(──夢、なのか?)
視界が普段よりも少し高い事に気付き、続いて、身体の自由が利かない事に気付く。
誰かと同じ視点を共有するタイプの夢でも見ているのだろうか──そのような推測をするウェイバー。
そして何よりも彼に目の前の景色が夢であると確信させるに至った要因は、あまりに現実離れした景色そのものであった。
地獄──そうとしか形容出来ない。
世界を赤く染め上げる火と血。
積み上げられた瓦礫と死体の山。
元は戦車であった事が辛うじて窺える鉄塊の群れ。
何故かあちこちで生えている樹氷は、氷河期の如き空間を形成している。
まともに原型を留めている建造物は、一つもない。
同じく、死体もそのどれもが最早人と呼べるかどうか疑わしい程に破壊され尽くされていた。
ある者は骨と内臓を壊滅的に潰されゴムまりのようになり。
ある者は全身に火傷を負った状態で氷漬けになっており。
またある者は何処かから飛んできた鉄棒によって頭を壁に縫い付けられている。
如何なる力を用いれば、ここまで酷い惨劇を生み出せるのかと不思議に思うくらいの光景が、そこにあった。
加えて、場には赫黒の瘴気を身に纏った巨大な異形がいる始末。
その姿は、日本の伝承で言うところの『鬼』に酷似していた。
炎。血。破壊。氷。鬼。死。死。死。死──。
こんな現実離れした光景が、夢で無ければ──悪夢で無ければ何だと言うのか。
まさか、これが現実に起きた事だとでも?
もしウェイバーがこのインフェルノとコキュートスを混ぜ合わせたかのような現場に実際に立っていれば、恐怖のあまり膝が震え、地面にへたり込んでいただろう。
しかしながら、誰かと意識を共有している今の彼は違った。
その脚に微塵も震えはなく、呼吸に乱れは一切ない。
まるでこの悲劇の中心こそが、自分が立つべき場所なのだ、と言わんばかりのその態度。大舞台に立つベテランの俳優であっても、これほどまでに自信に満ちた佇まいは出来まい。
そして──ああ、ウェイバーは分かるのだ。
自分が視点を共有している何者かが、この惨状を目にして、ほんの少しも恐怖や悲哀を抱かず、どころか優越感を抱いている事を。
死骸を晒している彼らを嘲笑い、見下している事を。
視界から滲み出る雰囲気から、そのような心理がありありと窺えるのである。
この悲劇的な場にて、そんな感情でいられる者は、最早人ではない。
人を超越した魔人だ。
魔人と鬼に蹂躙されし地獄にあるのは、無慈悲な絶望のみ。
そこに希望の光はない。ただの無力な人間では、一筋たりとも差し込ませる事は出来ないだろう。
そう、ただの人間ならば。
では、魔人と同じく人を超越した人間ならば──英雄ならばどうか?
