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創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

最終幕 阿呆共《ヴァルハラ》の総大将《中間管理職》

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機体の前面にマスドライヴバズーカ二門、背面にバリア・ヴェールを三層の角錐状に展開。
機体各部のブースターの出力を一気に最大値に引き上げ、距離を詰めながら砲弾を叩き込む。

(吸血鬼の殺し方って言やァ……多過ぎて、どれから試せば良いものやら……)

定番な方法からマイナーな方法。時代や国によって、その殺戮手段は多種多様。

だが――

「心臓をブチ貫いて、首を刎ねりゃあよォッ!!」

二発の専用弾がヴァンヘルシングの頭部と胸部に食い込み、砲弾が内側から爆ぜ、
燃え盛る爆炎がヴァンヘルシングの巨躯を飲み込み、その姿を覆い隠すが、それも僅か一瞬。

「カルンスタインの凶弾」

メアリー嬢の静謐な声と共にヴァンヘルシングの口から漆黒と真紅、放射線状に展開された
二色の光線が爆炎を引き裂き、壁の様な密度で以ってディアボロスを押し潰しにかかる。
どれ程の威力を持つか分からん以上、被弾なんざしてもやれねェ。

(着弾位置予測……)

心の中でそう呟いてはみたが、生憎と俺には、そんな上等な真似なんざ出来やしない。
出来る事なんぞ、テメェの経験を総動員し、直感を信じて弾幕の隙間を全力で潜り抜けるくらいのモンだ。

「よくぞかわした。次弾投射」

「驕るなよ、吸血鬼ィッ!!」

俺の一喝と共に、ヴァンヘルシングの巨体が断続的な小爆発に飲み込まれる。
回避行動中に切り離したアサルトエクステンションによる奇襲攻撃って奴だ。
俺の脳波信号による命令を受け、二基の攻撃端末が超高機動でメアリー嬢の死角から
執拗にグレネード弾とロケット弾を吐き出し、ヴァンヘルシングの巨体を揺るがした。

「次弾なんざ撃たせねェよ!!」

爆炎に呑まれている隙に、カルンスタインの凶弾で離された距離を再び詰めると、
ヴァンヘルシングの禍々しい翼が剣閃の様な閃光と共に翻った。

(第二手……いや)

頭に一瞬、鈍痛が走り抜け、アサルトエクステンションのリンクが切断された。
ヴァンヘルシングの足元には十字に斬り裂かれたアサルトエクステンションが紫電を放っている。

「桜を敗北に追いやる切欠を作ったアサルトエクステンションか……確かに今の桜が捉えるのは難しいかも知れんな。
しかし、残念だったな。この程度の芸当、実に容易い事だ」

別に構いやしねェさ。ほんの少しだけでも気を逸らす事が出来たのならな。
ディアボロスのスピードならほんの少しの隙があれば一気に距離を詰められる。
つーか、既に目の前。ヴァンヘルシングの真正面に躍り出る。
擦れ違い様、背中合わせになると共に太陽の膨張をイメージする。

「ヴァーミリオンサンズ!」

背面に展開していたバリア・ヴェールの圧縮粒子を爆発的に膨張させ、超高熱の結界でヴァンヘルシングを飲み込む。
ヴァーミリオンサンズのイメージは太陽だ。出力が下がっているとは言え、そんじょそこらの幻想種に向けて、ぶっ放すのとはワケが違う。
太陽の光が弱点ってのは吸血鬼のセオリーだからな。

「プロミネンス・ローラ」

背中合わせ。何の痛痒も、動揺も感じさせない、ただただ静謐な声が広間に響き、背中にドス黒い殺気……
そう呼ぶ事さえ生易しい程の、もっと濃縮された様なプレッシャーがディアボロスを通り越して、俺の背中に圧し掛かる。

「か……べ……?」

プロミネンス・ローラの直撃を受けたことを自覚した瞬間、ヴァンヘルシングは遥か彼方に。
そして、ディアボロスは頭からステンドグラスに突っ込み、埋没させられていた。

「チッ……撃ち合ってこの様たァ、我ながら無様なモンだな」

「アームズドレスが七つ揃っていれば、其処まで酷い事にはならなかったかも知れんがな」

万全な状態でも相殺不可能とは泣ける話だが、今は消炭にならなかっただけ、運が良かったと素直に喜んでおく。
それに死なずに済んだ以上、今はそんなことよりも気に回すべき事は他にある。

「しっかし、本調子で無いとは言え、ゼロ距離ヴァーミリオンサンズを喰らっておきながらノーダメージとは参るね。
吸血鬼の天敵、太陽を想起したんだがなァ?」

基本的に不死者って奴は太陽の光を嫌うのがセオリーだ。それにも関わらず、ヴァンヘルシングにダメージが通った様子は無ェ。

「ふむ。何か勘違いをしているようだな。確かに私は吸血鬼の幻想種だが、全ての吸血鬼が太陽の光を弱点としているわけでは無い」

なんてこった。

「そもそも、私の原典、ドラキュリーナは、ドラクルとは異なり太陽の光を弱点としていない。他ならぬ人間の空想によってな」

長い歴史の中で原典とは異なる描かれ方をする例は珍しくねェ。
吸血鬼と言えば、ドラクル。男の吸血鬼のイメージが強いせいで、ドラキュリーナまで太陽の光に弱いってェ、誤解を受け……
って、そんな無駄知識、今更知っても何の役にも立ちゃしねェ。

「その分、ドラキュリーナはドラクル以上に聖歌に弱いのだが……貴方に信仰心など欠片もあるまい? アレも信仰心が無ければただの歌だからな」

「ハッ……確かに俺に信仰心なんて意外性抜群にも程があり過ぎらァな」

最終的に信じられるのは自分だけだ。
だが、その肝心な自分って奴はいざって時はまるでアテにならねェときている。
だったら、尚の事、いるのかいねェのか分かりゃしねェ神様なんて信じられるわけがねェ。

いや、ヴァルハラにならいるんだろうけどよ、素性も知れねェ生き物の何を信仰しろってんだ。
それに俺の宗教観なんて何一つとして面白く無さそうな話は、どうだって良い。
メアリー嬢曰く、吸血鬼の弱点たりえる物であっても神様LOVEな信仰心が無ければ通用しねェって事だ。
つまり、信仰心の無い俺がメアリー嬢を倒そうと思ったら、信仰心に関係無く効力のあるアイテムが必要ってわけだ。

