創作発表板@wiki内検索 / 「act.19」で検索した結果

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  • act.19
    act.19 ファーガスとの約束の日を迎えた。シアナは指定された場所へ向かう。 そこは闘技場だった。アンフィテアトルムと呼ばれる戦いの場。 古代ではそこで、奴隷同士を戦わせ、多くの観客達がそれを楽しんだと言う。 娯楽の少ない時代のことだ。随分賑わい、闘技場は盛況だったと伝えられている。だが今はその面影さえない。 ここが使用されなくなって、多くの年月が経過した。 周囲を囲う円形の建物は殆ど崩れかけており、壁にはいくつもの亀裂が走っている。 手入れをするものがいない闘技場は、緩やかな崩壊へと進んでいた。 しかし、一対一の戦いを行う上でこれほどまでに相応しい場所は他にないだろう。 かつて多くの人間がここで戦い、ここで生き、ここで死んだ。 かの地で今日、二人の騎士が戦うのだ。名目上は演習。そして実際は、決着を着けるために。 寂れた闘技場の舞...
  • act.1
    act.1 ―ズウンッ その震動は、森全体に轟き大地を揺るがした。 宿り木に羽を休めていた鳥達は逃げ場を求めて羽ばたいていく。 揺らいだものが何であるか悟っているのだろう。 鳥達が消え去ったあとには、静寂が残される。虚空を見上げながらしゃがみこむ女がいた。 息を飲んで気配を殺し、奴が来るのをひたすらに待つ。 長く伸びた髪は静寂さえ飲み込んでしまうほどの漆黒。 対して肌は白磁のような真白。 そして固く閉ざされた唇はどちらでもない深紅。 三色をひめやかに纏い、女は沈黙する。 身を覆うのは銀の甲冑であり、しなやかに研ぎ澄まされた緊張感であった。 (さあ、来るがいい) 音がした方角を睨み付ける。 ごくり、と唾を嚥下した。 (来たら――私がこの手で、やってやる、お前に一撃も浴びせられることなく) ざわあっ……空気が変わる気配がした...
  • act.12
    act.12 「……シアナ隊長……」 「根を詰めて訓練しても力は付かないわよ。それにそんな萎れた様子でやってどうするの」 イザークは剣を下ろす。 怒りに震えているような、悔しさで自分が許せないような、今にも泣き出しそうな、そんな酷い顔をしていた。 「僕、馬鹿でした。隊長のこと何も知らないで勝手なことばかり……」 そうね、と呟くシアナ。だがその表情に蔑みはない。 イザークの言い分もよく分かる。それが自分の背負ったものと相反するものだった。それだけだ。 「助けてくれてありがとうございました。本当なら見捨てられて当然ですよね。 それなのに、エレ隊長まで俺を助けに来てくれるなんて、 ……シアナ隊長のおかげです」 「どういたしまして。……礼ならエレにも言っておきなさい。龍を倒してくれたのは、エレだから」 「はい。……あの、隊長」 「うん?」 ...
  • act.14
    act.14 「ふー、あんたにも苦手なものがあるのね。意外だったわ」 「フン」 エレは顔を背けると、席を立ちスタスタと歩いていってしまった。 (あーあ、あれは相当頭に来てるな。話しかけたら殺すオーラが出てるわよ) シアナはくすりと笑う。……いいことを聞いた。 これでこの先、エレをからかうタネが出来たと悪戯っ子のようにほくそえむ。 でもそれ以上に、奴の人間らしさが垣間見えたことが新鮮で。 それがなんだか――ほんの少しだけ、嬉しかった。 シアナも食事を済ませ、ウィナにご馳走様と告げると食堂を出る。 入り口付近で、誰かと肩がぶつかった。 「あ、ごめん――」 衝突した相手と顔が合う。 「これはこれは第三騎士隊のシアナ隊長ではありませんか」 大仰な仕草で一礼してみせると、その男――第二十四騎士隊隊長のファーガスは微笑する。...
  • act.18
    act.18 自室へ戻ってきたシアナは鎧を脱ぎ、私服へ着替える。 騎士の身なりから、歳相応の女性の姿へと変わる。 この格好で街中を歩けば、彼女を知らないものはまず騎士だとは思わないだろう。 さらに、彼女がまさか龍殺しの騎士と呼ばれる者だとは夢にも思うまい。 「……ふぅ」 乱れた髪を梳かし、顔を洗う。いくら荒事に従事しているとはいえ、外見まで疎かになるのは嫌だった。 いや、荒事に従事しているからこそ、せめて見た目だけはきちんとしていなければ。 服装の乱れは気の乱れという。いくら逼迫した状況だろうが、何時も通りを心がけるのがシアナの信条だ。 寝台の上に腰を下ろす。 重い装備から開放され、束の間の休息を得る。 ……本当に、束の間だ。休むことさえままならない、一時の猶予。 演習は明後日。リジュには完治するまで剣をふるうのは禁じられ...
  • act.15
    act.15 昼過ぎの中庭。空は快晴で穏やかな陽気である。第四騎士隊と、第二騎士隊が時を同じくして訓練を行っていた。 第四騎士隊の隊長、リジュは中庭の隅で、自隊の様子を観察している。 一方、第二騎士隊の隊長、エレはというと、不在だった。 大勢と訓練することを好まないエレは、訓練時、頻繁に姿を消すことが多い。 決してさぼっているわけではなく、本人は隊員とは個別に訓練を行っているらしかったが、エレが訓練を行っているのをみたものはいない。 それを、隊員は「隊長は訓練姿を見られるのが嫌なのだろう」と考えていた。プライドが高く不遜な男である。自分の訓練の姿を他人に 見せたくない、というのはあっても良さそうな話だった。そしてそれは、実際の所、大半当たっている。 エレの訓練はスパルタもいい所なので――何しろ死者が出たくらいだ――不在してくれた方が隊員の身の為ではあるが、 ...
