蛾の魔族が墜ちた。
スプリガンは、そのとき初めて“異変”に気がついた。
HWS‐03という型式を持つ彼に搭載された多次元センサは、超高速戦闘のための時間分解能に特化してお
り、遠距離探知能力を持たない。天農の権限があれば、人工衛星などとのデータリンクによって地球の裏側の魔
族を察知もできるが、今は当然使用不可能だ。
天農とタウエルンを捜索するにも、ひたすら足を使うしかなかった。とはいえ、さして逼迫した状況とも思え
ないため、ロボットフォルム時をはるかに凌ぐ走行速度を発揮することもなく、青色のスーパーカーは広大な沙
漠をのんびりと滑走していた。
芋虫じみた巨体が重力に引かれて落下していくのを見たのは、唐突な着弾音の後だった。
上空を我が物顔で舞っていた甲属魔族は、何者かの攻撃によって翅を毟られ、小さな雲をなすように鱗粉を四
散させた。ギリシア神話のイカロスになぞらえるには醜悪だが、空を飛ぶ力の喪失がもたらす言いようのない虚
しさに変わりはない。
尾を引く飛行機雲のように、オレンジ色の残像が空に焼きついている。蛾の羽に爛々と輝いて天敵を脅かす目
玉模様の瞳に、風穴が穿たれていた。
地表からの超長距離狙撃がなされたことを確認、スプリガンの人工知能が想定外の事実に揺らぐ。方角と仰角
は、ここから十数キロメートル離れた地点、彼が放逐されたあの村のさらに向こう側に魔弾の射手がいることを
示していた。
『魔族に対抗できる地対空兵器か』
スプリガンは感情の篭らぬ声で呟いた。そういったものは寡聞にして知らない。
最近は情報の更新を怠っていたから日進月歩の技術発展に取り残されているのかもしれないが、それにしても
対魔族戦術に新たな可能性を示すような快挙だった。
特にあの種の甲属魔族は、飛翔速度こそ禽属などに大きく劣るとはいえ、気流などの影響を強く受けるために
動きを読み難いと聞く。どんなに兵器の命中精度を上げようとも、そうそう中るものではない。
そのはずだ。しかしスプリガンには、それが偶然ではないという奇妙な確信があった。人類という種の中には、
しばしば魔族などよりも恐ろしい“怪物”がいる。そのためにスプリガンは、インプットされた三原則などとは
全く別次元のところで人類に畏敬の念を抱くのだ。
思考を切り替え、スプリガンは真っ先に天農に連絡をとることにした。鱗粉によって通信を妨害していた蛾の
魔族が行動不能となった今がチャンスだ。
(……応答なしか)
だが、数十秒間待てども、雑音がするだけで一向に回線が繋がるようすはなかった。依然として鱗粉による障
害の影響下にあるのかもしれないが、もとが急拵えの天農の通信機にはそもそも不具合が多い。
スプリガンはしばし逡巡。
おもむろに方向転換し、元来た道を引き返すことに決めた。
天農の図太さは折り紙つきだし、タウエルンは自動人形だ。今は優先順位を落としても問題ないと判断する。
蛾の魔族を射ち落とした謎の狙撃手。自動人形の存在に向かう激烈な負の感情。まだ遭遇してはいないが、蝉
の魔族もこのあたりを徘徊しているという情報がある。
あの集落のまわりで、きな臭い何かが起ころうとしている。
(どうも、胸騒ぎがしてならない)
珍しく情緒的に行動を裏づけ、意思ある人型兵器は荒野を急いだ。
スプリガンは、そのとき初めて“異変”に気がついた。
HWS‐03という型式を持つ彼に搭載された多次元センサは、超高速戦闘のための時間分解能に特化してお
り、遠距離探知能力を持たない。天農の権限があれば、人工衛星などとのデータリンクによって地球の裏側の魔
族を察知もできるが、今は当然使用不可能だ。
天農とタウエルンを捜索するにも、ひたすら足を使うしかなかった。とはいえ、さして逼迫した状況とも思え
ないため、ロボットフォルム時をはるかに凌ぐ走行速度を発揮することもなく、青色のスーパーカーは広大な沙
漠をのんびりと滑走していた。
芋虫じみた巨体が重力に引かれて落下していくのを見たのは、唐突な着弾音の後だった。
上空を我が物顔で舞っていた甲属魔族は、何者かの攻撃によって翅を毟られ、小さな雲をなすように鱗粉を四
散させた。ギリシア神話のイカロスになぞらえるには醜悪だが、空を飛ぶ力の喪失がもたらす言いようのない虚
しさに変わりはない。
尾を引く飛行機雲のように、オレンジ色の残像が空に焼きついている。蛾の羽に爛々と輝いて天敵を脅かす目
玉模様の瞳に、風穴が穿たれていた。
地表からの超長距離狙撃がなされたことを確認、スプリガンの人工知能が想定外の事実に揺らぐ。方角と仰角
は、ここから十数キロメートル離れた地点、彼が放逐されたあの村のさらに向こう側に魔弾の射手がいることを
示していた。
『魔族に対抗できる地対空兵器か』
スプリガンは感情の篭らぬ声で呟いた。そういったものは寡聞にして知らない。
最近は情報の更新を怠っていたから日進月歩の技術発展に取り残されているのかもしれないが、それにしても
対魔族戦術に新たな可能性を示すような快挙だった。
特にあの種の甲属魔族は、飛翔速度こそ禽属などに大きく劣るとはいえ、気流などの影響を強く受けるために
動きを読み難いと聞く。どんなに兵器の命中精度を上げようとも、そうそう中るものではない。
そのはずだ。しかしスプリガンには、それが偶然ではないという奇妙な確信があった。人類という種の中には、
しばしば魔族などよりも恐ろしい“怪物”がいる。そのためにスプリガンは、インプットされた三原則などとは
全く別次元のところで人類に畏敬の念を抱くのだ。
思考を切り替え、スプリガンは真っ先に天農に連絡をとることにした。鱗粉によって通信を妨害していた蛾の
魔族が行動不能となった今がチャンスだ。
(……応答なしか)
だが、数十秒間待てども、雑音がするだけで一向に回線が繋がるようすはなかった。依然として鱗粉による障
害の影響下にあるのかもしれないが、もとが急拵えの天農の通信機にはそもそも不具合が多い。
スプリガンはしばし逡巡。
おもむろに方向転換し、元来た道を引き返すことに決めた。
天農の図太さは折り紙つきだし、タウエルンは自動人形だ。今は優先順位を落としても問題ないと判断する。
蛾の魔族を射ち落とした謎の狙撃手。自動人形の存在に向かう激烈な負の感情。まだ遭遇してはいないが、蝉
の魔族もこのあたりを徘徊しているという情報がある。
あの集落のまわりで、きな臭い何かが起ころうとしている。
(どうも、胸騒ぎがしてならない)
珍しく情緒的に行動を裏づけ、意思ある人型兵器は荒野を急いだ。
つづく
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