シュバルツ=ニュングによる、ユウ=マテバへの制裁に近い訓練は、連日それを続けられていた。ユウは、その過酷過ぎる責めに耐えながらも、何とかシュバルツに一発かましてやろうと企む。
やられっぱなしでは、自分の気が治まらない。やられたらやり返すのが、彼の気性だ。
そのためにも、今は耐えて自分を鍛え上げなくてはならない。ユウは今までは、牙をもがれた野犬だった。それを隠し、必死に近寄る者を威嚇していた。
だが、時は新たな牙を生やす機会をくれたのだ。これをむざむざ捨てるわけにはいかない。自分は強くなる。そして、全てを手に入れるのだ。
「畜生! 当たれッ! 当たれよッ!」
シュリムの手に持たせたペイントガンを、飛ぶように機動する、シュバルツの駆るシュリッツ・オーアに乱射する。
しかし、シュリッツ・オーアはそれを軽々と回避してみせる。そして数発ペイントガンを発射すると、それを的確にシュリムの右腕に命中させた。
「ユウ、貴様はつくづく間抜けだな。右腕のパワーをカットしろ。それと右腕に持たせているペイントガンも撃破扱いだ。さぁ、どうする?」
「ざけやがって! だったら、こうしてやるよッ!」
ユウはシュリムのスラスターを吹かし、シュリッツ・オーアに体当たりを仕掛ける。それはお互いの機体を僅かに接触させるだけで終わった。
「ふん、面白い。だが実戦では、撃破できなければやられるのは貴様だ!」
シュリッツ・オーアはペイントガンでシュリムのコックピットを狙い撃つ。黄色のペイント弾が、べっとりとユウの収まるコックピットのハッチに広がった。
「実戦ならば、貴様は戦死だ、ユウ」
クソッタレ……。確かに、腕の差がありすぎる。そして機体の性能差もだ。あの、鷹のパーソナルマークをつけた機体。それはそのマークが現すように、軽やかに大空を舞う。そしてその鋭い爪で、獲物を狩り捕るのだ。
一方のユウ=マテバの機体には、白い野良犬のパーソナルマークがつけられている。負け犬の自分を、忘れないようにしたい。そのユウの思いが、それを描かせた。
「もう一度だ、シュバルツ、もう一勝負だ!」
「ふん、無駄な事を……いいだろう、かかってこい!」
地を這う野良犬は、空を自由に駆ける鷹には勝てない。その爪で切り刻まれるだけだ。しかし、その老いぼれた薄汚い野良犬にも、牙はあるのだ。一度食らいついたら離れない、鋭い牙が。
ユウはホバーしていた機体を海面から跳ねさせると、シュリッツ・オーアの背後から迫る。そのパーソナルマークが間近に見える距離まで近づくと、ペイントガンを発射する。
しかし、それをまるで後ろに目がついているかのように、シュバルツは回避して見せた。その動きに驚愕し、そして頭に叩き込む。奴にできるのだ、自分にできないはずがない……。
今度は急反転したシュリッツ・オーアが、シュリムの背後に着く。そしてペイントガンを撃つ。ユウはタイミングを合わせると、スラスターを噴射して姿勢制御、それをかわしてみせた。
「……ほう、俺の動きを真似するか……。しかし、模倣ではいつまでたってもオリジナルには勝てんぞ!」
ペイント弾が飛び交う。その中を、二機の機体が駆け抜ける。お互いに撃ち合い、そして回避する。ユウはその戦いの中で、確かに自分が興奮しているのが分かった。
戦いが、彼の中に眠る闘争本能を刺激したのだろうか。ユウはその中で、確かに一発一発の銃弾に意思が感じられ、敵の動きに感情が込められているのを知った。
戦いは、意識と意識のぶつかり合い。そのせめぎ合う狭間に、感情が爆発する。ユウは、キレた。ペイントガンを乱射しながら、シュリッツ・オーアの足に取り付く。それを振りほどこうとするシュバルツ。
「へっ! この距離なら、外しゃしねェだろうがッ!」
「……甘いな」
シュリッツ・オーアはその足を強制排除する。バランスを崩し、落ちていくユウのシュリム。長時間飛行するには、推力が足りないのだ。
そして落ちていくそこを、身軽になったシュリッツ・オーアが狙撃。再びコックピットにペイント弾を命中させた。
「戦いにおいては、臨機応変だ。それができぬような奴は、死ぬ。覚えておけ、ユウ=マテバ。貴様は今日、二回死んだのだ」
「言ってやがれ……最後に笑うのは、この俺だッ! 実戦なら、俺は勝ってみせるッ!」
二機はその機首を巡らし、プラントへと帰還する。黄色の塗料が、海面を染めていた。
「はぁっ、はぁっ……」
ユウはパイロット用に割り当てられたロッカールームで、深く息をついていた。戦闘訓練中は感じなかったが、深い疲労が彼を包んでいる。
自分は、まだまだ未熟だ。シュバルツの奴を見てみろ、汗ひとつかいちゃいない……。
