チェンジ・ザ・ワールド☆
苦くて甘いもの.2
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苦くて甘いもの
和葉と知り合ってから約3ヶ月。ブン太はここ最近ずっと上の空だ。
授業中も部活中も、ふと気付くとぼんやりとどこか遠くを見ている。
本人にも、周囲の人間にもそれは分かっていた。
「一体どうしたんだ、ブン太のやつは?」
仁王がベンチに座ったまま空を見上げ、軽く10分は動かないブン太を見て首を傾げる。
「まったく、たるんどる! おい、ブン太!」
怒った真田がブン太に向かって行くのを見て心の中で同情しながら、仁王とジャッカルは顔を見合わせた。
「さあな、ここ最近ずっとああだ」
「ーーー恋かの?」
仁王の呟きに、ジャッカルが驚く。
そして、
「まさか」
首を振るのと、真田の雷がブン太に落ちたのは同時だった。
「いい加減に集中しろ! ブン太っ! 今週は全国大会が始まるんだぞっ!?」
「うるせーな! それどころじゃねー! こっちは色々と悩んでんだよっ!」
「全国大会をそれどころじゃないというのなら、お前は一体何を悩んでいるというのだ!」
「真田には一生分からねーことだぃっ!」
睨み合う真田とブン太に、仁王とジャッカルが目を丸くする。
「どうしたの? あれ」
「幸村」
部長の幸村が現れ、怒鳴り合う真田とブン太に笑顔を向ける。
「いや、最近ブン太の様子がおかしくての。真田が説教しにいって喧嘩しとるんじゃ」
「ブン太の様子がおかしい?」
「ああ、授業中もたまにぼけっとして外見てたりするらしいし、さっきも空を10分くらい眺めていた」
「ーーー恋煩い?」
「幸村までそんな事をいうのか?」
ジャッカルに言われ、幸村が微笑む。
「何の話だ?」
そこへやって来た柳に、幸村が尋ねる。
「柳はブン太と同じクラスだったよね」
「ああ」
「最近ブン太ってぼーっとしてるのか?」
「ああ。俺もおかしいと思って聞いてみたんだが、どうやら好きな人が出来たらしい……」
「えっ!? 本当だったのかっ!?」
ジャッカルが仁王と顔を見合わせる。
「本人が気になる女性がいると言ってたんだから、間違いないだろう」
「やっぱりね」
柳が言うと幸村が顎に手をやり頷いて、まだ喧嘩をする真田とブン太を止める為に歩き出した。
「練習に支障が出るのは困るぞ、ブン太」
「分かってるよ、そんなこと……でも、俺もどうしていいか分からねえんだ」
部活が終わり、部室に残って話をするブン太と幸村と仁王。
幸村の目の前でしょぼくれるブン太に、幸村は隣りに立つ仁王を見上げた。
ふうとため息を吐き、仁王がブン太の前にしゃがむ。
「で、お前の好きな子ってのはどの子なんじゃ?」
「どの子って……」
顔を赤くさせるブン太に、仁王は苦笑する。
こんなブン太を見たのは初めてだった。
全国的にも有名なこの立海大付属テニス部でレギュラーをずっと務める丸井ブン太は、綺麗な容姿も手伝ってかなりモテる。
もちろん彼女がいた事もあるしそれは仁王も知っている。
しかし、こんな風にブン太を骨抜きにした子はいなかった。
ブン太の好みのタイプを思い出す。
ーーー確か、物をくれる人。じゃったかのう……誘拐されそうな間抜けなタイプじゃな。
これはよほど美味しい物でももらったのだろうか。
「なあ、仁王は年上の女の人と付き合った事あるか?」
「は?」
突然のブン太の質問に、仁王は動きを止める。
「いや、ないが……」
「ブン太の好きな人は年上なのか?」
幸村に聞かれ、ブン太はこくりと頷く。
意外な事実に仁王は驚く。
高校3年生である自分たちよりも年上という事は、大学生ということか。立海大のキャンパスと高等部の校舎は離れているから、接点はなさそうなのだが、どうやって知り合ったのだろうか。
「駅の近くのカフェの人なんだ」
「カフェの人?」
「店長さんだって」
「ーーー店長?」
それは大学生以上という事か?