「──そこまでだ」
鋼鉄の如き軍靴の音が鳴り響くと同時に、視界がぐるりと移動する。
その先に立っていたのは、太陽よりもなお眩しい金色の髪をした、軍服の偉丈夫であった。
その瞳。その顔。その体。そのオーラ。
正義という概念が擬人化されれば、このようになるのだろう──そう余人に確信させんばかりの輝きを、この男は纏っている。
魔人へ対峙し、光り輝けるその姿。それはまさしく昔話に描かれる英雄のようであった──いや。
金髪の男は、まさに英雄だ。寧ろ、彼が英雄でなければ、歴史上・物語上で英雄と称される者は皆無となるだろう。
ぱちぱちと、周囲で燃え盛る炎の音が、彼が登場した途端、正義を讃える拍手へと転じたかのような錯覚を、ウェイバーは感じていた。
先程まで魔人共に支配されていた空間が、瞬時に英雄譚の舞台へと変化する。
そして、それと同時に、ウェイバーの視界はひどく歪んだ。
憎悪。嫌悪。憤怒。殺意──それらが、視界を塗りつぶして行く。
ウェイバーが視点を共有している何者かが、金髪の男に対し、強いマイナスの感情を抱いているのは、推察するまでもなく明らかであった。
「おおォ、初めまして大佐殿。お噂はかねがね。会えて光栄だよ」
英雄の登場を目にした鬼は、飄々とした口調で、そのような台詞を吐いた。
大佐殿、とは目の前に立つ偉丈夫の事を指すのだろう。
「そしてなるほど、確かに確かに……これはまた凄まじい。相方(ウラヌス)が滾るというのも納得だ。」
ウラヌス。
鬼が口にしたその名前に、ウェイバーは困惑する。
(──まさか、この夢で……)
ウェイバーの考察が終わるのを待たずに、鬼は此方の方へと顔を向け、
「なあ、そうだろう? これで今度こそ、おまえの望み通りじゃないか」
と問うた。
「ええ、待ち焦がれたわ──この時を」
ウェイバーは何も口にしていないのだが、己の口から言葉が滑り出す奇妙な感覚を味わった。
氷のように冷たく、凛とした、聞き覚えのある声。
それは、冬木市にてウェイバーが毎日のように聞いている──鉄姫のアーチャー、ウラヌスのそれに他ならない。
(──この夢で、ボクはあのアーチャーになっているのか?)
この世の物とは思えない光景。氷。聞き慣れた声。
それらをヒントに、今更ながら、その考えに至るウェイバー。
気付いた途端、周囲の炎が轟と一層強く燃え上がり、彼の視界を覆った。
世界は一瞬で赤一色に塗り潰され、だんだんと暗くなる。
そして、ウェイバーは──
◆
目を覚ました。
何回か見た覚えがある天井が、目に映る。冬木市にてウェイバーが仮宿に選んだ老夫婦の家の一室であった。
夢とは朧げなものである。たとえ目覚めた直後であっても、それを正確に記憶している事などあり得ない。思い出そうとしても、靄がかかったように曖昧になるのが当然だ。
だが、ウェイバーは今しがた見ていた夢をハッキリと記憶していた。転がっていた死体の一つ一つに至るまで詳細に思い出す事が出来る。
あれは本当にただの夢だったのだろうか?
そのような問いが湧き上がる。そして同時にそれが否である事を、ウェイバーの本能は告げていた。
ともあれ、この不可思議な体験をアーチャーに相談しないわけにはいくまい。夢の中の出来事や登場人物の事を知っているかどうか、尋ねてみるべきだろう。
そこまで考えて、ウェイバーはベッドから上半身を起こし、部屋の中を見回した。
アーチャーの姿は見られない。
マスターとサーヴァントの間に繋がれたパスに意識を集中させてみても、あの氷の弓兵が付近にいる気配は感じられなかった。ウェイバーが寝ている間に、何処かへと出かけたのだろうか?
