「カイテンシマスヨ」
作者:ID:df+/hIog
投稿日時:2011/07/11(月) 20:04:20.75
投稿日時:2011/07/11(月) 20:04:20.75
蒸し暑い空気がまとわりつく七月の夜、彼はその暖簾をくぐった。
かつては赤提灯に読み取れたであろう文字も剥げ落ち、わずかに創の一字が読み取れるのみ。
湿った闇にぼんやりと赤い光がこぼれ、アスファルトの割れ目へしみこんでいる。
かつては赤提灯に読み取れたであろう文字も剥げ落ち、わずかに創の一字が読み取れるのみ。
湿った闇にぼんやりと赤い光がこぼれ、アスファルトの割れ目へしみこんでいる。
「生一杯……」
あげた声にも活気がない。
男の様子は、きびきびと動く店主とはまるで対照的だった――他の多くの客と同じように。
無理もなかった。
彼は外套を身に纏っている上、 生国は欧州、それもずっと寒冷な地域であった。
「はいよっ! 生ひとつ!」
男は自分の前に置かれたジョッキを、手に取るでもなく眺めた。
あるいは故郷の黒い麦酒を懐かしく思い出しているのかもしれなかったが、そこまでの感慨は読み取れない。
泡がはじけ、糸を引く。
店主の焦れたような表情を心地よく感じながら、彼はそっと口をつけた。
それはおよそ爽快なとは形容しがたい面持ちであった。
あげた声にも活気がない。
男の様子は、きびきびと動く店主とはまるで対照的だった――他の多くの客と同じように。
無理もなかった。
彼は外套を身に纏っている上、 生国は欧州、それもずっと寒冷な地域であった。
「はいよっ! 生ひとつ!」
男は自分の前に置かれたジョッキを、手に取るでもなく眺めた。
あるいは故郷の黒い麦酒を懐かしく思い出しているのかもしれなかったが、そこまでの感慨は読み取れない。
泡がはじけ、糸を引く。
店主の焦れたような表情を心地よく感じながら、彼はそっと口をつけた。
それはおよそ爽快なとは形容しがたい面持ちであった。
「皮とねぎま、それにバラ」
「そいつはちょっと待ちな……そこのうさんくさいの、あんたには話があるんだ」
彼は耳を疑った。
この女、客に向かってなんて口の利き方をする?
うさんくさい、と……。
内容が事実かどうかはともかく、チャイナ服で焼き鳥屋を営み、鯵の頭をまないたに積み上げるような変人の口からだけは聞きたくない台詞に違いなかった。
「あんたには前々から一言物申したいと思っていたんだよねぇ~」
続く言葉に本能が危機を告げる。
串子の目は完全に据わっていた。
脳髄でエマージェンシーがけたたましく反響していたが、錬金術師にその場を逃れる術はなかった。
あるいは、適切な魔術を使えば――だが、一時は難を逃れたとしても、もっと恐ろしい運命が待ち構えることになるのを彼は知っていた。
一昔前、創発亭全盛期に公然と店主に喧嘩を売ったある向こう見ずの末路は、永遠を生きる彼の脳裏にさえまだ鮮明に焼きついていた。
それは確かに蛮勇ではあった……が、つまるところは無謀な自殺行為でしかなかった。
(しかし、なぜ俺はここでつかまってるんだ。この間の無銭飲食か?それとも、三つ編みスク水女児をつけまわしているのがバレたのか……)
心当たりは山ほどあったし、今確保している童女を諦めるのはとても無理難題というものだった。
「聞こうか」
少なくとも平静を装える程度には、彼は場数をくぐってきていた。
しかし、それは次の瞬間には崩れ落ちる程度の平静だった――
「ざーんねんながら、このあいだの食い逃げのことでも、あのおもらし小学生のくまさん下着のことでもないのよな……」
「ジョ、ジョジョジョインジョインハルカァァア!」
錬金術師の狼狽ぶりは、思わず周囲の客が二人を見る程度には不自然なものだった。
あまりのことに、音速で竹串ごと串揚げを頬張っていた女神の食速が残像が見えるレベルの速度までダウンしたほどである。
おりしも雷鳴一閃、轟々たる音とともに夕立が暖簾を叩き始めた。
店内が静まり返り、聞こえるのは串揚げたちが串ごと運命を全うする音のみになった。
「そいつはちょっと待ちな……そこのうさんくさいの、あんたには話があるんだ」
彼は耳を疑った。
この女、客に向かってなんて口の利き方をする?