二人の格の違いは、如実に現れていた。しかし、それもユウがたったの二回しか実戦に参加していないのに対して、シュバルツは歴戦の勇士であるということが大きいだろう。
経験は、何物にも勝る。その点で言えば、ユウ=マテバはまだまだ未熟であった。
シュバルツがパイロットスーツから作業着に着替え、ロッカールームを出ていく。ユウもパイロットスーツを脱いだ所で、その場に崩れ落ちる。
「……糞ッ! こんな様じゃ、いつまでたっても奴には勝てない……」
気がつけば、ロッカールームのドアの隙間から、オフィーリアが彼の様子を覗いていた。ユウは何でもないように振舞うと、立ち上がって彼女に声をかける。
「どうした、未来の恋人の裸でも、覗きに来たのかよ?」
「そ、そういうわけではない……」
僅かに顔を赤くして、オフィーリアは呟く。ユウは気にせずに着替えを続ける。そして作業用のツナギに、その袖を通した。
「訓練、頑張っているようだな」
「あぁ、俺だって死にたかァねェからな。やれるだけはやってみンのさ」
二人はロッカールームを出ると、通路のベンチに腰を下ろす。そこは一種の休息所のようになっていて、自動販売機と観葉植物が置いてある。
オフィーリアはジュースを買うと、そのうちの一本をユウに手渡す。彼女にとっては、特に彼を気にしているわけではなく、これが当たり前の行動なのだろう。
「おっ、サンキュ」
早速紙コップに口をつけるユウ。激しい訓練の後で、喉がからからだったのだ。彼女を前に、遠慮することもないだろう。
そんな彼の様子を、オフィーリアはじっと眺めていた。どことなく、その顔は安心しているようにも見える。
「……ナンだよ?」
「いや、訓練は辛いのであろう? よく体が持つな。私には、真似できぬ」
「鍛え方がチガウんだよ。俺ァスペシャルだからな」
「スペシャル……私と、何が違うというのだ?」
飲み終えた紙コップを、クシャリとユウは握りつぶす。
「持てる者と、持たざる者……手前ェに分かるか? 何も持たずに、ただ体ひとつで生きてこなけりゃならなかった俺の苦労がよ?」
「……分からない。それが、強さに繋がるのか?」
「持たざる者は、僻み根性が強いんだ。チックショウ、今に見ていやがれってな。そんで自分の限界を突破して、本当の意味で生まれ変われるって寸法だ」
ユウは、確かに生まれ変わろうとして、足掻いていた。目の前には、大きな壁がある。乗り越えようにも、それはあまりにも高すぎる。ならば、どうすればいい?
そしてユウは、その壁を破壊することに決めた。粉々に、自分の前に二度と立ちはだからないように粉砕する。そのために牙を研ぎ、そのチャンスを狙っている。今に見ていろ、この壁野郎。この牙で、手前ェを抉り取ってやる……。
「ユウは、強いな。本当に、強い……私には、真似できない」
「何言ってやがるッ! 手前ェも俺の隣に並ぶんだから、自分を磨きやがれ! 俺は今の手前ェに、正直これっぽちも魅力なんか感じちゃいねェ。もっといい女になれ。そうしたら、俺が奪ってやる!」
オフィーリアは立ち上がると、ジュースを手に歩き去っていった。何事かを考えこみながら。ユウは黙って、それを見送る。
『まァ、精々いい女になってみせるンだな……』
プラントの中に、サイレンが鳴り響く。大勢の反抗組織のメンバー達が、プラント内を右往左往する。
『敵戦闘機接近! 戦闘用意! 繰り返す、敵戦闘機接近! 総員、戦闘用意!』
「ふん、来たか……よくも逃げ出さなかったものだな」
格納庫へと向かったユウを、シュバルツが待ち受けていた。どうやら彼が、また逃げ出すと思っていたらしい。しかし、ユウはもう逃げない。この男の顔ッ面に、拳を叩き込んで地面を舐めさせるまでは、逃げてなんかやるものか……。
すぐにコックピットに乗り込み、シュリムの発進準備をする。旧式とはいえ、運用しだいでは戦闘機などに遅れをとるものではない。
シュバルツはシュリッツ・オーアで先に発進するようだ。まァいいさ。精々そうやってベテランって顔をしていればいい。しかし、いつか手前ェは俺が追い越して見せるさ。
シュリッツ・オーア、発進。続いて二番機、ユウのシュリム、発進。ホバーで海上を走行しながら、飛行して敵を追うシュバルツを見上げる。そんな高い所を飛んでいられるのも、今のうちだぜ……。
やがて水平線上に、米粒のような敵戦闘機の姿が見える。ターゲットサイトを開き、ユウはそれで狙いを定める。
「……堕ちやがれッ!」
ユウの放った銃弾は、一機の敵の翼をかすめる。直撃ではない。しかし大きく体勢を崩した敵機は、続くシュバルツのライフルの狙撃の前に撃破された。
「野郎ォ、俺の獲物をとりやがって!」
その後も、次々とシュバルツは敵を撃墜していく。ユウは辛うじて、逃れようとした敵を一機落としただけだ。