「こりゃあ、バズーカの弾頭をニンニクにするべきだったかも知れんなァ」

「貴方は面白いな。無様に脅えて見せたかと思えば果敢に戦い、対吸血鬼用の能力が通用しなかったのにも関わらず、
今度は恐怖心の欠片も見せない。それどころか、まだ何かをする気で……いや、出来る気でいる」

「まあ、そうだなァ……ぶっちゃけ、ヴァーミリオンサンズでお嬢さんをどうにか出来るなんて思って無かったさ。
ある程度の手傷を負わせることが出来れば、安心して次の手を打てる程度には考えていたんだが、前提条件が崩壊しちまった。
それでも、バリア・ヴェールでプロミネンス・ローラをある程度は減衰出来るって分かったのは大きな収穫だがな」

まともに喰らったら、芹菜の二の舞だしな。だけど、どうせ死ぬなら、プロミネンス・ローラで灰にされた方が苦しみも無く逝けるだろうがな。

「死なないからと言って、今回の戦いを棄て、次回に備える算段か?」

「次回に備えるのは確かだ。今後も長い付き合いになるだろうからな。だが、勝負を棄てる気は更々無いぜ?」

何せ、勝利の報酬は夢のマイホームだからな。ぶっちゃけ、勝つ気満々だ。

「メアリー嬢、俺には君をどうにかするための手札がある。それは君も薄々気付いているだろう?」

「それもそうだ。勝負を棄てた奴がそんな声色で喋ることは無い……だから、その意志が何処までのものなのか見せてもらおう」

ヴァンヘルシングが地面に手を付くと空間が震動を始めた。セリス嬢の望まれぬ子供たちの軍勢の予備動作にも似た震動が走り抜ける。

「スピエルドルフの凶刃」

広間全体が陽炎の様に揺らめき、ロングソードを振り被った鉄巨人が、ディアボロスの進撃を阻むかの様に空間の狭間から躍り出る。
セリス嬢のミノタウロスや望まれぬ子供とは比べ物にもならない巨大な……幻想空繰人形さえも丸呑みにしてしまいそうな程の
巨大な騎士は、見た目に反して機敏な動きでディアボロスを牽制し、一撃必殺の機会を狙っている。

(たった一体……幻想種としての力の差か? 多分、望まれぬ子供の軍勢よりもスピエルドルフ一体の方が遥かに上だ)

メアリー嬢は戦いの全てをスピエルドルフに一任する腹積もりなのか腕を組んで宙を漂い、悠然と無防備を晒している。

(次の手札の使い時はここか……)

要は信仰心に関係無く、吸血鬼に対して効果のあるアイテムを使えば良い。
問題は次の手札が信仰心と関係があるのか、無いのかが分からねェって事だ。

「あー……参ったな」

「その割には楽しそうね? 何か面白いことを思いついたのかしら?」

「そうだなァ……楽しくて仕方がないねェ!」

アームズドレスをパージ、超重量の追加装甲の楔から解放たれ、十一基のブースターを展開。
ディアボロスが本来のスピードを取り戻し、一瞬にしてスピエルドルフとの距離をゼロにする。
スピエルドルフってのは確かにとんでもねェ化物だが、メアリー嬢の力の一旦として召喚されたのであれば、コイツの原典は吸血鬼だ。
だから、この手札が吸血鬼に通用するか如何かをテストするには打って付けってわけだ。

(どうも変なスイッチが入っちまったみてェだが、コイツが効けば俺の勝ちだ)

ディアボロスの左右の脚部に装着されたウエポンラックから二振りの短刀を引き抜き、スピエルドルフの心臓部目掛け、
十字に白銀の剣閃を走らせる。すると、走り抜ける剣閃の軌跡を追うように切断面から真紅の鮮血が噴水の様に溢れ出した。

(やっぱりな。効果覿面って奴だ)

返す刀で二振りの短刀を重ね合わせ、スピエルドルフの心臓に突き入れると、
まるで豆腐を刺すかの様に何の反発も無く、白銀の刃が深々と心臓の中へと滑り込んだ。
重ね合わせた刃を其々に左、右へと滑らせ、ブースター最大出力でその切断面に飛び込む。
奴の心臓を貫き、骨を砕いて、繊維を引き千切り、鉄の装甲に覆われた背中から飛び出す。

「覚悟しなァッ!! ハァァァァァニィィィィィィッ!!」

スピエルドルフをぶち抜いた勢いを殺す事無く、未だ無防備を晒しているヴァンヘルシングに肉迫し、白銀に煌く刃を殴り付けるように叩き込む。
熱が入りすぎて悪党みたいな叫び声をあげちまったのはご愛嬌って事にして欲しい。

「アッ……ハッ……」

メアリー嬢の色っぽい吐息と共にヴァンヘルシングの肢体が痙攣するかの様に跳ねた。ここぞとばかりに突き刺さった短刀の柄ごと蹴り飛ばす。

「流石に銀の剣を扱うのに信仰心は要らねェみたいだな」

「銀の……剣だと……!?」

「そうだ。メアリー嬢と全力で遊ぶには太陽は勿論、銀は絶対に外せないと思ってな」

投擲剣、スティンガーソード。ソイツを元にメアリー嬢のために刀身から柄までを一枚板の銀で鋳造した、特別な得物だ。

本来、銀なんてのは分子結合力が弱く、ド突き合いに使って良い物じゃねェんだが、ソコはソレ。
分子結合なんて細けェ事ァ良いだよって感じに都合の良いこと悪いことは全部、幻想力にお任せ解決ってな。
メアリー嬢とガチで殺し合える。それ以外の要素は一切知らんし、割とどうでも良い。

「成る程、最初から私が望みであったと言うわけか。フ……フフフ……ハハハハハハ!!」

何がそんなに面白かったのか知らんがメアリー嬢は、地べたを這いずったままの体勢で随分とご満悦そうに高らかに笑い始めた。
正直、「オーホッホッホッホ!!」って笑い出さなくて良かったと心の底から思う。

