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創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

後編

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irisjoker

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「胡散臭いんですよ」
 凛とした声が響いた。
 驚いたことに、その声は鷹介の横から発せられている。透が彼の後を引き継いで喋っているのだ。
 彼女が浮かべているのは笑顔であった。張り付いたような動きの無い笑みであるが。
「家を壊しておいて、ちょうどそこに居合わせる?タイミングが良いんじゃなくて、そういうのはご都合主義って言うんですよ。
わたしの目には狙ってやって善人面してるようにしか映りませんが?っていうか何者ですか、あなた。そこの民家に突っ込んだ危険運転罪適応予備軍の運転手の上司か何かで?悪いと思ってる?笑わせてくれますね、だったら、今すぐ、この場で、誠意を見せてみなさい」
「おーおー、威勢のイイ姉ちゃんやな」
 中年男、突然の伏兵に少し頬が引きつる。
「でもな、あんたには関係ないことやろ」
「最近の小学生はどうか知りませんけど、わたしが小さいころは自分に関係ないといったら先生に引っ叩かれましたよ」
「うぅむ、最近は子供の自主性とやらに配慮するせいで、子供の社会性には見向きもされんもんなぁ…いやそうやなくて!姉ちゃん、利口なもんはな、こういう時は黙ってるもんやで。あたら、怖い目に会いとうはないやろ?」
「語るに落ちましたね。自分から本性を口にするなんて」
「こりゃ言葉のあやっちゅう…」
「言葉のあやで恫喝するのですか、あなたは。おい、こら、てめぇの三つの単語だけで会話が成立する人達がいますけど、あなたもその手合いなんですね」
「やい、こら、黙って聞いてりゃ…」
「ほら、いま!」
「なんやてぇっ!?」
 でるわでるわ。隣で聞いてる鷹介がぽかんとするくらい、渦中の筈だった少女までぽかんとするくらい、透は中年男を責め立てた。そりゃもう、困った趣味があるんじゃないかと勘繰るくらい。
 ともかく透ときたら人の話を流しに流し、そのクセ言葉尻を捉えては次の攻勢に転ずる。取り付くしまがないというか、ともすれば戦術教本の攻撃の見本というか。
 鷹介はこの幼馴染と口喧嘩は止めようと心に誓った。昔はこんなじゃなかったに。
 彼がため息をついたころ、ようやく事態の異常さに気づいて、黒のセダンからこれまた黒のスーツに袖を通した屈強な男が現れた。
「どうしました?」
「あほたれ!あやうく新しい世界に目覚めるとこだったわ!!」
 中年男は脂汗を手の平で拭いながら、黒スーツを先に立てた。黒スーツの歩みは流れるようで、とっさに鷹介は透を背にかばうように立つ。
 男の歩みは留まらず、鷹介は透ごと二歩、三歩と、相手と同じだけを下がってゆく。
「ちょっと、鷹くん!」
 透が抗議の声を上げるが、垣間見た彼の表情がまるで飛行場で見たような引き締まったものだったので、彼女も直ぐに空気を読んだ。たぶん、言葉が通じる段階を超えてしまったのだ。
 ちょうど、今のこの街と同じ段階。
 見れば主婦たちは遠巻きに、あるいは巻き込まれないように距離をとって、部外者のポジションを確保していた。かわりに露天商たちは距離をつめ、率先してこの椿事に加わろうとしている。
 透は理解した。この胡散臭い街の異物たちは、すべてグルなのだと。
 黒スーツの男が口元を苛立たしげにゆがめる。サングラス越しの目が何を考えているのかは伺えないが、鷹介との距離が縮まらないことの理由に感付いたのだろう。
