深い森の中、不気味な静寂が支配する空間。
そこに佇む赤いインナーに黒いジャケットの青年は、自身の首元に巻かれた冷たい金属の感触を指先で確かめていた。
動揺はない。恐怖もない。ただ、現状に対する冷徹な分析があるのみだ。
「空間転移に浮遊する島。さらに私の力を抑制する首輪……地球の技術ではないな」
淡々と呟いた青年はデイパックの中身を一瞥し、現在必要そうな地図だけを手に取る。
「あの……っ! そこの、人……!」
背後から、怯えたような、それでいてどこか切羽詰まった少女の声がかかる。
振り返ると、そこには亜麻色の髪を左右で短めに結った華奢な少女が一人、息を切らして立っていた。
彼女は青年の無機質な瞳に見つめられ、一瞬言葉を詰まらせたが、縋るように言葉を続ける。
「あの、私、井芹仁菜って言います。ここ、どこなんですか? 私、いきなりこんな首輪つけられて……これ、犯罪ですよね? 警察とか……」
「警察や軍隊といった組織が機能する場所ではない。理解していないのか?」
青年の返答は素っ気ない。突き放すというよりは、事実をただ口にしただけの温度のなさだ。
仁菜の眉がピクリと跳ねる。彼女は理不尽に対しては敏感で、激情を秘めた少女だ。端的に言えば青年の超然とした態度に「不気味さ」よりも「怒り」を感じた。
「り、理解って……殺し合いなんて言われて、『はいそうですか』ってなるわけないじゃないですか! あなた、何なんですか? なんでそんな平気そうなんですか!?」
「この状況は予想外ではあるが、私は観測するためにここにいる。この歪な空間で人類を始めとした生命がどう動き、事態がどう収束していくかを見届けるだけだ」
「はあ!? 観測って……何わけわかんないこと言って……」
仁菜が声を荒らげようとした、その時だった。
ズゥゥゥン……!
重低音と共に、近くの茂みが乱暴に弾け飛んだ。
現れたのは、熊と爬虫類を合体させたかのような異形の獣だった。島に放たれた「魔物」の一体なのだろう。
「ひっ……!? な、なになに、なんなのよこいつ!!」
仁菜が悲鳴を上げ、反射的に後ずさる。
いくら血の気が多い彼女でも、常識の外にある怪物の出現に怯えを隠せない。
だが、青年の反応は違った。
「怪獣ではない、この空間特有の未知の獣か……」
彼は逃げるどころか、一歩前へ踏み出した。そして手を頭の上に構えて、振り下ろす。いつの間にか彼の手の中にはブーメランのような形をした武器が握られていた。
直後。森の暗闇を一瞬塗りつぶすほどの閃光が走る。
「うわっ!?」
仁菜が目を覆い、再び開いた時、そこにいたのは先程の青年ではなかった。
赤を基調に銀色のラインも入ったボディ。青く輝く瞳と同色の胸の結晶体。
オメガ。彼のいた地球では「ウルトラマン」とも呼ばれていた存在。それが彼の本当の姿。
本来ならば巨人と呼ぶべき威容なのだが、首輪の制限によるものか、そのサイズは人間大に留まっている。
「え……嘘、変わった……? ライブの演出……?」
現実離れした光景に、仁菜は恐怖も忘れて呆然と呟く。
スーパーヒーローのようなその姿。彼が戦ってくれるなら助かるかもしれない。そんな淡い期待が、仁菜の脳裏を過ぎった。
オメガが手のひらを横に広げて魔物へ向け、ゆっくりと握りしめる。まるで「観測」するような動きだ。
自分から動き出さないオメガに痺れを切らした魔物が咆哮を上げ、突進する。丸太のような腕が振り下ろされた。
それに対してオメガは相手の力を利用して受け流すようにして避ける。
「ショアッ!!」
そのままバク転で距離を取ると、頭部にある変身にも使ったブーメラン状の武器『オメガスラッガー』を投擲する。
「シュワッ!」
「ガルルッ!!」