シュバルツと自分は、機体の性能からして違う。あっちは自由に飛行できるのに対し、こっちは瞬間的なジャンプ・フライトしかできない。いくら奴がエースだからといって、こんな旧式じゃ張り合う事もできやしない。
レティクルに敵の姿を収め、引き金を引く。直撃を受け、煙を吹いて落ちていく敵。この戦いでの、ユウの二機目の戦果。しかし、戦いはそこまでだった。
自由に空を飛行できるドールであるシュリッツ・オーアの存在により、戦況は圧倒的に抵抗組織デア・ヒンメルに有利に運んだのだ。
撤退していく敵。それを追おうとしたユウ機の前の海面に、シュリッツ・オーアのライフルが撃ち込まれる。
「手前ェ! 何しやがるッ!」
「貴様は頭に血が上りすぎだ。状況を把握しろ。そうでなければ、貴様はたった一人、無様に死ぬだけだ」
ユウはチッと舌打ちをすると、シュリムを海上プラントに向けた。シュバルツは一足先に帰還してゆく。
恐らく戻れば、彼はまた英雄としてみんなにもてはやされるのだろう。十機以上の撃墜。それに比べて、自分はどうだ? たったの二機しか落とせずに、シュリッツ・オーアの後に下僕のように従っていく。
このままで終わって、なるものか……。必ず自分の前に、奴をひざまずかせてみせる。そのためには、力だ。何者にも負けない、絶対的な力が必要だ。
ユウは思いを巡らせる。自分の腕は、この先も上昇していくことだろう。しかし、それに対して乗っている機体があまりにも貧弱だ。
『ダメもとで……オフィーリアの奴に頼んでみるか……。もっと上の機体を、俺に寄越すように……。シュリッツ・オーアクラスまでとまでは言わない、せめてもう一ランク上のドールが必要だ……』
そしてユウは海上プラントに帰還する。格納庫では、予想通りにシュバルツがみんなに出迎えられていた。皆一様に、彼を褒め称える。笑顔でそれに応えるシュバルツ。
しかし、ユウの方には誰一人として寄っては来ない。それも、仕方がない……。ユウはコックピットから飛び降りる。そこへ駆け寄る、一人の小さな影。
「よくやったな、ユウ。二機撃墜か? ほとんど初陣にしては、いい戦果だ」
「手前ェ……何で、俺なんかの所に……」
「当たり前であろう? 帰ってきた者を出迎えるのも、私の役目だ」
それからも彼女は、戦場で生き残る秘訣というものを滔々とユウに語って聞かせた。周りの者たちが、そんな二人を訝しげに眺める。
その中でもシュバルツ=ニュングはどこか楽しげに会話する二人を、憎々しげに見つめていた。彼の心中は、誰にも分からない。
「……それで、話とは何だ?」
海上プラントの甲板。風の吹き抜けるそこで、ユウはオフィーリアと改めて向かい合っていた。
彼には、彼女に話がある。力を手に入れるために、それはどうしても必要なことだ。ユウは話を切り出す。
「実はよ、俺にも新型のドールを、一機調達して欲しいんだよ」
「新型、だと……?」
ユウは話を続ける。
「今の俺は、少しでも力が欲しいんだよッ! 少しでも上に這い上がるための、力がッ! 確かにこのちっぽけな組織の力じゃ、限界があるかも知れねェ、けどよ、何でもいい! 今のシュリムよりマシなら、どんな機体でもいいんだ」
オフィーリアはしばらく考え込む。お互い無言の時間が過ぎる。そしてどれだけの時間が経ったのか、彼女はようやく顔を上げた。
「一機、テスト中の機体がある……。それでも構わぬというのなら、乗るがいい」
「ありがてェ! そんで、そいつの……」
「止めておけ」
その声に振り返ると、シュバルツ=ニュングがユウの事をじっと睨みつけていた。その視線は冷たく、ユウを刺し貫く。
「貴様のような戦いのなんたるかも知らない男に、新型機など百年早い。精々今の旧式に乗り続け、そしてそのまま死んでゆけ」
「んなろォッ!」
ユウはシュバルツに飛び掛る。しかしその攻撃はあっけなくかわされ、カウンターを叩き込まれる。甲板に倒れ伏すユウ。その体を憎々しげに踏みにじるシュバルツ。
「貴様など、あの時殺しておけば……。オフィーリア様も、もうこんな屑の相手をするのはお止めください。皆の士気に関わります。どうか……」
「ユウ!」
その彼の言葉も聞かず、オフィーリアは倒れ伏したユウに駆け寄る。そしてそっと、その体を抱え上げる。
「ユウ、しっかりしろ、ユウ!」
そっとその体を揺さぶる。僅かにうめき声を上げて、身悶えするユウ。相当なダメージを負っているらしい。シュバルツは手加減などしなかったのだ。
「……ユウ=マテバ。貴様は……」
その言葉を残して、シュバルツは去っていく。後に残される二人。
「ち、畜生ォ……俺ァ絶対に、強くなってやる……強く、誰よりも強くよォ……」
「ユウ……私は、強くあろうとするものが好きだ。人であれ、何であれ……」
