チェンジ・ザ・ワールド☆
ピエロ
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ピエロ
「なあなあ比奈ちゃん。今度の日曜日、何か予定あるん?」
太陽の様な笑顔でそう尋ねるクリスに、比奈は曖昧な笑顔を向ける。
「ううん、今の所暇だけど」
ぱあっと太陽の周囲に花が咲いたように今度は笑うと、クリスは本当に嬉しそうに比奈を見た。
「ほんまに!? なら、日曜日お買い物に付き合うてくれん?」
チクリ
比奈の胸が痛んだ。
「うん、いいよ」
「やったー。めっちゃ嬉しい! ほんなら、日曜日10時に商店街の入り口で待ち合わせでええ?」
「分かった」
「絶対絶対、やっぱりなし~は、無しやで?」
「ふふ、分かってるよ」
笑顔で何度も比奈に手を振って廊下の向こうへ歩くクリスが見えなくなると、比奈はため息を吐いた。
痛い。
胸が痛い。
クリスが去って行ったのとは反対方向に歩き出し、比奈は先日あった出来事を思い出す。
放課後、いつも一緒にいる仲の良い友人達と教室で会話をしていた時の事。
西本はるひがぼそりと言ったその一言から始まった。
「そういえばさ、ひーちゃんって好きな人、おるん?」
「えっ?」
驚いてはるひを見る密は、すぐににっこりと美しい微笑みでその質問を躱した。
「え~。やだ、秘密~」
「えー! 何でなん! うちと千代美の好きな人知ってるくせに、自分だけは内緒なんてずるいやんか!」
「あら。でもそんな事言ったら比奈さんの好きな人だって知らないわよ?」
「……え? わたし?」
全員の視線が比奈を向く。
「私は好きな人なんていないよ」
慌てて取り繕ったが、意外に全員その言葉を信じた。
「比奈はそういうの鈍そうやもんなあ。ほら、比奈の事はええから、さっさと教え!」
「水島さん、白状してくださいっ!」
はるひと千代美に詰め寄られ。密は観念したように少し俯いて小声で言った。
「絶対に、他の人に言わないでよ?」
全員がこくりと頷く。
「ーーーあのね……えっと……クリス君、なの」
えーーーーー?
比奈は密が口にした名前にア然とした。
だってそれは、自分が好きな人と同じ相手だったから。
比奈と同じ美術部に所属するクリスは、明るく友好的で社交的。優しくて誰とでも仲良くできる。そして芸術センスは抜群で、作るものすべてが比奈の心を躍らせた。
ある時、偶然見かけた父親の仕事の手伝いをするクリスの姿。学校では見た事のない真剣な表情をしていた。
比奈は色んな顔を持つクリスという不思議な青年に、いつしか惹かれていった。
自分にはないものをたくさん持っているクリス。いつも眩しい笑顔をくれて、心を暖かくしてくれる。
目の前で恥ずかしそうにはるひと千代美にどこが好きなのかとか、いつから好きなのかと浴びせられる質問に答える密は、クリスと並ぶと華やかでお似合いだと思う。
チクリと胸が痛くなった。
そして、比奈は自分の気持ちを絶対に誰にも知られないようにすることを誓った。
あれから数日後、比奈はクリスにデートに誘われた。
それにオーケーの返事をして、今向かう先は密のいるクラス。
ちらりと腕時計に目をやると、あと少しで休み時間が終わりそうだった。
急がなきゃ。
ガラガラと教室のドアを開け、中を見回す。
「あっ、密さんっ!」
目当ての密は自分の席で静かに読書をしていた。
比奈の声に気付いて顔を上げると、いつもの綺麗な笑顔で席を立つ。
女の比奈が見ても惚れ惚れするくらい、密は美人だ。
自分も密くらい美人なら、もっと自信を持ってクリスを好きだと言えたかも知れない。
ーーーって、私のバカっ! そんな事考えてどうするの! 密さんを応援するって決めたじゃない!
