「ありがとう御座いましたー。またどうぞー」
女性店員の可愛い声を背中に受けながら、俺――綾小路真澄は溜息を吐いて肩を落とした。
少しばかり早まってしまったのだろうか……。
手に握られたレシートを眺め、後悔にも似た念が沸いてくる。レシートに刻まれた金額はおよそ80万円。アルバイトで必至に食いつないでいる赤貧大学生にはまず在りえない大出費である。
「ああ、懐が寒い……」
昔からコツコツと溜めてきた貯金が、これでパーとなってしまった。
最近では一家に一台の風習が強まってきた事もあり、機能も多様化している為に、とりあえず持って居ても損は無いと聞いている。個性が強く、一度手にしたら二度と手放せないという友人の言葉に惹かれたのも事実だ。何より、そのフォルムは俺のフェティシズムを刺激して止まない。
だが、今までソレが無くてもやって来れた事を考えると、貯金を全て使ってまで購入したのは、やはり早計だったのかもしれない。
俺の対応をしてくれた店員さんがもう少し貧乳であったなら踏み止まれたであろう事を考えるに、巨乳の魔力は科学にも勝ると実感する。
全てはあの店員さんの巨乳が悪いのだ!
自分の巨乳好きは棚に上げ、そう結論する。
今更購入した事実は変わらないのだし、何よりあの容姿は俺の好みのど真ん中である。価格もスペックからしてみれば、桁が間違えているのではないかという安さであったし、過ぎた事を悩むよりも、これからの生活のパートナーを迎え入れる事を素直に喜んだ方が俺らしいだろう。
なんだかんだと先程から不満ばかり漏らしているが、楽しみじゃない訳ではないのだ。
ともあれ、明日の朝には俺の家に届く。明日は取り説の熟読、その他の設定等で一日が潰れるだろう。
「ついに俺もPR所有者の仲間入りか……」
PR――プライベートロボット。簡単に言えば、独立での思考・行動が可能なパソコンと言った所か。漫画で言うアンドロイドをイメージしてもらえば分かりやすい。
昨今では様々な企業がPR業界に参入し、今やPRは人間の生活のパートナーとして世界中に認められる存在となっている。
今までPRとは無縁の生活を送っていた俺では有るが、今回のPRの購入により今現在の生活にどれだけの変化が訪れるのか、俺の心中は機体と不安に溢れているのだった。
女性店員の可愛い声を背中に受けながら、俺――綾小路真澄は溜息を吐いて肩を落とした。
少しばかり早まってしまったのだろうか……。
手に握られたレシートを眺め、後悔にも似た念が沸いてくる。レシートに刻まれた金額はおよそ80万円。アルバイトで必至に食いつないでいる赤貧大学生にはまず在りえない大出費である。
「ああ、懐が寒い……」
昔からコツコツと溜めてきた貯金が、これでパーとなってしまった。
最近では一家に一台の風習が強まってきた事もあり、機能も多様化している為に、とりあえず持って居ても損は無いと聞いている。個性が強く、一度手にしたら二度と手放せないという友人の言葉に惹かれたのも事実だ。何より、そのフォルムは俺のフェティシズムを刺激して止まない。
だが、今までソレが無くてもやって来れた事を考えると、貯金を全て使ってまで購入したのは、やはり早計だったのかもしれない。
俺の対応をしてくれた店員さんがもう少し貧乳であったなら踏み止まれたであろう事を考えるに、巨乳の魔力は科学にも勝ると実感する。
全てはあの店員さんの巨乳が悪いのだ!
自分の巨乳好きは棚に上げ、そう結論する。
今更購入した事実は変わらないのだし、何よりあの容姿は俺の好みのど真ん中である。価格もスペックからしてみれば、桁が間違えているのではないかという安さであったし、過ぎた事を悩むよりも、これからの生活のパートナーを迎え入れる事を素直に喜んだ方が俺らしいだろう。
なんだかんだと先程から不満ばかり漏らしているが、楽しみじゃない訳ではないのだ。
ともあれ、明日の朝には俺の家に届く。明日は取り説の熟読、その他の設定等で一日が潰れるだろう。
「ついに俺もPR所有者の仲間入りか……」
PR――プライベートロボット。簡単に言えば、独立での思考・行動が可能なパソコンと言った所か。漫画で言うアンドロイドをイメージしてもらえば分かりやすい。
昨今では様々な企業がPR業界に参入し、今やPRは人間の生活のパートナーとして世界中に認められる存在となっている。
今までPRとは無縁の生活を送っていた俺では有るが、今回のPRの購入により今現在の生活にどれだけの変化が訪れるのか、俺の心中は機体と不安に溢れているのだった。
翌朝。
狭いリビングにドシンと置かれた棺状の巨大なケースを前に、俺は早くも尻込みしていた。
広い店内で見た時よりも明らかに迫力を感じるソレに、不思議と乾いた笑いが止まらない。
「い、いかんいかん!」
俺は頭を振って気を取り直し、両頬を張って気合を入れた。
震える指先でケースのロックを解除すると、プシュっという炭酸ガスが抜けたような音と共にケースカバーが自動的に持ち上がる。
ケースの中には、長身長髪の女性が最低限の部位を布で隠した姿で眠っていた。
「ぉぉぅ……」
PRのあまりのリアルさに、俺は思わず奇声を漏らした。
予想はしてはいたが、ケース越しには無い生々しさがPRにはあった。いざ本物を人目も気にせずに間近で観察できるとなると、その迫力は桁違いだ。
「というか、こうして改めて見ると、まるっきり人間なんだよな……」
ほぼ全裸のPRを眺めながら、そう呟く。
顔の造詣、骨格、人工皮膚の質感、筋肉や脂肪のつき具合……。見れば見るほどにリアルで、股間に来る背徳感と同時に僅かな恐怖心が湧き上がる。
この様に精巧に作られたモノが今や一般常識になりつつある事に、時代の流れを実感する。素晴らしくも恐ろしい時代になったものだ。
まぁ、そんな事を言ってる俺自身が、まだ20年そこいらしか生きていない若造だったりする訳ですが……。
「起動リモコンを用意してもらってよかった……」
ココまでリアルであると、人間で無いとわかっていても気後れしてしまう。
購入の際、あの巨乳店員に何度も「リモコンで良いんですか?」と聞かれたが、流石にコレの体を弄って起動するだなんて変態的だろう。
あれ? もしかして、女性型を購入した時点でそう言うことが目的と思われていたりするのか?
だとしたら、巨乳店員の不思議そうな顔も「この後イロイロしたりするくせに、何で起動はリモコンに拘るの? それとも、僕はそんなことしませんアピールなの?」って風に考えて居たようにも取れる……。
いやいや、むしろ男性型を買う方が変だろ。シェアは当然だが女性型が主流だし、そこでPR初心者が態々割高な男性型を買うとなると、それこそソッチ系の目的だと思われるじゃないか。死んでもそんな風に思われるのは嫌だ。
しかし……一般的に女性型の方が威圧感を与えずに安心感があるという事で売れているらしいが、やはり俺みたいないかにもモテそうにない男が購入すると、そう言う風に取られるのだろうか。
……欝だ、死にたくなって来た。
「……って、何でその性能も確かめない内からへこまないといけないんだ! とりあえず取り説、取り説っと……」
何もせずに悲壮感に暮れているのもアレなので、俺は気を取り直してPRに向き直った。
ケースカバーの内側に差し込んであった、人が殴り殺せそうな分厚さの取り説を手に取り、パラパラと中を眺める。
「PR――すなわちパーソナルロボットは、貴方の生活を快適にするサポートをお約束します……ねぇ」
家事手伝いに始まり、PCの代理、子守に老人介護といった、人間とPCに出来る事はまず再現できるというのがPRの謳い文句である。
ちなみに俺が購入したのは最新型で、オプションの殆どが搭載されて居ない素体ともいえる代物だ。
俺自身がPR初心者で、PRをどの様に使うかも決まって居ないという事もあるし、必要ならば後から簡単にオプションを追加できるのもPRの特徴の為、出費を抑える意味もあって最小限の機能しか積んでいない。
そしてこのPRを購入する決め手となったのが、容姿が一番好みだったという一点に尽きる。
巨乳なのは勿論、肉感的で細すぎない下半身。墨を流したように綺麗な黒髪に、スラリとした目元。身長が俺よりも少しばかり高いが、コレだけのスタイルを前に文句は無い。
何より、(背が)小さいタイプはその分容量を初めとした、性能や機能が劣るというし……。
知人が「ソレ犯罪じゃねぇの?」ってな小さいタイプを連れていたが、基本生活プログラムと人格形成プログラム、あとはパソコン能力とメモリで余りが無いといっていたし、小型で得をすることは余り無いらしい。そもそも、持ち運ぶ必要性が無いのだから、多少大きくとも不便はしないのだ。
最も、即日購入に至った理由は昨日の巨乳店員だ。あの店員が俺の接客をしなければ、俺は購入までにもう少し時間を置き、色々と下調べをした上で悶えるほどに悩みぬき、購入しただろう。
……なんだ、思い直してみれば、結局買う運命なんじゃないか。
一人で勝手に納得し、苦笑を浮かべていた俺の目に、とんでもない数字が飛び込んでくる。
「うげ、基本最大排気量2500cc……って、並みのバイク以上じゃんか」
基本というのは、出力を上げるセッティングやプログラムを施して居ない状態でと言う事だ。強化しようとすれば、倍近くまで上げられるらしい。
中身は後から追加できるからと、容姿を第一に選んだのだが、このPRは割りと高出力らしい事が判明。
下手に出力を弄ると持ち主を絞め殺しかねないらしいので、出力設定は素人が弄らず、メンテナンスの際などプロに頼めと書いてある。
パソコンの発展系や、ロボメイドをイメージしていたが、こうして仕様を見ると精密機械というよりも結構頑丈な作りのようだ。
「そう言えば、最近は護衛なんかもPRが勤めていたりするとニュースで言っていたな」
逆にPRを違法改造して犯罪を犯すやからも居たりするらしい。
とはいえ、こちとら一介の大学生、しかも小心者だ。そんな危険とは縁があろう筈もないし、悪用する度胸も無い。
人間、自分の身の丈にあった生活が一番なのだ。
半裸の美女を前に、一通り取り説を読んだ俺は「よし!」と膝を叩いた。
いつまでもこんな大きなケースでリビングを占領しておく訳にも行かないし、何より裸が目の前にあるというのは精神衛生上よろしくない。
自分のPRなのだから裸を前にしても平常心で居られる位には慣れないといけないのだが、ソレにもまだ時間は掛かりそうである。
俺はリモコンと取り説を手に、ケースから数歩分距離を取った。
コンビニに売っている一口羊羹程度の大きさのリモコンにはボタンが1つだけ付いており、コレを3秒間押し続けると起動するとの事。それ以降の操作は基本的に全て口頭で行うので、このリモコンに出来る事は起動のみである。
無論、障害者用のPRもある訳だが、今の俺とは縁が無いので以下略……。
ともあれ、運命の時がやって来た。
「それじゃあ、起動……と」
リモコンをPRに向けてボタンをプッシュ。しばらくして、ピーという電子音。
「起動確認。初回起動の為、メモリーを初期化します」
「ぅお、喋った!!」
そういえば声もイロイロ弄れるとか言われたっけ?
