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温泉界へご招待 ~三島柚子の場合~

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温泉界へご招待 ~三島柚子の場合~


「さて、私を襲った理由を聞かせてもらおうか?」

無様に転がる男。それを見下す柚子と彼女を後ろから照らす月。
シチュエーション的に見ても、勝敗は既に決していたかに見えた。

「クヒヒッ、カカ、勝ったつもりで、いいいいるうううう??」

男は狂ったように声を上げる。柚子は一瞬気圧された。その隙を男が付く

「ダ、ダバラボァエァゲヘエエエエェェェェ」

最早人のそれとは思えぬほど醜い声を上げて突き出された醜い腕。それが柚子の額に触れた瞬間、

彼女は消えた。



「ふう。いくらなんでも疲れた」

左手でコーヒー牛乳を煽りながら、右手で左肩を叩く。

「にしても、なんで客の俺が手伝わないといけないんだ」
「どーせすることも、行くとこもないんだし、いいじゃんさ」

アリス(あの後でフルネームを聞いた)の言い分は正しい。元居た世界への戻り方は分からない。というより、曲がりなりにも死んでいるため(ここでは全くそんな意識はないが)、もう戻れない気がする。
さっきまでいた地獄にはもちろん戻りたくない。大体、戻りたがる人などいるんだろうか。

「なあ」
「んー?」

フルーツ牛乳をチビチビ飲んでいる少女に恐る恐る尋ねる。

「ここってまさか、死人が来るところ、なのか?」
「私はちゃんと生きてますけど」

「うーむ、そうなるとますます分からんな。俺は一体どうなってるんだ?」
「謎だねえ」

アリスは脳天気に言いながらフルーツ牛乳をちゅーと飲み干し、元気に立ち上がった。

「さて!」

そしてそのまま固まる。

「…………?」

そして座った。

「どうしたんだ?」
「……良く考えたら別にすることなかったよ」
「あー」


二人でナニをするでもなくただぼーっと座る。そういえば二人とも裸だが、既に見るのも、見られるのも別になんとも思わなくなっていた。

「平和だなー」
「そーだねー」

湯乃香の姿は先程から見えないし、視えない。離れたところにいるようだ。

「そういやさ、」

俺が話題を振ろうとしたとろで

ドッパーン!

平穏は唐突にどこかへ行ってしまった。

「な、なんだなんだ?」
「混浴のほうだね、行くよ!」

アリスの声につられて浴場へ走る。


「くっ、奴の能力を知っておくべきだった」
「ユーコはその反省を次に生かすことが出来る。それはとても素晴らしいことだ」

浴場にいたのは女と男。二人とも服を着ている。

「あー、ええっと、大丈夫、かい?」
「っ!それ以上近づいたら捻り潰すぞ」

え、なんか初対面の時点でものすんごい嫌われちゃってるんですけど……

「あ」

気づいた。俺裸じゃん。丸出しじゃん。

「ごめんアリス、着るものと湯乃香ちゃん探してくるから後はよろしく」
「はいな、行っといで」

アリスなら上手くやってくれるだろう。俺は駆け出した。

「わぶ」
「きゃわ」

どうやら捜し物の片方はすぐに見つかったようだ。この感触は湯乃香だ。

「ああ湯乃香ちゃん。大変なんだ」
「すごい音がしたから来たんだけど……あなた達は?」

湯乃香が喚んだ客ではなかったのか?

「わ、私にも何がなんだか……」

女は困惑していた。このままでは場が混乱してしまうと思われた最中、後ろに控えていた男が口を開いた。

「さて、ここにいる生者死者の内、双方の事情に一定の了解を得ている者はアグゼスを除いていない。ならばその者がこの場を支配する任に就くべきか。
しかし彼がそれを嫌がっているとしたら?若しくはあの老いぼれた悪魔のように人を騙すための最も低俗な方法を取ろうとしていたら?
だがそのような心配は杞憂に終わった。なぜならおれはここに存在する知恵を持つかも知れないものに教えることを不快に思っていないからだ」

とても分かりづらかったが、日本語に要訳すると、きっとこうだ。「俺が説明するわ」と。
たったそれだけのために3行以上も使いやがった、こいつ。

「ええと、どうぞ」

みんなが呆気に取られているようだったので、代わりに承諾した。

「その了承には喜びを感じる。では紡ごうか」

彼は独特な雰囲気のまま話し始めた。

「まず初めに語るべくは、我々の座標だ。それは礼儀だ。
そこの女は三島柚子という。おれはその女にアグゼスと呼ばせている。
そして絶対時間で言う今夜、ユーコは謎の男の襲撃にあい、彼が保持することを余儀なくされた次元転移能力によってこの全く違う次元へと到達した。
この世界の符号はなんだ?」

