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苦くて甘いもの.5

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streetpoint

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苦くて甘いもの








和葉の自宅に戻ってからも、ブン太は幸せ一杯だった。


「ブン太君、そこの棚からお皿出してくれる?」

「これ?」

「うん、そう」


こんなやり取りがまるで新婚みたいで堪らない。


あ~。俺、幸せすぎてもうすぐ死ぬかもしんねえ。


台所で食事の仕込みをする和葉の後ろ姿を見ながら、ブン太は顔が緩みっぱなしだ。


「あ! ごめんブン太君、ベランダの観葉植物に水あげてきてくれる?」

「ああ、いいぜ」

「外にじょうろあるから」

「了解」


ブン太はベランダに出てハーブやミニトマトがところ狭しと生えるプランターに水をやった。

毎日こうして過ごせたら、どんなに嬉しいだろう。

もうこんな陳腐な言葉しか思い浮かばない。


幸せだ。


だって本当に幸せなんだから仕方ないだろぃ。


自分で自分に突っ込む。もうかなりのぼせている。


「わあっ!?」


ドガラガラッ!!


「っ!?」


突然室内からもの凄い音と短い悲鳴が聞こえて来て、ブン太はじょうろを置いて慌てて部屋に戻る。


「かっ、和葉さんっ!?」


台所で見事に尻餅をついて倒れる和葉を発見し、ブン太は急いで助け起こす。


「大丈夫かっ?」

「あいたたた……うん、大丈夫。あははは、ごめんね」

「一体何を……」


していたのかと聞こうと思ったら、和葉の側で大きな鍋がひっくり返っていた。

上を見上げるとキッチンの作り付けの棚が大きく口を開けている。


「俺がいるんだから頼めばいいだろ?」


呆れながら言うと、和葉はあははと笑う。


「だって水やり頼んでるのに鍋取るために呼び戻すのも悪いかと思って」

「んな訳ねえだろーーーん?」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや。何でもない……」


ふと自分から視線を逸らしたブン太に、和葉は首を傾げる。

ブン太の腕から離れてひっくり返った鍋を持ち上げコンロの上に置く。


「俺、水やり途中だった。何かあったらすぐに呼んでよ。またこけられたら心臓に悪ぃから」

「あはは~分かった」


ブン太はベランダに戻ると、じょうろを握ったまま動かなくなってしまった。

室内に和葉の気配を感じながら、先ほど見てしまった物を思い出す。

和葉の首に下げられていたシルバーのネックレス。その先に光っていた指輪。

あれは、間違いなく結婚指輪だった。

つや消し加工が施されたシンプルなプラチナの指輪は、ほっそりとしていて和葉の指に似合いそうだった。


一体誰が?


「……ってか、彼氏いないんじゃなかったのかよ」


適当に水を掛けながら呟いた自分の声に、ブン太は酷く傷ついた。

泣きそうになった。

一緒にいるだけで幸せだなんて舞い上がっていた先ほどの自分がまるで馬鹿みたいだ。

帰りたいと思ったが、今帰るのはあまりにも不自然だ。


誰か早く来ねえかなーーー


そんな事を思い、時計に目をやる。

15時

おやつの時間か。

と、またお子様的発想をしているブン太は慌てて頭を振る。


違ぇーだろっ!? おやつじゃなくて誰か来いよっ! ジャッカルか柳か柳生か幸村……あ、赤也でもいいや。あ~! このさい百歩譲って仁王か真田でも最悪いい! 誰でもいいから早く来やがれっ!!


「ブン太君、さっきパフェとミルクレープ食べてたけど、ババロア食べる~?」

「あ、食うっ!」


心とは裏腹に体は正直で、ついつい和葉の甘い言葉に反応してしまう。


バカバカ、俺のばかっ!!!


「ーーーどうしたの?」

「はっ!?」


真後ろで声がして振り向くと、和葉がブン太のすぐ目の前で顔を覗き込んでいた。


「うわっ? な、なんでもないっ!」


今自分の頭を叩いていたのをもしかして見られたのだろうか。

恥ずかしい。


「? 変なブン太君。ババロアはパッションフルーツで作ったの。好き?」

「ああ」


自分に笑いかける和葉に、先ほどの指輪の事を聞こうかと一瞬迷ったが、やはり本人に聞くには勇気がいる。

肇に教えてもらう事に決めて、取りあえずババロアが早く食べたかった。

彼氏の存在を確信しつつも、それでもやっぱり和葉と一緒にいられる今が奪われるのは嫌で、笑顔で自分の前に鮮やかな黄色のババロアを出す和葉の事が好きでたまらなかった。


ピンポーン


「あ、誰か来た」


ピクリとそのチャイムの音にブン太は反応する。


誰だろう。彼氏ーーーだったらどうしよう。ってか来る訳ねえよな。今日は俺達が集まるんだし……いや、でもついでに呼んだとか?