最近では人気の声優の声を当てれるとかで、ネット上ですごく盛り上がっていた事を思い出す。
とうぜん、俺のPRは基本ボイスのみだ。感情プログラムによって同じ声でも全く別物に聞こえるというし、そう言うのは追々面倒見ていけばよいだろう。
そんな事を考えている間に初期化が終了したようだ。
滑らかに、そして静かにケースから身を起こす我がPRに思わず感動。
そしてその生々しさに生唾を飲む。
揺れる乳、流れる長髪、本当に血が通っているかのような動き。
ああ、コレが機械だなんて信じられない。そして俺の所有物だなんて。世の中捨てたもんじゃないな。くじけずに生きてて良かった! まだ20年程度しか生きてないけどさ!!
PRはしばらく周囲を見回し、俺に焦点を定めた。
「周辺状況から察するに、貴方がマスターであると判断しました」
「あ、やばっ! 起動したらすぐにマスターの登録をしないといけないんだった!」
慌てて取り説に目を落とし、取り説の表紙に張られていたシリアルキーを読み上げる。
俺がシリアルキーを読み終えると、PRは真っ直ぐに俺に向かって歩み寄り、俺を観察するように全身を見る。
「なんか、恥ずかしいな」
つい身を縮めてしまう俺に対し、PRはあくまでも無表情だ。
「網膜の登録をします」
そう言うなり、PRはキスが出来そうな距離まで俺に近付き、目を覗きこんでくる。
つい目を逸らしてしまうと、その頬をそっと両手でつかまれ、正面に向かされる。
自分でも顔が赤くなるのがわかる中、しばらくしてPRが距離を取った。
「登録完了。初期設定は無事に完了しました」
その言葉にホッと胸を撫で下ろすのも束の間、PRの言葉は続く。
「続いて、カスタム設定に移ります」
「なんと!」
「基本人格設定……搭載済み。ドライ」
「ナント?」
そもそも人格プログラムは購入していない筈だが……と考えた所で、ふと思い出す。
昨日必至にPRを選別している最中に、例の巨乳店員に基本人格設定はサービスで無料だから、どれがいいのかと聞かれた気がする。
俺はそれに対して、たしか……好みの容姿の子にベタベタされると日常生活に支障が出そうで困るから、「サッパリしている方が良い」とか何とか答えた気がする。
ふむ、その結果としてドライを持ってきたか。
……サッパリしすぎじゃないですか?
「細かな人格形成方針を決める事が出来ます」
「えっと、じゃあ……サポート型で」
俺は取り説の「簡単。初心者向け設定マニュアル」を読みながら答える。
「了解しました。コレ以上の設定を望まれる場合、もしくは直ぐに完成した人格を必要とする場合はプログラムの追加ダウンロードをお勧めします」
「そんな金は無いからパス」
とまぁ、このような問答が30分にも亘り、カスタムが終了した頃には流石の俺もPRとのやり取りに慣れてくる。
そしてわかった事は、基本的に取り説は不要だという事。わからない事があれば本人に訊ねればよいのだ。取り説に書いている事も、訊ねれば新設丁寧に答えてくれる。
あと、瞬きと表情の細かな変動の設定はオンにすべきだと言う事。
幾ら美人で好みの容姿でも、全くの無表情は怖い。消費電力が2倍になるらしいが、自然な表情が出来るのならさせるに越した事は無い。とはいえ、俺のPRはドライ人格のせいか、無表情気味ですが。
「さてと、最初の設定はこんなものかな」
「はい。起動の際にケースの回収を要請しましたので、しばらくしたら店員が回収に来ると思います。ソレが終われば、マスターは晴れて好き勝手に出来ると言うわけです」
「おぉぅ、可愛い顔してアッサリとなんか凄い事を吐くよこの子!」
いきなりショッキングな発言を喰らい、ちょっとしたカルチャーショックに陥る俺。
「少しは歯に衣を着せてください」
「解りました」
「ところで……ハルカさん(PR名。名前が決まらず、咄嗟に目に付いたゲームキャラから取ったのは内緒だ)。俺はPR初心者なんだけど、具体的にPRは何が出来る訳ですか?」
美人を前についつい改まった口調になってしまうのは俺の悪い癖だ。
「簡潔に答えるならば、何でも出来ます。無論、現実的に可能な範囲で、ですが。
細かく答えるならば、およそ38万以上の項目があり、全て述べるにはおよそ30時間ほど……」
「わかりました、結構です」
何気ない質問が結構危険な答えを持っていたりするものだ。以後気をつけよう。
とはいえ、こういった会話からもPRは学習し、マスターが何を望んでいるかの最適化がされていくらしい。半年後もすれば、こんな機械的な返事は返って来なくなるとは取り説の弁。
「……で、ハルカさん。そろそろ何かお召し物を……」
「……?」
俺の言葉に対し、ハルカは僅かに首を傾げて見せた。
「ええと、何か服を着てもらいたいのですよ。目のやり場に困りますので」
「しかし、マスターに許可された衣類が存在しません」
「え、あ、もしかして服も一々登録しないといけないの?」
「初期設定では登録した衣類のみしか着衣できません」
ふむ、なるほど。確かに、勝手に大事な服や高い服を着たりして、汚したりしたら悪いもんな。
俺は納得し、ハルカに命令する。
「それじゃあ、設定を変更。俺所有のPR向けの衣類は、自由に着て良し」
「了解しました」
ハルカは小さく頷くも、それ以上動こうとはしない。
「あの、ハルカさん。何か、着て……」
「ココには私の着衣可能な衣類が無いと判断します」
「――あ!!」
そこまで言われて、俺はようやく気付いた。
ハルカは初めから服を着るつもりが無かった訳ではない。そもそも彼女の服が存在しなかったのだ。
「PR機動早々に躓くとは……」
早くも幸先が不安になる出来事に、俺は力無くうな垂れるのであった。
狭いリビングにドシンと置かれた棺状の巨大なケースを前に、俺は早くも尻込みしていた。
広い店内で見た時よりも明らかに迫力を感じるソレに、不思議と乾いた笑いが止まらない。
「い、いかんいかん!」
俺は頭を振って気を取り直し、両頬を張って気合を入れた。
震える指先でケースのロックを解除すると、プシュっという炭酸ガスが抜けたような音と共にケースカバーが自動的に持ち上がる。
ケースの中には、長身長髪の女性が最低限の部位を布で隠した姿で眠っていた。
「ぉぉぅ……」
PRのあまりのリアルさに、俺は思わず奇声を漏らした。
予想はしてはいたが、ケース越しには無い生々しさがPRにはあった。いざ本物を人目も気にせずに間近で観察できるとなると、その迫力は桁違いだ。
「というか、こうして改めて見ると、まるっきり人間なんだよな……」
ほぼ全裸のPRを眺めながら、そう呟く。
顔の造詣、骨格、人工皮膚の質感、筋肉や脂肪のつき具合……。見れば見るほどにリアルで、股間に来る背徳感と同時に僅かな恐怖心が湧き上がる。
この様に精巧に作られたモノが今や一般常識になりつつある事に、時代の流れを実感する。素晴らしくも恐ろしい時代になったものだ。
まぁ、そんな事を言ってる俺自身が、まだ20年そこいらしか生きていない若造だったりする訳ですが……。
「起動リモコンを用意してもらってよかった……」
ココまでリアルであると、人間で無いとわかっていても気後れしてしまう。
購入の際、あの巨乳店員に何度も「リモコンで良いんですか?」と聞かれたが、流石にコレの体を弄って起動するだなんて変態的だろう。
あれ? もしかして、女性型を購入した時点でそう言うことが目的と思われていたりするのか?