仁王は幸村と視線を交わす。
随分と年上、という事になる。
「俺、年上の人とどんな話していいか分かんねえし、子どもとしか見てもらえてないからくやしくてさ……」
ずっと地面を見たままそうぼそりと話し出したブン太に、予想以上に本気だと知る。
「えっとな、ブン太。取りあえず今は全国大会の事だけ考えろ。その人の事は全国大会が終わったら一緒にどうすれば上手く行くか考えてやるけんの」
「無理だ! 俺、最近ずっと和葉さんの事ばっか考えてんだ。テニスどころじゃない!」
「ブン太……」
このままでは本当に試合に影響が出てしまう。ブン太無しの全国大会優勝は考えられない。
そう思った幸村は、仁王の肩を叩いた。
「ブン太、その和葉さんのお店はまだ開いているのか?」
「あ? ああ……」
「よし、仁王。これから行ってみよう」
「ええっ!?」
「いらっしゃいませ……あ、ブン太君! と、お友達?」
「ああ、テニス部の仲間。こっちは部長の幸村、んでこいつが仁王」
「どうも」
「こんばんは」
「こんばんは。どうぞ、座って」
ブン太と幸村、仁王の3人は、和葉のカフェに来ていた。
そして幸村と仁王は目の前の奇麗な女性に目を丸くしていた。
この美人が、ブン太の好きな人……
仁王は先ほどとは打って変わって元気になったブン太と、テーブルに水の入ったコップを置きながらブン太と話す和葉を見比べる。
年齢は23、4といったところか。なかなかお目にかかれない美人だ。
「びっくりしたの」
隣りの幸村にこっそり耳打ちをする。
「そうだな」
幸村が微笑む。
「部活帰りならお腹空いてるでしょ? 今お客さん一段落した所だから、何か好きな物作ってあげるよ」
「マジっ!? じゃあじゃあ、俺オムライスっ!」
「ふふ。オーケー。えっと、幸村君と仁王君は何がいいですか?」
「え? あ、いや俺は何でも……」
「俺はブン太と同じのを」
「お前ら和葉さんの作る料理めちゃくちゃ美味いんだぜっ! 好きなの頼めよ!」
さっきの力の抜けきったブン太はどこへやら、嬉しそうな顔で自分の事のように自慢するブン太に、和葉が苦笑する。
「そんな大げさな。じゃあオムライスと後は適当に作って来るからちょっと待っててね」
「ああ!」
和葉に手を振るブン太に、幸村が言った。
「綺麗な人だね」
「ーーー駄目だからな」
「え?」
「和葉さん狙ってる客がたたでさえ多いんだ、幸村と仁王がそれに加わったらますます俺に勝ち目がない」
「本気なんだね」
「あったり前だろぃ? 冗談で10歳も年上に惚れるかよ」
「じゅっ……」
驚いたのは仁王。どう見ても20代前半なのに、10歳違うということは27。
「ーーー見えん……恐ろしいのう」
「よお、また来たのか」
「あ、肇さん」
和葉と入れ違いにカウンターの向こうから現れた大きな男に、ブン太が笑顔で挨拶をする。
「珍しいな、友達も一緒か?」
「うん、うちの部長の幸村と同じテニス部の仁王」
「ああ、君があの幸村君」
「知ってるの?」
肇という大きな男の言葉に、ブン太が驚く。
「そらあ俺も和葉も中学からの立海大出身だからな。テニス部が強いのは知ってるし、和葉は高等部までテニス部だったんだぜ?」
「えっ!? そうなんだ、全然知らなかった」
「中等部の時から注目されてたもんな、幸村君」
「ちぇっ、俺の事は知らなかったのかよ」
拗ねるブン太の頭を大きな手でわしわしとかき回しながら、肇が笑う。
「ははは、拗ねるな拗ねるな」
それからしばらく肇とブン太達はテニスの話で盛り上がった。
「肇~」
「おう! ほら、ブン太お待ちかねの飯が出来たぞ」
キッチンから聞こえた和葉の声に返事をすると、肇はカウンターへと戻って行った。
「誰?」
幸村の質問に答える。
「あ、和葉さんの弟の肇さん」
「似てないな」
仁王が肇の大きな背中を見ながら呟く。
「あははは。俺も思った。だって最初和葉さんの彼氏だと思ってたもんな」
「お待たせしました」
「待ってました!」
「どうぞ、ゆっくり食べてね。足りなかったらまた作るから」
「サンキュ、和葉さん」
テーブルに並べられた料理に、幸村と仁王は感心した。
どれも美味しそうだし、なによりあの短時間でこんなに作れるというのがすごい。
オムライスも大きな皿にどんと作られ、サラダ、スープ、チキンクリーム煮、パンが人数分ある。
「いっただっきまーす!」
ブン太に続いて幸村と仁王も料理を口に運ぶ。
「……美味い」
「だろだろっ!?」
なるほど、こうやって餌付けされたのか。
仁王はチラリとカウンターで客と話をする和葉を見た。
あの顔でこの料理の腕。
そして恐らく性格も良い。
随分と年上ではあるが、男は基本的にマザコンだから年上に憧れる時期が多少なりともある。
目の前で嬉しそうに次々と料理を胃袋に納めて行くブン太が惚れるのも頷ける。
それにしても本当に美人じゃ・・・・・・そして飯が美味い。
「おいブン太」
再びやって来た肇が開いた皿を下げながらブン太を呼ぶ。
「何?」
「デザート食うか?」
「うんっ! 今日は何?」
「アップルパイだ」
