Top > ファンタジーっぽい作品を創作するスレ > 1-707 外伝1 第1部 二人の王子
外伝1 第1部 二人の王子
707 : ◆P3mkcgF2L6 :2010/02/27(土) 15:12:53 ID:bcd7onfq
外伝1 二人の王子
ひとつの王国がある。
それは、かつて全土を支配しながら、滅び去ってしまった巨大な帝国の
こぼたれた牙の一つにすぎなかったが、その栄華の残照は、いまだ民草の命を育むに十分であった。
人々は、英明なる王のもと、ひとつにまとまり、その日その日を懸命に生きた。
だが、ある刻、その地に邪悪な竜がすみついた。
人々はおそれおののき、そして、多くの生命が悪竜の餌食として奪われた。
王は国中から、竜に立ち向かう、勇敢な戦士をつのり討伐に挑ませたが、帰ってくるものは一人もなかった。
王国は悲嘆にくれ、絶望の暗雲がたれこめたかのように思えた。
それは、かつて全土を支配しながら、滅び去ってしまった巨大な帝国の
こぼたれた牙の一つにすぎなかったが、その栄華の残照は、いまだ民草の命を育むに十分であった。
人々は、英明なる王のもと、ひとつにまとまり、その日その日を懸命に生きた。
だが、ある刻、その地に邪悪な竜がすみついた。
人々はおそれおののき、そして、多くの生命が悪竜の餌食として奪われた。
王は国中から、竜に立ち向かう、勇敢な戦士をつのり討伐に挑ませたが、帰ってくるものは一人もなかった。
王国は悲嘆にくれ、絶望の暗雲がたれこめたかのように思えた。
さて、ここに王の二人の王子がいた。
彼らは双子で、国の男たちの誰よりも剛胆で、力強く、仲がよかったが、同時に強力なライバル心をもっていた。
二人は思った。竜を倒すのは自分しかいないと。そうすれば、王太子の座を得られると。
二人は王国の宝物庫に忍びいると、国のふたつの宝を持ち出し、夜陰に竜の住処へと向かった。
ひとりは、どんなものの貫くことができる槍を。
ひとりは、どんな攻撃をも防ぐことができる盾を。
それぞれ手にしていた。
彼らは双子で、国の男たちの誰よりも剛胆で、力強く、仲がよかったが、同時に強力なライバル心をもっていた。
二人は思った。竜を倒すのは自分しかいないと。そうすれば、王太子の座を得られると。
二人は王国の宝物庫に忍びいると、国のふたつの宝を持ち出し、夜陰に竜の住処へと向かった。
ひとりは、どんなものの貫くことができる槍を。
ひとりは、どんな攻撃をも防ぐことができる盾を。
それぞれ手にしていた。
さて、大昔のことです。
この帝国を巨大で、邪悪な竜の驚異がおそったことがありました。
それはまだ、この国が帝国ではなく、王国と呼ばれていた時代のことでした。
人々は悪竜の横暴と暴虐ぶりにおそれおののき、多くの罪のない民の命と、そして戦士の命が奪われました。
その竜に立ち向かったのが、帝国の皇祖となった若い二人の王子でした。
彼らはともに宝物庫に忍び入り、国のふたつの宝を持ちだして、竜の住処へと向かいました。
上の兄は、何ものをも貫く槍を。
下の弟は、何ものをも防ぐ盾を。
それぞれ手にしていました。
さて、坊ちゃんは、どちらの兄弟が竜を退治できたと思いますか?
この帝国を巨大で、邪悪な竜の驚異がおそったことがありました。
それはまだ、この国が帝国ではなく、王国と呼ばれていた時代のことでした。
人々は悪竜の横暴と暴虐ぶりにおそれおののき、多くの罪のない民の命と、そして戦士の命が奪われました。
その竜に立ち向かったのが、帝国の皇祖となった若い二人の王子でした。
彼らはともに宝物庫に忍び入り、国のふたつの宝を持ちだして、竜の住処へと向かいました。
上の兄は、何ものをも貫く槍を。
下の弟は、何ものをも防ぐ盾を。
それぞれ手にしていました。
さて、坊ちゃんは、どちらの兄弟が竜を退治できたと思いますか?