余りにも唐突に話を振られる。湯乃香が応じた。

「温泉界だよ!みんなで温泉に入るよ!」

アグゼスと名乗った(?)男は頷いたように見えた。

「これで話は終わったとおれは感じている。だがそのことに不満を持つものはいるか?」

これはつまり「質問はあるか?」と聞いているのだろう。言い回し以外は常識人のようだ。


場にいるほとんどの人間は、男の言ったことを日本語訳するのに必死だった。

「次元転移能力だったのか……」

三島柚子が呟く。って知らなかったのかよオイ。
いや、それよりも重要なことがある。

「柚子ちゃん、だったっけ?あんたも【チェンジリング・デイ】の世界から来たのか?」

彼女はキッと俺を一睨みした後、半ば諦めたようにため息をついて続けた。
そういえば猥褻物陳列罪続行中だったの忘れてた。

「……そうだ。ということは、キミもそうなのか」
「ああ」
「私の能力は、アグゼスだ。夜の内は彼を召喚することができる。
キミの名前と能力も聞いておこうか」
「俺は天野翔太だが……ちょっと待て。俺は昼の力、透視能力が使えるぞ?」
「確かにそこはおかしいと思っていた。なぜ空は明るいのにアグゼスは顕現出来るのかと」
「彼なら、分かるか?そのへん」
「おそらくな」

アグゼスはアリスたちと話していた。
柚子が呼ぶとこちらに近づいてきた。

(危険はなさそうだが、一応視ておくか)

それとなく柚子を透視する。
危険な物品は隠し持っていないようだった。綺麗な若々しい肢体しか視えない。

「アグゼス、今は昼か?」
「空を仰げ。青天は輝いている」
「昼なんだな。ならなぜお前が出て来れる?」

アグゼスは少し間を開けてから答えた。

「両方の虫がいるからだ。ここでは太陽と月が友人だ」
「……?」
「な……!」

今回は分かりづらかったが、大体察することができた。つまり、昼と夜両方の力が使える?ますますこの世界が分からなくなってきたぞ。

「つまり、俺が今まで分からずじまいだった、夜の能力も使えるってことか?」

アグゼスに詰めよって聞く。
これは生前から知りたかったことだ。柄にもなくワクワクしていた。

「その考えは正答を内包している」
「つまり使えるんだな?!」
「おしいって事だよ」

柚子が苦笑していた。

「ああ、ごめんな。つい熱くなりすぎた」
「いや、いい。能力を知ることは、人生の楽しみの内の一つだからなあ。まずその問題から解決しても……いや、もっと優先させるべきものがあった」
「何?」
「服を着ろ」



湯乃香を除く四人は浴衣を着た。湯乃香にも勧めたが、彼女、服を着ると目を回すという新設定があるらしく、断念した。

「んぉぉ、楽しみだー」

子どものようにはしゃぐ俺。

「だが鑑定士もいない今ではどうにも……
アグゼス、分かるか?」
「知っている」

マジかよ、この兄ちゃんすげえ。改めてそう思った。

「それで、どんな能力なんだ?」
「……簡単に知りたいか?」
「早く知りたい」

こういうのは自分で試行錯誤して分かるのが楽しいんだ、と言う人もいるが、俺はとにかく早く知りたくて仕方がなかった。

「意は取った。教えると、」
「うんうん」
「“無生物の遠隔操作”だ」

“無生物の遠隔操作”!やべえカッコいい。

「あれ?でもそんなわかりやすい力なら、どうして今まで発動しなかったんだ?」
「……なるほど、難意識性、もしくは限定条件か」
「難意識……何だそれ?」

ギャグではない。真剣だ。
柚子は続けた。

「難意識性というのは発動にそれ専用の集中を用するタイプの能力を言う。例えば私なら、アグゼスの存在を強く意識しなければ喚ぶことは出来ない。
限定条件はそのまま限定された条件下でしか発動出来ないという意味だ」
「俺のにもそういうのはあるのか?アグゼス」
「ある」

即答された。そうそううまい話はないということか。

「どういう条件なんだ?」
「ふむ。ユーコ、Bタイプだ」

うわ、多分説明が面倒になって投げたな、この兄ちゃん。

「Bか」
「Bってなんだ?」
「うん。これは私とアグゼスの個人的な区別なんだが。限定条件をさらに種類別に分けたんだ。
その中でBタイプの制限は同程度。
遠隔操作という話だから多分、自分が動かせるよりも重たい物は動かせないし、力が及ぶ範囲もそう遠くはない。これで合っているか?アグゼス」

アグゼスは頷いたように見えた。さっきは湯気のせいでよく見えないのかと思っていたが、違う。
なんというか、上手くは言い表せないが、ぼんやりしている。目では見えているが、脳では上手く認識出来ない感じ?
とにかく、何から何までよく分からない奴だ。

「的を持ち帰った。分身という考えに至れば要領を得やすい」

なるほど、分身か。

「早速試してもいいか?」


「というわけで実験台になってくれ」
「いいけど。痛いのはやあよ」

湯乃香は二人を引き連れて番台に行ってしまった。ここに残ったのは俺とアリスだ。二人は少し距離を取っている。

「じゃあ、行くぞ」

ムン!自分の分身がアリスの元へ飛ばすイメージ。到達したら今度は浴衣の帯を掴み、引っ張る!

