ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ。
Q:侵入(ハイ)レタ?
A:──侵入(ハイ)レタ。
──その黄色いハンカチは、何の幸せも運んでくれなかった。
「…………わけが……わからない……。──」
「──綾瀬さんッ……!」
虚脱と狼狽が入り混じる吐息が、丸眼鏡を白く曇らせる。少年の名は──高倉健(以下:オカルン)。
月刊ムーをこよなく愛する彼が目を覚ました場所は、剣道場内部。ただでさえ普段の彼には縁がないうえ、真夜中の道場という未踏地である。
もはや説明も野暮なほどだが、不可避の殺戮劇(デスゲーム)へと放り込まれていた。
剣と剣──。
互いに恨みも憎悪もない者同士──。
鋭利な悪意で心臓、あるいは脳を永久に停止させるまで終わることのない、死の螺旋階段────。
──まさしく、血生臭い『非日常』の極北。
「ジブンは……ジブンはっ…………」
とはいえ、お世辞にも『平凡な日常を送っている人間』とはいえないオカルンである。
『セルポ星人』という前菜を皮切りに、『蟹』『ちゃんこ鍋』『シャコ』『ミミズ』に『サラサラサラ
サラ』………。
ゲテモノフルコース──別名:怪異との激闘を送ってきた彼だ。
このバトル・ロワイヤルも今更なもの──それどころか、その『非日常の一ページ』に過ぎないと、ある種精神的余裕を見せていたのかもしれない。
玉は失くして、度胸は一般男性の何十倍も得ている男。それがオカルン。
──ならば、何故、
──なぜこれほどまでに、彼は底なしの絶望に追い詰められているのか。
チク、タク、チク、タク。
──道場内に響き渡る、無機質な秒針のリピート。
タ、タ、タ。
──どこからか虚しい自己主張を続ける、蛇口の水滴。
──道場の四隅から這い出る闇は、不安を糧にして、より一層その濃度を増していく。
バクン、バクンッ。
バクンッバクンッバクンッバクンッ。
──そして、鼓動。
それは本能的な恐怖に由来するものではない。
映画『幸せの黄色いハンカチ』が好きな、──『ジブン』が好きな意中の。
────あの子への想い。
「………………待っててくださいよ、綾瀬さんっ…………」
こんな下らぬ怪異の遊戯に、二人の絆を断ち切られてたまるか、と。
唯一無二の理解者であり、一蓮托生のパートナー・綾瀬桃との再会を期して、
オカルンは心の奥底で出陣のほら貝を吹き鳴らした。
「ジブンにできないことなんて……それこそ無いんで──」
「桃太郎さん~~♪ ももたろさん~~~~♪」
「────えっ……?」
否。攻撃合図のほら貝、響かせたのは背後にあり。
意表を突く先制攻撃──その旋律に、オカルンは弾かれたように振り返る。
丸眼鏡の奥、闇の中から輪郭を象っていくその「サラリーマン」は、残酷な演劇を冷笑するかのような、不遜な余裕を湛えていた。
コツン、コツン。
──とは、自分へと着実に歩み寄る硬質な革靴の音。
「おこしにつけた~~きびだんご~~♪」
「……え? ──えっ」
コツン、コツン。
──足音が刻む不穏なBPMが、オカルンの瞳孔を限界まで見開かせる。
「あ、あの…………え?! も、もしかして、『それ』──」
「ちょっと坊や! 出囃子の最中に茶々を入れるんじゃないわよっ!! マナーがなってないわね……まったく!」
「え? あ、す、すみません! ……あのぉ~~」
「あらストップ。悪いけど、今の貴方に『質問権限』なんて存在しないわ♪ ……目上には従えの精神で承ってほしいものね。あたしの、ワ・ガ・マ・マをっ♪」
「…………っ」
コツン、コツン。
──もはや近づく足音以上に、耳を打つ「オネエ言葉」の違和感が膨れ上がる。
月光を背負い、無駄なまでの神々しさを纏って現れたその男。だが、死線を越えてきたオカルンにとっては、そんなオーラなど塵ほどの価値もなかった。
「坊や。名前はなんていうのかしら?」
「…………高倉健」
「ん?」
「ジブン、高倉健といいます……!」
「んん?? はぁ?!」
「ジブン、名乗りましたんで。……次はあなたの──」
「なによそれ!! 高倉健……あらなに? お友達の名前は邦衛か優作だったりするわけ?! 私にサインを強請ろうっていう魂胆なら、そうはいかないわよっ!!」
「……よく言われます。でもこれが本名なので。……それよりも、あなたは──」
「『半沢直樹』」
「え?」
コツン、コツン。
──オカルンの視線を奪ったのは何よりも、男が持つ『金の玉』。
──ピンポンサイズにして、何よりも絶大な力を宿すその『霊力の根源』。
──問いただしたかった。何よりも先に、真っ先に。『それ』について。
「あなたが偽名を使うなら、あたしも相応の態度取らせてもらうわぁ?」
「…………」
「まぁ都合がいいわね。偽名さえ使えば、後で何をしようと全部『ナオキ』のせいにできるもの♡ 馬鹿正直に本名を名乗るなんて、今の状況じゃ命取りにしかならないわよね~~。──」