うさんくさい、と……。
内容が事実かどうかはともかく、チャイナ服で焼き鳥屋を営み、鯵の頭をまないたに積み上げるような変人の口からだけは聞きたくない台詞に違いなかった。
「あんたには前々から一言物申したいと思っていたんだよねぇ~」
続く言葉に本能が危機を告げる。
串子の目は完全に据わっていた。
脳髄でエマージェンシーがけたたましく反響していたが、錬金術師にその場を逃れる術はなかった。
あるいは、適切な魔術を使えば――だが、一時は難を逃れたとしても、もっと恐ろしい運命が待ち構えることになるのを彼は知っていた。
一昔前、創発亭全盛期に公然と店主に喧嘩を売ったある向こう見ずの末路は、永遠を生きる彼の脳裏にさえまだ鮮明に焼きついていた。
それは確かに蛮勇ではあった……が、つまるところは無謀な自殺行為でしかなかった。
(しかし、なぜ俺はここでつかまってるんだ。この間の無銭飲食か?それとも、三つ編みスク水女児をつけまわしているのがバレたのか……)
心当たりは山ほどあったし、今確保している童女を諦めるのはとても無理難題というものだった。
「聞こうか」
少なくとも平静を装える程度には、彼は場数をくぐってきていた。
しかし、それは次の瞬間には崩れ落ちる程度の平静だった――
「ざーんねんながら、このあいだの食い逃げのことでも、あのおもらし小学生のくまさん下着のことでもないのよな……」
「ジョ、ジョジョジョインジョインハルカァァア!」
錬金術師の狼狽ぶりは、思わず周囲の客が二人を見る程度には不自然なものだった。
あまりのことに、音速で竹串ごと串揚げを頬張っていた女神の食速が残像が見えるレベルの速度までダウンしたほどである。
おりしも雷鳴一閃、轟々たる音とともに夕立が暖簾を叩き始めた。
店内が静まり返り、聞こえるのは串揚げたちが串ごと運命を全うする音のみになった。
「用があるのはあんたのキャラクターとしてのアイデンティティの部分なんだよね……」
主は一語一語をゆっくりと話していた。
それは単純な人格否定で、単純なゆえに食い入る深手といえた。
「確か、幼女を幼女のまま老いさせぬ……不老不死をあんたは求めている。だがなぁ……」
長めの間をとりながら串子は続けた。
「この国には無常の美というものがある……試みに問うが、散らない桜を美しいと思えるかい?」
店内に戦慄が走った。
主は一語一語をゆっくりと話していた。
それは単純な人格否定で、単純なゆえに食い入る深手といえた。
「確か、幼女を幼女のまま老いさせぬ……不老不死をあんたは求めている。だがなぁ……」
長めの間をとりながら串子は続けた。
「この国には無常の美というものがある……試みに問うが、散らない桜を美しいと思えるかい?」
店内に戦慄が走った。
「確かに造花は枯れない……ドライフラワーなら、朽ちない……1991年」
彼女は鳥皮とバラ串を差し出しながら続ける。
コト、と皿の音がした。
「フランスでプリザーブドフラワーが開発された……浅知恵よなぁ……いかにもあんたらの考えそうな!」
それはあまりにも極端すぎる偏見だ、と裏刀は思ったが、口には出さなかった。彼はまだまだリア充でありたかった。
「雪は溶けてこそ美しい!刀は錆びてこそ!陶器は割れてこそ!花火は燃え落ちてこそ!!!!」
苛烈な調子で言葉を重ねていく。
「散らぬ紅葉に、沈まぬ夕陽に、消えぬ露玉に、老いぬ少女に何の美しさありや!!!!」
異論はあがらなかった……いや、無論各々一様に異論は抱えていたに違いないが、賢明にも口にしないことを選択していたのだった。
うち約一名は今なお串揚げに取り組んでおり、異論があったとしても言葉にできるような状況ではなかった。
彼女は鳥皮とバラ串を差し出しながら続ける。
コト、と皿の音がした。
「フランスでプリザーブドフラワーが開発された……浅知恵よなぁ……いかにもあんたらの考えそうな!」
それはあまりにも極端すぎる偏見だ、と裏刀は思ったが、口には出さなかった。彼はまだまだリア充でありたかった。
「雪は溶けてこそ美しい!刀は錆びてこそ!陶器は割れてこそ!花火は燃え落ちてこそ!!!!」
苛烈な調子で言葉を重ねていく。
「散らぬ紅葉に、沈まぬ夕陽に、消えぬ露玉に、老いぬ少女に何の美しさありや!!!!」
異論はあがらなかった……いや、無論各々一様に異論は抱えていたに違いないが、賢明にも口にしないことを選択していたのだった。
うち約一名は今なお串揚げに取り組んでおり、異論があったとしても言葉にできるような状況ではなかった。
あんてなたんがおそるおそる口を開いた。
「あのぅ……串子、飲んでるの……?」
確かにそれは厄介な酔っ払いの戯言に類するものであったから、酔客たちはあくまで心のうちであんてなたんに喝采を送った。
「いや」
以外にもその口調は柔らかい。
「私はしらふだよ、珍しく」
「説明しよう!」
割って入ったのはアジョ中である。
「知っているのかーっアジョ中ーっ!?」
よし子が飲んでいるのはソフトドリンクです、念のため。
「串子は酒が切れると人に絡み管を巻き包丁が震えるなど禁断症状が出るのだ!」
「誰がアル中じゃゴルァアア!」シャィイイン!チャキッ!
