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風名10日目・No.3

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私のやんごとなき王子様














 風名君は約束通り夕食後部屋まで迎えに来てくれた。

 さなぎはとっくに米倉君と出かけていなかったけど、私はずうっとドキドキしっぱなしだった。隣りを歩く風名君の話し声もどこか遠くて、相づちを打ってはいるけどどんな話しをしていたのか、内容は覚えていない。


「この辺なら人も少ないな」


 そう言って腰を下ろしたのは少し高くなった岩場だった。そんなに足元も悪くないし、座るのに丁度いい高さの岩があってそのくぼみに並んで座る。

 ふと横を見ると岩場から離れた海岸や宿舎の窓にはたくさんの人影があって、花火が上がるのを今か今かと待ち構えていた。


「もう始まるよ」


 風名君が言い終わると同時に、近くの海面からシュルシュルと第一発目の花火が打ち上がった。


 ドーーーン!!


 大音響を響かせ、心臓の内側から体全体を振るわせるような振動が走り抜けた。

 夜空に弾けた大きな色鮮やかな花火に、一斉に喝采が起こる。


「わあ……綺麗」


 ここ数日綺麗という言葉を、私は何度使っただろう。風名君と一緒に見ているというだけで、色んなものが鮮やかに美しく映る。恋をするって、こう言う事なのかも知れない。

 見慣れた物や風景が一味違って見える……なんて素敵なんだろう。

 次々と重力に逆らって空へと投げ出されて行く花火の雨に、私は時間を忘れて魅入っていた。


「こんだけ近いと、さすがに迫力だな」

「うん、音も花火も大きいね」


 緊張の糸は花火のおかげで解れたみたい。花火の反響音の中、そう言って笑う風名君の顔が私のすぐ傍にあっても自然と会話が出来た。


「あ、俺この花火好き」


 風名君が言ったのはまるで柳の葉のような緋色の大きな花火だった。


「なんか華月みたいじゃない?」

「利根君?」

「そ。静かで繊細で、だけど弱々しくなくて綺麗」


 じっと花火が消えて行く様を見つめて言う風名君は、本当に利根君の事を幼なじみとして大切に思っているみたいだ。私は利根君の顔と同時にさなぎの笑顔を思い出してクスリと笑った。

 米倉君と二人とても幸せそうだった。さなぎが嬉しいと、私まで嬉しくなる。


「玲君」


 私は呼びかけられたその声に、思わず顔を弾かれた。振り向くとそこには亜里沙様が立っていて、苦しそうに私達を見ていた。


「ごめんなさい。お邪魔をするつもりは無かったのですけど……」


 途端に苦しくなる心臓。

 ああそうか。亜里沙様は私に嫉妬しているんだ。自分の好きな人が、自分以外の女の子と仲良くしているのを見ていられなかったんだ……。


「どうかしたのか?」


 答える風名君をそっと伺うけど、いつもと変わらない。告白された事に対して、風名君はどう感じているのだろう?


「この間の返事を……聞かせて頂けますか?」


 あれから2日、考える時間は十分にあったはずだ。でもこの場に私がいてはいけない。


「あ、えっと。大事なお話みたいだね。それじゃあ私は違う所で見て来ようかな……」


 そう言って立ち上がり、二人の間を抜けようとしたその時。風名君も立ち上がった。


「小日向、すぐ終わるからちょっと待って」

「え? でも……」


 驚いて足を止め、海の上に浮かぶ花火をバックに佇む風名君と亜里沙様を振り返る。

 すぐ終わるってどういう事? 私がいる目の前で返事をするなんて、どうしたらいいの?

 亜里沙様は何も言わず、じっと風名君を見つめている。その姿はまるで白鳥に姿を変えられ、愛する王子を待つオデット姫のようだった。


「桜、俺は……お前の気持ちに答える事は出来ない」


 !?


 私と亜里沙様は同時に体を硬直させた。花火が空中で爆発する音が足元から伝わる。

 何も言えず、ただ黙って事の成り行きを見守る私の耳に、亜里沙様の震える声が聞こえて来た。


「どうしても……ですの?」

「……ああ、どうしても無理なんだ――ごめん」

「――そうですか。分かりました……失礼します」


 花火の音にかき消されて亜里沙様の声は聞こえなかったけど、ゆっくりと頭を下げて踵を返す亜里沙様の姿に、私は泣きそうになった。


「か、風名君っ」


 動揺しているのが分かる。手が震えている。

 亜里沙様は本当に風名君の事が好きで、すごく勇気を出して告白をしたのに。それなのに!


「小日向。ごめんな、せっかく花火見てたのに」

「どうして? どうして亜里沙様の告白を断るの?!」


 自分だって風名君の事が好きなくせに、なんて間抜けな質問をしているんだろう。だけど亜里沙様の姿はもしかしたら私だったかもしれない。そう考えると言わずにはいられなかった。


「どうして? ……じゃあ小日向は好きでもない人と付き合えるのか?」

「っ!? そ、それは……」


 風名君の顔はすごく真剣だった。少し伏せられた目は辛そうで、亜里沙様に言った自分の言葉に傷ついているようにも見えた。


「俺は桜の事は仕事上でのいい仲間だと思ってる。あいつは真面目にひたむきに仕事に取り組んでるし、同じような辛さも分かり合えるいい仲間だ――でも、それだけなんだ。優しい言葉ならいくらでも掛ける事は出来るけど、あいつのプライドがそれは許さないだろう。だから、ああ言うしか無かった」


 確かにプライドの高い亜里沙様の事だ。風名君が言った言葉以上を並べても、きっと必要無いと突っぱねるだろう。でも……


「おいっ、小日向っ!」


 私は走り出していた。あの、しっかりと前を見据えて背筋を伸ばし去って行った亜里沙様の美しい姿を追いかけて














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