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*一回戦 第五試合
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/__.))ノヽ 「せいやっ」
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j ヽ._フー- 、__ 了ヾご | ’、′ ’、 (;;ノ;; (′‘ ・. ’、′”;
_,ソ. } }‐'゙ . ̄{ . {..| ’、′・ ( (´;^`⌒)∴⌒`.・ ” ; ’、′・
,r'´| `' ァ=ャr‐≦ _.  ̄....| 、 ’、 ’・ 、´⌒,;y'⌒((´;;;;;ノ、"'人 ヽ
/ `' 」 }.l.|'´ `ヽ ',-,.一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
,ノ | ., '´ LH_|-.、 | . \ニニニニニニニニニニ( ´;`ヾ,;⌒)´ 从⌒ ;) `⌒ )・ ヽ ニニニニニニ
__/ / { ! . `' 三三三三三 ′‘: ;゜+° ′、´;`ヾ,;⌒)´ (,ゞ、⌒) ;;:::):三三三三三
/ 、__,r'"´ 丁 丁´ . ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`:::、 ノ ...;:;_) ...::ノ ソ ...::ノ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〔__{ L..__`ぅ
『ビ……ビームだァァァァーーーーーーー!』
ガビーンという擬音がピッタリ合いそうな滑程稽な顔で、アンテナさんがツッコミのセリフを叫ぶ。
勿論よし子も同様に叫んでいた。
無理もない。拳法発言もあって、てっきり至高の肉弾戦が繰り広げられると思っていたのだから。
観客達も意表を突かれたらしく、間抜けにも眉を八の字にしている。
『殴り飛ばす宣言とは一体なんだったのか……』
『意表を突かれましたねぇ……まあ、一番意表を突かれたのは、ハルトさんでしょうけど』
殴り合いだと思ったら飛び道具だった――そんなことになったら誰だって驚く。
さしものハルトシュラーとて、この展開は予想できなかったのではないだろうか。
つまり、ハルトシュラーはほっしーの攻撃を見誤り、直撃を受けたということになる。
パッと見でも人類なら軽く死ねそうな威力であると分かるビーム(?)のだ。
「ククク……如何に前回大会成績優秀者といえど、この至近距離からイナバ物置にすら穴を穿つわしの奥義を喰らっては一溜まりも――何ィ!?」
当然、死んではいなくとも無事ではないと思われた。
アンテナさん達でさえ、ハルトシュラーは少なくともダウンくらいはしているのではないかと思ったくらいだ。
しかし、三度目の土煙の向こうには、横たわるハルトシュラーの姿はなかった。
というか、ハルトシュラーの姿自体が無かった。
あったのは、先程まで無かったはずの盾のように盛り上がった地面。
大多数が攻撃の影響でぐずぐずと崩れつつあるその壁は、何かを取り囲むようにそびえ立っている。
『あ、あれは……盾、みたいなものですか?』
『でしょうね。崩れかけなため頼りなく見えますが、本来中身ごと消滅してもおかしくない威力の技を受けたのです。
形が残っているだけ強固だと言えるでしょう。
そしてそんなものが守る対象と言えば、勿論――』
「やれやれ。今のはさすがに少し焦ったぞ」
『――ハルトさんしかいないでしょう』
壁が完全に崩れ去り、中から跪くような姿勢のハルトシュラーが現れた。
まるで鋼タイプの錬金術師が地面に掌をかざすような姿勢のハルトシュラーの足元には、魔方陣のような不思議な模様が描かれている。
「まさかこの能力を初戦から披露することになろうとh「隙ありゃああああああああ!!」
最後まで言わせることなく、もう一発ぶっ放すほっしー。
しかしそれも容易く防がれてしまう。
今度は皆ハルトシュラーに注意を向けていたので、何が起きたのか理解できた。
ハルトシュラーが足で地面に何かを描いた瞬間に、地面が急に迫り上がりハルトシュラーを守ったのだ。
「くっ……な、なんなんやその落書きは! 反則やないんか!」
「反則じゃないぞーっ! 足を筆に見立てて地面というキャンパスに絵を描いただけだし、立派な技扱いだー!
ていうか、もし筆と紙を持参しててもそのくらいなら多分許容されるぞーっ!」
「異世界の何か卑怯なもんを出してきたんかもしれないやろ!
足元に魔方陣なのかしらんが怪しいモン描かれとるし! ちゃんと審査せぇ!」
「召喚はOKだし、それが物だろうと人だろうと反則じゃないぞーっ!?
っていうかルールブックくらい事前に見とけーっ! 配布してあっただろーっ!?」
予想に反した奇襲失敗の結果を受け、ほっしーの中に焦りが生まれる。
反則勝ちを拾えないかとよし子に抗議を試みるも、あっさり却下されてしまった。
些かプライドに欠けた行為に見えるが、本人にとってそんなことは別にどうだっていいのだ。
大事なのは勝利すること。勝利イズじゃすてぃす。勝てば官軍負ければ国辱。4位じゃ駄目なんですよと。
「落書きとはまた失礼だな……私はただ、作品を“創った”だけだ。
題名は『壁』――命を吹き込まれた作品は、即興だろうと力を持つものなのだよ」
言うが早いか、今しがた仕上げた己の作品の上に春とハルトシュラーが腰をおろす。
足で描かれた即興絵画は、これでもう正真正銘ただの模様と化した。
だがしかし、そんなことは大したことではないのだ。
ハルトシュラーを敬愛し、彼女の手がけた作品なら何でもいいから目にしたいと考えている信者達が、
彼女の創った作品を作者自ら破壊するというショッキングな映像を見ても悲鳴一つ上げられなかった。
何せ彼らは、目の前で起こっている更なる“フリ”に見入っているのだ。
無粋な嘆きをどうしてすることが出来ようか。
「貴様の先程の技――名前を叫ばなかった故に題は知らぬが、いい技だ。威力もある」
「ふん、あったりまえや。わしの育てた必殺技だもの、手ごわいに決まっとるわ」
ハルトシュラーは、胡座をかき一見隙だらけである。
にも関わらず、ほっしーは攻め込まなかった。
もし“作品”を描き換えて別の作品を産み出そうとしているなら、迂闊に近付くのは愚の骨頂。
それならば距離を置いて何が来ても捌けるようにしながら、高威力の飛ばし技で攻めた方がいい。
何せ、相手は動かぬ的。今なら飛び道具で狙いたい放題なのだから。
しかし、肝心の解説者達は、そんなほっしーの動きを解説しない。
そんなことは無駄だと理解しているし、それよりも注目すべきことは他にもあるから。
「それに司会はビーム呼ばわりしていたが……あれも立派な拳術だと私は思う」
「ほほう。妙な所で気が合うな」
「ああ。だから私も、お前に私のとっておきの拳術を見せてやろう」
注目すべきは、ハルトシュラーの動き。
彼女はゆっくりと両手を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「見るがいい。春斗、有情破顔拳――――!!」
光。
会場内が白色で埋め尽くされる。
原因は、ほっしーへと伸びていく極太の光。
『で、出たァァァァァ! 春斗! 有情破顔拳ンンンンン!』
テーレッテー
「こっちもやっぱりビームだーっ!?」
伏せながらもツッコむことは忘れないよし子。
光が止み、彼女が顔を上げると、そこにはアヘ顔ほっしーの姿が。
彼はよたよたとハルトシュラーに歩み寄り、そして途中で頭から地面にダイブした。
どうやら全身に力が入らないらしい。
それを確認し、ハルトシュラーはゆっくりと立ち上がる。
「さらばだ。せめて安らかに逝け」
「ま、待てぇぇ~~~な、なんやこれぇ~~~~~!!」
足元に縋り付こうとするほっしーの手を軽く蹴ると、ハルトシュラー無様な敗者に背を向けた。
そしてそのまま悠然と立ち去ろうとする。
が、しかし――そのとき閣下に電流走る。
ずんっ!
「ひぎぃっ!?」
下腹部に衝撃。
患部がじんわりと熱を帯び、ヒリヒリとしたダメージがやや遅れて訪れる。
あまりの痛さに、つんのめるようにして倒れた。
その勢いで、下腹部を突き刺したソレはスッポ抜けてくれたのが、不幸中の幸いだろう。
下半身を守るため必至で逃れるハルトシュラーのその姿は、今までと違い優雅さの欠片もなかった。
少女のように顔を真赤に紅潮させ、怒りを露に振り返る。
「き、貴様ぁッ……」
視線の先には、立ち上がったほっしー。
その手は忍者のソレのような形をしていた。
だがそれは忍術の発動に使われていたわけではない。
小学生男子がいたずらでする、下品な穴をほじくり返す用途で使われたものである。
あんなものを高速でぶち込まれたのかと思うと、怒りが沸々と湧いてきた。
『な、なんと! ほっしー選手、無傷です! あの最凶奥義テーレッテーを喰らったにも関わらず、ちにゃっと爆散していません!』
「危うかったわぁ……情報戦もたまにはしておこうと思い立って大正解やったな……
さっすが前回ベスト4。前大会での使用技リストはあっさり手に入ったで」
言いながら駆け出すほっしー。
何らかの攻撃を仕掛けようとしているのは明らかである。
故に、ハルトシュラーはカウンターを行うべくタイミングを測っていたのだが――
「うぐっ!?」
予期せぬ激痛。
体の内部から襲ってきたその痛みに、臨戦状態だった腕が一瞬下がる。
その隙を逃さずに、がら空きとなったハルトシュラーの端正な顔に、象の足のようにがさついたほっしーの膝が叩き込まれた。
『あーっと、ほっしー選手攻撃に転じました! ハルトシュラー選手、ここにきてダーウン!