#知るか、ボケ!
おお、こわ。
坊ちゃんは早く続きが聞きたい様子。
結論からいいますと、竜を倒したのは下の弟でした。方法は、少し忘れてしまいました。
ですが、どうやって買ったかは問題ではありません。戦いに望む、気構えが勝敗を分けたのです。
二人は双子でしたので、王太子の座は弟のものとなりました。
人々は彼をほめたたえ、彼にいままで誰も想像もしなかったような権力を与えたのです。
そうやって、彼はこの国で一番最初の皇帝になったのです。
坊ちゃんの、とおいとおいご先祖さまですよ。
坊ちゃんは早く続きが聞きたい様子。
結論からいいますと、竜を倒したのは下の弟でした。方法は、少し忘れてしまいました。
ですが、どうやって買ったかは問題ではありません。戦いに望む、気構えが勝敗を分けたのです。
二人は双子でしたので、王太子の座は弟のものとなりました。
人々は彼をほめたたえ、彼にいままで誰も想像もしなかったような権力を与えたのです。
そうやって、彼はこの国で一番最初の皇帝になったのです。
坊ちゃんの、とおいとおいご先祖さまですよ。
#サンキュー、ご先祖さま!
さて、ここからがもう一つの物語のはじまりです。
戦いにあと一歩というところで敗れた兄は、自らの意志で国を去りました。
弟は、すでに追っ手をさしむけていましたが、彼らがみたのは空っぽのベッドだけでした。
彼は誰も行こうともしない、荒れ果てた北の大地へと、一歩ずつ足を進めていました。
季節は冬でしたが、彼は凍てつくことはありませんでした。
煮えたぎる野心が、心の中で燃え上がっていたからです。
戦いにあと一歩というところで敗れた兄は、自らの意志で国を去りました。
弟は、すでに追っ手をさしむけていましたが、彼らがみたのは空っぽのベッドだけでした。
彼は誰も行こうともしない、荒れ果てた北の大地へと、一歩ずつ足を進めていました。
季節は冬でしたが、彼は凍てつくことはありませんでした。
煮えたぎる野心が、心の中で燃え上がっていたからです。
そうして、彼は何日、何ヶ月も旅をして、やがて世界の果てにたどり着きました。
それは今では大洋河と呼ばれる大きな河でした。
ですが、当時はそこが世界の果てだと思われていました。
その河の向こうは、天使たちのすむ国だと、みな信じていました。あの世なのだと。
男は悲嘆にくれました。
ここまで多くの旅をしてきて、いろいろな地をみてきた。
だが、自分が求める場所は、そのどこにもなかった。ここで自分の旅は終わるのかと。
河は果てしなく雄大で、どんなに目を凝らしてみても対岸の影すら見えません。
彼は精根尽き果て、大地に倒れ伏しました。
ですが、当時はそこが世界の果てだと思われていました。
その河の向こうは、天使たちのすむ国だと、みな信じていました。あの世なのだと。
男は悲嘆にくれました。
ここまで多くの旅をしてきて、いろいろな地をみてきた。
だが、自分が求める場所は、そのどこにもなかった。ここで自分の旅は終わるのかと。
河は果てしなく雄大で、どんなに目を凝らしてみても対岸の影すら見えません。
彼は精根尽き果て、大地に倒れ伏しました。
#望遠鏡つかえよ!父上が誕生日にくれたやつ、めちゃ遠くまで見えるんだぜ!
