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第四話 地下に伏す蜘蛛 前編 - (2009/11/22 (日) 18:25:23) のソース

鋼殻牙龍 ドラグリヲ  第4話  地下に伏す蜘蛛  前編

{ギィヨョョョョ!!!}
害獣の喚き声が廃墟を木霊し、バラックが犇めく中心街に響き渡る。
その声は闇にひっそりと潜む人々を恐怖の淵に追い落とし、絶望の渦中へと放り込んだ。

だが…その喚き声を聞き、眠りから覚まされたモノ共がいた。

…我が眠りを妨げるは誰ぞ…。
蒼天に太陽を、星空に月を頂きに配し、後光の如き光を放つ双頭の塔に君臨する紅き王がゆるりと鎌首をもたげる。

¨妾の安らぎを奪うは誰ぞ¨
身体を丸め、安らかに眠っていた蒼き女王が目を薄らと開き、惨めなダニ共が打ち上げた花火を汚い物を見るような眼で眺める。

ダニ共の騒ぎ様から、二頭の竜は、自らの領土に招かれざる客が入り込んだ事を理解した。
激情が二頭の竜の心を支配する。

…虫けらが…我らが領域を犯すか…許せぬ…許せぬ……!断じて許せぬ……!!!
紅き王の思考は瞬時にして烈火に包まれる。
…その肉、一欠け残らず喰い尽し、灰塵に帰してくれるわ……!
バキバキと全身の鱗と関節を鳴らし、勢い良く体を起こす。
岩盤よりも頑強で、羽毛よりもしなやかな翼を大きく広げ、凶暴であるも、どこか勇壮な雄叫びを天よ墜ちよとばかりに上げる。

¨汚物が…我らの安寧を乱すとは愚か者め¨
蒼き女王は表情乏しい顔を引き攣らせながら呟く
¨自らの愚かさ…そして無力さを…凍りつく直前までその身に…脳髄に…刻み付けてやろう…¨
うっすらと虹色に輝く鱗を逆立て、ゆっくりと優雅に身を起こす。
虹よりも美麗で、それでいて昆虫の様に何処か不気味な翼を王と対比させる様開き、美しくも恐ろしい歌声の様な遠吠えが地に伏せるダニ共に聞かせるかのように響く。

闇夜に紅き王と蒼き女王のハミングが遺跡と化したビルの間を木霊する。
そして二頭の竜はその巨大な翼をはためかせ、汚らしいダニ共の住処へと降り立って行った。
彼等の安寧を乱し、そして領土を穢した不届き者共を処刑する為に。


「い…テテテテ……ここは…?」
一寸先も見えない闇の中で僕は目を覚ました。
自分の身体をも視認できない程の暗闇の中、状況を把握するまでジッとしておく。
そこ彼処に痛みはあるが、行動不能になる程の負傷はしていないようだった。

全身に降り掛かった埃を払い、立ち上がる。
遠くで雫の落ちる音が暗闇の中を反響し、この空間が意外に広い事を実感させる。
「しかし…ここは何処だ?旧地下鉄の線路は全部跡形も無く奴らに崩落させられた筈……。」
そう呟きつつ、僕はポケットに手を乱暴に突っ込み、マッチを取り出す。
そして点火しようとしたが、寸前の所で思い留まった。

…奴に落とされたんだ……僕は…ここに……。

意識を失う前に目撃した鉄杭の事を思い出し、ポケットにマッチをしまい込む。
下手に明かりを灯せば狙われる、そう思いしばらく思案する。
「ナノマシン……視覚野強化に使えるかな……?」
やれる事は試して何ぼ、そう考え瞼を閉じ、目に意識を集中させる。
そしてしばらく待った後、ゆっくりと目を開ける。
「お…おぅ!」
あれ程の闇の中でも視界がある程度クリアに見える、横の壁も、アーチ状になった天井も、そして自分の身体も。
驚きの余りに少し声が出てしまった、慌てて口を閉じる。
(……しまった!)
心の中で思わず舌打ちするが、もう止まらない。
その声は僕の思いに関せずトンネルの奥まで響く、すると遠くで何かパキパキと何かが潰れたような音が聞こえた。

(気付かれたか…!)
すぐさま傍らにあった瓦礫の影に身を潜め、コートの内ポケットから鉄パイプを引き抜き見構える。
ドンドンと何かが迫る気配がする、地面が揺れ、天井から埃が落ちてくる。
そして、さらに深い闇の向こうから現れた巨大な鉄杭が、僕と一緒に落ちてきたと思われる大きな瓦礫を踏み砕く。