……しかしどういうことでしょうね。 有情破顔拳は、情報を知っていたからといって防げるタイプの技じゃあないはずなんですが』
「ぶゎかめ! 秘孔に精通しとるのが自分だけやと思ったんか!」
『……ああ、なるほど。そういうことですか』
膝をついたハルトシュラーにストンピングを浴びせるほっしー。
その言葉に、柏木が反応する。
選手資料をパラパラと捲り己の説を裏付けると、解説者の仕事を始めた。
『どうやらほっしー選手も秘孔には詳しいようですね。
どの程度詳しいかまでは不明ですが……オリジナル秘孔を開発する程度の知識はあるようですし、
技を事前に研究すれば、どの秘孔を突くことで効果を打ち消せるのか分かる程度には精通していたということでしょうね』
『なるほど……奇しくもこれは秘孔戦士対決でもあったわけですか』
『そういうことです』
解説の間も、ほっしーは攻撃の手を緩めない。
蹲るハルトシュラーを延々と蹴り続け、更には罵声で心を折りにかかっていた。
並の人ならドン引きして通報してもおかしくない絵面である。
「これぞわしの開発した秘孔を突く南斗浣鳥拳ッ!!
どうや、腹痛で立ち上がれまい!
このままわしにボコられ、嬲られ、力尽きてクソぶちまけて心身共にノックアウトされるがいいッ!」
反論することもなく、ハルトシュラーは体を丸める。
デリケートな腹を蹴られまいとするその格好は、いじめられている亀を彷彿させた。
そんな亀に対して、いじめっ子は容赦など欠片もしない。
「分かったらわしを認めるんや! そして、さあ! わしに黄金のハルトシュラー像を渡せェ!」
『黄金のハルトシュラー像……? 確かルパンスレ初代の……それがどう関係があるんでしょうか、解説の柏木さん』
『ふむ。どうやらほっしー選手は、自分のスレにおいてハルトさんと戦ったことがあるようです。
戦った理由は、黄金のハルトシュラー像が欲しかったからだそうです。
再戦の約束と、勝利の際のハルトシュラー像の贈与を約束していたんだとか』
『なるほど……ほぼ一方通行ですが、一応因縁があったと』
『ええ。ですから、おそらくほっしー選手はハルトさんの対策を練っておいたのでしょう。
その強さも知っていますし、絶対勝ちたい相手だったでしょうから』
『じゃあ、この執拗な追い打ちも、ハルトシュラー選手の強さを知っているからこその慎重な行いだと?』
『恐らくは』
予想外の展開の理由を、実況席の二人はこう分析した。
そしてそれはほとんど正解である。
違うとしたらただ一点。
執拗な追い打ちは、基本的に相手を問わずいつも行っていることだ、という点のみ。
とはいえ、その点に気付かないのも無理はない。
彼らはほっしーが前回大会と違う世界の出身者であるということも知らなかったくらいなのだ。
性格面まで把握出来ているはずがない。
「そんなざまで……黄金のハルトシュラー像を持つ資格があるとでも思っているのか……?」
「ああん?」
「さっさと倒すこともせず、自ら逆転の機会を与える……貴様の悪い癖だな……」
だがしかし、ハルトシュラーだけは違った。
彼女は何でも出来てしまう創発の魔王。
パラレルワールドへのトンネルを創作することだって可能だし、創発内の情報は嫌でも耳に入ってくる。
だから、ハルトシュラーだけは今大会に参加したほっしーの“普段”を全て知っていた。
「ほざけェーーーッ! 未だに立ち上がれんくせに、調子こいとったら痛い目見るで!
たかがオタク趣味の芸術家気取りがァァーーーーっ!
ご自慢の創作とやらで切り抜けられるもんなら切り抜けてみい!」
サラサラで金銀自在なロングヘアーを乱暴に掴み、重力に逆らわせた。
無理矢理髪の毛を引っ張られた反動で、ハルトシュラーの顔が持ち上げられる。
そしてそのまま持ち上げていくと、危篤状態の胴体部分もが晒された。
力にも自信があるほっしーの手にかかれば、小柄なハルトシュラーを持ち上げることくらい、本気を出せば造作も無いことなのだ。
「仮にトイレを“創”ったとしても、使用させたりなんかせぇへんで!
扉ごとぶち壊したらァァァァーーーーーーーッ!」
ほっしーは叫ぶ。
一見万能に思える創作能力があろうと、この技だけはどうしようもないと。
如何に無から有を創作できても、お腹の中の有を無に出来なくてはどうしようもない。
ハルトシュラーが脱糞を避けるには、土下座をしてでも機嫌を取るしか道はないのだと。
「大体お前は後輩のくせに、人生の先輩を敬う気持ちがなさすぎるで……!」
腹の中身をぶちまけぬことに注力しているため、足にまともな力を入れることが出来ない。
そんなハルトシュラーを無理矢理に立たせると、ほっしーはその手を髪から首へと移動させる。
そしてそのまま両の手で首を掴むと、攻撃の最終段階へと突入した。
『おーっと、ほっしー選手! ハルトシュラー選手の後頭部に自らの両手を添えて、首相撲の体勢となったー!』
ぐりゅりゅりゅりゅりゅ。
ほっしーが首へと回した腕に力を入れるにつれ、ハルトシュラーの腹から聞こえる嫌な音はボリュームを増して行く。
『不味いですね。今のハルトさんの胃は、言うならば買いたての歯磨き粉状態。
軽く押してやるだけで出口からグリュと出ますよ』
『それだけは避けてほしいですね……いやほんと大真面目に』
二人の願いはほっしーに届かない。
彼が望むのは己の完全勝利であり、精神的にもハルトシュラーをKOすることにある。
それには南斗浣鳥拳の完遂が必須なのだ。
「よって、今からおしおきをするッ! 教育的指導や! わしがお前さんを育て直したる!」
不穏な笑みを浮かべると、ほっしーは先程顔面に叩き込んだ己の膝を再びハルトシュラーへと打ち出す。
が、今度の狙いは顔面ではない。
顔面以上に今は地雷なボディにである。
「悪い子や! 悪い子や!」
子供を叱り飛ばす時のように叫びながら、膝を腹へと叩き込んでいく。
その光景は、教育的指導とは程遠い、単なる児童虐待のようなものであった。
『ほっしー選手、ハルトシュラー選手のボディに膝蹴りの連打ッ!』
『ムエタイ必殺のチャランボですね』
ドスッという鈍い音が数回響いた後に、それまでとは全く違った音があたりに鳴り響いた。
それは、ハルトシュラーの大腸最終防衛ラインが突破された音――
「は……?」
――ではなかった。
もっと暴力的な、ゴキャリといった骨が砕ける音。
そしてそれは、当然ながらハルトシュラーの腹の辺りから聞こえてきた。
しかし音の発生源は、ハルトシュラーの体ではない。
音は、ハルトシュラーの腹に触れたほっしーの膝から発せられていた。
「おうわあああああああ!? 膝がッ! わしの膝がああああああああああああ!!!!」
へし折れたのか、ほっしーの膝からは骨が突き出している。
誰がどう見ても重傷だった。
「謝罪しよう。正直言って見くびっていた。
そちらの土俵で対決しようと考え、素手を以てそれを為している気でいた。
だが違った……お前は土俵なんて持たない。その自由な所が強さの所以だ。
ならば私も型に拘らず自由な形で挑んでこそ、同じラインに立てるのに」
『か、柏木さん……あれは一体何が……』
『さあ……おそらくは、何かを創ったんだと思います。硬くてダメージを与えられるものを……
さっきのチャランボは正確無比に同じ箇所を攻撃してますからね。
その質の高さがあのカウンターを成功させてしまったと言えるでしょう』
「お前が自由奔放なように、芸術もまた制限や常識なんかには縛られない。
木を削って像を作ることがあるように、何かを削り無くすこともまた創作活動の一つ」
つまり、体内にある不要物を削除し“健康なハルトシュラー”という作品をつくることもまた創作である、ということだ。
要するに、腹を下させても意味などない。
創作能力で健康くらいどうとでもなるのだから。
「覚えておけ。お前を負かすのは、お前自身の相手をなめてかかる心だ。
そして、相手への敬意を忘れ不必要に嬲ろうとする精神だ」
足を抑え喚き続けるほっしーに、ハルトシュラーは一歩一歩近付いていく。
「ついでに、その身を持って知るがいい。削除という創作を。
DATの海へ堕ちていけ。理想を抱いて溺死しろ。
現実を知り、沈むがいい。そして己を鑑みるんだな」
『あ、あの構えは――!』
『知っているんですか柏木さん!?』
『いえ知りません。見たこともない……』
『なんですかそれ……思わせぶりだったのに……』
『分かりませんか? つまりあれは、新技と言うことですよっ……!』
ほっしーへと歩む速度が上昇する。
歩みはすぐに助走へと移り変わった。
「春斗流創作術・創発“削”の秘奥義!」
ハルトシュラーの右腕が光を纏う。
そして力任せにほっしーへとその拳を叩き込んだ。
「 夕 鶴 ク ラ イ シ ス ッ ! ! 」
一瞬の激しい閃光、そして爆発。
爆心地のほっしーは反対側の壁まで吹き飛ばされ、同じく爆心地であったハルトシュラーは悠然と着衣の乱れを整えた。
『け、決着ゥゥゥゥ!!! これは文句なしに決着でしょう! っていうかほっしー選手、ものっそい血塗れです!』
「勝者、ハルトシュr「ま、待てぇぇぇぇ」
担架を呼ぶため大急ぎで勝者のコールを行おうとするよし子の言葉を、掠れた声が遮る。
まさか。
その場の誰もがその三文字を頭に浮かべた。
それでも視線をボロ雑巾へと向けてしまうのは、他にコールを遮る人に心当たりが無いからだろう。
「まだやぁぁぁぁ……まだっ……まだ負けてへんでぇ~~~~~!!」
よたよたと壁にもたれかかり、かろうじて立ち上がったという風のほっしー。
その体は誰がどう見ても満身創痍。ボロ雑巾王座決定戦入賞確定。イエー。
体のダメージは致命的で、もはや逆転は不可能と思われた。
ほっしーにしても、テンカウントを取られぬよう立ち上がったというだけで、ここからどう逆転するかはノープランだ。
『なんとほっしー選手、新技・夕鶴クライシスを喰らってなおも立ち上がってきましたあああああ!!』
『……倒れておくなら今が絶好のタイミングだったんですけどねぇ……
ここから逆転出来る気配もないんですが、彼は立ち上がって一体どうするつもりなんでしょうか』
柏木はこの勝負に興味を失いつつあった。
もはや決着したも同然。ここから先など蛇足以外の何者でもない。
ほっしーに、怪我を治せるような回復技はない。
資料をめくってみてもそれらしき項目はないし、それは間違いないだろう。
つまり、あれだけの重傷を負ったほっしーは、100%二回戦には進めないのだ。
仮に奇跡が起きて大逆転したとしても、二回戦にはリザーバーが出ることになるだろう。
そのくらい、夕鶴クライシスのダメージは大きいのだ。
「やかましいわ実況ーっ! わしは負けへん……それだけや……」
「もう諦めて降参しろよ、後がつかえてるんだから……」
ぜぃぜぃと肩で息をするほっしーに、観客の一人が独り言のように声をかける。
観客としても、これ以上無様を晒すだけのショーよりは、次の試合の方が観たかった。
「勝ち目ないだろ……」「実況席に難癖付けた段階でオワコン」「息の根止まっちゃえばよかったのに」
「き、貴様らぁぁぁ……クズがっ……クズっ……! クズの分際で調子付きおってっ……!