気がつくと、男は生暖かい人の息吹を感じました。
彼は、乙女のひざまくらの上に、抱かれていたのです。
大きくて、心配そうな目が、涙の雫をためながら彼を見下ろしていました。
ここはどこでしょう? 男は訪ねました。
しっ、しゃべっちゃダメと、乙女はくちびるに指をあてて注意しました。
そして、自分の口に何かの液体をふくませると、それを口移しで男ののどに流し込みました。
彼は身動きすることもできないほど衰弱していたので、あらがうことなく、それを受け入れました。
苦い薬が、少女の甘い唾液といっしょに、舌を潤わせなんともいえない気分になりました。
男は、すぐに目をつむり、深い眠りの中に落ちていきました。
これで、すぐに元気になるわ。男の寝顔をみながら、嬉しそうに乙女はいいました。
…でも、そうなると…
乙女は急に不安そうな顔をすると、両手で自分の胸をだいてじっと動かなくなりました。
彼は、乙女のひざまくらの上に、抱かれていたのです。
大きくて、心配そうな目が、涙の雫をためながら彼を見下ろしていました。
ここはどこでしょう? 男は訪ねました。
しっ、しゃべっちゃダメと、乙女はくちびるに指をあてて注意しました。
そして、自分の口に何かの液体をふくませると、それを口移しで男ののどに流し込みました。
彼は身動きすることもできないほど衰弱していたので、あらがうことなく、それを受け入れました。
苦い薬が、少女の甘い唾液といっしょに、舌を潤わせなんともいえない気分になりました。
男は、すぐに目をつむり、深い眠りの中に落ちていきました。
これで、すぐに元気になるわ。男の寝顔をみながら、嬉しそうに乙女はいいました。
…でも、そうなると…
乙女は急に不安そうな顔をすると、両手で自分の胸をだいてじっと動かなくなりました。
しばらくし、男は目を覚ましました。
ーーここはどこだろう?
そう思い、あたりを見回すと、どうやら広々とした天幕の中のようでした。
視界の隅に、もくもくと手作業をする少女の後ろ姿がありました。
なにごとかをつぶやきつつ、とても集中しながら、針仕事をしているようすです。
彼は、驚かさないように静かに声をかけました。
「あなたが、助けてくれたのですか?」
いたっ! それでも少女は驚いて、血の付いた針を落とし、ハッとして振り返りました。
それはやはり、先ほどの少女でした。
ーーここはどこだろう?
そう思い、あたりを見回すと、どうやら広々とした天幕の中のようでした。
視界の隅に、もくもくと手作業をする少女の後ろ姿がありました。
なにごとかをつぶやきつつ、とても集中しながら、針仕事をしているようすです。
彼は、驚かさないように静かに声をかけました。
「あなたが、助けてくれたのですか?」
いたっ! それでも少女は驚いて、血の付いた針を落とし、ハッとして振り返りました。
それはやはり、先ほどの少女でした。
その顔は、男が今までみたどんな女性よりも美しいものでした。
髪の毛は稲穂色で、ほっぺたは少し日に焼けて、あかあかと輝いています。
そして目は、まるで空を閉じこめて、宝石にしたように透き通った青色なのでした。
「あら、気がついたのね!」
少女は、晴れ晴れとした声でいいました。
「あなた、もうまるまる2日間も寝たままだったのよ。もう、起きないかと思っちゃった」
「はい、あなたのおかげです。しかし、ここは天国なのではないのですか?
何故なら、あなたはとても美しい。まるで天使のように見えます」
男は真顔で言いました。
ちなみに、彼はたくさんの詩を聞いて育ったので、そういうのがふつうの会話と思っているのでした。
乙女は、微笑みのあまり、目をほとんど閉じたようにして、答えました。
「いいえ、あなたはちゃんと生きているわ。もちろん、私もよ」
そういって、男の手をとり自分の胸にあてました。
「ほら、命の音が聞こえるでしょ。あなたのだって、聞こえてるはずだわ」
「では、ここはどこなのでしょう?」
男が訪ねると、少女は交易で有名な、遊牧民の名を教えました。
「そして、ここは私たちの村よ。季節ごとに、場所を移ろう村…。さ、外に出ましょう。
あなたが起きたら、連れてこいとお父様にいわれているの」
髪の毛は稲穂色で、ほっぺたは少し日に焼けて、あかあかと輝いています。
そして目は、まるで空を閉じこめて、宝石にしたように透き通った青色なのでした。
「あら、気がついたのね!」
少女は、晴れ晴れとした声でいいました。
「あなた、もうまるまる2日間も寝たままだったのよ。もう、起きないかと思っちゃった」
「はい、あなたのおかげです。しかし、ここは天国なのではないのですか?