  • act.13
    act.13 翌日から、第三騎士隊ではまた厳しい鍛錬が始まった。 シアナは訓練に励む隊員に声をかけ、激を飛ばす。 特に――やはりといっていいか、イザークには他の者より大目に。 が、イザークの様子は以前と違った。強くなると決めた決意が、彼を忍耐強くしていた。 シアナの言葉を真剣に聞き、自ら率先してアドバイスを乞う。泣き言は決して口にしなくなった。 その様変わり具合に、他の騎士達も少し驚いているようだった。 第三騎士隊が訓練に励む景色を、ズイマが窓辺から眺めていた。 「ご飯できましたよ~!! みなさん、そろそろあがったらどうですか?」 食事番の老婆ウィナが昼食時を知らせに来る。 「そうね。そろそろお昼にしましょうか」 シアナの言葉で隊員は訓練を終えて、食堂へと向かった。 席に着席し、出来立ての昼食を頬張る。本日の昼食は野菜サラダとスープ、...
  • act.16
    act.16 「リジュの知り合いかあ。リジュ元気にやってますか? あ、適当に座ってください」 紅茶を優雅にすすりながら、少女はちょこんと首をかしげる。 どうでもいいが、紅茶が入っているのがビーカーなのが激しく気になった。 しかも本人が腰掛けているのは、何段にも重ねられた本の山の上である。 座れといわれても、部屋の中は難しそうな本や資料で埋め尽くされており足の踏み場がない。 混沌とした研究室だ。仕方ないので立ったままで話をすることにする。 「ええ。いつも変わらず元気よ」 「そっかあ。よかったです、で、私に話ってなんですか?」 「……じゃああなたが本当に」 「はい。シェスタ・バルテルムですよ。さっきから言ってるのにい~。 よくお姉さんみたいに疑う人がいますけど、シェスタは正真正銘院生です。飛び級で大学に入って、大学院まで進んだんですよ、えっへ...
  • act.11
    act.11 「……あれも破壊すべきだな」 エレが卵に視線をやる。 イザークはハッとした。あれは龍の卵だ。殻を破り、生れ落ちたならばシアナを狙いにやってくるだろう。 でも、まだあれは生まれてもいない命だ。それを奪うのは、イザークの中の良心が咎める。 だが。 刻印を持たず、シアナの苦悩を知らない自分に止める権利があるのか。 「隊長……」 善悪など分からない。シアナの行為が正しいとか正しくないとか、そういうことは分からない。 それでも、それでも、まだ生まれてすらない者の命を剥奪してしまうのは、断じて正しいことではないはずだ。 縋るような目でシアナを見るイザーク。シアナはハア、と息を吐いた。 「そうね。あれは卵だわ。でもあれが……龍の卵かはわからない」 「え……」 「気でも狂ったか? ここは龍巣。産み落とされたものは龍卵以外ありえないだろうに...
  • act.17
    act.17 「……お姉さんの刻印は何の刻印なんですか?」 「私の刻印は、龍殺しの刻印よ」 「そう、ですか……珍しい刻印ですね。初めて聞きました、そちらのうさ……いえ、お兄さんは?」 うさぎといいそうになって慌てて言い直すシェスタ。エレは低い声で「悪魔の刻印」と呟いた。 「それも初めてです……どちらもレアな刻印だと思います。シェスタ四千種類の刻印を知ってますが、その中に含まれていません」 「そんなにあるの?」 「ええ。過去の資料にはそうあります。といっても今では持ってる人は殆どいないですけどね」 「……そう」 「私が教えてあげられることはこれくらいです。……それだけじゃちょっとシェスタみっともないので、二つの刻印について調べておきます」 「調べられるの? 見た事ないんでしょ?」 シェスタは自信満々にない胸を叩いた。 「任せてください!! ま...
  • 中二病な小説設定
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  • act.10
    act.10 イザークは龍にさらわれて、空を飛んでいた。 最初は怯えて叫びまくっていたが、あまり暴れると、龍が爪を離して地面に墜落するかもしれない。 出来るだけ体を動かさないようにして身を委ねた。 雲が近い。……こんな状況下なのに、景色を楽しむ余裕のある自分に苦笑する。 もしかしたら、もう助からないことが分かっている故に達した境地なのかもしれなかった。 しばらくすると、龍は山の脇、ぽっかり空いている洞窟の中へ飛び込んだ。 「うわっ」 どさりと乱暴に放り投げられる。痛みはさほどでもなかった。 草や枝が集められ、敷き詰められている場所に落とされたのだ。 ……ここが巣なのかもしれないなあ。イザークは能天気に思うと、周囲を見回した。 「あれ? これ……」 草の中に、丸い膨らみを見つける。手を使い探って見ると、大きな卵が現れた。 鶏の何...
  • act.41
    act.41 さあ、刻印よ、龍殺しの刻印よ。 お前が敵を嬲るのにうってつけの機会はここに。 聞け!! そして記憶を辿れ!! 私は今、全身全霊の力を持って――龍を討つ!! 刻印は発動した。紫の光が周囲を埋め尽くす。 剣は向かってきた龍の腹を抉り、ひと刺しで骨身を貫通する。 断末魔を叫ぶ龍。切り裂かれた腹部から内臓がばらばらと散らばり、体液が雨となってシアナへ飛散する。 龍は一際高い声をあげて、落下した。 惨たらしい遺体が地面の上に仰向けに横たわる。 紅蓮の龍は息絶えた。それでも奴が吐き出した炎の勢いは未だ衰えない。 「……はあっ……はあっ……」 呼吸を繰り返しながら、シアナは剣を地面に突き刺して膝をついた。 刻印の力が収まっていく。――ズクン、内部から心臓を丸ごと掻き毟られる感覚にシアナは呻いた。 龍の魂が、シアナの...