オフィーリアは、まだ目を閉じて唸っているユウの額に、そっと手を乗せた。
ユウは自室に割り当てられた狭い部屋の中で、ベッドにパイロットスーツのままで寝転がっていた。何もない部屋の中の光景。それは、今の自分の姿を現しているかのようだ。
空っぽの、中身のない自分。いつかはそれも、満たされる時が来るのだろうか。それはまだ、分からないことだ。
「あの野郎ォ……手加減しないで殴りやがって……」
頬に手をやる。そこは恐らく、痣になっていることだろう。しかし、こんな傷が何だというのだ。こんなもの、放っておけばいつかは治る。だが、いつかシュバルツの奴には、この何十倍も痛い目を見せてやる。
コンコン……
部屋のドアを、軽くノックする音。こんな所に尋ねてくるのは、知っている限り一人しかいない。入れッと声をあげる。
「……お邪魔するぞ」
オフィーリアが、何かを手にして部屋の中へと入ってきた。
「何の用だ?」
「用が無ければ、来てはいけないのか?」
ユウは苦笑する。さて、この警戒心のまったく欠如しているお嬢様を、どうしてやろうか……。
「傷は、どうだ? まだ痛むか?」
「大したことねーよ。こんなもん、宇宙にいた時にはしょっちゅうだったぜ」
ベッドに腰掛けるユウの前に、オフィーリアはやって来る。
「痣になっているな。手当てをしよう。動くなよ」
手にした箱から、治療道具を取り出す。どうやらそれは、救急パックだったらしい。スプレーを取り出し、患部に当てる。
「少し、冷たいぞ?」
冷却効果を持った薬が、痣に当てられていく。その冷たさに、ユウは顔をしかめる。
「よし、後はシップだな……。ほら、顔を動かすなと言っておろうが」
患部にシップを当て、テープで止めていく。その手つきはたどたどしいものであったが、ユウには何故かどんな治療よりも手厚く感じられた。
「よし、これで大丈夫だろう。違和感はないな?」
「ああ、悪くねェ……」
ユウは僅かに彼女に感謝をする。しかし、それを表情に出す事はしない。ただ軽く、彼女の手を取った。
「……ユウ?」
「手前ェ……いや、お前さ、ホンッとに無防備だよな」
ユウは彼女に顔を近づける。何が起こるのかと、目を丸く見開いているオフィーリア。そこに、ユウは付け込んだ。
「……!」
唐突なキス。オフィーリアには時が止まったように感じられる。何が自分の身に起こっているのか、それすらもはっきりとはしない。
やがてそのキスは、ユウが離れることによって終わりを告げた。
「おっ……おまぇ……な……!」
「お前一体、何をしたんだ……って所か?」
オフィーリアはこくこくと頷く。その目は相変わらず、真ん丸に見開かれたままだ。そしてそこから、涙の雫が零れ落ちそうになっている。
泣かせてしまうつもりは、無かったのだが……。それだけ唐突な出来事に、ショックが大きかったのだろう。
「こ、この愚か者! 自分が何をしたのか、分かっているのかっ?」
「ただの挨拶だって」
「嘘だ! 今のは、そんなものではなかった……!」
そう彼女に言われて、ユウは初めてさっきのキスが、いかに自分の中でも唐突なものであったのか理解した。
『ヤバイな。あまり、この小娘にのめりこむわけにはいかねぇ……』
それは、咄嗟の時に彼女の事を思い浮かべてしまうのが、急に怖くなったからだ。自分は純粋に、力だけを追い求めていればいい。
その結果彼女をものにできるのならば、それが理想であろう。しかし、それが逆転してしまっては困るのだ。
『純粋な力だ……俺はそのことだけを考えていればいい……』
オフィーリアは彼から離れると、いやいやをするように首を振った。涙が零れ、雫を散らせる。その姿は、どこかに忘れていた、美しいものを感じさせた。
それが更に、ユウの心を惑わす。自分のものにしたい……。その欲求が抑えられなくなる。
ユウは手を伸ばす。オフィーリアは、何故か逃げなかった。その肩をがっちりと捕まえる。彼はふと自分の意思の弱さというものを、自分の弱点なのだと気がついていた。
そして再び、顔を近づける。じっとオフィーリアの瞳が、彼の瞳を覗き込む。そこにお互いの姿を見て、目が離せなくなる。ユウの指が、軽く彼女の唇に触れる。ぴくりと反応する彼女。
自分が悪循環に嵌っていると感じつつも、ユウは意を決して唇を触れ合わせようと……。
『敵ドール部隊が、当施設に侵攻中! パイロットは発進用意! 対空監視班、所定の位置へ! ウェポンズ・フリー! 繰り返す……』
「……続きは、お預けだな」
にやりと笑うと、ユウは身を離す。この敵襲は、自分にとっては良かったのかもしれない。深みに嵌る前に、抜け出せた。その安堵感を隠しつつ、ユウは部屋を後にする。
「何故、私は抵抗しなかったのだ……?」