だとしたら、巨乳店員の不思議そうな顔も「この後イロイロしたりするくせに、何で起動はリモコンに拘るの? それとも、僕はそんなことしませんアピールなの?」って風に考えて居たようにも取れる……。
いやいや、むしろ男性型を買う方が変だろ。シェアは当然だが女性型が主流だし、そこでPR初心者が態々割高な男性型を買うとなると、それこそソッチ系の目的だと思われるじゃないか。死んでもそんな風に思われるのは嫌だ。
しかし……一般的に女性型の方が威圧感を与えずに安心感があるという事で売れているらしいが、やはり俺みたいないかにもモテそうにない男が購入すると、そう言う風に取られるのだろうか。
……欝だ、死にたくなって来た。
「……って、何でその性能も確かめない内からへこまないといけないんだ! とりあえず取り説、取り説っと……」
何もせずに悲壮感に暮れているのもアレなので、俺は気を取り直してPRに向き直った。
ケースカバーの内側に差し込んであった、人が殴り殺せそうな分厚さの取り説を手に取り、パラパラと中を眺める。
「PR――すなわちパーソナルロボットは、貴方の生活を快適にするサポートをお約束します……ねぇ」
家事手伝いに始まり、PCの代理、子守に老人介護といった、人間とPCに出来る事はまず再現できるというのがPRの謳い文句である。
ちなみに俺が購入したのは最新型で、オプションの殆どが搭載されて居ない素体ともいえる代物だ。
俺自身がPR初心者で、PRをどの様に使うかも決まって居ないという事もあるし、必要ならば後から簡単にオプションを追加できるのもPRの特徴の為、出費を抑える意味もあって最小限の機能しか積んでいない。
そしてこのPRを購入する決め手となったのが、容姿が一番好みだったという一点に尽きる。
巨乳なのは勿論、肉感的で細すぎない下半身。墨を流したように綺麗な黒髪に、スラリとした目元。身長が俺よりも少しばかり高いが、コレだけのスタイルを前に文句は無い。
何より、(背が)小さいタイプはその分容量を初めとした、性能や機能が劣るというし……。
知人が「ソレ犯罪じゃねぇの?」ってな小さいタイプを連れていたが、基本生活プログラムと人格形成プログラム、あとはパソコン能力とメモリで余りが無いといっていたし、小型で得をすることは余り無いらしい。そもそも、持ち運ぶ必要性が無いのだから、多少大きくとも不便はしないのだ。
最も、即日購入に至った理由は昨日の巨乳店員だ。あの店員が俺の接客をしなければ、俺は購入までにもう少し時間を置き、色々と下調べをした上で悶えるほどに悩みぬき、購入しただろう。
……なんだ、思い直してみれば、結局買う運命なんじゃないか。
一人で勝手に納得し、苦笑を浮かべていた俺の目に、とんでもない数字が飛び込んでくる。
「うげ、基本最大排気量2500cc……って、並みのバイク以上じゃんか」
基本というのは、出力を上げるセッティングやプログラムを施して居ない状態でと言う事だ。強化しようとすれば、倍近くまで上げられるらしい。
中身は後から追加できるからと、容姿を第一に選んだのだが、このPRは割りと高出力らしい事が判明。
下手に出力を弄ると持ち主を絞め殺しかねないらしいので、出力設定は素人が弄らず、メンテナンスの際などプロに頼めと書いてある。
パソコンの発展系や、ロボメイドをイメージしていたが、こうして仕様を見ると精密機械というよりも結構頑丈な作りのようだ。
「そう言えば、最近は護衛なんかもPRが勤めていたりするとニュースで言っていたな」
逆にPRを違法改造して犯罪を犯すやからも居たりするらしい。
とはいえ、こちとら一介の大学生、しかも小心者だ。そんな危険とは縁があろう筈もないし、悪用する度胸も無い。
人間、自分の身の丈にあった生活が一番なのだ。
半裸の美女を前に、一通り取り説を読んだ俺は「よし!」と膝を叩いた。
いつまでもこんな大きなケースでリビングを占領しておく訳にも行かないし、何より裸が目の前にあるというのは精神衛生上よろしくない。
自分のPRなのだから裸を前にしても平常心で居られる位には慣れないといけないのだが、ソレにもまだ時間は掛かりそうである。
俺はリモコンと取り説を手に、ケースから数歩分距離を取った。
コンビニに売っている一口羊羹程度の大きさのリモコンにはボタンが1つだけ付いており、コレを3秒間押し続けると起動するとの事。それ以降の操作は基本的に全て口頭で行うので、このリモコンに出来る事は起動のみである。
無論、障害者用のPRもある訳だが、今の俺とは縁が無いので以下略……。
ともあれ、運命の時がやって来た。
「それじゃあ、起動……と」
リモコンをPRに向けてボタンをプッシュ。しばらくして、ピーという電子音。
「起動確認。初回起動の為、メモリーを初期化します」
「ぅお、喋った!!」
そういえば声もイロイロ弄れるとか言われたっけ?
最近では人気の声優の声を当てれるとかで、ネット上ですごく盛り上がっていた事を思い出す。
とうぜん、俺のPRは基本ボイスのみだ。感情プログラムによって同じ声でも全く別物に聞こえるというし、そう言うのは追々面倒見ていけばよいだろう。
そんな事を考えている間に初期化が終了したようだ。
滑らかに、そして静かにケースから身を起こす我がPRに思わず感動。
そしてその生々しさに生唾を飲む。
揺れる乳、流れる長髪、本当に血が通っているかのような動き。
ああ、コレが機械だなんて信じられない。そして俺の所有物だなんて。世の中捨てたもんじゃないな。くじけずに生きてて良かった! まだ20年程度しか生きてないけどさ!!
PRはしばらく周囲を見回し、俺に焦点を定めた。
「周辺状況から察するに、貴方がマスターであると判断しました」
「あ、やばっ! 起動したらすぐにマスターの登録をしないといけないんだった!」
慌てて取り説に目を落とし、取り説の表紙に張られていたシリアルキーを読み上げる。
俺がシリアルキーを読み終えると、PRは真っ直ぐに俺に向かって歩み寄り、俺を観察するように全身を見る。
「なんか、恥ずかしいな」
つい身を縮めてしまう俺に対し、PRはあくまでも無表情だ。
「網膜の登録をします」
そう言うなり、PRはキスが出来そうな距離まで俺に近付き、目を覗きこんでくる。
つい目を逸らしてしまうと、その頬をそっと両手でつかまれ、正面に向かされる。
自分でも顔が赤くなるのがわかる中、しばらくしてPRが距離を取った。
「登録完了。初期設定は無事に完了しました」
その言葉にホッと胸を撫で下ろすのも束の間、PRの言葉は続く。
「続いて、カスタム設定に移ります」
「なんと!」
「基本人格設定……搭載済み。ドライ」
「ナント?」
そもそも人格プログラムは購入していない筈だが……と考えた所で、ふと思い出す。
昨日必至にPRを選別している最中に、例の巨乳店員に基本人格設定はサービスで無料だから、どれがいいのかと聞かれた気がする。
俺はそれに対して、たしか……好みの容姿の子にベタベタされると日常生活に支障が出そうで困るから、「サッパリしている方が良い」とか何とか答えた気がする。
ふむ、その結果としてドライを持ってきたか。
……サッパリしすぎじゃないですか?
