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――雨音が、聴こえる。



 朝が来るのが、怖かった。

 憧れのままに入ったアイドル養成校、初星学園。あたし――藤田ことねは小さい頃、アイドルにさえなれれば、人生ぜ~んぶ一発大逆転できるって信じてた。

 今にして思えば、現実の見えていないバカな子どもの戯言だ。夢を追うのに必要な、普通の学校よりも高い学費のこと。その狭き門を超えられるだけの、才能のこと。夢を追うのに必要なものが、何もかも足りないと、分かっていなかった。

 この夜が明ければ、また希望のない朝がくる。

 夢を追う権利を買うためにアルバイトを続けては、夢を追う体力を浪費する。
 目の下の隈を誤魔化せないまま浮かべた笑顔は、綺麗に魅せられない。
 倦怠感の中で紡ぐダンスにキレは宿らない。
 いちばん苦手な歌は、それ以前の問題だ。

 中等部にいた頃からアイドルを続けてきたけれど、誰かに褒められたことなんて、一度もなかった。

 あたしを導く光も、助けを乞う声も、土砂降りの雨音の中に溶けていって。
 それでも、全部諦めるぐらいなら――って、現状維持にしがみ付いては、ただがむしゃらに走っていた。

「空、暗ぁ……。」

 きっと、この夜もいずれ明ける時がくるのだろう。

 高等部に進学して、あたしはもう救われた。
 プロデューサーに目をかけてもらえてからは、あたしのアイドル人生、うなぎ登りだ。
 奨学金の申請が通ったことで学費の心配が和らいで、咲季や手毬――実力のあるすげーヤツらとユニットを組んでからは順調に成果も挙がっている。
 多少の不服はあるが、ライバルだってできた。誰かと張り合う必要なんてないとは思うものの、少なくとも負けて悔しい相手なのは、確かだ。

 それくらい順調に、ぜんぶうまくいってたのに。

「なんだよ、殺し合いってぇ!」 

 今まで忘れていた雨音が、また響き始めたような心地。

 人が死ぬ光景を目の当たりにしたショックでメンタルに支障が出れば、うまく歌えない。
 誰かと傷つけ合って、手足を痛めたら、可愛く踊れない。
 顔に傷でも残ろうものなら、もうアイドルとしてステージに立てない。

 この催しの一瞬一瞬が、あたしのアイドル人生を終わらせる可能性に満ちている。

(そもそもさぁ、こんなん無理じゃん……。)

 気づかれない内に拉致されて、首輪まで嵌められてる。
 100プロが経営する初星学園所属のアイドルにこんなことが許されるだけの"権力"が相手だってコトだ。

 ――否、その所業から"権力"という、ただの人間の尺度の上にあるものを真っ先に連想している地点で、そもそも抗うだけの土俵に立てていないんじゃないかって直感すらある。

 未来が見えない。
 自分という存在が、濁流に呑まれるみたいに、溶け出すようなこの感覚。

 人生の終わりってのは、こういう時に感じるんだ。

 だって、ほら。


 ――腹から、刃が生えた。


 その"違和感"に振り返る。
 ラフな格好に身を包んだ男が、そこに立っていた。

 ああ、後ろから刺されたんだ。

 追いついた理解も、諦念に塗りつぶされていく。
 いつの間に、なんて驚愕の声を上げる暇もなく与えられた理不尽。
 思ってたより痛くないな、なんて惚けたような感想が浮かぶ。

 溶け出すように、色も匂いも、音も霞んでいって。
 次第に意識さえ、無くしていく。



「ひとり、外れることが怖いのかい?」


「でも、そんな顔はしなくていい。」


「だって、"ことねはアイドルなのだから"。」


「魅せればいい。君の歩んできた過去の先にある今ここが、世界の真ん中だと。」


「ああ、そうだ。」


「この世でただひとり、君だけが大正解を歩んでいる。」



 ――雨音が、止んだ気がした。


 あたしは初星学園高等部一年、藤田ことね。
 中等部から繰り上げ式で進学早々、スゴ腕のプロデューサーから見初められて、いけ好かないクラスメートの咲季と手毬の二人とユニットを組むことになった。

 なし崩し的に同室で一緒に暮らすことになって、それはもうゴキゲンなトラブル続きの毎日だ。やってらんね~って思うことだって、たくさんあった。
 それでも、着実に憧れへと近づいている日々には、お釣りがくるだけの充足感が溢れていた。

