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……ええ、みなさん。運というものについて、真剣に考えたことはありますか?

世の中には、二通りの人間がいます。何をやってもトントン拍子に事が運ぶ人と、そうでない人。

よく運が良くなるグッズなんて売られてますがね。……あれを買って運が良くなったという人に、私は会ったことがありません。ええ、一回も。

結局のところ、運というのは……準備なんです。

あらゆる準備を尽くして、……その上で、最後にようやく運任せにしてみてください。
そうすれば、少しは上手くいくはずです。ええ、保証はしませんが。


え〜〜〜……準備が必要なのは、完全犯罪にも同じことが言えるわけで……。








「あれ……本物の……」

名探偵に助けられた。自分を助けたその背中は眩しくて、だからこそ今度は自分がなろうと思った。
輝く光に手を伸ばして、困っている誰かを照らせるように。

「嘘じゃ、ないんだよね……」

きっといつか、自分が人を助けられるように。
小林みくるはそう願い信じて邁進してきた。名探偵になるために、知識をつけて努力を重ねた。
キュアット探偵事務所の門を叩き、名探偵になるべくテストを受けようとした。
自信はあった。いずれ、名だたる探偵たちと肩を並べられると信じていた。
だが、そんな自負もベリアルと名乗る男が鳴らした指の音一つで、粉々に砕け散った。

「くび……が……」

奇麗な女性だった。凛々しく勇ましく、ベリアルに反旗を翻し、そして殺された。
みくるが首を撫でると、手にひんやりとした冷たい感触が走る。
血の通わない鉄の塊が巻き付けられており、その中には人を殺傷するに十分な爆弾が仕込まれている。
もしも、ベリアルの言う殺し合いに沿わないのなら、冷たい鉄から溢れ出す灼熱の爆炎がみくるの首を呆気なく吹き飛ばす。
胴体と別れた首。鮮明に脳裏に刻み込まれた衝撃的な光景。
肉が焼けた独特な臭いも鼻腔に残って、今も吐き気を耐えていた。

「ふ……ふ、ッ……う……!」

口元を抑えて、膝を折り、俯きながら、それでも喉元で吐き気を押し止める。
咳き込む度に、朝食のメニューを想起する香りが胃液と混じって口内に充満した。

「……ど、どうし…たら……」

分かっている。自分に問いかけずとも、殺し合いという前代未聞の大規模の殺人事件を前にして、解決に動かずして何が探偵か。
だから、みくるは自らの信念に従うのなら、殺し合いを止め、ベリアルを逮捕するために動かなくてはならない。
こうして蹲っている暇なんて、ない。

「く、ぅ……ッ……う……ぇ……!!」

何度も何度も、女性の死に様がリフレインする。
何が起こったのか分からないといった顔。死の間際、首輪の爆破に疑問符が浮かんだまま、顔が固定されたのだろう。
二度と表情が変化しない、感情が欠落した人形のような死に顔。
見開かれた、何処にも焦点を合わせていない濁った瞳。
光を失くした目というものが、あそこまで虚ろなのだとみくるは生まれて初めて知った。
その目が、彼女の記憶に刻まされた女性の生首が語るのだ。
逆らえば、次はお前だと。

「お……ぇ……ッ……!!」

ベリアルの行ったパフォーマンスは、こと小林みくるという少女の心を圧し折るには効果覿面であったといえよう。
名探偵を志す、将来のプリキュアの卵だった少女。
その高潔な勇気は委縮し、耐えきれず戻した吐瀉物と共に戦意を完全に喪失した。
ベリアルに逆らうなんてできない。逆らえば、あの見せしめの少女のように、みくるの首が飛ぶ。
胴体から首が離れ、虚ろな瞳で地べたを転がり、死骸を晒す。

嫌だ。

あんな風に、なりたくない。

名探偵を志す以上、いずれ殺人の現場に立ち会う事も覚悟はしていた。
かのシャーロック・ホームズが解決してきた怪事件の中にだって、殺人も含まれている。
みくるも、それを理解していないわけではなかった。
懸命過ぎて空回りする事はあれど、彼女は聡明だ。
けれども、みくるの想像するよりもずっとずっと早く、そして最悪な巡り合わせでその時はやってきてしまった。
心構えはできていた。覚悟も固めていた。
それなのに、みくるの矜持は汚された。拭いようのない汚れは、心の奥底にまで浸透して、魂を恐怖が縛り、捕えて離さない。

「ぐ、っ……ぇ……げ、お……ッ」

一度決壊した防波堤は元には戻せない。せり上がる吐き気のまま、みくるの押さえた小さな手から吐瀉物が零れ落ちる。
ピンクのケープが茶色く汚れ、怯える少女の痛ましさをより一層促進させた。

「は……ぁ……は、ぁ……」

胃の内容物を吐き終え息苦しさから解放されたみくるは、


ビーーーーーーーーッ!!!


耳を劈くようなけたたましい電子音を聞いた。

2年前にはランドセルを背負っていた彼女には、まだ馴染み深くも懐かしい音。
防犯ブザーのピンが抜かれ、周囲に誰かが助けを求めるSOSの発信。
間違って音を鳴らしてしまったとも考えられるが、殺し合いの場でしかもすぐに鳴りやまない事から、その信憑性は高まる。

ボン

そして、音が止まった。
ピンを刺した正常な消音ではなく、何かが強制的にブザーを破壊したかのような無骨な断末魔を残して。

(誰かが……助けを……?)

自分が助けられたから、今度はみんなを助けたい。
足はまだ震えていたが、それでも歩けないこともない。
胃の内容物は残らず吐いたので、また女性の殺される光景を思い出しても、吐くことはない。

(……い、いかないと……)

よろめきながら、名探偵を志す自分の理念に従い、みくるは立ち上がる。
そして、ブザーが鳴っていた方向へ、導かれるように歩き出す。
支給品の確認すらせずに。
何事もじっくり考えるタイプのみくるが、無策で危険と思われる場所に飛び込むような真似をすることは平時ではありえない。
だが、戦う力を得ないままに殺し合いに巻き込まれた極限化の恐怖で、思考回路も鈍っていた。
物事を考え、ベリアルに命を掌握された詰まされた状況を深く理解しているがゆえに、細かな思考が疎かになっていた。

「はぁ……あの……だいじょうぶ……」

少し移動すると、そこで人影を見つけた。
走っていたので、みくるは肩で息をしながらその人影に話しかける。
それは白いスーツを着た成人の男性。
奇妙な柄のネクタイと刺々しい髪型が特徴的だが、それ以外はてんで普通のサラリーマン。
街中ですれ違っても、特別記憶に残らないようなそんな男性だった。

「おや……君は?」

男性がみくるに気が付き、声を掛ける。
大きな瞳孔は鏡のようにみくるの顔を写し、男性の感情は窺えない。

「ブザーが……鳴っていたので……」

男性の独特な圧に尻ごみしながら、おどおどした口調でみくるは口を開いた。

「うむ。私と同じだね……。
 私も先ほど、ブザーの音を聞いてここまで急いでやってきたんだが、誰もいなくて呆然としていたところさ」

(──────急いで?)