「これだから人間と睦び合うのは止められない。刹羅、貴方は最高の賓客だな」

マリオネットに引っ張られるかの様にヴァンヘルシングの巨体が、ゆっくりと持ち上がり常闇の大地に両脚を付けた。

「シェリダン! レファーニュ!」

ヴァンヘルシングの巨大な四枚の翼が折り畳まれ爪の様な刀身を持つ、漆黒と真紅の二振りの巨大剣と姿を変える。
俺が銀の武器を持っていると分かりながらも、殴り合いを御所望とは過激なお嬢さんだ。益々、惚れてしまいそうになる。
二振りの短剣と二振りの奇剣から幾重もの剣閃が流れ、真正面から弾け合い火花を散らす。

吹き荒れる純粋な暴力。本来ならば一払い障害を楽勝で切り崩し、鬼畜なまでに破壊する吸血鬼の武器も
流石に銀の武器は苦手らしく、いかついナリをしている割に短刀と大剣の正面対決は互角。
単純な力押しでは埒が開かないとばかりにヴァンヘルシングが半歩身を引き、横殴りの斬撃を放った。
鋭敏な剣閃だが予備動作が大き過ぎる。難なく受け止めるも刃が噛み合った瞬間、距離を離される。

「逃がすかよッ!」

ブースターを左右に揺らし、右から斬り込むが阻まれる。錐揉みしながら身体を逸らし左から掬い上げる様な斬撃を放つが、それも受け流される。
メアリー嬢の化物刀をなぞるように飛翔し、左右に薙ぎ払い、頭を挟み斬り落としにかかるがヴァンヘルシングの足が跳ね上がり、蹴り飛ばされる。

「斬ってダメなら撃ち込んでやれってな。美人に銀を叩き込むのは心が痛むんだがなァ」

ディアボロスの両脚に仕込まれているスティンガーソードのマガジン一基分の弾数は其々四発ずつの計八発。
二発はディアボロスの両腕に。残り六発は蹴り飛ばされついでに発射済み。

「……ッ!」

ヴァンヘルシングを取り囲む様に滞空するスティンガーソードに気付いたメアリー嬢が良い表情で、歯噛みしながら呻き声をあげた。
コンソールを弾き、滞空待機中のスティンガーソードに攻撃命令を下すと六条の銀色の閃光が幾何学模様の様な軌跡を描き、
空気を削り取る様な異音を喚き散らしながらヴァンヘルシングに牙を剥いた。

「五月蝿い能力ね。主に音が」

身も蓋も無いが確かに五月蝿い。その上、無造作に放たれた斬撃の前に一撃で全弾弾き返されるという始末。全く以って身も蓋も無い。

「その程度で終わる刹羅さんだと思ってくれるなよ」

弾き返され、常闇の大地に熱いベーゼを交わそうとしていた六発のスティンガーソードが息を吹き返し、ヴァンヘルシングに向かって再攻撃を開始。
色々とアレンジを加えたせいで、あまり原型が残っちゃいねェが本来、スティンガーソードってのはガチで殴り合うための武器じゃねェ。
柄の部分に複数基の推進装置を持つ、遠隔誘導式の投擲剣って奴だ。

操作方法は後部シートのインターフェースによるマニュアル操作。複数のマニューバパターンを組み込んだ可変プログラム。
メインターフェースからの脳波コントロール等。今みたいにスティンガーソードの制御をプログラムに一任し、そして――

「人間ってのは嘘を吐き、騙す生き物だ。弱いからなァッ!!」

パターン化された動きで幾何学模様を描きながら整然と飛翔する六発のスティンガーソードとは別にミミズがのた打ち回っているような適当で、
いい加減な軌道を描く二発のスティンガーソードが早くも無ければ、遅くも無い不安定なスピードで真正面からヴァンヘルシングに喰らいかかる。

「メアリー嬢なら見るまでも無く無力化出来る筈なんだがよ、同じ規則性で動く、
複数の物体の中に何の規則性も無い同じ物体を混ぜりゃ錯覚を起こして――」

俺が脳波でコントロールしている緩慢な動きのスティンガーソードがヴァンヘルシングの頭部、心臓を貫き、
銀のダメージで硬直している所を六発のスティンガーソードが全く同じタイミングで六方から追撃を叩き込む。

「――多分、ブチ当たるんじゃねェかって期待していたんだが、大当たりみてェだな」

八発のスティンガーソードをブチ込まれたヴァンヘルシングが力を失ったかの様に頭から墜落し、大の字になって倒れ込んだ。

(だってのに全ッ然、勝った気がしねェって事は……)

「く、ククク……ここまで泥臭い闘争を興じるのはいつぶりか……だがな、刹羅よ。このまま銀を撃ち続ければ
勝てるとは思っているまいな? 早く、次の手を見せなければ披露する前に終わることになるぞ」

「参るねェ……聖水とにんにくも用意すべきだったか?」

完全に押している筈だってのに少しも勝った気がしねェって事ァ、やっぱり、そういう事なんだろうな。
脚部のウェポンラックのマガジンをリロード。大の字に倒れたまま笑い声を上げるメアリー嬢とヴァンヘルシングに向けて、
新たに八発のスティンガーソードを叩き込み、反撃に備えブースターの出力を上昇させる。
だが、ヴァンヘルシングは倒れ伏したまま動きを止め反撃どころか避けようとすらしない。このまま負けるのが楽しいってタマじゃあねェ筈だろ?

「……おい」

銀の短刀に貫かれたヴァンヘルシングの四肢が砕け散ると共にメアリー嬢の怒気に満ちた声が俺の鼓膜を叩いた。
目蓋の裏からケツの穴まで全身を針で貫かれた様な殺気に全身の毛穴が開き、嫌な汗が溢れ出した。
そして、次の瞬間、四肢を砕かれたヴァンヘルシングが砂煙と共に霧散した。

(くたばったってわけじゃねェよな?)

その証拠にメアリー嬢の殺気は未だ健在。寧ろ、その濃度は薄まるどころか濃密さを加速度的に増していやがる。

「貴様、飽きるぞ」

声が近い――思わず背後を振り返るとディアボロスの全周囲スクリーンが山羊頭の髑髏が大きく口を開き、
牙を剥き出す様をドアップで映し出していやがった。 今、目が合ったぞ。軽くホラーじゃねェか、この野郎!

