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act.40

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act.40



「ぐ……っ、が……な、にを…」

必死に手足をばたつかせ、逃れようとするシアナ。
エレは容赦なく力を込めていく。

「……うるさい……目障りだ」

目が、雰囲気が、いつものエレではない事にシアナはその時初めて気付いた。
エレはこんな形でシアナを殺そうとはしない。
殺そうとするならば、剣だ。
私もエレも対等な状態で、全力で打ち合った果てに私を殺すことを望むはずだ。
違う。目の前の人間はエレじゃない。これは……誰だ?
呼吸がままならない中、シアナはエレの顔を見た。――悪魔の刻印を。
刻印は黒く、赤く燃えていた。
頬を覆うように、広がっているそれは、シアナが今まで戦ってきたモノを思わせる――鱗。
ふいに首の拘束を解かれ、シアナは床に崩れ落ちた。


「……はっ、はあ……」
「もう俺に構うな……次に声を掛けた時は、殺す」
「……っ」

刻印が、エレを支配しようとしているのか。
身体だけじゃなく心までも。
もしあの鱗が……エレの全身に広がったら、エレは一体どうなるんだろう。

――龍へと、変わる。

自分の想像に、背筋が震えた。
シェスタの言うことが現実になろうとしている。

どうしたら止められるんだろう。
シェスタは刻印を罪の記憶だといった。
だとしたら、その罪はどうやって償えばいいんだろう。
誰に許しを乞い、罪を贖えばいい。

「……エレ」



悲しい。何もかもが悲しくてたまらない。
罪も。刻印の起源も。そして――私も。
死を感じた時が一番愉しいといった、あいつも。

立ち上がって、シアナは壁に背を預ける。

「どうすれば……いいのよ」

締められた首が、ずきずきと痛んだ。
部屋に帰ろうとした所で――鼻をくすぐる妙な臭いに気付く。

「……?」

丁度その時、警報を知らせる鐘が鳴り響いた。
「急襲だーーー!!龍が空から……!!」

急いでシアナは窓を開けて空を仰ぐ。
ぱちぱちと爆ぜる火の音。舞い上がる火の粉。
天空から舞い降りてきたのは一匹の紅蓮の龍だった。
口から火炎を撒き散らしては周囲を旋回する。

「……龍」

私を狙ってきた野生の龍か。いやそれにしては粗暴さがなく妙に動きが整えられている。
寄宿舎だけを狙い撃ちしてきた点も気になる。
おそらくゴルィニシチェの支配に置かれた龍だろう。
……行かなくては。私が出て行けば龍は私を狙いに降りてくる。そこを仕留めれば――。
怪我が完治していない身で、シアナは廊下を走る。
火は寄宿舎をあっという間に取り囲んで、勢いを増していった。

「……っ」

柱が轟音をあげて、崩れ落ちてきた。シアナの行く手を塞ぐ。

炎。火。赤い。燃え盛る真っ赤な炎。
煙。熱い。悲鳴。叫び。何もかも焼き尽くす。それは、とても、紅い、炎。

「あ……」

やめろ。思い出す。思い出したくないのに。
目の前の出来事と十年前の出来事が、ダブって投影される。
ここから走って逃げなくてはいけないのに、足が床にはりついたように動かない。
メキメキと天井から瓦礫が降り注いでくる。
シアナを飲みつくそうと、天井が一気に崩落した。

刹那、誰かに背中を押された。

「……」
目をあけると、イザークの顔が傍にあった。

「よかったああ~、間に合って、シアナ隊長、無事ですか?」
「……平気よ、イザークは!? 怪我しなかった!?」
「え? 僕は平気ですけど」
「そう……ならいいんだけど」

ほっとして息をつく。
珍しく慌てた様子のシアナに、イザークは疑問を感じた。
しかし今はそれを問いただしている暇も余裕もない。急いで二人で寄宿舎を出る。
既に退避した騎士達が消火活動に当たっていた。火に巻かれて崩れ落ちていく寄宿舎を、シアナは凍るような瞳で見ていた。

「……龍を倒しに行ってくるわ、イザークはここで待ってて」

無意識に刻印に触れてしまい、シアナは舌打ちする。

もうこの力は使えないというのに。私はまた懲りずにこの力に頼るつもりか。

「隊長、でもその怪我じゃ……!!」
「他にあの龍を倒せる人がいる?」
「それは……」

刻印を使えば死期を早める。
でも。今は。
そんなことをいっている場合じゃない。
放っておけばフレンズベルは大火に包まれて燃え尽きてしまう。

「いないわ。……私以外にはね。待ってなさい、さっさと倒してくるから」

エレに刻印を使うなと言った以上、ここは自分が行くしかない。
剣を片手に。紅き龍へ向かってシアナは疾駆した。

ああ、ごめんと謝るのは私の方よシェスタ。
私は――やっぱりこの刻印を使わないで生きるのは難しそうだから。
せっかく忠告してくれたのに、ごめんなさい。

忠告は破った。でも一つだけ、誓ったことがある。


龍と対峙するシアナ。紅蓮の龍は高い声をあげてシアナを威嚇する。
剣を構え、シアナは自身の鼓動に耳をそばだてた。


私は、最後まで――この力と共に戦う。
例えこの力が私を殺そうとも。龍に狙われて殺されそうになったのがこの刻印のせいであっても。

私はこの力のおかげで今まで生きてこれたのだから。
刻印が罪だというのならば私はそれを背負い最期の瞬間まで生き抜こう。
それが私に出来るたった一つの贖罪だ。

「――私が欲しいか。その牙を突き立てて喰らいたいか、ならば来い!!」

龍が吼えた。
翼が風を巻き起こし、上下に振られる。
死を畏れていて何が守れる。――私は、私の守るべきものの為に、全力で戦う、それだけだ。

「私は……ここにいる!!」







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