まったく、勝手な行動をしやがって──溜息を吐くウェイバー。
まあ、そもそも、マスターどころか全人類を見下しているかの如き傲岸不遜な態度であるウラヌスは、勝手でない行動なんて、一度もした事がないのだが。気を使った行動など言わずもがなである。
時刻は朝の8時。まだ日が昇ったばかりである。昨夜は遅くまで監督役(ルーラー)からの通達に頭を悩ませていたので、睡眠はまだ足りてない。
というわけで、このままアーチャーが戻るまでもう一眠りしようかとウェイバーは考えた。だが、またあんな夢を見てしまったら……と考えると、二度寝する気は失せてしまう。
ならばどうしようか、と考えを巡らせたその時、彼はふと思い出した。この聖杯戦争においてマスターに与えられた特権の一つ──データベースへのアクセス権を。
主催の言葉を信じるならば、『Chaos.Cell』のデータベースには平行世界も含めたありとあらゆる英霊に纏わる情報が貯蔵されているらしい。
それでウラヌスについての情報を調べてみるのはどうだろうか。
上手くいけば、そこから彼女を従えられる情報を見つけられるかもしれない。そう考えると、それが妙案に思えてならなかった。今の今まで思いつかなかったのが不思議なくらいである。
期待を胸に、ウェイバーは『Chaos.Cell』のデータベースへとアクセスしたのであった。
◆
未熟な魔術師の少年が地獄の悪夢に魘されていた頃。
反転した無銘の執行者──鉄心のアーチャー、エミヤ・オルタは、深山町の一角を訪れていた。
彼の側に、マスターである
遠坂凛の姿は見られない。何も言わずに置いてきたのだ。
それは『英霊同士の戦いである聖杯戦争において、マスターを戦場に立たせるのは危険だ』という心遣いから来た行動ではない。
ただ単に、戦闘の邪魔になりかねない荷物を携えなかっただけである。これから起こる事を考えれば、当然だ。
彼がこの場を訪れたのは、ただの偵察が目的ではない──サーヴァントとの戦闘である。
ここ数日、この付近にて戦闘の痕跡が何箇所か見られていた──いや、それは果たして戦闘の痕跡と言えるのだろうか?
凍った地面。あちこちから生えた樹氷──まるで局所的に氷河期が訪れたかのような光景は、戦闘と言うよりも一種の災害の爪痕みたいであった。
そんな非現実的な光景を生み出せるのは、超常の存在たるサーヴァントしかあり得まい。
だから、銃剣の弓兵は、付近に氷を扱うサーヴァントがいるとアタリを付け、この場を訪れたのだ。
そしてその予測は見事に当たった。
「ふっ──」
遠方から、女の声が響いた。
顔を上げ、視界の先にある倉庫へと目を向ける──そこには一騎のサーヴァントが居た。
天王星のアーチャー、ウラヌスである。
倉庫の屋根の上に立つ彼女が、如何なる表情をしているかは伺えない。バイザーのようなもので目元を覆っているからだ。
しかし、目元が隠されていても、彼女が一般的に言って美人のカテゴリーに入れられるべき人物であるのは明らかであった。
ゴテゴテとした鋼鉄製の装飾を身に纏っている為分かりづらいが、ボディのプロポーションはそこらの人間では並べない程に整ったものであり、嘲るように歪められた口元は、妖艶な魅力を有している。紺色の髪は、夜空に似たスケールの神秘を思わせた。
覆い隠された顔も、寧ろそうする事でミロのヴィーナス宛らの見えざる空想の美を演出している。
そんな美しき存在が、昇り上がる太陽を背に現れたのだ。余人が見れば、天の国から神の一柱が降臨したと錯覚するに違いない。
エミヤ・オルタが腐りきった鉄心ではなく、美を尊ぶ心を有していれば、ウラヌスの美しくも神々しい姿に魅せられてしまっていただろう。
「驚いた──まさか、本戦の段階になって尚、このような劣等が残っていたとはな」