鷹介は意図的に黒スーツと距離をとっていた。黒スーツは明らかに素人の間合いを盗む、滑るような足取りなのに。
 業を煮やした黒スーツは両手の拳を固めると、顔の前に縦並びになるように小さく構え、上体を左右に振りながら一気に突進する。
 拳闘の試合で強引に相手の懐に飛び込む様に似ていた。そこから左腕の肘から先だけを速射砲のように突き出し、素早いジャブを放つ。
 続けて牽制のジャブか、右ストレートで仕留められるか。黒スーツの頭の中で制圧までの秒読みが始まる。
 が、同時に彼の視界は自分の腕の稼動範囲の内側に踏み入ってくる鷹介の姿をとらえていた。
 右手をジャブに添えるようにして軌道を僅かにずらし、こちらも左腕の肘から先だけが飛び出すように突き出される。
 先端は拳ではなく、半開きの掌の骨の部分だが。
 ぱん、と僅かな隙間の空気が潰される音が響き、顎先にカウンターの掌が爆ぜる。
 黒スーツの体がぐらりと揺らいだ。続けて鷹介が右腕と襟首を引っつかみ、前に出ていた左足を軸に半回転するや、黒スーツは引き込まれるように地べたに放り捨てられた。
 間髪いれず、鷹介は黒スーツの顔面に容赦なく靴先をお見舞いする。思い切り硬い物を蹴った感触。
 黒スーツは両腕で頭部を覆い、耐えていた。
 とっさに飛び退る鷹介と、その場で開脚し回転する黒スーツ。遠心力で下半身を浮かせ、腕の筋肉を総動員して逆立ちから跳ね起きる。
「カウンターを取ったのは『この星』の格闘技か?止めに靴で蹴ってきたのは軍隊だな」
 黒スーツは痺れる顎筋を撫でながら鷹介の行動を分析する。
 対する鷹介はそれどころじゃない。仕留め切れなかったのはお互い様というところだが、こっちは周りが敵だらけで、その上で透まで守らねばならない。
 露天商達はじわじわと包囲の輪を狭めてきている。それに何より、
「あんた、いま『この星』と言ったか?」
「さて?」
 黒スーツは口元を歪める。そして今度は両手を半開きに、腰を落として僅かに前傾姿勢に構えた。
 拳闘のような中途半端な構えではない、組み付いて体のすべてを利用して戦う構えだ。
 鷹介の体を戦慄が駆け抜けてゆく。
 が、緊迫と闘争で空気が塗り固められることは無かった。なぜならば、どこにでも、その空気をが読めない者はいるもので、
「アホンダラ!なにダウン貰っとんねん!? ジブン、それでも大銀河パンクラチオンの元ランカーかいな!? モンタルチーノ商会の看板にババ着けるんやないで!!」
 中年男である。
 なんというか、もう疑うべくも無い。大銀河とか、モンタルチーノ商会とか。鷹介は聞きなれない単語に眩暈を覚えた。
「…他人様の星にまで来て、わざわざ吊り上げ商法かよ」
「駆け込み需要や。ボン、人聞きの悪い事言うんや無いで」
 中年男は悪びれもしない。しかし透にジトリと睨まれると、黒スーツの背に隠れるような位置に移動する。
「ぶ、物資の戦時統制なんぞされたら、どこの星かて干上がるだけやで!わしらは市民の皆さんが暮らしやすいように、ちょっと法の目を掻い潜っとるだけやッ!」
「法の目って、無法じゃなかったんですか、この街」
 透が鷹介の背から横にスライドして、ジト目を中年男に照射できる位置に移る。
「あげ足ばっかり取るもんや無いでッ!」
「人の弱みに付け込むような人種よりマシです」
「綺麗事ばっかじゃ世の中、うごかへんわッ」
「汚いことをして良い理由にはなりませんよ、それは。っていうか、自分で認めてる時点でもうあなたの論旨は破綻してるんです」
「これは必要悪ちゅうてやな…」
「不必要悪という言葉が存在しない以上、あなたの発言は詭弁です」
 いつの間にやら中年男と透は互いの護衛者の周りを回りながら、不毛な視線の追いかけっこを始めていた。