  • act.3
    act.3 「何よ。不満なの。剣の構えもなってないし、私に近寄ってくる時も隙だらけ。 そんなんじゃ戦場に出たら殺してください って言ってるようなものね、精進が足りないわよ」 「……す、すいません……じゃ、じゃあ頑張ります」 ああ、父君、母君。息子は最期まで立派に戦いました。それももうここまでのようです。 また始まってもいない鍛錬に備えイザークは心の中で、最期の遺言を考える。 「うう……尊敬するシアナ隊長に殺されるなら本望です」 「何言ってるのアンタは。私を勝手に人殺しにしないで頂戴」 「でも死にます、九割死にます。騎士隊の中でもシアナ隊長のスペシャルメニューって特に厳しくて死人が出るって話じゃないですか」 シアナは一瞬、沈黙して目を逸らす。 「し、死人なんて出たことないわよ」 「嘘ですっ!!絶対嘘ですーー!!今の間は何で...
  • act.52
    act.52 マントがなびく。風に攫われる前に前に出る。 剣撃を立て続けに放つ。呼吸が聞こえない程、速く。 ――決して逃がすな。追い詰めろ。 声もなくビィシュから刃が振るわれた。 細い月のような軌跡が残像として瞳に焼きつく。 「ぐ……っ」 ギインギイン!! 切っ先を直前の所で、太刀が受け止める。 ――押されている。 「シアナ隊長!!」 イザークが名を呼ぶ。 「大丈夫よ、手出しは不要!! イザークは黙って見てなさい!!」 攻防はビィシュの優勢にあった。 一対一、万全の戦いならば優勢を決定するのは武力に寄る所が大きい。 武力が勝る側が有利を取るのは必然と言えた。 刃の競合が続く。 長期戦に持ち込まれれば、ビィシュに体力が劣るシアナは不利だ。 それを計って、シアナは唇を...
  • act.32
    act.32 強敵と打ち合う最中に感じる昂ぶり。 この高揚感はどうだ。 退屈で蒙昧な日常では味わうことの出来ない、感奮がここにはある。 これが愉しめるのならば幾らだって肢体を血に染めて剣を振るおう。 何千という戦場に訪れ、刃向う奴は全て虐殺してやろう。 俺が心底満たされるまで終わりのない饗宴を続けよう。 「ああ、だが駄目だな――」 幾ら剣を交わした所で、心底胸が躍るような事はありはしない。 俺を狂喜に駆り立てる獲物はただ一人だ。シアナ。龍殺しの騎士。 あいつと視線を混じらせ、敵意と殺意を感じた時にだけ心は震える。 反して乾きは止むことなく増していく。 「お前では、物足りない……」 故に、満たされることなど、ありはしない。 心はいつも乾いている。この身はいつでも血を求めてやまないのだから。 ……そう、龍殺...
  • act.33
    act.33 「皆さん、ご無事ですか!?」 「……リジュ」 疲弊したシアナの前にリジュが駆けて来る。 彼はシアナの前に屈む。怪我の具合を見るなり直ぐに回復呪文を口にする。 暖かな微風がシアナを取り囲んだ。 傷を負った部位に手を添えて、応急処置に布を巻く。 「ごめん、ありがとう……」 「いいえ、これが仕事ですから。動けますか?」 「なんとかね……ぐっ」 体を起こそうとすると痛みが襲う。 無理に起き上がろうとするシアナを制し、リジュは腰をあげた。 「まだ無理そうですね。僕の回復呪文は即効性があるものじゃないのでじわじわ効いてくると思いますが……」 「さっきよりは大分マシになったわ」 「それはよかった」 優雅に微笑するリジュの背後を狙い、兵士が剣を振り翳した。 「――あ!!」 しかし。シ...
  • act.2
    act.2 急所目がけて狙った剣は深々と体内に入り込み正面から心臓を射ぬいていた。 龍の巨体が崩れ落ちる。 足元が衝撃でぐらりと震動した。 動かない龍を見て女は息を吐く。緊張が解けたからだろう。 全身がゆるやかに弛緩していく。 剣の光は消え去り虚脱感が腕の先から広がっていった。 「……」 女に刻まれているのは龍殺しの刻印。 刻印とは先天的に刻まれた呪いであり、その呪いの副次的に能力が発生するものである。 女の相手が龍ならば、死ぬことはありえない。所有者が意識し刻印に触れるだけで、刻印の力は解放される。 女の場合、それは「龍を絶対的に殺す」というものであり、龍種に対して女は無敵である。 先程のように光を剣に宿せば龍の鱗がどんなに硬くとも貫通し、心臓を貫く。反対に龍の攻撃は女の前において無力と化す。 故にそれは呪いであった。...
  • act.4
    act.4 シアナは部下の騎士達を率い、フレンズベルの城へ帰還した。 早速、騎士隊を総括するズイマ騎士総長の元へ報告へ向かう。 総長は王と同様に、全ての騎士隊に命令を下す権限を持っている。 総長の意が騎士隊全ての総意であり、騎士隊の中で最も偉い人間がこのズイマであった。 首まで伸びた白髪は年齢を感じさせるが、若々しい表情からは老いを全く感じられない。 年齢は五十前半という話だが、直接聞いたわけではないので実際年齢は不明である。 剣の腕も確か。ダンディな容姿から騎士隊の中だけでなく、国民からの人気も高い。 勿論それはシアナも例外ではなく、尊敬できる上司の一人だ。 シアナの簡素な報告を、いかめしい顔で聞いていたズイマは話を聞き終えると、緊張を解いて微笑んだ。 「……ご苦労だった。森への討伐、疲れただろう。今日はゆっくり休むといい」 「はっ、お...
