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チェンジ・ザ・ワールド☆
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苦くて甘いもの.4

最終更新:

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苦くて甘いもの








とても天気の良い朝、和葉は部屋のカーテンを開けてうんと伸びをした。


「んん~~~~~~っ! いい天気っ!」


午前中というのに日差しは強烈で、夏の表情を全面に押し出していた。

ガタガタとサイドボードの上の携帯が揺れる。


「はいはーい、おはよ」


肇からの電話を受けながら和葉は部屋を出て洗面所へ向かった。


「ーーーえ? そうなの?」








全国大会では立海大付属は惜しくも優勝を逃し準優勝に終わった。

決勝戦を観に行っていた和葉は涙を流すブン太に声をかけることが出来ず、席を立った。

負ける悔しさは和葉にも分かる。

自分が高校の時、全国大会の決勝で負けた。

ブン太達とまったく同じ状況を味わったことがあったのだ。

会場の端、植樹されている植え込みの脇のベンチに座り、和葉は項垂れる立海大のメンバーの顔を思い浮かべていた。

ふと、大好きだった正太郎の顔が頭をよぎる。


「……正太郎、さん」


自分の口からその名前を出したのは3年ぶりだった。

ポロリと涙が零れた。


「和葉さん、どうしたのっ!?」

「えっ?」


驚いて顔を上げると、そこにはブン太が立っていた。

和葉の顔を見て慌てて駆け寄って来る。


「どこか痛いの?」


心配そうに和葉を覗き込むブン太に、和葉は初めて出会った時の事を思い出した。

あれからもう3ヶ月以上が過ぎた。

あっと言う間に過ぎた気もするし、ゆっくりと流れたような気もする。


「……ぷっ。あの時とは逆だね」


笑った和葉に安心し、ブン太は次に頬を膨らませた。


「もう、心配したんだぞ!? 泣いてるんだもんな……何かあったのか?」

「大丈夫。ブン太君達が負けたの見たら、私も悔しくなっちゃって」


涙を指でぬぐうと、和葉はブン太に笑いかける。


「ーーーありがと、応援してくれて」


ドキっとした。

和葉を見るブン太の瞳が綺麗で、全部見透かされている様な気がした。

ずっと過去を引きずる弱い自分を、明るくていつでもまっすぐなブン太が揺り動かす。


足を踏み出しそうになる。


それが恐ろしくて、不安になる。

先ほどまで泣いていたのに、今は和葉の事を気づかってくれている。

優しいブン太。


「ブン太君」


じっと見つめ合っていると、ふと視線を先に逸らしたブン太が立ち上がった。


「そうだ、和葉さん」

「なに?」

「負けて傷心の俺の為に、何か美味しいもの作ってなぐさめてくれよ」


和葉は苦笑する。


「甘え上手ねえ……うん、いいよ」

「マジでっ!? やった!」

「じゃあ今度うちにおいで。テニス部の皆も連れてね?」

「え~? あいつらはいいじゃん」

「何がいいとよ?」

「げ、仁王」


ブン太が面倒くさそうに両腕を頭の後ろにやって口を尖らせていると、後ろから仁王がジャッカルとやって来た。


「幸村が呼んでるぞ」

「おっと、やべー。んじゃあ和葉さん、約束だからな!」

「うん。仁王君もジャッカル君もお疲れさま」

「応援ありがとうございます」

「またの、和葉さん」









という訳で、今日はブン太達が夕方和葉の家にやって来る。

その買い出しに今から肇と行く予定なのだが、父親に急に仕事の手伝いを頼まれたので代わりの荷物持ちを寄越したというのが電話の内容だった。


「分かった。じゃあ夕方にね」


そう言って和葉は電話を切った。

洗面台で鏡に映る自分の姿を見る。


「……荷物持ち誰かな? ま、いいか……はあ。さすがに老けてきたなあ」


ブン太の張りのある肌を思い出し、和葉はため息を吐く。

10も年が違うのだ、当たり前なのだが改めて自分との大きな差に嫌な気分になる。

正太郎も今の自分と同じ様な気持ちだったのだろうか。

バシャン! と勢い良く水で顔を洗いながらふと考える。

ちょうど和葉と正太郎も10歳離れていた。年若い和葉の事を本当に大切にしてくれていたが、年下だからといって扱い方が子どもに接するようではなかった事を思い出す。

男女や年齢など関係なく、正太郎は自分のことを同等に扱ってくれていた。

蛇口をひねって顔を洗う手を止める。


私は? 私はブン太君をどう扱ってるーーー?


