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ワンセット・テニス・デスマッチ

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ポン、ポン、と二回。
テニスボールを丁寧に地面へと弾ませる。
真田弦一郎は今、テニスを行なっていた。

「……ふぅ」

身体中の筋肉をほぐすように、深い息を吐く。
口内からは水分が引いており、喉に痛みを感じる。
普段の鋭い眼光は鳴りを潜め、戸惑いの色だけが浮かんでいる。
それでも普段と変わらぬ様子を装いながら、わずかにスピードを抑えたサーブを放つ。

「……ッ!?」

だが、そのサーブは相手コートに突き刺さる前にネットへぶつかってしまう。
真田らしからぬサーブの失敗。
真田は帽子を目深に被り、珍しく苛立ちを顕にしていた。

『0-15』

すでに二度目のサーブミス。
コントロール重視のセカンドサーブですらミスを犯してしまうほどに真田の心中は動揺していた。

「真田、落ち着け!
 ただのテニスだ! 今はテニスにだけ集中しろ!」

事の発端はちょうど十五分前に遡る。


   ◆   ◆   ◆


真田弦一郎はあまりにも突飛な現状で乱れた心を落ち着けるように、帽子のツバを触る。
真田が不可思議なテレポート技術によって飛ばされた先は、テニス場の中に備え付けられたクラブハウスだった。

「テニス場か」

真田はテレポートによって移動させられたクラブハウスから脚を踏み出し、外を見渡す。
広大な土地に幾つものテニスコートが敷き詰められており、中には室内テニスコート場も存在していた。
真田の胸中にどこか不思議な気持ちが湧き上がる。
懐かしさによく似ているが、懐かしさを感じるほど真田はテニスから離れていたわけではない。
むしろ、1年365日の毎日をテニス場で過ごしていると言っても過言ではない。
だから、これは懐かしさではない。
『殺し合いをしろ』という異常な事態から、『テニス場』という日常へと移ったことによる安堵が近いだろう。

「むっ……!」

真田はその広大なテニス場の中から一人の男の姿を見つけた。
クラブハウスのちょうど向かい側のテニスコート。
そこに、遠目からでも巨体とわかる男が居たのだ。
その男は赤みがかった髪と青みがかった肌を持っていた。
真田は瞬時に動けるように腰を落として身構える。

「おいおい、そう身構えるなよ」

男もまた、真田を目視したのだろう。
距離は離れているが、テニス場はよく開いた場所のため遠くまで見渡せるのだ。
黒いコートと黒い帽子を身に纏った大柄な身体を、テニスコートの側に備え付けられているベンチにゆだねている。

「俺はフォンドヴォーだ」

真田が言葉に迷っているうちに、よく通る低い声で男はフォンドヴォーという自らの名前を口にした。


真田もそれに応えるように名前を強く言い放った。
そして、その鋭い視線をフォンドヴォーに向けながらゆっくりとフォンドヴォーの居るコートへと近づいていく。
鋭い視線、と言っても、真田はフォンドヴォーに敵意を向けているわけではない。
この張り詰めた雰囲気こそが真田自身の素の状態だ。
自他関係なく厳粛さを求める真田の刀のように鋭い精神が、どうしてもその挙動に現れてしまうのだ。

「ハハッ! どうやら、お互いに冗談みたいなことに巻き込まれたようだな」

フォンドヴォーは大きな、しかし、下品な印象を与えない笑い声を上げた。
仏頂面の真田を和ませようとしたのか、元々陽気な性格なのか。
おそらくは前者であろうと真田は当たりをつける。
目の前の男から、心身ともに成熟した人間の持つ懐の深さを感じたからだ。

「先に断っておくが、俺は殺し合いには乗っていない。
 お前はどうなんだ?」
「俺も殺し合いに乗るつもりはない。
 ……あまりにも突飛すぎて、その、現実味を湧かんのだ。
 正直なところ、『殺し合いに乗らない』と言うよりも『何がなんだかわからない』と言ったほうが正しいな」