  • act.47
    act.47 「だが、そうだな。……多分、俺は奴が拾わなければ、行く場所もなく野垂れ死んでいたのだろう。 ……俺は、そのズイマを、奴を殺した。これ以上の罪が何処にある? 刻印のせいなどということは関係がない。 俺がズイマを殺した。それだけが事実だ。 刻印が罪だというのなら、おそらくそうなのだろう。 これは罪だ。所有することが罪悪ならば、使い続けることも罪悪なのだ。 “刻印”という罪の存在を許すこと、それがすなわち罪なのだからな」 「罪……?」 「ああそうだ。お前もとっくに自覚しているだろう? 何故、刻印を使えば使うほどに力が増し、対価が重くなるのか。 答えは簡単だ。刻印を使えば使うほどに、俺達の罪もまた重くなるからだ。 俺もお前も、咎人だ。罪を負い、罪を犯しながらしか進むことが出来ない。 許されようなどと考えるな。救われようなどと甘い夢を見る...
  • act.9
    act.9 「…………だから、何よ」 「もったいぶることなく最初から刻印の力を使えばよかったのだ。大方貴様のことだ、刻印 を使わずとも倒せるのではないかなどという甘い考えを持って戦ったのだろう」 「それは……」 「ふん。あのような敵相手に、一撃を浴びれば普通、即死するぞ。故に攻撃は全て避けるのが勝利の前提だ。 お前は龍殺しなどと謳われている癖にそのようなことも理解せんのか、救いがたいな」 エレの言う事は正しい。確かにシアナは――あの巨龍に対して余裕を感じていた。 命を取られるかもしれないと分かっていながら、刻印の保持者であることに慢心していた。 否定できない驕りがあったのだ。 「窮地に立たされなければ全力を発揮できないようでは、いつか足元をすくわれるぞ」 「……」 悔しいが事実だ。 何も言い返せないでいると、エレは馬鹿にした...
  • act.48
    act.48 風が吹いた。 エレは、たった一瞬。 それでもシアナを真正面から見て、笑った。 それはいつもの皮肉めいた笑顔だった。 「無理だな。お前に俺が殺せるわけがない」 「どうして」 「俺らの力は五分。実力が互角ならば勝敗を決めるのはなんだと思う。 運か、神の加護か。 いや、違うな。それは、殺意だ。 戦いにおいては相手を殺したいと思う気持ちが勝る方が常に圧倒する」 だから、とエレは続けた。 「お前に、俺は倒せない。 俺はずっとお前を殺したいと思っていた。死闘の果てにこの手で、お前の命を断ちたい、と。 以前よりお前を“殺したい”と望み続けてきた俺と、今ここで決意したお前とでは、年月も思いの深みも違いすぎる。 ……お前は、甘いのだ。俺を救うなどと戯言を吐く気持ちがある以上、お前の敗北は決まったようなもの」 ...
  • act.22
    act.22 シアナがファーガスと闘技場で闘ったという噂は、瞬く間に騎士隊に広がっていた。 それは当然、総長のズイマの耳にも届いていた。 ようやく動けるようになったシアナは、すぐさまズイマに呼び出され、事のあらましを説明するように命じられた。 「今回の事、様々な方面から話を聞いたぞシアナ」 「……はい」 「私は一ヶ月間、お前に休養を命じた。しかしそれは間違いだったと見える。休むどころか隊長同士で私闘騒ぎとは」 「……」 「ファーガスは行方不明、お前は半死半生の状態で帰還したと聞いたときは、正直驚いたぞ」 何も言えずにシアナは黙り込んだ。確かに――あれは演習と銘打ってあったが、第三者からしてみれば私闘以外の何物でもない。 それを咎められるのは当然の事だ。シアナは改めて自分の行った事がどれ程のだったのかを考えさせられた。 落胆するように...
  • act.39
    act.39 随分待たせてしまったというのに、さっきと変わらない態度のイザークに申し訳ない気持ちが湧いてくる。 「……ごめん」 「やだなあ。謝らないでくださいよ、今日楽しかったですか?」 「そうね、悪くなかった」 「ならいいんです、僕も楽しかったですから」 イザークは満足そうに微笑んで、シアナの隣を歩き始めた。 ――お姉さんは、このままだと死にます。 ――これを持った所有者は……徐々に死に脅かされ、例え刻印を使わなくとも、いずれ死にます。 シェスタの告げた真実が耳に焼き付いて離れない。 「隊長、どうかしたんですか」 「え?」 「顔色よくないから……あ、もしかして怪我が痛むんですか?」 「……何でもないわ、平気よ」 「そう……ですか。帰ったらゆっくり休んでくださいね」 祭が終わろうとしている。 ...
  • act.40
    act.40 「ぐ……っ、が……な、にを…」 必死に手足をばたつかせ、逃れようとするシアナ。 エレは容赦なく力を込めていく。 「……うるさい……目障りだ」 目が、雰囲気が、いつものエレではない事にシアナはその時初めて気付いた。 エレはこんな形でシアナを殺そうとはしない。 殺そうとするならば、剣だ。 私もエレも対等な状態で、全力で打ち合った果てに私を殺すことを望むはずだ。 違う。目の前の人間はエレじゃない。これは……誰だ? 呼吸がままならない中、シアナはエレの顔を見た。――悪魔の刻印を。 刻印は黒く、赤く燃えていた。 頬を覆うように、広がっているそれは、シアナが今まで戦ってきたモノを思わせる――鱗。 ふいに首の拘束を解かれ、シアナは床に崩れ落ちた。 「……はっ、はあ……」 「もう俺に構うな……次に声を掛け...