「細かな人格形成方針を決める事が出来ます」
「えっと、じゃあ……サポート型で」
俺は取り説の「簡単。初心者向け設定マニュアル」を読みながら答える。
「了解しました。コレ以上の設定を望まれる場合、もしくは直ぐに完成した人格を必要とする場合はプログラムの追加ダウンロードをお勧めします」
「そんな金は無いからパス」
とまぁ、このような問答が30分にも亘り、カスタムが終了した頃には流石の俺もPRとのやり取りに慣れてくる。
そしてわかった事は、基本的に取り説は不要だという事。わからない事があれば本人に訊ねればよいのだ。取り説に書いている事も、訊ねれば新設丁寧に答えてくれる。
あと、瞬きと表情の細かな変動の設定はオンにすべきだと言う事。
幾ら美人で好みの容姿でも、全くの無表情は怖い。消費電力が2倍になるらしいが、自然な表情が出来るのならさせるに越した事は無い。とはいえ、俺のPRはドライ人格のせいか、無表情気味ですが。
「さてと、最初の設定はこんなものかな」
「はい。起動の際にケースの回収を要請しましたので、しばらくしたら店員が回収に来ると思います。ソレが終われば、マスターは晴れて好き勝手に出来ると言うわけです」
「おぉぅ、可愛い顔してアッサリとなんか凄い事を吐くよこの子!」
いきなりショッキングな発言を喰らい、ちょっとしたカルチャーショックに陥る俺。
「少しは歯に衣を着せてください」
「解りました」
「ところで……ハルカさん(PR名。名前が決まらず、咄嗟に目に付いたゲームキャラから取ったのは内緒だ)。俺はPR初心者なんだけど、具体的にPRは何が出来る訳ですか?」
美人を前についつい改まった口調になってしまうのは俺の悪い癖だ。
「簡潔に答えるならば、何でも出来ます。無論、現実的に可能な範囲で、ですが。
細かく答えるならば、およそ38万以上の項目があり、全て述べるにはおよそ30時間ほど……」
「わかりました、結構です」
何気ない質問が結構危険な答えを持っていたりするものだ。以後気をつけよう。
とはいえ、こういった会話からもPRは学習し、マスターが何を望んでいるかの最適化がされていくらしい。半年後もすれば、こんな機械的な返事は返って来なくなるとは取り説の弁。
「……で、ハルカさん。そろそろ何かお召し物を……」
「……?」
俺の言葉に対し、ハルカは僅かに首を傾げて見せた。
「ええと、何か服を着てもらいたいのですよ。目のやり場に困りますので」
「しかし、マスターに許可された衣類が存在しません」
「え、あ、もしかして服も一々登録しないといけないの?」
「初期設定では登録した衣類のみしか着衣できません」
ふむ、なるほど。確かに、勝手に大事な服や高い服を着たりして、汚したりしたら悪いもんな。
俺は納得し、ハルカに命令する。
「それじゃあ、設定を変更。俺所有のPR向けの衣類は、自由に着て良し」
「了解しました」
ハルカは小さく頷くも、それ以上動こうとはしない。
「あの、ハルカさん。何か、着て……」
「ココには私の着衣可能な衣類が無いと判断します」
「――あ!!」
そこまで言われて、俺はようやく気付いた。
ハルカは初めから服を着るつもりが無かった訳ではない。そもそも彼女の服が存在しなかったのだ。
「PR機動早々に躓くとは……」
早くも幸先が不安になる出来事に、俺は力無くうな垂れるのであった。
ケースの回収をしてもらった後に、俺はハルカと買い物に出る事にした。
ハルカの服装はアニメのキャラクターが着ていそうなメイド服。コレは昨日、ハルカを購入した際にサービスとして貰っていた物だ。
その事を思い出し、着てもらったのだが……。
「うぅ……通行人の視線が痛い」
考えてみれば、コスプレしたまま街中を歩いているのと変わりが無い。
そう言ったオタク文化に特化した街でもない限り、こういった服装は激しく浮いてしまう。
ソレに冷静に考え直せば、何もPR用に仕立てられた服しか着せてはいけない法律は無い訳だ。俺の服を適当に着せれば良かっただけの事である。
「ああ、失敗した……」
「――?」
不思議そうに俺を見つめるハルカを引き連れて俺が向っているのは、昨日も訪れたPRショップ「PRビッグスパナ蛙池店」である。
例の巨乳店員と顔を合わせるのは気恥ずかしいが、PRショップの衣類はデザインやサイズが豊富であるし、何よりPR減税によって割安なのだ。特に女性モノの下着は高い(らしい。本当かどうかなんて、彼女の居ない俺に分かるはずが無い)ので、一通り揃えた場合、通常のブティックとPRショップで揃えたのでは全く値段が異なってくる。
ただでもハルカの購入で金が無いので、他の選択肢は無い。
俺はハルカと並び、店内に入った。
明るい店内にはポップなBGMが流れ、老若男女様々な人とPRで店内は賑わっている。
「先ずは服……だよな」
衣類コーナーは何処かと視線を巡らせると、ふと一人の店員と目が合う。
「ああ、昨日のお客様!」
「き、昨日の店員さん!」
入店15秒で出会いたくない人に遭遇。しかも相手から声を掛けてきた!
恥ずかしさに上手く目を合わせられないまま、俺は小さく頭を下げた。
「どうも」
「何か不都合がありましたか?」
「え、ああ、違います。ハルカの……、このPRの服を買いに」
「名前が決まったんですね。ハルカさん、よろしくお願いします」
にこやかに手を突き出す店員に、ハルカは小さな会釈と共に「よろしくおねがいします」と握手を返した。
「名前の変更って簡単には出来ないものですから、人によっては名前が決まらずに3日間悩んでも決める事が出来ない人も居たりするんですよ」
「そうなんですか……」
まさか特に考えず、ゲームキャラから付けたとは言い出しにくい空気だ。
「それで、どの様な服をお求めですか?」
「道中気付いたんですが、このメイド服で街を練り歩くのって結構恥ずかしいですね」
「そりゃあ、どちらかと言えばマニア向けの衣装ですから」
「ですんで、もっと一般的で活動的な奴をください。PRの設定をしてから服を用意しようとしたのは間違いでした」
俺の言葉に店員は「ああ!」と初めて納得がいった様に頷いた。
「PR購入は初めだというのに衣類を全く用意していないみたいでしたから、てっきりソッチ系の人かと思ってました」
「……具体的には?」
「着せるのは野外を歩くには法に触れるタイプの衣装とか、あるいは服は着せない主義なのかと」
「ぉーぅ、故郷のマーマ。慣れない買い物をしたばかりに思わぬ所で変質者と勘違いされてたよ」
「フフフ、大丈夫ですよ。この手の商売をしていると慣れますから。それに、そう言った人は意外と少なくないですし」
「俺は気にしますし、大丈夫じゃないですけどねー」
等と談笑を交えながら俺とハルカは店内を案内される。
店員……小泉さんが気さくな良い人だった事と、誤解が解けたという事、そう言った方面の濃い人達の話を聞かされた事で、俺の方の緊張もどこへやら。
10分後には2人してハルカの着せ替えに躍起になっていたりする。
「あれ?」
試着室でハルカの着替えを手伝っていた小泉さんが声を漏らす。
「どうしました?」
「ハルカさん、バストが大きくなってませんか?」
「はぁ?」
「えっとですね、測ってみると……ハルカさんの素体の本来のサイズより3センチほど大きくなってるんですけど」
「え? PRって外見も変わるんですか? しかもそんな速さで」
「……」
小泉さんはしばらく黙り込んだ後に、
「コード・ゼロ。何故胸のサイズを大きくしたの?」
「マスターが私の胸を直視する回数が多かったので、大きい胸が好みと判断」
(ぎゃーーーーっ!!)
ハルカがあまりにもアッサリと白状するので、俺は声にならない声を上げる。
小泉さんは笑顔で試着室から顔を覗かせ、ウインクを1つ。
「だそうですよ。あと、パスコードは初期設定のものから変えてくださいってシステムに言われましたよね?」
「あ、えっと、後で決めようと……」
「問題回避の為、帰宅したら直ぐに変更してくださいね。でないと、次はこの程度の被害じゃ済みませんよ?」
「……ハイ」
よろしい、と小泉さんは頷き、ハルカの着替えに戻る。
「ああ、そうそう」
思い出したように再び顔を覗かせた小泉さんは、俺の顔を見てニヤリと微笑んだ。
「綾小路さんのエッチ」
俺が再び声にならない声を上げながらその場に崩れ落ちた事は言うまでも無い。
ハルカの服装はアニメのキャラクターが着ていそうなメイド服。コレは昨日、ハルカを購入した際にサービスとして貰っていた物だ。
その事を思い出し、着てもらったのだが……。
「うぅ……通行人の視線が痛い」
考えてみれば、コスプレしたまま街中を歩いているのと変わりが無い。
そう言ったオタク文化に特化した街でもない限り、こういった服装は激しく浮いてしまう。
ソレに冷静に考え直せば、何もPR用に仕立てられた服しか着せてはいけない法律は無い訳だ。俺の服を適当に着せれば良かっただけの事である。
「ああ、失敗した……」
「――?」
不思議そうに俺を見つめるハルカを引き連れて俺が向っているのは、昨日も訪れたPRショップ「PRビッグスパナ蛙池店」である。
例の巨乳店員と顔を合わせるのは気恥ずかしいが、PRショップの衣類はデザインやサイズが豊富であるし、何よりPR減税によって割安なのだ。特に女性モノの下着は高い(らしい。本当かどうかなんて、彼女の居ない俺に分かるはずが無い)ので、一通り揃えた場合、通常のブティックとPRショップで揃えたのでは全く値段が異なってくる。
ただでもハルカの購入で金が無いので、他の選択肢は無い。
俺はハルカと並び、店内に入った。
明るい店内にはポップなBGMが流れ、老若男女様々な人とPRで店内は賑わっている。
「先ずは服……だよな」
衣類コーナーは何処かと視線を巡らせると、ふと一人の店員と目が合う。
「ああ、昨日のお客様!」
「き、昨日の店員さん!」
入店15秒で出会いたくない人に遭遇。しかも相手から声を掛けてきた!
