらせた。
「カズマさん……やっぱり一緒に……」
あんなが声を張り上げ、食い下がる。だが、カズマは拒絶の姿勢を崩さない。
「ついてきたら、マジでボコすぞ」
支給品などカズマにとって必要のないものだ。とはいえ、ただで見知らぬ他人に渡すほど価値のないものでもない。
何の利にもならない馬鹿な行動で、それがカズマなりにあんなという少女の事を案じているであろう事に、カズマ自身が気付いておらず。
いっそ同行した方が、話も早いというのに、カズマはその選択肢を意図的に外していた。
────カズマくぅん、そこ右ですよ~~
背負いきれない。
────いいなぁこの車……いう通りに動く……クラクションまで、鳴りやがる……
人の命なんてものは、チンピラ一人の背中で背負いきれるものではなかったから、カズマは遠ざかっていく。
────おい、起きろよ。君島……?
背中で息絶えた相棒の重さは、今でも昨日の事のように思い出せる。
もう、あんなものを背負うのは二度と御免だった。
カズマ自身が忌み嫌う弱い考えに、最早抗いもせず、カズマは尻尾を巻いて逃げ出している。
負け犬と煽られようとも、カズマは何も言い返せないだろう。
「ありがとう」
噛み締めるようなあんなの声に、カズマはバツが悪くなる。
一瞬、足を止めそうになるが、だがあの少女の命を背負える自信などない。
人の命なんてものは重すぎる。何も背負わず、身軽なまま何処かで野垂れ死ぬ方が、いっそチンピラにお似合いの末路だろう。
カズマはあんなへと一度も振り返ることなく、口を結んだまま、当てもなく歩く足を止めなかった。
「二人……雌ガキとしょぼくれた男」
そんなカズマの足を止めたのは、ここには存在しなかったまったく別の声だった。
「ハズレかよ」
男の低く、知性を感じさせない野蛮な声。
カズマには懐かしくすらある馴染み深いそれは、初めて聞くはずなのに声の主がどんな人間であるか、すぐさま連想させる。
「まあいいや。ベリアルの言ってた縛りプレイってのも気になるから、お前ら────遊ぼう!!」
カズマが振り返ると同時に、真っ赤な繊維が隆起した肉の砲弾が飛び込んできた。
直線状に立っていたあんなとそしてカズマめがけて、4メートルはある筋張った肉の塊が突撃する。
カズマは地を蹴り、脱兎の如く駆けだす。左手を伸ばし、あんなの服の襟を掴み、
そして、轟音が炸裂した。
カズマ達の横にあった建物が、一撃で崩壊して砂塵を吹き上げ崩れ落ちていく。
瞬く間に瓦礫の山になったその中央で、筋骨累々の大男が身を包む繊維の束から顔を出して、左右に動かし首を鳴らす。
「やっぱ……個性の出し方の感覚が微妙に違うなあ……。
あの下ネタ野郎、マジで俺の個性を弄ったのか? キモイことしやがって」
カズマ達を襲撃した男、血狂いマスキュラーは不満を口にする。
「ま、緑谷とやる前の景気づけにはなったか」
もっとも、その声は弾んでおり、顔もにやけていた。
「ていうかよ。緑谷の奴はいるか? いるよなァ? いねえとリベンジできねえもんな。気ィ利かせてくれよベリアルさんよ。
盛り上げ上手のMCだって信じてるから、頼むぜオイ?」
空の牢へと招かれる以前の最後の記憶。
それはタルタロス脱獄後、緑谷出久との二戦目。マスキュラーは敗北し、また投獄されていた。
それ自体はいい。負けたのは、全てマスキュラーが悪い。勝負の結果は受け入れよう。
あるヒーローに奪われた、左の眼球と同じだ。
だが、戦いに不満がないと言えば嘘になる。
緑谷出久の100%の力と、全力でぶつかりあってリターンマッチを果たしたかったのが、肝心の緑谷が搦手を駆使し、マスキュラーの悲願は果されることはなく、戦いは一瞬で決着した。
これも、またマスキュラーの癇に障る。
マスキュラーの求める闘争は、あんなものじゃない。
