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***act.34          「Ανεμο χορον」 一陣の風が猛りをあげてノクトへ迫る。 風を追いノクトへ突っ込んでいくエレ。 意図したものか、はたまた偶然の御技か。烈風とエレの太刀が重なり、ノクトへ降り注ぐ。 「……はっ!!」 風と剣と。二つの刃が絡み合い、一撃となって――ノクトを狙う!! 肩からばっさりと引き裂かれ、ノクトは僅かに顔をしかめた。 「……一人では無謀と、二人で突進してきたか」 「卑怯だと哂いますか? 今更手段を選んでる暇はありませんから。全力で叩き潰します」 「ふっ、いや、いい決断だ。しかし一歩遅かったな……」 「何」 上空を見上げるノクト。リジュも煽られるようにして空に視点を移す。 禍々しい影が上空を埋め尽くす。そこに、南方から飛来する影の一群が見えた。 「あれは……増援!?」 これ以上、尚戦力を増やそうというのか。 数で押されているのに、これ以上敵が増えたならば――敗北は必至。 リジュの顔に初めて焦りの色が浮かぶ。ノクトは舞い降りた龍騎兵へ駆け寄り、龍の背に騎乗する。 「左様。一網打尽にされぬよう味方の部隊を分けるのは定石だろう? 騎士よ」 「待て。貴様は俺が相手になる」 「残念だが諸君と遊んでいる暇はない。ではな」 ノクトはとエレの手をかわして空へと飛んでいった。 空を仰いで目に見えるのは、まさしく絶望だった。黒い龍騎兵で満たされた空は暗く、騎士達の心に不安と阻喪を増していく。 何千という兵がフレンズベルを落とそうと縦横無尽に天空を闊歩する。 地上を進軍してくる兵の数も増していた。 「……何かいい策は考え付きましたか?」 「さあな」 味方の騎士隊は押されている。戦力差が違いすぎて手も足も出ないでいる。 倒しても倒しても敵が沸いてくるのだ。これでは埒が明かない。 ――早く、終わらせてしまうか。 気だるげにエレは歩き出す。 そして、力を解放した。 しかし刻印の力は先程、合間見えたノクトによって封じられている。 エレは歯軋りしながら意識を集中させる。 頬を燃えるような痛みが走り、内側で猛り狂っている。 これは刻印を封じられた作用なのか、それとも刻印自体の持つ痛みなのか――どちらにせよ、やるべきことは変わらない。 ただ死を刻み殺す。無へと引きずり込んで、敵を破滅させる。 「……ちいっ……」 この力は、刻印は自分のものだ。ほかの誰でもなく、自分の力。 外部から封じられて力を押さえ込まれるなどあってはならない。 生まれた瞬間から、この刻印と共にあった。この力は――悪魔の目は、我が身も同然。 この力で屠り、嬲り、穿ち、敵を殺す。 それが破滅をもたらすものだったとしても。自分は死ぬまでこの刻印を使い続ける。 「お前は……俺の力だろう、俺の命に従わぬのなら去れ……でなければ」 痛みがこの身を食らおうというならばくれてやる。贄に我を捧げよう。 さすれば力は我が身、即ち自身である。エレは高らかに声をあげた。 「刻印よ、力を貸せ!!」 兵も、騎士も。何が起こったのか分からなかったに違いあるまい。 爆発のような光が放射した後、黒い斑点がエレを中心として放たれ、飛散した。 黒に飲み込まれた者は有無を言わさず消失していく。 それは――死の顕現だった。 悲鳴すらあげることを許されない消滅。 あれほど多く空を埋め尽くしていた敵兵は次々と悪魔の目の刻印の前に敗れ去り、虚無へと還る。 「これは……」 「……っ」 死の黴が世界を覆っていく。リジュもシアナも騎士隊の者全て言葉をなくし立ちすくんだ。 これほど絶対的な殺戮は未だかつて見たことがない。 ノクトの力すら――エレの絶対殺戮に殺されたのだ。止めるものなど存在しまい。 「……成る程」 その様子を観察していたノクトは、龍の向きを変え、残された兵に告げる。 「今日の所は一旦、退却する」 兵がノクトの退却に続く。ゴルィニシチェ兵達は退いていった。 しんがりを務めた者達は、エレの力の犠牲になった。 兵が退いてもまだ力の解放が終わらないエレに、不穏を感じたシアナはよろよろと立ち上がる。 エレは虚ろな瞳で空を見上げている。濁った眼からは意識があるのかすら判別できない。 これは―― ……まさか、力が暴走している? ノクトの刻印の力に抗い、力を解放しようとした結果、力は捻じ曲がった形で現れた。 エレの意識を侵し、奪い、溢れてなおやまない。刻印の力は、今や敵だけでな騎士達も飲み込もうと牙を剥いていた。 黒く霞む視界の向こうに、エレが見える。 遠くでシアナを呼ぶ声が聞こえた。 「シアナ、無事か!!」 「……!! 総長!!」 ズイマ総長が増援を連れて駆けつけたのだ。 敵兵が退いた今、その増援は無駄になってしまったが……心強いことに変わりはない。 騎馬隊がズイマ総長と共にシアナの前に並ぶ。 「これは一体……まさかエレの力か」 「はい、総長、どうすれば――」 総長は僅かの間、考えを巡らし口を開く。 「ああ……。よし、ここは私が行こう。シアナ、お前はここにいなさい。皆の者も黒い点に当たらぬように!!」 「総長、危険です!!」 「いや、いい。あれは私の息子のようなものだからな――私が面倒を見てやらねばなるまい」 「総長……」 初めて聞いたズイマの想いに、シアナは何も言えなくなった。 親が子供を守るのを止める理由が何処にあろう。その気持ちは痛いほどよく分かる。だからこそ――。 その背中を見つめるのが、不安でたまらないのだ。 また、目の前で誰かが消えてしまうのではないかと思うと、心が叫び立てる。 馬から飛び降りると、総長は黒い斑点が蠢く中、エレへと歩みだす。 一歩、一歩、着実に。シアナ達に背を向けて。 「全く……馬鹿な子ほど可愛いというが、限度があるぞ」 ようやくエレの元へとたどり着いたズイマは、手刀をエレの首元へ振り下ろした。 エレは崩れ落ちる。刻印の力が急速に収まっていく。世界が元の色へと戻っていく。 静寂を取り戻した戦地跡。何人もの騎士と兵が倒れ、死臭が風に乗る。そこは元通りになっても悲しい場所のままだった。 .

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