何故なら、あなたはとても美しい。まるで天使のように見えます」
男は真顔で言いました。
ちなみに、彼はたくさんの詩を聞いて育ったので、そういうのがふつうの会話と思っているのでした。
乙女は、微笑みのあまり、目をほとんど閉じたようにして、答えました。
「いいえ、あなたはちゃんと生きているわ。もちろん、私もよ」
そういって、男の手をとり自分の胸にあてました。
「ほら、命の音が聞こえるでしょ。あなたのだって、聞こえてるはずだわ」
「では、ここはどこなのでしょう?」
男が訪ねると、少女は交易で有名な、遊牧民の名を教えました。
「そして、ここは私たちの村よ。季節ごとに、場所を移ろう村…。さ、外に出ましょう。
あなたが起きたら、連れてこいとお父様にいわれているの」
言われるがままに天幕をでると、そこは一面の草花で、まるで楽園のようでした。
そしてたくさんの男や女が、それよりもっとたくさんの、羊たちといっしょに生活していました。
彼らは大洋河に沿って、旅をする一族でした。
男は、村のものたちに手をひかれて、少女と離ればなれになりました。
別れ際に、彼女がハッキリとわかるほど、悲しそうな顔を見せたのが、彼の胸に残りました。
村は、どうやら彼の歓迎のための準備に入ったようでした。
やがて、遊牧民の族長を囲んで、宴がひらかれました。
そしてたくさんの男や女が、それよりもっとたくさんの、羊たちといっしょに生活していました。
彼らは大洋河に沿って、旅をする一族でした。
男は、村のものたちに手をひかれて、少女と離ればなれになりました。
別れ際に、彼女がハッキリとわかるほど、悲しそうな顔を見せたのが、彼の胸に残りました。
村は、どうやら彼の歓迎のための準備に入ったようでした。
やがて、遊牧民の族長を囲んで、宴がひらかれました。
招かれるまま席につくと、部族の長が語り出しました。
「ようこそ、高貴なる旅人よ」
そういって、自分たちの部族の名前と、自分たちが彼を歓迎していることを伝えました。
男は感謝の礼を述べ、歓迎の杯を飲み干しました。
部族のみなも、それを見て、それぞれの手にある杯を飲み干しました。
族長は次に、慎重に値踏みするように彼をみつめると
「見たところ、そなたはただの旅人ではない。いずこかの王土よりやって参られた、お血筋の方ではあるまいか」
と、男の来歴を訪ねました。
彼は、悪い胸騒ぎをおぼえました。
この部族は交易でさかえる有名な部族であるし、弟に通じているとも限らない。
そこで、自分は武者修行中の、ただの遍歴の騎士であると答えました。
族長は、とたんに興味をなくしたような顔になりました。
「では、この素晴らしい槍は、いったいどこで手に入れたものなのでしょう?」
傍らから、陽光をうけて七色に光輝く、美しい槍を取り出してうたぐるように問います。
それは、彼が王国の宝物庫から盗みだし、そのまま持ってきていた、魔法で鍛えられた槍でした。
彼は内心の動揺を隠しながら、しかるべき武術競技大会で優勝し、手に入れたものだと説明しました。
族長はあまり、信じた風は顔ではありませんでしたが、
とりあえず、男が腕のある武芸者であることは、納得したようでした。
「ようこそ、高貴なる旅人よ」
そういって、自分たちの部族の名前と、自分たちが彼を歓迎していることを伝えました。
男は感謝の礼を述べ、歓迎の杯を飲み干しました。
部族のみなも、それを見て、それぞれの手にある杯を飲み干しました。
族長は次に、慎重に値踏みするように彼をみつめると
「見たところ、そなたはただの旅人ではない。いずこかの王土よりやって参られた、お血筋の方ではあるまいか」
と、男の来歴を訪ねました。
彼は、悪い胸騒ぎをおぼえました。
この部族は交易でさかえる有名な部族であるし、弟に通じているとも限らない。
そこで、自分は武者修行中の、ただの遍歴の騎士であると答えました。
族長は、とたんに興味をなくしたような顔になりました。
「では、この素晴らしい槍は、いったいどこで手に入れたものなのでしょう?」
傍らから、陽光をうけて七色に光輝く、美しい槍を取り出してうたぐるように問います。
それは、彼が王国の宝物庫から盗みだし、そのまま持ってきていた、魔法で鍛えられた槍でした。
