マシュ・キリエライトは戸惑いを隠せなかった。
ついに聖杯戦争が開始のベルを鳴らし、討伐令なるものが届いた事や。運営の存在が明らかになり。
いよいよ――な状況にも関わらず。
マシュは、拠点として深山町方面に点在するエーデルフェルトの双子館を選んでおり。
彼女のサーヴァント、シールダー・ウィラーフが一先ず拠点の修復を行い。
在る程度の結界の補強も多少添付する事が、今日までの成果である。
即ち、マシュは比較的万全の体勢を整えている部類だ。
しかし。
マシュの目的は聖杯の獲得ではなく、この聖杯戦争―――彼女は特異点と称した事態の解決。
冬木市に導かれているだろうオルガマリー所長と『先輩』の捜索・合流だ。
【マスター?】
困惑気味の主を落ち着かせようとシールダーが声をかけたのに、ハッと我に返ったマシュ。
慌てて「いえ」と呟き、しばしの間を作ってから話し出す。
「色々、私なりに考えていたんです。討伐令に関して」
【そうでしたか】
「私はライダーに接触『しなければならない』。そう考えていました」
シールダーもやや思考を巡らせてから納得した。
【彼らの存在こそ、特異点に関係がある。可能性は十分ありえますね】
「はい……他にも注視するべき点は幾つかあります。報酬の『元の世界への帰還』についてです」
令呪よりも際立った報酬がコレだ。
最悪、マスターはこれを用いれば温かな家族・元あるべき世界に逃避が叶う。
否。だからこそ、マシュは『違和感』を覚える。
「恐らく討伐令の役割として、聖杯戦争へのモチベーション高揚の効果を狙っている筈……
しかし。報酬の内容は非常に『相応しくない』ものです。
聖杯戦争の目的は、奇跡の願望機を獲得する事。聖杯戦争からの離脱を促すのは妙です」
むしろ……マシュは確信めいた事を口にした。
「聖杯戦争から逃れたいマスターが、居るように感じます」
運営ならばマシュを含めた全主従の動向を、最低限監視しているのだろうか。
全て憶測に過ぎないものの。あえて魅了なる報酬を釣り下げただけで、確固たる事実に思える。
更に考察するならば。マシュは口を開く。
「もし、そうであれば運営側はマスター候補を『適当に寄せ集めた』でしょう。
シールダーさんにお話した『先輩』も、魔術とは無縁の一般公募から選出されたマスターです。
魔術師以外でマスター適正を有する可能性は0ではありません」
例外として―――マシュ自身がそれだった。
彼女はマスター適正はあれど、聖杯を渇望した訳でも、現在まで聖杯を求める欲求は皆無である。
何より、彼女は生死を彷徨う最中から『特異点』とされた冬木の聖杯戦争の『マスター』として選出された。
異常だった。
これが『特異点』であればなおさら。
彼女は『本来の冬木市に存在しない』のだから。
残酷な表現で例えるなら――マスターは『誰でも良かった』という事。
【そうして寄せ集めた結果。聖杯戦争に意欲のないマスターが多く選出されてしまった、と】
「あくまで私的な推測に過ぎません」
結局のところ、運営の思想心理を把握したのではない。
彼らと関わりがあるであろう存在は、討伐令をかけられたライダー主従のみ。
そのライダー主従が行ったという、運営への反逆行為も不明。
冷静に考えて『重度かつ深刻な危険思想』なるものも、意味が分からない。
反逆行為や思想を含めれば、特異点の解決を目的とするマシュ達も最悪『反逆者』と見なされる可能性も……
ただ。シールダーには一つ、心中に抱え込んだ勘があったのだ。
【私は並々ならないものを感じるのです】
「それは一体?」
【いえ。正直な話……私の『勘』です】
「直感、ですか」
サーヴァントとしてのスキル『直感』。
悪寒や予測、高ランクに至れば未来予知に等しいほどになる代物。
シールダーが兼ね備えているスキルのランクは、高いものではないのだが。何となく。