傍目からは冷静に見える真田だが、実は彼の頭は混乱していた。
それでも取り乱さずにいられるのは、平時から鍛えられていた精神のおかげであろう。

「殺し合いに乗っていないと返してくるのはわかっていたよ。
 殺気というか力みがないからな。
 そういった『雰囲気』を綺麗に隠せるほどの達人だというのならお手上げだが。
 ま、ひとまず友好的に行こうじゃないか」

フォンドヴォーはそう言うが、真田はフォンドヴォーに隙がないことに気づいていた。
しかし、それは真田もまた隙のない動きでフォンドヴォーへと近づいているからお互い様と言える。
あくまでお互いに殺し合いに乗っていない相手ならば友好的に接しようとしているだけだ。
目の前の相手が殺し合いに乗っていないという確信が得られない以上、気が抜けないのは当然と言える。

「ほう、思っていたよりも若いな」

近づいてきた真田の顔をはっきりと見た時、フォンドヴォーは驚きの声をあげる。
確かに真田の口調は非常に大人びている。
身体の成長も早いため、遠目では成人男性に思えるのも仕方のないことだ。
真田も慣れているために特別な反応は示さない。

「今年で15だ……貴方は?」

真田は敬語を使う。
目の前の男が年上であることは分かる。
厳粛な真田は礼節というものを弁えているのだから。

「声の張りや歩き方、あとは雰囲気から立派な大人かと思ったぜ……ふっ、いい目じゃないか。
 俺は、まあ、子供じゃないとだけ言っておこうか」

フォンドヴォーはどこか優しい目をしながら、真田へと手を伸ばす。
友好の握手を求めているのだろう。
真田はその握手に応えようと、フォンドヴォーの居るコートへと足を踏み入れ――――。


『テニスコート上に二人の生存者を確認しました』


その瞬間、高らかに電子音声が朝空の下に響き渡ったのだ!

「機械音……そこだ!」
「ッ――――『赤き閃光』! ハッ!」

真田は優れた五感で電子音声の発生場所を突き止める。
そして、フォンドヴォーは先に武器を用意したために真田よりわずかに遅れて音の発生源を見つける。
赤き閃光、これはフォンドヴォーが自身の髪を針へと変換させ相手に投擲する技だ。
その針が空中に漂う空気を裂き、テニスコートの端に備えられた小型スピーカーへと飛ぶ。

「むっ!?」
「弾かれた……!?」
『この場において暴力行為は違法です』

だが、赤き閃光はスピーカーを破壊することなく、赤き閃光は見えない壁にぶつかったように弾かれる。
そして、テニスコート脇に備え付けられていた電光掲示板に光が灯った。

『今回はテニスコートを使ったテニス・デスマッチを行います。
 詳細ルールをお選びください。』
「テニスでデスマッチだと……!?
 ふざけるなっ、テニスはプロレスではないぞ!」

機械音声の言葉に応えるように、電光掲示板に文字が浮かび始めた。
そこにはいくつかの文章が並んでいる。
フォンドヴォーはその文章を流し読みし、真田へと向き直る。

「……真田、君が選ぶんだ」
「いいのか?」
「今は従うしかない……生命を握られている以上は仕方のない事だ。
 それに、君はテニスに詳しいんじゃないか?
 ならば、君が決めてくれ。俺なら思いがけない爆弾を引いてしまうかもしれない」

フォンドヴォーは先程の真田の激昂から、真田がテニスに詳しいことを察した。
ならば、ここは真田に任せておこうと考えたのだ。

「………」

真田は電光掲示板に書かれた文字を目で追っていく。
そして、そこに書かれた文章に驚愕する。

(『大乱闘スマッシュ・テニス・ブラザーズ』……『有刺鉄線&ピラニア泉&釘ラケット・テニス・デスマッチ』……!?
 なんだこれは、本当にプロレスではないか!)