彼は内心の動揺を隠しながら、しかるべき武術競技大会で優勝し、手に入れたものだと説明しました。
族長はあまり、信じた風は顔ではありませんでしたが、
とりあえず、男が腕のある武芸者であることは、納得したようでした。
最後に、こう言いました
「さて、我々は強い男の血を、部族の中にとりいれることを何よりの誇りとしている。
そして、私には幸いに美しいことだけがとりえの娘がいる」
そういって、大きく手を叩きました。
おずおずと、うなだれるようにしてその場に現れたのは、男を介抱してくれた乙女でした。
「さて、我々は強い男の血を、部族の中にとりいれることを何よりの誇りとしている。
そして、私には幸いに美しいことだけがとりえの娘がいる」
そういって、大きく手を叩きました。
おずおずと、うなだれるようにしてその場に現れたのは、男を介抱してくれた乙女でした。
しかし、流れでたのは、男の血でした。
乙女の自らもつナイフが、そのやわらかな首元をつらぬこうとしたそのとき、
男の手が、なんのためらいもなくその刃の刀身を握りしめたのでした。
「あ…」
少女が目をみひらきました。
その目を、男の強いまなざしが真正面からみすえました。
「刃は男のものです。それは、守るべきものを、守るためにあります」
男はしっかりと、心からしぼりとるように言いました。
その手から、ドクドクと血があふれでています。
「そんな、ダメよ…」
少女は泣き出しそうな顔をして、手にもつナイフを地面に落としました。
閉鎖された室内に、かたい金属音がなりひびきます。
そして、その瞬間、男は悟ったのでした。
なぜ、竜との戦いで、自分が敗北し、弟がそれに勝利したのかをーー。
彼は、竜を倒し国を手に入れるために槍をえらびました。
しかし弟は、国を守るために盾を手にしたのです。
たったそれだけのことが、決定的な勝負をわかつ、境界線でした。
乙女の自らもつナイフが、そのやわらかな首元をつらぬこうとしたそのとき、
男の手が、なんのためらいもなくその刃の刀身を握りしめたのでした。
「あ…」
少女が目をみひらきました。
その目を、男の強いまなざしが真正面からみすえました。
「刃は男のものです。それは、守るべきものを、守るためにあります」
男はしっかりと、心からしぼりとるように言いました。
その手から、ドクドクと血があふれでています。
「そんな、ダメよ…」
少女は泣き出しそうな顔をして、手にもつナイフを地面に落としました。
閉鎖された室内に、かたい金属音がなりひびきます。
そして、その瞬間、男は悟ったのでした。
なぜ、竜との戦いで、自分が敗北し、弟がそれに勝利したのかをーー。
彼は、竜を倒し国を手に入れるために槍をえらびました。
しかし弟は、国を守るために盾を手にしたのです。
たったそれだけのことが、決定的な勝負をわかつ、境界線でした。
今、男は自らもまた守るべきものを手にしたことを、ハッキリと知りました。
少女はわなわなとふるえる手で、彼の手をとりました。
真っ赤な血が男の手をそめあげ、まるで涙のようにその腕をつたい落ちます。
そしてその手を、いたわるように自らの頬に押しあてました。
「ああ、なんてことを…手は武人の命なのですよ。それを、私ごときのために…」
「男には、命よりも、大事なものがありますよ」
彼は優しくそう言いました。その言葉の意味を、少女もまた理解しました。
そうして彼を見上げる少女の顔は、頬を男の血で真っ赤にぬらしていましたが、瞳は潤いにみちていました。
(本当に、この少女は見るたびに美しさを増していくのだ)
彼は思いました。
しかし、今度はそれを言葉にだすことはありませんでした。
そうすることで、何か大切な感情が、言葉とともに失われていくと思ったのでしした。
その代わり、彼は声ではなく、キスをしました。
最初に、おでこにそっとふれました。
次に、今にもこぼれ落ちそうな涙の滴にあふれるまぶたにふれ、そして鼻の頭に…。
そのたびに、少女の鼓動が高鳴っていくのが感じられました。
最後に、くちびるにふれました。
少女の喉から甘い吐息がもれ、舌からは美しい音色が響きわたりました。
真っ赤な血が男の手をそめあげ、まるで涙のようにその腕をつたい落ちます。
そしてその手を、いたわるように自らの頬に押しあてました。