みくるはこの男性の一言に引っ掛かりを覚えた。
急いでいたという割に、男性の息が上がっていない。何処でブザーを聞いていたかにもよるが、相当な余裕を持ってこの場に来たと思えた。
もちろん、みくるが到着するまでの間に落ち着いた可能性もありえるのだが。

(まさか……)

しかし、この場には何もない。音を鳴らしていたブザーもなければ、誰かを襲ったという証拠もない。
みくるは考える。
ブザーが何処に行ったのか、この男性は信用に値するのか。

(……分からない)

息が上がっていないのは引っ掛かるが、体力があるだけかもしれない。
みくるより先に来て、息が落ち着いただけかもしれない。
怪しいという勘だけで、それを証明できるものは何も見つけられない。

「それよりも」
「は、はい……?」

男性の目付きが、ねっとりと嬲るようにみくるの体を見渡す。

「君、ゲロ吐いてるじゃあないか……」

そして、ある一点に視線が注がれた。

「手、汚れているよ」




「由比ヶ浜さん……あなたにお聞きしたいことが二つあるんです」

吉良吉影は欲求を抑えきれなかった。
ベリアルという男が唐突に自分を誘拐し殺し合いを強要させて来た理由も。
空条承太郎を初めとした杜王町のスタンド使い達と、クソッタレのクソカスのビチクソの東方仗助に包囲され、バイツァ・ダストを発動させようとした次の瞬間。
全身に凄まじい打撃が同時に叩き込まれ、宙を漂っていたあの瞬間に意識が暗転して、ベリアルのショーに招待されていたのだ。
果たしてどうやって、承太郎の目をすり抜け吉良だけを誘拐したのか?
それとも、まさか承太郎含めてあの場にいた全員を殺し合いに招いたのか?
疑問は尽きない。尽きないのだが、そんなことよりも吉良は積み重なったストレスから、趣味に対する欲求が膨れ上がっていた。

「っ……え……」

最初に出会った女性、由比ヶ浜結衣の母親は非常に美しい容姿と手を持っていた。
殺し合いなんて野蛮なものに興味はないが、この女性の手は手に入れたい。
見た限り何の変哲もない普通の女性で、スタンド使いでもなさそうだった。
いまならば、誰にも見られず趣味を楽しめるかもしれない。

「あの、お子さんが甘えてくるときって、やっぱりこんな感じなんですか?
 ママぁ……って」

さっそく本性を表した吉良は、殺害前のお楽しみを堪能することとした。

「最近はロクな事が続かないものでして、私も誰かに甘えたいぐらいなんですよ」

由比ヶ浜結衣の母親の手を取ると、吉良は頬ずりを始めうっとりとした顔をする。
指を絡ませて恋人のように繋げたり、手の甲にキスをしたり。

「や…やめて、ください! 急に何をするんですか!!」

振り払おうとするが、吉良の手が鎖のように絡んでビクともしない。
男女の膂力差もあるが、吉良がこういった事に手慣れていたのだった。

「う〜ん……手から玉ねぎの匂いがする。料理をする人の手だ。家庭的だ……。
 私、もしかしたら母親からの愛というものに飢えているのかもしれないなあ……」

ぷちゅっ…と生々しい音を立てて、吉良の唇が手の甲に吸い付く。
ちゅぷちゅぷと、赤ん坊が母親の母乳を啜るかのように。

「……ひ、ぃ……!!」

ぞっとした由比ヶ浜結衣の母親はあらん限りの力で、吉良の拘束を振り解いた。


「…………………………酷いな……ママ」
「やめてッ!!」
「冗談……冗談じゃあないですか……」

逃げようとする由比ヶ浜結衣の母親を、吉良は余裕綽々の顔で見つめ、ゆっくりと歩み寄る。
スタンド・キラークイーンの射程距離には十分。

「フフ……もう一つ……由比ヶ浜さん、あなたの下の名前を……」

そんなことより、彼女の手を呼ぶ時に必要な下の名前が知りたかった。
さて、どうやって彼女から名前を聞き出そうか? 娘を殺すとでも脅せば、簡単に吐くだろうか。


ビーーーーーーーーッ!!!


「来ないでください!」

「なに……?」

由比ヶ浜結衣の母親の手には防犯ブザーが握られていた。
ピンが抜かれ、けたたましい音が鳴り響く。
ここが住宅街なのもあってか、音も反響してより音量が増して聞こえる。
吉良は軽く舌打ちして、キラークインを召喚した。

「きゃっ……!!?」


ボン

由比ヶ浜結衣の母親から防犯ブザーを奪って爆破する。
キラークイーンにとっては造作もないことだったが。

(あの女……)

それよりも、由比ヶ浜結衣の母親が明らかにその動きを目で追っていた。
吉良には、そのように見えた。

「……あなたは、何か特殊な力をお持ちなのかな」

「そ……それ、幽霊……?」

「嘘を言っている様子はない……そして間違いない。
 この女『キラークイーン』が見えている」

カチリと、猫のような顔をした吉良の背後に立つ幽霊が手に仕込んでいたボタンを押す。
それが由比ヶ浜結衣の母親が見た最期の光景になった。
内側から破裂し、欠片一つ残さず彼女は消し飛んでしまう。


【由比ヶ浜結衣の母親@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。死亡】


吉良の手の中に、由比ヶ浜結衣の母親の右手だけを残して。
彼女という存在がいた唯一の物証はそれと、アスファルトの上を転がる首輪だけだった。

(ベリアルの仕業か? キラークイーンがスタンド使い以外にも見えているのか?
 それとも、あの女が自分をスタンド使いだと認識していない?
 ……チッ。もう少し、情報を引き出してから殺したかったが、ブザーを鳴らされたのだ。仕方ない)