彼女は、討伐令に対する並々ならないものを感じ取っていた。
ライダーを喪失する事によるデメリットか、運営側の企みに込められた悪意か。
【マスター。一先ずお休みになって下さい】
「……はい」
時刻は深夜だった。
恐らく他の主従も討伐令等を確認している頃合いだろう。
何より、本格的な聖杯戦争が開始されるのだから、休息は必要不可欠である。
明日こそ。所長たちの手掛かりが掴めれば……マシュはそう願いつつ、瞼を閉じた。
◆
マスターの一人、岸辺颯太も討伐令を確認していた。
謎の星座のカードを配布したのも、この『運営』であって聖杯戦争を開催した張本人。
颯太にとって『元の世界への帰還』が重要かつ魅力的に感じられた。
ライダーさえ打ち倒せれば、颯太の願望は直ぐ様叶えられる。聖杯戦争ともおさらば。
だが……魔法少女の殺し合いで無害無知を装ったマスコットキャラがフッと連想する。
颯太が自宅の自室にて、ベッドに腰掛け、サッとクラムベリーの恐怖を脳裏に過らせた。
その時。バーサーカー・
八岐大蛇の念話が響いた。
【まあ、無理やろ】
「無理って……急にどうしたんだ?」
まだ魔法少女に変身しておらず、ある意味では丸腰の状態だったので。
何か恐怖しながら、颯太は手元の星座のカードを握りしめる。
一方、バーサーカーの口調は、悠長な余裕あるもの。
【討伐令にかけられたんは、簡単に打ち倒せへんちゅうこった】
「え? バーサーカーはこのライダーを知って………」
【知らん。ただ、わざわざ倒す呼びかけとる時点で英霊一騎で勝ち目ない言うてるもんやろ】
確かにそうだ。
報酬も破格な代物。全主従に呼びかけ、討伐を促すかのような物言い。
果たして、バーサーカーに勝ち目ない存在なのだろうか? 少なくとも、自分達だけで討伐しようなど愚かだ
と、颯太は理解する。一通り、星座のカードで
ルールに目を通してから尋ねる。
「バーサーカー。『やるべき事』ってあるのか」
【ん~~~?】
「準備とか心構えとか、そういうのじゃなくて」
【せやなあ。しいてあげるとするなら町はずれを洗いざらい見るくらいやな】
「潜伏中のサーヴァントを捕捉する為に?」
【それもあるけど『きゃすたー』言う奴はそないな場所で陣地張っとったりしてな。例えば結界とか、式神作るとか】
それこそ聖杯戦争に対する『準備』。
キャスターのスキル。陣地作成や道具作成。能力の具合は、英霊当人次第とはいえ。
序盤に叩き潰せば、アッサリと対処は可能だが。
放置しておけば取り返しのつかない結果を招く恐れがある。
バーサーカーが、不敵に笑みを浮かべそうな語りで颯太に言う。
【心配せんでもええ。探す時にな、大将があの乳デカに変身し……】
「一々言うなよ!」
【まあまあ。魔法少女になっとれば魔力が困る事ないし、オレも現界し放題や】
やれやれと呆れを抱く颯太。
バーサーカーが一つ、思い出したかのように付け加えた。
【なに。オレが現界すれば他の奴らも魔力を感知して、ひょこひょこ現れるで】
「てことは。危険じゃないか」
暗く低いトーンの颯太の声色に対し、バーサーカーは極めて太陽の如く煌びやかな様子である。
【しゃーないわ。どないな相手も餌ばらまかんと顔は出さへん。まずは適当にここら走って、そんで森辺りに行こうや】
「………」
颯太は冷静に考えた。まだ時間は残されている。
危険な賭けではあるが、確実サーヴァント側からのアクションが望める策だ。
例え、敵たる相手が現れようとも。森林地帯に逃げ込めば、少なくとも町の被害は抑えられる。
町……
思えば他のマスター達が、颯太のように生活を送っているなら。
最悪、町中での衝突が発生する可能性も……
颯太の脳裏には、魔法少女同士の『殺し合い』が再現されていた。
わくわくざぶーんの事件からして、英霊同士の戦争も変わりない……更に被害は悪化しかねない。
(駄目だ。しっかりしろ!)