嘲笑が混ざった声でウラヌスは呟く。
確かに、エミヤ・オルタの装備は、二丁の銃剣という、およそ神秘を感じさせられないものである。
付近にサーヴァントの気配を察知したウラヌスが、わざわざ出向いてきてみれば、そこにいたのがそのような格の低いサーヴァントだったのだ──嘲笑を零してしまうのも仕方あるまい。
…………まあ、それにしても彼女の態度は些か慢心が過ぎるのだが。
「これまで己より劣るサーヴァントと戦ってきたか、そもそも戦闘の機会が無かったのか。どちらにせよ、運がいい事ね──だが、その運もここで尽きる」
いや──と言葉を続けるウラヌス。
「寧ろ最後まで幸運だったと言うべきか」
そう告げた途端、彼女は冷たい殺意を放出した。それは気迫的な意味であると同時に、文字通り、物理的な冷たさでもある。
寒い──生前からの精神と肉体の消耗により、感覚が鈍くなっている鉄心の執行者でもそう感じられるほどに、場の空気は冷気に支配されていた。
「喜べ下等生物(にんげん)。この戦争において間違いなく最強のサーヴァントである私から、直々に殺して貰えるのだから──その栄誉に絶頂しながら」
凍て付くがいい──と。
そう続けようとしたウラヌスの台詞は、一発の銃声に遮られた。エミヤ・オルタが握る銃剣から放たれたものであった。
放たれた鉛の弾丸は、星を撃ち墜とさんとばかりに空へと駆けて行く。
「弾丸を扱うという事は、クラスはアーチャーか? ふっ、同じクラスである事が恥ずかしく思える程に、貧弱すぎる一撃ね」
迫り来る凶弾を前に、ウラヌスは余裕綽々と言った態度を崩さず、つい、と片手を翳す。
「本物の射撃というものを見せてやろう」
ピアノを奏でるかのように、ウラヌスは指先を滑らかに踊らせた。
瞬間、彼女の周囲の空間は、絶対零度の領域へと墜落する。
温度の低下と共に凝結した空気中の水分は、何十もの氷杭へと変化した。氷河姫が持つ異なる星の力があるからこそ、可能な芸当である。
一斉に放たれた氷杭の大量射撃を前に、弾丸は為すすべなく飲み込まれた。
氷の奔流はそこで止まらず、魔星に弓を引いた射手を罰するべく、地上目掛けて降り注ぐ。
それは地上に落ちるや否や、耳を聾さんばかりに騒々しい破壊音を響かせ、そしてその一瞬後には、着弾地点から樹氷を芽吹かせる。
その光景は、氷と炎の違いこそあれ、かの背徳の市を滅ぼした天の裁きに似ていた。
戦闘跡の様子から、氷使いのサーヴァントがどのような攻撃手段を取るかを前々からある程度予想出来ていたエミヤ・オルタは、氷杭の雨を避けるのに間一髪で成功する。
しかし、雨は一粒だけで終わらない。
何発何十発も連続して襲ってくるのだ。
今は回避に成功しているエミヤ・オルタも、一瞬後、そのまた一瞬後、更に一瞬後にはどうなっているかは分からないのである。
「見るに耐えん程に無様だな。そうまでして寿命を数秒だけでも伸ばしたいか?」
「チィッ!」
苛立たしげに舌打ちをするエミヤ・オルタ。挑発じみたウラヌスの言葉に対して、ではない。彼女が扱う異能に対してだ。
この余りにもデタラメが過ぎる攻撃は、煩わしい事この上なかった。
二丁拳銃であるが故に手元から同時に出せる攻撃が二発しかないエミヤ・オルタと違い、ウラヌスは大気中のどこにでも氷杭の発射点を、好きなだけ作成できるのだ。
言うならば、無限の氷製である。
その点からして、両者の攻撃の物量は隔絶していた。
他のアーチャーとの戦闘において有利を取りやすい対射撃スキル『防弾加工』も、この氷のアーチャー相手にはあってないようなものである。どれだけ射撃攻撃への防御力を高めたとしても、着弾するやいなや凍結されては意味がないからだ。
ここは思い切って接近し、銃に取り付けた短剣で攻撃するか?