  • act.30
    act.30 一方その頃。 新米騎士イザークは血腥い激戦の中、奮闘していた。 あの地獄のような特訓でシアナが忠告してくれた教えを、頑なに守り、戦い抜いている。 脇が甘い、と言われた。だからもう二度と隙を作らないように姿勢を維持する。 柄を握る力が入りすぎていると言われた。力は最小限でいい。大事なのはいかに最小の力で相手を捻じ伏せるかだ。 それから踏み込みが遅いと言われた。だから意識して、もっと速く――そう、それこそシアナのように動けたら。 (でも……それじゃ、駄目だ) 自分が目指すのは、あの人じゃない。 自分は、隊長になりたいんじゃない。 自分がなりたいのは――…… 「うわああっ!!」 斬撃。 横に並んで戦っていた仲間が倒れる。 「……!!」 仲間を切り伏せたのは龍の騎乗したゴルィニシチェ兵の一人だった。...
  • act.6
    act.6 翌日、明朝から第三騎士隊では騎士の鍛錬(スペシャルメニュー)が始まった。 城内の中庭で訓練は行われる。隊内全員集めての大規模な訓練だ。 中でもイザークは特別に、シアナに一対一で鍛錬を受けている。 イザークには何度もシアナの激が飛んだ。 「何だそのへっぴり腰は!!お前それでも騎士のはしくれか!!情けない!!」 「す、すいませ~ん!!」 「脇が甘いっ!!基本動作からやり直せ!!素振り二百回!!」 「ひいいー!!」 「だから、腰が引けてると……さっきから言ってるだろうがーー!!!」 ズカポーン!!シアナの乱暴な手刀がイザークに命中する。 イザークは盛大に気絶した。 「あ、しまった……ちょっと誰かイザークを救護室まで連れて行って!!」 とまあ始終こんな感じである。 他の騎士達も、イザークの無様な有様に苦笑ぎみだっ...
  • act.8
    act.8 何十匹目かの龍を切り裂くとシアナは宙に目をこらした。 (まだいなくならない、一体何匹いるの……!?) 周囲に散らばる龍の遺骸はざっと見ても百を超える。それなのに空にはまだ余りあるほどの龍がひしめいている。 これだけの龍が何処から湧き出てきたのだろうか。それも彼らは、明確な目的をもってシアナ達を襲っているように見える。 まるでここに進入した者を、逃さんとするかのように。 騎士の中には龍の攻撃を受けて怪我を負った者も何人か出てきていた。怪我人は後方へ退避させているが、また襲われないとも限らない。 状況が長引けばこちらが不利だ。自分とエレがいる限り負けることはないだろうが、数が多すぎる。 「早くケリをつけないと……っ!!」 飛来者に肉薄し、一撃で落とし、次の標的へ向かう。 全ての動作をひとくくりで行い、またそれを繰り返す。抹殺の流...
  • act.27
    act.27 ――行け、と。 ノクトが顎を動かしただけで、蒼黒龍はシアナ目掛けて動き出す。 巨体の影がシアナを覆う。死神がシアナを覗き込んでいる。 その眼は血に餓えた獣よりも貪欲に龍殺しを狙っていた。 刻印の呪いによりその凶暴性は増幅されている。獲物は龍殺しの刻印を持つシアナ一人。 龍の口が開く。連なった牙は鋸のように、舌は血潮よりも紅蓮。感じたのは死ではなく、地獄。 間近で感じた吐息に、全身が凍る。 直感する。食われたら地獄より苦しい痛みが全身を貫くだろう。 「……ッ」 咄嗟に傍にあった剣を掴む。戦闘に倒れて動かない部下の剣を。人の身になれば凶刃な刃も、 死神を相手にするには、あまりにも細い剣。奴の殺戮の牙を砕くにはあまりにも脆い剣。 今のシアナには、目の前の死神を穿つ力さえない。 (どう……すれば……っ) ...
  • act.38
    act.38 『悪魔とは異国の言葉で龍のことです。 昔、龍殺しの刻印を持つ騎士がいました。その騎士にやられた龍がおりました。 龍は死にそうな身体でなんとか這い蹲り、騎士の手から逃れました。 そして暗い洞窟の中で、まれにやってくる人間を喰らいなんとか生き延びていました。 そこに人間の娘がやってきました。龍は自分を怖がらない娘を新鮮に思いました。 最初は、娘も食べてしまうつもりでいたのですが、話をしているうちに、親しみを覚えてしまい、 娘に手を出せなくなってしまったのです。 ……ですが龍は龍。人間を目の前にして、平静でいられるはずもありません。 段々と龍の本能が目覚めていき、龍は娘を食べてしまいました。 龍は泣きながら、娘を食べている自分に吐き気がしました。 娘は食われながら龍に呪いをかけました。 それは、呪われたものが誰かを殺せば殺すほ...
  • act.34
    act.34 「Ανεμο χορον」 一陣の風が猛りをあげてノクトへ迫る。 風を追いノクトへ突っ込んでいくエレ。 意図したものか、はたまた偶然の御技か。烈風とエレの太刀が重なり、ノクトへ降り注ぐ。 「……はっ!!」 風と剣と。二つの刃が絡み合い、一撃となって――ノクトを狙う!! 肩からばっさりと引き裂かれ、ノクトは僅かに顔をしかめた。 「……一人では無謀と、二人で突進してきたか」 「卑怯だと哂いますか? 今更手段を選んでる暇はありませんから。全力で叩き潰します」 「ふっ、いや、いい決断だ。しかし一歩遅かったな……」 「何」 上空を見上げるノクト。リジュも煽られるようにして空に視点を移す。 禍々しい影が上空を埋め尽くす。そこに、南方から飛来する影の一群が見えた。 「あれは……増援!?」 これ以上、尚戦力を...