観客席で……安全な位置で好き放題言ってるだけのゴミどもがぁっ……!」
ハルトシュラーでさえ、冷ややかな視線をほっしーへ向けている。
そんな中、ほっしーはハッと閃く。
《観客席》
その単語が、ほっしーに策を授けた。
「宇野ーっ! やらない夫ーっ! わしや、出てこぉぉぉぉぉぉぉい!」
先程聞いた、召喚OKのルール。
それを逆手に取れば、観客席の人間は召喚獣として使いたい放題ではないか。
だって、召喚ですって言い張れば、呼び出す過程は問題なさそうなんだもん。
召喚方法をきっちり指定するには、おそらく参加者の魔法体系がバラけすぎている。
となると、やはり呼び出し放題という結論に落ち着く。
――浅知恵としか言いようがないが、今のほっしーにはそんな策を思いつくので精一杯であった。
「宇野ォォォ! 出てこんかい! 行き場のないお前さんを拾ってやったわしに、今こそ恩を返す時やでえええええ!!」
そもそもわしを育てるスレのほっしーは、育成人なのである。
ポケモンで言うところのトレーナーポジションであり、育てた選手で戦うのは自然なこと。
おそらく、大会側も育てた選手を出す分には何も言わなかっただろう。
だが――
「何ぐずぐずしとるんや! 宇野ォ! やらない夫ォ! はよせんとシバき倒すでぇ!
この際たこルカでもええ! はてなようせいでもや! 誰でもいいから早く来てこいつを倒せ! 倒すんや!」
「無様だな。だが――そんな醜態を晒してでも勝利を求めるその姿は嫌いではない」
そう言うと、ハルトシュラーはほっしーへと近付いていく。
目的は、勿論止めを刺すためだ。
それに気付くと、はぁはぁぜぇぜぇ荒い呼吸を繰り返しながら、ほっしーはよたよたと距離を取り始めた。
「止めろ、来るなーっ! や……やる夫、やる夫はどうした!?
やる夫、殺せ、こいつを殺せーっ」
「やる夫達は四国だろう?」
「四国? こんな時に何やってる、やる夫の馬鹿が!」
そもそも、スレの仲間が多数駆けつけている他の出場選手と違い、ほっしーには誰も応援に来てくれた仲間が一人もいない。
「用事が出来た」としか告げず、キャンプでの修行をやる夫達に全部押し付けてきたほっしーのせいなのだが。
勿論、ほっしーはそんなこと覚えちゃいない。
あるのは、何故か必要なときにそこにいない部下達への理不尽な怒りだけである。
「鷲ー、わしが育てた鷲はどうしたー……殺せー、倒せーっ」
『鷲軍団はブラックホールに吸い込まれて死にましたよ』
「死んだ!? だ……誰か……誰か、誰か……」
助けは、来ない。
その事実がよほどショックだったのだろうか、ほっしーはヘッドスライディングでもするかのように倒れこんだ。
心の支えを失うと同時に体の支えまで失ってしまったかのようである。
それでもなおも逃げようとして、陸上でクロールを泳ぐ水泳選手のように手足をばたつかせ抵抗していた。
『誰か……こいつを殺せ……』
『……柏木さん、終わりましたね』
『はい。これはもう逆転劇もないでしょうね。
まあ、個人的には大分前から終わっていた気がしますけど』
短所が無数にあるほっしーの、数少ない長所。
それは諦めないというところにある。
そのせいで戦闘が長ったらしく冗長なものとなってしまったことは、本当にすまないと思う。
だがしかしもうちょっとだけ続くんじゃ。
「何や……これはぁっ……! 認めん……認めへんぞぉ……」
諦めなければ、何か状況が変わるキッカケを得ることがある。
ほっしーの場合、それは十円玉だった。
倒れ込んだままの陸上クロールの際に、ポケットからこぼれ落ちたサビのついた10円硬化。
それが、まだ呼んでいない者の名前を思い出させた。
「ふ……ふははははは! ハルト、わしの勝ちや……!」
召喚獣の使用はOK。
今思えば、何故そのフレーズを聞いた時点で思いつかなかったのだろうか。
そのくらい立派な召喚獣という表現が似合う人外生命体であり、呼べば出てくる便利アイテム。
その名も、ズバリ――
「こっくりさんこっくりさん、お越し下さい――ッ!」
『仕込んだノートだーっ!』
腕時計のネジをいじり、隠してあったノートを取り出す。
そのノートには、あいうえお表と鳥居のマーク。それからYES・NOの2文字が記されていた。
隠し持っていた手作りミニあいうえお表に10円硬化を宛てがい、こっくりさんの名前を呼んだ。
ぼわん、と煙が出たと思うと、その無効に獣の耳を生やした少女が現れた。
「……わっちを呼び出すのは自由でありんすが、その前に何か言うことはないかや?」
腕を組み、拗ねたように口を尖らせる少女。
いや、正確には少女ではなく霊的な存在なのだが、すくなくとも外見だけは立派な女の子だった。
『彼女は一体……』
『どうやら動物霊の一種のようですね。小学生がよくやる、こっくりさんというもののようです。
簡単な質問に文字盤上を動くことで応えるだけの能力しかないはずですが……』
『なるほど。それにしても何やら不機嫌なようですね。
召喚獣を扱いきれていないように思えます。これは、体力の低下が関係しているのでしょうか?』
『いえ、こっくりさんに関して、召喚者の体力はさほど関係しません。小学生でも呼べるくらいですし。
原因はおそらく二人が喧嘩別れした後だからでしょう。スレだとまだ仲直りしてませんから』
なるほど、と呟いて納得しかけたアンテナさんだが、またすぐに次の疑問が頭をよぎる。
『でも、じゃあ何でわざわざ召喚に応じてくれたんでしょうね。
拒絶だって出来るでしょうし、召喚獣がいないと術者が困ることが多いため、力関係は召喚獣の方が上って所が多数派なのに』
『仲直りがしたいんじゃないですか?
便利な道具扱いされたことには憤慨しているし、謝罪がないと納得できないんでしょうが、絶縁したいわけではない――
大方そんなところでしょう』
『なるほど、ほんとほっしーはぐうの音も出ないほどの畜生ですね』
確かに、こっくりさんの瞳には怒りの色と期待の色が同居している。
実際こっくりさんは柏木の予想通り、下手に出る気は更々ないが、素直に反省していれば許してやろうと思っていた。
仲違い中の自分をわざわざ呼んだのだから、今後の契約についての話だろう。
そう当たりを付けて、こっちの世界に召喚された。
おそらく謝罪をしてもらえる、という希望的観測も胸に秘め。
「低級霊ィィ!」
「低級霊じゃなくて神でありんす!」
「そんなことはどうでもいい!!」
しかし現実は非情である。
こっくりさんが呼び出されたのは、謝罪のためなどではない。
改めて見たほっしーの傷と、普段以上に切羽詰った物言いに、こっくりさんは目を丸くした。
そんなこっくりさんに、ほっしーは居丈高に命令する。
「何してる。助けろ、掻け! こいつの首を! 殺せーーっ!!」
「は……?」
「殺れっ……こいつを! おまえの役目だ、何してる!!」
謝罪もなく、上から目線。
普段のこっくりさんであれば、無駄だと分かりつつも一応諌めていたのだが、今回ばかりはそれすらも憚られていた。
何せこれだけの重傷。
切羽詰まりすぎていて、他人の事まで気を回せなくなっていても仕方がない状況と言える。
「早くしろこのグズッ! わしの言うことが聞けないっちゅーんか!
