チェンジ・ザ・ワールド☆
苦くて甘いもの.3
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苦くて甘いもの
和葉はカフェが休みの今日、早起きをして朝から色々な料理を作っていた。
先日カフェにやって来たブン太が連れてきたテニス部部長の幸村から、ブン太が試合前にケーキを食べるという話を聞いて、ケーキと、他の部員の差し入れになるようにとレモンの蜂蜜漬けを昨日の晩から作った。
バナナブレッドが今焼き上がり、甘いのが苦手だという仁王の為に醤油をきかせた団子も作った。
「よしっと」
作った物を次々にタッパーに詰め、大きな紙袋に入れる。
「あれ、作りすぎたかな?」
テーブルの上に並ぶ紙袋を見て腕組みをしていると、携帯が鳴った。
「もしもし?」
電話は弟である肇からで、マンションの下に着いたという報告だった。
「肇、ちょっと上まで来て手伝って」
そう、今日は全国高校テニス大会があるのだが、それに和葉は肇と共に出かけることになったのだ。
ブン太が初めて幸村達を連れてきた翌日、幸村が一人でやって来た。
柔らかな物腰の幸村に、ブン太が是非今度の試合を和葉に見にきて欲しいと言っているから良かったら来て欲しいと言われたので、ちょうど店も休みだったし二つ返事で頷いたのだ。
テニスは高校までやっていたし今でも好きだ。ただ、怪我をしてからやめてしまい、それ以来テレビの中継を見るくらいで実際テニスコートまで行ってみる事はほとんどなくなっていた。
ブン太がテニスをやっているのを知って、助けた時は昔を思い出して少しくすぐったかった。
自分が青春を謳歌していた同じ立海大付属のテニス部のブン太。その彼を助けた偶然。
眩しい笑顔のブン太。
自分の作る料理をいつも美味しそうに食べてくれるブン太。
いつも和葉の事を慕って話しかけて来るブン太が可愛くてたまらなかった。
お母さんってこんな気持ちなのかも。
そんな事を考えていると肇がやって来た。
「お前作り過ぎ」
テーブルに並んだ紙袋を見て呆れている。
「だって、立海のテニス部って人数多いでしょ?」
「だからって試合に出るのはダブルスシングルス全員合わせても7人だぞ?」
「別にいいじゃない、レギュラーじゃない子が食べても」
「あーもー。いいや、さっさと行くぞ」
「はーい」
とても姉とは思えない和葉に、肇は大きなため息を吐いて紙袋を持った。
晴天の空の下、丸井ブン太は絶好調だった。
ぽとりと相手コートに決まった自分のボレーにしたり顔だ。
「へへ。俺って天才?」
「いいぞ、ブン太!」
立海の声援が響き渡る中、試合はブン太とジャッカルペア圧倒的有利に進んでいた。
「すごい……」
和葉は目の前で繰り広げられるブン太の試合にすっかり魅了されていた。
「ブン太の奴本当に強かったんだな。いつものあの姿からは想像できん」
隣りで肇も笑っている。
「そうだね」
和葉はドキドキしていた。
あの笑顔の可愛いブン太ではなく、今和葉の目の前で華麗な技を見せているのは格好良いブン太だった。
周囲の女の子達の声援もすごい。
色んな意味で圧倒されながら、和葉は静かに、しかし心の中では命一杯声を出しながら応援した。
試合は6-2でブン太・ジャッカルの勝利で終わり、次のシングルス2の試合へと移行した。
「これで立海は準々決勝進出か」
「去年全国大会で優勝してるんでしょ?」
「ああ。親父が言ってた」
和葉達の父親はテニス教室を開いていて、元プロでもある。
地元の有名校である立海大付属のテニス部の顧問とも知り合いで、幸村の事も二人は父親から聞いて知っていたのだ。
「ブン太君すごいんだね」
「惚れたか?」
「ぶっ! あはは! なんでそうなるのよ?」
「10も下だから眼中に無いか?」
真面目な顔で自分を見る肇に、和葉はピタリと動きを止めた。
「何言ってるの? 変な肇」
「……もうそろそろいいんじゃねえのか?」
「何が?」
「正太郎さんの事だよ」
「ーーー」
口をつぐんだ和葉に、肇は顔を歪ませる。
和葉は以前結婚していた。
正太郎というのが和葉の元夫の名前だ。
結婚したのは和葉が23歳の時で、大学時代にバイトをしていたカフェのオーナーだったのが正太郎だった。
和葉よりも10歳年上だった正太郎は、結婚前から既に病魔に侵されていて、余命3年と医者から宣告されていた。和葉はそれを承知で付き合っていた。
それでも和葉のウエディングドレス姿を見たいという和葉の母親の希望を叶えるため、無理をして結婚をしたのだ。
和葉は結婚する気などなかった。正太郎の両親は既に他界していたし、和葉の親の我が儘のために正太郎に苦労をさせたくはなかったのだ。
ただ、正太郎の側にいられればそれでいいと思っていた。
そんな正太郎からのプロポーズを和葉は最初泣きながら断った。しかし二度目のプロポーズに和葉は渋々承諾したのだ。