「食う食うっ! あ、仁王は甘いの嫌いだから苦いエスプレッソでもやっといて」
「お前な、何勝手に人の食後の選択肢を削っとるんだ」
「え? でもお前食わないだろぃ?」
「ーーー食べる……なんじゃ?」
甘いのがあまり好きではない仁王が食べると言った事に、ブン太が変な顔をしてこちらを見ていた。
仁王だって甘いのを食べる事もある。
何より、和葉の作るデザートというのに興味がわいたのだ。
「ふうん。ま、いいや。じゃあ肇さん、3人分お願いします」
「了解」
「ブン太あの肇さんって人と仲良いね」
「あ? まあな。俺が和葉さんの事好きって知ってて色々情報くれるし」
「情報?」
「そ、今彼氏いないとか、猫が好きとか、子どもの頃は全然料理出来なかったとか」
「それならどんな男がタイプとか聞けばいいじゃろ?」
「ーーー聞いたよ」
ぶすっとした顔で言うブン太に、幸村は優しく尋ねる。
「どんな人が和葉さんは好きなんだって?」
「……背が高い人」
「ーーーブン太別に背、低くないだろ?」
少なくとも和葉よりは高い。
「肇さんでかいし見慣れてるから、肇さんまではいかなくても結構でかい人が好きなんだと思う」
どんどん暗くなるブン太に、仁王が鶏肉を皿に入れてやりながら言う。
「ブン太は今何センチ?」
「俺168センチ」
幸村と仁王はチラリと肇を見る。
どう見ても190センチ近くある。
肇から見たら大抵の人間は小さいだろう。
そんな肇といつも一緒にいる和葉からしたら、やはり背の高い人の方がなんとなく落ち着くのかも知れない。とブン太は勝手に思っている。
「柳くらいの身長ならいいってことかの」
「でもさ、それって和葉さん本人に聞いたのか?」
幸村に言われ、ブン太はぴたりと動きを止めた。
ブンブンと首を横に振る。
「じゃあ聞いてみればいいじゃないか」
「そっ、そんな事怖くて聞けるかよっ!」
「何が怖いの?」
「あっ……」
丁度そこへ水のお代わりを注ぎにやって来た和葉が首を傾げる。
こうして近くで見ると年上というハンデを抜きにしても、ちょっとお付き合いしてみたい気持ちになるなと仁王は思った。
口ごもるブン太に変わって幸村があの微笑みで尋ねた。
「和葉さんって、どういう男性がタイプなんですか?」
「えっ? これはまた唐突な質問ね」
スプーンを握ったまま硬直するブン太を見て、仁王は気付かれないように笑った。
そしてすっと視線を和葉に戻す。
「そうねえ……あんまり考えた事ないけど、優しくて嘘付かない人。かな?」
あれ?
身長の事は一つも出て来なかった。
仁王が続いて尋ねる。
「身長とかルックスとか、収入とか年齢は?」
「何だか記者さんみたいね」
そう言って困ったように笑うと、和葉はうーんと視線を上に向けて考えた。
「ーーー身長は別に……ルックスも気にした事ないかな……収入? は、そうね、最低限の生活が出来るくらいあれば。あと、年齢? も別に気にしないかなーーーあ、でもあんまり離れるとお互い困りそうだから、なるべく近い年齢の人がいいかも」
天使の様な微笑みでブン太にとどめを刺した和葉。
途中まではブン太でも全然問題ないじゃないかと思っていただけに、仁王は明らかに落ち込むブン太を憐れんだ。
「今お付き合いしている人はいるんですか?」
「えっ? どうしてそんな事聞くの?」
「好奇心です」
「好奇心? おばさんだからってからかってるのね? いいわよ、別に。どうせ彼氏もいない寂しい人生送ってるから」
少し頬を膨らませた和葉を可愛いなどと思いながら、ブン太はジロリと幸村を睨んだ。
幸村が何を考えているのか仁王にもさっぱり分からない。
「おばさんだなんて、和葉さんとっても綺麗じゃないですか。それなのに恋人がいないのは何か理由でも?」
「理由なんて。それに私モテないし……褒めてもあとはデザートとコーヒーくらいしか出ないからね」
そう言って笑いながら和葉はキッチンへと戻って行った。
「幸村、何考えてんだよっ?」
ブン太が幸村を睨む。
仁王も呆れたように幸村を見る。
くせ者と言われる仁王よりよほどくせ者の幸村には、毎回肝を冷やされる。
「いや、ブン太の手助けをしようと思って」
「どこがだよっ!?」
「でも身長は和葉さん気にしないって言ってたじゃないか」
「そうだけど……」
年齢が、なーーー
また落ち込むブン太に、幸村が笑いかける。
「年齢だって10歳くらい別に平気かもしれないだろ? 和葉さんが言う離れてるの基準がどれくらいか分からないんだし……で、どうだろう、今度の試合を見にきてもらうっていうのは?」
「えっ!?」
これにはブン太と仁王が驚いた。
「な、なんでそんな話になるんだよっ!?」
「ーーー」
仁王はなるほどとそこで納得した。
幸村はブン太の事を応援しつつ(?)、大会に支障が出ないようにするつもりなのだ。
和葉が側にいればブン太も上の空になることはないだろうし、きっと見ていると分かっていればいつもより本気を出すだろう。
恐るべし、魔王幸村。じゃ……
続く…
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