スタンドがスタンド使い以外にも視認できるとしたら、吉良の優位は著しく低下する。
スタンドはスタンドでしか倒せないというルールが崩壊するからだ。

(早人の一件もある。あのクソガキに、この私が一杯食わされたのだ。
 スタンドが見えている可能性がある以上、より慎重に動かねば)

由比ヶ浜結衣の母親の右手へ甘える猫のように頬ずりしながら吉良は考える。

「ンッン〜〜〜実に……実に、素敵な手だァ……」

この手の触り心地は今までの”彼女”達の中でもダントツだ。
若いだけの女にはない包容力がある。
この手に出会わせてくれた事だけは、ベリアルに感謝したい。
もしも、仮に優勝したのなら、この手が腐らない事を願いたいぐらいだ。

(……だが、私の正体をベリアルが知らないという事はあるまい。
 やはり、始末しなければ……しかし、どうしたものか……)

手にキスをしながら、吉良は早足で歩き出す。

この場に呼ばれた参加者がどんな者達か、今はまだ定かではないが最初に殺された女のように反抗的な者達はいるはず。
殺し合いと言えども猶予はある。ひとまず、正体とスタンドを隠して、ひっそりと潜伏しよう。
表立って殺し合いをするというのは馬鹿のやることだ。
仮に優勝を目指すとしても、参加者同士が潰し合い、吉良以外の最後の一人の止めを刺すというやり方が最も平穏で賢い方法だろう。

(誰が参加者か選ばれてないのが厄介だな……対策が立てられない)

願わくば、承太郎達が来ていないことを祈るばかりだが。


「はぁ……あの……だいじょうぶ……」


前方から誰かが走ってくる。吉良は咄嗟に由比ヶ浜結衣の母親の右手を隠す。

(由比ヶ浜さん……もう少し、あたなとこうしていたかったが仕方がない……。
 放送で下の名前も聞けるだろうし、また後で……フフ……)

名残惜しかったが、右手だけの女性なんてものを初対面の人間に見せられるわけもなく。

(おや?)

やってきた人影の正体。歳は中学生ほどで、シャーロック・ホームズのような鹿撃ち帽とケープを着た少女。
まるでコスプレだ。

(……奇麗な、手じゃあないか)

服装の奇抜さはどうでもよかった。
あの手から母性のようなものを感じていた。
由比ヶ浜結衣の母親の手のような……。

「君、ゲロ吐いてるじゃあないか……」

ゲロ塗れなのもどうでもいい。むしろ、洗う楽しみが増えた。

「手が、汚れているよ」

キラークイーンで瞬時に爆殺して、手だけを回収する。
吉良なら1秒も掛からず終わらせられる。
名前を聞き出せないのが残念だが。

(待て。流石にここはおさえた方が……)

少女の殺害を頭の中で描いてから、吉良は否と考え直す。
余計な殺人を犯す暇などあるのだろうか? ブザーの音を聞いて、誰か集まる前にここから去ったほうがいいのでは?
だが、この手を逃すというのも吉良には酷く惜しかった。
日常生活ならばまだしも、殺し合いでは再会できるとも限らない。凶悪なスタンド使いの魔の手に掛かれば、手すら残らない。

(しかし……彼女の手も美しい……)

その前に、この手を確保したいと誘惑に駆られる。


「なに!?」


吉良の髪が風に吹かれた。真横を高速で何かが駆け抜けたのだ。
スタンド攻撃を想定し、キラークイーンを出さなかったのは、吉良の反応が追い付かなかったから。
探偵の少女に寄り添うように、紫色の少女がいた。
ツインテールヘアーで、お団子のように纏めた可愛らしい髪を揺らした小柄な少女が吉良達の間に割り込むように滑り込む。
服装も探偵に負けず劣らずの奇抜さで、左肩を出した紫の華やかな衣装を着ていた。
その少女が探偵の少女を抱き抱え、吉良から一瞬にして飛び退いていく。
吉良が少女を認めてから、約一秒もないあっと言う間の出来事だった。

(な……なんだッ!! 速いッッ!!)

少女の容姿よりも、吉良はその身体能力に瞠目した。

(キラークイーンで触れるか……?)

キラークイーンは触れたものを爆弾に変える。一触必殺の強力なスタンドだ。
触れさえすれば、鋼鉄ですら硬度を無視して爆発させる。
しかし、触れなければ爆弾にはできない。
スタンドが見えない人間であれば、何の労もなく触れる。
相手がスタンド使いでも、キラークイーンのスピード-Bは伊達ではなく、大半の相手は初見殺しで触れる。
だが、元々吉良は他にスタンド使いがいることも最近知ったばかりで、戦闘の経験値は浅い。
言ってしまえば同格や格上との交戦には不慣れだ。

(何が、すっトロいだ……クソッタレの仗助めッ!!
 ……しかし、腸が煮えくり返るというのはこの事だが……仗助の言っていたように、私のキラークイーンが戦闘慣れしていないのは認めるしかない)

触れば終わるはずの、東方仗助のクレイジー・ダイヤモンドと白兵戦であっさり競り負けたように。
しかも今度の相手はスタンドではなく、本体が超人的な身体能力を発揮しているあの少女。
もしも、本気で交戦すればキラークイーンが触る前に、本体の吉良を潰されかねない。
断じて勝てない訳ではないが、無駄な戦いは避けたい。
キラークイーンを出さなかったのは不幸中の幸い。
まだ、無力な一般人を装える。

「あ……あなたは?」

「あー……やっぱりアイドルやウインクと違って、わたしはまだまだですね……ってそうじゃなくて、大丈夫? 酷いことされてませんか!?
 わたし、アイドルプリキュアのキュアキュンキュンです!!」

「プリキュア!? まさか、名探偵プリキュアなんじゃ!」

「はい?」

「先に言っておきたいんだが……勘違いしないで欲しい」

スーパーマンのような身体能力に吉良も身構えながら、両手を上げてキュンキュンを刺激しないように話しかける。

「……」

「私は彼女には何もしていないし、私もさっきのブザーの音を聞いてやってきたんだ。
 その娘のゲロも、最初からそうなっていたんだ。嘘じゃない……」

まだ手は出していなかったとはいえ、ゲロを吐いた少女と成人男性がいれば、悪者にされやすいのは後者だ。

(……物は考えようだ)

