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白狐と青年 第25話「呼び出しの書状」 - (2011/05/31 (火) 02:37:25) の編集履歴(バックアップ)



呼び出しの書状








 納涼祭が行われ、その片付けも済んで人々が本来の生活に戻った頃、匠とクズハは門谷に呼び出しを受けた。
 番兵の宿舎内にある門谷の部屋に訪れた匠とクズハは部屋に入って早々、事務机前のイスに座って重苦しい顔をした門谷から一通の書状を渡された。差出人は大阪圏内自治都市群行政区とある。
 ……行政区から?
 のぞき込んでくるクズハが書状を見やすいように低い位置で書面を広げながら匠は訝しむ。
 大阪圏行政区は文字通り、大阪圏に属する自治都市全体の政治的な方針を合議制で定めている会議が開かれている庁舎が存在する区域だ。
 第一次掃討作戦の時期から機能していた場所で、当時の最大級の防備が敷かれたことによって異形の被害を防ぐ事に成功し、大震災以前の高層ビルや特殊な研究所などが今でも多く残っている区域で、現在でも過去と変わらない重要な機能を果たしている地域だ。
 そんな所から呼び出しがかかるというのは色々と表に出来ない事柄を抱え込んでいる今の匠にしてみれば不吉そのものでしかない。
「だいたい行政区からそんな形式ばった書状が来る理由は分かってると思うが……」
 門谷が咳払いと共に話を切り出してくる。
「先日の異形の襲撃、その時に現れた信太主――キッコについてや信太の森の異形たちそのものについて、それらの審問をしたいんだそうだ」
「報告は出ているだろうに出席しろって事ですか……」
 呟きながら匠は書状の中身を読んでいく。
 大体の内容としては和泉での異形襲撃事件の首謀者調査の為に詳しい事を匠とクズハに訊きたい、というものだった。
 文面自体からは事務的な香りが感じられるくらいだが、
 ……審問の場に門谷隊長や平賀のじいさんでなく、俺や武装隊にすら所属した事のないクズハを名指しで呼び出そうとしているあたり、審問は審問でも異端審問でもするつもりか?
 以前和泉を襲った異形の大侵攻に際して人に化けていたキッコの存在は大阪圏の上層部にもばれてしまっている。平賀がある程度根回しと口利きをしてはいるようだが、その平賀が元討伐対象の異形の存在を隠していただけでなく、研究区の中や自治都市の中を明日名の式神というお目付けがあるとはいえ自由に移動させていたのは、いくらキッコ自身にあまり危険性がないとしても好印象ではないだろう。
「門谷隊長、クズハも伴うようにと書いてあるんですが、この部分蹴って俺一人で行くってのはまかりませんか?」
「? 私は行っちゃだめなんですか?」
「ちょっと行政区側の出方が分からないから、クズハを連れて行くのは警戒しなけりゃならないかもしれねえな」
 首を傾げるクズハにそう言いながら匠はあまり良く無い状況だと書面を読み返しながら思う。
 ……人間である俺は普通の審問で済ませてくる可能性もあるが、一方でクズハを締め上げようとしてくるかもしれない。
 クズハが異形を和泉に引きこんだと思われていないとも限らないし、そのように話を決めつけられて強制的に自供をさせられないとも限らない。クズハは戦闘に関する専門的な訓練を受けていない。最悪拷問を行われた場合、耐えられるのかという心配もあるし、
 ……俺たち、叩かれたら埃が出ないってわけでもないからなぁ……。
 異形が大挙して和泉を襲ったのと時を同じくしてクズハを狙ったと思しき、半ば異形化していた人間の襲撃があった事は報告していないし、クズハが匠を刺した件も当然他言無用となっている。
 それらを隠し通すためにもクズハはできるだけ審問の場に連れて行きたくはなかった。門谷もその事は分かっているのだろうが、やはり重苦しい顔で首を横に振る。