 これには闘争のスイッチが入りかけていた男たちの方が辟易した。
「おい、透、そういう事してる場合じゃないろうが!」
「モンタルチーノ様、はやく示談をお進めになったほうが…」
 透と中年男はハッとなる。
「そうだよ鷹くん!この悪い人達を懲らしめて!しばらく流動食しか胃が受け付けなくなる位にね」
「さらりとえげつない事言うなや!? ほ、ほならな!譲ちゃん、ボン」
 中年男、そそくさと黒のセダンに乗り込む。家を壊された少女達の手を引いて。
「待て!」
 追って走り出そうとする鷹介の進路を、黒スーツが遮って掴み掛かってくる。
 殴打と見紛う速度で繰り出される両の手を、鷹介は先程と同じように横合いから手を添えて軌道をずらす。
 直線と円運動とが目まぐるしく交錯し、打撃の打ち合いのような近距離戦が展開した。
 と、鷹介が払った腕に右手を絡めて黒スーツの手首の間接を極めるや、黒スーツも鷹介の左腕を掴み、目まぐるしい攻防は一転して対峙に変わる。
 はたと動きが止まり、両者は仁王像のような奇矯なポーズで硬直した。しかしその間にも二人はお互いの体制を崩そうと、目まぐるしい押し引きを繰り返していた。
 それがあまりに高レベルなため、傍目には動かないように見えるのだ。
 鷹介が握った黒スーツの手首を基点に動いて投げ飛ばそうとすれば、黒スーツはその流れとは反対のベクトルに鷹介の腕を引っ張る。
 鷹介がそのベクトルに乗って黒スーツの引きを自分の押しに転換すれば、黒スーツはいっそ鷹介ごと自分の懐に引っ張り込もうとした。
 直ぐに二人の額に嫌な油汗が浮かぶ。
「やるじゃないか」
 黒スーツの声はしかし、嬉しそうに弾んでいた。
「大銀河パンクラスの天頂五輪トーナメントを思い出すぞ」
「そんな大会知るか!地球の常識で話せ、宇宙人ども!」
「差別的発言だな、GBCが喜んで飛んでくるぞ。あとな、統一政府も無い未開惑星に、惑星レヴェルの常識なんて、存在しないっ!」
 黒スーツは最後のフレーズに力をこめるや、鷹介の左腕を力づくで引っ張り込んで頭突きを見舞う。
 とっさに首を引っ込めて顔面を守るが、かわりに頭のてっぺんに衝撃がはしった。
 まぶたの裏に星が瞬き、思考がひどく緩慢になる。痛みよりも頭の中に鉛でも突っ込んで振りたてたような違和感が勝った。
 そのくせ黒スーツはケロリとした顔で、再び頭をハンマーのように振りかぶっていた。
 頭蓋骨を金属で補強でもしているのだろう。医術的措置なのか人体改造なのかは知らないし、それを肉体が受けた衝撃から復帰していない鷹介が気付く訳も無いのだが。
 続けざまの頭突きを鷹介は身をよじって肩で受ける。嫌な重い衝撃が右肩にはしった。受け損ねれば鎖骨を折られ、戦闘不能にされていたろう。
 そんな下手な動きを誰が教えた。
 衝撃で朦朧とする意識の中で誰かの叱責が響く。
 はて、誰だっけ。外人部隊の訓練キャンプの教育軍曹殿。パイロット候補生時代の教官。高校の格技の先生。中学の部活の先輩。近所の爺様。
 誰しもが彼の名を呼んでいて、だがその中の誰でもない声が一番自分の事を呼んでいる。
「鷹くんッ!」
 それが透の声だと気付いた時、どうした訳か鷹介の中の幼馴染の姿は、ひどく幼いままで泣きべそをかいていた。
 眼前の黒スーツは三度、頭突きの体制に入っていた。これで止めにするのだろう、背を伸ばし、加速距離を限界まで稼いでいる。
鷹介は黒スーツの手首を押さえていた手を解き、両足を踏ん張った。
 そこから上体を反らし、吸い込んだ外気を臍下丹田に落とし込みながら、反動のすべてを握った右手にこめて、押し出す。
 すべての行動は、一呼吸のうちに終わる。一拍の中に初動と攻撃が納まる。
 ほんの半歩に満たない距離だが、鷹介の体重の全てが右手から黒スーツの無防備な正中に送り込まれた。