濡れた顔を鏡で再び見る。

あんなに慕ってくれているブン太を、和葉は子どものように扱っていることに気付いた。

その途端和葉は胸が苦しくなった。


「? う、嘘……ちょっと、これはーーー」


ヤバい。


そう思った。

頭に浮かんだ考えを振り払うように、和葉はタオルで顔を拭いてTシャツを脱いだ。

カシャリと音がして首に下げたシルバーのチェーンが揺れた。

そのチェーンの先に通された指輪。

正太郎がくれた結婚指輪だ。

それを指で触り、和葉はぐっと目をつぶる。


過去へ自分を縛り付ける唯一のもの。正太郎はいつも笑っていた。和葉を不安にさせないために。

もっと素直に弱い部分を見せて欲しかった。

和葉を同等に扱ってくれていたのに、自分は弱い所を見せない。それはきっと年上だからという正太郎の意地。

大きくて優しかった正太郎。

死の間際には痩せて力強さなどなかったのに、痛みと苦しみの中、一度も和葉に辛いと言わなかった強い正太郎。

その正太郎を忘れて、ブン太の事を好きになりかけている自分が憎くて堪らなかった。

裏切れない。

あんなに優しかった正太郎を裏切ることなんて、和葉には出来なかった。






ピンポ~ン


着替えて化粧を終えた所でチャイムが鳴った。


えっ? ブン太君?


画面に映ったブン太の姿に、和葉は驚く。


「はい」

『おはよ~、和葉さん』

「おはよう。ブン太君どうしたの?」

『肇さんが仕事で行けなくなって、和葉さん一人で買い出しになるから手伝いに行けって。お前が食べる料理の材料買いに行くんだから、お前が行くのが当たり前だろって言われた』


ぷうっとガムを膨らませるブン太に、和葉は肇の顔を思い浮かべる。


肇の奴、代わりの人ってブン太君の事だったのね……


一緒に立海大の試合を観に行った時、ブン太の事を10歳も年が下だから眼中にないのかと尋ねてきた。

もしかすると肇は和葉の中に芽生え始めたブン太への思いに、和葉より先に気付いていたのかも知れない。

察しの良い弟で何よりだ。

心の中でぼやきながら、それでもブン太の声を聞いて嬉しいと思ってしまう自分が確かにそこにいた。


「そう、ごめんね。そこで待ってて。すぐ降りてくから」

『ああ、分かった』















「いつもこんなに買い出しするの?」


両手一杯の買い物袋に、ブン太が尋ねる。


「ん? いつもはもっと多いよ。今日はお店休みだし、ブン太君達の分だけだから少ない方」

「これでっ!?」

「肇がいるといくらでも買えるのよね。力持ちだし」


そう言って笑う和葉に、ブン太はちょっと傷ついた。

やっぱり和葉は大きな男が好きなのだろうか。


「あの子無駄に大きいからね~」

「ーーーまあ、確かに同じ遺伝子とは思えないよな。和葉さんと肇さん」

「でしょ? 私の方がよく食べるんだけどね。不思議」


和葉の方がよく食べるというのは想像出来なかったが、ブン太はこうして和葉と休日に一緒に過ごせる事に幸せを感じていた。

いくら和葉が自分の事を子どもとしか見ていなくても、自分は和葉といられるのが嬉しいのだ。

チラリと隣りを歩く和葉を見る。

自分より背の低い和葉。ブン太の目の辺りが和葉の頭だから、10センチくらい低いだろうか。

視線を頭から少しずつ下へ移動させる。

今日はいつものパンツスタイルではなく、スカートを履いていた。

大人の女性だけあって、ブン太達の周りにいる子よりも随分丈の長いスカートを履いているが、それが似合っていた。

膝が隠れるくらいの柔らかな生地のスカートは、ヒラヒラと和葉が歩く度に軽やかに揺れる。

普段見られない足に、ブン太はドキッとする。

白くてほっそりとしたふくらはぎに締まった足首。


やべえ。俺、変態みたいだ……


視線を違う方へやり、ブン太はぷうっとガムを膨らまして誤摩化した。


「ちょっと休憩しようか?」

「ん? ああ」










近くの喫茶店に入ってメニューを見る。


「買い出し手伝ってくれたお礼に何でも好きな物奢ってあげる」


優しい笑顔の和葉に、ブン太はまた切なくなる。


「いいよ、いつも奢ってもらってばっかだし」

「遠慮しないで。私、ブン太君が何か食べてる姿見るのが好きなんだもん」


ブン太は心臓が止まりそうになった。

和葉の口から出た「好き」という言葉。

どれほど欲しいと思ったか分からないその単語に、どんどんと心音が速くなる。

もちろんブン太自身の事を好きだと言っている訳ではないけれど、それでも嬉しいのだから仕方ない。


「おっ、俺だって男なんだぞ? たまには俺に奢らせてくれよなっ」


嬉しすぎてつい緩みそうになる口を必死で通常の位置に保ちながら、ブン太が言った。

そこで和葉ははっとしたような顔をして、少し俯いてブン太を見た。


「じゃあ……今日はお言葉に甘えようかなーーー」


え?