「喰われて堪……」

振り解こうとするよりも早く、ヴァンヘルシングの牙がディアボロスの左肩を貫き、装甲を潰す方が圧倒的に早い。

「喰われて……なんだって?」

「返す言葉もねェよ」

それでも、黙って喰われっ放しなんざゴメンだ。生身なら兎も角な。
だが、何時の間にやられたのやら、ヴァンヘルシングのスカートの裏から伸びる血の様に赤く染まった鎖に雁字搦めにされていた。
手も足も動かせないときていやがるが、銀剣はぶっ放せるんだけどな。

「マガジンリロード。スティンガーソードオープン……フルファイア!!」

脚部のウェポンラックから放たれた、銀の短刀が八条の軌跡を描いて、俺達を雁字搦めに結ぶ赤い鎖を引き裂く。
更にヴァンヘルシングの腹に肘鉄、左肩に喰らい付く山羊頭に裏拳を叩き込み、距離を離すついでに回し蹴りをくれてやりゃ、晴れて自由の身だ。
自由万歳。ビバ・自由。だけど、これで俺とメアリー嬢を結ぶ赤い糸が切れたりしねェだろうな? そこんトコ頼むぜ、運命さんよ。

「刹羅。これがラストチャンスだ。ヴォルデンベルグ」

殺気と共に紡がれた言葉と共に、宙を舞う赤い鎖の残骸が次から次へと鏃の様な形に代わり、ディアボロスへと殺到する。
真っ黒な空間の中を飛来する赤は超目立つんだぜーと言いたいところなんだが、こうも数が多いんじゃどうしようもねェ。
おまけに避けても避けても鏃が軌道を変えて、再び襲い掛かってくるときていやがるから、尚更どうしようもねェ。
一番、どうしようもねェの脚部に被弾しまくって、ウェポンラックが吹っ飛んじまった事なんだがな。いや、本当にどうしようもねェな。

「これで銀の短剣は使えない」

銀剣ばかりぶっ放していたからかメアリー嬢の声色は不機嫌混じりだ。
なので、ご機嫌取りに、この俺様の大変貴重なスタンディングオベーションシーンをヴァンヘルシングに送ってやる。

「何のつもりだ。人間」

するとだ。とうとう呼び名が名前から種族名に変わってしまった。
どうやら、俺の株はストップ安になってしまったらしい。尊大な様で、堪え性の無い一面にまた惚れてしまいそうになる。

「そう焦るなよ、フロイライン。俺が攻めてばかりじゃ面白味に欠けるだろ? 俺の手札に飽きたってんなら、今みたくブッ壊して封じねェとな?」

「漸く、その気になったか」

いい加減にメアリー嬢、ご待望の手札を切ってやらねェと、ストップ安どころか上場廃止にまで追い込まれかねんしなァ。そろそろ、始めてやるか。

「カルンスタインの凶弾、プロミネンス・ローラ、スピエルドルフの凶刃、シェリダン、レファーニュ、ヴォルデンベルグ。スリーサイズに下着の色。
独りの阿呆な人間を相手に随分と大判振る舞いをしたな? 笑って手札を切り続けたな? 残った手札は後何枚だ? 丸裸のお嬢さん」

「突然、何だ?」

彼女の言葉に嫌悪感は無い。寧ろ、悪戯小僧を嗜めるようでもあり、次の出し物を期待する純粋な少女のような声色だ。
此処は驚く場面だと思うんだがなァ。別にどうだって良いけどよ。

「まあ、俺も丸裸同然なわけだが、後一枚だけイチジクの葉を残している」

「勿体付けるわね? 早く見せなさい。貴方の全てを」

メアリー嬢の言葉を無視してディアボロスの心臓、すなわちコクピットに指を差した。

「俺は此処だ。此処にいる。最後のイチジクの葉、その手で剥がしてみせな。丸裸のお嬢さん」

「フフフ……最高のエンターテイナーね。何を企んでいるのかしら? 私は一体、何をされるのかしら? 楽しみね。実に楽しみ。最後の手札は何なのかしら?」

メアリー嬢の恍惚とした声色と無邪気な口調と共に、ヴァンヘルシングの背後に描かれる紅の円陣の中に漆黒の記号文字が浮かび上がり、
持ち上がった右腕の内側から悪魔の角のように捩れた穂先が装甲を突き破りながら伸びた。

「クインマリーステーク……セット」

狂気と不吉を見せたのも一瞬。ヴァンヘルシングの姿が視界から消えた。
だが、姿が見えていようといまいとまるで関係無ェ。メアリー嬢の気質なら狙ってくるのはディアボロスの心臓部、ただ一点。予測するまでもねェ。
だからと言って風向きが俺に向いているわけじゃねェがな。メアリー嬢の濃密な気配。いや、圧倒的な存在感は余程の鈍感だって気取れるだろうよ。
けどな、姿が掻き消える程の人間の知覚能力、認識能力を遥かに越えたハイスピードの前に先読みや気配察知なんてのは何の意味も成しやしねェ。
だからコイツは、ただの博打って奴だ。メアリー嬢が何処から何処に向かって来るなんてのは分かり切っている。問題はそこじゃねェ。

(問題はどうすりゃ、最高のタイミングで切り札を叩き込めんのかってことだ)

メアリー嬢が宣言するかのように構えたクインマリーステークの威力がどれ程のものかは知らねェが、腐ってもヴァンヘルシングの武装だ。
出鱈目な威力であることは喰らうまでも無く分かり切っている。
だから、ハイスピードで近接戦を仕掛けようと猛追するメアリー嬢を先んじ、ヴァンヘルシングのクインマリーステークがディアボロスを捉らえる前に切り札を叩き込む。

それを実現する手段は……!