変な嫉妬心に変わりそうな心に釘を刺す。
「どうしたの、比奈さん?」
「あのね、密さん今度の日曜日、暇?」
クリスは不機嫌だった。
表面上はもちろんニコニコといつもと変わらない笑顔を作ってはいたが、それもいつまで保つか自信がなくなりかけていた。
というのも、デートに誘ったはずの比奈は一人ではなくて、その隣りに密が立っていたから。
別に密の事が嫌いな訳ではない。どちらかといえば美人だし、好きだ。
だが、クリスは比奈と2人で出かけたかったのだ。
今の密は、いくら美人でもクリスにとっては邪魔者以外の何者でもなかった。
あかん……ボクってこんなにロス黒いやつやってんなーーーあれ? モス黒い? 違う……ま、どっちでもいいか。
どんよりと心の中にわき起こる感情に自分自身でへこむ。
比奈が絡むとどうも自分を上手くコントロール出来ない。
「今日はちょっと画材見たいんやけど、ええ?」
「うん、私もちょうど絵の具欲しかったし。いいよね。密さん?」
「もちろん」
笑顔の比奈と密が恨めしい。
クリスはドキッとした。
一瞬目が合った比奈が、すごく寂しそうに見えたのだ。
なんでそんな悲しそうな目をするん?
ここ数日の比奈の様子は少し変だった。避けているという訳ではないが、クリスと視線を合わせないようにしているのを感じていた。
何度か一緒に遊びに行った事はあったが、こうして密を連れてきたのは今日が初めてだ。
何かあったんかな……
先ほどから饒舌な密に笑顔で相づちを打つ比奈に、クリスは疑問を抱いた。
目的の画材屋に着くと、クリスと比奈はそれぞれ自分が欲しい物を見るために店では別行動をしていた。
「クリス君は今度何を描くの?」
自分に着いてきた密に、クリスは返事をする。
「ん~? そうやねえ、油絵にしようかと思うてんねん」
「油絵?」
「そう。めっちゃ大きいやつ!」
描きたいモノは決まっていた。比奈の抽象画だ。
それも200号くらいの大きいやつだ。
「へえ~」
目を輝かせる密に笑顔を向ける。
ああそうか、この子ボクの事好きなんや。
クリスは密の自分に対する気持ちに気付いた。
密みたいに分かりやすい子だったらどんなに良かっただろうと、向こうで真剣な表情で棚を見つめる比奈をそっと伺った。
「クリス君って比奈さんと仲良いね」
クリスのすぐ隣りで油壺を見ながら密が尋ねる。
本当に美人さんやなあ。
綺麗な黒髪、長い睫毛、薄いピンクの唇、白い肌。
日本人女性独特の雰囲気を持つ密の容姿は確かに美しい。
美しいのだが、やはりクリスにとって心を暖かくしてくれるのは比奈だったのだ。
比奈は特別美人という訳ではない。
最初は同じ部活で、ちょっとドジで天然な彼女に興味を持った。
話してみると、今までクリスが仲良くなってきた女の子達とはちょっと違うという事が分かって、知らぬ間に自分の心を浸食してしまった。
弱い駄目な自分をさらけ出せる唯一の人だと思った。
そう自覚するともう思いは止められなかった。
じっと自分を見つめているクリスの視線に気付き、密がほんのり顔を朱に染めて笑った。
「どうしたの、クリス君?」
「ーーーボク、比奈ちゃんの事好きなんや」
ニッコリと笑顔で言うと、密は大きな目をますます大きくしてクリスを見上げた。
唇が微かに震えている。
「ーーーそ、そうなんだっ」
慌てて視線を逸らす密。
申し訳ないとは思う。だが、これだけは譲れない。
「そ、せやから密ちゃん、応援してくれる?」
ボクはなんて酷い男なんやろう。
「あ、う、うん。もちろん」
今にも泣きそうなのを堪える密に、クリスは罪悪感を覚えながら心の中で謝った。
続く…
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