恥ずかしさに上手く目を合わせられないまま、俺は小さく頭を下げた。
「どうも」
「何か不都合がありましたか?」
「え、ああ、違います。ハルカの……、このPRの服を買いに」
「名前が決まったんですね。ハルカさん、よろしくお願いします」
にこやかに手を突き出す店員に、ハルカは小さな会釈と共に「よろしくおねがいします」と握手を返した。
「名前の変更って簡単には出来ないものですから、人によっては名前が決まらずに3日間悩んでも決める事が出来ない人も居たりするんですよ」
「そうなんですか……」
まさか特に考えず、ゲームキャラから付けたとは言い出しにくい空気だ。
「それで、どの様な服をお求めですか?」
「道中気付いたんですが、このメイド服で街を練り歩くのって結構恥ずかしいですね」
「そりゃあ、どちらかと言えばマニア向けの衣装ですから」
「ですんで、もっと一般的で活動的な奴をください。PRの設定をしてから服を用意しようとしたのは間違いでした」
俺の言葉に店員は「ああ!」と初めて納得がいった様に頷いた。
「PR購入は初めだというのに衣類を全く用意していないみたいでしたから、てっきりソッチ系の人かと思ってました」
「……具体的には?」
「着せるのは野外を歩くには法に触れるタイプの衣装とか、あるいは服は着せない主義なのかと」
「ぉーぅ、故郷のマーマ。慣れない買い物をしたばかりに思わぬ所で変質者と勘違いされてたよ」
「フフフ、大丈夫ですよ。この手の商売をしていると慣れますから。それに、そう言った人は意外と少なくないですし」
「俺は気にしますし、大丈夫じゃないですけどねー」
等と談笑を交えながら俺とハルカは店内を案内される。
店員……小泉さんが気さくな良い人だった事と、誤解が解けたという事、そう言った方面の濃い人達の話を聞かされた事で、俺の方の緊張もどこへやら。
10分後には2人してハルカの着せ替えに躍起になっていたりする。
「あれ?」
試着室でハルカの着替えを手伝っていた小泉さんが声を漏らす。
「どうしました?」
「ハルカさん、バストが大きくなってませんか?」
「はぁ?」
「えっとですね、測ってみると……ハルカさんの素体の本来のサイズより3センチほど大きくなってるんですけど」
「え? PRって外見も変わるんですか? しかもそんな速さで」
「……」
小泉さんはしばらく黙り込んだ後に、
「コード・ゼロ。何故胸のサイズを大きくしたの?」
「マスターが私の胸を直視する回数が多かったので、大きい胸が好みと判断」
(ぎゃーーーーっ!!)
ハルカがあまりにもアッサリと白状するので、俺は声にならない声を上げる。
小泉さんは笑顔で試着室から顔を覗かせ、ウインクを1つ。
「だそうですよ。あと、パスコードは初期設定のものから変えてくださいってシステムに言われましたよね?」
「あ、えっと、後で決めようと……」
「問題回避の為、帰宅したら直ぐに変更してくださいね。でないと、次はこの程度の被害じゃ済みませんよ?」
「……ハイ」
よろしい、と小泉さんは頷き、ハルカの着替えに戻る。
「ああ、そうそう」
思い出したように再び顔を覗かせた小泉さんは、俺の顔を見てニヤリと微笑んだ。
「綾小路さんのエッチ」
俺が再び声にならない声を上げながらその場に崩れ落ちた事は言うまでも無い。
一度PRを持つと、それ以降の生活が一変するという話はあながち間違いでは無い様で。
御多分に漏れず、俺の生活も結構大きく変わる事となった。
まず第一に、ベッドの所有権がハルカのモノとなった点。
コレは単に、俺がハルカを床に寝せる事や、ハルカと同じ布団で寝る事が出来ないといった点から来る事だ。
前者については、小泉さん(あの一件以降、何かと連絡を取り合うようになった。当然、恋人のような関係であるはずもなく、気さくな友人関係である)から「優しいのか、PRフェチのどちらかだ」と言われたが、俺敵には前者であってほしい。
後者については、俺が未だにハルカの体に触れることすら出来ないでいるチキンというだけのことだ。巨乳好きでハルカを選んだというのに、今だ乳を揉む事すら出来ずにいることを(俺のパスコードを予測し、しかも当てるという恐ろしい芸当で)ハルカから聞いた小泉さんは「エッチなのに紳士」という訳の判らない称号を俺に与えてくれた。
次に、生活が規則的になった点。
サポート型と設定した為か、俺の体調管理を重要視する節があり、基本的に夜更かしが禁則事項とされてしまった。この為に日課のエロ巡回の時間が短くなり、普段の半分ほどしかサイトを巡れないでいる。
もっとも、コレは深夜の電気代が安い時間帯(夜間割引適用区在住)にしっかりと充電をしたいというハルカの希望も含まれている為に、そこまで大きな不満がある訳ではない。
ちなみにPR用の電力は通常電力よりも割安となっている。消費電力が大きいPRではあるが、その功績もまた大きく、国から補助が出ているのだ。
そして一番大きいのが、食費を初めとした生活費の軽減。
俺が無駄遣いをしようとすると、一言ソレを注意してくれるお陰でもう一度必要かを考える為に、余計な出費が少なくなる訳だ。他にも、屋外でもリアルタイムにインターネットに接続が可能なために、安売り店の値段の比較など地味に役立つ事が多い。
大きく変わった訳ではないが、俺自身が変わった事もある。
以前に比べPRの知識が増えた事もあり、PRの情報を感じ取りやすくなった。パーツやプログラムの話などは結構、街を歩くだけでも聞こえるものだと気付かされる。
最後に、ハルカに対する情。
始めの頃は薄着で生活させていたのだが(男なら理解できる筈)、外出の度に他人の視線が気になってしまい、今では外出時は殆ど露出の無い服装をさせるほどだ。
こうしてハルカが我が家に来て一月。
当初はドライ設定の為か無口な事が多かったハルカも、最近では無駄口をきける様になり、俺自身もPRというものを理解し始め、ハルカとの接し方が判るようになって来た。
俺があの事件に巻き込まれたのは、今にして思えばこの頃だった。
御多分に漏れず、俺の生活も結構大きく変わる事となった。
まず第一に、ベッドの所有権がハルカのモノとなった点。
コレは単に、俺がハルカを床に寝せる事や、ハルカと同じ布団で寝る事が出来ないといった点から来る事だ。
前者については、小泉さん(あの一件以降、何かと連絡を取り合うようになった。当然、恋人のような関係であるはずもなく、気さくな友人関係である)から「優しいのか、PRフェチのどちらかだ」と言われたが、俺敵には前者であってほしい。
後者については、俺が未だにハルカの体に触れることすら出来ないでいるチキンというだけのことだ。巨乳好きでハルカを選んだというのに、今だ乳を揉む事すら出来ずにいることを(俺のパスコードを予測し、しかも当てるという恐ろしい芸当で)ハルカから聞いた小泉さんは「エッチなのに紳士」という訳の判らない称号を俺に与えてくれた。
次に、生活が規則的になった点。
サポート型と設定した為か、俺の体調管理を重要視する節があり、基本的に夜更かしが禁則事項とされてしまった。この為に日課のエロ巡回の時間が短くなり、普段の半分ほどしかサイトを巡れないでいる。
もっとも、コレは深夜の電気代が安い時間帯(夜間割引適用区在住)にしっかりと充電をしたいというハルカの希望も含まれている為に、そこまで大きな不満がある訳ではない。
ちなみにPR用の電力は通常電力よりも割安となっている。消費電力が大きいPRではあるが、その功績もまた大きく、国から補助が出ているのだ。
そして一番大きいのが、食費を初めとした生活費の軽減。
俺が無駄遣いをしようとすると、一言ソレを注意してくれるお陰でもう一度必要かを考える為に、余計な出費が少なくなる訳だ。他にも、屋外でもリアルタイムにインターネットに接続が可能なために、安売り店の値段の比較など地味に役立つ事が多い。
大きく変わった訳ではないが、俺自身が変わった事もある。
以前に比べPRの知識が増えた事もあり、PRの情報を感じ取りやすくなった。パーツやプログラムの話などは結構、街を歩くだけでも聞こえるものだと気付かされる。
最後に、ハルカに対する情。
始めの頃は薄着で生活させていたのだが(男なら理解できる筈)、外出の度に他人の視線が気になってしまい、今では外出時は殆ど露出の無い服装をさせるほどだ。
こうしてハルカが我が家に来て一月。
当初はドライ設定の為か無口な事が多かったハルカも、最近では無駄口をきける様になり、俺自身もPRというものを理解し始め、ハルカとの接し方が判るようになって来た。