(躊躇いを捨てる以外に手立てがあるわきゃねェよなァ。我ながらおめでたい頭だがよ)

そもそも、運任せの戦いである以上、それくらいしか手立てが無いってのが現実って奴なんだがなァ。
ま、確率の差こそあれど本来、戦いなんてのはそんなモンだ。
左腕から炸薬ボルトを起爆させ、手首から肘を覆う箱型の装甲を弾き飛ばすと装甲の下で、吸血鬼の心臓を喰らうその時を
今か今かと待ち侘びていたかのように銀でコーティングされた192cm口径の特殊質量弾頭が輝きを放つ。狙うはただ一点。

「真正面……!!」

メアリー嬢が来るとしたら正面以外に考えられねェ。彼女の性格が掴めたわけじゃねェが、断言出来ることもある。
力押しと言うか、策に頼らず正面から堂々と。もっと姑息に狡猾にやろうと思えば、一瞬でケリを付けることが出来るにも関わらずだ。
戦争と言ってもヴァルハラの管理戦争は、命を、尊厳の全てを奪われるって悲惨な戦争じゃねェ。厳密な絶対遵守の規律が存在する遊びだ。

遊びの戦いに殺意は勿論、敵意や悪意、憎しみさえも生まれない。生まれようが無い。
だから、彼女達は何かと戦いの中に遊び心を込めたがる。
俺を……と言うか、敵を舐めているんじゃねェし、手を抜いているわけでもねェ。遊びでムキになる程、ガキじゃねェってだけだ。
まあ、種族や立場から来る余裕や矜持、不遜も含まれてンだろうけどよ。これで何もかも外していたら、ただの笑いぐさだが的外れって事ァねェだろ。

「多分な!!」

ディアボロスに装着された十一基の大型ブースターから吹き上がる真っ白な焔の翼を背負い、一直線に漆黒の大海原を突き進む。向かうは真正面。
左腕手首の付け根から伸びる192cm口径の特殊質量弾を打ち出す超大型パイルバンカー、ハープンハンマーを真正面に向けて鋭い弾頭を叩き付ける。
僅かでも早ければかわされる。僅かでも遅ければディアボロス諸共バラバラにされて終わりだ。

だが、メアリー嬢のスピードを考えれば早過ぎるなんて事は絶対に有り得ねェ。もっとスピードが欲しいくらいだ。
そもそも、メアリー嬢が真正面にいなけりゃ、ただのクソ間抜けだ。だからこその博打だが、もう一度言ってやる。的外れって事ァねェさ。

ディアボロスの左腕の肘先から焔が迸り、ハープンハンマーを作動させる。
直径192cm、全長7m、総重量3.5t。過去の大艦巨砲主義によって生み出された戦艦の時代遅れな主砲を転用した
究極のパイルバンカーが小気味の良い小爆発と共に何も無い空間に炸裂し、轟音と激しい衝撃がディアボロスを襲う。

(真正面からのインパクト……!!)

交差する幻想空繰人形の剛腕。
だが、ディアボロスの左腕は空を穿ち、ヴァンヘルシングの右腕はディアボロスの左肩を貫いた。
ディアボロスを貫くクインマリーステークの弾頭が真紅の眩い閃光を放ち、ディアボロスの左腕が肩の付け根から飛び散る。

爆散した左腕の残骸がディアボロスの頭部装甲を引き剥がし、眼を焼く。
コクピット内の全周囲スクリーンがホワイトアウトし、ヴァンヘルシングに貫かれた両足が衝撃に堪え切れず、破砕音と共に弾け飛ぶ。
一瞬の浮遊感を感じたのも束の間、支えを失ったディアボロスはヴァンヘルシングに押し倒される形で常闇の床に叩き付けられる。

ヴァンヘルシングの姿が掻き消える程の超機動で押し倒されたせいで、転倒しただけでは勢いを抑え切れず、
機体の背部をもみじ下ろしにされ、擦り下ろされた大型ブースターが断続的に爆発を起こし、ディアボロスの鋼の巨体を打ち砕いていく。

「どうせなら人形抜きで押し倒されたいねェ」

見た目麗しい淑女を押し倒すのは勿論、押し倒されるのも大好きだ。男なら誰だってそうだろう?

「最後の切り札が通用しなかっただけでは無く、全ての武装を失い、自ら立ち上がる事さえ出来ない。なのに余裕だな」

ある種のサディズムと官能的な色気を含ませたメアリー嬢の問い掛けとは対象的に、
ヴァンヘルシングの山羊の髑髏を模した不気味な頭部に窪んだ双眸がドアップで映り込む。
マジでトラウマになったら、どうしてくれやがる。

サブパネルのコンソールを叩き、ディアボロスのステータスをチェック。
両足は引き千切れ、左腕は肩から消し飛び、十一基の大型ブースターも残るは右肩部装甲に装着された一基のみ。
自立どころか逃げ出す手段も無ェ。それ以前にヴァンヘルシングに馬乗りされてんだから、どうしようもない。
これが人形越しのポジションなのが心底、悔やまれるってもんだ。実際に自分の両足、左腕を持っていかれるのはごめんだがな。

「視覚は地獄で聴覚は天国。触覚は……何だろうな?」

ヴァンヘルシングの肋骨のような胸部装甲を残った右腕で鷲掴みにする。
人形越しってのが実に、全く以って、本当に、心の底から、どうしようもなく、言葉に出来ない程に悔やまれる。
悔やまれるが、何から何までもが悔やまれるってわけでも無い。当初の予定とは違うが博打は俺の勝ちだ。

「メアリー嬢、切り札ってェのは出せば決まる。絶対に勝てるから切り札ってんだぜ?」

「何……!?」

今更、驚いても、もう遅ェ。ディアボロスの右腕の手首から肘を覆う箱型の装甲が弾け飛び、手首の付け根から吸血鬼の心臓を穿つ白銀の牙、
ハープンハンマーが乾いた音を打ち鳴らして、ヴァンヘルシングの心臓部を貫き、背中から銀の弾頭が顔を出した。

ハープンハンマーが左腕の一基だけだと言った覚えは、ただの一度も無ェ。

「これで終わりだ。吸血鬼ッ!!」

そして、銀の弾頭に亀裂が走り、甲高い音と共に砕け散り、真の姿を露にした。

「白木の杭……だと!?」

銀が駄目なら杭を叩き込め。用意あれば憂い無しってな。

「俺の民族の先祖の故郷にはな樹齢ン千年ってェ、霊験あらたかな杉があってな。
ソイツを俺の幻想力で具現化して、ハープンハンマーの特殊質量弾に加工したのさ。
対吸血鬼戦用の切り札として、メアリー嬢、ただ一人を倒すためだけにな」