たかが低級霊が……わしに使ってもらえる恩も忘れて刃向かうっちゅーんか!?」
それでも、この一言は聞き流すことができなかった。
グズ、という単語がではない。
その後の、まるで自分の所有者かのような扱いが、だ。
確かに契約関係ではあるものの、こっくりさんはほっしー達を仲間だと思っている。
だからこそ、自分を便利な道具扱いしているような言葉には敏感になってしまうのだ。
「……主よ、一つ言わせてくりゃれ。わっちにだって意志もあれば感情もありんす。
まるでぬしの道具かのように扱われるのは心外「やかましい! お前さんはわしの言う事を聞いておればええんや!!」
壊れたマリオネットのように不恰好な移動を続けながら、こっくりさんに命令を飛ばす。
そんなほっしーの言葉に、こっくりさんは諦めたように溜息を吐くと10円硬化を指に置いた。
霊的な力を利用した、今流行の超電磁砲(レールガン)攻撃である。
「ハッハハァァーーーッ! これでわし、奇跡の逆転優勝やし!」
『取らぬ狸の皮算用でもするかのように高らかと勝利宣言ーー!
果たしてこっくりさんの放つ一撃は、ほっしー選手の宣言通りハルトシュラー選手をKOできるのかーッ!?』
「ぐえっ!?」
指から弾かれた硬化は、弾丸のように飛んでいく。
その行き先はハルトシュラーの眉間ではなく、傍にいるほっしーの太腿だった。
「馬鹿野郎ーっ!! 脳みそまで低級か貴様ァ、誰を撃ってる!? ふざけるなーっ!!」
機動力を完全に殺され、無様に床に転がるほっしー。
這ってでも逃げようとするが、歩み寄るハルトシュラーからすら逃げきれそうになかった。
「撃つならわし以外の人間を撃て!! 何をやってる!?
こっくりぃぃぃぃ! おまえもホントは理解してるはずや。
わしが正義! わしが勝利! わしが必要!!」
「こいつは……こいつは半殺さないと駄目でありんすっ……!」
『こっくりさん、ここに来て下克上だァァァァーーーーーーーッ!』
もう一発、今度はもう片方の腿に穴が開く。
今度飛ばしたのは丸めたあいうえお表だった。
両足をやられ、ほっしーが潰れたカエルのような悲鳴を上げる。
「しかし……見たところこれは主とこやつの試合……わっちが手を下すのはお門違い……
トドメは、主に譲るでありんす」
「ほう、いいのか? 因縁があるようだが」
「……あるべき形になるだけじゃ。これでいい、これでいいんでありんす」
「そうか」
こっくりさんはほっしーに背を向ける。
守る気がないことは、誰の目からも明らかだった。
「待てこっくりぃ! これは罠や! 何が気に入らんのか分からんが、それは十中八九罠や!
わしが悪いんやない! そこにいるハルトシュラーがわしを陥れるために仕組んだ罠や!!」
「……非を認め、改善する――それはとても怖いことだが、とても大切なことでありんす。
その勇気を得られる日まで、もう会うことはありゃせん」
悲しそうな目で、最後にほっしーへと振り返る。
誰の耳にも届かない音量で別れの言葉を呟くと、こっくりさんは虚空へと消えて行った。
残されたのは、威風堂々と歩み寄る少女と、まるで動けない哀れな獲物。
「覚えておけ、星野仙一。貴様を滅ぼしたのは貴様自身の慢心であり、残虐性であり、そして孤独だ。
確かに貴様は強かった。私に初戦から創作技術を解禁させる程度にな」
ハルトシュラーは、負け行く男に声をかける。
かつて自分を破った男が、自分に対して抱いた感想と同じような内容を呟く。
「だが惜しむらくは孤独……貴様には強敵(とも)がいない。
仲間との協力があってこそ、人は限界を越えられるんだ。
かつての私のように、そのことを痛感し出直してくるがいい」
そして、射程距離に容易く踏み込み、その拳を振り上げる。
「だから、私はもう貴様に技など使わん。今から振るうのは名もないただの右ストレートだ。
そんなものに何故負けたか、今夜はよく考えるんだな」
右拳が振り下ろされる。
その拳はほっしーの人中辺りに突き刺さった。
衝撃で、ほっしーの体がピンと伸びる。
まるで、首から下が地面から生えているような光景だった。
「ち……ちくしょう……」
拳を顔面から話して数秒後。
呪詛を残し、ほっしーの体はゆっくりと地に落ちた。
よし子が慌てて駆け寄って、今度こそ意識がないことを確認する。
よし子の合図を受けて、アンテナさんが高らかに宣言する。
『ようやく決着ゥーーーーー!!!
ほっしー選手完全KO! 勝者はやはり下馬評通りハルトシュラー選手でしたッ!』
大歓声とハルトコールの大合唱をBGMに、ハルトシュラーは控え室へと足を向けた。
舞台から引っ込んでも耳をつんざくくらい、ハルトコールが響いている。
そのことに僅かな満足感を感じながら歩いていると、愛弟子が出迎えにやってきていた。
「師匠、お疲れさまでした」
「出迎えご苦労。だが、人の心配よりも先に自分の心配をしたらどうだ」
「はは……頑張りますよ。リベンジマッチもしたいですし」
冗談めかして喋りながら、控え室への道を行く。
前回大会で一人でないことの強さを教えられて以来、倉刀達への接し方も変わってきた。
未だに作品について多くを語るという行為は好まないが、より良い作品を作るためのコミュニケーションというものが大事だと思い知らされた。
それによって、自分は強くなることが出来た。
これを、成長と呼ぶのだろう。ハルトシュラーはそう思っている。
「しかし……珍しいですね、師匠が戦う最中にあれだけお喋りするだなんて」
(……やはり我が弟子、か。さすがに鋭い)
ハルトシュラーは、己の作品や創作活動について、ほとんど何も語っていない。
それは戦闘中でも例外ではなく、戦闘中に雑談など滅多なことではしなかった。
必殺技の解説などもってのほか。
必殺技は“完成された芸術品”であり、それ即ち創作物の一種なわけで、ハルトシュラーにとってそれは黙秘の対象なのだ。
「何か、あったんですか?」
にも関わらず、今回は結構な数のおしゃべりをした。雑談もしたし、挑発もした。
そういう場合、大抵何らかの意図があるのだ。
その目的を為すための手段としてなら、いくらでもお喋りになる。
勿論、真の目的は他人にペラペラ喋るものではないのだが。
「別に――強いて言うなら、楽しすぎたから、だな」
真の目的。
それは、ほっしーを育てること。
ハルトシュラーは、前回のトーナメントを通して大きく成長することができた。
その後の世界はより楽しいものとなり、創る作品にも深みや幅が出来てきたと思う。
その事に対する感謝から、出来るだけ双方が成長できる試合になればいいなと思っていたのだ。
ましてや自分とほっしーは、ほっしーにとってただならぬ関係である。
ほっしーの旅の目的にしてラスボス・原監督。
わしスレにおけるハルトシュラーが、名前を略して原監督となっていることを、ハルトシュラーは知っていた。
故に、ここをフィクション世界で定番の『ボスと戦い負けるイベント』に見立てようとしたのだ。
少なくとも、ボスである自分が敗れるなどあってはならない。
かといって、瞬殺してもほっしーは成長しないと分かっていた。
だからこそ、挑発的な態度で何度も立ち上がらせたし、最初から飛ばしたりしなかったのだ。
ついでに相手の短所をボロクソ言ったのも、あそこまで言わないと仲間辺りに責任転嫁し非を自分だと認めない気がしたからである。
「本当ですか、師匠?」
何やら心配しているらしく、本当のことを話して欲しいと言わんばかりの倉刀。
だがしかし、本音は胸に秘めておく。
それが自分の矜持であるし、そもそも何だか恥ずかしくてこんなこと言いたくなかった。
別に自分は自己犠牲だとかがしたいわけではないのだ。
ただ、『何でも芸の肥やしにする』の精神で、この大会を全力で芸の肥やしにしようとしているだけだ。
その過程で対戦相手の肥やしにもなれば、世界はもっと楽しくなる。
再び会った時に更なる肥やしとなるだろうし、彼らが世界を創作者に生きやすいものにしてくれるかもしれない。
要するに創作者としてWIN-WINになるものを選んだ。ただそれだけの話だ。
「本当さ。――私はコレが、楽しくて楽しくてしょうがない」
そんなWIN-WINなことをしながらでも、十二分に楽しかった。
魂と魂のぶつかり合い。あふれんばかりの熱気。
創作に通じる楽しさと、創作にはない楽しさを同時に味わえている。
演技とは別の楽しさが、確かに試合にはあった。
どうやら自分が思う以上に、私はこのトーナメントにハマったらしい。
戦闘狂というほどではないと思っていたのだがな……
そんなことを考えて、二回戦に想いを巡らせながら、控え室の扉を開けた。
【一回戦第五試合 ほっしー vs S.ハルトシュラー】
《勝者・ハルトシュラー》}}
next: [[第十四試合>第二回創発キャラトーナメントバトル/1-14]]