颯太は生じた不穏を落とすかのように、首を大きく横に振った。
気持ちが駄目で、ネガティブで、聖杯戦争は実質『殺し合い』に変わりないせいで。
かつて敗北を知った颯太は、姫を守る正義の騎士からはほど遠い精神と化してしまった。
自覚はある。
どうにか気持ちを立て直そうと前向きだ。
けれども『決心』に自分の全てが追いついていないのである。
「わかった。サーヴァントが現れたら、真っ直ぐ郊外に誘導しよう」
返事をすることで前進したのだと、颯太は信じたかった。
◆
マシュは己のサーヴァント・シールダーに起こされた。
物騒に叩き起こされた訳ではなく、穏便だが、シールダーの言動は真剣。
聖杯戦争の開幕を体現するかのような緊迫と威圧が漂う。
「マスター。サーヴァントの魔力を感知しました」
「! まさか、戦闘を……!?」
まだ日が昇っているかも怪しい時間帯に関わらず。マシュの表情は険しくなる。
ここらだって、流石に住宅街が点在する。密集地帯とまでは言わないが、まだ微妙に人気のある場所だ。
既に宝具の盾を握りしめるシールダー。
実戦への恐怖は計れないが、彼女は経験がある故だろうか、しっかりとした言葉で告げる。
「いえ。どうやら他の主従を炙り出す魂胆のようです」
「つまり……罠」
「マスター、相手方は移動を開始しました。距離は……こちらから遠ざかっております」
「私たちに気付かなかったのでしょうか?」
「あるいはおびき寄せる為かもしれません。ここは慎重にご決断を」
「………」
少なくとも……シールダー・ウィラーフの存在は感知されているのだろうか。
マシュは困惑していた。最低限、相手は町近辺から距離を置こうとしている時点で、まだ善良な部類なのだろうか?
分からない。全く、相手の意図を読むほどマシュは優れていない。
むしろ、外の世界に対し無知に近い。
情報が無い。
彼女の使命たる特異点の解決や、所長や『先輩』の安否すら。
聖杯戦争に巻き込まれている時点で、逃れられないなら、少しでも何か―――
「シールダーさん。追跡しましょう。拠点から離れるのは、惜しいのですが。
他の主従の方々と接触しなければ事態も動きに通じません」
「――わかりました。まだ追跡可能です、マスター。行きましょう」
「はい」
『先輩』や所長、特異点、聖杯戦争の運営。霧かかったように霞む存在たち。
実在しているものから、そうではないものまで。何一つサッパリなのだ。どうにかするしかない。
拠点も、敵と応戦するには相応しくも。安全地帯として引きこもる場所じゃない。
前進しなければならない。
マシュにとって、これが前進なのか実感が湧かないほど漠然とした一歩だが。
きっと『何もしない』よりもマシだ。何もしなければ、死んでるような様ではないか。
◇
結果を知り颯太―――現在、変身をしている為『ラ・ピュセル』となっている彼は、安堵をしていた。
「良かった」
と。
何が良かったのだろう。不安な作戦に上手く引っかかった相手に申し訳ないではないか?
別に、現時点ではラ・ピュセルに戦闘の意志は無い。
相手次第だ。相手が聖杯を求める為、ラ・ピュセル達に攻撃をしかける可能性もある。
しかし、既に攻撃は仕掛けられても違和感を感じられない。
相手は純粋無垢な子供のように、ラ・ピュセル達の誘導に従ってるのだから。
不安・不穏を連想して当然の筈。
向こうも出方を伺っているのだろうか?