貫かれた部位を中心にヴァンヘルシングが強酸を浴びたかのように溶け出し、融解した残骸がディアボロスの装甲を濡らしていく。
今までとは違ったダメージの受け方。銀ですら成し得なかったヴァンヘルシングの崩壊が始まった。

「ククク……このメアリー・バイロンを打倒するか……」

「本来ならもっとスマートに決めるはずだったんだがねェ……ま、運も実力の内って奴だな」

最後に残ったヴァンヘルシングの山羊髑髏がディアボロスの胸部装甲を叩き、乾いた音を鳴らして粉々に砕け散る。
メアリー嬢の力を失ったせいか、ステンドグラスに包まれた空間が、音も無く崩壊し、
瞬く間に吸血鬼の居城にはあまりにも不釣り合いな真っ白なトランシルバニア城の姿に戻った。

だが、トランシルバニア城全体から気配と言うには、あまりにも桁違いの、
それこそトランシルバニア城がメアリー嬢そのものと言わんばかりの圧倒的な存在感が渦巻いた。

「ラウンド2ってか……? もう本当に何も残ってねぇぞ……」

まるでメアリー嬢に囲まれているんじゃねェかと錯覚を起こしてしまいそうな、天国なのか地獄なのか今一つ判断に苦しむ気配に呆けていると、
砕かれた城壁の隙間や、閉ざされた豪奢な扉を突き破りながら無数とも言える程のコウモリの大群が広間に現れた。
そして、一糸乱れぬ整然としたテンポで鳴き喚き、翼を動かしながら球状に集合し、肉塊のように融合した。

すると四方八方を取り囲むようなメアリー嬢の気配が真正面のコウモリの肉団子に集束される。
別に気の達人ってわけでもねェのに、嘘臭い程に気の動きが手に取るように分からされるほどの爆発的な気の高まり。
液化した残骸がコウモリの肉団子に吸い寄せられるようにめり込んでいき、再び無傷のヴァンヘルシングが現れた。

「銀のナイフに白木の杭でも届かねェってか……参るねェ」

「いや、お見事。実にお見事だ。まともに殺されたのは実に久しぶりだと言うものだ。その気になれば本物のエクソシストにだってなれるかも知れんな」

「そりゃあ、良い再就職先が見つかって何よりだ。後はさっくりと死なせてくれれば非常に嬉しい」

「はぁ?」

「あ?」

「この私を滅ぼしておきながら何故、敗北宣言を? お見事だと言った筈だが?」

ヴァンヘルシングの翼が翻り、トランシルバニア城の屋根が吹き飛ぶ。其処から差し込む太陽の光に雲一つ無い青空が管理戦争の終戦を宣言していた。

「メアリー嬢」

「何?」

「もう一回、白木の杭を突き刺してやるから分かりやすい死に方してくれ。全ッ然、勝った気がしねェ」

確かにヴァンヘルシングの身体を銀のナイフで粉々にも粉砕した。
心臓部を白木の杭で貫きもしたが、今は傷一つ無く、構築し立ての新品同然の姿で腕を組み、ズタボロになったディアボロスを中心に円を描きながら浮かんでいる。

「そこだけTAKE2? 無粋な上に滑稽だ。それでは貴方の評価を下げざるを得なくなる。
一からのやり直しなら喜んでお相手させて頂くが……そんなに殺し足りないのか?」

喜色が混じったからかいの声に若干の剣呑さが含まれた。このまま飛び掛られでもしたら大事だ。
今のディアボロスはライオンに食われる寸前のウサギさんも同然。山羊頭の髑髏に食い殺されでもしたら本当にトラウマにもなりかねん。

「メアリー嬢が喜んでくれたのなら何よりだ」

それに何よりも美人から評価が下がるのは絶対にゴメンだ。

「それにしても、これから大変だな」

「どういうことだ?」

「刹羅。貴方が幻想空繰人形を齎し、吸血鬼を滅ぼした人間だからだ。
今まで姿を潜めていた強力な幻想種からの宣戦布告や、三流の幻想種からの闇討ちもあるかもな」

「美人からのお誘いなら受けて立つさ。大喜びでな」

それ以外は知らん。

こうして、幻想空繰人形を使った戦争も無事に第一回が終了。
終戦後、メアリー嬢が「面白かった。またやりたい」と敗北したにも関わらず、悔しさを滲ませるどころか――
「この声明を以って、我がトランシルバニア城を人形使い達の闘争の場として解放する。互いに死なぬ身だ。闘争こそが我らの在り方、存分に踊り狂おうぞ」
――なんて声明を発表したもんだから、どいつもこいつもこぞって暴れ始めるという始末。

終戦したにも関わらず、開戦前よりも戦いが激化するという本末転倒の様相を呈することとなった。

何とも間抜けな話だが、割とまずいんじゃねェのだろうかと思ったが来栖は――
「どんなに戦いの規模が広がろうと私が喧嘩と言えば喧嘩ですしー、戦争と言えば小競り合いでも戦争になるので問題無いですよー」
――と焦るどころか割と上機嫌な態度で返された。

なんか無茶苦茶言ってやがるが、別に問題が無いってんなら、それで良い。俺の役割はただ来栖の指示通りに動いて対価を得るだけだ。

「いいねェ。正に武家屋敷って感じじゃねェか!!」

そして、来須が俺によこす対価は何の申し分もねェから不満もねェ。
管理戦争には栄光と破滅が無く、そもそも死を始めとする負がない。言うなればコミュニケーションと役割だ。

役割を真っ当した対価は日々の安寧とささやかな贅沢。いや――

「床と柱と天井だけで壁の代わりに襖と障子……これじゃあ、ヴァルハラの法理が使えなじゃないですかー」などと来須が不満気に漏らす。

「だったら小さな小屋を建てて、その中にヴァルハラの法理で拡張した空間内に屋敷を建てれば良かったんじゃねェのか?」と
突っ込みを入れたくもなるが、此処は黙っておくことにする。

お前、能力は凄ェけど意外とバカだよなって言葉は俺の心の中だけに留めておいて、寿命で死ぬ間際にでも言ってやった方が面白いに決まっているからな。
なので今は「別に空間を拡張してまで広い屋敷が欲しいって程でもねェしなァ……畳の大広間にデケェ囲炉裏。
でもって何故か常に飯が用意されている不気味な炊事場。おまけに大浴場。俺には立派過ぎる程の屋敷だな」と
噛み合っているような噛み合っていないような感想を漏らして、煙に巻く事にした。