限界を超えた先にある、命懸けのぶつかり合い。
次に緑谷出久と出会うなら、今度こそ、その真価を限界まで引きずり出す。
「まあせっかく、また暴れられるんだ……何にしたって、あの下ネタ野郎には感謝してやるか。
縛りプレイにも、少しは付き合ってやるよ!!」
縛りプレイに少々の不満はあれど、再リベンジの機会を与えてくれたのは素直にお礼を言いたいぐらいだ。
その代わりに、望み通り大暴れしてやろう。
緑谷出久がいれば、今度こそ全力で戦う。小賢しい戦い方なんてする暇も与えない。
いなければ優勝して、ベリアルに緑谷出久とやれるように願えばいい。
「さてと……あの二人はぶっ潰れたか?」
遊ぼうと言ったように、加減するはずが勢いあまって威力を出しすぎた。
粉々になった瓦礫の下でぐちゃぐちゃに潰れた二人の死体を見れなかったのは、少し残念だなと思いながら、マスキュラーは瓦礫から飛び降りる。
せっかくなので支給品も奪おうと考えていたのだが、死体諸共瓦礫に埋まっているのを掘り返すのも面倒だった。
次に会った奴から奪えばいい。あっさりと思考を転換させて、マスキュラーは自分が殺したカズマ達の顔すら朧げになっていた。
「────────シェルブリットォォォッッ!!!」
「あん?」
その次の瞬間、マスキュラーの横合いから飛び込んでくるのは、咆哮を轟かせるカズマ。
右腕は人のそれから機械的な黄金色のアームへと変換され、舞い上がる粉塵は虹色の粒子へと分解再構築される。
精神感応性物質変換能力。
あらゆる物質を変換し、自らの能力形態へと具現化する。向こう側と呼ばれる異界へとアクセスし力を引き出す異能力。
通称アルター使いと呼ばれる能力者達。カズマは、その中の一人であり保有するアルターは、ひたすらに殴るという行為を強化するシェルブリット。
握り込んだ紅の拳。右肩に据え付けられた金のプロペラが回転し、カズマに推進力を与える。
「ぐ゛ォッ゛!!?」
荒れ狂う暴風のように突っ込むカズマに、マスキュラーは全身を増幅させた筋繊維で包み込む。
右腕を変え髪が逆上がり閉じた右目が見開いたカズマと、マスキュラーの隻眼が交錯する。
「お前、個性持ちだったのかァ!!!」
とんだ嬉しい誤算だった。
無個性かと思いきや、見たこともない変わった異能力を披露してくる男。
しかし、やっていることの器用さに比べて、男の攻撃は単純極まりない。
物質を分解できるなら、直接マスキュラーに適用すれば手っ取り早く片が付く。
それなのに、形成した拳で奴は殴ってきた。
物質分解の個性なのか、殴る個性なのか、性質がチグハグだ。
(そういや、緑谷も妙な鞭や煙幕を出してきやがったが……こいつも……)
チグハグといえば、緑谷出久も初戦の肉体強化から二戦目の間に、操れる個性が増えていた気がする。
特にマスキュラーを一度は拘束したあの黒い鞭など、肉体強化の応用では説明がつかない。
やはり、複数の個性を操れるのか?
(いや、どうでもいいか……)
過る憶測を、マスキュラーは全て切り捨てた。
眼前に広げた筋繊維の壁に叩きつけられる拳。震える筋肉の防壁から迸る凄まじい衝撃に、マスキュラーの笑みが止まない。
「お前──────いいなァッッ!!!」
細かいことなんか、どうでもよくなった。
少なくとも、こいつは緑谷とは違う。マスキュラーと同じ、正面からの小細工なしのぶつかり合いを好む、単純馬鹿。
であれば、マスキュラーもそれに応じなければ、野暮というものだろう。
「おおおおおおおおおおおおォォォォッッッ!!!!」
轟くカズマの咆哮。
OFA(ワン・フォー・オール)100%の出力にすら耐えうるマスキュラーの肉壁が、歪んで軋む。
足の筋力を増強してもなお、カズマの推進を圧し留められず、マスキュラーが足元で踏み抜いているアスファルトから靴底が浮かび上がった。
(こいつ……ッッ!!)