{ギィィィィ………}
闇の向こうから現れた異形、それは巨大な蜘蛛だった。
全身が針金のような体毛に覆われ、ピキピキと体毛どうしが擦り合う音が闇の中に淡々と飲み込まれていく。
八つの堅牢な鉄杭が巨大な鉄塊のような胴体を支え、正面に見える細く鋭い牙と七つの目が生理的嫌悪感と恐怖感を煽る。
(………こんな奴が入り込んで来やがったのか…見つかったら……喰われる…間違い無く……)
鉄パイプの持ち手が手汗でじっとりと湿り、頬を冷や汗が伝う。

だが蜘蛛は瓦礫の影に隠れた僕を発見出来なかった様だった、周囲をグルッと大まかに見渡したかと思うとそそくさと踵を返し、闇の中へと帰って行った。
奴が歩くごとに起こる振動がだんだんと遠ざかってゆく。
(…助かった………)
闇の中でホッと息を付き、そのままヘタリ込む……その時だった。
遠くで明かりが灯る、それも蜘蛛が引き返して行った道の正反対の方から。
「あー糞、何だよ折角屑退治でストレス発散してたのによ~、ホッントに空気読めねえなぁ~」
松明をフラフラさせ、いかにも乱暴で馬鹿そうな男が肩を揺らしながら歩いてくる、恐らく一緒に落ちた自警団の連中だろう。
「…………。」
「オイ!黙ってないで返事位しろよゴミムシ!」
その乱暴そうな男は、後ろで銃を構え、周囲を警戒していた部下と思われる男をストックで殴る。
「…!ッ……」
「んだぁ?その!生意気な!ツラは!よ!」
何度も何度も、この行き詰まった状況に対する当て付けとばかりに殴る蹴るの暴行を繰り返す。

(チッ…あの屑野郎何やってんだ…!こんな状況でわざわざ明かり灯してストレス発散するアホが何処にいる…!その頭にひっ付けてる暗視ゴーグルは飾りかよ…!)
心の中で何度も罵るがこの声があの馬鹿に届く筈があろう事もなく、暴行は更にエスカレートしていく。

そしてとうとう恐れていた事が起こった。
蜘蛛が明かりと気配を察したのか、闇の向こうから足音を響かせ砂埃を降らせながら帰ってくる。
蜘蛛の獲物を見つけた歓喜の咆哮がこの筒状の空間の中を反響する。

「な…なんだよ……何なんだよぉおおお!!」
馬鹿はこのごに及んで未だに状況を把握していないらしく、途端にオロオロし始める。
理不尽な暴力を受けていた部下と思われる男は、即座にその男から離れ、瓦礫の影に身を隠す。
「お…おい貴様何処に行く!俺様の教育はまだ!」
腰を抜かし銃を構える事無く部下を罵倒する無能、しかしその言葉もそこまでとなった、闇の向こうから飛んで来たワイヤーの様に太い銀糸が無能に絡み付く
「う…うわ!何だ畜生!助けろ!俺様を助けろぉ!!」
泣き叫ぶ無能、しかし助けてくれる筈がなかった、状況判断も出来ないような無能は淘汰される、それは戦場に限らずこの地球上で幾たびも繰り返されてきた必然だった。
「い…嫌だ!嫌だ!嫌だぁああああ!!!」
無能は泣き叫びながら闇の中へ引きづり込まれていく、カランカランと乾いた音を立て、その場に無能が持っていた松明のみが残された。
しばらくの静寂後、牙と顔面を朱く濡らした蜘蛛の顔が、闇の中から再び現れる。
{ギィ……}
蜘蛛は松明が落ちた所を起点に、ジックリと周囲を見渡し始める。


獲物を探している…

先ほどのように適当にでは無く、執念深く、尚且つ逃さぬよう慎重に。
その太い脚で瓦礫を器用に退かしつつ、その瓦礫の裏にもへばり付いていないかチェックしている。
(…!ヤバい……どうする?…どうするよ!?)
影からその様子を見ていた僕は大いに焦った、僕が隠れた瓦礫にジワジワと近寄って来る。
ドン…とすぐ脇に脚が降りてくる、もはや見つかる寸前だった。
(…やるしかないか……!くそったれ!!)
覚悟を決め、鉄パイプを握る手に力を込める、そしてナノマシンの稼働率は引き上げる。
全身を紅く輝くラインが沿うように浮き出始める、そして飛び出そうと身構えたその時だった。