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*一回戦 第五試合 後半
[[前半はこちら>第二回創発キャラトーナメントバトル/1-5]]
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/ 、__,r'"´ 丁 丁´ . ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`:::、 ノ ...;:;_) ...::ノ ソ ...::ノ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〔__{ L..__`ぅ
『ビ……ビームだァァァァーーーーーーー!』
ガビーンという擬音がピッタリ合いそうな滑程稽な顔で、アンテナさんがツッコミのセリフを叫ぶ。
勿論よし子も同様に叫んでいた。
無理もない。拳法発言もあって、てっきり至高の肉弾戦が繰り広げられると思っていたのだから。
観客達も意表を突かれたらしく、間抜けにも眉を八の字にしている。
『殴り飛ばす宣言とは一体なんだったのか……』
『意表を突かれましたねぇ……まあ、一番意表を突かれたのは、ハルトさんでしょうけど』
殴り合いだと思ったら飛び道具だった――そんなことになったら誰だって驚く。
さしものハルトシュラーとて、この展開は予想できなかったのではないだろうか。
つまり、ハルトシュラーはほっしーの攻撃を見誤り、直撃を受けたということになる。
パッと見でも人類なら軽く死ねそうな威力であると分かるビーム(?)のだ。
「ククク……如何に前回大会成績優秀者といえど、この至近距離からイナバ物置にすら穴を穿つわしの奥義を喰らっては一溜まりも――何ィ!?」
当然、死んではいなくとも無事ではないと思われた。
アンテナさん達でさえ、ハルトシュラーは少なくともダウンくらいはしているのではないかと思ったくらいだ。
しかし、三度目の土煙の向こうには、横たわるハルトシュラーの姿はなかった。
というか、ハルトシュラーの姿自体が無かった。
あったのは、先程まで無かったはずの盾のように盛り上がった地面。
大多数が攻撃の影響でぐずぐずと崩れつつあるその壁は、何かを取り囲むようにそびえ立っている。
『あ、あれは……盾、みたいなものですか?』
『でしょうね。崩れかけなため頼りなく見えますが、本来中身ごと消滅してもおかしくない威力の技を受けたのです。
形が残っているだけ強固だと言えるでしょう。
そしてそんなものが守る対象と言えば、勿論――』
「やれやれ。今のはさすがに少し焦ったぞ」
『――ハルトさんしかいないでしょう』
壁が完全に崩れ去り、中から跪くような姿勢のハルトシュラーが現れた。
まるで鋼タイプの錬金術師が地面に掌をかざすような姿勢のハルトシュラーの足元には、魔方陣のような不思議な模様が描かれている。
「まさかこの能力を初戦から披露することになろうとh「隙ありゃああああああああ!!」
最後まで言わせることなく、もう一発ぶっ放すほっしー。
しかしそれも容易く防がれてしまう。
今度は皆ハルトシュラーに注意を向けていたので、何が起きたのか理解できた。
ハルトシュラーが足で地面に何かを描いた瞬間に、地面が急に迫り上がりハルトシュラーを守ったのだ。
「くっ……な、なんなんやその落書きは! 反則やないんか!」
「反則じゃないぞーっ! 足を筆に見立てて地面というキャンパスに絵を描いただけだし、立派な技扱いだー!
ていうか、もし筆と紙を持参しててもそのくらいなら多分許容されるぞーっ!」
「異世界の何か卑怯なもんを出してきたんかもしれないやろ!
足元に魔方陣なのかしらんが怪しいモン描かれとるし! ちゃんと審査せぇ!」
「召喚はOKだし、それが物だろうと人だろうと反則じゃないぞーっ!?
っていうかルールブックくらい事前に見とけーっ! 配布してあっただろーっ!?」
予想に反した奇襲失敗の結果を受け、ほっしーの中に焦りが生まれる。
反則勝ちを拾えないかとよし子に抗議を試みるも、あっさり却下されてしまった。
些かプライドに欠けた行為に見えるが、本人にとってそんなことは別にどうだっていいのだ。
大事なのは勝利すること。勝利イズじゃすてぃす。勝てば官軍負ければ国辱。4位じゃ駄目なんですよと。
「落書きとはまた失礼だな……私はただ、作品を“創った”だけだ。
題名は『壁』――命を吹き込まれた作品は、即興だろうと力を持つものなのだよ」
言うが早いか、今しがた仕上げた己の作品の上に春とハルトシュラーが腰をおろす。
足で描かれた即興絵画は、これでもう正真正銘ただの模様と化した。
だがしかし、そんなことは大したことではないのだ。
ハルトシュラーを敬愛し、彼女の手がけた作品なら何でもいいから目にしたいと考えている信者達が、
彼女の創った作品を作者自ら破壊するというショッキングな映像を見ても悲鳴一つ上げられなかった。
何せ彼らは、目の前で起こっている更なる“フリ”に見入っているのだ。
無粋な嘆きをどうしてすることが出来ようか。
「貴様の先程の技――名前を叫ばなかった故に題は知らぬが、いい技だ。威力もある」
「ふん、あったりまえや。わしの育てた必殺技だもの、手ごわいに決まっとるわ」
ハルトシュラーは、胡座をかき一見隙だらけである。
にも関わらず、ほっしーは攻め込まなかった。
もし“作品”を描き換えて別の作品を産み出そうとしているなら、迂闊に近付くのは愚の骨頂。
それならば距離を置いて何が来ても捌けるようにしながら、高威力の飛ばし技で攻めた方がいい。
何せ、相手は動かぬ的。今なら飛び道具で狙いたい放題なのだから。
しかし、肝心の解説者達は、そんなほっしーの動きを解説しない。
そんなことは無駄だと理解しているし、それよりも注目すべきことは他にもあるから。
「それに司会はビーム呼ばわりしていたが……あれも立派な拳術だと私は思う」
「ほほう。妙な所で気が合うな」
「ああ。だから私も、お前に私のとっておきの拳術を見せてやろう」
注目すべきは、ハルトシュラーの動き。
彼女はゆっくりと両手を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「見るがいい。春斗、有情破顔拳――――!!」
光。
会場内が白色で埋め尽くされる。
原因は、ほっしーへと伸びていく極太の光。
『で、出たァァァァァ! 春斗! 有情破顔拳ンンンンン!』
テーレッテー
「こっちもやっぱりビームだーっ!?」
伏せながらもツッコむことは忘れないよし子。
光が止み、彼女が顔を上げると、そこにはアヘ顔ほっしーの姿が。
彼はよたよたとハルトシュラーに歩み寄り、そして途中で頭から地面にダイブした。
どうやら全身に力が入らないらしい。
それを確認し、ハルトシュラーはゆっくりと立ち上がる。
「さらばだ。せめて安らかに逝け」
「ま、待てぇぇ~~~な、なんやこれぇ~~~~~!!」
足元に縋り付こうとするほっしーの手を軽く蹴ると、ハルトシュラー無様な敗者に背を向けた。
そしてそのまま悠然と立ち去ろうとする。
が、しかし――そのとき閣下に電流走る。
ずんっ!
「ひぎぃっ!?」
下腹部に衝撃。
患部がじんわりと熱を帯び、ヒリヒリとしたダメージがやや遅れて訪れる。
あまりの痛さに、つんのめるようにして倒れた。
その勢いで、下腹部を突き刺したソレはスッポ抜けてくれたのが、不幸中の幸いだろう。
下半身を守るため必至で逃れるハルトシュラーのその姿は、今までと違い優雅さの欠片もなかった。
少女のように顔を真赤に紅潮させ、怒りを露に振り返る。
「き、貴様ぁッ……」
視線の先には、立ち上がったほっしー。
その手は忍者のソレのような形をしていた。
だがそれは忍術の発動に使われていたわけではない。
小学生男子がいたずらでする、下品な穴をほじくり返す用途で使われたものである。
あんなものを高速でぶち込まれたのかと思うと、怒りが沸々と湧いてきた。
『な、なんと! ほっしー選手、無傷です! あの最凶奥義テーレッテーを喰らったにも関わらず、ちにゃっと爆散していません!』
「危うかったわぁ……情報戦もたまにはしておこうと思い立って大正解やったな……
さっすが前回ベスト4。前大会での使用技リストはあっさり手に入ったで」
言いながら駆け出すほっしー。
何らかの攻撃を仕掛けようとしているのは明らかである。
故に、ハルトシュラーはカウンターを行うべくタイミングを測っていたのだが――
「うぐっ!?」
予期せぬ激痛。
体の内部から襲ってきたその痛みに、臨戦状態だった腕が一瞬下がる。
その隙を逃さずに、がら空きとなったハルトシュラーの端正な顔に、象の足のようにがさついたほっしーの膝が叩き込まれた。
『あーっと、ほっしー選手攻撃に転じました! ハルトシュラー選手、ここにきてダーウン!