真田の心に苛立ちが募る。
電光掲示板に書かれた名前は、あからさまな『暴力』を前面に押し出している名前だった。
これは真田の知るテニスではないし、テニスと呼んではいけないものだ。

「……『ワンセット・テニス・デスマッチ』だ」
『了承しました』

流されるままに、その中で最も真田の知る『テニス』を連想させるものを選ぶ。
そして、どこからかボールとラケットが現れる。
真田とフォンドヴォーはラケットを一本ずつ手に取った。
本当にこれからテニスをするのか、という疑問が真田の胸に湧き上がる。
だが、そんな疑問も次に聞こえてきた電子音声によって吹き飛ばされた。

『ワンセット・テニス・デスマッチ。
 ワンセットマッチで敗北した者は最初に死亡したテリーマンと同じ状態――――つまり、首を切り取ります。
 また、首を切り落としても死なない参加者に限り、別途の方法が取られます。
 なお、決着がつくまでにこのテニスコートから離れた場合、もしくはあからさまな遅延行為が見受けられた場合も同様です』

テニスという日常は、すでに悪夢に侵されていた。


   ◆   ◆   ◆


ワンセット・テニス・デスマッチ。
その名の通り、ワンセット先取で生命を奪い合う狂気のゲームである。
この透明の檻は死という鍵を使わなければ開かれることがない。
そして、この場に置いてはテニスこそがその死を相手に与えることができる。
もっとも、他にもテニスの基本ルールに特殊なルールを加えた『変則・テニス・デスマッチ』もあるが。
だが、真田とフォンドヴォーが行うのはワンセット・テニス・デスマッチだ。
この勝負は死という罰ゲームが存在するだけで、通常のテニスとなんら変わりはない。
ならば、テニスという決闘方法においては一日の長がある真田有利。
そのはずだった。

『ゲーム、フォンドヴォー。ファーストゲーム』

電子音声がテニスコート上に響き渡る。
真田が横目で電光掲示板を見ると、そこには無慈悲に『0-1』の文字が浮かび上がっていた。
結局、真田の動きは精細に欠き、1ポイントも奪えないままサーブ権を得ていた1ゲーム目を落としたのだ。

「……」

相手プレイヤーであるフォンドヴォーはそんな真田を無言で見つめていた。
180cmの真田よりもさらに長身のその身体からは静寂のプレッシャーが襲いかかってくる。

「フンッ!」

フォンドヴォーの強く噛み締めた口から気合の声がこぼれ出す。
動きこそぎこちないが、パワフルなフォームによってボールが強くたたきつけられる。
動揺によって精彩を欠いていた真田のサーブと違い、そのサーブは見事に相手のコートへとバウンドする。

「なっ……!?」

だが、その鋭いサーブは真田の正面へと向かってきていた。
時速180kmに迫るサーブが真田の顔面を襲う!
真田は反射的にラケットを眼前に構えようとする。

(――――動か、なっ!?)

が、その腕がピクリとも動かない。
打ち返すことも避ける事もできない真田へと迫りくる!
「ぐっ!?」

真田の額にボールが重い音を立ててぶつかる!
真田のトレードマークとも言える黒い帽子が吹き飛び、同時に身体も後方へと勢い良く倒れこんだ。

「『シャドウブレイク』……これでお前はその身体を動かすことはできない」

フォンドヴォーの声の調子が変わる。
真田はフォンドヴォーを注視するが、その目深にかぶった帽子に邪魔されてフォンドヴォーの表情を見ることができない。
だが、フォンドヴォーは変わり、その事実を真田は今になってようやく気づいた。
そして、自身の影に『赤き閃光』と同じフォンドヴォーの針のように固まった髪が縫い付けられていることにも。

「わかるか、俺はお前を自由に嬲れるんだ……!」

フォンドヴォーはそこまで言うと、ようやく顔を上げた。

「俺はお前を殺すことになんの躊躇いもないぞッ!
 俺はなぁ……!」

その帽子に隠された顔にはニヤついた笑みが貼り付けられている!
下衆で邪悪な、人間の負の部分を剥き出しにしたかのような笑みだ!