 教育軍曹殿が見たら『拳を潰す気かファッキン・カミカゼ!!』と怒鳴ったろう。
 近所の爺様は『その呼吸だ』と誉めてくれたかも知れない。
 水袋に衝撃が浸透するような重々しい音をさせると、黒スーツは引き揚げられた深海魚のように舌を出して痙攣し、物も言わずにその場に崩れ落ちた。
 杭の様な衝撃が体内を貫き、攻撃の準備に力んで硬直していた体内を跳ね回る。
 非の打ち所の無い後の先に黒スーツは悶絶した。
 これにいきり立ったのは露天商達だ。
「若頭ぁ!てめぇ、何しくさるんじゃ!」
「銀河広域指定暴力団モンタルチーノ商会に手ぇ出して、タダで済むと思うなや!」
「男はコンクリ詰めで宇宙流しや。女はヌーク漬けで島デビューやで!」
 と威勢はたいそう良かったが、鷹介のまわりを囲んでからこちら、一向に手を出す気配も無い。
 喧嘩の鉄則である『一番強そうに見える奴から倒す』、これが効いているようだった。
 露天商…もとい組員達は大型草食獣を囲むも、攻めあぐねる若い肉食獣のグループの様になっている。
 もちろん鷹介だって余裕は無い。相手は荒事を日常にしている博徒だ。最初の衝撃に怯んでいる内に囲みを破らねば、どんな手を使ってくるやも判らない。
 まだ頭は痛むし、右肩は熱を帯びてくる。不利なのは、こちらなのだ。
 武器になるものは有るだろうか。背を取られない場所は。囲みの薄いところは。鷹介の頭の中で次々と物騒な論理が構築されてゆく。
 血で血を洗う仁義無き闘争が始まるかのと思われた、まさにその時――
 甲高いホイッスルの音が緊迫した空気を引き裂き、多数のモーター音で街路が飽和した。
 地球製でない実用電動モーターの駆動音は、銀河列強の野戦四駆と兵員輸送トラックのものだ。
 天蓋の無い四駆には飾りを減らした騎兵将校のような制服に身を包んだ兵が確認できた。
「やべぇ、ツルギスタンの憲兵だ!」
 組員の誰かが端的な説明台詞を口にするや、蜘蛛の子を散らすような逃亡が始まる。のびた黒スーツを律儀に回収した組員などは、
「お、覚えとれよ!」
 これまたお定まりの逃げ口上を残し、次々とトラックから降りてくるツルギスタン憲兵の目を逃れて路地に消える。
 路地のそこかしこで違法業者を追い立てるホイッスルの音が鳴り響き、乱闘を思わせる怒号が続いた。
 と、四駆から最後に降り立った憲兵達とは飾りの質と量とが違う制服を着用した男性が、呆気に取られる鷹介と透に声をかける。
「大丈夫かね」
 居丈高な物言いだが、板には着いていない。何しろ声の主は未だ若く、そしてその声に聞き覚えのある事に、鷹介は慄然となった。
 二人に声をかけたのは金髪の威丈夫、模範的貴族仕官たる帝政ツルギスタン大刃士、アフバルト・シュバウツァーその人であったのだから。
「あいつらはモンタルチーノ商会といって、限定戦争のごたごたに乗じて暗躍する匪賊の類だ。彼らの流言飛語に惑わされてはいけない」
 相手が仕官であるため鷹介は無意識のうちに敬礼をしかけたが、左手が上がりかけた右手を止めるという奇妙な状態で習慣の発露に耐える。
 かわりに小さく頭を下げ、二度も矛を交えた敵手を値踏みするように覗った。
 すらりとした長身と大時代的な衣装が、まさに浮世離れという言葉を思い起こさせる。
 生まれながらの貴族という地球上では稀有になった出自がそれに拍車をかけるようだ。
 何不自由なく育ち、持てる者の義務と名誉を具備する。なんと素晴らしい事だろう、きっと彼は自分の信念を持って侵略を行っているのだ。
 それに比べて自分はどうだ。染み付きかけた敬礼の癖も、それを躊躇い無く披露出来る職場という訳でなし。
 敵にも、味方――厳密な意味での協調は未だであるが――にも名を明かせず、答礼を出来る立場でもない。