「アル中じゃなくてアジョ中だよね!」
余計なことを言ったのは木奉女市で、即座に横からつっこみが入る。
「そもそもうまくないうえもはやアジョ中でもねーっ!」
なお、そのころにはすでに、丁寧に刻み葱を添えた鯵のたたきが各卓に配られていた。
抜く手も見せぬ水際立った早業である。
鞘にも収めず三枚におろした刃筋の冴えから見て、少なくとも酒が切れると包丁が震えるというのは誤った情報に違いなかった。
「あのぅ……串子、飲んでるの……?」
確かにそれは厄介な酔っ払いの戯言に類するものであったから、酔客たちはあくまで心のうちであんてなたんに喝采を送った。
「いや」
以外にもその口調は柔らかい。
「私はしらふだよ、珍しく」
「説明しよう!」
割って入ったのはアジョ中である。
「知っているのかーっアジョ中ーっ!?」
よし子が飲んでいるのはソフトドリンクです、念のため。
「串子は酒が切れると人に絡み管を巻き包丁が震えるなど禁断症状が出るのだ!」
「誰がアル中じゃゴルァアア!」シャィイイン!チャキッ!
「アル中じゃなくてアジョ中だよね!」
余計なことを言ったのは木奉女市で、即座に横からつっこみが入る。
「そもそもうまくないうえもはやアジョ中でもねーっ!」
なお、そのころにはすでに、丁寧に刻み葱を添えた鯵のたたきが各卓に配られていた。
抜く手も見せぬ水際立った早業である。
鞘にも収めず三枚におろした刃筋の冴えから見て、少なくとも酒が切れると包丁が震えるというのは誤った情報に違いなかった。
と、店主が自分の酒に手を伸ばした。
確かに今の今まで、彼女は酒を絶っていたのだった。
小瓶にはspirytus rektyfikowanyの文字が読める。
ふと、目つきが和らいだ。
確かに今の今まで、彼女は酒を絶っていたのだった。
小瓶にはspirytus rektyfikowanyの文字が読める。
ふと、目つきが和らいだ。
「何も完全に否定しているわけじゃない」
打って変わった柳腰の口調である。
「もちろん私が本当に洋炉ッパを嫌っているわけもない……むしろ大好きだ」
「なんつー誤植だーっ!?」
「ただ、洋炉ッパに見出すのも、無常の美なんだよ。ほら、劣化が早いというだろう、あれは私にとって、それほど悪いこととは思えないのさ」
「もはや誤植ですらねーっ!」
「この酒の生まれはポーランドでね、確かいもでんの出発点だ……」
(これは間違い。ただしくは錬金術師の弟子、イレナの出身国。美女のイメージから出身国が早くに決まった)
徐々に話は散漫に移り代わり、創発亭に日常が戻っていく。
しかし錬金術師はまたもや無銭飲食。
最近の噂では、無常の美に目覚めて女装を始めたとか始めていないとか。
打って変わった柳腰の口調である。
「もちろん私が本当に洋炉ッパを嫌っているわけもない……むしろ大好きだ」
「なんつー誤植だーっ!?」
「ただ、洋炉ッパに見出すのも、無常の美なんだよ。ほら、劣化が早いというだろう、あれは私にとって、それほど悪いこととは思えないのさ」
「もはや誤植ですらねーっ!」
「この酒の生まれはポーランドでね、確かいもでんの出発点だ……」
(これは間違い。ただしくは錬金術師の弟子、イレナの出身国。美女のイメージから出身国が早くに決まった)
徐々に話は散漫に移り代わり、創発亭に日常が戻っていく。
しかし錬金術師はまたもや無銭飲食。
最近の噂では、無常の美に目覚めて女装を始めたとか始めていないとか。