……しかしどういうことでしょうね。 有情破顔拳は、情報を知っていたからといって防げるタイプの技じゃあないはずなんですが』
「ぶゎかめ! 秘孔に精通しとるのが自分だけやと思ったんか!」
『……ああ、なるほど。そういうことですか』
膝をついたハルトシュラーにストンピングを浴びせるほっしー。
その言葉に、柏木が反応する。
選手資料をパラパラと捲り己の説を裏付けると、解説者の仕事を始めた。
『どうやらほっしー選手も秘孔には詳しいようですね。
どの程度詳しいかまでは不明ですが……オリジナル秘孔を開発する程度の知識はあるようですし、
技を事前に研究すれば、どの秘孔を突くことで効果を打ち消せるのか分かる程度には精通していたということでしょうね』
『なるほど……奇しくもこれは秘孔戦士対決でもあったわけですか』
『そういうことです』
解説の間も、ほっしーは攻撃の手を緩めない。
蹲るハルトシュラーを延々と蹴り続け、更には罵声で心を折りにかかっていた。
並の人ならドン引きして通報してもおかしくない絵面である。
「これぞわしの開発した秘孔を突く南斗浣鳥拳ッ!!
どうや、腹痛で立ち上がれまい!
このままわしにボコられ、嬲られ、力尽きてクソぶちまけて心身共にノックアウトされるがいいッ!」
反論することもなく、ハルトシュラーは体を丸める。
デリケートな腹を蹴られまいとするその格好は、いじめられている亀を彷彿させた。
そんな亀に対して、いじめっ子は容赦など欠片もしない。
「分かったらわしを認めるんや! そして、さあ! わしに黄金のハルトシュラー像を渡せェ!」
『黄金のハルトシュラー像……? 確かルパンスレ初代の……それがどう関係があるんでしょうか、解説の柏木さん』
『ふむ。どうやらほっしー選手は、自分のスレにおいてハルトさんと戦ったことがあるようです。
戦った理由は、黄金のハルトシュラー像が欲しかったからだそうです。
再戦の約束と、勝利の際のハルトシュラー像の贈与を約束していたんだとか』
『なるほど……ほぼ一方通行ですが、一応因縁があったと』
『ええ。ですから、おそらくほっしー選手はハルトさんの対策を練っておいたのでしょう。
その強さも知っていますし、絶対勝ちたい相手だったでしょうから』
『じゃあ、この執拗な追い打ちも、ハルトシュラー選手の強さを知っているからこその慎重な行いだと?』
『恐らくは』
予想外の展開の理由を、実況席の二人はこう分析した。
そしてそれはほとんど正解である。
違うとしたらただ一点。
執拗な追い打ちは、基本的に相手を問わずいつも行っていることだ、という点のみ。
とはいえ、その点に気付かないのも無理はない。
彼らはほっしーが前回大会と違う世界の出身者であるということも知らなかったくらいなのだ。
性格面まで把握出来ているはずがない。
「そんなざまで……黄金のハルトシュラー像を持つ資格があるとでも思っているのか……?」
「ああん?」
「さっさと倒すこともせず、自ら逆転の機会を与える……貴様の悪い癖だな……」
だがしかし、ハルトシュラーだけは違った。
彼女は何でも出来てしまう創発の魔王。
パラレルワールドへのトンネルを創作することだって可能だし、創発内の情報は嫌でも耳に入ってくる。
だから、ハルトシュラーだけは今大会に参加したほっしーの“普段”を全て知っていた。
「ほざけェーーーッ! 未だに立ち上がれんくせに、調子こいとったら痛い目見るで!
たかがオタク趣味の芸術家気取りがァァーーーーっ!
ご自慢の創作とやらで切り抜けられるもんなら切り抜けてみい!」
サラサラで金銀自在なロングヘアーを乱暴に掴み、重力に逆らわせた。
無理矢理髪の毛を引っ張られた反動で、ハルトシュラーの顔が持ち上げられる。
そしてそのまま持ち上げていくと、危篤状態の胴体部分もが晒された。
力にも自信があるほっしーの手にかかれば、小柄なハルトシュラーを持ち上げることくらい、本気を出せば造作も無いことなのだ。
「仮にトイレを“創”ったとしても、使用させたりなんかせぇへんで!
扉ごとぶち壊したらァァァァーーーーーーーッ!」
ほっしーは叫ぶ。
一見万能に思える創作能力があろうと、この技だけはどうしようもないと。
如何に無から有を創作できても、お腹の中の有を無に出来なくてはどうしようもない。
ハルトシュラーが脱糞を避けるには、土下座をしてでも機嫌を取るしか道はないのだと。
「大体お前は後輩のくせに、人生の先輩を敬う気持ちがなさすぎるで……!」
腹の中身をぶちまけぬことに注力しているため、足にまともな力を入れることが出来ない。
そんなハルトシュラーを無理矢理に立たせると、ほっしーはその手を髪から首へと移動させる。
そしてそのまま両の手で首を掴むと、攻撃の最終段階へと突入した。
『おーっと、ほっしー選手! ハルトシュラー選手の後頭部に自らの両手を添えて、首相撲の体勢となったー!』
ぐりゅりゅりゅりゅりゅ。
ほっしーが首へと回した腕に力を入れるにつれ、ハルトシュラーの腹から聞こえる嫌な音はボリュームを増して行く。
『不味いですね。今のハルトさんの胃は、言うならば買いたての歯磨き粉状態。
軽く押してやるだけで出口からグリュと出ますよ』
『それだけは避けてほしいですね……いやほんと大真面目に』
二人の願いはほっしーに届かない。
彼が望むのは己の完全勝利であり、精神的にもハルトシュラーをKOすることにある。
それには南斗浣鳥拳の完遂が必須なのだ。
「よって、今からおしおきをするッ! 教育的指導や! わしがお前さんを育て直したる!」
不穏な笑みを浮かべると、ほっしーは先程顔面に叩き込んだ己の膝を再びハルトシュラーへと打ち出す。
が、今度の狙いは顔面ではない。
顔面以上に今は地雷なボディにである。
「悪い子や! 悪い子や!」
子供を叱り飛ばす時のように叫びながら、膝を腹へと叩き込んでいく。
その光景は、教育的指導とは程遠い、単なる児童虐待のようなものであった。
『ほっしー選手、ハルトシュラー選手のボディに膝蹴りの連打ッ!』
『ムエタイ必殺のチャランボですね』
ドスッという鈍い音が数回響いた後に、それまでとは全く違った音があたりに鳴り響いた。
それは、ハルトシュラーの大腸最終防衛ラインが突破された音――
「は……?」
――ではなかった。
もっと暴力的な、ゴキャリといった骨が砕ける音。
そしてそれは、当然ながらハルトシュラーの腹の辺りから聞こえてきた。
しかし音の発生源は、ハルトシュラーの体ではない。
音は、ハルトシュラーの腹に触れたほっしーの膝から発せられていた。
「おうわあああああああ!? 膝がッ! わしの膝がああああああああああああ!!!!」
へし折れたのか、ほっしーの膝からは骨が突き出している。
誰がどう見ても重傷だった。
「謝罪しよう。正直言って見くびっていた。
そちらの土俵で対決しようと考え、素手を以てそれを為している気でいた。
だが違った……お前は土俵なんて持たない。その自由な所が強さの所以だ。
ならば私も型に拘らず自由な形で挑んでこそ、同じラインに立てるのに」
『か、柏木さん……あれは一体何が……』
『さあ……おそらくは、何かを創ったんだと思います。硬くてダメージを与えられるものを……
さっきのチャランボは正確無比に同じ箇所を攻撃してますからね。
その質の高さがあのカウンターを成功させてしまったと言えるでしょう』
「お前が自由奔放なように、芸術もまた制限や常識なんかには縛られない。
木を削って像を作ることがあるように、何かを削り無くすこともまた創作活動の一つ」
つまり、体内にある不要物を削除し“健康なハルトシュラー”という作品をつくることもまた創作である、ということだ。
要するに、腹を下させても意味などない。
創作能力で健康くらいどうとでもなるのだから。
「覚えておけ。お前を負かすのは、お前自身の相手をなめてかかる心だ。
そして、相手への敬意を忘れ不必要に嬲ろうとする精神だ」
足を抑え喚き続けるほっしーに、ハルトシュラーは一歩一歩近付いていく。
「ついでに、その身を持って知るがいい。削除という創作を。
DATの海へ堕ちていけ。理想を抱いて溺死しろ。
現実を知り、沈むがいい。そして己を鑑みるんだな」
『あ、あの構えは――!』
『知っているんですか柏木さん!?』
『いえ知りません。見たこともない……』
『なんですかそれ……思わせぶりだったのに……』
『分かりませんか? つまりあれは、新技と言うことですよっ……!』
ほっしーへと歩む速度が上昇する。
歩みはすぐに助走へと移り変わった。
「春斗流創作術・創発“削”の秘奥義!」
ハルトシュラーの右腕が光を纏う。
そして力任せにほっしーへとその拳を叩き込んだ。
「 夕 鶴 ク ラ イ シ ス ッ ! ! 」
一瞬の激しい閃光、そして爆発。
爆心地のほっしーは反対側の壁まで吹き飛ばされ、同じく爆心地であったハルトシュラーは悠然と着衣の乱れを整えた。
『け、決着ゥゥゥゥ!!! これは文句なしに決着でしょう! っていうかほっしー選手、ものっそい血塗れです!』
「勝者、ハルトシュr「ま、待てぇぇぇぇ」
担架を呼ぶため大急ぎで勝者のコールを行おうとするよし子の言葉を、掠れた声が遮る。
まさか。
その場の誰もがその三文字を頭に浮かべた。
それでも視線をボロ雑巾へと向けてしまうのは、他にコールを遮る人に心当たりが無いからだろう。
「まだやぁぁぁぁ……まだっ……まだ負けてへんでぇ~~~~~!!」
よたよたと壁にもたれかかり、かろうじて立ち上がったという風のほっしー。
その体は誰がどう見ても満身創痍。ボロ雑巾王座決定戦入賞確定。イエー。
体のダメージは致命的で、もはや逆転は不可能と思われた。
ほっしーにしても、テンカウントを取られぬよう立ち上がったというだけで、ここからどう逆転するかはノープランだ。
『なんとほっしー選手、新技・夕鶴クライシスを喰らってなおも立ち上がってきましたあああああ!!』
『……倒れておくなら今が絶好のタイミングだったんですけどねぇ……
ここから逆転出来る気配もないんですが、彼は立ち上がって一体どうするつもりなんでしょうか』
柏木はこの勝負に興味を失いつつあった。
もはや決着したも同然。ここから先など蛇足以外の何者でもない。
ほっしーに、怪我を治せるような回復技はない。
資料をめくってみてもそれらしき項目はないし、それは間違いないだろう。
つまり、あれだけの重傷を負ったほっしーは、100%二回戦には進めないのだ。
仮に奇跡が起きて大逆転したとしても、二回戦にはリザーバーが出ることになるだろう。
そのくらい、夕鶴クライシスのダメージは大きいのだ。
「やかましいわ実況ーっ! わしは負けへん……それだけや……」
「もう諦めて降参しろよ、後がつかえてるんだから……」
ぜぃぜぃと肩で息をするほっしーに、観客の一人が独り言のように声をかける。
観客としても、これ以上無様を晒すだけのショーよりは、次の試合の方が観たかった。
「勝ち目ないだろ……」「実況席に難癖付けた段階でオワコン」「息の根止まっちゃえばよかったのに」
「き、貴様らぁぁぁ……クズがっ……クズっ……! クズの分際で調子付きおってっ……!