カズマのシェルブリット第二形態の燦然たる輝きが増し、マスキュラーの視界を閃光で圧し潰す。
その次の瞬間、マスキュラーの体は大地から浮かび、遥か後方へと吹き飛ばされた。
背後に聳え立つ高層マンションをぶちぬき、さらにその後ろに立ち並ぶコンクリートジャングルを次々に貫いて、連鎖するような灰色の雪崩が引き起こされ、アスファルトの断末魔が木霊する。
「おい、お前」
吹き飛んだマスキュラーの生死に興味はなく、カズマは自身の背後で佇むあんなへと声をかけた。
マスキュラーの攻撃から庇い、ダメージは負っていないはずだが、戦いに慣れていないのか立ち尽くしている。
舌打ちしながら、面倒そうにカズマは続けて口を開いた。
「ぼさっとしてんじゃ……」
だが、すぐさま言葉を失い、カズマは目を見開く。
あんなは腹を押さえ、蹲っていり。
小さな手からは血が溢れ出し、医療知識などないカズマでも一目で分かった。
これはヤバい。
心臓などの急所がズレているとはいえ、尋常ではない血の量だ。このまま処置もできずにいれば、遠からず出血多量でお陀仏だろう。
「…………うっ………、ぐ……」
マスキュラーの攻撃はカズマが庇い直撃こそ外れたが、瓦礫の破片が飛んであんなの腹部を穿っていた。
滲みだす血はあんなの服を赤く染め、彼女の顔は血の気が引き、みるみる青ざめていく。
「おい! もうちょっと踏ん張れ!!」
どうする? 医者か? だが、こんな場所にいるのか?
病院を探してそこで包帯や消毒をぶんどって、巻きつければ何とかなるのか?
焦るカズマの脳裏に浮かぶ選択肢はあまりにも乏しく、けれども行動に移らなければ事態は好転しない。
(クソがッ!!)
あの時、カズマがあんなから遠ざかる為に目を離さなければ、あんなを十分安全な場所まで連れて攻撃を回避できたかもしれない。
そもそも、最初から同行を決めておけば……。
速さが足りない。あの男の言葉が、カズマに突き刺さる。
判断も行動も全てが遅いから、取り返しのつかない事態にまで悪化している。
ストレイトクーガーが、今のカズマを見れば呆れ果てていることだろう。
「お前、カズマって言うのか?」
あんなを担ごうと手を伸ばすカズマを制止するように、マスキュラーの声が響く。
「おっと、自己紹介がまだだったか? 俺はマスキュラー、よろしくなァ」
纏った筋肉が剥がれ落ちる。
着ているタンクトップが破れて、鎧の如く筋張った隆々とした体躯が剥き出しになったマスキュラー。
全身に掠り傷をいくつか作りながら、気にする素振りもない。むしろ、マスキュラーはしゃいだ子供のような声で、弾んだ気分を隠しもしなかった。
「これで、もう聞きたいことはなんもないよなあ? なあ? もうお喋りはいいだろ!! カズマァ!!!」
狂的な高揚さを孕んだカズマと呼ぶ声には親しみすら込められており、次の瞬間には、友達になろうとでも言わんばかりだった。
「遊ぼう! 今度は、本気でッッ!!!」
「てめえ……」
崩れた建造物の瓦礫を踏み鳴らすマスキュラー、全身が砂塵に塗れているが、掠り傷を除けば殆ど応えている様子がない。
シェルブリット第一形態をすっ飛ばし、第二形態でもろに殴り飛ばし筈だが、頑健な肉体はビクともしていない。
奴は、あの増強した筋肉で、シェルブリットを受けきった。
強い。
こんな時と、こんな気分でなければ、カズマも喜んで力比べを望んでいるところだったが、今は状況が最悪だ。
「安心しろ。そのガキを狙うなんて、野暮なことはしねえ。
だから……早く続きを始めようぜ。カズマ」
マスキュラーの眼光に貫かれ、カズマは舌打ちする。
あんなを担いで逃げる。その考えを、真っ先にカズマは切り捨てた。
あんなの傷から夥しい血の量を見るに、激しい動きはまずい。