  • act.21
    act.21 夢を見ていた。 ……熱い。辺り一面は炎の海に飲みこまれ、熱風がうねり狂う。 灼熱の地獄のようだった。 ウオオオンという恐ろしげな雄叫びが聞こえてきて、思わず身体が竦み上がる。 そいつは何かを探しているようだった。大きな身体を揺らしながら、近づいてくる。 怖くて怖くて、膝を抱えて震えていた。もう死ぬのかもしれない。 助けて。誰か助けて。熱くて苦しい。身体が焼ける。喉が痛い。息が出来ない。 神様。ううん、もしこの場所から救ってくれるなら誰でもいい。沢山祈るから。 だから、お願いです。助けて。怖いよ。怖くて熱くて苦しい。死にたくない、死にたくない――!! その時、怯える私の頭に誰かが触れた。 「大丈夫だよ」 その人は、優しく頭を撫でると、私を安心させるように笑って見せた。  そこで夢が、終わる。 ...
  • act.26
    act.26 光が消滅する。 「な……に」 シアナの剣は龍の鱗に弾かれて、内部まで届かなかった。 龍殺しの剣が、龍に防がれた。 そんなことはあり得ない。それなのに、現実にこうして起こってしまっている――。 何が起こったのか分からない。 確かに自分は刻印を開放したはずだ。 それなのに、何故、力が――光が消えている。 「何で……」 着地ざま、蒼黒龍から距離を取るシアナ。 刻印が発動しなかった?……いや違う。刻印は確かに発動した。 それにも関わらず、直後【私の意志とは無関係に力を収束させた】 断行的に。強制的に。絶対的に。 まるで、何かの力で無理やり上書きされたように。 「やめておけ龍殺しよ。貴様の力はこの龍には――いや、私には通用しない」 その言葉に、心臓が震えた。 まさか。 まさか。 こいつ。 ...
  • act.31
    act.31 「そんなに……私を喰らいたいか、ならば来い……っ!!」 シアナの声に応え、龍は口を広げた。何百と同族を屠ってきた龍殺しを喰らわんと、牙が迫る。 龍の弱点は咽喉の部分にあるとされる。龍が自分を喰らおうと近づいた瞬間、一気に打つ。 もうそれしか残された方法がない。 そうしてシアナが剣を突き出した瞬間―― 龍は、その手ごと、牙を穿った。 「ぐああああっ!!」 龍の牙は手甲の上からシアナの腕を突き刺している。 頑丈な鉄製の手甲は脆くも崩れ、鋭い牙ががちがちと腕を抉っていく。 同時に酸性の唾液が皮膚を焼く。あまりの痛みにシアナは絶叫した。 「……ぐあっ…ああ……」 龍は攻撃を緩めない。そのまま腕を切断するかの勢いで、牙を押し込んでいく。 騎士達がみかねてシアナを救出しようと龍の周囲に群がった。...
  • act.54
    act.54 弾ける金属の音。砂の上を走る鉄靴。 なびく亜麻色の髪。重厚な鎧をその身に纏い。 「エレ、苦戦してるみたいね――。変わってあげようか?」 ここに騎士は来た。反逆者の名を負ってまで、誓いと想いを果たすがために。 「……フン、いらぬ世話だな」 「死にそうになってた癖によく言うわね。そういう所だけは素直に感心するわ」 いつもは苛つく減らず口が今は無性に心地よかった。 迷いはもう無い。大剣を大振りに回して、リジュに迫る。 「ようやく――来ましたか、後少しで彼を殺せたものを……」 「させないって言ったでしょう!!」 ギインッ!!  リジュは交わった剣の向こう側で、不敵な表情を浮かべる。 繰広げられる激しい応酬を、児戯だと嘲笑するように。 シアナはそれを見て熱り立つ。 まだ、...
  • act.28
    act.28 リジュの手から風が生まれた。 疾風の烈波は衝撃波となって空間を一閃する。 たちどころに空気を切り裂いて、ファーガスへと迫り来る!! 光に届くような業風。それがまるで、コマ送りのように見えた。 ……ふざけるなよ。こんな所で殺されてたまるか。 まだあの女を殺してないっていうのに、死ねるかよ――!! 死を覚悟できないまま、遅い来る波がファーガスを包み込まんとした刹那。 漆黒の影がファーガスの前に立ちはだかった。真空の刃に飲み込まれた二人の視界は白濁する。 その最中、風が――残酷な狩り手として二人を食らう!! 「ふっ!!」 それを、影は、――斬った。 文字通り、刀で一文字に切り裂いた。 波を真っ二つに断たれた風は、分断され、軌道を変える。 凄まじい勢いで駆けていき、後方で爆発を起こした。 砂煙が...
  • act.7
    act.7 明朝。 第二騎士隊と第三騎士隊は列をなし、ロスラ渓谷へ向かっていた。 任務は翼龍の討伐。話によれば一斉に多数で現れるらしく、 上空から急襲されることを考慮し、騎馬は使わず徒歩である。 前方に第二騎士隊、後方は第三騎士隊。 隊員はそれぞれ二十名ずつ、全員で四十名。 隊長二名、シアナとエレを先頭に、奥深い谷への路を進んでいく。 ロスラ渓谷はリーデット川の中流に位置する。 川流によって侵食された岩肌が両側に聳え、街道側からは美しい新緑が姿を見せている。 森と緑の国として名を馳せるフレンズベルでも 一際美しい名勝として名高い場所であり、フレンズベルに観光に来るものが訪れることも珍しくない。 隣国に向かうには街道を通るか、この渓谷を通るか二つの選択肢があるが、渓谷を突っ切ったほうが近道である。 街道からも容易に入ることが出来...
  • act.45
    act.45 エレの刻印は龍殺しの刻印に共鳴し、低い唸りをあげて荒れ狂う。 悪魔の刻印は龍殺しの刻印と引き合う性質を持っていた。 引き合い、どちらかが果てるまで殺しあう宿命を。 「エレ!!」 死が、エレの中に溢れ、蠢き、調和する。 ――殺セ!! 「うっ……があああああ!!」 悲痛な雄叫びをあげて。 悪魔の騎士は――龍殺しの騎士に向けて剣を振り下ろした。 「あ……」 巻き起こる衝突の烈風。 その剣を受け止めた者がいた。シアナの前に立ち、豪剣を持ってエレの狂風めいた一太刀を受けきって見せた。 「総長……!!」 颯爽と現れたのはズイマ総長だった。 背中をシアナに向けて、総長はエレと邂逅している。 嵐の如く繰り出される連撃を、巧みな剣捌きで迎えては押し流す!! 「全...