ブン太は驚いた。

いつもなら

子どもは大人に甘えればいいのよ。

というはずなのに、今日の和葉はちょっと違う。


「任せろぃ!」


もう今すぐにでも仁王にそれみろと電話を掛けてしまいたい所だ。

初めて和葉が自分を子ども扱いしなかった。たったそれだけなのに、こんなに嬉しいだなんて。

先ほどのブン太が何かを食べている姿を見るのが好きだという言葉といい、幸せすぎて怖いくらいだ。

注文を取りに来た店員に和葉が注文をする。


「私はブレンドコーヒーとサンドイッチを。ブン太君は?」

「俺はチョコレートパフェとミルクレープとホットサンドと……」


そこで言葉を切ったブン太に、和葉が首を傾げる。


「飲み物は?」

「あ、えっと……ブレンドコーヒー」


本当はミルクティーにしようかと思ったのだが、ブン太はどうしても早くコーヒーをブラックで飲めるようになりたくて、最近は頑張ってコーヒーに入れる砂糖やミルクの量を減らしていた。

それは、和葉と同じブラックコーヒーを飲んで味を共有したいから。

ジャッカルと柳と柳生に健気と言わしめたブン太の乙女的思考に、仁王だけは腹を抱えて笑った。


くそっ、仁王の奴……


人をバカにした仁王の笑い顔を思い出し、ブン太はちっと舌打ちをした。







目の前に運ばれて来たパフェにブン太はキラキラと目を輝かせる。


「くう~っ! 美味そう! いっただっきま~す!」

「そんなに慌てなくてもパフェは逃げないよ」


幸せそうにパフェを口に運ぶブン太に、和葉が苦笑する。


「逃げなくても溶けるだろぃ?」

「確かに」


何気ない会話なのに、和葉は楽しかった。

こんなにブン太と過ごす事が心地よくなるとは、正直想像もしなかった。


偶然助けただけの、高校生。

カフェの店長と客。


それだけのはずだ。

笑顔でどんどんパフェを胃の中に入れて行くブン太の幸せそうな顔に、もっと見たいと思ってしまう。

自分が作った料理やデザートを食べて、美味いと言って微笑んで欲しい。

失いかけていた感情を呼び覚ますこの目の前の少年に、和葉は切なくなった。


「和葉さん」

「ーーーえ? あ、なにっ?」


ぼんやりしていた和葉に、ブン太が不思議そうに首を傾げて尋ねる。


「いや、全然手が動いてなかったから」

「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」


取り繕って笑う。

まさかブン太の事を考えていたからぼんやりしていただなんて、知られたら大変だ。


「もしかして、迷惑だった?」


急にしょんぼりとなったブン太に、和葉が眉間にしわを寄せる。


「迷惑? 何が?」

「だって折角の休日なのに、俺達の為にまた料理作らせるからさ……嫌なら嫌って、はっきり言っていいんだぜ? 断られたくらいで、俺ショック受けたりしねーし」

「嫌な訳ないじゃない。ブン太君達が楽しんでくれるんならね。それに私、料理くらいしか出来ないし」

「そんなことねー」

「え?」


ブン太は食べる手をすっかり止めて和葉を見つめた。

その真摯な眼差しにどきりとする。


「和葉さんは、料理が上手なだけじゃねー。優しいし、一緒にいると、楽しいし……」


ブン太なりの精一杯の告白。のつもりだった。

しかし和葉はブン太が気を遣ってくれていると思ってにっこりと微笑んだ。


「ありがと、ブン太君って優しいね」


そうじゃねーのに……


仁王だったらこんな時相手にどんな言葉をかけるのだろう?

ふっとまたあの爆笑する仁王の顔を思い出し、ブン太はこめかみに青筋を作ってホットサンドにフォークを突き立てた。


やっぱりあいつムカつくっ!


きっと大人びた顔で相手を見つめて、キザなセリフを言うに違いない。







                                続く…






管理人の中で、仁王はたらし…w
しかし死ネタ多くて本当にスンマセ……(汗)



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