否。住宅街から離れるのが先決だ。
聖杯戦争関係者ではない人々を巻き込まないで済む。良い状況に違いない。問題は―――……
ラ・ピュセルの剣を握りしめる手に震えがあるのを実感する。
いよいよ実戦だと分かれば、大丈夫だと平静を保っていたのとは裏腹に恐怖が込み上げた。
安心を自己暗示するのは容易だ。現実は違う。
「ほな。マスター、オレについて来いや」
戦闘に展開されるかもしれない状況下でひょうひょうとする、ラ・ピュセルの傍らに居るバーサーカー。
初見では衝撃的だった中性的なポニーテールの童子の姿。
何だか、久しぶりに出会ったようにラ・ピュセルは感じた。
無論、マスターのラ・ピュセルが魔法少女という人間より優れた身体能力を有する存在であっても。
サーヴァントに並べる訳はない。
タンタンと住宅の屋根を飛んで跳ねて往くバーサーカーは、速度も考えているだろう。
バーサーカーに恐怖はなかった。
元より、バーサーカーは所謂『妖怪』『怪物』『人外』の類なのだから、人間とは感覚が異なるかもしれない。
緊張感すら無いのだ。
まあ、一緒にするのは駄目だよな。
ラ・ピュセルも諦めている。
彼もまたバーサーカーに警戒するべく一言かけようかと躊躇していたのだ。
むしろ。無駄に緊張をする愚か、手の震えで剣を落としてしまいそうな自分に対して手一杯だった。
どうなってしまうのだろうか。
戦闘にならなければいいのだけど……無意識にラ・ピュセルは思っていた。
◆
「………」
シールダー・ウィラーフは、確固たる悪寒を感じていた。
即ち正真正銘『直感』に関わるもの。
現在、追跡しているサーヴァントが非常に危険なものか……もしくは、この行く先に罠が仕掛けられているのか。
抱えているマシュに対し、
ウィラーフは言う。
「マスター。どのような事態であっても、私から離れないでください」
「は、はい。私も必要であれば魔力のバックアップや令呪の使用の準備を」
朝の住宅街を駆け抜けるウィラーフが抱えるマシュの体は、非常に強張っていた。
最悪戦闘になりうる状況だ。
決して恥ではない。
誰だって恐怖があるのだから、むしろ恐怖を持たず戦場に立つ事こそが問題なのである。
彼らが一般人を巻き込まないよう、住宅密集地から距離を置こうとする行為。
非常に賢明であろう。
彼らは深山町の方面におり。もしかすれば、他のサーヴァントも彼らに気づくかもしれない。
そして、彼らが向かう場所。
都市部とも町とも無縁の――森林地帯なのだが。
そこに何が居るのか。
少なくとも、悪寒を感じ取っているウィラーフ以外にはまだ予想だにしていない……
【深山町郊外に移動中/1日目 午前6時】
【
ラ・ピュセル (岸辺颯太)@魔法少女育成計画】
[状態]健康、魔法少女に変身中
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]こづかい程度
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還。
1. 郊外周辺の調査。
2. 出来れば協力者を探したいが……
3. ライダーの討伐は保留。少なくとも協力者が得られるまでは避ける。
[備考]
※本人は克服しようと前向きですが、戦闘関係になると恐怖が悪化します。
【バーサーカー(八岐大蛇)@日本神話】
[状態]実体化、健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 郊外周辺の調査。
[備考]
【マシュ・キリエライト@Fate/GrandOrder】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:特異点の解決とカルデアへの帰還。
1. サーヴァント(八岐大蛇)の追跡。
2. 所長と『先輩』の捜索。
[備考]
※エーデルフェルトの双子館(西)を拠点にしております。
【シールダー(ウィラーフ)@叙事詩『ベオウルフ』】
[状態]実体化、健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り抜く。
1. サーヴァント(八岐大蛇)の追跡。
[備考]
※双子館(西)の修復等の作業は終えております。
<その他>
- 深山町の住宅街を実体化したウィラーフと八岐大蛇が駆けた為、他のサーヴァントが感知するかもしれません。
- ラ・ピュセル達の移動先は地図上のD-6、D-5辺りになります。
最終更新:2018年02月12日 22:09