──否。それは出来ない。
空気中の水分を凍らせられる事から、ウラヌスの周囲の空間は、地球上の何処よりも寒い異界の如き領域となっていると見て然るべきだろう──そこで生存を許される生命は存在しない。
ウラヌスに近づく行為そのものが、自殺のようなものなのである──まあ、氷杭が降り注ぐ状況下で『思い切って接近』というアクションはそもそもからして不可能なのだが。
忌々しげに蒼の魔星を睨みつける黒の弓兵。
氷杭の豪雨は止む様子が見られない。
今だってあんなに大量に──
「──!」
何かを思いついた様子のエミヤ・オルタ。
彼は何度目かの回避を終えた直後、再び銃を構えた。
照準完了──引き金を握る指に力を込める。
「シッ!」
そう叫んだ瞬間、またも発砲音が鳴り響く。
放たれた弾丸は、蒼の魔星の扱う弾丸に比べれば、量も大きさもちっぽけなものであった。象の大群に挑む蟻のようである。
先程のリプレイのような行動を目にし、ウラヌスはいっそ憐れむような声で嘆いた。
「無駄な足掻きもここまで来ると呆れたものね。所詮、それが人間の限界か。銃剣の弓兵、おまえの矢は星(わたし)を射落とせな──」
その瞬間だった、凄まじい衝撃がウラヌスの顔面を襲ったのは。
がくん、と上半身が仰け反り、頭が揺れ、衝撃が鼓膜を叩く。
右半分が赤く潰れた視界の中に、砕けて飛んでいくバイザーが映った。
鉄心の執行者の弾丸は、蒼の魔星の元まで届いたのだ。
ウラヌスの使う氷杭の物量は圧倒的だ。それを前にすれば大抵の攻撃は飲み込まれ、無効化されてしまうほどに。
しかし、だからといってそれが全く隙のない弾幕射撃である事とはイコールで繋がらない。
寧ろ、隙はある。
ウラヌスは言うならば、神の如き力を手に入れただけの、何処にでもいる凡人だ。
殺しに向いた力を有していても、殺しの技能は有していない。
振るう力が如何に強大であろうと、使い手自身は未熟なのである。
加えて、その性格は慢心に満ちていると来た──そこに油断が生じないわけがない。
あくまで殺戮者であり、戦士ではなかった彼女の隙は、氷杭の空間的な隙として現れた。
それは針の穴のような、鼠一匹通る事すら出来ない程に小さな隙かもしれない。
しかし、生前から正義の味方(じゃあくなるもの)として戦闘技能を磨いていたエミヤ・オルタは、それを発見──見事銃弾を潜らせる事に成功したのだ。
つまる所、英霊としての格でもなければ、扱う異能の力量でもなく、単純な技量の差によって、この一撃は為されたのである。
「ぐぅう──あぁ……!」
背中を曲げて顔を伏せ、片手で片目を覆うウラヌス。指の隙間からは血が垂れていた。
弾丸は、バイザーとぶつかった事で方向が微妙に逸れ、頭を打ち抜けずに、片目を抉り飛ばすまでしか至らなかったようである。
しかしながら、片目だけとはいえ、戦闘に於いて視力を失うのは死んだも同然だ。
「おのれ──」
ウラヌスは顔を起こした。
抉られた片目は、彼女の星の力で凍結され、止血されている──赤黒い血が刺々しく固まったその形は、憤怒の形相を象った仮面のようにも見えた。
「おのれおのれおのれおのれおのれ──おのれッ!」
魔星狂乱。
惨痛に狂い、憤怒に乱れるその姿──宛ら叙事詩において人々に畏れられた怪物の如し。
「下賎な駄英霊如きが、よくもやってくれたなッ!」
「ほう──」
吼える魔星を目にし、執行者はここで始めて笑顔を見せた。
その笑顔は──嘲笑。
先程ウラヌスが見せていたものと同じ──己より劣る塵屑を見下ろす際に浮かべる表情である。
否──彼の場合は『己と同等の塵屑を見る』なのか。
「悪くない。まるで神か天上人かのような風格で薄っぺらく着飾っていた先程よりも、随分『らしく』なったじゃないか、氷のアーチャー──さてはおまえ、そっちが素だな?」
エミヤ・オルタがそう告げた瞬間、ウラヌスの体から発散される魔力は、暴風の如き荒々しさを増した。燃え上がる憤怒の激情の昂りが、そのまま魔力へと反映されているのである。
魔星の殺意が、たった一人の敵対者へと注がれる。