「最近のあたしぃ、いい感じだと思ってたんですケド……。」

 この殺し合いに巻き込まれたのは、そんな時のことだ。

「何なんですかねぇ、殺し合いって……。」

 最近はアイドルの仕事とかも段々入るようになってきたし、ドッキリなんじゃないかとも疑った。
 だけど、ステージ上で行われた、サスペンスの一幕のような殺傷の光景。あれが造り物だとは到底思えなかった。
 何より、あのプロデューサーがこんな悪趣味な仕事を取ってくるはずがない。

 つまりこれは、ヤラセなしの本物。
 導き出した結論はどうしようもなく希望のないものだった。

「でもでも、あたしって超幸運ですよねぇ。」

 目の前の同行者に、上目遣いを作りながらあたしはそう言った。
 そう言えるだけの、信頼があった。

「だってぇ、月島さんにいちばん最初に合流できたわけですもん!」

「ただあまり、声を出さないようにね。誰が襲ってくるか分からないから。」

「はぁい。じゃあここからは、ちょい静かめで。」

 同行者――月島さんに咎められたあたしは、浮かれ心地だった自分に少しばかりの活を入れ、再び何気ない話をしながら歩き始めた。

 あたしが初星学園中等部に入学して間もなく、お父さんが家を出て行った。
 学費でたくさん負担をかけて、それでもあたしはアイドルとしての芽が出ず、何もいい報告を持ってこない。
 きっと、掃除をしない部屋の埃が積もっていくように、静かに募っていった気持ちがやり場をなくしてしまったんだと思う。

 何はともあれ、あたしのせいで、お父さんはいなくなった。
 お母さんとちび達――家族みんなの笑顔をあたしは奪ったんだ。

 そんな時に支えてくれたのが、いとこの月島さんだった。
 あたしの学費を代わりに払ってくれて、遅くまでお母さんが働いている日にはあたしやちび達が寂しくないよう、遊びに来てくれて。
 咲季や手毬と女子寮で暮らすようになってからは、なかなか会うこともできなくなったけど、それでもライブの日には絶対に見に来てくれて、アイドル活動を応援してくれている。

 今や、世界で一番頼りになるし、信頼できる人。
 それが月島さんだ。

 殺し合いだとか言われてすっごく不安だったけれど、月島さんが隣にいてくれるのなら、何だって乗り越えられる気がする。
 現に、おカネの問題から解放されたあたしはすっごく調子がよくなって、レッスンにも身が入るようになった。
 高等部では、学年主席や中等部トップの歌姫とか言われている奴らとも肩を並べて、あたしの憧れにして一番星、十王星南会長とも戦えるまでに成り上がった。

 アイドルをやれているのも、明日の朝が楽しみになれたのも、月島さんのおかげ。
 そんな大切な恩人と、殺し合いだなんてできるはずがない。

「で、どーします? 現実的なハナシ、月島さんみたいな超人が他にもいるんなら、あたしなんてすぐ死んじゃいますよぉ。」

「大丈夫だよ。」

「おっ、頼もしい即答ありがとうございますっ! でもぉ……もうひと声、欲しいんですよねぇ……。」

 そう言うと月島さんは、"いつもみたいに"呆れ半分といった笑顔でくしゃりと笑って。

「ことねのことは、僕が護るよ。」

「っ……ふっ、ふへっ……。も~っ、月島さん、こーゆーときにあたしの欲しい言葉、わかってますよねぇ~!」

 こんな絶望的な夜なのに――心の中が、"しゅき"でいっぱいになる。
 根拠の無い安心感が、あたしを満たしていく。

 あたしは、大丈夫だ。
 月島さんが、隣にいてくれるから。



 雨の下でも、身を寄せ合うと、あたたかいのだと知った。

 傘を差す必要なんてなかったはず、だったのに。

 ――お前がいなくなった時、差し方のわからない傘だけがそこにあった。


 朝が来るのが、怖かった。

 銀城空吾のいない一日が始まるのが。
 銀城空吾のいない世界で終わりを迎えるのが。

 ――1人が、怖かった。



 銀城に救われたあの日から、僕たちはずっと、2人だった。
 力の扱い方を教えてくれた。
 戦闘向きとは言えない僕の力を使った戦い方も、銀城に習った。
 銀城の死神の力を取り戻すための計画で、銀城の敵に回ってでも、僕はお前を救いたかった。