「この殺し合いに乗るつもりだったんだからなッ!」
「なっ……!?」

胸を張りながらフォンドヴォーは言い切る。
真田はただ間の抜けた声を出すことしか出来ない。

「お前が油断したところをいたぶるように殺してやるつもりだったが……こうなっては方針変更だ」

フォンドヴォーの『シャドウブレイク』によって真田は倒れこんだ身体を起こす事ができない。
ただ、フォンドヴォーが口にする絶望の言葉を聞くことしか出来ないのだ。

「それだけじゃあない!
 ………………俺はここに連れて来られる前もいっぱい人を殺してきたぞ!」

フォンドヴォーはなにか考えこむように一瞬だけ黙り込む。
しかし、それも一瞬。
やはり、卑劣そのものと言った笑みを浮かべながら言い放つ。
自身は殺人鬼であると。
殺人に躊躇うような人間ではないと。
善人などではないと!

「ふっ……このままお前をボールでなぶり殺しにしてもいい……」

フォンドヴォーは、半ば芝居がかったような大仰な身振りをしながら言い放った。
そして、真田の影に突き刺さっていた自身の髪を赤き閃光によって跳ね除ける。
そこでようやく真田の身体が真田自身の意思によって動くようになった。

「だが、そうはしない! このままではつまらないからなぁ!
 お前の得意とするテニスで完勝する……そして、絶望とともに散るがいいッ!」

真田は自らの身体が自由になったことに気づくと、拳を握り締めた。
震えた拳は怯えからか、卑劣な言動へと変わったフォンドヴォーへの怒りからか。
答えはノーだ。
真田は握りしめた拳を振りかぶり――――。


「たるんどる!」


自らの頬を打った!

「軟弱な思考だ……そもそもとして、なぜ俺は無様な姿を晒していることを恥じていなかったのだ!」

自らを痛めつける際、人間が本能的にかけてしまう加減が一切ない本物の拳。
事実、口内が切れたのか唇から血が流れている。
血を吐き出し、同時にその心に溜まっていた鬱憤を吐き出すように真田は叫びを上げる。

「王者立海に敗北は許されん……例え、その試合にお互いの命がかかっていようといまいと!
 本当の力を出さずに負けるということは、立海に泥を塗るということだ!」

そのことを、フォンドヴォーの下衆な言動によって気づかされたのだ。
下衆な見苦しい言動……それは自身の怠慢なテニスも同様である。
自らだけでなく対戦相手の死というプレッシャーに押し負けて、真田は実力の十分の一も出せていなかった。
そこに怒りを覚えたのだ。
フォンドヴォーがどのような相手であろうと、無様を晒していたのは真田自身。

真田の無様はすなわち、立海大付属テニス部の無様であるのだ!

「無駄なことを……! このまま俺のストレート勝ちだ!
 得意のテニスでなすすべなく敗北し、絶望の中で死んでいくがいい!」

フォンドヴォーは、やはり素人離れした鋭いサーブを打つ!
今度の殺人サーブではなく、コートの隅へと突き刺さるポイントを取りに来たサーブだった。

「ぬるいわっ!」

だが、その鋭いサーブを真田は簡単にリターンする。
サーブを打ち終えたばかりのフォンドヴォーのオープンコートへと真田が打ち返したボールが走る。

「くっ!」

フォンドヴォーはその俊足を飛ばし、ボールをボールを拾う。
そして、すぐさまに体勢を立て直した。
今度も反対側の空いたスペースへとボールが来るとフォンドヴォーは読んだ。
地面すれすれの、四つん這いになった獣のような体勢でオープンコートへと走りだそうとする。
その瞬間だ。

「風林火陰山雷――――疾きこと『風』の如く」

シュン、という風切り音が耳に響く。
ワンバウンドしたテニスボールがフォンドヴォーの縦長の黒い帽子が吹き飛ばした。
バンカーであるフォンドヴォーでも、不意を突かれたということも大きいが、認識できないスピードボール。
これこそが変幻自在の真田のテニススタイルの一つ、風林火陰山雷の『風』なのだ。

「どうした、フォンドヴォーよ」
『15-15』
「ストレートで勝つのではなかったか?」
「…………ふっ」

フォンドヴォーはその真田の言葉に、まるで覚悟を決めたように、ニヒルな笑みを浮かべた。


   ◆   ◆   ◆


2ゲーム目を真田が取り、1-1で迎えた3ゲーム目。
真田はファーストサーブを打つ。
1ゲーム目のようにネットに当たることなく、鋭いサーブがフォンドヴォーのコートへと叩き込まれた。