「ああ、なんてことを…手は武人の命なのですよ。それを、私ごときのために…」
「男には、命よりも、大事なものがありますよ」
彼は優しくそう言いました。その言葉の意味を、少女もまた理解しました。
そうして彼を見上げる少女の顔は、頬を男の血で真っ赤にぬらしていましたが、瞳は潤いにみちていました。
(本当に、この少女は見るたびに美しさを増していくのだ)
彼は思いました。
しかし、今度はそれを言葉にだすことはありませんでした。
そうすることで、何か大切な感情が、言葉とともに失われていくと思ったのでしした。
その代わり、彼は声ではなく、キスをしました。
最初に、おでこにそっとふれました。
次に、今にもこぼれ落ちそうな涙の滴にあふれるまぶたにふれ、そして鼻の頭に…。
そのたびに、少女の鼓動が高鳴っていくのが感じられました。
最後に、くちびるにふれました。
少女の喉から甘い吐息がもれ、舌からは美しい音色が響きわたりました。
そして、二人は交わり、ひとつになったのです。
男は目がさめると、隣で安らかな寝息をたてる少女の存在にきづきました。
彼の心の中に、昨夜のできごとがまるで夢の世界のように、思い浮かんできます。
それは夢の中よりも、夢のようでいて、そして男が生きてきた中で、一番幸せなことでした。
男は少女の寝顔をみつめ、頭をなでながら、ささやきました。
「驚いたよ。君は寝顔もかわいいんだな」
すると、寝ていたはずの少女が突然、クスリと息をもらしました。
そしてがまんできず、笑顔になって、鈴がなるような綺麗な声で笑いだしました。
「そういうあなたは、お寝ぼうさんな、かわいい人だわ!」
少女は笑いながら、半分声にならない声でいいました。
「?」
彼は意味がわからず、それを見つめました。
「もう、わからないの? 先に起きていたのは私よ。あなたが起きそうになったから、寝たふりしてたの」
少女は種あかしをしました。男は、恥ずかしさに顔を真っ赤にしてしまいました。
「あなたの寝顔、本当にかわいかったわよ!」
そういうと、背伸びをして起き上がり、愛おしそうな目で彼をみつめました。
「こんなにすがすがしい朝は、生まれてはじめて。…あなたは、どうなの?」
「もちろん、オレもだよ」
男も笑顔になり、答えました。
彼の心の中に、昨夜のできごとがまるで夢の世界のように、思い浮かんできます。
それは夢の中よりも、夢のようでいて、そして男が生きてきた中で、一番幸せなことでした。
男は少女の寝顔をみつめ、頭をなでながら、ささやきました。
「驚いたよ。君は寝顔もかわいいんだな」
すると、寝ていたはずの少女が突然、クスリと息をもらしました。
そしてがまんできず、笑顔になって、鈴がなるような綺麗な声で笑いだしました。
「そういうあなたは、お寝ぼうさんな、かわいい人だわ!」
少女は笑いながら、半分声にならない声でいいました。
「?」
彼は意味がわからず、それを見つめました。
「もう、わからないの? 先に起きていたのは私よ。あなたが起きそうになったから、寝たふりしてたの」
少女は種あかしをしました。男は、恥ずかしさに顔を真っ赤にしてしまいました。
「あなたの寝顔、本当にかわいかったわよ!」
そういうと、背伸びをして起き上がり、愛おしそうな目で彼をみつめました。
「こんなにすがすがしい朝は、生まれてはじめて。…あなたは、どうなの?」
「もちろん、オレもだよ」
男も笑顔になり、答えました。
そうして、新しい一日がはじまりました。
…それは、男の人生の中でもっとも幸せなはじまりをした一日であり、
同時に、もっとも辛く悲しい終わり方をする、一日だったのです。
…それは、男の人生の中でもっとも幸せなはじまりをした一日であり、
同時に、もっとも辛く悲しい終わり方をする、一日だったのです。
二人は起きると、ベッドの上に並んで腰かけました。
「私の父が、恐ろしい人だってことは、言ったでしょう?」(※)
少女が、沈うつな面もちで話しはじめました。
男もまた、それに対しては、いきどおりを隠せませんでした。
「あの男は、はじめて私を客人にだしたとき、私がそれを拒むと、ムチ打って豚小屋に閉じこめたわ」
その声は、ふるえていました。
「そして、一週間がたつと扉をあけはなち、こういったの」
