出来心だった。
つい魔が差した。
一時の感情に任せたあの時の自分を、小林玉美は心の底から責め立てる。
「あのベリアルって野郎もケチだよなぁ、酒も煙草も用意しちゃくれねぇなんてよ」
蹲り、ゲロを吐く玉美の上から声がかかる。
気の良さそうな飄々とした声とは裏腹に、玉美は恐怖に顔を引き攣らせて肩を震わせた。
──もっともその顔も、痣だらけで見るに堪えないものになっていたが。
「素面で殺し合うなんざ人間のやることじゃねぇよな。
こんな首輪まで付けてくれちゃって、奴さんはどうも礼儀ってのを知らねえらしい」
まるで世間話でもするかのように、男が笑う。
色褪せたスーツに身を包む穏やかな顔立ちの男──佐川司。
それが今、表情一つ変えずに小林玉美へ惨たらしいまでの"報復"を行っている男の名前であった。
「玉美ちゃんはその点利口だぜ?
後先考えず真っ先に殺しに走れる奴は素質がある。飼い犬としちゃあな」
先に仕掛けたのは玉美だった。
相手はくたびれた初老の男、背後から奇襲を掛ければ自分でもやれる。
殺さなきゃ殺られる、あの首無し死体のようにはなりたくない。
恐怖が錯乱を呼び、金属バット片手に無我夢中に襲いかかって──呆気なく、返り討ちにあった。
「ま、運が悪かったな玉美ちゃん。ここで仕留め損なったら、ムショ行きなんて甘い処遇じゃ済まねぇんだ」
そこから先は、酷いものだった。
折られた鼻からはとめどなく血が出るし、腫れた顔面は視界の半分が潰れている。
「分かるかい、玉美ちゃん。
ごめんなさい、もうしません──こんな言葉一つで許しちまったら、うちら極道は立つ瀬がねぇんだよ」
既に戦意を喪失していたのに、佐川は指一本一本をへし折りながら玉美を拷問にかけた。
そうして玉美自身のこと、杜王町のこと、スタンドのこと──全てを洗いざらい吐き出させた。
「俺だってこんなことしたくないんだぜ?
ハタチそこいらのガキを甚振るなんざ心が痛んでしかたねぇ。
でもなぁ、立場上どうしても"メンツ"ってもんと切り離せないのよ」
──うそだ。
他ならない小林玉美だからこそ、断言できる。
小林玉美のスタンド能力、ザ・ロック。
相手の心に錠前を取り付けて、対象の「罪悪感」によって肥大化し、心の重圧を与える異能。
錠前はとっくに取り付けた。まともな感性の持ち主なら、玉美の顔面を殴った時点で行動不能になる。
けれど、この佐川司という男は眉一つ動かさず微塵も動揺した素振りを見せない。
その原理に気がついた途端、玉美の心をどうしようもない絶望が支配した。
「にしてもよ、スタンド能力ってのにも驚いたが一番のびっくりは日本の景気だよ、景気。
まさか数年後には暴落するとはねぇ……俺も帰ったら貯金しとくか」
──佐川司には、罪悪感が存在しない。
他者を痛めつけ、殺めることも、彼にとってはキャバ嬢の相手をするのとなんら変わりない。
悪いことをしている、だなんていう負い目は欠片も感じないのだ。
それが、彼の生きる道。
近江連合直参、佐川組の組長。
その称号が冠する重さと比べれば、罪悪感"程度"の重みなど羽毛に等しい。
「なぁ、玉美ちゃん」
ゆったりとした呼び声に従い、大袈裟に肩を震わせる。
全身が強ばり、まるで彼の機嫌次第で動作が操られているようだった。
恐る恐る顔を上げる玉美の目には、変わらず穏やかな表情を浮かべる佐川。
しかしその侮蔑の色が滲む瞳を見て、玉美は悟った。
「お前、生きてぇか?」
自分は今、試されている。
答えを間違えたら、死ぬ。
直感が血流を渡って全身に行き渡り、途端に背筋が凍りつくような感覚が襲いかかった。
「──か、……ひゅ、……」
小林玉美は、答えられなかった。
心臓を鷲掴みにされたような動揺と恐怖が、声を絞り出すことを拒絶する。
だからこうして、言葉にならない掠れた悲鳴を上げることしか出来なかった。
「そうかそうか、生きてぇか」
佐川は、笑っていた。
玉美のことなどまるで見ていない、乾いた笑い。
子供を相手にする老人のように穏やかで、だけど有無を言わさぬ威圧感。
小林玉美というチンピラは、佐川という"ホンモノ"を前にしてようやく理解する。
「俺もだよ、死ぬのは怖ぇからな」
最初から、玉美に言論の自由などない。
佐川が行っているのは、"会話"ではない。
圧倒的かつ、一方的な"支配"だった。
「だから改めて聞くぜ、玉美ちゃん」
肌を灼くプレッシャー。
暴力を振るわれるのとはワケが違う。
低みを帯びた声が、静寂の中で響く。
「俺が殺せって命じたら、親でも殺せるか?」
頭の中が爆ぜたような感覚に、玉美は気を失いかけた。
問いの意味を考えるよりも先に、焦燥が玉美を突き動かす。
地獄に垂れた蜘蛛の糸へ縋るように、ぶんぶんと頭を上下に揺さぶった。
「や、る……ころじっ、まず……!」
必死に頷く玉美へ、佐川は短く返す。
そうか、と。彼の言葉を遮るように。
それ以上喋ることが許されていないことを知り、玉美の喉は動きを止める。
佐川の手が、玉美の肩を叩く。
労うような手付きに、玉美の心に一縷の希望が差し掛かった。