部屋の中、ただ少女が一人、ぽつんと取り残された。
・第四話へ続く……
やられっぱなしでは、自分の気が治まらない。やられたらやり返すのが、彼の気性だ。
そのためにも、今は耐えて自分を鍛え上げなくてはならない。ユウは今までは、牙をもがれた野犬だった。それを隠し、必死に近寄る者を威嚇していた。
だが、時は新たな牙を生やす機会をくれたのだ。これをむざむざ捨てるわけにはいかない。自分は強くなる。そして、全てを手に入れるのだ。
「畜生! 当たれッ! 当たれよッ!」
シュリムの手に持たせたペイントガンを、飛ぶように機動する、シュバルツの駆るシュリッツ・オーアに乱射する。
しかし、シュリッツ・オーアはそれを軽々と回避してみせる。そして数発ペイントガンを発射すると、それを的確にシュリムの右腕に命中させた。
「ユウ、貴様はつくづく間抜けだな。右腕のパワーをカットしろ。それと右腕に持たせているペイントガンも撃破扱いだ。さぁ、どうする?」
「ざけやがって! だったら、こうしてやるよッ!」
ユウはシュリムのスラスターを吹かし、シュリッツ・オーアに体当たりを仕掛ける。それはお互いの機体を僅かに接触させるだけで終わった。
「ふん、面白い。だが実戦では、撃破できなければやられるのは貴様だ!」
シュリッツ・オーアはペイントガンでシュリムのコックピットを狙い撃つ。黄色のペイント弾が、べっとりとユウの収まるコックピットのハッチに広がった。
「実戦ならば、貴様は戦死だ、ユウ」
クソッタレ……。確かに、腕の差がありすぎる。そして機体の性能差もだ。あの、鷹のパーソナルマークをつけた機体。それはそのマークが現すように、軽やかに大空を舞う。そしてその鋭い爪で、獲物を狩り捕るのだ。
一方のユウ=マテバの機体には、白い野良犬のパーソナルマークがつけられている。負け犬の自分を、忘れないようにしたい。そのユウの思いが、それを描かせた。
「もう一度だ、シュバルツ、もう一勝負だ!」
「ふん、無駄な事を……いいだろう、かかってこい!」
地を這う野良犬は、空を自由に駆ける鷹には勝てない。その爪で切り刻まれるだけだ。しかし、その老いぼれた薄汚い野良犬にも、牙はあるのだ。一度食らいついたら離れない、鋭い牙が。
ユウはホバーしていた機体を海面から跳ねさせると、シュリッツ・オーアの背後から迫る。そのパーソナルマークが間近に見える距離まで近づくと、ペイントガンを発射する。
しかし、それをまるで後ろに目がついているかのように、シュバルツは回避して見せた。その動きに驚愕し、そして頭に叩き込む。奴にできるのだ、自分にできないはずがない……。
今度は急反転したシュリッツ・オーアが、シュリムの背後に着く。そしてペイントガンを撃つ。ユウはタイミングを合わせると、スラスターを噴射して姿勢制御、それをかわしてみせた。
「……ほう、俺の動きを真似するか……。しかし、模倣ではいつまでたってもオリジナルには勝てんぞ!」
ペイント弾が飛び交う。その中を、二機の機体が駆け抜ける。お互いに撃ち合い、そして回避する。ユウはその戦いの中で、確かに自分が興奮しているのが分かった。
戦いが、彼の中に眠る闘争本能を刺激したのだろうか。ユウはその中で、確かに一発一発の銃弾に意思が感じられ、敵の動きに感情が込められているのを知った。
戦いは、意識と意識のぶつかり合い。そのせめぎ合う狭間に、感情が爆発する。ユウは、キレた。ペイントガンを乱射しながら、シュリッツ・オーアの足に取り付く。それを振りほどこうとするシュバルツ。
「へっ! この距離なら、外しゃしねェだろうがッ!」
「……甘いな」
シュリッツ・オーアはその足を強制排除する。バランスを崩し、落ちていくユウのシュリム。長時間飛行するには、推力が足りないのだ。
そして落ちていくそこを、身軽になったシュリッツ・オーアが狙撃。再びコックピットにペイント弾を命中させた。
「戦いにおいては、臨機応変だ。それができぬような奴は、死ぬ。覚えておけ、ユウ=マテバ。貴様は今日、二回死んだのだ」
「言ってやがれ……最後に笑うのは、この俺だッ! 実戦なら、俺は勝ってみせるッ!」
二機はその機首を巡らし、プラントへと帰還する。黄色の塗料が、海面を染めていた。
「はぁっ、はぁっ……」
ユウはパイロット用に割り当てられたロッカールームで、深く息をついていた。戦闘訓練中は感じなかったが、深い疲労が彼を包んでいる。
自分は、まだまだ未熟だ。シュバルツの奴を見てみろ、汗ひとつかいちゃいない……。
二人の格の違いは、如実に現れていた。しかし、それもユウがたったの二回しか実戦に参加していないのに対して、シュバルツは歴戦の勇士であるということが大きいだろう。