オメガの意思に応じて自在に動くオメガスラッガーによって裂傷を負う魔物。
手負いとなった魔物は、苛立ちと共に標的を変えた。
目の前の硬そうな赤色の獲物よりも、その後ろで震えている柔らかそうな肉へ。
「グルァァァァッ!!」
「っ!? こっち、来んな!!」
魔物の視線が自分に向いたことに気づき、仁菜が叫ぶ。
だが、武器がない。支給品もまだ確認していなかった。デイバッグを振り回して勢いをつけて投げつけるが、その程度では怯まなかった。
「ちょっと! ヤバイってば! なんとかしてくださいよ!!」
ヒーローのような姿をしているのだから、助けてくれるはずだ。
だが、オメガはその場から一歩も動かない。
魔物が仁菜へと跳躍し、その鋭い爪が彼女の目前に迫ってもなお、彼はただその光景を横目で見ているだけだった。
「っ、あ゛ぁぁぁっ!!」
仁菜は無様に地面を転がり、間一髪で爪撃を避ける。頬に熱い痛みが走った。掠ったのだ。
地面に這いつくばりながら、彼女は信じられないものを見る目でオメガを睨みつける。
「なんで……っ! なんで見てるだけなのっ!? 死ぬかもしれないのに!!」
激情のままに叫ぶ仁菜に対し、オメガはむしろ腕を下ろし、さらには変身を解いて元の青年の姿に戻った。
そして感情の欠片もない声で告げた。
「私は観測者だ。ここは私の観測対象の地球ではないかもしれないが、だからこそ事象に干渉するつもりはない。私自身が他の観測隊員の粛清対象になる可能性もある」
「は……?」
「その魔物という生物の観測も既に終えた。これ以上は戦わないということだ」
彼はゆっくりと、魔物と仁菜に背を向けた。
その背中には、「正義」などという文字はどこにもない。あるのは宇宙の心理をただ見つめるだけの、空虚な輝きだけだ。
「ふざけ……んな……っ」
仁菜の中で、恐怖が怒りへと塗り替わっていく。
見捨てられた。それも、助けられる力を持っていながら、あえて見殺しにしようとしている。
その傲慢さと冷酷さが、彼女の琴線に触れた。
「……ふんっ!!」
仁菜は小指をオメガに向けて立てると、自分を捕食しようとする魔物など無視して、オメガへと駆ける。そして渾身の右ストレート!!
「せからしかぁぁあああ!!」
全力の拳はしかし、スっと横に動いて躱される。
「避ける、なぁあっ!」
「なにをしている?」
「観測者で何もしないって言うなら、私に何されても抵抗しないでやられてもいいってことでしょ!?」
「その理屈は成立しない。私は自ら干渉しないだけで、最低限の自己防衛は別だ」
オメガは淡々と答えながら、仁菜の拳を最小限の動きで躱し続ける。
彼女の攻撃は怒りに任せた乱暴なもので、その瞳には涙が浮かんでいた。
「ふざけんな! ふざけんなふざけんな! 助けないのはこの際どうでもいいけど、その神様気取りみたいな態度が気に入らないっつってんの!!」
怒りに任せた仁菜の拳が空を切る。
オメガは半歩下がるだけで、まるで風に揺れる草のように攻撃を躱していく。
彼の表情には苛立ちも困惑もない。ただ、観測対象が予想外の行動を取ったという程度の認識しかなかった。
「その行動は非効率的だ。その体力を逃走に使うべきだろう」
「うるさい! うるさいうるさい! 効率とか、普通は正しいとか、そういうのよりも大事なことがあるのっ!! 私は……間違ってないっ!!」
「大事なこと? なんだ、それは?」
当てることよりも理不尽への怒りを込めることを重視した大振り。拳を振りかぶったまま、仁菜は叫ぶ。
「私の気持ちっ!! 私の、気分が悪いかどうかって問題、だあっ!!」
ボガッ!!
現代人とは思えぬ色んな意味で迷いのない拳が、オメガの顔面にグリーンヒットする。
(やった……! 中指立ててやったっ!)