先程のような、戯れじみた片手間のものではない──常人が身に浴びれば、それだけで狂死しかねない全力全集中の殺意だ。
「大人しく磨り潰されていれば良いものの──曲芸じみた射撃一つで粋がるなよ、人間風情が」
ウラヌスは告げる、底冷えするような声音で。
そして、空気が、地面が、世界が──凍る。凍る。凍りつく。
樹氷が生え、白銀が大地を覆う。
己の力の凄まじさを誇るように──再確認するように、氷河姫は己が星辰光を以って、世界を侵食していた。
その光景は、まるで地球が全く異なる星へと変貌し始めているかのようであった。
「最早貴様にくれてやる慈悲は微塵もない。天津の高貴な血を流させた──その罰を与え、惨たらしく殺してやる」
「だが」とウラヌスは言葉を続ける。
「一つだけ褒めてやろう、銃剣の弓兵。退屈な戦闘ばかりで腑抜けかけていた私に、この場は英霊が集う、至高の戦いだと思い出させてくれた事を。──故に此処からは本気を出そう。獅子が兎を捕らえるのに全力を尽くすように」
それはまるで『これまで本気を出してなかったのだから、先程銃撃を受けてしまったのも仕方がない』と己に言い聞かせているかのようでもあった。
「天昇せよ、我が守護星──鋼の恒星を掲げるがため」
ウラヌスは紡ぎ始める。人間に対するありったけの憎悪を込めた詠唱(ランゲージ)を。
美しきその声で奏でられる詠唱は、一種の歌のようである。だが努努忘れる事なかれ。それは聴く者を冥界へと誘う死の歌である事を。
「散りばめられた星々は銀河を彩る天の河。巨躯へ煌めく威光を纏い、無謬の宇宙を従えよう」
元々多量であった彼女の魔力量が更に爆発的に増加したのを、エミヤ・オルタは感知した。
どうやら相手は宣告通り、これから全力の一撃を放つつもりらしい──ならば、己もそれに値するものを引っ張り出す必要がある。
そう考えた彼は、
「やれやれ」
と、ぼやいた後、剃刀のように鋭い殺意を込めた瞳で、ウラヌスを睨め付けた。
「これで終わらせてやる」
そして、エミヤ・オルタもまた、紡ぐ──無限を刻み、無へと至る詠唱(ランゲージ)を。
「I am the bone of my sword.」
「ならばこそ、大地の穢れが目に余るのだ。醜怪なるかな国津の民よ。賎陋たるその姿、生きているのも苦痛であろう」
殺戮の宣告と終末の宣告が、共に奏でられる。
銃剣の弓兵も詠唱を開始したのを目にするも、ウラヌスに焦る様子は見られない。
これから天王星が放つ全力(ドライブ)の一撃に敵うはずなどないのだから。
「燦爛な我が身と比べ、憐れでならぬ。直視に耐えん ゆえに奈落へ追放しよう――雨の恵みは凍てついた。
巡れ、昼光の女神。巡れ、闇夜の女王。爛漫と、咲き誇れよ結晶華」
余裕を取り戻したウラヌスは、微笑みを浮かべながら詠唱の最後の一節を刻む。
「これぞ天上楽土なり」
「───So as I pray, 」
詠唱は同時に終わった。
ウラヌスは腕を包むように形成された砲身を。
エミヤ・オルタは二丁の銃剣を。
弓兵共は己が獲物を相手に向け──
Metalnova Glacial Period
「『超新星──美醜の憂鬱、気紛れなるは天空神』ッ!」
Unlimited Lost Works
「『無█の剣製』!」
発砲。
氷河姫から放たれた超低温の氷弾と、執行者から放たれた鉛の弾丸は空中にて衝突する。
「ふっ──ふはははははは! 気でも狂ったか銃剣の弓兵!」
ウラヌスは思わず笑ってしまった。
己が撃ち放った氷山の如き大きさの氷弾に対し、相手が出したのが先程と代わり映えのないただの弾丸だったからだ。
落下する巨大隕石に対し小石を投げつけて抵抗するかのようなその行為は滑稽である。
だが彼女の嘲笑は、次の瞬間には消えた。
何故なら氷弾が木っ端微塵に砕け散ったからである──内側から突如として噴出した、何本もの剣によって。
パラパラと、細かく砕かれた氷が降り落ちる向こうには、執行者が五体満足の姿で立っていた。
バイザーの下で目を見開く。
今目の前で起こった信じがたい現象は何だ? まさか、これがあの銃剣の弓兵の宝具なのか?
