赤と青。
荒漠の地と空虚の天。決して混じらぬ水と油のように、世界の果てになだらかな地平線を引いている。
かんかんに赤熱して罅割れた地表は、卜占の亀甲を思わせる。疎らに立つ黒い木はどれも干乾びて、花を手向
ける者の絶えて久しい集団墓地のようだった。
蒼穹の色は凄絶なまでに強く、見渡しても一点の曇りもない。もっともそれを快晴と有り難がるには、雨季と
乾季で二分されるこの地帯の気候は、そう変わり映えしないものではある。
視界の下方は赤く、上方は青い。ニ色のコントラストには造り物のようなある種の美しさがあったが、数分も
眺めれば光景の単純さに嫌気が差す。
「……熱いな」
寂莫たる平原にぽつんと立ち尽くす男は、気晴らしにがちりと歯を打ち鳴らした。気温も暑いが、今は陽射し
が熱いのだ。
「沙漠の真ん中、か?」
棒のような長身に研究者らしい白衣を靡かせ、金属の遮光器で目許を隠した男だった。
当てにならない地図と狂ったコンパスを手にし、息を吐く。他に持ち物はない。水筒や食糧を肌身離さず持っ
ておけばよかったと後悔する。
髪をばさばさと手で掻いて風を通す。焼け石に水だが、気休めにはなった。
姓は天農(あまの)、名は不明。ただし自ら編み出した拳法の流派から“延加拳の天農”と呼ばれることは、
しばしば。
魔界より現れて人類を襲う難敵“魔族”に対抗するための人型兵器(HW)の開発を手掛ける狂博士だ。
今は研究を面倒臭がり、“弟子”の武者修行に付き合って世界を巡っているのだが、彼とも戦いのどさくさで
逸れてしまった。
「あの歳で迷子になるとはな」
天農はにやにやと嗤った。彼に言わせれば、迷ったのはあくまで弟子の方であって自分ではない。
通信も幾度か試したが、どうにも利かない。天農の遮光器にはその機能が備わっていたが、今のこの場では役
に立たなかった。
その理由は火を見るより明らかだ。
天農はうんざりと空を仰ぐ。
夜更けの外灯でもあるまいに、太陽にじゃれつくように飛ぶ“蛾”が一匹。
遮光器が弾き出した前翅長は5メートル。世界最大の夜行性鱗翅類であるヨナグニサンは14センチメートル
だから、その35倍近くになるか。もちろん地上の昆虫などでは有り得ない。
魔族。
獣禽鱗甲の四大属のうちの甲属。人類に敵対する魔界の住人がその正体。
恐ろしく巨きな翅でしきりに羽ばたき、空気を震わせる。黒褐色の地に、派手な黄を発色する目玉模様。
広く発達した櫛歯状の触覚は、脈を残して食い荒らされた葉に似ていた。
巨人族の寝袋とでも喩えるべき、でっぷりとした腹。強度に優れたエーテル光繊維の鎧は、あるいは硬い甲殻
などよりも攻略には難儀するかもしれない。また体重が軽量で、飛翔も緩やかなために、衝撃のエネルギーをも
柳に風と受け流すことができよう。
四枚羽の表層から剥がれ落ち、砂嵐のように風に舞うのは、燐光を纏った鱗粉。それは電波やエーテル波を乱
反射させる性質を持つらしい。
ゆえにこの一帯では、遠隔の連絡手段のほぼ全てが封殺されるのだ。
荒漠の地と空虚の天。決して混じらぬ水と油のように、世界の果てになだらかな地平線を引いている。
かんかんに赤熱して罅割れた地表は、卜占の亀甲を思わせる。疎らに立つ黒い木はどれも干乾びて、花を手向
ける者の絶えて久しい集団墓地のようだった。
蒼穹の色は凄絶なまでに強く、見渡しても一点の曇りもない。もっともそれを快晴と有り難がるには、雨季と
乾季で二分されるこの地帯の気候は、そう変わり映えしないものではある。
視界の下方は赤く、上方は青い。ニ色のコントラストには造り物のようなある種の美しさがあったが、数分も
眺めれば光景の単純さに嫌気が差す。
「……熱いな」
寂莫たる平原にぽつんと立ち尽くす男は、気晴らしにがちりと歯を打ち鳴らした。気温も暑いが、今は陽射し
が熱いのだ。
「沙漠の真ん中、か?」
棒のような長身に研究者らしい白衣を靡かせ、金属の遮光器で目許を隠した男だった。
当てにならない地図と狂ったコンパスを手にし、息を吐く。他に持ち物はない。水筒や食糧を肌身離さず持っ
ておけばよかったと後悔する。
髪をばさばさと手で掻いて風を通す。焼け石に水だが、気休めにはなった。
姓は天農(あまの)、名は不明。ただし自ら編み出した拳法の流派から“延加拳の天農”と呼ばれることは、
しばしば。
魔界より現れて人類を襲う難敵“魔族”に対抗するための人型兵器(HW)の開発を手掛ける狂博士だ。
今は研究を面倒臭がり、“弟子”の武者修行に付き合って世界を巡っているのだが、彼とも戦いのどさくさで
逸れてしまった。
「あの歳で迷子になるとはな」
天農はにやにやと嗤った。彼に言わせれば、迷ったのはあくまで弟子の方であって自分ではない。
通信も幾度か試したが、どうにも利かない。天農の遮光器にはその機能が備わっていたが、今のこの場では役
に立たなかった。
その理由は火を見るより明らかだ。
天農はうんざりと空を仰ぐ。
夜更けの外灯でもあるまいに、太陽にじゃれつくように飛ぶ“蛾”が一匹。
遮光器が弾き出した前翅長は5メートル。世界最大の夜行性鱗翅類であるヨナグニサンは14センチメートル
だから、その35倍近くになるか。もちろん地上の昆虫などでは有り得ない。
魔族。
獣禽鱗甲の四大属のうちの甲属。人類に敵対する魔界の住人がその正体。