観客席で……安全な位置で好き放題言ってるだけのゴミどもがぁっ……!」
ハルトシュラーでさえ、冷ややかな視線をほっしーへ向けている。
そんな中、ほっしーはハッと閃く。
《観客席》
その単語が、ほっしーに策を授けた。
「宇野ーっ! やらない夫ーっ! わしや、出てこぉぉぉぉぉぉぉい!」
先程聞いた、召喚OKのルール。
それを逆手に取れば、観客席の人間は召喚獣として使いたい放題ではないか。
だって、召喚ですって言い張れば、呼び出す過程は問題なさそうなんだもん。
召喚方法をきっちり指定するには、おそらく参加者の魔法体系がバラけすぎている。
となると、やはり呼び出し放題という結論に落ち着く。
――浅知恵としか言いようがないが、今のほっしーにはそんな策を思いつくので精一杯であった。
「宇野ォォォ! 出てこんかい! 行き場のないお前さんを拾ってやったわしに、今こそ恩を返す時やでえええええ!!」
そもそもわしを育てるスレのほっしーは、育成人なのである。
ポケモンで言うところのトレーナーポジションであり、育てた選手で戦うのは自然なこと。
おそらく、大会側も育てた選手を出す分には何も言わなかっただろう。
だが――
「何ぐずぐずしとるんや! 宇野ォ! やらない夫ォ! はよせんとシバき倒すでぇ!
この際たこルカでもええ! はてなようせいでもや! 誰でもいいから早く来てこいつを倒せ! 倒すんや!」
「無様だな。だが――そんな醜態を晒してでも勝利を求めるその姿は嫌いではない」
そう言うと、ハルトシュラーはほっしーへと近付いていく。
目的は、勿論止めを刺すためだ。
それに気付くと、はぁはぁぜぇぜぇ荒い呼吸を繰り返しながら、ほっしーはよたよたと距離を取り始めた。
「止めろ、来るなーっ! や……やる夫、やる夫はどうした!?
やる夫、殺せ、こいつを殺せーっ」
「やる夫達は四国だろう?」
「四国? こんな時に何やってる、やる夫の馬鹿が!」
そもそも、スレの仲間が多数駆けつけている他の出場選手と違い、ほっしーには誰も応援に来てくれた仲間が一人もいない。
「用事が出来た」としか告げず、キャンプでの修行をやる夫達に全部押し付けてきたほっしーのせいなのだが。
勿論、ほっしーはそんなこと覚えちゃいない。
あるのは、何故か必要なときにそこにいない部下達への理不尽な怒りだけである。
「鷲ー、わしが育てた鷲はどうしたー……殺せー、倒せーっ」
『鷲軍団はブラックホールに吸い込まれて死にましたよ』
「死んだ!? だ……誰か……誰か、誰か……」
助けは、来ない。
その事実がよほどショックだったのだろうか、ほっしーはヘッドスライディングでもするかのように倒れこんだ。
心の支えを失うと同時に体の支えまで失ってしまったかのようである。
それでもなおも逃げようとして、陸上でクロールを泳ぐ水泳選手のように手足をばたつかせ抵抗していた。
『誰か……こいつを殺せ……』
『……柏木さん、終わりましたね』
『はい。これはもう逆転劇もないでしょうね。
まあ、個人的には大分前から終わっていた気がしますけど』
短所が無数にあるほっしーの、数少ない長所。
それは諦めないというところにある。
そのせいで戦闘が長ったらしく冗長なものとなってしまったことは、本当にすまないと思う。
だがしかしもうちょっとだけ続くんじゃ。
「何や……これはぁっ……! 認めん……認めへんぞぉ……」
諦めなければ、何か状況が変わるキッカケを得ることがある。
ほっしーの場合、それは十円玉だった。
倒れ込んだままの陸上クロールの際に、ポケットからこぼれ落ちたサビのついた10円硬化。
それが、まだ呼んでいない者の名前を思い出させた。
「ふ……ふははははは! ハルト、わしの勝ちや……!」
召喚獣の使用はOK。
今思えば、何故そのフレーズを聞いた時点で思いつかなかったのだろうか。
そのくらい立派な召喚獣という表現が似合う人外生命体であり、呼べば出てくる便利アイテム。
その名も、ズバリ――
「こっくりさんこっくりさん、お越し下さい――ッ!」
『仕込んだノートだーっ!』
腕時計のネジをいじり、隠してあったノートを取り出す。
そのノートには、あいうえお表と鳥居のマーク。それからYES・NOの2文字が記されていた。
隠し持っていた手作りミニあいうえお表に10円硬化を宛てがい、こっくりさんの名前を呼んだ。
ぼわん、と煙が出たと思うと、その無効に獣の耳を生やした少女が現れた。
「……わっちを呼び出すのは自由でありんすが、その前に何か言うことはないかや?」
腕を組み、拗ねたように口を尖らせる少女。
いや、正確には少女ではなく霊的な存在なのだが、すくなくとも外見だけは立派な女の子だった。
『彼女は一体……』
『どうやら動物霊の一種のようですね。小学生がよくやる、こっくりさんというもののようです。
簡単な質問に文字盤上を動くことで応えるだけの能力しかないはずですが……』
『なるほど。それにしても何やら不機嫌なようですね。
召喚獣を扱いきれていないように思えます。これは、体力の低下が関係しているのでしょうか?』
『いえ、こっくりさんに関して、召喚者の体力はさほど関係しません。小学生でも呼べるくらいですし。
原因はおそらく二人が喧嘩別れした後だからでしょう。スレだとまだ仲直りしてませんから』
なるほど、と呟いて納得しかけたアンテナさんだが、またすぐに次の疑問が頭をよぎる。
『でも、じゃあ何でわざわざ召喚に応じてくれたんでしょうね。
拒絶だって出来るでしょうし、召喚獣がいないと術者が困ることが多いため、力関係は召喚獣の方が上って所が多数派なのに』
『仲直りがしたいんじゃないですか?
便利な道具扱いされたことには憤慨しているし、謝罪がないと納得できないんでしょうが、絶縁したいわけではない――
大方そんなところでしょう』
『なるほど、ほんとほっしーはぐうの音も出ないほどの畜生ですね』
確かに、こっくりさんの瞳には怒りの色と期待の色が同居している。
実際こっくりさんは柏木の予想通り、下手に出る気は更々ないが、素直に反省していれば許してやろうと思っていた。
仲違い中の自分をわざわざ呼んだのだから、今後の契約についての話だろう。
そう当たりを付けて、こっちの世界に召喚された。
おそらく謝罪をしてもらえる、という希望的観測も胸に秘め。
「低級霊ィィ!」
「低級霊じゃなくて神でありんす!」
「そんなことはどうでもいい!!」
しかし現実は非情である。
こっくりさんが呼び出されたのは、謝罪のためなどではない。
改めて見たほっしーの傷と、普段以上に切羽詰った物言いに、こっくりさんは目を丸くした。
そんなこっくりさんに、ほっしーは居丈高に命令する。
「何してる。助けろ、掻け! こいつの首を! 殺せーーっ!!」
「は……?」
「殺れっ……こいつを! おまえの役目だ、何してる!!」
謝罪もなく、上から目線。
普段のこっくりさんであれば、無駄だと分かりつつも一応諌めていたのだが、今回ばかりはそれすらも憚られていた。
何せこれだけの重傷。
切羽詰まりすぎていて、他人の事まで気を回せなくなっていても仕方がない状況と言える。
「早くしろこのグズッ! わしの言うことが聞けないっちゅーんか!