 仕官でなく、ウィングマークも許されない、つまりは半端者だ。俺はエリミネートされた脱落者なんだ。
 鷹介は胸に重たいものを感じながら、宿敵へと微笑む。
「助かりました。値段に抗議したら急に囲まれちゃって」
 その発言が嘘であるからして、微笑みも謝辞も嘘なのである…と自分に言い聞かせた。
 アフバルトはそうとも知らず、実に爽やかな笑みを返す。
「間に合ったのなら何よりだ。ツルギスタンは臣民を見捨てない。憲兵隊が必ず、ならず者共を駆逐するだろう。
 しばらくは配給による不自由を強いてしまうが、本国から総督府が『到着』すれば生活も改善される。
 君達が見たことも無いような素晴らしい暮らしが待っている」
 貴族仕官の善意に満ちた笑顔は、それが正しい事と信じているからこそなのだろう。続いて彼は右手を差し出すのだった。
「君の行動は車の中から見ていたよ。女性を守り、多数の敵を相手に退かない。
 その勇気に敬意をはらいたい…地球ではこういう時は手を握るのだろう?」
「あ、ええ、確かに…」
 鷹介は宿敵の意外な行動に戸惑いつつ、握手に応じる。
 パイロットである両者の握力は強い。自然、硬い握手になった。
 それは同時に互いの手が生い立ちや歳とは不相応に擦り切れた、使い込まれた手だと気付かせる。
 アフバルト何も言わず、にっ、と不敵な笑みを見せた。先ほどの爽やかな笑みとは別だったが、不思議とどちらも似合っていた。
「私はアフバルト・シュバウツァー」
「知ってます。テレビに出てました」
「そうか。聞きたいな、君の名を」
「風見鷹介」
 鷹介は無造作に本名を口にしていた。しまった、と思った自分と、当然の事と思う自分とがいた。透だけは後ろで、えー、という顔をしている。
「ヨウスケ、『その気』が有るのだったら、外征旅団の私に連絡をくれたまえ。
 入植地(コロン)から戦士が出るというのは、諸君等の地位向上にもつながる」
 そう言い残し、アフバルトは去っていった。何も知らず、気付かず。
 手のひらを眺める鷹介の口元には淡い笑みが浮かぶ。敵の手が自分の手と変わらないことが、なぜか嬉しかった。
「鷹くん」
 と、若者の小さな満足に水をさす、背後から聞こえてくる抑揚の無い声。
 新型人間でなくとも判る後背からのプレッシャーに彼の顔が引きつった。
「おかしいなぁ…どうして名前を教えちゃったのかな。
 ツルギスタンの人相手に無茶するなら、情報封鎖の意味ないじゃない。
 ねぇ、わたしの言ってる事、そんなに間違ってる?
 少し、頭冷やそうか…」

 夜空を駆け上がってゆく光が見えた。
 流星とは真逆の航跡は、重力に逆らって宇宙に駆け上る人工の光に他ならない。
 その意味を知る少女は、安堵と共に小さな溜息をついた。
 昼に家を失い、幼い兄弟と共にモンタルチーノ商会に拉致られた少女だ。
 そして、彼女の隣に立っているのは昼間、透にあわや新しい地平を見せられる所だった中年、
広域指定銀河暴力団モンタルチーノ商会の首魁、ドン・モンタルチーノ。
 光はやがて小さくなり、第2宇宙速度を突破したのだろう、中天の月の向こう側に消えた。
「月の裏側で長距離便とランデブーしてな、中立国の商業惑星に向かう手はずや。
 そこで弟さんと妹さんは全寮制のユニバーサル・スクールに入るんやで。
 似た境遇の子供も多いさかい、ま、あんじょう上手くやるやろ。はては外交官か、星間企業の幹部か。
 雑多な星間文明の事を勉強しているんは、どこでも重宝がられるで」
「…何から何まで、ありがとうございます」
 少女は深々とお辞儀する。自分の家を壊されたにも関わらず。
「いやいや、こっちも用地買収の交渉が巧く運んで万々歳やで」
 モンタルチーノは分厚い手のひらをバタバタと振るう。なになやら鳥獣戯画の蛙に見えなくも無い。