しかし、慎重に言葉を選びながら。使えそうだと、吉良は心の中でほくそ笑む。

(仗助との戦いは、思い出すだけで忌々しいが……私に一つの学びをくれた。
 私は一対一の戦いに向いていない……奴の言っていたように)

吉良に都合よくコントロールできれば、いざという時は肉盾にもできる。

(少なくとも、この殺し合いの中を切り抜ける間は使える駒を増やした方が良い。
 仗助戦の反省を活かせ……)

仗助戦も敗因を分析すれば、数の利を活かされた事が理由だ。
川尻早人が虹村億泰に触れて、爆弾を誘爆した事をはじめ。
復活した億泰や、バイツァ・ダストを発現する寸前に広瀬康一に邪魔をされ、承太郎の到着を間に合わせた。
どれか一つ欠けていれば、吉良の完全勝利だったはずなのに。
逆に言えば、吉良と写真の親父の二人でほぼ全てに対処したのだ。もう一手あれば、吉良の勝利は揺るがなかった。

(だが、それでも私はツイている。やはり運命は私の味方だ。
 殺し合いというのは不本意だが、あの包囲網から私は生還した……生還したのだからなッ!!
 あの戦いを糧にすれば、もう二度とあんな目に合うこともない……)

殺し合いであろうとも、吉良にとって重要なのは平穏さだった。
決して表立ってベリアルに反抗する気もなければ、殺し合いに積極的に加担する気もない。

(運命を信じろ。運は私に味方している……あんな、承太郎達に包囲された絶望的な窮地でも、私は生還できたのだッッ!!)

ただ、身を潜め彼はただの善良な市民として、この狂騒を傍観し続ける。

「────────じゃあ、二人は同時にここに着いたんですか? さっきのブザーの音が消えたのは?」
「私もそれが不思議でね。彼女に話を聞こうと思っていたところに、丁度君がやってきたんだよ」

ベリアルの支配する殺し合い。そのただ中にあって、吉良は生還を微塵も疑わなかった。

(なんだろう。吉良さんへのモヤモヤ感……だけど、分からない。このモヤモヤ感が)

みくるが吉良を見つめるほどに、得体の知れない何かが心臓を冷たく撫でていく。

(息が上がってないだけじゃ、根拠は弱すぎるし……それ以外に……何か……)

必死に思考の糸を解こうとするが、指先が震えて結び目がほどけない。

(やっぱり、気のせい……)

吉良に対する疑惑は晴れず、みくるの頭は一向に推理が展開されない。
ずっと考えているのに、名探偵なら何かを暴き出すかもしれないのに。


(────────私は……絶対に幸福に生きてみせるッッ!!)


思考の迷宮に囚われた探偵の卵を嘲笑うように、吉良は確信めいた予感を、自らの運命を信じていた。



「君、足速いよぉ……」


ぶぅぅんとエンジンを吹かしながら、奇妙な乗り物がのろのろとやってくる。
振り返った吉良は眉をひそめた。
アスファルトの数センチ上を大きなカプセルのようなものが浮いていた。
それはフリーザという宇宙人が愛乗している乗り物。
フリーザの小型ポッドだった。
人が一人座れる空間が設けてあり、そこに腰かけた黒づくめの男が辟易しながらぼやいてくる。
猫背気味の男で、ボリュームのある髪をモジャモジャと遊ばせており、顔に刻まれた陰影が、40年前後の歳月を思わせる。

「あ、古畑さんっ!!」

吉良もみくるもその奇妙な乗り物に気を取られるなか、キュンキュンだけが気安くその人物に話しかける。

「……私を置いて先に行き過ぎじゃないですか?
 私、普通の人間ですので……プリキュアの体力には、ついていけません〜」

「ごめんなさい!
 でも、その機械に乗っていくから、先に行って良いよって古畑さんが」

「ああ、駄目だこれ。あんまスピード出ない。使い物になんないんです。これ」

「ええ!? 凄い早く飛べるって、自分で言ってましたよね」

「説明書だと……なんかこれ、実際乗ってみたら操作方法が良く分からないもんでして。
 あのベリアルっていうのも、ロクな物を寄越さないもんです」

緩慢な動作で古畑はフリーザの小型ポッドから手を動かして、ぐちぐちと文句を言い始める。


「足伸ばして、思いっきりくつろいで乗っているように、見えるんですけど!!」

すらっと伸びた両足はフリーザの小型ポッドからはみ出し、両手を組んで後頭部を抑えながら古畑と呼ばれた男は深々と搭乗席に腰掛けていた。

「乗るところが狭くて、私には小さすぎる。
 せめて、サイズくらい考えて支給して欲しいもんです。ベリアルだかベジタリアンだか知らないけど、いい加減な主催だぁ」

説明書と話が違う。そもそも分かり辛い。もっとマシなものを寄こせ。
出るわ出るわ、クレームの嵐。

(なんだ、この男……)

殺し合いへの反発以外で、ここまで文句を言う参加者をベリアルも想定していただろうか。

(ネチネチ五月蠅い奴だ……降りて歩けッ!!)

聞いているだけでうんざりする。
誰もいなければ、吉良はこの男を既に爆殺して黙らせているところだ。

「そもそもね。このスマホとかいうやつからして、気に入らない。
 ボタン付ければいいじゃない。ボタンがないから使い辛くて仕方ない。
 この画面、触ってもあんまり反応しないよ。これ。
 最近は、何でもかんでも、削ればいいと思ってるんだから、始末に負えない。
 携帯で十分でしょう。こんなの、ねえ?」