実際、身に余る程の贅沢って事には変わりはねェしな。
老いる事も病む事も怪我する事も無く、寿命以外では死なないし死ねない。人であって人でない。そもそも、自分が生き物かどうかすらも怪しい。

「お欲が無いですねー」

「そうかァ? 雨風しのげる家があって、明日食う飯の心配無く、何の不安も無く枕を高くして寝れるってのは贅沢だと思うがねェ?」

来須は俺が無欲だと首を捻るが本当に贅沢だ。異世界なんて言っているが死後の極楽浄土の世界と言われた方がまだしっくりくるくらいだ。
まあ別に良いさ。ここは平和だ。生まれ直すのは……元の世界に帰るのは、あまりにも勿体ない。

「欲が無いと言うよりは欲の出し方を知らないと言った方が正しいかも知れないな」

そう言って、メアリー嬢はにっこりと笑顔を浮かべるがそんな事は無い。

「桜嬢やメアリー嬢を抱きたいってェ欲望なら常に渦巻いているんだがなァ?」

ただ飢える心配も奪われる心配も必要の無い世界があって、当たり前のようにその世界にいることを許されるのが、
何者にも脅えず、侵されず、何者も脅かさず、侵さず、ただあるがままにいられる世界で、好いた女と輪を囲んで日々を過ごせるのが、
そんな日々を当たり前のように過ごせることが――

――ひどく嬉しい。

「そんな何の足しにもならない下劣な欲は捨てなさい」

「あら、桜は不満? 良い欲望じゃない。包み隠さない所なんて凄く素敵よ」

後から知った事だが、メアリー嬢は桜嬢に声をかける時だけ口調も声色も変わる。
メアリー嬢に言ったら嫌がられそうだが、まるで聖母の様に慈愛に満ちた笑顔を桜嬢に向けている。
当面の目標はその笑顔を俺に向けさせる事にしようかと思う。

「お嬢様、煽らないで下さい。ただでさえ慎みの無い男なのですから!!」

「桜嬢が心配しなくても時と場合は弁えるさ」

寂しがり屋だしな。離れるのも嫌われるのもゴメンだ。まだ何もやってねェしな。

「ファーストコンタクトでスリーサイズと下着の色を聞くような男の言うことなど信用出来るとでも?」

「桜嬢……さっきから俺の事を虫を見るような視線を向けていたのはそれだったのか」

「中々に類を見ない反応だったのでな。貴方の遊び心を楽しむという事を共有しようと思ったのだが、何故か桜は気に召さないらしい。」

メアリー嬢は「何故だ?」と不思議そうに首を傾げる。
ええ。お気に召しませんでしょうとも。桜嬢は酸いも甘いも噛み締めた貴女とは違う。
「それも男の甲斐性というものよ」とフォローしても笑ってくれる程熟しちゃいねェ。

「友達のよしみだ。聞かなかったことに……」

「友達のよしみよ。苦言を呈してあげるから、心を入れ換えて誠実な男になりなさい」

にべもない。

「俺が誠実になったら魅力も九割減だ。それでも良いのか?」

「不誠実よりはずっと良いわね」

取り付く島など与えないと言わんばかりにそっぽを向く桜嬢。横顔がたまらない。

「分かったよ……」

ありのままに、あるがままに過ごしたかったんだが……溜息が出る。
けど、これくらいは許容範囲だ。それに――

「マドモアゼル桜に嫌われたら大事だ」

何しろ、今の所は人間で俺好みの女は彼女一人だけだしな。
いや、種族差別する気は無ェ。ただな同じ種族ってのは特別感があンだろ。何と無く。

「あ?」

だってのに桜嬢は背けていた顔を戻し、可憐な笑顔を浮かべてくれるかと思いきや、低い声を発し半眼で俺を睨み付けた。何故そうなる?

「だから、嫌われたら大事だって」

「そんな事聞いてないわよ。マドモアゼルなんだって?」

「俺なりの誠実さなんだが……」

「……ありのままの貴方が一番マシね」

そこは素敵ねって言うところだ。桜嬢。

「盛り上がっている所なんですけどー、ちょっとだけ真面目な話良いですかー?」

声色こそはいつも通りの胸焼けしそうな甘ったるさを含ませているが、顔付きは無表情その物で、いつもの人懐っこさは欠片も残っていない。
似合わねェよ、クソガキがと鼻で嘲笑う気にはなれない。
寧ろ、この顔が本性で、いつもの表情が作り物とさえ感じる程で思わず、居住いを直して来須に向き直ってしまった。

「なんだ?」

「前に元の世界に戻りたければ私に協力しなさいと言った事を覚えていますかー?」

「ああ。会ったばかりの頃の話か。戻る気がねェって返したことも併せて覚えているぜ」

「今ならー、まだ戻れますけどー、意志は変わりませんかー?」

「ヴァルハラに骨を埋める気満々だが?」

「分かりましたー。それでは刹羅君のペナルティを変更しますねー」

俺に課せられた管理戦争のルール違反によるペナルティ。それは元の世界に戻る事だ。
それを変更するという事は、漸くペナルティになっていないという事に気付いたらしい、このクソガキは。

「貴様、何を企んでいる?」

別にどうだって良い事なんだが、メアリー嬢は何か引っかかるものを感じたのか、剣呑さを剥き出しにして鬼の様な形相で来須を睨みつけた。
まあ、吸血〝鬼〟だし、そういう顔になって当たり前だが……子供が見たら死ぬから止めとけとか言ったら、俺の息の根を止められかねないので黙っておく事にした。
だが、来須はメアリー嬢の事など何処吹く風と言わんばかりに、楽しげに笑って返した。