恐ろしく巨きな翅でしきりに羽ばたき、空気を震わせる。黒褐色の地に、派手な黄を発色する目玉模様。
広く発達した櫛歯状の触覚は、脈を残して食い荒らされた葉に似ていた。
巨人族の寝袋とでも喩えるべき、でっぷりとした腹。強度に優れたエーテル光繊維の鎧は、あるいは硬い甲殻
などよりも攻略には難儀するかもしれない。また体重が軽量で、飛翔も緩やかなために、衝撃のエネルギーをも
柳に風と受け流すことができよう。
四枚羽の表層から剥がれ落ち、砂嵐のように風に舞うのは、燐光を纏った鱗粉。それは電波やエーテル波を乱
反射させる性質を持つらしい。
ゆえにこの一帯では、遠隔の連絡手段のほぼ全てが封殺されるのだ。
「あのタイプが攪乱に精を出しているということは、まだ他にも魔族が潜んでいる可能性が高いな。どうにか、
合流まで生き延びたいものだ」
下手を打てばそこが死地に早変わりするというのに、口の端を吊り上げてみせる。
天農が差し当たっての方針を決めようと、遮光器越しに薄汚れた地図へと目を落とした時だった。
「ショウイチ~! どこ~?」
少年の声がした。
見やれば、朱に染まった沙漠をのろのろと移動する緑色の重機。長らく葉緑素の色を目にしていなかったから
か、天農は草叢が歩いているのかと思った。しかし当然そんなはずもなく、それは塗装にすぎない。
「というより、目がちかちかするな」
天農は遮光器の下で目をしばたたかせた。
赤と緑は補色の関係に近く、互いに強調し合う。凝視していたくはない組み合わせだった。
不整地を走破するために、車輪に履板の環を嵌めたキャタピラ式の自動重車輌だ。洗練されているとは言い難
いが、男らしい武骨なフォルムだった
重機といったが、天農はそれを農業用クローラートラクターと見抜いた。ただしこれほど大型のものは未だか
つて見たことがない。
「この不毛の大地に、トラクターとは」
沙漠の緑化は至難の業だが、天農としては絵空事だとは思っていない。灌漑の工夫や高吸水性高分子などの新
技術に寄せられる期待の声にも覚えはある。
それでもこのようなトラクターがただっぴろい荒野に一台というのはどうにも解せなかった。それとも意外に
人里が近いのだろうか。
いぶかしみながら、天農は白衣を翻して近づいていく。地面の熱が靴裏に染みるのが厭になる。
「ショウイチ~? って、わわ……っ!」
声の主は操縦者だろうか。歩み寄る天農に気づいたものらしく、そちらも戸惑ったように数メートルの距離を
置いて停止した。
奇妙な沈黙。
(しかし見れば見るほど)
天農は興味深げに筋肉質の腕を組んだ。
「怪しい車だな……」
(怪しい人だな……)
“トラクターの運転手”が自分の風体を見てどのような感想を抱いたか、遮光器の狂博士には知る由もない。
ともあれ。
延加拳の天農と、自動人形タウエルン。灼熱の大地を踏み締め、彼らはこうして出逢ったのだった。
合流まで生き延びたいものだ」
下手を打てばそこが死地に早変わりするというのに、口の端を吊り上げてみせる。
天農が差し当たっての方針を決めようと、遮光器越しに薄汚れた地図へと目を落とした時だった。
「ショウイチ~! どこ~?」
少年の声がした。
見やれば、朱に染まった沙漠をのろのろと移動する緑色の重機。長らく葉緑素の色を目にしていなかったから
か、天農は草叢が歩いているのかと思った。しかし当然そんなはずもなく、それは塗装にすぎない。
「というより、目がちかちかするな」
天農は遮光器の下で目をしばたたかせた。
赤と緑は補色の関係に近く、互いに強調し合う。凝視していたくはない組み合わせだった。
不整地を走破するために、車輪に履板の環を嵌めたキャタピラ式の自動重車輌だ。洗練されているとは言い難
いが、男らしい武骨なフォルムだった
重機といったが、天農はそれを農業用クローラートラクターと見抜いた。ただしこれほど大型のものは未だか
つて見たことがない。
「この不毛の大地に、トラクターとは」
沙漠の緑化は至難の業だが、天農としては絵空事だとは思っていない。灌漑の工夫や高吸水性高分子などの新
技術に寄せられる期待の声にも覚えはある。
それでもこのようなトラクターがただっぴろい荒野に一台というのはどうにも解せなかった。それとも意外に
人里が近いのだろうか。
いぶかしみながら、天農は白衣を翻して近づいていく。地面の熱が靴裏に染みるのが厭になる。
「ショウイチ~? って、わわ……っ!」
声の主は操縦者だろうか。歩み寄る天農に気づいたものらしく、そちらも戸惑ったように数メートルの距離を
置いて停止した。
奇妙な沈黙。
(しかし見れば見るほど)
天農は興味深げに筋肉質の腕を組んだ。
「怪しい車だな……」
(怪しい人だな……)
“トラクターの運転手”が自分の風体を見てどのような感想を抱いたか、遮光器の狂博士には知る由もない。
ともあれ。
延加拳の天農と、自動人形タウエルン。灼熱の大地を踏み締め、彼らはこうして出逢ったのだった。
Tueun◆n41r8f8dTs vs.瞬転のスプリガン◆46YdzwwxxU SS
『Red,Blue&Green』
つづく
↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
| + | ... |