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白狐と青年 第38話「対立の構図」

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konta

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「対立の構図」






 敵の正体と、彼等がクズハを付け狙っている理由はおぼろげながら形が見えてきた。これからそれらに対処するための用意もしておかなければならないだろうし、クズハにも狙われているという事は伝えなければならないだろう。
 匠がそう今後について考えていると、部屋の扉がノックされた。
「明日名君、わしじゃ、わし。そろそろ入っても良いかな?」
 声の主は平賀だった。匠たちは一度顔を見合わせて頷く。
「どうぞ、平賀博士」
「邪魔するぞい」
 返事と共に扉が開く。いつもと同じ白衣を着た老人は、若干の疲労を滲ませた笑みを浮かべた。
「クズハ君の方も無事になんとかなったぞい。今は治療施設に面会謝絶で寝かせとるよ」
 その言葉で一様に力を抜いた部屋の中の一同にうんうんと応じる平賀。一つの懸念が消えた匠は、より詳しい事を平賀へと問う。
「じいさん、それでクズハには何か薬とか術の跡はあったのか?」
 平賀はんー、と小さく唸り、
「薬物反応は睡眠ガスのものが少し、術式の跡は見つからなんだでのう。クズハ君は睡眠ガスの影響と疲労で眠っておるだけじゃろう」
 匠は今度こそ安心した。
 後でより詳しい事はクズハが目覚めた後で訊いてみればいい。そうすれば敵の正体についてより詳しい事が分かるだろう。
「よかった……」
「うむ、それでのう匠君……これを見てほしい」
 そう一息ついている匠たちに、平賀は懐から取り出した新聞を広げてみせた。
 一面に踊っている文字に目を走らせて匠は絶句する。
「どうした?」
 不審に思った彰彦が訊ねる。匠は新聞に書かれた文字を自身で確かめるように口を動かした。
「『留置施設から異形脱走……収監中だった異形、職員を殺して脱走か?』」
「なんだって?」
 明日名がベッドの上から身を乗り出そうとする。匠はそれを制して新聞を広げ、彼のベッドの上に置いた。
 一同が新聞に目を走らせて言葉を止めた。
 記事には、昨夜武装隊が行政区内に持っている留置施設が破壊されて警備をしていた人員二名が死亡、同施設内に収監されていた異形が姿を消しているという内容が書かれていた。
「事情をうかがうために武装隊はその収監されていた異形を捜索するって……おい匠、もしかしてこれ……」
 彰彦に頷いて匠は呟く。
「収監されていた異形ってのはクズハの事だな……やられた」
「殺された二人というのは、あの時俺たちを案内してくれていた二人だろうね」
「その二人、お前達が殺したのかの?」
 キッコの物騒な問いに、匠と明日名は揃って首を横に振った。
「殺したのは俺たちを襲撃してきた朝川だ」
「とは言っても、殺し方はナイフの投擲だから、殺し方からの犯人判別は無理だろうね……それに、あの場はかなり荒らしてしまったから、詳細な調査はもうできないはずだ」
 何より留置施設からは実際にクズハの姿が消えてしまっている。警備の二人を殺した真犯人の朝川は、異形排斥派として武装隊にも影響力がある通光の直属だ。その気になればいくらでも武装隊に働きかけて情報を操作する事ができる。彼が捕まる事は決してないだろう。
「新聞を見る限り表には出していないようだけど、クズハが脱走を企てたがために全ては起こった、という事に武装隊の中ではなっているのだろうね」
 クズハの身体に巻かれていた呪符が武装隊によって巻かれたものであるのなら、クズハ個人が魔法で脱出を図る事は出来ないと分かるだろうが、
 ……仲間が助けに入ったと、そういうふうに考えられてるか……。
 そうなれば共犯者としてクズハと親しい者も疑われるだろう。その中でも武装隊に疑われる可能性が高いのは、クズハの保護者で、更に武装隊相手にクズハの連行を抗議した匠だ。
 ならば、
「今度令状が出るのは俺か……」
 それならば今度こそ徹底的に抗議して真実を訴えればいい。そう攻撃的に考える匠に、平賀が首を振ってみせた。
「いいや、違うぞい」
 そう言って平賀は笑みを浮かべた。普段よく見るような瓢げた軽い感じの笑みとは違う、励まし力付けるような、そんな笑みだ。
「じいさん……?」
 匠が違和感からそう呟くのとほぼ同時に、全館放送の開始を告げるベル音が鳴った。
 …………?
 部屋の皆が放送内容に意識を向けるだけの間を置いて、放送は始まる。
『平賀博士及び所内の皆へ通告。武装隊の増援が研究区を包囲しにはるばるやってきましたよー。一部はどうやらそのまま研究所までやってくるみたいです。対応の指示を平賀博士に出していただきく思います。繰り返します――』
 二度同じ内容を繰り返すと、放送は始まりとは違う、下がる音階でのベル音を流して終わった。匠たちが放送の内容に呆気にとられている中、平賀がさてさて、と言って息を吐いた。
「来おったのう……」