「さっき、わたしが使い方を教えた時は、お風呂でもテレビが見れて便利だ〜。なんて言ってませんでしたか?」

古畑という男とキュンキュンは、吉良と遭遇する前に殺し合いの開始直後に出会ったらしい。

「ん〜〜〜〜……なんで、ボタンをなくすかなあ〜。指が手汗で濡れたら、反応しなくなるじゃないかぁ」

軽い口調の応酬が、ほんの数分も吉良達より付き合いが長いのを伺わせる。

「あの……え〜特徴的なネクタイのあなた」

「……私ですか?」

「はい。あの、えー……」

「……」

川尻浩作の名を使うべきか悩んだが、名簿に記される筈の名が吉良か川尻か分からない。

「吉良。吉良吉影です」

だが、キラークイーンに細工をされている事から、吉良は川尻ではなく吉良吉影として選定されていると判断した。
リスクはあるが、あとで偽名だとバレれば厄介だ。

「吉良さんですかぁ、どうも、私、古畑と申します〜。
 ところで、あの、あなた、ナポリタン何処でお食べになられました?」

フリーザの小型ポッドから降りた古畑は腹を摩りながら、吉良に向かって口を開く。

「ナポリタン?」

吉良は呆気に取られた。

「ええ。
 あなた、ナポリタンお食べになられたでしょう? あの何処で食べられます?
 ンッフフフ……私もうお腹ペコペコで」

「知りませんよ。食料が支給されているでしょう?」

吉良はナポリタンを口にした覚えはない。
前日にもそして朝食も、ナポリタンは一切口にしていない。

「いやぁ、あんなもん食べられません。不味いなんてもんじゃありません。
 それよりナポリタンです。いいじゃないですか、教えてください」

「だから、そんなもの食べてないと──」

意味が分からない問いに、吉良は苛立ちながら語気を強める。

「嘘は良くありません。私、分かるんです。あなたナポリタンをお食べになられたぁ。
 意地悪しないで、教えてもらえませんか? 私ほんともうお腹ペコペコで」

「一体、なんなんだ……あなたはッ!!」

初対面の相手に声を荒げるとういうのは、悪印象を与え余計な敵を作りかねないのだが、しつこく粘着され吉良から自制心を奪い去る。

「おかしいなぁ……だって、服に赤いシミが。それナポリタンのソースでしょう?」


(な……何ッ〜〜〜!!?)


喉まで出かかった声を飲み込み、吉良は瞠目した。
腕を顔に向けて、スーツの裾を掴み注意深く見つめる。

(返り血ッ!?
 ……由比ヶ浜さんを爆破した時のか)

血が僅かに付着していた。
由比ヶ浜結衣の母親の血が、より正確には彼女の手から滴る血が裾を赤く濡らしていた。


(キラークイーンの使い勝手に違和感はあったが……)


──────首輪は強力な力をある程度縛り付けるのさ。縛りプレイも乙なものだと割り切ってくれ。


(この首輪か? この首輪で、爆破の調整をミスしてしまったのかッッ〜〜!!!)


血が流れないように、手の断面も爆破して傷を焼いたはずだったが、調整を失敗した。
ベリアルの言う首輪の縛りの影響なのだろう。
スタンド使いではない一般人にスタンドが見えるのも、恐らくはこれが原因。

「……朝、妻が用意してくれたオムレツのケチャップだ。これは、ナポリタンじゃあない」

だが、焦る必要はない。
スーツのシミを血だと断定する手段はない。

「変わったお人だぁ」
「……何です?」

古畑が口を鳴らす。吉良は怪訝そうに目を細め、古畑に視線が縫い付けられる。
納得している様子ではないが、だがこれが血だと証明する手段はない。
ナポリタンの事でまだ食らい付いてくるようなら、もう少しきつく言い聞かせてもいいだろう。
最悪、近くのコンビニに行けばナポリタン程度置いてあるだろうとでもいえば、満足するはずだ。

「あのですね。服に食べ物のシミがついていると指摘された場合、大体の人はここ……最初に胸とかお腹を見ます」

古畑は着ている黒のシャツをこれ見よがしに摘まんだ。

「エプロンをするのだって、首から掛けて胸に被さるようにします。
 えー……ご飯食べる時、袖にケチャップやソースが飛ぶなんて早々ありません。
 それなのに、真っ先に腕の袖をご覧になられたぁ。
 あの、私……んふっ……袖にシミがあるなんて、一言も言ってないのに。
 あなたは随分変わった食事のされ方をしていらっしゃるようで……」

「……覚えてたんです。朝にケチャップがついたのをね」

「なるほどぉ……でも、まだご自宅にいたんでしょう? お着換えにはならなかった?
 白のスーツなんて、汚れが気になって仕方ないでしょう。だから私いつも黒ばっかなもんで、ンッフフ……」

「遅刻……寸前だったんです。着替える暇もないぐらいに」

「あ、もしかして……朝に弱い? 私もなんです。
 朝の六時に現場に出向いた時なんて、低血圧で倒れそうでしたぁ」

「現場?」

「ああ、改めて。私、警視庁の古畑と申します。
 殺人課でして……イチロー選手の事件を解決したの、実はこの私なんです。んっふふふ……」

警視庁という言葉に、吉良は一瞬硬直した。
世間一般から殺人鬼と称される側の人間である吉良にとって、意識せずにはいられない存在だ。
無論、キラークイーンという人知を超えた力を持つ吉良の敵ではない。
吉良の行った殺人を立証する事すら不可能だ。

(こいつ……私を、疑っているのか……)

だが、それはキラークイーンが視認できないからこそ。
その優位性はここでは失われている。
古畑に疑われ、嗅ぎ回られても迷惑だ。
吉良も尻尾を掴ませない自信はあるものの、別の参加者を利用して溶け込むのに、毎回突っかかられては邪魔になる。

(始末するか……何、子供を誤魔化すぐらいわけない)

キュンキュンの前で殺すのは不味いが、彼女の目の届かない場所で古畑を暗殺する程度は造作もない。

「……防犯ブザー……消えてるんですよ」

吉良の背筋に、生理的な悪寒が駆け抜ける。

「我々、ブザーの音を聞いてここまで来た訳なんです。ねえ? 紫雨さん」
「今はキュンキュンでお願いしますって、さっきからずっと言ってるじゃないですか!!」
「あーすいません。さっきの。皆さん、オフレコで。
 それはそうと、あんなにやかましく鳴っていたブザーが何処にもないんです……」

これ以上、この男に話をさせてはならない。そんな嫌な確信があった。

「ブザー……そういえば!」

古畑の指摘にみくるもはっと声をあげる。
あれだけ、鳴って激しく自己主張をしていた防犯ブザーが何処にもない。
あの音を聞きつけて、みくるはここへ来たはずなのに。


「場所を間違えたんじゃあないかな?」

とぼけるように、吉良は言う。ここが殺人現場だったと理解しながら。

「んっふふふ……」

額に手を当ててから、古畑はねっとりとした笑いを発した。

「一人二人ならまだしも……四人全員場所を間違えたっていうのも、少々考え辛くありませんか?
 そこで思ったんです。ここで鳴っていたブザーは、突如として消えたんじゃないかと。
 我々が到着する前に、やはり誰かがここでブザーを鳴らしたんです。
 そして、それを良く思わない人物がブザーを消した」