経験は、何物にも勝る。その点で言えば、ユウ=マテバはまだまだ未熟であった。
シュバルツがパイロットスーツから作業着に着替え、ロッカールームを出ていく。ユウもパイロットスーツを脱いだ所で、その場に崩れ落ちる。
「……糞ッ! こんな様じゃ、いつまでたっても奴には勝てない……」
気がつけば、ロッカールームのドアの隙間から、オフィーリアが彼の様子を覗いていた。ユウは何でもないように振舞うと、立ち上がって彼女に声をかける。
「どうした、未来の恋人の裸でも、覗きに来たのかよ?」
「そ、そういうわけではない……」
僅かに顔を赤くして、オフィーリアは呟く。ユウは気にせずに着替えを続ける。そして作業用のツナギに、その袖を通した。
「訓練、頑張っているようだな」
「あぁ、俺だって死にたかァねェからな。やれるだけはやってみンのさ」
二人はロッカールームを出ると、通路のベンチに腰を下ろす。そこは一種の休息所のようになっていて、自動販売機と観葉植物が置いてある。
オフィーリアはジュースを買うと、そのうちの一本をユウに手渡す。彼女にとっては、特に彼を気にしているわけではなく、これが当たり前の行動なのだろう。
「おっ、サンキュ」
早速紙コップに口をつけるユウ。激しい訓練の後で、喉がからからだったのだ。彼女を前に、遠慮することもないだろう。
そんな彼の様子を、オフィーリアはじっと眺めていた。どことなく、その顔は安心しているようにも見える。
「……ナンだよ?」
「いや、訓練は辛いのであろう? よく体が持つな。私には、真似できぬ」
「鍛え方がチガウんだよ。俺ァスペシャルだからな」
「スペシャル……私と、何が違うというのだ?」
飲み終えた紙コップを、クシャリとユウは握りつぶす。
「持てる者と、持たざる者……手前ェに分かるか? 何も持たずに、ただ体ひとつで生きてこなけりゃならなかった俺の苦労がよ?」
「……分からない。それが、強さに繋がるのか?」
「持たざる者は、僻み根性が強いんだ。チックショウ、今に見ていやがれってな。そんで自分の限界を突破して、本当の意味で生まれ変われるって寸法だ」
ユウは、確かに生まれ変わろうとして、足掻いていた。目の前には、大きな壁がある。乗り越えようにも、それはあまりにも高すぎる。ならば、どうすればいい?
そしてユウは、その壁を破壊することに決めた。粉々に、自分の前に二度と立ちはだからないように粉砕する。そのために牙を研ぎ、そのチャンスを狙っている。今に見ていろ、この壁野郎。この牙で、手前ェを抉り取ってやる……。
「ユウは、強いな。本当に、強い……私には、真似できない」
「何言ってやがるッ! 手前ェも俺の隣に並ぶんだから、自分を磨きやがれ! 俺は今の手前ェに、正直これっぽちも魅力なんか感じちゃいねェ。もっといい女になれ。そうしたら、俺が奪ってやる!」
オフィーリアは立ち上がると、ジュースを手に歩き去っていった。何事かを考えこみながら。ユウは黙って、それを見送る。
『まァ、精々いい女になってみせるンだな……』
プラントの中に、サイレンが鳴り響く。大勢の反抗組織のメンバー達が、プラント内を右往左往する。
『敵戦闘機接近! 戦闘用意! 繰り返す、敵戦闘機接近! 総員、戦闘用意!』
「ふん、来たか……よくも逃げ出さなかったものだな」
格納庫へと向かったユウを、シュバルツが待ち受けていた。どうやら彼が、また逃げ出すと思っていたらしい。しかし、ユウはもう逃げない。この男の顔ッ面に、拳を叩き込んで地面を舐めさせるまでは、逃げてなんかやるものか……。
すぐにコックピットに乗り込み、シュリムの発進準備をする。旧式とはいえ、運用しだいでは戦闘機などに遅れをとるものではない。
シュバルツはシュリッツ・オーアで先に発進するようだ。まァいいさ。精々そうやってベテランって顔をしていればいい。しかし、いつか手前ェは俺が追い越して見せるさ。
シュリッツ・オーア、発進。続いて二番機、ユウのシュリム、発進。ホバーで海上を走行しながら、飛行して敵を追うシュバルツを見上げる。そんな高い所を飛んでいられるのも、今のうちだぜ……。
やがて水平線上に、米粒のような敵戦闘機の姿が見える。ターゲットサイトを開き、ユウはそれで狙いを定める。
「……堕ちやがれッ!」
ユウの放った銃弾は、一機の敵の翼をかすめる。直撃ではない。しかし大きく体勢を崩した敵機は、続くシュバルツのライフルの狙撃の前に撃破された。
「野郎ォ、俺の獲物をとりやがって!」
その後も、次々とシュバルツは敵を撃墜していく。ユウは辛うじて、逃れようとした敵を一機落としただけだ。