「無理だな。ここを突っぱねれば上が――特に人と異形の共存を嫌う異形排斥派が何を言い出すか分かりゃしねえ。それにキッコが言ってた事が本当なら今回の件の敵は大阪の政府筋の人間の可能性が高いんだろ? 下手をしたら俺たちだけじゃなく、和泉や信太の森の連中にも何かの害が及ばねえとも限らん」
「それは……匠さん」
 クズハが心配そうな顔で見上げて来るのを感じながら匠は息を吐く。
 ……断る事はできないか。
 行政区か、異形排斥派か、異形か、今回の黒幕がどれかははっきりとは分からないが、これが相手の作戦の内ならば自分たちよりも一枚上手だ。そう思いながら匠は了解する。
「書状に応じます。クズハも、それでかまわないか?」
「あ、はい……えっとすみません、行政区の事とか、私はよく分からないので後で教えていただけませんか? 匠さん」
「分かった。道場に帰ったら教える。門谷隊長、その後にまた改めて返事を――」
「いえ、匠さんと隊長さんのお話を聞いていたので私が行かないと皆さんにご迷惑をおかけしそうな事は分かってます。行く事は確定でいいです」
「そうか……」
 確かに匠たちには選択の余地は無い問題でもある。一つ頷いて匠は門谷に答えた。
「では、行くという事で。翌日には発ちます」
「ああ、すまん。お前たちにはもう変な事には巻き込まれて欲しくはないんだが」
「原因は俺たちのようなものですからね」
 苦笑して、最近森や道場ではしゃいでいるキッコと道場で子供たちに稽古をつけ始めている彰彦を思う。彼等が今そんなふうに和泉で暮らしていけているのは門谷の尽力のおかげだ。
「俺たちは隊長に既に随分よくしてもらってます」
「そうです。私の事なども含めて、本当によくしていただいて……これ以上無理はだめです」
「すまんな……」
「もう若くないんだから無理するなよ門谷隊長」
 口惜しそうにもう一度頭を下げた門谷にそう軽口を叩く。門谷は「ざけんな青二才」と返しながらファイルされた紙の束を引き出しから取り出した。
「襲撃時の信太の森の異形や俺たちの動きの報告書だ。あの時のクズハちゃんの動きも戦果も載ってるし、坂上と彰彦、キッコの動きも和泉内に侵入した異形の討伐という事で記録してる。変な疑いをかけられても申し開きくらいはできるはずだ」
「ありがとうございます」
「気を付けろよ坂上、クズハちゃん。納涼祭の時の話もある。この和泉はともかく、お前たちが本当に警戒しなくちゃなんねえのは人間なのかもしれねえぞ」
 笑えない事にな、と話を締める門谷にまったく、と返して匠とクズハは番兵の庁舎を出た。


            ●


 キッコが納涼祭の時に言っていた事が本当なら怪しいのは人間、それもこの大阪圏のそれなりに上層部にいる人間だ。平賀や明日名が正体を掴もうと動いているらしい事から、敵がそこにいる可能性もまた高いのだろう。警戒しておくに越した事はない。
 そう考えながら匠は傍らを歩くクズハに目をやる。
 ……クズハは連れて行きたくねえな。
 行政区の今回の呼び出しに悪意があるのかないのかは分からない。しかし彼等が興味を抱いているのは匠よりもクズハだろう。門谷が言ったようにクズハを置いていけばどのような難癖をつけられるかわかりはしない。
 ……ひとまず行政区の事を話して、後はいざとなったら拷問なんかに囚われる前に力づくで逃げるように教えないとな。
「どうかしましたか?」
「いや、とりあえず自分たちの潔白を示してこなくちゃなんないな、と思ってな」
 クズハに言いながら、匠は自分にも言い聞かせる。
 ……そして、行政区が敵なのかどうかも見極めないといけない。
 戦場に出るがごとき決意と共に、翌日、匠はクズハを伴って行政区へと出発した。









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