驚愕するウラヌスに対し、エミヤ・オルタは肩を竦め、
「氷のアーチャー。おまえが言った『駄英霊』──アレは中々的を射たものだったよ。流石は弓兵だ」
そして続けて、
「性根が腐って、魂は堕ち、そして何より──おまえなんかを相手に宝具を『二発』も撃ってしまったこのオレには、その名称が似合っているだろうさ」
と告げた。
宝具を『二発』──二発?
ウラヌスがその言葉を疑問に思ったのと、彼女の腹部からドッと一本の剣が突き出たのは、全く同じタイミングであった。
エミヤ・オルタの宝具── 『無█の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)』 は、弾丸を撃ち込んだ相手の内部から無限の剣を内包した固有結界を展開し、炸裂させるものである。
彼は先程それを氷弾目掛けて撃ち──そして、氷弾という障害物が無くなった直後に、驚愕で意識に空隙が生じていたウラヌス目掛けて、二発目のロストワークスを撃ち込んでいたのだ。
二丁拳銃だからこそできる技である。
二本、三本、四本、と魔星の体から次々と飛び出す剣。
スプラッタ映画宛らの状況を目にし、ウラヌスはあと数秒もすれば自分もあの氷弾と同じ運命を辿る事を理解した。如何に耐久に優れた肉体を持つ人造惑星(プラネテス)であろうとも、肉体そのものが破裂すれば、絶命は免れまい。
「あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ──ッ!」
迫り来る死を理解した瞬間、彼女は断末魔めいた声で叫びながら、ロストワークスを撃ち込まれた箇所に手を当てていた。
それは何の策略もない、思わずやった、本能的で無意識の行動であった。
痛む傷口を押さえようとしたのかもしれないし、あるいは噴出する剣を押し戻そうとしたのかもしれない。
──しかしながら、その行動は終わりかけていた彼女の命を繋ぐ事に繋がった。
確かに彼女はロストワークスを撃ち込まれた箇所に手を当てただけだ。ただし、その『手』という言葉の前には『氷河姫の超低温の魔力を纏った』という修飾語句がつく。
エミヤ・オルタの『無█の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)』が相手の体内で生じる固有結界である事は先程説明したが、では、ウラヌスの『美醜の憂鬱、気紛れなるは天空神(Glacial Period)』はどのようなものなのか。
一見無尽蔵に氷の兵器を生み出す対軍宝具のように見えるが、その本質は『異なる星の法則で現実を塗り替える』というものである。
その在り方は固有結界の『己の心象風景で現実を塗り替える』という性質に限りなく近い。
つまり、展開しかけている『無█の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)』に『美醜の憂鬱、気紛れなるは天空神(Glacial Period)』の凍結能力がぶつかったこの状況は、世界の奪い合いに等しいのだ。
そしてその勝者は決まりきっていた──ウラヌスである。
人間では到達し得ない出力を持つ魔星である彼女が、たかだか一英霊相手に力負けするはずがないのだ。其処だけが唯一、彼女がエミヤ・オルタよりも戦士として優っている部分であった。
世界を塗り替えんとする剣の荒野を、氷河姫の花園が更に塗り替える。
展開しかけていたロストワークスは、数本の剣を噴出した所で停止した。
こうして、ウラヌスは固有結界『そのもの』を凍結させる事に成功したのである。
胸から生えた何本かの剣が氷漬けになっている、という奇妙なオブジェじみた格好になったウラヌス。並外れた耐久性が無ければ、この時点で絶命していてもおかしくあるまい。
咄嗟の行動により絶命を免れた彼女は、荒い息を吐きつつも、口角が吊り上がるのを抑えきれずにいた。
死を確信した段階から生還出来たとは、やはり自分は大和(カミ)に選ばれたかの如き幸運を持っているのだ──今の彼女の胸中にあるのは、そのような自尊心であった。