 だと、いうのに。

 己を差し挟む余地もなく、ただ。
 黒崎一護に救われ死にゆく銀城を、僕は1人で見送った。

 残ったのは――"2人"になれず、生きる術をなくした"1人"だけ。
 朽木白哉に斬られた傷痕は、僕の命の灯火を、着実に削っていく。
 空虚な咆哮を響かせては、そのまま消えるだけの伽藍の堂。ただ、耳の奥に残る雨音だけが僕の拍動だった。
 雨のしみ込んだ土のように、固く、脆くなっていく心の臓を夜風に晒して歩く。

 そんな僕に――傘が、差されたような心地だった。
 死の間際に立った僕を背負って、朝が満たすまで、同じ空を見上げてくれた子がいた。
 師弟関係の過去を挟み込んで、目的のために利用しているだけの相手でしかなかったはずなのに。

 あんなに冷たく、恐ろしかった朝を迎えた心地は、どこか穏やかだった。


 あらゆる物質には、魂が宿っている。
 使い慣れ、愛着あるものであればその魂を理解し、使役することも可能だ。その能力を、僕たちは完現術<フルブリング>と呼んでいる。

 そして主催者の意図によるものか、僕に支給されたのは僕が愛用していた栞だった。

 僕の完現術"ブック・オブ・ジ・エンド"は、斬った相手の過去に自分の存在を挟み込む能力だ。
 この能力があればこそ、他者との繋がりは空虚で。
 されどこの能力こそが、銀城との繋がりそのものだった。

(手始めにそこに居た子に過去を挟み込んでみたけれど……。)

 発動するとともに、数多の思い出が頭を駆け巡る。
 藤田ことねという少女と出会っては、夢を追う彼女を応援し、支え続けてきたメモリー。

 可憐でありながらも妖艶で。
 清純でありながらも鮮烈で。
 時に計算高くも、時に泥臭く。
 ひとたびその生き様の一端に触れれば、確かにひしりと掴んで離さない何かを彼女は持っていた。

 見ている者全てを魅了するその天性の能力を言葉にするならば、"好印象"。
 彼女の夢の一助になれる喜びが、確かに僕の中に湧いてくる。

 だが――"それだけ"だ。

 目的達成のための関係性の維持に必要なリソース以上を割こうとは思わないし、未練も執着も感じない。
 銀城のためになるのならば笑って切り捨てることもできる、その程度の縁だ。
 多くの人と家族として、友人として、恋人として繋がってきた。そんな有象無象と、本質的には何も変わらない。

 僕はただ、知りたいんだ。
 獅子河原くんの背中で死んだあの時に感じた幸福感の正体を。

 殺し合いに巻き込まれている現状だって、些細な問題だ。
 生きるのならばそれに超したことはないし、死んだとてまた、元の場所へと還るだけ。
 ただ、折角こうして生き返っているのだ。
 知りたい気持ちを知るために、この戯れにも身を投じてみようか。

 一先ずは、僕の最大の目的――銀城を救うことをなした黒崎一護に倣ってみようか。
 彼が初対面の銀城を頼ってまで力を求めた理由は、護りたいからだと言っていた。
 それならば、今はことねを護ることに注力してみよう。

 もし為せなかったならば、その時は"次"を探せばいい。
 銀城と関係の無い催しに、執着すべき結果などない。まさしくただの戯れのようなものだ。

 銀城空吾が招かれているとなれば、また話は変わってくるかもしれないが。
 何にせよ、もう少し出方を伺ってみることにしよう。


「"雨上がりのアイリス"……いい曲だね。」


「ユニット曲が完成したと、上機嫌で僕に披露してくれた日のこと、まるで昨日のことのように思い出せるよ。」


「だけど、この曲はことねには似合わない。」


「だって君の心中に――」


「――土砂降りの雨が降っていた日なんて、はじめから、無かったのだから。」

【藤田ことね@学園アイドルマスター】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~3
[思考・状況]
基本方針:月島さんと一緒に生きて帰る。
1:月島さんと合流できて嬉しい。
2:咲季とか手毬とかも巻き込まれてんのかな。
[備考]
※参戦時期は初星コミュ4章4話~4章15話のいずれかです。
※月島秀九郎のブック・オブ・ジ・エンドの効力により、失踪した父親の代わりに、いとこの月島さんのお世話になっている過去を生きています。

【月島秀九郎@BLEACH】
[状態]:健康
[装備]:月島秀九郎の栞@BLEACH
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:死に際に抱いた幸福感の正体を知る。
1:黒崎一護の戦う動機に倣って、ことねを護る。
[備考]
※参戦時期は本編死亡後です。尸魂界で銀城空吾と再会しているかどうかは以降の書き手に一任します。
最終更新:2026年02月14日 23:16