シュバルツと自分は、機体の性能からして違う。あっちは自由に飛行できるのに対し、こっちは瞬間的なジャンプ・フライトしかできない。いくら奴がエースだからといって、こんな旧式じゃ張り合う事もできやしない。
レティクルに敵の姿を収め、引き金を引く。直撃を受け、煙を吹いて落ちていく敵。この戦いでの、ユウの二機目の戦果。しかし、戦いはそこまでだった。
自由に空を飛行できるドールであるシュリッツ・オーアの存在により、戦況は圧倒的に抵抗組織デア・ヒンメルに有利に運んだのだ。
撤退していく敵。それを追おうとしたユウ機の前の海面に、シュリッツ・オーアのライフルが撃ち込まれる。
「手前ェ! 何しやがるッ!」
「貴様は頭に血が上りすぎだ。状況を把握しろ。そうでなければ、貴様はたった一人、無様に死ぬだけだ」
ユウはチッと舌打ちをすると、シュリムを海上プラントに向けた。シュバルツは一足先に帰還してゆく。
恐らく戻れば、彼はまた英雄としてみんなにもてはやされるのだろう。十機以上の撃墜。それに比べて、自分はどうだ? たったの二機しか落とせずに、シュリッツ・オーアの後に下僕のように従っていく。
このままで終わって、なるものか……。必ず自分の前に、奴をひざまずかせてみせる。そのためには、力だ。何者にも負けない、絶対的な力が必要だ。
ユウは思いを巡らせる。自分の腕は、この先も上昇していくことだろう。しかし、それに対して乗っている機体があまりにも貧弱だ。
『ダメもとで……オフィーリアの奴に頼んでみるか……。もっと上の機体を、俺に寄越すように……。シュリッツ・オーアクラスまでとまでは言わない、せめてもう一ランク上のドールが必要だ……』
そしてユウは海上プラントに帰還する。格納庫では、予想通りにシュバルツがみんなに出迎えられていた。皆一様に、彼を褒め称える。笑顔でそれに応えるシュバルツ。
しかし、ユウの方には誰一人として寄っては来ない。それも、仕方がない……。ユウはコックピットから飛び降りる。そこへ駆け寄る、一人の小さな影。
「よくやったな、ユウ。二機撃墜か? ほとんど初陣にしては、いい戦果だ」
「手前ェ……何で、俺なんかの所に……」
「当たり前であろう? 帰ってきた者を出迎えるのも、私の役目だ」
それからも彼女は、戦場で生き残る秘訣というものを滔々とユウに語って聞かせた。周りの者たちが、そんな二人を訝しげに眺める。
その中でもシュバルツ=ニュングはどこか楽しげに会話する二人を、憎々しげに見つめていた。彼の心中は、誰にも分からない。
「……それで、話とは何だ?」
海上プラントの甲板。風の吹き抜けるそこで、ユウはオフィーリアと改めて向かい合っていた。
彼には、彼女に話がある。力を手に入れるために、それはどうしても必要なことだ。ユウは話を切り出す。
「実はよ、俺にも新型のドールを、一機調達して欲しいんだよ」
「新型、だと……?」
ユウは話を続ける。
「今の俺は、少しでも力が欲しいんだよッ! 少しでも上に這い上がるための、力がッ! 確かにこのちっぽけな組織の力じゃ、限界があるかも知れねェ、けどよ、何でもいい! 今のシュリムよりマシなら、どんな機体でもいいんだ」
オフィーリアはしばらく考え込む。お互い無言の時間が過ぎる。そしてどれだけの時間が経ったのか、彼女はようやく顔を上げた。
「一機、テスト中の機体がある……。それでも構わぬというのなら、乗るがいい」
「ありがてェ! そんで、そいつの……」
「止めておけ」
その声に振り返ると、シュバルツ=ニュングがユウの事をじっと睨みつけていた。その視線は冷たく、ユウを刺し貫く。
「貴様のような戦いのなんたるかも知らない男に、新型機など百年早い。精々今の旧式に乗り続け、そしてそのまま死んでゆけ」
「んなろォッ!」
ユウはシュバルツに飛び掛る。しかしその攻撃はあっけなくかわされ、カウンターを叩き込まれる。甲板に倒れ伏すユウ。その体を憎々しげに踏みにじるシュバルツ。
「貴様など、あの時殺しておけば……。オフィーリア様も、もうこんな屑の相手をするのはお止めください。皆の士気に関わります。どうか……」
「ユウ!」
その彼の言葉も聞かず、オフィーリアは倒れ伏したユウに駆け寄る。そしてそっと、その体を抱え上げる。
「ユウ、しっかりしろ、ユウ!」
そっとその体を揺さぶる。僅かにうめき声を上げて、身悶えするユウ。相当なダメージを負っているらしい。シュバルツは手加減などしなかったのだ。
「……ユウ=マテバ。貴様は……」
その言葉を残して、シュバルツは去っていく。後に残される二人。
「ち、畜生ォ……俺ァ絶対に、強くなってやる……強く、誰よりも強くよォ……」
「ユウ……私は、強くあろうとするものが好きだ。人であれ、何であれ……」
オフィーリアは、まだ目を閉じて唸っているユウの額に、そっと手を乗せた。