ーーどうだ。例えどんな男と寝ることになろうと、豚のクソにまみれて寝るよりはまだマシだろうよ。
それとも、豚とでも寝かせたら”はらん”でくれるか? お前は壊れている。壊れたものは、けっして文句をいわんものだ。
その頬に、涙が流れるのを、彼はなにもできず見つめていました。
今は、すべて話させ、涙を流しきるのが、少女のためだろうと思ったのです。
「ここでは、子供を産めない女は、人間として扱われないわ。…特に、それが部族の長の娘では。
彼は、それを恥だと思っているの。自分の長としての尊厳が、踏みにじられたのだと。
だから、きっとあの男は私を許さないわ。いずれ、殺されてしまうわ…」
少女の手が、救いをもとめるように彼の手を握りしめました。
男もまた、それを強く握りかえしました。
「いっしょに逃げましょう。…あなたも、追われているのでしょう?」
彼は自らの出自を語らず、彼女もまたあえて聞きませんでしたが、事情は察せられているようでした。
男の決心は、最初から決まっていました。
なぜなら、この少女を守ることが、自分の運命だと今は強く信じていたからでした。
そして、男もまた自らを語りはじめました。
「私の父が、恐ろしい人だってことは、言ったでしょう?」(※)
少女が、沈うつな面もちで話しはじめました。
男もまた、それに対しては、いきどおりを隠せませんでした。
「あの男は、はじめて私を客人にだしたとき、私がそれを拒むと、ムチ打って豚小屋に閉じこめたわ」
その声は、ふるえていました。
「そして、一週間がたつと扉をあけはなち、こういったの」
ーーどうだ。例えどんな男と寝ることになろうと、豚のクソにまみれて寝るよりはまだマシだろうよ。
それとも、豚とでも寝かせたら”はらん”でくれるか? お前は壊れている。壊れたものは、けっして文句をいわんものだ。
その頬に、涙が流れるのを、彼はなにもできず見つめていました。
今は、すべて話させ、涙を流しきるのが、少女のためだろうと思ったのです。
「ここでは、子供を産めない女は、人間として扱われないわ。…特に、それが部族の長の娘では。
彼は、それを恥だと思っているの。自分の長としての尊厳が、踏みにじられたのだと。
だから、きっとあの男は私を許さないわ。いずれ、殺されてしまうわ…」
少女の手が、救いをもとめるように彼の手を握りしめました。
男もまた、それを強く握りかえしました。
「いっしょに逃げましょう。…あなたも、追われているのでしょう?」
彼は自らの出自を語らず、彼女もまたあえて聞きませんでしたが、事情は察せられているようでした。
男の決心は、最初から決まっていました。
なぜなら、この少女を守ることが、自分の運命だと今は強く信じていたからでした。
そして、男もまた自らを語りはじめました。
二人は大洋河を越えて、北の大地を目指すことを決心したのです。
まるで、銀色の炎が、風の中にゆらめいているようでした。
男の髪は、兄の黄金色とはまぎゃくに、ほとんど純白ともいえるシルバーでした。
その髪の毛のうえに、太陽の光を真正面からてりかえす、輝く王冠がのせられていました。
男は、オーデニア帝国の若き皇帝でした。
皇帝は、豪奢なベランダに立ち、どこまでも続く大地をみおろしていました。
今や、この見渡すかぎりのすべてが、彼の所有物なのでした。
人も、鳥も、獣も。
草や木や、大地や、空も。
そして、いずれは海の彼方までも…。
男は生まれてはじめて、生きるということの充足感に満たされていました。
それは、野望という名の、燃え上がる炎でした。
その内なる炎が、若き皇帝の美貌を、このうえなく輝かしいものに染めあげていました。
でしが、その火にはひとつだけ、邪魔なものがあるのでした。
後ろで、気配がありました。
「愛するわが子や。私が聞いたことは、本当なのですか?」
「母上」
皇帝がふりかえると、そこには瞳に憂いをたたえた母が立っていました。
そして同時に、母は、息子の表情から、自らの問いの答えをしりました。
「おお、なんと恐ろしいことを…。あの男は、この世で誰よりも残酷に人を殺すのですよ」
「そして、もっとも確実に人を殺します」
皇帝はかえしました。
「なぜ、殺すのですか? どうしても、殺す必要があるというのですか?