「フンッ!」

今の真田は、景品にされてしまった『生命』を見ているのではなく、目の前の『テニス』だけを見ている。
これこそが中学テニス界でトップクラスの実力を持つ皇帝・真田弦一郎の本物の『テニス』だ。
フォンドヴォーは確かに恵まれた肉体を持った大人ではあるが、そんなものは関係ない。
今の真田はフォンドヴォーがかつて対峙した強者と同等かそれ以上の迫力に溢れていた。

「いい目をするじゃないか……」

フォンドヴォーは自身にだけ聞こえる声でそうつぶやき、そのサーブを打ち返す。
その巨躯に相応しいパワフルなテニスである。
そこから放たれるボールは、真田の予想よりもわずかに速いボール!

「くっ!」

パワーの乗ったボールを難しいコースに返され、真田は『風』を使うことができない。
それでも力強いボールを打ち返した。
そして、次のボールに対応しようと体勢を直した瞬間だった。

――――フォンドヴォーのラケットが消えた。

そして、ラケットが消えたと真田が認識すると同時に後方へとボールが転がっていく。

「テニス式・赤き閃光――――と言ったところか」

フォンドヴォーは笑みを浮かべながら、真田を睨みつける。
真田の背中に冷たい汗が流れる。
無我の境地ならば対処法は思いついた。
だが、これがフォンドヴォーが初見の『風』を見様見真似で返したというのならば。
目の前の男は規格外の超人ということになる。

(無我の境地……いや、それにしてはスイングフォームの残身が拙い……
 ならば、自身のセンスだけで『風』を真似てみせたというのか!)

真田はフォンドヴォーの睨みを真っ向から受け止め、再びサーブを打った。
その姿に1ゲーム目のような動揺はない!

「だが、貴様が天才と呼ばれる類のテニスプレイヤーであろうとも――――王者に負けはない!」


――――結果、フォンドヴォーのセンスを跳ね返して3ゲーム目は真田がキープする。

――――現在3ゲーム目を終え、真田:2-1:フォンドヴォー


   ◆   ◆   ◆


『4-4』

真田のサーブ権となる9ゲーム目。
1ゲーム目と2ゲーム目以降、お互いが一歩も譲らずに均衡状態が続いていた。
真田に疲労の色が見え始めるが、フォンドヴォーはその限りではない。
フォンドヴォーはバンカーと呼ばれる、一種の超人である。
彼らは世界中のありとあらゆる場所をめぐり、金貨と呼ばれる不思議なコインを集める。
その旅は危険がつきものであるため、バンカーとは優れた人間しかなれない。

真田は優れたテニスプレイヤーである。
だが、フォンドヴォーもまた優れたバンカーだ。
真田も決して身体能力に恵まれていないわけではないが、それでもバンカーが相手では分が悪い。
フォンドヴォーの身体能力はは真田の身体能力を大きく上回っているのだ。

「ふふ、疲れが見えてきたか」
「ふん……これもまたテニスだ」

その言葉とともに真田はサーブを打つ。

「風林火陰山雷――――侵し掠めること『火』の如く!」
「むっ……!」

フォンドヴォーは途端に真田のプレッシャーが増すのを感じ取った。
だが、その正体をつかめないままにフォンドヴォーは真田のサーブを返す。

「スタミナの差が歴然ならば、スタミナの差が出る前に勝負を決めるだけだっ!」

真田は今までの冷静なプレイスタイルを変え、前へと走りだす。
そして全身の力を込めてボールを打ち返した。

「まさか……スタイルを変えたのか!?」
「これが全てを焼き尽くす『火』だ!」

風林火陰山雷の一つ、『火』の荒々しいテニススタイルにフォンドヴォーは対応が遅れる。
風は素早さが目立ったが、同時に静けさのようなものも存在していた。
相手の隙を的確についてくる冷静さが存在していたのだ。