特にカズマの移動方法は、拳を地面に殴りつけた反動で、強引に飛ぶというもの。
第二形態のプロペラでの飛行も、非常に荒々しい。
カズマの重力に逆らいながら、無理やり機動力を得るというやり方は重体のあんなを運ぶには適さない。
しかも、マスキュラーはカズマに執着を見せている。逃げれば追いかけてくる。
あれの追撃を避けながら、あんなへの負担を最小限に抑えなければならない。
針の穴を通すような、困難な撤退戦だった。
「良いぜ。買ってやる、その喧嘩」
逃げるのも退くのももはや困難、それにガラじゃない。
何より、最もシンプルで分かりやすい方法がある。
「ようは────てめえを、最速でボコせばいいだけだろうがッッ!!」」
目の前のクソ野郎を速攻でボコして、後ろで死に掛けてるガキを何とかする。
迷うな。迷えばそれが他者に伝染し、誰一人として動けなくなる。
だから──────
「うおおおおおおおおおおおおおォォォォォッッッ!!!」
何事をも砕く、この自慢の拳で。あの野郎を突き崩す!!
「喧嘩……ああ、そうだよ。良い言葉じゃねえか」
緑谷なら、恐らく撤退を主軸に戦術を組み、マスキュラーを嵌める奇策を用意して全力勝負を避けるのだろう。
「喧嘩だよ喧嘩。……俺は、お前と喧嘩がやりてえんだよォッッ!!!」
そこへ来ると、カズマはどうだ? マスキュラーと対峙し逃げる素振りもなく、全力を出してくれる。
これだ。こういうのがやりたかった。
あんな、つまらない男になった緑谷出久と違って、マスキュラーの望む死闘が間近に迫っている。
肌がヒリつき、胸の高鳴りが止まない。
「こっからは本気だ」
マスキュラーはベリアルが配った赤い宝石を、伽藍洞の左の眼窩に捻じ込む。
形の合わない鉱石で、眼窩の内部が裂けて血の涙を流すが、その涙は嬉しさによる感涙。
後先考えず、個性を全開で開放する。
夥しい数の筋繊維がマスキュラーを囲い、生々しい鮮紅が艶めく。
「シェルブリットォォォォ────────!!!」
何がハズレだ。数分前の自分を、今すぐにぶっ潰してやりたいとすらマスキュラーは思う。
「バーストォォォォォォォォ!!!!!」
こんな大当たり、この先二度と出会えないかもしれない。
それなら、悔いのないように全力の一騎打ちを楽しまなければ損だ。
「そうこなくっちゃなあ!! カズマァァァ!!!」
拳と肉弾。
二人の男が誇る最大出力の破壊が激突する。
その瞬間に臨界点を超えた空間が歪む。
轟く爆鳴は、浮遊する大陸を揺さぶり、巨大な岩塊を今にも大地へと叩き落とそうとしていた。
「筋肉野郎ォォォ!!!!」
圧潰せんと押し寄せる肉の雪崩を、カズマの拳が押し返す。
ぶちぶちと音を立てて引き千切れる筋繊維。紅の鉄拳はカズマの叫びに応じて輝きを増し、マスキュラーを圧倒する。
マスキュラーの個性の性質上、消耗しきった筋繊維は剥がして入れ替えなければならない。
だが、シェルブリット第二形態の剛腕は、マスキュラーの持つ全筋力を総動員してもなおも推進力を失わず突き進む。
「お前ッ! 最高だァァ!!!」
筋繊維の張り替えなどさせる暇も与えない。まさしく最速で。
圧されるマスキュラーは、弱り消耗していく筋繊維を肌で感じながら、歓喜に歪んだ形相はより歪になっていた。
全力のパワーをぶつけ合ってくれる相手。あれだけの剛拳(OFA100%)を持つ緑谷出久ですら、二度目の戦いでは拒んだ真剣勝負を、この男は受けて立ってくれたのだ。
「俺も全力で応えなきゃ、失礼だよなァ!!!!!」
「砕け散れェ!!!!」
こんなとこで潰れちゃ面白くない。このカズマという男にも、マスキュラーにとっても。
会話の成り立たないドッジボールを投げ合いながら、マスキュラーは全身に張り巡らせた筋繊維に力を籠める。
(なんだ……こいつの筋肉が、復活してやがる?)