肇はそれを知っていた。
和葉がどれほど正太郎を大切に思っていたのか。
ふと応援席で声を上げるブン太を見る。
どことなくブン太と正太郎は似ている。
美味しい物が好きな所やいつも楽しそうに笑っている所。
和葉の作った料理を美味しい美味しいと言ってたくさん食べる所。
見た目は似ていないが、雰囲気が似ているのだ。
和葉はそれに気付いていないようだが、無意識のうちに正太郎の影を追っているのかも知れない。
結婚してたった一年後、正太郎は眠りについた。
それ以来、和葉は本格的に料理の勉強をするためフランスに渡り、2年間修行をして今の店をオープンさせた。
正太郎がやっていた店はもう無くなっていたが、今の店のこじんまりとした所を気に入って和葉は手に入れた。
正太郎が大好きだったカフェを、和葉は続けたかったのだ。
お客が笑顔になる店。
それが正太郎の口癖だった。
明るい正太郎は、死ぬ間際まで和葉に笑いかけていた。
あれから3年。
そろそろ和葉も新しい一歩を踏み出してもいいのではないかと肇は思う。
その相手が誰かは分からない。
本人がのんびりしているおかげで周囲からのラブコールに気付いてはいないが、案外モテるのだ。
弟の目から見ると何故モテるのか不思議なのだが、きっと和葉のどこか不安定な所が放っておけないのかもしれない。
「お、終わったな」
ふと気付くと試合は終わり、6-0で立海大がストレート勝ちを納めていた。
「和葉さんっ! 肇さんっ!」
ブン太が走ってこちらへやってきた。
自然と和葉は笑顔になる。
「ブン太君、お疲れさま。準々決勝進出おめでとう」
「ああ、ありがとうな。和葉さんが試合前にくれたケーキのおかげだぜぃ」
そう言って笑うブン太を、肇が何故応援したくなるのか漸く分かった。
こいつ、本当にまっすぐなんだよな。
和葉を見るブン太の目は純粋でまっすぐだ。
他の男達とは違う、ただ心の奥底からわき上がる純粋な好きという想い。
下心とかなさそうなのが、健全な男子高校生にしてみれば逆に心配ではあるが、そんな毒気の無いブン太の気持ちになら和葉が嫌な思いをする事もないだろうし、素直に和葉を任せてもいいかと思えてしまう。
やはり二人きりの姉弟だから、姉には幸せになって欲しいと思っている。
辛い経験をしているから、それはなおの事だ。
「ほらよ、これ」
「えっ? 何? 試合前にケーキもらったぜぃ? それにレモンの蜂蜜漬けも」
肇が差し出した紙袋を覗き込むと、ブン太が驚いて肇を見上げた。
「疲れを取るにはこれが一番だ」
「バナナブレッドだよ」
「和葉さん作り過ぎ」
和葉を見るブン太の顔に、肇が笑う。
「あははは、それ俺が朝言っといた」
「別にいいでしょ? 食べ盛りなんだからいっぱい食べてね」
にっこり微笑む和葉に、ブン太は顔を少し赤らめて頭を下げた。
「ありがと、皆でありがたくいただくよ」
本当に純粋で可愛い奴だ。
「こんにちは」
「あ、幸村君」
ブン太の後ろからやってきた幸村に和葉は挨拶をする。
「差し入れありがとうございます。部の連中が一瞬にして食べてしまいました」
「あんなにたくさん、申し訳ありません」
幸村の横からやって来たのは黒い帽子を被った背の高い青年。
びしっと背筋を伸ばした、少し怖そうな印象の男だった。
「あ、こいつ副部長の真田」
「ああ……」
和葉はブン太が初めて会った時から何度も口に出していた口うるさい真田が彼だと知って苦笑した。
「こんにちは。汐屋和葉です。こっちは弟の肇です」
「おいブン太、お前は食べ過ぎだ。うちの部員がお世話になっているのに、挨拶にも行かずすみません」
びしっと頭を下げる真田に、和葉と肇は顔を見合わせた。
「いやいや、うちもお客さんが来てくれて嬉しいんだから、そんなにブン太を攻めないでやってくれ」
そうだそうだと文句を言うブン太を真田はジロッと睨み、申し訳なさそうにした。
「あまりこいつを甘やかさないでください。すぐ気合いが緩みますから」
「ひでーな真田! 俺のどこが緩んでるんだよっ!」
「最近ずっとたるんどるではないかっ!」
言い合いが始まった二人を他所に、幸村が笑った。
「本当にありがとうございました。もしまたお暇があれば、見にきてください」
「ええ、もちろん」
「和葉さん、こんにちは」
「どうもっす」
次々とブン太の仲間である部員が集まって、賑やかになった。
皆に好かれているブン太の様子に、和葉は嬉しくなった。
続く…
真田ってブン太の事ブン太って呼んでましたっけ?
あと、お菓子作りはド素人なので適当なこと書いてます。スミマセ……(汗)
あと、お菓子作りはド素人なので適当なこと書いてます。スミマセ……(汗)
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