            ●


 研究所全体に響き渡った放送内容を理解して、匠は背に冷たい震えを得た。
 ……武装隊の増援……?
 武装隊はもう既に研究区が異形を匿うと宣言した時に派遣されてきている。それだけでも通常時を大きく上回る数の武装隊が研究区に入ってきているというのに、更に人数を増やして、
 ……研究区の包囲だと?
 以前の牽制と見張りを目的とした派遣とは意味合いが全く違う。今回の行動は研究区に対する明らかな敵対行為だ。
「おい平賀のじいさん。武装隊の奴ら、もしかして研究区自体を……」
 彰彦の言葉を肯定するように平賀は頷いた。
「うん、研究区そのものを敵として認識しておると取って間違いないじゃろうな。クズハ君の件をわしら全体の手引きじゃと思っとるか、あるいは思わされておるんじゃろう」
「そうきたか……」
「――っ」
 明日名の呟きを受けて、匠は自身の見立てが甘かった事を思い知った。
 武装隊と研究区の関係はそう良好なものではなかったが、それでもこれまでは互いに折り合いをつけてはそれなりの共存・協力関係を築いてきた。一連の騒動の前から研究区に居た武装隊の隊員が、クズハに令状を突きつけに来た時に詫びるような仕草をしてきたような、そのような関係を地道に築いてきていたのだ。
 ……それを、今回の俺の行動が決定的に亀裂を入れた。
 相手がここまで大きく出て来るとは想像出来なかった。現在研究区は大阪圏内の異形全体の後ろ盾になっているようなものだ。それに対して人間側の正規兵が完全に敵に回るという事は、大阪圏内の人間と異形の関係の決定的な悪化を意味していた。
 今この場で悪化が確定すれば暴動が起こりかねない。そうなれば、研究区にしても武装隊にしてもただでは済まないだろう。
 ……そうなれば寝ていて無防備なクズハにも害が及ぶ、か。……いっそ自分の独断で全てやったと名乗り出て行った方が……。
「じいさん、俺が――」
「まあ待ちなさい匠君」
 言いかけた言葉は平賀が伸ばしてきた手で遮られた。
「真実を言ったところで何故その場に君がおったのかという話になるし、どうせ誰も信じはしないじゃろう。それにわしらも連行されたはずのクズハ君の身を匿って治療を行っとる。共犯とみなされるのがオチじゃて」
 匠の思考を見透かしたように平賀は笑い、
「まあわかっとった事じゃの。昨夜匠君たちがクズハ君と明日名君を連れて来る前に、治療施設の皆にはそう説明しちゃったしのう」
「説明しちゃったって……」
「別に身内贔屓ではないぞ? 助けを求めてきた異形を匿うのは研究区の総意じゃしの」
 さて、と肩を回して平賀は部屋の外へ向かって歩きだした。
「平賀博士、どこに行かれるんですか?」
「んー、ほら、外に来る武装隊の衆の対応をしなきゃならんからのう」
 明日名の質問に答え、いや参った参ったと平賀は歩いていく。
「なら俺も……」
「わし一人で十分じゃよ。別に荒事を起こそうというわけではないしの。マイクも仕込んどるからライブ放送もばっちしじゃ」
 白衣をめくって内側に仕込まれた小型マイクを見せ、ついでに懐から取り出した煙管をくわえた平賀はそうそう、と言い置いていく。
「匠君、一連の騒動の黒幕の手でいつかはどうせこうなるように仕組まれておったじゃろうし、あんまり気にしてはいかんぞ? まだクズハ君は目覚めてはおらんし、あの子が目覚めた時にそばに君が居らんと、あの子は心配するじゃろうしのう」
 口では何と言おうとこれは気遣いだろう。そう考え、部屋の外へと消えて行く背に向けて匠は頭を下げた。
「ありがとう、じいさん」
「はっはっは、いや、自慢の息子じゃな。一部鈍いところが如何ともしがたいんじゃが」
 そう言って平賀は肩を竦め、
「しかしまあ、ここからのわしの大立ち回りに期待じゃな?」
 平賀の声は普段通りの瓢げた響きを帯びて、部屋から遠ざかって行った。




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