そんな事を考えていたが、全然違った。


「仁王君とジャッカル君と切原君が来たよ」


戻って来た和葉の言葉にほっとする。


「あ~! 先輩だけ美味そうなの食ってずるいっすよ!」


切原がブン太が食べるババロアを見て声を上げる。


「ふふ、皆の分ももちろんあるから、たくさん食べてね」


一人暮らしとはとても思えない程大型の冷蔵庫からババロアを出し、和葉は人数分切り分けて出してくれた。


「おお、美味そうじゃの」

「すげー。やっぱりプロは違うぜ!」

「いただきます」


三人が笑顔で食べ始める。


「ーーーってか仁王、お前甘いの嫌いだろぃ?」


ブン太の突っ込みに、和葉が煎れてくれたブラックコーヒーを飲みながら仁王が笑う。


「このコーヒーさえあれば甘いものも平気じゃ」


てめえ。俺がブラック飲めないの知っててわざと言ってやがるな……


ちっと舌打ちをして仁王を睨む。


「あちゃ~」


台所で声が聞こえ、ブン太達はそちらを見る。


「どうしたんすか?」


一番近くに座っていた切原がババロアが乗った皿を手に持ったまま和葉の側に近寄る。


「買い忘れがあったの。これから行って来るから、ちょっと留守番お願いしてもいい?」

「いいっすよ」

「ブン太、お前着いて行ってやれ」

「……え~。俺まだババロア食いたい」


ブン太のこの言葉に仁王とジャッカルが驚いた。

何を置いてもまず真っ先に俺も着いて行くと言うと思っていたブン太が、和葉に目もくれずにババロアのお代わりを食べ始めたのだ。


「あ、じゃあ赤也。お前一緒に行って来い」


何かあると思った仁王は、すぐさま切原を振り返る。


「了解っす」

「一人で平気だよ?」

「危ないっすから一緒に行きますよ」

「そう? ごめんね」

「とんでもない」


にこやかに笑う切原と和葉はほのぼのムードで仁王達を振り返った。 


「それじゃあ行ってきま~す」






二人が出て行ってしばらく、入れ違いに幸村がやって来た。


「やあ、もう来てたんだね」

「幸村」

「ちょうど下で和葉さんと切原に会って……どうした、ブン太?」


眉間にしわを寄せたままババロアを食べるブン太に、幸村が仁王とジャッカルを見る。


「ーーー俺、やっぱり無理」

「何がだよ?」


ジャッカルに言われ、ブン太はスプーンを置いて先ほど見た和葉の首に光る指輪の話を始めた。





「それだけ?」

「それだけ……って、だって指輪だぞ、指輪! 彼氏いたんだよ!」


幸村の言葉に怒りをあらわにすると、ブン太はバン! とテーブルを叩いた。


「でも肇さんは彼氏いないって言ったんだろ?」

「ーーー肇さんが知らないだけかも知んねえだろ? いくら姉弟でも一緒に住んでる訳じゃねえし」

「確かめたらいいんじゃなか?」

「仁王、てめえ俺を殺す気か? そんなん聞けたら苦労しねーよ。彼氏がいるってもし言われたら立ち直れねー。全国大会で優勝逃した以上にショック」


ぐったりとテーブルに突っ伏したブン太に、幸村達が顔を見合わせる。


「でもどっちか分からないままでブン太はいいのか?」

「ーーーいい」

「聞かないでいて、もし偶然和葉さんが彼氏と一緒にいるところを見るのと、聞いてどっちかはっきりさせておくの、どっちがいい?」


幸村の言葉にブン太がピクリと反応する。

想像しただけで泣きそうになる。

和葉が自分の知らない背の高い男と一緒に歩いている姿。


嫌だ。絶対に。


その隣りを歩くのは俺じゃないと駄目だ。

そう思ってしまう醜い嫉妬心。

だが、確かめる勇気もない。


「……俺って健気な上にこんなにダメダメだったんだな」

「全くだ。真田がおったら『たるんどる』って言われとるところじゃの」

「返す言葉もねーよ」

「でもまだ和葉さんに彼氏がいると決まった訳じゃないだろ? 俺は和葉さんブン太の事気に入ってると思うけど」

「幸村が思わなくても、気に入ってくれてることくらい俺にだって分かってるっつーの。じゃなきゃ皆に飯食わせてくれなんてお願い、普通聞いてくれるかよ」


少しだけ顔を上げたブン太は、寂しそうに言った。


「だけどよ、このままじゃ何にも始まらないぜ?」


ジャッカルが心配そうにブン太に言った。


「そうじゃよ、お前が行動しないなら、始まりもしないし終わりもしないじゃろう?」

「ブン太、怖いかも知れないけど、ずっとモヤモヤしたままでいいの?」


言いワケない。

そんな事幸村達に言われなくても分かってんだ。でも、嫌なんだ。

傷つくのが、嫌なんだーーー


黙ってしまったブン太に、幸村が微笑みかける。


「フラレたら皆で慰めてあげるから、精一杯自分の気持ちをぶつけてみたら?」

「ーーーホント、お前って見た目と違ってサドだよな」


ちぇっと口を尖らせると、ブン太は体を起こした。


「いいよ、そんなに言うなら見事に振られてやるぜ!」

「おお、それでこそブン太じゃ」

「悪い方にばっか考えるんじゃねーよ」


皆勝手な事を言ってくれる。

でも、本当にこのままは嫌だ。

恋人になれなくても、気持ちを伝えるくらいならしてもいいよな?

和葉さんが俺の事好きになってくれなくても、俺が和葉さんの事好きなら店に遊びに行ったって構わないよな?


なんだかんだ言いながら、やっぱり仲間の存在は心強いものだとブン太は思った。

振られるのはやはり嫌だが、それでも好きなのだから仕方ない。

ぐっと肩に力を入れてすとんと抜く。

試合前には緊張なんてしないのに、和葉に告白すると決めた今、恐ろしく緊張していた。








                                続く…







ラストスパートでございます、、



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