たかが低級霊が……わしに使ってもらえる恩も忘れて刃向かうっちゅーんか!?」
それでも、この一言は聞き流すことができなかった。
グズ、という単語がではない。
その後の、まるで自分の所有者かのような扱いが、だ。
確かに契約関係ではあるものの、こっくりさんはほっしー達を仲間だと思っている。
だからこそ、自分を便利な道具扱いしているような言葉には敏感になってしまうのだ。
「……主よ、一つ言わせてくりゃれ。わっちにだって意志もあれば感情もありんす。
まるでぬしの道具かのように扱われるのは心外「やかましい! お前さんはわしの言う事を聞いておればええんや!!」
壊れたマリオネットのように不恰好な移動を続けながら、こっくりさんに命令を飛ばす。
そんなほっしーの言葉に、こっくりさんは諦めたように溜息を吐くと10円硬化を指に置いた。
霊的な力を利用した、今流行の超電磁砲(レールガン)攻撃である。
「ハッハハァァーーーッ! これでわし、奇跡の逆転優勝やし!」
『取らぬ狸の皮算用でもするかのように高らかと勝利宣言ーー!
果たしてこっくりさんの放つ一撃は、ほっしー選手の宣言通りハルトシュラー選手をKOできるのかーッ!?』
「ぐえっ!?」
指から弾かれた硬化は、弾丸のように飛んでいく。
その行き先はハルトシュラーの眉間ではなく、傍にいるほっしーの太腿だった。
「馬鹿野郎ーっ!! 脳みそまで低級か貴様ァ、誰を撃ってる!? ふざけるなーっ!!」
機動力を完全に殺され、無様に床に転がるほっしー。
這ってでも逃げようとするが、歩み寄るハルトシュラーからすら逃げきれそうになかった。
「撃つならわし以外の人間を撃て!! 何をやってる!?
こっくりぃぃぃぃ! おまえもホントは理解してるはずや。
わしが正義! わしが勝利! わしが必要!!」
「こいつは……こいつは半殺さないと駄目でありんすっ……!」
『こっくりさん、ここに来て下克上だァァァァーーーーーーーッ!』
もう一発、今度はもう片方の腿に穴が開く。
今度飛ばしたのは丸めたあいうえお表だった。
両足をやられ、ほっしーが潰れたカエルのような悲鳴を上げる。
「しかし……見たところこれは主とこやつの試合……わっちが手を下すのはお門違い……
トドメは、主に譲るでありんす」
「ほう、いいのか? 因縁があるようだが」
「……あるべき形になるだけじゃ。これでいい、これでいいんでありんす」
「そうか」
こっくりさんはほっしーに背を向ける。
守る気がないことは、誰の目からも明らかだった。
「待てこっくりぃ! これは罠や! 何が気に入らんのか分からんが、それは十中八九罠や!
わしが悪いんやない! そこにいるハルトシュラーがわしを陥れるために仕組んだ罠や!!」
「……非を認め、改善する――それはとても怖いことだが、とても大切なことでありんす。
その勇気を得られる日まで、もう会うことはありゃせん」
悲しそうな目で、最後にほっしーへと振り返る。
誰の耳にも届かない音量で別れの言葉を呟くと、こっくりさんは虚空へと消えて行った。
残されたのは、威風堂々と歩み寄る少女と、まるで動けない哀れな獲物。
「覚えておけ、星野仙一。貴様を滅ぼしたのは貴様自身の慢心であり、残虐性であり、そして孤独だ。
確かに貴様は強かった。私に初戦から創作技術を解禁させる程度にな」
ハルトシュラーは、負け行く男に声をかける。
かつて自分を破った男が、自分に対して抱いた感想と同じような内容を呟く。
「だが惜しむらくは孤独……貴様には強敵(とも)がいない。
仲間との協力があってこそ、人は限界を越えられるんだ。
かつての私のように、そのことを痛感し出直してくるがいい」
そして、射程距離に容易く踏み込み、その拳を振り上げる。
「だから、私はもう貴様に技など使わん。今から振るうのは名もないただの右ストレートだ。
そんなものに何故負けたか、今夜はよく考えるんだな」
右拳が振り下ろされる。
その拳はほっしーの人中辺りに突き刺さった。
衝撃で、ほっしーの体がピンと伸びる。
まるで、首から下が地面から生えているような光景だった。
「ち……ちくしょう……」
拳を顔面から話して数秒後。
呪詛を残し、ほっしーの体はゆっくりと地に落ちた。
よし子が慌てて駆け寄って、今度こそ意識がないことを確認する。
よし子の合図を受けて、アンテナさんが高らかに宣言する。
『ようやく決着ゥーーーーー!!!
ほっしー選手完全KO! 勝者はやはり下馬評通りハルトシュラー選手でしたッ!』
大歓声とハルトコールの大合唱をBGMに、ハルトシュラーは控え室へと足を向けた。
舞台から引っ込んでも耳をつんざくくらい、ハルトコールが響いている。
そのことに僅かな満足感を感じながら歩いていると、愛弟子が出迎えにやってきていた。
「師匠、お疲れさまでした」
「出迎えご苦労。だが、人の心配よりも先に自分の心配をしたらどうだ」
「はは……頑張りますよ。リベンジマッチもしたいですし」
冗談めかして喋りながら、控え室への道を行く。
前回大会で一人でないことの強さを教えられて以来、倉刀達への接し方も変わってきた。
未だに作品について多くを語るという行為は好まないが、より良い作品を作るためのコミュニケーションというものが大事だと思い知らされた。
それによって、自分は強くなることが出来た。
これを、成長と呼ぶのだろう。ハルトシュラーはそう思っている。
「しかし……珍しいですね、師匠が戦う最中にあれだけお喋りするだなんて」
(……やはり我が弟子、か。さすがに鋭い)
ハルトシュラーは、己の作品や創作活動について、ほとんど何も語っていない。
それは戦闘中でも例外ではなく、戦闘中に雑談など滅多なことではしなかった。
必殺技の解説などもってのほか。
必殺技は“完成された芸術品”であり、それ即ち創作物の一種なわけで、ハルトシュラーにとってそれは黙秘の対象なのだ。
「何か、あったんですか?」
にも関わらず、今回は結構な数のおしゃべりをした。雑談もしたし、挑発もした。
そういう場合、大抵何らかの意図があるのだ。
その目的を為すための手段としてなら、いくらでもお喋りになる。
勿論、真の目的は他人にペラペラ喋るものではないのだが。
「別に――強いて言うなら、楽しすぎたから、だな」
真の目的。
それは、ほっしーを育てること。
ハルトシュラーは、前回のトーナメントを通して大きく成長することができた。
その後の世界はより楽しいものとなり、創る作品にも深みや幅が出来てきたと思う。
その事に対する感謝から、出来るだけ双方が成長できる試合になればいいなと思っていたのだ。
ましてや自分とほっしーは、ほっしーにとってただならぬ関係である。
ほっしーの旅の目的にしてラスボス・原監督。
わしスレにおけるハルトシュラーが、名前を略して原監督となっていることを、ハルトシュラーは知っていた。
故に、ここをフィクション世界で定番の『ボスと戦い負けるイベント』に見立てようとしたのだ。
少なくとも、ボスである自分が敗れるなどあってはならない。
かといって、瞬殺してもほっしーは成長しないと分かっていた。
だからこそ、挑発的な態度で何度も立ち上がらせたし、最初から飛ばしたりしなかったのだ。
ついでに相手の短所をボロクソ言ったのも、あそこまで言わないと仲間辺りに責任転嫁し非を自分だと認めない気がしたからである。
「本当ですか、師匠?」
何やら心配しているらしく、本当のことを話して欲しいと言わんばかりの倉刀。
だがしかし、本音は胸に秘めておく。
それが自分の矜持であるし、そもそも何だか恥ずかしくてこんなこと言いたくなかった。
別に自分は自己犠牲だとかがしたいわけではないのだ。
ただ、『何でも芸の肥やしにする』の精神で、この大会を全力で芸の肥やしにしようとしているだけだ。
その過程で対戦相手の肥やしにもなれば、世界はもっと楽しくなる。
再び会った時に更なる肥やしとなるだろうし、彼らが世界を創作者に生きやすいものにしてくれるかもしれない。
要するに創作者としてWIN-WINになるものを選んだ。ただそれだけの話だ。
「本当さ。――私はコレが、楽しくて楽しくてしょうがない」
そんなWIN-WINなことをしながらでも、十二分に楽しかった。
魂と魂のぶつかり合い。あふれんばかりの熱気。
創作に通じる楽しさと、創作にはない楽しさを同時に味わえている。
演技とは別の楽しさが、確かに試合にはあった。
どうやら自分が思う以上に、私はこのトーナメントにハマったらしい。
戦闘狂というほどではないと思っていたのだがな……
そんなことを考えて、二回戦に想いを巡らせながら、控え室の扉を開けた。
【一回戦第五試合 ほっしー vs S.ハルトシュラー】
《勝者・ハルトシュラー》}}
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