吉良の反論を尽く嘲笑うかのように圧殺する推理。

「ブザーの音の消え方、皆さんお聞きになられましたか?
 はい。途中で何か衝撃が加わって、潰れたか破裂したかのような音の消え方です。
 防犯ブザーのピンを刺して、音を消したのであればこうはなりません。
 恐らく、ブザーを鳴らしていた人物から、この場にもう一人いた誰かが奪い取って破壊し
たんでしょう」

古畑はそこで一度言葉を切り、

「ところで、ブザーを手っ取り早く壊さなければならない場合、皆さんどうします」

手元の空を掴むような仕草を見せた。まるで、そこに実在しないブザーが浮いているかのように。
そして、やはり存在していないブザーを、地面に向かって投げ付けるような動作をした。

「大体の人はこうして壊すでしょう。
 あんなプラスチックの塊を壊すのに、通常は道具なんかいりません。地面に投げてやればいいわけです。
 仮にまだ壊れなくても、踏んでしまえば余程小柄で軽いのでなければ、十中八九壊れます。
 それなのに……ここには、その壊れたブザーどころか、破片のようなものすらない。
 奇麗すぎるんですよ。ここはぁ……」

「持ち去ったとかじゃないのかな」

古畑の視線が待っていたといわんばかりに、吉良へと注がれる。

「それはないでしょう。少なくとも、ブザーを鳴らされるような事をした人物が優先すべきことは逃走です。
 わざわざ地面の壊れたブザーを拾う暇も理由もありません」

口を挟んでから、吉良は余計な失言をしたと後悔した。
本来なら、言われずとも理解できていたはずのことだ。
それなのに、畳みかけるような古畑の言動に、まるで急き立てられるように口を滑らせてしまった。

「ベリアルという男はこう言っていました。
 不死身だとか、魔物だとか、別の世界だとか、願いを叶えるだとか……ンッフフ、とても眉唾でしたがぁ……。
 こちらにいる紫雨……え〜キュンキュンさんも、こう見えてプリキュアという戦士で先ほど、あの怪物……あれ何ていうんです?」 

「ダークランダーです」

「はい、どうも……そのダークなんちゃらを倒してくださいました。
 彼女が来てくれなかったら、私死ぬところでしたぁ。
 それはそうと、つまり、人知を超えた特殊な存在や超能力のようなものが、この殺し合いには存在しているわけです。信じ難いですが……」

人差し指を一本立てて、古畑は空気をなぞるように動かした。

「ようするにぃ……私自身、半信半疑の仮説にはなりますが……犯人は物を自在に消せるのではと、疑ってます」

古畑はわざとらしく小首を傾げ、長い溜めを作った。

「……まさか瞬間移動!? ……とか」

古畑の言わんとすることを読み解いたみくるは叫んでいた。
物を消すメジャーな超能力といえば瞬間移動だ。
この力があればブザーは跡形もなく消せるし、仮に殺人があっても死体だって隠滅できる。

「まあ、オカルトなんてあんま信じていないもんで、私もこんなこと言いたくないんですが……」

にやけながら古畑は口を鳴らし、訝し気にオカルトという単語を口にする。

「いわゆる超能力があれば、今のこの状況も説明がつくんです。はい。
 ブザーどころか仮に死体があっても一緒に消してしまえば、ここで殺人があったとしても痕跡が残りませんから」

ふいとみくるへ一瞥をくれ、愉快そうに笑う古畑。
みくるの胸は、期待感で早鐘のように鳴り響いていた。

「ただ私、物は消せても、それが”瞬間移動”だとは思いません」

しかし、古畑はそこで一度言葉を切る。彼は静かに、重々しく首を振った。

「まず、ブザーを壊す必要がないんです。そのままどこか遠くへ転送してしまえばいい。その場合、音の消え方はもっとスマートなはずです。
 そもそも、本当に瞬間移動ができるのなら、ブザーを鳴らされた本人自身がそれを使って逃げれば済む話です……。
 やはり、”物を消す”のは副次的な効果に過ぎないのでしょう。応用として、そういう使い方もできるというだけで。
 そう……能力そのものは物を破壊する性質の方が強い。しかも、返り血が飛ぶという事は対象の内側から外側に向かって、物を破裂させる能力。
 え〜、瞬間移動などの転送する能力ではなくぅ……物を”爆発”させる能力、だとしたら?」


(こ……こいつッ!!)


じんわりと吉良の額に脂汗が滲んでいく。


「もし私の推理が正しければ、それが物を爆発する能力で、その力を人間に振るったのだとすれば。
 爆風と共に返り血が飛んできても、何ら不思議ではありません。
 ベリアルも言っていました。
 ”首輪は強力な力をある程度縛り付ける”と。
 人間を痕跡一つ残さず消し去るというのは、想像以上に手間がかかるものです。火葬しても骨は残りますし、爆破で塵一つ残さず消し飛ばすには相当な火力が必要です。
 つまり、これこそがベリアルの言う”縛りプレイ”。普段とは火力調整の勝手が狂ってしまった可能性は、十分にあり得ます」


(ブザーの消失と袖の血から……私の力が爆発に関係する事まで、言い当てているッ!!)


指先が震え、心拍音が耳朶を打ち鳴らす。


「さらに言えば、その爆発能力者は、殺した相手の体の一部を所持している可能性があります。
 根拠は、服の袖にだけ付着した血痕です。やはり、どう考えてもおかしいんですよ。
 仮に死体が勢いよく破裂したのだとしたら、返り血はもっと広範囲に、面積の大きな胴体部分へと降り注ぐはずです。
 ですが、実際の汚れは袖口に僅かについているだけだ。
 恐らく、ベリアルの縛りを加味したとしても、本来は返り血すら蒸発させるほどの超高火力で対象を爆破できたんです」



(こ、この男……間違いない。疑っているどころか……)


「それなのに、なぜ血が飛んだのか。
 それは、死体の一部だけを”爆破の対象から外して”残したからです。
 爆破の瞬間、切り離され残った部位の断面から血が溢れた。
 本来なら、その飛沫すら熱量で焼き消すつもりだったのでしょう。しかし、ベリアルの縛りによって火力の調節を誤った。
 その鮮血が爆風に煽られて、掴んでいた手の袖口に飛び散った。
 多分、体の一部を手に取ったまま爆殺したんでしょう。惨い殺し方だぁ〜」



(私が殺人者である事を確信しているッ!!)