「あ~れ~おだいかんさま~
……ってゆうふうにはならなかったね」
「帯が短いからな」

俺の初体験は、あまりにも呆気なかった。もっとこう、集中力のトレーニングとかが必要かと思ってたんだけど。

「なんにせよ、成功おめでとー。それにしてもすごいねえ、それがチェジグの能力かー」

チェジグって略し方初めて聞いたぞ。

「ありがとうアリス。とにかくこれで使い方は分かったよ。よし、じゃあ」

イタズラだ!


番台へ向かう。三人を見つけた。標的はその内の一人、湯乃香。の頭。

(くっくっくーその最後の砦をひん剥いてやるぜぇ)

既に剥けるところは剥けてしまっているため、別にシャンプーハットを取ったところでどうにもならないのだが、これは気分の問題だ。気にしない。

(それっ!)

先程と同じように意識を走らせ、シャンプーハットを奪い取る。

「痛い痛い!な、何?」

取れないだと……?どういうことだ。

「アグゼス!」
「心得ている」

柚子の叫びが聞こえたと思うが早いか、俺は髪の毛を引っ張られて引きずられていた。アグゼスに。

「痛い痛い!痛いって」

そしてドサリと、二人の前に突き出される。

「天野翔太。彼女に謝るんだ」

ここは素直に従う以外の選択肢はない。

「くっ……分かったよ。
ごめん、湯乃香ちゃん」
「それにしても、どうやって遠くから髪を引っ張ったの?」
「それは……こうやって」

もう一度同じことをする。すると今度は簡単にシャンプーハットが取れた。
なるほど、さっきのは間違って髪を引っ張ってしまっていたわけか。

奪い取った獲物をを観察する。

「見たところ普通のシャンプーハットだな」
「あ、あの、そろそろ、返してよ……」
「ああ、ごめん」

返そうと思い顔をあげると、そこには顔を赤らめてモジモジしている湯乃香がいた。そこにいつもの元気はない。
これってまさかあれですか?パンツを取っても恥ずかしくないけど、ネクタイを取ると極度に恥ずかしがる人と同じ人種ですか?

「うぅ、早くぅ……」
「どうしよっかなー」

そこで俺を睨む鋭い視線に気づく。

「オーケーオーケー、これはちゃんと返すから、その振り上げた拳は下ろしてくれたまえ」

それからは柚子に5分ほど、能力者はかくあるべし、と説教された。


「それで、柚子ちゃんたちは今からどうすんの?」
「せっかくの機会だから、少しゆっくりして行こうと思う」
「帰りは私が責任をもって送るから安心してね!」

どうやら話はまとまったようだ。

「じゃあお湯を借ります。天野クンとは、出てきてから話そう。まだいるんだろう?」
「ああ、俺は多分ずっといるから、ゆっくりと入ってきてくれ」

アグゼスたちとは、まだ話すことがある。主には、生きている人間と死んだ人間とが、それも同じ世界の人間同士が、どうして同じ空間に共存出来るのか、など。



「天野っち、ちょっといい?」

俺も掃除に行こうかと思ったところで、湯乃香に呼び止められた。

「ん、何?」
「さっきの力は、いつでもどんなときでも使えるの?」
「俺のいた世界だと夜だけしか使えないが、ここだといつでも使えるみたいだな」
「それで、天野っちは、これから特に行くところとか?」
湯乃香の目が期待に輝く。
「まあ、実感ないけど死んでるみたいだから、帰れないだろうし、かといって地獄は行きたくないなあ」
「……よし!じゃあ決めた!」
「決めたって……」
「天野っちを、正式に温泉界に招待するよ!」
「!!本当か?」

実は内心、いつ追い出されるのかとヒヤヒヤしてたんだが、こうなったら願ったり叶ったりだ。

「うん、正直言うと一人だとちょっと大変だったんだよね。あとさっきの力で服とかも脱がせられる訳でしょ?」
「まあ、そういう使い方も出来るだろうな」
「うんうん。だから天野っちの役割は、嫌がる人の服脱がせ係と、危険な物を持って来てないか透視能力でチェックする係、あと雑用ね」

再就職のにしては、なかなか割のいい仕事じゃないか。役得も多いし。

「分かった。じゃあこれからよろしくな、湯乃香」
「うん、よろしくね、天野っち」



こうして俺の人生(?)は再スタートを迎えた。
だが俺は、まだ全てから開放されていた訳ではなかったのだ。



続く……?





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