俺があの事件に巻き込まれたのは、今にして思えばこの頃だった。
「PRファイト?」
ラーメンと餃子のセットを頬張りながら、俺は聞き返した。
4人掛けの向かいの席には小泉さん。その隣、俺の斜向かいには小泉さんのPRである桃子が腰掛けている。
桃子は見た感じ14、5歳程の女の子で、所謂「小型」PRであるが、パーツの殆どが最新型という超ハイスペックPRである。値段にしていえば、俺がハルカに今まで掛けた金額の軽く五倍。
小泉さん曰く、PRにもピンキリあり、桃子はピンの方だと言う。
廃人は数千万を軽く掛ける世界とは言え、俺からしてみれば、それでもかなりの額である。
「最近ネット上で話題になっている、私達PR同士を戦わせる娯楽です」
俺の隣で冷却水をチビチビ口にしていたハルカが説明してくれる。
「そうそう。PR好きの私から言わせたら、何で好き好んで自分のPRを殴り合わせて怪我させないといけないのって話なんだけどね」
胸のボリュームに反してスマートな体型の小泉さんは、その細い体の何処に入るのかと思ってしまう程の大盛り味噌ラーメンを啜りながら肩を竦めた。
「だけどコレがまた、ストリートでその真似事をおっぱじめる人達まで現れるほどの人気なんだって」
「はぁ……。俺にも余り理解できそうにないわ」
ハルカが殴り殴られしている姿を想像し、俺は顔を顰めて吐き捨てた。大切な者を傷付けられて盛り上がれるほど、俺の神経は太くない。
「よかった、やっぱり真澄くんは紳士なのね」俺の発言が嬉しかったのか、小泉さんは目を輝かせた。
「いい加減、その称号は無くしてくれないかな?」
「いいけど、おっぱいスキーとどっちが良い?」
「紳士でお願いします」
「うむ、素直でよろしい」
大げさに頭を下げる俺と、大げさに胸を張る小泉さん。
そんないつもの馬鹿を終えて、話は本題に移る。
「今日、わざわざ真澄くんを呼んだのはね、ちょっと見てもらいたいものがあるからなんだ」
小泉さんは一旦箸を置き、鞄からバイザーを取り出した。
「あ、いいよ。バイザーなら自分のがある」
俺が断ると同時に、ハルカが俺のバイザーを取り出した。
「お、真澄君のバイザーは無線かぁ。さては、ハルカさんの柔肌にプラグを差し込むことに抵抗があったね?」
「当然」
「私も耳にプラグを刺すのは、うぇーって感じ。でも混線の心配が無いって意味ではヤッパリ有線派かな」
「ふーん」
バイザーを掛け、ハルカのPCインターフェースを呼び出しながら訊ねてみる。
「有線って事は、やっぱり耳に刺す訳? それとも背中?」
「まさかぁ。コレよ、コレ」
俺が自前のバイザーを持っていたからか、その見せたいモノを一緒に見るつもりらしい小泉さんが、バイザーのプラグを桃子の猫耳カチューシャに差し込んだ。
「それって飾りじゃなかったんだ」
「そうよ。同じプラグ接続でも人の耳に直接……よりは抵抗が無いでしょ? 店員価格で販売できるけど、どうかな?」
「マスターはコスプレの趣味が無いみたいですから」
俺の変わりに答えたのはハルカ。
度重なる俺の趣味趣向の性癖暴露の結果、俺のこう言った話題は小泉さん限定で解除しても良いという間違った方向で学習してしまったらしい。お陰で、今では俺の人前で言えない趣味の大半は小泉さんに知れている。
「そっか、ソレは残念」
「また今度、必要なのがあれば利用させてもらうよ」
「まいど~。で、準備できた?」
「ああ」
「じゃあ、ハルカさんにデータを送信するね」
小泉さんの言葉に従い、ハルカのインターフェースにデータが転送されてきた。
容量が割と大きい。タイトルは「ストリートPRファイト傑作編2」。
俺はバイザー越しに小泉さんを見る。(バイザーは焦点をずらす事で画面を透かす事が出来、掛けたままでも周囲を見る事が出来るようになっている。基本的に屋外でのモニター代わりに使われる事が多い。音声は骨伝導式)
「見た感じ、さっき言ってた『真似事』の動画っぽいね。」
「そそ。あ、転送終了した。コレのね、えっと……」
「15分22秒の所です」
さり気なく桃子がマスターのフォロー。
幼い外見に似合わず、適所に的確なサポート。意図を汲み取るまでの速さと、ソレに応えるまでの速さが並ではない。流石ハイスペック。流石小泉さんカスタム。
「そうだそうだ。ありがとモモタン。その時間の所から見てくれる?」
「あいよ。ハルカ、お願い」
「わかりました」
バイザーに映し出された映像は、薄暗い公園で人だかりができており、その中心で二つの人影が物凄い勢いで攻め合っているものだった。
映像はゆっくりとズームされ、しばらくして2人の細かい動きも把握できるほどまで拡大された。
1人はタイツ状のコスチュームで、顔の大半を隠した女性型。
もう1人はラフな格好をした、筋骨隆々の大柄な男性型。こちらは如何にも戦闘に特化しているといった風体である。
「戦っているのはPRとはいえ、少し残酷な映像になるから、ラーメンは早めに食べた方がいいよ?」
「わかった、そうする」
2人してラーメンを啜りつつ、バイザーで映像を見る。珍しい光景ではないが、自分でこうしてみるとやはりシュールさを感じてしまう。
ラーメンを食べ終わる頃、二人の戦いの盛り上がりが最高潮となっていた。
攻勢は常に男性型にあるように見えるのに、決定的な一撃が当たらない。どの攻撃も紙一重で交わされてしまい、その度に歓声が高鳴っている。
「コレ、番組じゃない……所謂ガチなんでしょ?」
「そうよ」
「なんか変じゃない?」
「わかった?」
そりゃ、判るさ。
女性型にさしたるダメージは見受けられず、男性型に至っては素人の俺が見てもわかるほどにボロボロだ。
「ああ、ココから一瞬だから気をつけて。女性型に注目ね」
小泉さんに従い、女性型に意識を向ける。
男性型が唸りながら拳を振り上げ、女性型に迫る。
その拳を再び紙一重で交わし……たと思ったら、その手を片手で掴み……捻り上げた?
次の瞬間、男性型の肩が破裂し、擬似血液を吹き出しながら骨――フレームとコードの束が突き出した。
「うわ!? なんだこれ!!」
目を疑う俺の前で、女性型の反撃は続く。
捻り上げた腕を突き出し、そして引きちぎる。だというのに男性型は顔色1つ変えず(PRなのだから当然だが)、空いた手を女性型に叩き込むがコレもハズレ。
大きく宙に舞った女性型がそのまま身を捻ったかと思うと、男性型の顔面に鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
男性型の首はまるで鎌で刈り取られたかのようにポーンと跳ね、野次馬の群れに消えていった。
「……なんだよ、これ……」
俺は唖然としながらそう呟くしかできなかった。
震える手でバイザーを外そうとする俺の手を、小泉さんが掴む。
「ココ。ココからが一番大事」
「ココからって、何が……」
もう一度映像に注目すると、勝利した女性型が隠していた顔を自ら露にした。
その顔に、俺とハルカの声が重なる。
とはいえ、俺の声は驚愕。ハルカの声は「おや」という、相変わらずあっさりした物だったが。
「わかった?」
俺の手を放し、バイザーを外した小泉さんは俺を見つめてそう聞いてきた。
「わかったも何も、このPRは……」
「私……。正確には私と同型のPRですね」
バイザーを外し、俺はハルカを見た。
やや切れ長なスラリとした目元。腰まである真っ直ぐな黒長髪。胸のサイズはハルカの方が(俺の趣味に合わせている分)大きいが、知らない人が見ればまず見間違えるほどに映像の女性型PRはハルカに似ていた。
「人格が形成されるうちにね、PRにも個性ができて、それが表面に現れるものなの。
同じ型番のPRとはいえ、環境が異なれば殆ど別人になるのが普通。それがPRなのよ」
真っ直ぐに、睨むかのように小泉さんが俺を見る。
そうして気付いた。
小泉さんは、俺を疑っているのだ。俺の口から「違う」と。「ハルカではない」と。あるいは、「真実」を。聞くまでは絶対に帰さないと言いたいのだ。
俺は苦笑し、微笑んだ。
「言ったろ? 俺も小泉さんと同じ。ハルカにこんな危険な真似させるもんかよ」
俺の言葉を聴いて尚、小泉さんは表情を緩めない。
無理も無いかもしれない。
俺も反対の立場なら、そう簡単に信じることができないだろう。小泉さんの言う通り、個性が生まれたPRがココまで酷似する事は総滅多にありえないのだ。
「それじゃあ、ハルカさんのデータベースとモモタンのデータベースを共有化できる?
