spumoni @ ウィキ
食文化
最終更新:
spumoni
-
view
米文化・小麦文化
米文化
- 高温多湿
- 粒食
- 魚・魚醬
- 韓国のジョッカル、秋田のショッツル、能登半島のイシル(イシリ)、八丈島のクサヤ、シオカラ類
- 豚
- 日本では欠落
- 穀醬
- 東アジアには魚の代わりに大豆を用いた穀醬が発達
日本では、味噌、醤油に米麹を使用。米から作る酒、味醂、酢など重用。和菓子にも米を使用するなど、日本人の味覚に米は重要な役割を果たしている。
小麦文化
- 寒冷乾燥
- 粉食
- 乳製品・乳発酵(牛・羊)
- 中央アジアの遊牧文化の影響
飛鳥・奈良・平安時代
609 小野妹子帰朝
随との交流のなかで、箸文化が日本に渡ってきた
米を重視し、豪族へ集中させるため、一度に少量の米しか口に運べない箸に注目
米を重視し、豪族へ集中させるため、一度に少量の米しか口に運べない箸に注目
675年4月17日、天武天皇の詔。
詔諸国曰 自今以後 制諸漁猟者 莫造檻穽 及施機槍等之類
亦四月朔以後 九月卅日以前 莫置比弥沙伎理 梁
且莫食牛馬犬猿鶏之宍 以外不在禁例 若有犯者罪之
『今後、漁猟する者は檻や穽(落し穴)、機械仕掛けの槍等を造ってはならない。また、4月1日から9月30日までの間は、目の細かい梁(やな)を仕掛けてはならない。かつ、牛・馬・犬・猿・鶏の宍(しし)を食ってはならない。これ以外は禁止ではない。もしこれを犯す者が有れば罰する。』
- 他の仏教国では、肉食・飲酒の禁止は僧のみ。
- 日本は、仏教信者以外にも、天皇や将軍の命令で肉食の禁止が強制されたが、飲酒は禁止されていない。
- 親鸞など、僧侶の書き残したものには、在家の信者が酒や肉を食すのはしかたのないことだと記されている。
- 農耕期の肉食を禁じている。これは、以下の2点を意味するのか
- 農耕に役立つ牛・馬を、食べ物がないからといって農耕期間中に殺害すると、その年の米の収穫量が減ってしまう
- 米の豊作を祈願するために、殺生をしない(穢れ)
- この頃、一番ポピュラーだった肉のシカ、イノシシは禁止されていない。
- 「犬は夜吠えて番犬の役に立ち,鶏は暁を告げて人々を起こし,牛は田畑を耕すのに疲れ,馬は人を乗せて旅や戦いに働き,猿は人に類似しているので食べてはならない」という『涅槃経』の教えによったものか?
- 飛鳥・奈良時代に「涅槃経」がそんなに重視されていたっけ?
- 中国の「荀子」では、6畜として「牛・馬・羊・豚・犬・鶏」を挙げている
- 犬・猿・鶏が禁止されたのは、神の使いとして考えられていたからじゃない? 「日本書紀」
- 米・酒・餅は、神に捧げるものであり、酒を禁止することはできなかった?
- いずれも、この時代は、いつでも誰でも口にできるものではなかった
- 仏教が日本に広まる前であり、肉食禁止は、仏教的な理由より、神道的理由ではないか。
- 在家の信者が守るべき基本的な五つの戒 (戒律)
- 不殺生戒…いかなる生き物も、故意に殺傷しない。
- 不偸盗戒…与えられていない物を、故意に我が物としない。
- 不邪淫戒…不適切な性関係を結ばない。不倫・売買春しない。
- 不妄語戒…偽りの言葉を語らない。
- 不飲酒戒…アルコール類を飲まない。
745年4月、聖武天皇の詔(東大寺大仏造立を発願し3年の期限付き)
禁断三年之内天下殺一切完 (完は宍のこと)
752年1月、大仏開眼直前の禁令(1年の期限付き)
禁断始従正月三日迄于十二月晦日天下殺生
- やがて、肉食、狩猟の禁止期間が長くなってくるが、これは、以下の意味合いを含んでくる
- 殺生を行わないことが天皇や将軍の寿命を延ばす呪術的効果
- これは、仏教が密教的な様相を濃くしてきたことが原因
1649 慶安の御触書
- 農民の飲酒を禁止