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「新聞」、「朝日」、「鳥肌」①

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「新聞」、「朝日」、「鳥肌」①




557 名前:新聞 朝日 鳥肌:2008/12/23(火) 00:01:29 ID:ATS6BMak
556では無いが……発信ッ!!


 夜明け前に目が覚めた。
 いつもよりも何時間も早いくせに、妙にさっぱりとした気持ちがする。二度寝する気も
起きないで布団から出ると、真冬の空気がスウェットの裾から入り込む。私は身震いをして、
ストーブをつけた。ツマミを下げると、かすん、という音に一拍遅れて、ふわっと
赤い光がともる。冬の早朝はしんと静まり返っていた。なあんにもないという空白は、
とても久しぶりのように思う。

 疲れきって家に帰り、最低限のことをやって眠る。朝は遅刻するギリギリに起きて、
慌ただしく準備をすると家を飛び出る。
 最近はずっとそんな毎日だった。誰だ、大学生は暇だなんて言ったのは。理系は例外なのか、
料理くらいしか家事を手伝わなかったツケなのか、バイトのしすぎなのか――おそらくその
全ての積み重ねなんだろう。真面目にやりすぎて馬鹿を見るのはそういえば昔から私には
たまにあったことだ、なんて、そんなことも忘れていた。そんなことも思い出せないくらい、
最近の私は、切羽詰まりすぎていたんだ。
 ストーブを眺めながら、そんなことを考える。ゆるゆると、さあ着替えでもするか、と思う。
お気に入りのニットワンピは最近着ていなかった。なんとなくローテーションから外れていた。
ハンガーに吊るされっぱなしのそれを出す。隣り合ったコートがずれて落ちてきそうになって、
少し焦ってそれを抑えた。着替えるという行為は一度脱ぐわけで、さすがに寒い。
すっかり室温の布が肌に触れるのに季節をかみしめた。昨日もおとといも、同じだった
はずなのだけれど。
「あ」
 何かを思い出したちょうどその時、玄関のほうで物音がしてそれを忘れてしまう。
ガタン、と金属の音、表からはエンジンのアイドリング音。
 興味のままに、ロックを外してドアを開けた。断続的な排気音はとたんにクリアになる。
屋外の気温に、いっせいに鳥肌が立つ。



558 名前:後半:2008/12/23(火) 00:02:56 ID:ATS6BMak
「……あ」
 マンションの廊下を見下ろすと一台のバイクが止まっていて、そこにちょうど人影が
乗ろうとしていた所だった。新聞配達員。ようやく思い至ると同時に、不意に見上げた
人影と目が合う。
 動きを止めたその配達員は、高校生くらいのようだった。思いもよらず、若い。幼いとまで
感じる。苦学生、というやつなのだろうか。それはこちらの勝手な想像だけれど……そうだ、
毎朝郵便受けに入っている新聞は、こうやって誰かが運んできたものなのだ。
 びっくりして黙ってしまって、バイクがガスを吐く音だけが空気を震わせる。時間が
止まったような感覚に気まずくなって、私はとりあえずの言葉をつむぐ。
「お疲れさま、です。……ありがとうございます、いつも」
 見下ろす少年は目を丸くして、何か、一言二言返事をしたようだった。でもそれは
エンジン音にまぎれて聞き取れない。流れはじめた時間。彼は目をそらし、バイクをひときわ
唸らせると、あっという間に街並みに消えていった。
――ありがとう、だって。
 自分で言った言葉に、笑ってしまう。小学生みたいだ。恥ずかしいな。でもそんな
言葉がぽろりとこぼれるような自分が、ちょっと嬉しい。面映ゆいような心地に、
ひとりで私は笑う。
 一年弱を過ごしている私の家は、戻ってみるとぽかぽかと暖かかった。ストーブの熱が
回ったのだろう。乾燥した空気が頬をひりつかせて、さっき忘れたのは顔を洗うことだと
思い出す。やっぱり少し寝ぼけているのかもしれない。きっとそれも、きんと冷たい水が
流し去ってくれそうな気がした。
 街の音がする。車の通る音や、風に草木が擦れる音、犬が吠えている。おはよう、と挨拶を
交わしているのは飼い主だろうか。洗面台のすぐそばの窓からは、橙色の朝日が流れ込んでいた。
 日常は続く。



終わり。




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