一方、エミヤ・オルタは絶対の自信を持って放った二発目のロストワークスを封じられたにも関わらず、全く焦っていなかった。
何故なら、今現在の状況はウラヌスが危機一髪助かっただけであり、彼女が有利になったわけではないからだ。
寧ろ片目を失い、致命寸前の傷を負っている彼女は、絶体絶命の窮地に立たされていると言っても良いだろう。
ここで逃さずに仕留めるべく、エミヤ・オルタは投影魔術を用いて銃剣をリロードした──その時であった。
ズズンッ! 、と地面が大きく揺れたのは。
それはまるで地下深くで土竜か何かが暴れまわっているかのような──いや。
事実、地下で何かが蠢いているのを、エミヤ・オルタは察知していた。
何故なら、己の足元から気配を感じたからである──それも、サーヴァントの気配だ。
時間が経つごとに揺れは大きくなる。
やがて、揺れが最高潮に達した瞬間、
「ハッハァーッ!」
という威勢の良い叫びと共に、エミヤ・オルタとウラヌスの間の地面が噴火したかのように爆ぜた。
そしてエミヤ・オルタはしかと目にしていた──十メートル以上の高さまで上がった土煙と一緒に、何者かが飛び出て来た事を。
水を加えた色水のように段々と薄くなって行く土煙。その中には、半分に割った卵の殻のような髪型の女を抱き抱えた状態で、握りしめた右拳を高く掲げている男がいた。
ナイフで切り裂いたかのような細く鋭い目に、全体的に尖った髪型。愉快げに口端を釣り上げた口からは、魔獣を思わせる凶暴な歯が覗いている。
二人の弓兵の戦場に突如として現れた、その男の名は──
「見覚えのあるモンが降ってると思って来てみれば、こりゃあ随分と懐かしい顔がいるじゃねぇか──ええ? 氷河姫(ピリオド)よォ」
アスラ・ザ・デッドエンド。
またの名をクロノスNO.η・色即絶空(ストレイド)。
アサシンであり、殺人拳の使い手であり、超人であり、魔星であり──そして、悪童である。
【C-3/マッケンジー宅/一日目 午前】
【
ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]:健康
[令呪・聖鉄]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:そこそこ。
[思考・状況]
基本:聖杯を元の世界に持ち帰り、周囲に自分の優秀さを認めさせる。
1:聖杯戦争を勝ち抜く。……煩い煩い、勝つったら勝つんだよッ!!
2:データベースでアーチャーについての情報を調べる。
【A-3/深山街/一日目 午前】
【アーチャー(
エミヤ[オルタ])@Fate/Grand Order】
[状態]:魔力消費(中)、冷気によるダメージ(中)
[装備]:『干将・莫耶』
[道具]:ワイヤー、銃弾、諸々
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本:
???
【アーチャー(
ウラヌス-No.ζ)@シルヴァリオ・ヴェンデッタ】
[状態]:魔力消費(中)、右目失明、ダメージ(大)、胸部凍結
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本:聖杯を手に入れ、クリストファー・ヴァルゼライドに復讐する。
【アサシン(
アスラ・ザ・デッドエンド)@シルヴァリオ・ヴェンデッタ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本:聖杯に掛ける願いそのものはない。聖杯戦争で勝ち星を上げ、拳の極致に至り、ジンが理想とした視点に至る事が、アサシンの目的である。
【
F・F(フー・ファイターズ)@ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン】
[状態]:健康
[令呪・聖鉄]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:そこそこ。
[思考・状況]
基本:特になし、ぶらぶら気ままにフリーター生活。
最終更新:2018年02月13日 16:46