  • act.29
    act.29 「さて……シチリさん。そろそろ遊ぶのはやめにしましょうか」 風向きが変わった。向かい風がリジュを凪ぐ。 遊び? ……何が? 決まっている。先程の魔術の発動だ。同時魔術の発動という超絶技巧。 あれが、児戯に等しい、と目の前の男は言っているのだ。 では、遊びをやめたら、こいつは、どれくらいの本領を発揮するのか。 「ああ、それと。シアナさんから聞きましたよ。おそらく貴方でしょう。私達の根城に入り込んだんですってね――」 ざぶん。 水で作られた刃が、シチリの体を貫いた。 いつの間に、詠唱をしていたのか。 朧になっていく意識の中で、シチリは、「ああ」と思う。 そうだ、こいつは言っていたじゃないか。 同時に詠唱が出来る。と。――ならば答えは簡単。畢竟、あの呪文が開始された時に、 三つの魔術が詠唱されていたのだろう。 ...
  • act.37
    act.37 「ビィシュ隊長、あんな顔も出来るんですね」 「そうね、驚いた。てっきり鉄仮面だと思ってたわ」 「……シアナ隊長、それ失礼ですよ」 「ふふ、そうね。行きましょうか」 「あ」 イザークは目を瞠り、シアナを見つめた。 「何」 「いや、久しぶりに隊長が笑う所見たなあって……」 「普段は鉄仮面で悪かったわね」 「いやっ!! そういうことじゃなくて……ああもう」 イザークはぶつぶつ何か呟いていたが、「駄目だなあ俺」と言う言葉だけがシアナの耳にはっきり聞こえた。 別に今更だから気にしなくていいのにとシアナが思ったと知ったら、イザークは余計凹むだろう。 屋台の店主が話しかけてくる。 「おやシアナ隊長じゃないですか、どうです? うちの焼き鳥食べていきませんか」 「そうね。一本ずつもらおうかしら」 「よしきた。はい、隊長...
  • act.49
    act.49 シアナはマントを翻して、背を向けた。 颯爽とした足取りで、扉へ向かう。 「何処へ行くんですか」 「私の望みを手伝ってくれるんでしょう? なら早くして。行くわよ」 「行くって……まさか」 シアナは意味ありげに笑って見せた。 悲しい笑顔でもなく、何かを誤魔化すためでもなく。 それは決意から湧き出る、勇猛な微笑みだった。 「時間がないから手っ取り早く任務説明するわよ。 任務場所はヘイレズの丘。目的は死刑を実行される前に、エレを奪還すること。 それでこの任務のランクだけど、リジュとビィシュが阻止してくるだろうからSSSって所かしら」 「……SSS」 「そう。未だかつてないくらい高難易度の任務ね。致死率はかなり高いわ。 相手は全騎士の中で最強の名を冠する第一番隊長の隊長様と、第四番隊の魔術騎士様ってワケ。 ...
  • act.44
    act.44 「あ……」 あそこにいたのは――亡くなった父じゃない。 勿論、亡霊や幻でもない。 エレだ。 エレがあそこに現れて私を救ったんだ。 「あいつ……」 その場をぐるりと見回した。エレはいない。 「ごめんウィナ、私、あいつのこと探してくる。助けられっぱなしってのは癪だもの。一言、言ってやらないと気がすまないわ」 「……分かりました。エレさんのこと、お願いしますね。あの子は貴方には気を許しているようだから」 「任されたわ。でも、気を許してるってのは悪い冗談ね」 「あら。冗談なんかじゃないのに……気付いていないんですか?」 照れ隠しに顔を背けるとシアナは歩き出した。 「……行って来る」 生まれた瞬間から呪われた宿命を背負わされていた。 いや、この世界に産声をあげるよりも遙か以前...
  • act.5
    act.5 律儀に攻撃の開始を告げるシアナを、エレは鼻で笑う。 踏み込んだ。 ――その時、頭上からざばあんと水流が降り注いできて、シアナは我に返った。 「喧嘩はよくありませんよ、頭を冷やしなさい。二人共」 いさめる様に声をかけたのは、第四騎士隊長のリジュ・ゴールドバークスだった。 緊迫した雰囲気とは場違いなほどに朗らかな笑顔を向けられて、困惑した。 ……見るとエレも水を盛大に被っている。 リジュの指先からは透明な光が放たれ、一筋の道を作り上げていた。騎士隊の中で、まともに魔術を扱えるのは彼一人である。 「ごめんなさい。腕力だと間に合わないなって思ったので魔術を使ってしまいました。……寒くないですか」 「……大丈夫よ。騒いで悪かったわ」 「いえいえ。それにしても……二人とも、本当に、猿と犬の仲ですねえ。うっふっふっ」 リジュ...
  • act.50
    act.50 ゾッとした。 味方ならばこれ以上ないまでに逞しい死神が、敵に回ればこれほど脅威を感じるものになるとは。 これまでにリジュと対峙して来た者達は、この視線を受けてきたのだ。 そしてこれまで彼の前に立ち塞がり、四肢が無事だったものはない。 死神の瞳に睥睨され、生を掴んだ者は一人も存在しない。 「――愚かですね。僕とビィシュさんを相手に、どう立ち回るつもりですか、シアナさん。 まさか、あの下っ端のイザーク君をお使いになるつもりで?」 「……さあ、どうすると思う?」 「貴方のことですから何か考えがあるんでしょう、でもそれはさせません――!!」 リジュが抜刀し、シアナに切りかかる。 ビィシュも剣を抜こうとしているのが見えた。 シアナは声をあげてイザークに合図を送った。 「イザーク、ビィシュの相手は任せたわ!」 ...