私にハルカさんのデータの全てをさらけ出して、関わりが無いって証明できる?」
「それで小泉さんの気が済むなら、構わないよ。ハルカは嫌がるかもしれないけど――」
「マスター、私は構いませんよ?」
「ああ、そう。ってな訳で、本人の認可も下りました。俺がハルカと出会えたのも、小泉さんの功績が大きいわけだし(店を選んだ切欠は巨乳の店員の有無)、見られて困るデーターは精々がネットでの履歴と保存フォルダくらいのもんだから」
「そう……それじゃあ……」
小泉さんは大きく溜息を付き、いつもの笑顔を浮かべてくれた。
「信じてあげる。ごめんね。余りにショックだったから、つい疑っちゃった」
手を合わせて頭を下げる小泉さんを見て、俺とハルカは顔を見合わせて微笑んだ。
ラーメンと餃子のセットを頬張りながら、俺は聞き返した。
4人掛けの向かいの席には小泉さん。その隣、俺の斜向かいには小泉さんのPRである桃子が腰掛けている。
桃子は見た感じ14、5歳程の女の子で、所謂「小型」PRであるが、パーツの殆どが最新型という超ハイスペックPRである。値段にしていえば、俺がハルカに今まで掛けた金額の軽く五倍。
小泉さん曰く、PRにもピンキリあり、桃子はピンの方だと言う。
廃人は数千万を軽く掛ける世界とは言え、俺からしてみれば、それでもかなりの額である。
「最近ネット上で話題になっている、私達PR同士を戦わせる娯楽です」
俺の隣で冷却水をチビチビ口にしていたハルカが説明してくれる。
「そうそう。PR好きの私から言わせたら、何で好き好んで自分のPRを殴り合わせて怪我させないといけないのって話なんだけどね」
胸のボリュームに反してスマートな体型の小泉さんは、その細い体の何処に入るのかと思ってしまう程の大盛り味噌ラーメンを啜りながら肩を竦めた。
「だけどコレがまた、ストリートでその真似事をおっぱじめる人達まで現れるほどの人気なんだって」
「はぁ……。俺にも余り理解できそうにないわ」
ハルカが殴り殴られしている姿を想像し、俺は顔を顰めて吐き捨てた。大切な者を傷付けられて盛り上がれるほど、俺の神経は太くない。
「よかった、やっぱり真澄くんは紳士なのね」俺の発言が嬉しかったのか、小泉さんは目を輝かせた。
「いい加減、その称号は無くしてくれないかな?」
「いいけど、おっぱいスキーとどっちが良い?」
「紳士でお願いします」
「うむ、素直でよろしい」
大げさに頭を下げる俺と、大げさに胸を張る小泉さん。
そんないつもの馬鹿を終えて、話は本題に移る。
「今日、わざわざ真澄くんを呼んだのはね、ちょっと見てもらいたいものがあるからなんだ」
小泉さんは一旦箸を置き、鞄からバイザーを取り出した。
「あ、いいよ。バイザーなら自分のがある」
俺が断ると同時に、ハルカが俺のバイザーを取り出した。
「お、真澄君のバイザーは無線かぁ。さては、ハルカさんの柔肌にプラグを差し込むことに抵抗があったね?」
「当然」
「私も耳にプラグを刺すのは、うぇーって感じ。でも混線の心配が無いって意味ではヤッパリ有線派かな」
「ふーん」
バイザーを掛け、ハルカのPCインターフェースを呼び出しながら訊ねてみる。
「有線って事は、やっぱり耳に刺す訳? それとも背中?」
「まさかぁ。コレよ、コレ」
俺が自前のバイザーを持っていたからか、その見せたいモノを一緒に見るつもりらしい小泉さんが、バイザーのプラグを桃子の猫耳カチューシャに差し込んだ。
「それって飾りじゃなかったんだ」
「そうよ。同じプラグ接続でも人の耳に直接……よりは抵抗が無いでしょ? 店員価格で販売できるけど、どうかな?」
「マスターはコスプレの趣味が無いみたいですから」
俺の変わりに答えたのはハルカ。
度重なる俺の趣味趣向の性癖暴露の結果、俺のこう言った話題は小泉さん限定で解除しても良いという間違った方向で学習してしまったらしい。お陰で、今では俺の人前で言えない趣味の大半は小泉さんに知れている。
「そっか、ソレは残念」
「また今度、必要なのがあれば利用させてもらうよ」
「まいど~。で、準備できた?」
「ああ」
「じゃあ、ハルカさんにデータを送信するね」
小泉さんの言葉に従い、ハルカのインターフェースにデータが転送されてきた。
容量が割と大きい。タイトルは「ストリートPRファイト傑作編2」。
俺はバイザー越しに小泉さんを見る。(バイザーは焦点をずらす事で画面を透かす事が出来、掛けたままでも周囲を見る事が出来るようになっている。基本的に屋外でのモニター代わりに使われる事が多い。音声は骨伝導式)
「見た感じ、さっき言ってた『真似事』の動画っぽいね。」
「そそ。あ、転送終了した。コレのね、えっと……」
「15分22秒の所です」
さり気なく桃子がマスターのフォロー。
幼い外見に似合わず、適所に的確なサポート。意図を汲み取るまでの速さと、ソレに応えるまでの速さが並ではない。流石ハイスペック。流石小泉さんカスタム。
「そうだそうだ。ありがとモモタン。その時間の所から見てくれる?」
「あいよ。ハルカ、お願い」
「わかりました」
バイザーに映し出された映像は、薄暗い公園で人だかりができており、その中心で二つの人影が物凄い勢いで攻め合っているものだった。
映像はゆっくりとズームされ、しばらくして2人の細かい動きも把握できるほどまで拡大された。
1人はタイツ状のコスチュームで、顔の大半を隠した女性型。
もう1人はラフな格好をした、筋骨隆々の大柄な男性型。こちらは如何にも戦闘に特化しているといった風体である。
「戦っているのはPRとはいえ、少し残酷な映像になるから、ラーメンは早めに食べた方がいいよ?」
「わかった、そうする」
2人してラーメンを啜りつつ、バイザーで映像を見る。珍しい光景ではないが、自分でこうしてみるとやはりシュールさを感じてしまう。
ラーメンを食べ終わる頃、二人の戦いの盛り上がりが最高潮となっていた。
攻勢は常に男性型にあるように見えるのに、決定的な一撃が当たらない。どの攻撃も紙一重で交わされてしまい、その度に歓声が高鳴っている。
「コレ、番組じゃない……所謂ガチなんでしょ?」
「そうよ」
「なんか変じゃない?」
「わかった?」
そりゃ、判るさ。
女性型にさしたるダメージは見受けられず、男性型に至っては素人の俺が見てもわかるほどにボロボロだ。
「ああ、ココから一瞬だから気をつけて。女性型に注目ね」
小泉さんに従い、女性型に意識を向ける。
男性型が唸りながら拳を振り上げ、女性型に迫る。
その拳を再び紙一重で交わし……たと思ったら、その手を片手で掴み……捻り上げた?
次の瞬間、男性型の肩が破裂し、擬似血液を吹き出しながら骨――フレームとコードの束が突き出した。
「うわ!? なんだこれ!!」
目を疑う俺の前で、女性型の反撃は続く。
捻り上げた腕を突き出し、そして引きちぎる。だというのに男性型は顔色1つ変えず(PRなのだから当然だが)、空いた手を女性型に叩き込むがコレもハズレ。
大きく宙に舞った女性型がそのまま身を捻ったかと思うと、男性型の顔面に鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
男性型の首はまるで鎌で刈り取られたかのようにポーンと跳ね、野次馬の群れに消えていった。
「……なんだよ、これ……」
俺は唖然としながらそう呟くしかできなかった。
震える手でバイザーを外そうとする俺の手を、小泉さんが掴む。
「ココ。ココからが一番大事」
「ココからって、何が……」
もう一度映像に注目すると、勝利した女性型が隠していた顔を自ら露にした。
その顔に、俺とハルカの声が重なる。
とはいえ、俺の声は驚愕。ハルカの声は「おや」という、相変わらずあっさりした物だったが。
「わかった?」
俺の手を放し、バイザーを外した小泉さんは俺を見つめてそう聞いてきた。
「わかったも何も、このPRは……」
「私……。正確には私と同型のPRですね」
バイザーを外し、俺はハルカを見た。
やや切れ長なスラリとした目元。腰まである真っ直ぐな黒長髪。胸のサイズはハルカの方が(俺の趣味に合わせている分)大きいが、知らない人が見ればまず見間違えるほどに映像の女性型PRはハルカに似ていた。
「人格が形成されるうちにね、PRにも個性ができて、それが表面に現れるものなの。
同じ型番のPRとはいえ、環境が異なれば殆ど別人になるのが普通。それがPRなのよ」
真っ直ぐに、睨むかのように小泉さんが俺を見る。
そうして気付いた。
小泉さんは、俺を疑っているのだ。俺の口から「違う」と。「ハルカではない」と。あるいは、「真実」を。聞くまでは絶対に帰さないと言いたいのだ。
俺は苦笑し、微笑んだ。
「言ったろ? 俺も小泉さんと同じ。ハルカにこんな危険な真似させるもんかよ」
俺の言葉を聴いて尚、小泉さんは表情を緩めない。
無理も無いかもしれない。
俺も反対の立場なら、そう簡単に信じることができないだろう。小泉さんの言う通り、個性が生まれたPRがココまで酷似する事は総滅多にありえないのだ。
「それじゃあ、ハルカさんのデータベースとモモタンのデータベースを共有化できる?