……念のため言っておくと喧嘩殺法的な意味で指を立てて目潰ししたとかそういう意味ではない。
世の不条理に中指立てて喧嘩を売るためにバンドをしている彼女は、この非常時に超越者気取りでスカした態度を取るオメガに一矢報いて喜んだのだ。
だが、その時だった。
「グルォォォォッ!!」
背後から迫る咆哮。仁菜が怒りに任せてオメガに向かっている間に、魔物は再び彼女を標的として定めていた。
巨大な爪が振り下ろされる。今度こそ避けられない。
「っ!?」
仁菜が振り返った瞬間、青年の手が鋭く動いた。
再び握られていたオメガスラッガーが、赤い光の軌跡を描いて飛翔する。
オメガスラッガーは空中で鋭角に曲がり、魔物の目を狙った。
刃が肉に食い込み、魔物が悲鳴を上げる。さらにスラッガーは自在に軌道を変え、魔物の四肢を次々と切り裂いていく。
「ガァァァッ!!」
堪らず後退した魔物は戦意を喪失したのか、そのまま森の奥へと逃げていった。
「えっと、あの?」
「気分が悪いから、か……お前の言っていることは分かる。『俺』もそうだった」
「え?」
突然フランクな喋り方になったオメガに目を丸くする仁菜。
「……今のは私自身にも被害が及ぶ可能性があった故の緊急措置だ。これ以上干渉するつもりはない」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
すぐに元の無表情と淡々とした口調に戻り再び背を向けて歩き出したオメガを、小走りで追いかける仁菜。
「さっきはごめんなさい。叩いたりして……でも、あなた強いじゃないですか! だったらみんなでこの島から脱出するとか、あのベリアルって奴を倒すとか……!」
顔面に拳を入れたのを「叩いた」と微妙に優しい表現にする仁菜をチラリと振り返るオメガ。
「私の目的は脱出だ。だが、それは他の参加者と共にという意味ではない」
彼は無表情を僅かに鬱陶しそうに歪めながら告げる。
「私はまず自分だけでも脱出し、外部からこの事象を正確に観測する。そうすればその余波で色々な組織がこの異常事態を察知するだろう。君は彼らに助けてもらえ。それが最適解だ。君のような無力な地球人を連れて行動するのはリスクでしかない」
媚びるとまではいかないが愛想よく作り笑いしていた仁菜が、一気に眉を曲げて眉間に皺を寄せる。
「っ……! 謝って損したっ!! じゃあなんですか、そんなに強いのに私も、他の巻き込まれた人も見捨てるって言うんですかっ!」
「……見捨てる、か」
見捨てるという言葉を聞いて立ち止まるオメガ。彼は自分がウルトラマンと呼ばれ、オオキダ・ソラトと名乗っていた時のことを思い出していた。
『見捨てると気分が悪いだろああいうの』
『見捨てると気分が悪い。お前の言ってることは分かる』
『俺が……助けるっ!!』
客観的で合理的な判断よりも自分の『やりたいこと』を優先する人類。
オメガが記憶をなくしている時に出会った地球人の青年、ホシミ・コウセイ。
彼からオオキダ・ソラトという地球人としての名前を受け取り、『見捨てると後で何かできたのではないかと思って気分が悪い』から人を助ける彼の姿を見て、ソラトも本来の職分を忘れて怪獣から人々を守っていた。
だが、それは記憶を失っていたからやっていただけだ。全宇宙の恒久的な平和のためには、観測隊の干渉で事象を歪ませるわけにはいかないのだ。
「私はオオキダ・ソラトでもなければウルトラマンでもない」
「え? なんですか? ウルトラマン? あ、そういえばまだあなたの名前聞いてなかったですよね! 教えてくださいよっ!」
この状況で1人になりたくないのか、先ほどの件でなんだかんだ助けてくれるとでも思っているのか、仁菜はオメガの後ろについていく。
「私の名は……オメガ。宇宙観測隊だ」
【井芹仁菜@ガールズバンドクライ】
[状態]:軽傷(頬に擦り傷)、精神的動揺
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:殺し合いには、中指立ててく!
1:この島から早く逃げたいけどベリアルとかいう奴はムカつく
2:オメガを信じていいのか分からないけど、一人よりはマシ
3:はぁ? 宇宙観測?
[備考]参戦時期は少なくともトゲナシトゲアリ結成以降
【オメガ@ウルトラマンオメガ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:自分だけでも脱出し、外部から正確な観測を実施
1:首輪の構造解析と解除方法の特定
2:1の為に周囲を探索。必要ならば他の参加者とも交流
3:井芹仁菜は観測対象として、必要最小限の干渉に留める
[備考] 参戦時期は23話で記憶が戻った後。
最終更新:2026年02月13日 21:49