あなたたちは、私の血をわけた、実の兄弟なのですよ…」
「この世には、血より、尊いものがあります。それは人の情であり、心の絆です。
私は王ですよ、母上。王とは、人の絆の頂点に君臨する存在。
人々の絆によって紡がれる、平和を守る義務があります。
しかし、王自信は情によっては動かぬものです」
彼は、自信とも、冷淡ともみえる表情でそういいました。
「あの男が生きていれば、再びこの国にわざわいが起きるかもしれません。
それゆえに、私はみずからの兄を殺さねばならないのです。確実に、できるかぎり早く」
母は息子の言葉の決意を、はっきりと理解しました。
そして、糸が切れたようにうなだれました。
「おお、神よ…。
私はあなたたち二人がともに竜を倒してくれることを願い、宝物庫の鍵を渡したのですよ。
まさか、こんなことになるとは…」
「ならばまさにそのとき、運命の扉が開かれたのでしょう。私は選んだのです、王の道を」
皇帝はいい、もういちど大地を見下ろしました。
えもいわれぬ満足感と安心感が、くちもとをゆがめさせました、
刺客は、放たれたのです。
男の髪は、兄の黄金色とはまぎゃくに、ほとんど純白ともいえるシルバーでした。
その髪の毛のうえに、太陽の光を真正面からてりかえす、輝く王冠がのせられていました。
男は、オーデニア帝国の若き皇帝でした。
皇帝は、豪奢なベランダに立ち、どこまでも続く大地をみおろしていました。
今や、この見渡すかぎりのすべてが、彼の所有物なのでした。
人も、鳥も、獣も。
草や木や、大地や、空も。
そして、いずれは海の彼方までも…。
男は生まれてはじめて、生きるということの充足感に満たされていました。
それは、野望という名の、燃え上がる炎でした。
その内なる炎が、若き皇帝の美貌を、このうえなく輝かしいものに染めあげていました。
でしが、その火にはひとつだけ、邪魔なものがあるのでした。
後ろで、気配がありました。
「愛するわが子や。私が聞いたことは、本当なのですか?」
「母上」
皇帝がふりかえると、そこには瞳に憂いをたたえた母が立っていました。
そして同時に、母は、息子の表情から、自らの問いの答えをしりました。
「おお、なんと恐ろしいことを…。あの男は、この世で誰よりも残酷に人を殺すのですよ」
「そして、もっとも確実に人を殺します」
皇帝はかえしました。
「なぜ、殺すのですか? どうしても、殺す必要があるというのですか?
あなたたちは、私の血をわけた、実の兄弟なのですよ…」
「この世には、血より、尊いものがあります。それは人の情であり、心の絆です。
私は王ですよ、母上。王とは、人の絆の頂点に君臨する存在。
人々の絆によって紡がれる、平和を守る義務があります。
しかし、王自信は情によっては動かぬものです」
彼は、自信とも、冷淡ともみえる表情でそういいました。
「あの男が生きていれば、再びこの国にわざわいが起きるかもしれません。
それゆえに、私はみずからの兄を殺さねばならないのです。確実に、できるかぎり早く」
母は息子の言葉の決意を、はっきりと理解しました。
そして、糸が切れたようにうなだれました。
「おお、神よ…。
私はあなたたち二人がともに竜を倒してくれることを願い、宝物庫の鍵を渡したのですよ。
まさか、こんなことになるとは…」
「ならばまさにそのとき、運命の扉が開かれたのでしょう。私は選んだのです、王の道を」
皇帝はいい、もういちど大地を見下ろしました。
えもいわれぬ満足感と安心感が、くちもとをゆがめさせました、
刺客は、放たれたのです。
〈第1部 終 〉