「家を壊されて宇宙ヤクザに拉致られたのが噂になれば、誰しも怖がって反対できなくなる。
 お譲ちゃんにそんな話持ち掛けられた時には、さすがのワシも驚いたがな」
「チャンスだったんです。奨学金とアルバイトと生活保護。
 このままじゃ妹も弟も高校にすら行けない。そんなの天国の両親に何て言ったら良いか…だから」
「あーあー、みなまで言うなや。ギブ・アンド・テイクにしとくんや。
 所詮ワシ、ヤクザやさかいな。だからお嬢ちゃんに紹介する仕事も、ヤクザのシノギらしく体張ってもらうで」
 少女は『体』と言われて身を硬くする。
 本当は家にダンプが突っ込んでくる前から取り決めていた話だ。
 学の無い、若いだけが取柄の娘が出来る、割りの良い仕事。覚悟は出来ている。
 彼女には金が必要で、モンタルチーノ商会はその望みに応えてくれる。こんなに喜ばしいことはない、
これで弟妹は地球のどこの子供達よりも高度な教育を受けられるのだ。
 少女の勤め先はモンタルチーノ商会の高級クラブ――気に入ったお客様と一晩の恋をする、遣り取り次第ではそういう可能性もある店――だった。
 列強の将校を相手にするために見識を高めるセミナーがあり、各国の軍人に病気を蔓延させる訳にはゆかないので、頻繁に健康診断も受けさせられる。
 賃金も待遇もコンビニのバイトとは雲泥の差だ。
 常識的に考えれば辛い仕事だが、彼女にはそれをやり遂げる決意がある。
 そしてモンタルチーノはそれを『かった』。頭が回り、損得勘定ができ、強い意志がある。
 なにより、自分で考える事が出来る。これは弱肉強食の人類文明での、何よりのアドバンテージだった。
「嬢ちゃんの選択をワシ等は尊敬するで」
「買い被りです。でも、ありがとう」
 少女は晴れやかな笑みを見せ、苦界への道を自らの足で進んでいった。足取りに力強さはないが、躊躇いも無かった。
 そして彼女と入れ替わりに、頬に湿布を張った黒スーツが現れる。こちらの足取りは少々危うい。
 見た目には軽傷だが、内臓はちょっと酷い事になっていた。透の宣言どおり、しばらくは流動食や点滴の世話になるのだろう。
「モンタルチーノ様、彼女には、いつものように?」
「そや、ヘンな客は寄せ付けるんや無いで。この国の娘は肌が綺麗やし、一通りの教育は受けとる。
 一端の淑女に仕立てりゃ、貴族の目がねにも適うやろ。
 家格だけの没落貴族に金握らせて養子縁組させてな、家柄を整えてから、王侯にお輿入れでもした日にゃお前、
 新規市場に太いパイプの出来上がりやで」
 モンタルチーノは皮算用にニヤケ顔で揉み手する。なるほど、彼には『そういう』算段も有る訳だ。
 ひとしきり自分が地方の御用商人になった妄想に浸ったのち、分厚いまぶたの下の目が唐突に刃物の様に鋭い光を帯びる。
「で、若頭、素人のボンにのされた気分はどや?トレーニング不足でも痛感したか?」
「素人じゃありませんよ、ありゃ。何か色々やってますね。うちの斬り込み隊を任せたいくらいです」
「ほうか…この国の若いもんは争わない事が何より正しいとかいう、ふざけた教育を受けとると聞いとったさかい、
 簡単にケツの毛まで毟り取れるかと思とったが…ま、ええわ、どうせやる事ぁどの星でも同じや。
 若頭、『地上げ獣』の出番やで。GBCの報道デスクにも、いつも通り連絡、忘れるなや」
 夜の闇に悪徳の華が咲く。その華の養分は、飛び切り強い意志である。
 華に罪は無く、ただ強すぎる香りは人を引き寄せ、あるいは惑わせる。
 あの少女がどうなったのかは定かでない。
 ただ後年、ある星間外資系企業の創業者の姉は、さる地方の公爵夫人であったと、その社史が伝えている。

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