その時、圧されていたマスキュラーが突如として、シェルブリットと拮抗した。
マスキュラーの全身を紅蓮の紫電が弾けて爆ぜる。
筋繊維の表面が、カズマの拳により斬り込まれていた裂けている箇所が、みるみるうちに修復されていた。
(あいつが目ん玉にしてるヘンテコな石のせいか……?)
筋繊維の増強率が上昇しているどころか、マスキュラーの個性にはない再生力が付与されている。
左の眼窩に紅石を捻じ込んだ途端に、マスキュラーの個性が増大しているのは明白。
ベリアルが支給したのは賢者の石と呼ばれる、錬金術が科学として発展したある世界で精製された至宝の玉石。
あらゆる法則を無視し、使用者に半永久的な無限の力を齎す。
代償として、多くの人間の魂を物質化することで精製するが、その紅石の中で悍ましく反響する亡者達の悲鳴など、マスキュラーには届くはずもなく。
仮に聞こえたとして、マスキュラーは鼻で笑って聞き流すだろう。
「ベリアルも、面白ェ物を配ってくれたもんだなァ!!!」
拮抗する拳と肉弾は、拳に亀裂が生じて肉弾が僅かに前進していく。
ベリアルの配った道具というのが気に入らないが、この喧嘩を盛り上げてくれるなら存分に使ってやろう。
何せ、この男は強い。カズマはマスキュラーが全霊で迎え撃ったとしても死線は必須。
それならば、出せるポテンシャルは全て引き出し切って、悔いのないとびっきりの一撃をかまさなければ、一生の後悔になるというもの。
「ぐ……ッッ……てめえェ……!!!」
筋肉には超回復という性質がある。
破壊された筋繊維は、休息と栄養補給によって以前より太く強く回復する。
故に、筋肉トレーニングにおいて、睡眠や食事もまた非常に重要視されている。
ここにあるのは、賢者の石という半永久的な無尽蔵のエネルギー。
理解分解再構築という物理法則に囚われた錬金術の三拍子を蹂躙し、あらゆる等価交換を踏み倒し術者の望む物質へと変性させる、究極の増幅器。
それは、マスキュラーの纏う筋繊維にも当て嵌まる。
左の眼窩から流れ込む臨界を超えたエネルギーが、筋繊維の再生を促進させ、消耗した筋肉は剥がされることなく延々と肉盾としての機能を維持。
これにより、マスキュラーの筋繊維の張り直しという弱点を補完。
さらに、カズマのシェルブリットが破壊し再生した筋繊維が回復。以前よりも遥かに上回る強度を経て。
超回復という筋肉の備えた性能を、等価交換の法則を踏みにじった異常なまでの自己治癒力が、数秒、あるいはコンマ秒の単位まで圧縮していく。
破壊を重ねれば重ねるだけ再生し、筋繊維は増強を繰り返す。無限にパワーが上昇する。
「野郎ォォォォッッッ!!!!」
賢者の石と筋肉増強という個性が合わさった、超回復による無限強化のループにカズマのシェルブリットが悲鳴をあげた。
使い手のカズマの闘志は折れないまでも、アルターで構築された拳の亀裂が広がり、破片が欠けて虹色の粒子へと還り、物質世界から消失する。
(こいつのアルターが、砕けねえ……!!)