私にハルカさんのデータの全てをさらけ出して、関わりが無いって証明できる?」
「それで小泉さんの気が済むなら、構わないよ。ハルカは嫌がるかもしれないけど――」
「マスター、私は構いませんよ?」
「ああ、そう。ってな訳で、本人の認可も下りました。俺がハルカと出会えたのも、小泉さんの功績が大きいわけだし(店を選んだ切欠は巨乳の店員の有無)、見られて困るデーターは精々がネットでの履歴と保存フォルダくらいのもんだから」
「そう……それじゃあ……」
小泉さんは大きく溜息を付き、いつもの笑顔を浮かべてくれた。
「信じてあげる。ごめんね。余りにショックだったから、つい疑っちゃった」
手を合わせて頭を下げる小泉さんを見て、俺とハルカは顔を見合わせて微笑んだ。
「つまり、最近このハルカ似のPRファイターがストリートを賑わせている……と」
「そう言う事」
食べ終わった後に長居をするものじゃないと、俺達はその場を喫茶店に移して話を続けていた。
店員が持ってきたアイスティーとホットコーヒー、そして冷却水×2をそれぞれ口にしつつ、コレが一体どういう事なのかを議論する。
「真澄くんに心当たりは……ないよね」
「そりゃあ、こういう娯楽が存在する事自体をそもそも知らなかった訳だしねぇ」
そう言う小泉さんは? と訊ね返す。
「私も皆目サッパリ……と言いたいんだけどね」
おや、意外な返事が……。
目を丸くする俺に対し、小泉さんは何やら頭を掻きながら口を開く。
「ハルカさんの型番ね、調べてみたらそもそも出荷数が異常に少ないのよ」
「と、いうと?」
「メーカーもPRに関しては余り有名じゃない所でね、ハルカさんはそのメーカーからウチに来た唯一のPRなの。入荷はハルカさん一体だけ。
始めは余りに入荷数が少ないから……こう言ったらハルカさんに悪いけど、前評判の悪い型番なのかと思ってたんだけどね。仕様書を見ても妙な所はないし、むしろ性能の割りには破格とも言える値段設定なのよ」
「ああ、うん。なんか納得」
俺自身も「コレがイイ!!」とハルカを選び、その簡易スペック表を見てこりゃ手が出ないと絶望したものだ。実際に表示されている値段を見て、桁一つ間違えているんじゃないかって安さに驚いた位だし。
「実際に、その値段設定のアンバランスさとメーカーの知名度に低さから、購入の意志を見せた人は1人しか居なかったんだけど……」
小泉さんは俺の顔をまじまじと見つめ、小さく溜息を付く。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
「その人ときたら『容姿を優先した結果がコレでした。値段の安さは気になるけれど、コレが買えるならばコレ以外は買わない』……ですものね」
ああ、つまりソイツ(というか俺)はそんなあからさまに怪しいPRを、嬉々として貯金をはたいて購入した訳だ。
俺は肩を竦めて小泉さんを見た。
「まぁ、いいんじゃないの? ソイツ自身、その決断を後悔どころか大正解って感じているわけだしね」
「……」
ふと視線を感じ、ハルカを向き直ると、何か言いたげな視線を送ってくるハルカと目が合った。
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
ハルカは表情を変えることも無く俺から顔を背け、冷却水を一気に飲み干した。
「……? 小泉さん、私の顔に何か付いてますか?」
「ハルカさん、もしかして照れてる?」
感心した様子の小泉さんの言葉に、ハルカは驚きの表情を見せる。
「私がですか?」
「今のマスター台詞、嬉しかったんじゃない?」
「……さぁ、どうでしょうね」
ハルカは終始、けして顔を赤らめたりしない相変わらずのドライな反応であったが、2人のやり取りを聞いている俺の自身がさり気なく赤くなっていたりする。
ああ、もう、俺の馬鹿。
小泉さんは疑問で止まっているが、四六時中一緒に居る俺には、一度意識して観察すると理解できてしまっていたりする。
こんなに上機嫌な(ニュアンスを含ませている)ハルカは初めてだ。何で小泉さんのほうが先に気付いちゃうのさ。馬鹿馬鹿、俺の馬鹿。マスター失格じゃんよ。
ああ、でも、今のハルカはそんな事はどうでもイイ位に可愛らしい。
「マスター、何浮かれているんですか?」
「ぉぉう、いつものハルカに戻ってる」
「何馬鹿な事を。勝手な想像しないでください、迷惑です」
口を尖らせるハルカを見て、また気付く。
彼女が悪態をつく時は、大抵が上機嫌の時なのだ。
「小泉さん、俺気付いたわ」
「何をですか?」
「俺、相当な親馬鹿……っていうのかな? ソレっぽいわ」
俺の言葉の意味は小泉さんにアッサリと伝わったらしい。
小泉さんは腹を抱えてひとしきり笑った後に、両手を広げて俺を見た。
「ようこそ、PRを愛する者の世界へ」
小泉さんの台詞の真意もまた、俺にスンナリと伝わってきたのだった。
「そう言う事」
食べ終わった後に長居をするものじゃないと、俺達はその場を喫茶店に移して話を続けていた。
店員が持ってきたアイスティーとホットコーヒー、そして冷却水×2をそれぞれ口にしつつ、コレが一体どういう事なのかを議論する。
「真澄くんに心当たりは……ないよね」
「そりゃあ、こういう娯楽が存在する事自体をそもそも知らなかった訳だしねぇ」
そう言う小泉さんは? と訊ね返す。
「私も皆目サッパリ……と言いたいんだけどね」
おや、意外な返事が……。
目を丸くする俺に対し、小泉さんは何やら頭を掻きながら口を開く。
「ハルカさんの型番ね、調べてみたらそもそも出荷数が異常に少ないのよ」
「と、いうと?」
「メーカーもPRに関しては余り有名じゃない所でね、ハルカさんはそのメーカーからウチに来た唯一のPRなの。入荷はハルカさん一体だけ。
始めは余りに入荷数が少ないから……こう言ったらハルカさんに悪いけど、前評判の悪い型番なのかと思ってたんだけどね。仕様書を見ても妙な所はないし、むしろ性能の割りには破格とも言える値段設定なのよ」
「ああ、うん。なんか納得」
俺自身も「コレがイイ!!」とハルカを選び、その簡易スペック表を見てこりゃ手が出ないと絶望したものだ。実際に表示されている値段を見て、桁一つ間違えているんじゃないかって安さに驚いた位だし。
「実際に、その値段設定のアンバランスさとメーカーの知名度に低さから、購入の意志を見せた人は1人しか居なかったんだけど……」
小泉さんは俺の顔をまじまじと見つめ、小さく溜息を付く。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
「その人ときたら『容姿を優先した結果がコレでした。値段の安さは気になるけれど、コレが買えるならばコレ以外は買わない』……ですものね」
ああ、つまりソイツ(というか俺)はそんなあからさまに怪しいPRを、嬉々として貯金をはたいて購入した訳だ。
俺は肩を竦めて小泉さんを見た。
「まぁ、いいんじゃないの? ソイツ自身、その決断を後悔どころか大正解って感じているわけだしね」
「……」
ふと視線を感じ、ハルカを向き直ると、何か言いたげな視線を送ってくるハルカと目が合った。
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
ハルカは表情を変えることも無く俺から顔を背け、冷却水を一気に飲み干した。
「……? 小泉さん、私の顔に何か付いてますか?」
「ハルカさん、もしかして照れてる?」
感心した様子の小泉さんの言葉に、ハルカは驚きの表情を見せる。
「私がですか?」
「今のマスター台詞、嬉しかったんじゃない?」
「……さぁ、どうでしょうね」
ハルカは終始、けして顔を赤らめたりしない相変わらずのドライな反応であったが、2人のやり取りを聞いている俺の自身がさり気なく赤くなっていたりする。
ああ、もう、俺の馬鹿。
小泉さんは疑問で止まっているが、四六時中一緒に居る俺には、一度意識して観察すると理解できてしまっていたりする。
こんなに上機嫌な(ニュアンスを含ませている)ハルカは初めてだ。何で小泉さんのほうが先に気付いちゃうのさ。馬鹿馬鹿、俺の馬鹿。マスター失格じゃんよ。
ああ、でも、今のハルカはそんな事はどうでもイイ位に可愛らしい。
「マスター、何浮かれているんですか?」
「ぉぉう、いつものハルカに戻ってる」
「何馬鹿な事を。勝手な想像しないでください、迷惑です」
口を尖らせるハルカを見て、また気付く。
彼女が悪態をつく時は、大抵が上機嫌の時なのだ。
「小泉さん、俺気付いたわ」
「何をですか?」
「俺、相当な親馬鹿……っていうのかな? ソレっぽいわ」
俺の言葉の意味は小泉さんにアッサリと伝わったらしい。
小泉さんは腹を抱えてひとしきり笑った後に、両手を広げて俺を見た。
「ようこそ、PRを愛する者の世界へ」
小泉さんの台詞の真意もまた、俺にスンナリと伝わってきたのだった。
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