「もー少し、将来的なお話になりますけどー、今後の事を考えて、刹羅君の退路を塞いでおこうかと思いましてー」

「別に塞がなくても帰る気なんかねェっつーの」

帰される方が苦痛だっつってるのに妙にこれ見よがしな表情が癇に障る。

「今はそうでもー、途中で心変わりされても困りますしー。人間の寿命は短いからー、五年とか十年くらいの短い期間で心変わりしちゃったりしますしー」

「で? 俺に何をさせる気だ?」

俺を使って何をさせたいか知らねェが、どうせ幻想種達の退屈凌ぎ的な事をさせたいんだろうよ。

「まだナイショですー。まだまだ人間サイドの有力なプレイヤーが不足してますしー」

「私達を何と戦わせるつもり?」

それまで来須の言葉に無関心を決め込んでいた桜が怪訝そうな表情を浮かべる。

「どういう事だ?」

「私と貴方が組めば支配階級の幻想種であっても遅れを取る事は決して無い」

桜嬢は自惚れるわけでも無く、さも当然かの様に淡々と言葉を続ける。

「勿論、満月の夜のお嬢様や来須の相手は無理だし、他の支配者にしても直接戦闘に持ち込む事が出来ればという前提条件の上でだけどね」

桜嬢が言わんとする事も分からないでも無い。

「要は人間のワンサイドゲームになるんじゃねェのかってわけか」

「ええ。本来、支配階級の幻想種との戦いは人間が徒党を組んで初めて成立するのだけれど、私も貴方も一対一でも、その戦いを成立させる事が出来る」

だってのに桜嬢はそれを誇るどころか、怪訝の色を濃くさせていく。

「人間が幻想種との戦いが有利に働くように出来ていると言っても、私達はルールから外れている様にしか思えない。なのに、人間サイドの有力なプレイヤーを増やす?」

「成る程な……それで何と戦わせるつもりなのかってわけか」

「だーかーらー、内緒なんですー。内緒なんですってばー。私だってお口は堅い方じゃないんだから追及されると言いたくなっちゃうのでー、追及は禁止なんですー!!」

無表情になったかと思えば、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、今度は半泣きで悲鳴をあげる。
どれがコイツの本性なのやら……多分、口が軽いのは本当なんだろうな。
内緒話を広げたくって仕方が無ェってガキみてェな面をしてやがる……いや、見た目はまんまガキだがな。

本性と言えば、鬼の様な形相で来須を睨み付けていたメアリー嬢だが、桜嬢の言葉に機嫌を直して満悦そうな笑みを浮かべている。
満月の夜では人間がどんなに束になってかかった所で決して勝てないって言ったのが余程、お気に召したらしいが……
それって自分の子分に満月じゃなかったら勝てるって言われているのと同じだよな。

「刹羅、今度は何を下らない事を考えているのだ?」

メアリー嬢が来須の無表情に勝るとも劣らない、妙に迫力のある冷徹な表情を浮かべている。本当の事を言ったら間違いなくぶっ殺される。

なので――

「下らないとは心外だな。どうすればメアリー嬢と桜嬢を頂けるか考えていただけだ」

――と言って、言葉を濁しておけばメアリー嬢は勿体ぶった笑みを浮かべて引き下がってくれる。

「二、三回くらい死んだ方が良いわね」

そして、メアリー嬢の代わりに桜嬢が例の真っ赤な双剣をスカートの中から抜き取り、俺をぶっ殺そうとするわけで、何の問題の解決にもならないのだ。

「待て。そして、落ち着け、桜嬢」

「あんな物言いに落ち着いていられるわけが無いでしょう?」

ご尤もです。

「じゃあ、殺される前に来須。一つだけ確認させろ」

幻想空繰人形を構築するのと同じ要領で黒平を構築し、桜嬢を牽制しながら目線だけを来須に向ける。

「死ぬ間際なのに結構、余裕なんですねー?」

「うるせェ!! それよか、お前が何を企んでいるかなんて知った事じゃねェが、その企みは俺達、人間にも楽しめる企みなんだろうな?」

メアリー嬢だけで無く、俺を殺すと息巻いていた桜嬢までもが双剣を降ろし、来須に視線を向ける。

「そうですねー。結果はどうあれ、きっと皆がお楽しめると思いますよー。この世界はお祭で出来てますからー」

なら、結構だ。

桜嬢も来須の言葉に一先ず、胸を撫で下ろしたようで安堵の表情を浮かべている。
ついでに命の危機も去った。流石に此処から仕切り直して、殺してやるなんて事は無ェだろ。

「き、貴様……等ァッ!!」

去ったと思ったら、いつの間にやら来ていた初音が息を巻いて、何故か腰に差した長刀を抜刀していた。

「立花路桜、私ともあろう者がいながら何故だ!?」

「はい?」

何故、このガキは恋人の浮気現場を見つけた少年の様な物言いをしているのだろうか?
意味が分からず、桜嬢の方へと視線を向けると何とも筆舌し難い表情を浮かべていた。

「宿敵たるこの私を差し置き、月城刹羅などと果し合いとは……ッ!!」

この二人の間に何があったか知らねェが、ホントに屈折してんなァ……

「よく分からんが俺はお邪魔みてェだし、相手してやんな」

本当によく分からんので黒平を納刀して桜嬢を送り出そうとすると、今度は桜嬢があの筆舌し難い表情を俺に向けた。

「頑張れ」

「冗談でしょ?」

「ただでさえ冗談みたいな世界なんだ。俺まで冗談を言う事は無ェだろ」

「後で五回殺す」

「貴女がそんな男に剣を向ける必要は無い!! 貴女の向ける剣戟は此処だ!!」

ゲンナリとした表情の桜嬢に対し、初音は妙に男らしい身振りで心臓に指を向けた。

「仕方が無い……表に出なさい」

「それでこそ我が宿敵!」

剣呑な様なそうでもねェ様な……うんざりした表情で殺気を放つ桜嬢と、
念願かなって初デートの約束を取り付けることが出来た乙女のような笑顔で、殺気を放つ初音がドタバタと外へ出て行った。

「いやはや……退屈しないねェ」

成人前の少女が衝突するにはあまりにも物騒な剣戟の音をBGMに、俺とメアリー嬢は肩を寄せ合い、笑い合うのであった。

その後、招待し忘れたセリス嬢に土下座しまくったり、初音の飼い主のお嬢様とイロンナ所で、イロンナ意味で殺し合ったり、
獣人のガチムチ男とガチで殺しあったり、魔女から、魔女と魔女ッ娘の違いについて力説されながら殺されかけたりするが、
それもまた別の話である。

大体おしまい


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