アルターはエゴを通す力。望む渇望の強さに応じて、向こう側と呼ばれる世界から力を簒奪し、自らのエゴを強く反映したアルターを形成する。
最終形態はおろか、迷いを振り切った正史であれば、いやそれ以前のカズマであってもマスキュラーにここまで遅れを取ることはなかったはず。
だが、友を失い、背負うべきものすら遠ざけ逃げ続けている。前に進むことを放棄したカズマに、勝利の女神は微笑まない。
「血ィ見せろォ……!!!」
今、この瞬間だけは、血と闘争を望むマスキュラーのエゴが勝っていた。
「ぐ……ォ……う、お……ォォォォォ……ッッ!!!!」
律動する膨大な質量の鮮紅の死を目前にして、なおも抗うカズマを嘲笑うようにマスキュラーを覆う筋繊維の層が増大する。
1万2000層の筋繊維装甲がその数倍の層となって、シェルブリットを呑み込んだ。
「…………舐めん…じゃ……ねェ……!! 筋肉達磨ァァァ!!!」
罅割れるシェルブリット。
右腕を包む凄まじい激痛。
今にも、全身を圧し潰してしまうほどの重圧に、拳一つで抗い、カズマは雄叫びをあげる。
呑み込まんとするマスキュラーの筋繊維を睨みつけ、カズマの背のプロペラは激しく回転した。
「輝け、もっとだ……もっと……!!!」
マスキュラーの進行が、カズマを潰さんとした巨肉塊が圧し止まる。
「まだまだ、パワー上がるのかよお前ェッッ!!」
シェルブリットが研ぎ澄まされた光りを放ち、マスキュラーを照らす。
あの時と一緒だ。緑谷出久とやり合った最初の戦い、全力を出し合って戦う楽しさをマスキュラーが知ったあの戦いと。
一度殺したと思えば、突如として力が湧き出して、自分を殴り返したあのパワー。
これだ。こういう奴にもう一度、リベンジしたかった。
「もっと輝けェェェェェェッッッッッ!!!!」
緑谷出久に出して欲しかったのは、こういう全力だった!!
「愉しいなッ!! カズマァァァッッッ!!!!」
獣じみた笑みはますます破顔し、くしゃくしゃになった顔は皺が寄る。崩れ切った顔面に張り裂けそうな笑みを貼り付けて、マスキュラーは歓喜と燃える闘志に咆哮をあげる。
こんな殺し合いに連れてこられたことも、緑谷出久にまたもや敗北させられたことも。
何もかも、全てに感謝の念しか浮かばない。これほどまでに戦う悦びを教えてくれる男と出会えたのだ。
「あ゛ッ゛ッ゛?」
だが、その歓喜も一緒にして消失する。
横合いから、疾駆してきた強刃がマスキュラーの筋繊維に突き刺さった。
〇
助けなくちゃ。
カズマさんを、助けなくちゃ。
夥しい量の血を流しながら、冷たいアスファルトの上に蹲るあんなはカズマから受け取った支給品をひっくり返していた。
自分の支給品に使えそうなものはなかったから、カズマがあんなに譲渡した支給品に懸けたのだ。
「ふろ……しき……?」
出てきたのは、時計の模様がプリントされた赤の表面と裏の表面の奇抜な風呂敷だった。
付属した説明書には、表面で被せることでその対象の状態を未来に進ませ、裏面で被せる過去に戻すことが出来ると書いてある。
眉唾な物品だが、あんなが2027年からタイムスリップしたのを思えば、ありえなくもない話に思えた。
だが、肝心な事に参加者の負傷などは戻せないと、赤字で記載されている。
これで、あんなが回復するのは不可能だった。
「こ……れ、じゃ……」
血が流れて、徐々に薄らいでいく意識のなか、あんなは焦燥に駆られた。
変わった道具があったところで、それがカズマの助けにならなければ意味はない。
今はジュエルキュアウォッチもなく、名探偵プリキュアにもなれず、あんなは無力なただの中学生、それに死にかけだ。
せめて、プリキュアにさえなれれば……。
「あっ……」
参加者の負傷は戻せないと記載しているのは、参加者を対象に使用することを想定しているから。
負傷以外ならば、巻き戻せる?