突如、瓦礫の影に隠れた男が何かを蜘蛛の眼前に放り投げ、駆け出していく。
「伏せろ!」男が叫んだ。
その言葉に応じ、僕は咄嗟に目を瞑り伏せた。
瞼の向こうが一瞬明るくなるのが分かった、それと同時に炸裂音が筒状の空間を反響し、グワングワンと僕の鼓膜を叩く。
{ギョァアアアアア!!!}
突然視界を封じられた蜘蛛は混乱し、奇声を発しながら脚を無暗矢鱈に突き出し暴れ始める。
「ウハァッ!」
乱暴に振り回される脚の射程圏内から急いで退避する。
僕が隠れていた瓦礫が粉々に打ち砕かれるのを見て、背筋がゾッとした。

「早く逃げな!いくらナノマシン処理されてるからって、そんなモンで殺り合える筈無いだろ!」
男は茫然とする僕には頓着せず、七つの目に狙いを定め、射撃を開始する。
弾は逸れる事無く、目標に着弾するが大型害獣の目がただの軽機関銃如きで潰れる筈も無く、易々と弾かれる。

「あ…貴方はどうするんです!?」
「………例えこの命奪われようとも…一人でも多く人を救う…それが創始者の理念………。あっ、さっきのはノーカンだけどな。」
そう言うとニッと笑い、早く逃げる様に促す。
「早く行きな!赤目君!」
「…ッ。無事で!」
僕はそう言うと、後ろを振り向く事無く全力で走りだした。
背後から銃弾が飛ぶ音と、“蜘蛛”の怒り狂う声が僕の背を押すように響いてくる。
「畜生……。」
自分の無力さを噛み締めながらも、只管に駆ける。
今はただ、ここから出る事を考えよう…。そしてカルマと合流してあの人を……そう思った時だった。
目の前に立ち塞がった異形が、その思考を打ち砕いた。
「………そんな…一匹じゃ…なかったのかよ!」
目前にさっきの“蜘蛛”と同型の害獣がいた、しかもニ匹。そのニ匹は僕の姿を目にすると、喜びの咆哮を上げた。
そして牙を爛々と剥き出しにし、ズンズンと迫ってくる。
僕の頭の中を絶望が支配し思わず膝が折れ、動こうと試みても動けない。
「……こんな…僕は……まだ…!」
闇の中、“蜘蛛”の牙が煌めき、僕を突き刺そうとした。

だがその牙が僕に突き刺さる事はなかった。

「うわ!」
僕はいきなり何かに脚を取られ、引き込まれた。後ろを見るとドンドンと壁が迫ってくる。
「な…何だこれ!」
僕は足に絡み付いた何かを必死に振り解こうと足掻くがかなわない、衝突の寸前、思わず目を瞑る。
そしてそのままの勢いで壁に叩き付けられた…………と思った。
「………?」
何時まで経っても衝撃が来ないので、僕は恐る恐る目を開く、するとそこは妙に既視感のある場所だった。
ゼリー越しに見たように景色が揺れ、うっすらと暗い。
現状を把握しようと周囲を見渡していると、背中に何かが突き刺さり、さらに奥へと引き込まれていく。
「まさか…ここは!?」
そして周囲の光景が変わり何時ものコックピットに吊るされた時、僕は察した。

ここが“殻”の中であると。

聞き覚えのある幼子の声が、スピーカーを通して聞こえてくる。
『ユーザー…良かった…無事で…無事でホントに良かった……もし食べられちゃってたりしてたら…私。』
涙声で言葉が喉でつっかえながらも必死に話そうとする、カルマの声が聞こえる。
「………ゴメン…心配かけて……でも…どうしてココに?」
僕は内心ホッとしながらも、フと湧いた疑問をカルマにぶつける。
『穴の中からユーザーの反応があって……勇気出して飛び降りたら沢山あいつ等がいて………それで…それで…フェエエ…。』
必死に伝えようとしているのは分かったが、心がまだ落ち着いていないらしく、何を言いたいのかよく分からなかった。
「分かった!分かったから落ち着けって!」
僕は愚図るカルマを必死に宥める。
『はい…』
彼女は小さく呟くように返事をする。
「後で話は幾らでも聞いてやる……だから。」
僕は殻の中に形成された巨大な躯と神経が同調するよう、心を静める。
すると何かが繋がったような感覚が、僕の中を駆け巡った。


「こいつ等を…掃除してからにしよう。」
僕がそう呟くと同時に銀蜥蜴は殻を引き裂き、咆哮を上げた。

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