「その年で複数の戦闘スタイルを身につけているのか……!」

この瞬間、フォンドヴォーが笑みを浮かべたことを、真田は気づかなかった。


   ◆   ◆   ◆


『5-4』

真田のリードで迎えた10ゲーム目。
このフォンドヴォーにサーブ権のあるこのゲームを破れば、真田の勝利。
そしてそれは、フォンドヴォーの死を意味する。

「……っ!」

ここに来て、再びその事実を正面から受け止めることになった真田。
フォンドヴォーの言葉から、フォンドヴォーは悪人であるということは真田にもわかっている。
だが、それでもやはり現代日本に生きる真田にとって『殺人』という事象はあまりにも重かった。

「どうした、真田ッ! 俺に殺される気にでもなったか!」

フォンドヴォーはサーブを打たず、挑発するように真田へと言葉を投げかける。
真田は鋭く睨み返すも、無言のままだった。

「ふん、ここまで来てまだ決心がつかないとは軟弱なやつだ!
 どうせ、貴様の仲間もそうなんだろうな!」

無言の真田へとフォンドヴォーは挑発を続ける。
まるで、真田の闘志を煽るように。

「その仲間もお前のような軟弱者ならば、俺が殺してやる!
 どうせ、軟弱な奴は殺し合いという場では生きていけないんだからな!」
「……立海を侮辱するか、フォンドヴォー」

その言葉に真田が反応する。
その瞳の中には、先程まで僅かにあった動揺の色は存在しない。
憤怒の色で塗りつぶされていた。

「立海を侮辱するのならば、貴様を倒す!」
「殺すと言うべきだぞッ、真田!」

フォンドヴォーはクイック気味にサーブを打つ。
虚を突くサーブだが、真田はしっかりと対応する。
真田は腹を括った、フォンドヴォーに勝つと。
その結果、フォンドヴォーを殺すことになろうとその事実を受け止めてみせると。
実際に受け止めることが出来るか、それはわからない。
だが、今この瞬間はテニスに集中しようと真田は確かに決めたのだ!

「風林火陰山雷――――侵し掠めること『火』の如……く?」

『火』を用いた力強いリターン。
だが、真田はここで僅かに違和感を覚える。
その違和感の正体はつかめない。

「くっ……やるじゃないか、真田」
『0-15』

フォンドヴォーはそのボールに追いつけない。
やはりここでも違和感を覚える。
しかし、真田がその違和感の正体を突きとめる前にフォンドヴォーのサーブが打たれる。


   ◆   ◆   ◆


『40-0』

二度、同じことが続いた。
次のポイントを取れば真田の勝利が決定する。
すなわち、フォンドヴォーの死が近づいてきているということだ。

「ちっ……少し、ヤバイな。疲れが出てきたか」
「待て、フォンドヴォー!」
「……なんだ? 命乞いか?」

ここでその『違和感』の正体に気づいた真田が声を上げる。
そして、憤怒の感情はすっかり息を潜め、動揺と疑問がその胸を占めていた。
フォンドヴォーはやはり挑発するように言葉を投げつけるが、真田は意に介さない。


「……貴様、なぜ『手を抜いている』!」


真田の生きてきた年月はわずか15年。
何かを悟るにはあまりにも短い生だが、その短い人生をテニスとともに過ごしてきた。
つまり、真田は人生はわからないがテニスのことならば分かる。
テニスとは相手が存在しなければ成り立たぬスポーツ。
相手の手札を読む、相手の得意なボールを知る、相手の体調をうかがう。
テニスはそういった頭脳勝負としての要素も存在するのだ。

だからこそ、真田はわかってしまった。
フォンドヴォーのサーブが先ほどまでと比べて、明らかに力を失っていることを。
フォンドヴォーの動きが先ほどまでと比べて、明らかにスピードを落としていることを。

「その動きは怪我ではない……自らの意思でブレーキをかけている動きだ!」
「何を言って……」
「たわけっ!」

未だにとぼけようとするフォンドヴォーへと、真田は腹の底から力を絞り出した叫びを上げる。
さすがのフォンドヴォーも、思わず黙りこくった。

「……演技をしていたな?」
「……………………ふぅ」

フォンドヴォーは深い息を吐き、その縦長の黒い帽子を外した。

「観察眼まで鋭いな、お前は」

フォンドヴォーが浮かべていた下品な笑みとは打って変わって、その顔には柔らかな笑みが作られていた。
今までのフォンドヴォーの暴言は殺し合いに動揺している真田を吹っ切れさせるための演技であったのだ。