  • act.46
    act.46 「……屋外に仮設の救護施設が出来てます。東側へ行ってください」 返事はなかったが、リジュの言葉が届いたのか、シアナは重い足取りで東へと向かった。 身体が凍るように冷たかった。 外側だけでなく内側の芯、もっと深い所が凍て付くように寒い。 雨のせいでは決して無い。 ……何度経験しても慣れることがない、死の痛み。 胸を深い所から抉る、絶望と不快感が埋め尽くす。 この感覚に身を委ねていれば、きっと深みにはまる。 ――悲しみに溺れてしまう。痛みの海に沈没する。 子供の時、両親を失った時みたいに。何も出来なくなってしまう。 だから、心を凍らせる。悲しいという気持ちを、一時だけでも忘れようと努力する。 今やるべきことを考えて、苦しみに飲まれないように。 エレの身体を仮設のベッドに置くと、シアナはその...
  • act.55
    act.55 「殺ろうと思えば殺れただろうに。甘いな、お前も」 ビィシュが背後から声を掛けてくる。リジュはうっすらと溜息を零して、「そうですね」と肯定した。 「無感情に殺せれば一番良かったんでしょうけど、容易くそうさせてくれない相手だったものですから……ね」 シアナとエレと、イザークと。共に過ごした日々が、記憶として浮かんだ。 「今までの思い出を断ち切れるほど、僕も酷ではなかったようです」 「さっきまで死闘を演じていた人間の言葉とは思えんな」 「僕は本気でしたよ。手は抜いてません」 それも、本気で戦って尚、シアナがエレが生き残ると信じてこそ。 仲間としてここまで歩んできた中で、紡がれた絆は確かにここにあったのだ。 「さて急ぎましょうか」 「ああ。そうだな……私達の敵はシアナでもエレでもない。国を侵す者共だ。今、力を発揮出来なか...
  • act.53
    act.53 エレとリジュが呪文を紡ぐ度に、空に杭が打たれる。 風は相手を繋ぎとめる桎梏。貫く刃でもあった。 風が頭上で衝突し、慟哭する。 一陣は猛る稲妻の如く烈千の嵐となりて敵を狙う。 空を凄まじい勢いで疾駆する風は、まさに天を駆ける龍のようだ。 違いは目に見えるか見えないか。双つの天龍は空気を裂いて絶唱する。 「Ισχυρε? ανεμου!!」 見えない龍が牙を剥く。相手の龍に向かって一直線に飛翔する。 衝突。龍は相討ち破裂する。衝撃波が大気を揺らす。 風の残滓は混じりあい、天へと昇る。 先程から延々と相討ちが続いていた。 リジュが複数紡ぎ上げた詠唱を、エレが同じ数を持って阻止する形で戦いは繰り返されている。 それだけではない。悪魔の騎士にも死神にも、剣がある。 呪文での攻防、そして地上で...
  • act.25
    act.25 シアナは襲い来る龍騎兵を薙ぎ倒しながら、一心不乱に敵を打ち倒していく。 身に負った痛みを忘れ、剣を操り、戦場を駆ける。 空を舞う兵はシアナ目掛けて弓矢を構える。 びゅっ、と風を切り裂いて矢は放たれた。目標目指し一直線に飛来し、シアナに迫る。 それを、 「Ισχυρεζανεμου」 呪文と共に発動した烈風が押し流す。矢は羽のようにふわふわと頼りなげに打ち捨てられた。 気付くと、傍には第四騎士隊長の姿があった。 「リジュ……!」 「気をつけてくださいね」 戦場でにっこりと微笑むリジュ。その笑顔も普段と変わらずで――つくづく豪胆な性格だと感心してしまう。 いや、それとも自ら平常を心がけているのだろうか。 彼は魔術を使い、味方を援護する役割を担っていた。 それも地上の敵を相手にしながら同時に魔術行使を行っているというの...
  • act.24
    act.24 「とにかく総長の所に行くわ」 「あ、じゃあ僕も行きますよ」 人差し指を自分に向けるイザーク。 正直連れて行くのはどうかと思ったが――今はこんな事で躊躇している場合ではない。 仕方ない、と頷いて先に出るように促す。 廊下に出ると、バタバタと通路を何人もの騎士が慌しい様子で行きかっていた。 今の騒動が外に聞こえたのだろうかとシアナは思ったが、どうやら違うらしい。 その中にリジュの姿を認める。リジュもこちらに気付いて顔をあげた。 「あ、シアナさん」 「リジュ。何かあったの?」 リジュに駆け寄るシアナとイザーク。 リジュは深夜にも関わらず鎧を装着していた。 通常、この時間見張り番以外の者は自室で就寝している。ということは、何か――異常事態が起こったか。 「そちらこそ。派手に暴れたようですね。物騒な音が聞こえてましたけど」...
  • act.36
    act.36 死ぬ。 シェスタの言葉が遠くで聞こえる。 痛みを増していく刻印、使う度に強くなっていく刻印の能力、呪い。 あれは全て、呪いが魂から私を侵食していっていることの証だった。 ……そうか、そういうことだったのか。 何ひとつ知らず使っていた私が、愚かだったんだ。 「お姉さん……ごめんなさい」 「いいえ。シェスタが謝ることじゃないわ……聞かせてくれてありがとう」 「お姉さん……」 「ようするに、もう刻印を使わなければいいのよね」 「ええ……でも」 シェスタの言いたいことは分かっている。 この刻印を持つ限り、龍に狙われ続けるのならば、刻印を使わないわけにはいかない。 だから私はいずれ死ぬ。 魂に刻まれた罪が、罰として贖うことの出来なかった私を殺すのだ。 シアナは静かに目を閉じた。 「刻印を取り...
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