〇
「はああああああああああァァァァッッ!!!!」
それは拳。カズマはおろかマスキュラーの物と比較しても見劣りする小さな掌を握って作った脆弱な手だが、込められた力はマスキュラーへと奔流し、僅かに重心の糸が切れる。
そこにいたのは、明智あんな。タイム風呂敷を使い、体の時間を巻き戻して名探偵プリキュアへと変身を遂げた、キュアアンサーだ。
打撃は自身の数倍もの巨体を誇る怪物を、一撃で薙ぎ倒す。
「今ァ!!……良いとこなんだよォォ!!!」
筋繊維の盾を破るほどのダメージはないが、それでも僅かに体勢を崩し、マスキュラーの視界がぶれる。
「おおおおおおおおおおおォォォォォォッッッ!!!!」
その隙をカズマが見逃すはずがない。
今は、死力を果した一騎打ちの真っ只中、ほんの一瞬の隙が生じたその瞬間に勝敗が決する。
「この、ガキィッ……!!」
血が溢れる腹を抑えながら、紫色の長い髪を背に流した少女、あれがさっきまで死にかけていた茶髪の雌ガキなのだろう。
どんな個性を使ったかは知らないが、非力な少女からマスキュラーに殴りかかれるだけの膂力を手にする形態へと変化している。
「──────邪魔すんじゃ──────ぐ、うおおおおおおおおおおッッ~~~~~!!!?」
キュアアンサーを睨みつけながら、シェルブリットに殴り飛ばされたマスキュラーは大地と別れを告げ、この浮遊大陸のそのまた遥か上空へと吹き飛ばされた。
「う……、ッ……ぅ……」
タイム風呂敷で、体の負傷を治すことはできない。プリキュアになれたとしても、既に出血多量で弱っていたあんなは、激しい動きを強いたことでさらに血を失っていた。
蒼白になった顔で、変身が解けた彼女は膝をついてそのまま倒れ込む。
「おい! お前ッ!!」
その体をカズマがアルター化されていない左腕で支える。
「少しだけ待ってろ!!」
医者か病院を探す。なくても見つけ出す。
特に病院があれば、包帯ぐらいはあるだろう。幸いこの会場は市街を再現しているようなので、そういった施設も存在している可能性は高い。
「か……ず、ま……さん……」
「黙ってろ!」
借りが出来たなんて思っちゃいない。あんなの助けがなくとも、カズマはマスキュラーを倒す気だった。
むしろ、喧嘩の邪魔をされた。そこだけは、マスキュラーと同意見だ。
それでも、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。寝覚めが悪いだけだと、カズマは自分に言い聞かせる。
怪我さえ何とかしたら、後は何処かに放り出して、カズマは自分の好きにやるつもりだ。
これ以上、人の命を背負う気など、毛頭ない。
「寂しそう……だったから……わたし……も、一人ぼっちで……放っておけなくて……」
明智あんながタイムスリップした1999年の世界には、彼女の居場所はどこにもなかった。
暮らしていたマンションは建設もされず、友人はおろか家族だっていない。
のちに両親となるであろう人物も、今はまだ互いに面識すらないだろう。
そんな世界に、中学生の少女が一人で放り出され、たまたま出会えた小林みくるに依存して迷惑を掛けて喧嘩をしてしまった。
「カズマさん、かなみさんと……もう一度、ちゃんと会って……」
あんなはもう、みくると再会することも、ちゃんと謝ることもできない。
カズマと彼が口にしていた、かなみという人と何があったのか、あんなには預かり知らぬことだが。
ここで死んで、二度と会えなくなってしまうのは寂しすぎる。
だから、そうなって欲しくなかった。
「勝手に決めてんじゃねえ! おい、お前……!!!」
あんなは一度、カズマに向かって微笑んだ。
それはカズマの背を押すような朗らかさと、どこか自嘲を孕んだものだった
ごめん、みくる。
最後にそう呟いて、その直後。
「あんなッ!!」
彼女が瞼を閉じると、二度と動くことはなかった。
【明智あんな@名探偵プリキュア! 死亡】
シェルブリットを叩きつけ、地面に穴をあけてから、あんなの遺体を横たわらせて土を被せる。
カズマのやれる供養などこれくらいの事だった。
「ベリアルの野郎……!!」
何も背負いたくない。
だから、全てを遠ざけてきた。
それなのに、あのベリアルとかいう変態野郎は勝手に他人を巻き込み、無残に散らしていく。
そうしてまた、カズマの背に重荷をねじ込もうとしてくる。
一人の命ですら、その重さにカズマは圧し潰されそうになっているというのに。
たまらない。たまったもんじゃない。
だが、もしもかなみが居たら。あんなが口にしていたみくるというガキが居たら。
背負えないからと、見捨てるのか?