ユウは自室に割り当てられた狭い部屋の中で、ベッドにパイロットスーツのままで寝転がっていた。何もない部屋の中の光景。それは、今の自分の姿を現しているかのようだ。
空っぽの、中身のない自分。いつかはそれも、満たされる時が来るのだろうか。それはまだ、分からないことだ。
「あの野郎ォ……手加減しないで殴りやがって……」
頬に手をやる。そこは恐らく、痣になっていることだろう。しかし、こんな傷が何だというのだ。こんなもの、放っておけばいつかは治る。だが、いつかシュバルツの奴には、この何十倍も痛い目を見せてやる。
コンコン……
部屋のドアを、軽くノックする音。こんな所に尋ねてくるのは、知っている限り一人しかいない。入れッと声をあげる。
「……お邪魔するぞ」
オフィーリアが、何かを手にして部屋の中へと入ってきた。
「何の用だ?」
「用が無ければ、来てはいけないのか?」
ユウは苦笑する。さて、この警戒心のまったく欠如しているお嬢様を、どうしてやろうか……。
「傷は、どうだ? まだ痛むか?」
「大したことねーよ。こんなもん、宇宙にいた時にはしょっちゅうだったぜ」
ベッドに腰掛けるユウの前に、オフィーリアはやって来る。
「痣になっているな。手当てをしよう。動くなよ」
手にした箱から、治療道具を取り出す。どうやらそれは、救急パックだったらしい。スプレーを取り出し、患部に当てる。
「少し、冷たいぞ?」
冷却効果を持った薬が、痣に当てられていく。その冷たさに、ユウは顔をしかめる。
「よし、後はシップだな……。ほら、顔を動かすなと言っておろうが」
患部にシップを当て、テープで止めていく。その手つきはたどたどしいものであったが、ユウには何故かどんな治療よりも手厚く感じられた。
「よし、これで大丈夫だろう。違和感はないな?」
「ああ、悪くねェ……」
ユウは僅かに彼女に感謝をする。しかし、それを表情に出す事はしない。ただ軽く、彼女の手を取った。
「……ユウ?」
「手前ェ……いや、お前さ、ホンッとに無防備だよな」
ユウは彼女に顔を近づける。何が起こるのかと、目を丸く見開いているオフィーリア。そこに、ユウは付け込んだ。
「……!」
唐突なキス。オフィーリアには時が止まったように感じられる。何が自分の身に起こっているのか、それすらもはっきりとはしない。
やがてそのキスは、ユウが離れることによって終わりを告げた。
「おっ……おまぇ……な……!」
「お前一体、何をしたんだ……って所か?」
オフィーリアはこくこくと頷く。その目は相変わらず、真ん丸に見開かれたままだ。そしてそこから、涙の雫が零れ落ちそうになっている。
泣かせてしまうつもりは、無かったのだが……。それだけ唐突な出来事に、ショックが大きかったのだろう。
「こ、この愚か者! 自分が何をしたのか、分かっているのかっ?」
「ただの挨拶だって」
「嘘だ! 今のは、そんなものではなかった……!」
そう彼女に言われて、ユウは初めてさっきのキスが、いかに自分の中でも唐突なものであったのか理解した。
『ヤバイな。あまり、この小娘にのめりこむわけにはいかねぇ……』
それは、咄嗟の時に彼女の事を思い浮かべてしまうのが、急に怖くなったからだ。自分は純粋に、力だけを追い求めていればいい。
その結果彼女をものにできるのならば、それが理想であろう。しかし、それが逆転してしまっては困るのだ。
『純粋な力だ……俺はそのことだけを考えていればいい……』
オフィーリアは彼から離れると、いやいやをするように首を振った。涙が零れ、雫を散らせる。その姿は、どこかに忘れていた、美しいものを感じさせた。
それが更に、ユウの心を惑わす。自分のものにしたい……。その欲求が抑えられなくなる。
ユウは手を伸ばす。オフィーリアは、何故か逃げなかった。その肩をがっちりと捕まえる。彼はふと自分の意思の弱さというものを、自分の弱点なのだと気がついていた。
そして再び、顔を近づける。じっとオフィーリアの瞳が、彼の瞳を覗き込む。そこにお互いの姿を見て、目が離せなくなる。ユウの指が、軽く彼女の唇に触れる。ぴくりと反応する彼女。
自分が悪循環に嵌っていると感じつつも、ユウは意を決して唇を触れ合わせようと……。
『敵ドール部隊が、当施設に侵攻中! パイロットは発進用意! 対空監視班、所定の位置へ! ウェポンズ・フリー! 繰り返す……』
「……続きは、お預けだな」
にやりと笑うと、ユウは身を離す。この敵襲は、自分にとっては良かったのかもしれない。深みに嵌る前に、抜け出せた。その安堵感を隠しつつ、ユウは部屋を後にする。
「何故、私は抵抗しなかったのだ……?」
部屋の中、ただ少女が一人、ぽつんと取り残された。
・第四話へ続く……