血のついた袖口を固く握り、吉良は古畑を睨み付ける。
古畑も同じく視線を返し、ニヤニヤと微笑んだ。


「……確かに、この袖のシミが血なら、私が誰かを殺していることも否定はできない。
 しかし。さっきも言ったが、これはケチャップなんですよ。古畑さん」

「はい。そこなんです。私の推理、それが血であるのを前提にしています。
 ですから、普段なら鑑識回します。ただ、今はそういうわけにもゆきません」

古畑は笑みを消さないまま、目を細めると、ゆったりとした動作で腕を組んだ。
そのまま片手の指先を額に添える。

「古畑さん」

場の殺気を感じ取ったキュンキュンが、すぐさま臨戦態勢を整える。

「あのあれ、あれの準備しといてください。あのなんちゃランダーやっつけた時の、ピョンピョンビームの。念の為」
「どうしてです? あと、キュンキュンレーザーです」
「見た物を爆発できるって訳ではないみたいです。もしそうなら、私達もう死んでます。
 多分、爆発させるには条件がいるんでしょう。直接触るとか。
 とにかく彼には触れず、彼が触った物にも決して触れないでください。
 ようは、近寄らせないように」
「はい!」

古畑に寄り添うように立つキュンキュンへ、周囲には聞こえないほどの囁き声で耳打ちした。

「それに死体だってない。あなたの言っていることは、全て妄想じゃあないですか。
 ……古畑さん。こうしましょうか
 私は、ここを去りますよ。あなたはどうしても私を殺人犯にしたいようだが、たまったもんじゃない。
 私はね? 平穏を愛するただのサラリーマンなんだ……愛する家族だっている。あなたの冤罪で、家族を崩壊させたくはないんだ」

「所持品」

古畑は人差し指をアスファルトに向ける。

「……そこへ、デイパックの中身を全部ぶちまけてください。
 私の推理が正しければ、犯人は被害者の一部を所持しているはずです。
 あるいは首輪、この首輪を外したくない参加者は、多分殆どいないでしょう。解析用のサンプル代わりに持っていく可能性はあります。
 いかがです? 中身お教えいただけますか? そうそう勘違いされてはあれですが、これ、あくまで形式的なものですから……」

「……」

吉良はデイパックの肩紐を固く握った。
この中には、由比ヶ浜結衣の母親の手と首輪、そして回収した支給品が眠っている。
特に手に関しては、吉良も否定のしようがない揺るがぬ証拠だ。

(キラークイーンさえ見えていなければッ……!!)

透明である利点を活用し証拠を爆破して消去する事もできたが、今は恐らく不可能だ。

「嫌……ですね」
「なんです?」
「嫌だと言ったんだ。形式的だとか言っているが、嘘でしょう。断固として拒否しますよ」
「ん〜……はい。分かりました」

古畑は腕を組んだまま片手を水平に吉良へ向ける。


「どうぞ。お行きください」


出鼻を挫かれた。吉良は心の中で舌打ちをする。
決め手に欠けてはいるが、古畑は吉良の殺人をほぼ暴いてしまった。
スタンド能力もしらないというのに。
危険すぎる。シアハートアタックを使う事も考えたが、失敗した場合のリスクが怖い。
キュンキュンの機動力を相手に、シアハートアタックが全員を仕留めきれない可能性が高いからだ。
かつては、弱点はないと嘯いた能力だが、承太郎達を仕留めきれない経験から、今では吉良自身もその絶対性に一抹の疑念を抱いている。
吉良が対象の抹殺を目視出来ないのも辛いところだ。
特に、古畑の洞察力からすぐさま吉良との接点を暴いた上で、生き延びられれば目も当てられない。
あのネチネチボイスで、付き纏われるのは御免だった。


また古畑も決め手がない。
仮に吉良の犯行を立証しても、手錠もなければ、牢屋もない。警察としての後ろ盾もなければ、本爆弾を生み出す能力者を閉じ込める方法も、古畑は知らない。
未知の異能者を相手に、遠ざけるのが現状の古畑の精一杯だった。

「……あの、吉良さん」

しかし、遠ざかる吉良の背中。そこに古畑は柔和な物腰で声をかける。


「一つだけ──────この先、少なくともバトルロワイアルを無事に終えたいのなら、ご趣味は控えた方がよろしいかと」

その声色は、強い信念を伺わせ、深く吉良の耳朶を響かせた。
古畑の眼光は狩人のように鋭く、吉良を刺すように向けられている。

(いずれ、殺してやるぞ。だが……今は状況が悪い……負けはありえないが、勝っても激しい消耗を負うなどごめんだ)

古畑の視線に不快さを感じながら、吉良は一瞥もくれずに無言のまま再び歩み出した。

(なんてことだ……と、とんでもないストレスだ……)

もし、仮に生きて再会でもしようものなら、またねちっこく吉良に付き纏うのだろう。
しかも頭の切れる男だ。吉良が絶対に手を出せないタイミングを常に見計らい、的確に嫌がらせをしてくるという確信がある。
早めに対策を立てなくてはならない。時間が経てば経つだけ、悪評を広められるかもしれない。
承太郎がもしいれば、古畑と結託されたらと考えると、背筋が凍りそうになる。

(古畑が生きているだけで、ストレスだ……)

また、趣味への欲求が抑えきれなくなるかもしれない。
デイパックの中の手を意識しながら、吉良は歩く足を早めた。



(す……凄い……。
 わたし……袖のシミも気付けなくて、なにも、分からなかった)


足元には、無数のヒントが散りばめられていたというのに。みくるは、そのどれひとつとして正しく拾い上げることができなかった。

(これじゃ、誰も笑顔になんて……)

彼女はただ、己の不明を恥じながら見届けるしかできなかった。


【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:健康、ストレス(極大)、承太郎へのトラウマ(極大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1〜5(由比ヶ浜結衣の母親の分込み)、由比ヶ浜結衣の母親の右手と首輪
[思考・状況]
基本方針:生還する
1:利用できそうな参加者を探す。承太郎達がいなければいいが……。
2:古畑を警戒、気になってストレス。
3:由比ヶ浜さんの下の名前を聞きそびれてしまった……。
[備考]
※救急車に轢かれる直前から参戦です。
※スタンドは誰にでも視認でき、バイツァ・ダストは使えません。




驚いた。古畑さんって、ほんとに名刑事だったんだ。
さっきのはミステリードラマ見てるみたいだった……。
もし、古畑さんがいなかったら、吉良さんはわたし達と一緒に何食わぬ顔でいたんだろうか。
荷物を見せるのを嫌がったのって、多分そういうことだよね。
考えたら、ゾッとする。