生き延びた、たすかった──そんな都合のいいガキの願望。
次の瞬間、玉美の夢は呆気なく崩壊した。
「今のはまずかったなぁ、玉美ちゃん」
ぐりゅ、と。
喉元に伸びる指が、歪な音を立てた。
慈悲も迷いもなく正確に、気管が細いストローのように潰される。
「────ぎ、っ」
息が、急に遠くなった。
視界の端がじわじわと黒いカーテンに侵食されていく。
脈が耳の中で暴れ、ドクドクという不快な音に交じって死神の声が聞こえた。
「どこの世界でも親殺しってのは大罪だ。
育ててくれた人をテメェの都合で殺すなんざ、不義理なんてもんじゃねえ。
それをお前は今、やってやるって意気込んだんだ」
肺が必死に膨らもうとするたび、肋骨が軋む音が響く。
なのに、空気は入ってこない。
生きている実感が、冷たい指の隙間から漏れ落ちていく。
酸素不足に陥った玉美の脳味噌では、佐川の言葉を理解できない。
「そんなやつ、おっかなくて置いておけねぇよ」
けれど一つだけ、わかった。
自分は今、取り返しのつかない間違いを犯したのだと。
玉美の生涯最大の不運は、殺し合いに巻き込まれたことではない。
もしも彼が最初に出会ったのが圧倒的な力の持ち主であったなら、苦しむ間もなく殺されていた。
もしも彼が最初に出会ったのがお人好しだったなら、上手いこと言いくるめて難を逃れた。
けれど、彼が最初に出会ったのはよりにもよって佐川司という裏世界の住人。
その出会いこそが、小林玉美の不運だった。
「もう殺すしかなくなっちゃったよ」
世界が、静かに遠ざかってゆく。
黒い淵の中心で、困ったように笑う佐川。
それが小林玉美の、最期に見た光景だった。
【小林玉美@ジョジョの奇妙な冒険(第四部) 死亡】
◆
「空の上で殺し合いなんか悪趣味だと思ったが、こういう時は便利なもんだ」
島の端、地上も見えないほどの高度から見下ろしながら佐川が呟く。
今しがた、小林玉美の遺体をそこから蹴り落とした。
これから生き残ることを考慮して、自分が手にかけた死体を遺しておくメリットはない。
ついでに不要な支給品、血の付着したバットを投げ捨てる。
こうして、佐川司が小林玉美を殺害した証拠は完全に隠蔽された。
「悪かったな玉美ちゃん、俺も大人げなかった。
急にこんなことになって冷静じゃなかったんだよ、ついカッとなっちまった」
これでおあいこだな、と。
既に見えなくなった小林玉美へ投げかける。
心にもない謝罪、というわけでもない。
佐川は自分の軽率さを反省していた。
この殺し合い、ただの人間が集められているわけではない。
小林玉美が吐いたスタンド能力のような、異能の持ち主が何人もいると考えていい。
単純な武力で勝ち残るのは不可能だと、佐川は断定した。
「最初に会えたのがお前でよかったよ、ホント」
だから、これは本心。
小林玉美は己から慢心を消し去り、知見を広げてくれた恩人だ。
佐川は心から感謝し、これからの方針を定める。
彼はもう、小林玉美の顔を朧げにしか思い出せなかった。
癖で胸ポケットを探り、舌打ち。
ニコチン不足で募る苛立ちを紛らわすように、ベリアルの言葉を思い返す。
「願いを叶える、ってのも案外マジなのかね」
スタンド能力という異能だけではなく、空に浮く島や瞬間転送技術。
彼の培ってきた常識がまるで通用しない状況だからこそ、佐川の柔軟性が発揮される。
佐川は特別な力を持っているわけではない。
けれど、己の優位へ傾ける立ち回りと話術に関しては、その道のプロと言っても過言ではない。
これまで培ってきた極道の経験を、存分に利用して堅実に勝ち残る。
それが出来なければ、佐川司という人間はとっくに闇の中で屠られていた。
「こいつも、食ってみる価値はあるかもな」
取り出したのは、歪な形の果実。
添付されていた紙によれば、スケスケの実と呼ばれるらしいそれを、佐川は訝しげに凝視する。
透明人間になれるという全国の男達の夢を手の内で弄びながら、佐川は血濡れた道を往く。
普段のそれと、なにも変わらない足取りで。
【佐川司@龍が如く0】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×2、小林玉美のランダム支給品×1、スケスケの実@ONEPIECE
[思考・状況]
基本方針:殺し合いを勝ち抜く。
1:集団に紛れ込み、堅実に立ち回る。
2:スタンドのような能力に注意する。
[備考]
※本編死亡以前からの参戦です。
※ジョジョ四部の世界について、小林玉美から情報を得ました。
【支給品紹介】
【悟史のバット@ひぐらしのなく頃に】
小林玉美に支給された金属バット。
何の変哲もないバットだが、原作では子供二人、大人三人を撲殺したという呪いの武器。
小林玉美の遺体と共に会場から投げ捨てられた。
【スケスケの実@ONEPIECE】
佐川司に支給された悪魔の実。
超人系であり、自分の体をはじめ、その体に触れた人や物を透明にすることができる。
しかし壁抜けによる物理攻撃の無効化は行えず、体臭や足跡なども消せない。
最終更新:2026年02月13日 21:50