それに、あのホーリー野郎の劉鳳だ。あの野郎だけは、何があってもボコしてやる。
まだ、答えは出ない。踏み出すための決意も、背負い切る覚悟も、今のカズマには欠片ほどもなかった。
「ベリアル、てめえは徹底的にボコしてやらァ!」
だが、やることは決まった。あの変態野郎、ベリアルを徹底的にボコす。
しかし、その前にやらなくてはならないことがある。
「けどよ。まずはあいつだ」
喧嘩を売ってきやがったあの男の喧嘩の決着はまだ終わっていない。
あんなの弔い合戦なんて言う気はない。そんな深い付き合いもない他人だ。
だが、あいつはカズマの中にあるスイッチを押した。
「マスキュラーつったな……。先に、あの野郎からボコす!!!」
拳を叩きつけ、推進力を得たカズマはマスキュラーを追うように、空へと舞い上がった。
【カズマ@スクライド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1?5、タイム風呂敷@ドラえもん(カズマの支給品、6時間使用不可)
[思考・状況]
基本方針:ベリアルをボコす!!!
1:マスキュラーを見つけてボコす!!!
2:劉鳳をボコす!!!
3:かなみやみくるってガキがいるなら……。
[備考]
※13話終了以降、15話終了以前からの参戦です。
【タイム風呂敷@ドラえもん】
カズマに支給。
物を包むことで、その物の時間を進ませたり巻き戻せる。
制限により、参加者のダメージなどは治せない。
一度使用すると6時間使用不可能。
「ああッ! くそっ! せっかくの楽しみを邪魔しやがって」
首をコキッと鳴らし、マスキュラーは舌打ちをして忌々しく呟く。
カズマとの全力を出した戦いは愉しかった。
小賢しい真似をするようになった緑谷出久と違って、カズマは力押しでマスキュラーと戦ってくれる。
「ま、どうせ向こうから会いに来るか……」
あの雌ガキの邪魔が入ったが、どうせあの傷だ。永くはない。
死ねば、カズマが怒り狂ってマスキュラーに、また喧嘩を売りに来てくれるかもしれない。
「カズマと会う前に、色々遊んで俺も個性をもっと磨いておくか……。それに緑谷も探しておかねえとな」
緑谷出久の指摘した通り、筋繊維の張り直しという欠点を賢者の石で補ってはいるが、まだ完全に使いこなしてはいない。
あの戦いのように、小細工に邪魔されて全力を出せず仕舞いなんてのは、もうこりごりだ。
だから、あらゆる小細工を粉砕できるように、マスキュラーもさらに向こうへ、鍛える必要がある。
マスキュラーは凶悪な笑みを浮かべながら、次の遊び相手を求めて歩き出した。
【マスキュラー@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康、賢者の石によるブースト
[装備]:賢者の石@鋼の錬金術師
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2
[思考]
基本方針:殺し合いに乗る。
1:カズマともう一度喧嘩をする。
2:緑谷に今度こそ全力を出させてリベンジする。
[備考]
※デク戦二回目以降からの参戦です。
【賢者の石@鋼の錬金術師】
マスキュラーに支給。
生きた人間を精製して作られる宝石。
凄まじいエネルギーの集合体であり、等価交換の法則を無視した錬成を行える。
このロワでは錬金術師以外にも、所有者の力を増幅させることができる。
最終更新:2026年03月22日 09:10