……そっか。

ダークランダーみたいな怪物たちと違って、今の敵は人間、なんだよね……。
その内、人と戦わなくちゃいけないのかな。

いやだな。

アイドルプリキュアは人をキラキラにするためにあるのに。
悪い人が相手なら、戦うしかないけど……先のことが思いやられる。
そんなの、誰も心キュンキュンしないよ……。

「はぁ……」

って……いけない、いけない。アイドルが人前でしょぼくれた顔をするなんて。
今は紫雨こころじゃなくて、キュアキュンキュンなんだから。
アイドルやウインクみたいにニッコリしなくちゃ。

「え、と……小林さんでしたよね? 歩けますか? 肩を貸します」

小林さんを、どこか安全な場所に連れて行って落ち着かせよう。わたしが出会った時、彼女は真っ青な顔をして怯えていた。
わたしだって、アイドルプリキュアの力があるから何とか冷静でいられるけれど、もしその前に殺し合いなんてさせられていたら、絶対にパニックになっていたと思う。

「そんな、私の服も汚れていますから結構です!」
「気にしなくてもいいのに」
「一人で歩けます! 平気です!!」

声を張り上げて気丈に振る舞っているけれど、とても大丈夫そうには見えない。

「ところで……古畑さんという方、あの推理力はどうやって鍛えたものなんでしょう」

話を聞くと、小林さんは探偵を志しているようで、古畑さんに興味津々の様子だった。

「色々な事件を解決していると聞きましたよ。クイズ番組のチャンピオンを逮捕したとか。
 私は聞いたことがありませんけど。有名なテレビ番組だったらしいんですが、知ってます?
 テレビと言えば、SMAPも全員逮捕したって言っていたんですが……かなり滅茶苦茶なこと言っていますよね。
 当時、私は小さかったのでよく知らないんですけど、解散したのに」

「えぇッ!!?  嘘!  SMAP解散しちゃったの!!?」

ひっくり返りそうな勢いで大声を出す小林さん。敬語を使っている時より、こっちの方が素なんだろうな。

「……へえ、1999年から来たんですか。私のいた時代からは、約20年前ですね」

さらに詳しく話を聞いてみると、どうやら彼女は1999年の世界から飛ばされてきたようだった。

「驚かないんですか!?  私たち、タイムスリップしてるんですよ!?」
「実は、千年前の世界に行ったことがあるので。これで二度目なんです」
「そ、そうなんですか……。ベリアルが色んな世界から道具を持ってきたと言っていたのも、色んな時代からって意味もあったんでしょうか」

もしかしたら、この空飛ぶ島はアイアイ島のように、色々な時間や世界と繋がっている場所なのかもしれない。

「なんかもう、私ついていけないよ?。タイムスリップできる技術があるなら、もっと有意義なことに使えばいいじゃない。幕末いって、新選組に会いに行くとかさ?」

こめかみを押さえながら、古畑さんがぼやいていた。これに関しては私も同意見だ。
色々な世界からアイドルを集めてライブコンサートをする……なんて計画なら大喜びで出演するのに。
せっかくの技術で殺し合いをさせるなんて、宝の持ち腐れだよ。

「ま、あなたもその服は洗濯した方がいいでしょう。コインランドリーでも探しましょうか」

「すいません。ご迷惑をおかけして」

「いえいえ。全部あいつが悪いんです。
 あの、ベーシックだかベリアルだか……とんでもない奴です。あいつのせいで、私もさっきから貧血気味だぁ。血が駄目なもんでして」

この人、よく刑事やってられるな……。
警察の人って、血とか死んでる人とか慣れてるイメージだったけど。

小林さんは、大丈夫かな。
人の生首なんてショッキングな物を見て、わたしだって気分が悪いのに。

「よろしければ、これ乗ります? フリーザの小型ポッドって言うらしいんですが、お譲りしますよ」
「いえ……貧血気味なら、古畑さんが乗ってください」
「いやいや、そんな。遠慮なさらないでください」
「私は平気ですから! ちゃんと、歩けます!!」
「ん〜〜〜……そうですか」

辛いなら、辛いって言ってくれてもいいのに。

頑なに前を向こうとする小林さんの背中が、なんだか痛々しくて、私はそっと歩幅を合わせた。

昔、マックランダーと戦うことに怯えきっていたわたしと、小林さんの小さな背中が重なって見える。
わたしは、うた先輩となな先輩がいてくれたから、立ち直れたけど。
先輩たちも、今の私と同じような瞳で私を見ていたのだろうか。
守られる側から守る側へ。その立場になって初めて、先輩たちの優しさの形が改めて分かった気がした。




【紫雨こころ(キュアキュンキュン)@キミとアイドルプリキュア♪】
[状態]:健康、キュアキュンキュンに変身中
[装備]:アイドルハートブローチとプリキュアリボン・キュアキュンキュン@キミとアイドルプリキュア♪
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0〜1
[思考・状況]
基本方針:殺し合いなんて心キュンキュンしないこと絶対に止める!
1:小林さんが心配だけど……。
2:先輩達もいなければいいけど。
[備考]
※ダークイーネ撃破直後から参戦です。


【小林みくる@名探偵プリキュア!】
[状態]:健康、殺されたゾーイへのトラウマ(極大)、殺し合いへの恐怖、服にゲロ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1〜3
[思考・状況]
基本方針:名探偵として人を助けたい……けど。
1:古畑さん達についていく。
[備考]
※明智あんなと出会う前からの参戦です。


【古畑任三郎@古畑任三郎】
[状態]:健康、貧血気味
[装備]:フリーザの小型ポッド@ドラゴンボールシリーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0〜2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしない。
1:吉良を警戒、ロックオン中。


【アイドルハートブローチとプリキュアリボン・キュアキュンキュン@キミとアイドルプリキュア♪】
キュアキュンキュンに変身するアイテム。紫雨こころ本人に支給。

【フリーザの小型ポッド@ドラゴンボールシリーズ】
フリーザが乗っているやつ。
出そうと思えば、かなりスピードが出せる筈だが、支給された古畑は操作方法が良く分かっていないせいか、ノロノロ走る。

【防犯ブザー@現実】
由比ヶ浜結衣の母親に支給。吉良に爆破された。
最終更新:2026年02月16日 19:41