「──例・え・ば♪」
コツン、コツン。
────それだというのに。
「こういう一般人への暴力行為とかねぇぇぇええええええッ!!!!!」
「わっ!!」
シュバッ────。
『打太刀』。
オネエ言葉を操る金融庁検察官──黒崎駿一。
数多の銀行の不正を暴き立て、失策を犯した部下には『股間鷲掴み』という戦慄の制裁を科してきた、冷徹なるエリート。
彼は(あるいは彼女は)、人間離れのスピードを以て距離間を瞬殺し、
「洗いざらい知ってる情報吐いてもらうわよ!! 健くんんんんんんんんんッッ!!!!」
────オカルンの『玉』を物理的に、そして完膚なきまでに鷲掴むのであった──────。
ギュッ───。
「………………あれ?」
「……え?」
──すなわち、『虚』。
そこにあるはずの実りは、疾うの昔に消失していた……。
◆
………
……
…
「……つまりはあなた。やぁねぇ~……アタシよりも女の子じゃないのっ!」
「文句なら、ターボババアっていう猫に言ってほしいっす……」
洗いざらい。
洗いざらいに洗いざらい。ジャブジャブジャブジャブ、アライバティックざらざらざらざらざらざらざらざら~…………。
オカルンへの洗濯を完了した黒崎検査官は、手に入れた情報の乏しさよりも、『掴めなかった』虚しさに頬を膨らませた様子だった。
とはいえ、相手は物理的に二つの核を喪失した少年。不可抗力である。
黒崎は、魂が抜けたような手つきで、奪い取った『金の玉』を指先で弄んでいた。
「……あの、そろそろその玉。……ジブンに返してほしいんですけども」
「却下」
「えぇ……どうしてですか……」
「脳死で質問する前に、少しは頭を使いなさいッ!! こんな危険な『武器』を貴方に預けて、もし暴走でもしたらどう責任を取るつもり!? これは首輪よ、首輪! 貴方が妙な力を振るわないよう、アタシが監視下に置くわけよ!!」
「……それはそうっすけど、……ていうかあんま転がさないでくださいよ! 大体にしてソレ、他人の玉ですからね?!」
「なによ! カナダで牛の睾丸は高級食材だわ!!」
「…………」
なら食うつもりなのか。
金の玉の持つ──核戦争的力を知るオカルンにとって、黒崎という男(女?)は畏怖を超えた存在に見えただろう。
ただ、『同じ穴の狢』というわけか。──いや、多少は意味は違っているだろうが。
「じゃあその綾瀬ちゃんって子も、この金玉探してる訳ね」
「そうです。……『の』をつけましょうよ、一応。『金“の”玉』」
「な~ら話が早いわぁ! 善は急げ、アタシたちの足も迅速にすべきね。ターボババアの時速100km超えで一気にカタをつけるわよ。追いかけっこよッ!」
「…………つまり、こういうことですね」
「待ってストップ、健ちゃん。貴方に決め台詞を吐く権利なんて認めないから。アタシに言わせなさい。──」
「────行くわよ? 桃たろうちゃんと、鬼退治!」
「……ジブン、不器用なんで……全力でサポートしますっ……!」
オカルト好きの少年と、金融庁の熾天使(セラフィム)。
異色のコンビによる、運命への『倍返し』が今、幕を開けたのだ──。
【オカルン@ダンダダン】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:ハンカチ、不明支給品×2
[思考]:
1:綾瀬さんを救い出し、合流することを最優先事項とする。
2:黒崎の強烈なリーダーシップに圧倒されつつも、サポート役に徹して事態の打開を狙う。
【黒崎検査官@半沢直樹】
[状態]:極めて不満
[装備]:金の玉@ダンダダン
[道具]:ターボババア@ダンダダン、不明支給品×1
[思考]:
1:自分をこの茶番に引きずり込んだ「ベリアル」に対し、徹底的な実地検査と制裁を誓う。
2:このゲームの「
ルール」や「運営」に潜む瑕疵を見逃さず、論理的に詰め寄る準備。
3:これこそアタシらの倍返しよッ!!
………
……
…
「ま、アタシばかりが強欲に振る舞うのも、それはそれで美学に反するわね」
「え?」
「健ちゃん、あなたにあげるわ。アタシが引いた『支給品』の一つを」
「……そんな! べ、別にジブンは……」
「いいのっ!! ──貴方からすれば、ある意味これ以上ないほど『お似合い』の品かもしれないわよ?」
「え?」
黒崎がデイバッグから無造作に取り出した──『それ』。
「……え」
「…………よう、テメェ」
──『それ』は、明確に「支給品」として扱われていた。
「とりあえずこのオカマをぶっ殺せ。話はそれからだ、クソダラア」
「ターボババア!!?」
【支給品】
【ターボババア@ダンダダン】
[思考]:
1:目の前のオカマ検査官を今すぐ「グッバイ(抹殺)」しろ。話はそれからだ。
2:ベリアルにオカマ、ついでにクソダラァ(オカルンら)をミートにしてやらあ。ワシをあまり舐めるなよ?
最終更新:2026年02月11日 19:00