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飛鳥時代
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- 6世紀の終わり頃から8世紀初頭
- 都は飛鳥
- 531 欽明天皇即位
- 538 仏教伝来
- 538年説
- 552年説
古代国家の創始 (聖徳太子と蘇我氏の新しい国作り)
- 587 蘇我馬子、物部守屋を倒す
- 592 推古天皇即位
- 593 聖徳太子摂政となる
- 593 四天王寺(大阪府)建立
- 603 冠位十二階 氏姓制度を改め、新しい登用制度を策定
- 604 十七条憲法の制定 (役人が守るためのもの)
一に曰く 和を以って貴しとなし
二に曰く 篤く三宝を敬え
三に曰く 詔を承りては必ず謹め
- 607 小野妹子を遣隋使(遣唐使)として隋に使わす
『その国書に曰く、「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや云々」と。帝、之を覧て悦ばず、鴻臚卿に謂ひて曰く、「蛮夷の書、無礼なる者有らば、復た以て聞する勿れ」と。明年、上・・・裴清を遣はして倭国に使せしむ。』(原文は漢文)
大化の改新 天皇を中心とした全国支配である律令政治
- 645 乙巳の変(いっしのへん)
- 天皇の子、中大兄皇子が、中臣鎌足と組んで、政界の実力者だった蘇我蝦夷、入鹿親子を倒した
- 645 大化の改新 孝徳天皇が即位し、唐を手本にした中央集権的な国家を作るための政策を打ち出す
- 改新の詔
- 公地公民
- 班田収授法
- 国民に口分田が与えられた
- 中国の均田制を模したものだが、中国では畠地も対象になったのに対し、日本では水田だけが割り当てられ、米のみが租として徴収された
- 租庸調制
- 国郡里制
- 改新の詔
- 663 白村江の戦い
- 百済の再興を目指し朝鮮半島に出兵し、唐と新羅の連合軍と戦う
- 670 庚午年籍 全国的な戸籍の始まり
律令国家の開始
- 672 壬申の乱
- 天智天皇の弟の大海人皇子(天武天皇)と、息子の大友皇子(弘文天皇)が天皇位を争う戦い
- 大海人皇子が勝利し、即位
- 飛鳥浄御原(奈良県)に政治の中心をおく
- 675 いわゆる肉食禁止令
- 農耕期間の食肉禁止。ただし鹿、猪は含まれない
- 米の生産のために肉食を排除
4月から9月の間、牛・馬・犬・猿・鶏の宍を食うことなかれ
『日本書紀』
- 681 浄御原律令の編纂を開始
- 689 持統天皇 施行
- 完成したのは「令」のみ
- 701 刑部皇子(おさかべのみこ)、藤原不比等らが「律」を整え、大宝律令として完成
- 国家統治のグローバルスタンダードを獲得
- 710 平城京に遷都
飛鳥文化
- 仏教中心の文化
- 国際職の強い文化