「なぜこんな真似を!」
「そう、怒るな」

フォンドヴォーはこのワンセット・テニス・デスマッチが始まった瞬間から真田を生かそうと決めていた。
そこで問題になるのはどうやって真田を生かすか、という点だ。
フォンドヴォーが真田のサーブを返さず、自身のサーブを失敗し続ければわざと負けることも出来る。
だが、それでは真田はフォンドヴォーを犠牲にして生き延びてしまったという罪悪感を覚えてしまう。
15歳ならば、その罪悪感に耐えられずに自殺を選ぶ可能性もある。

「犯罪者を殺したと思えば、まだ楽になれると思ったんだがな」

だからこそ、殺人鬼という異常者を演じたのだ。
自らを助けた善人を殺したのではなく、自らを殺しに来た殺人鬼を殺したのならば心境としては幾分か楽だ。
どうせ真田を生かすつもりなのだから、自らの名誉がどうなろうと構わなかった。

「真田……お前のテニス、見事なものだ」
「フォンドヴォー……貴様、いや、貴方はまさか……!?」
「真田、その気持ちを忘れるな。自分のテニスを、誇りを大事に思う気持ちを。
 金貨のように輝く黄金の精神を!」

フォンドヴォーのサーブはネットに直撃する。
まるで、1ゲーム目の真田のように。

「刀のように鋭いお前の心ならば、この殺し合いを打破することができる!
 お前という刀で、この殺し合いを見事斬り裂いてくれ!」
「フォンドヴォー! 貴方はそれでいいのか!?」

真田はただ声を上げることしかできない。
これが真田のサーブゲームならば出来ることはあったかもしれない。
だが、今はフォンドヴォーのサーブゲームだ。
次のセカンドサーブを意識的にミスするだろう。
つまり、フォンドヴォーのダブルフォルト。
フォンドヴォーが命をかけて勝利を手渡してくる姿を、真田は見ていることしかできないのだ。

「俺も、色々と考えたさ。
 俺にも色々と仲間が居るし、夢もある……だが、そのことを考えた上で選んだ答えがこれだ」

ポン、ポン、と二回。
フォンドヴォーはテニスボールを丁寧に地面へと弾ませる。

「やりたいことをやれ、俺はやりたいことをやってきて、なりたいものになろうとしてきた。
 最強のバンカーにはなれなかったが……今俺のやりたいことは、お前を助けることだ!」
 だから、俺はそこそこ満足だ……お前みたいなやつを殺してまで生き延びようって気にはならん」
「待て! こんな、こんな与えられた勝利と命は――――!」

フォンドヴォーは真田の言葉を聞き終えることなく、セカンドサーブを打つ。
乾いた音を立てて、ボールはネットにぶつかった。

「子供を踏み台にするってのは出来ない性質でね」
『ゲームセット、アンドマッチ、ウォンバイ、真田弦一郎!』
「フォンドヴォー!」

電子音声が高々と真田の勝利を告げる中、フォンドヴォーは優しく微笑む。
そして、その微笑みを5秒と維持することなく、周囲一帯に目を潰さんばかりの光が走った。
次の瞬間には、フォンドヴォーの首がテニスコートに転がっていた。
気高きバンカーは、一人のテニスプレイヤーのためにその生命を犠牲にしたのだ。


【フォンドヴォー@コロッケ! 死亡】

【E-2/テニス場/一日目-朝】

【真田弦一郎@新・テニスの王子様】
[参戦時期]:不明
[状態]:疲労(中)
[装備]:テニスラケット
[道具]:基本支給品x1、不明支給品(1~3)
[スタンス]:対主催
[思考]
基本:脱出する。
1:フォンドヴォー……

※フォンドヴォーの死体がどうなるかは後続の書き手に任せます。




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