岐路 ◆ORLXhoTwxA
それを聞いた時、花澤三郎は始め自分の耳を疑った。
次いで、あの下品な男がなにかの間違いを犯したのだと思った。
訂正の言葉を待ってみたが、何事も無く午後六時の定時放送は終了した。
それからしばらく、三郎はじっと待ちつづけた。幾ら待っても何もおきなかった。
やっと、三郎は理解した。その瞬間、全身から力が抜けた。
次いで、あの下品な男がなにかの間違いを犯したのだと思った。
訂正の言葉を待ってみたが、何事も無く午後六時の定時放送は終了した。
それからしばらく、三郎はじっと待ちつづけた。幾ら待っても何もおきなかった。
やっと、三郎は理解した。その瞬間、全身から力が抜けた。
膝が砕けて尻もちをついた。
伏せられた顔は相変わらずの無表情、しかし常のそれとはどこか違う。
口からポツリと、言葉が漏れでる。
「殺せなかったのか」
あの姑息な縛めが、プライドをかなぐり捨てた行為が。
全く無意味なものだったと三郎は知った。
そして今までの卑小な達成感が幻だったことを突きつけられた。
伊藤は死んでいなかったのだ。
放送の際、伊藤という性は一度読み上げられてはいた。
だがそれは榊野の伊藤であり、軟葉の伊藤ではない。
嘘をつく男だとも思えなかった。だとするなれば。
あの状況でどうやったのかはわからないが、伊藤は逃げ延び、生き残ったのだ。
伏せられた顔は相変わらずの無表情、しかし常のそれとはどこか違う。
口からポツリと、言葉が漏れでる。
「殺せなかったのか」
あの姑息な縛めが、プライドをかなぐり捨てた行為が。
全く無意味なものだったと三郎は知った。
そして今までの卑小な達成感が幻だったことを突きつけられた。
伊藤は死んでいなかったのだ。
放送の際、伊藤という性は一度読み上げられてはいた。
だがそれは榊野の伊藤であり、軟葉の伊藤ではない。
嘘をつく男だとも思えなかった。だとするなれば。
あの状況でどうやったのかはわからないが、伊藤は逃げ延び、生き残ったのだ。
「ふふふ……ふふふふ」
その事実に三郎は痙攣するようにわらった。落とした肩が小刻みに揺れる。
三郎は、疲れていた。
だけどその見事な道化ぶりに、三郎の意思とは無関係に口からわらいが溢れてくる。
小さな、わらい声だった。
その事実に三郎は痙攣するようにわらった。落とした肩が小刻みに揺れる。
三郎は、疲れていた。
だけどその見事な道化ぶりに、三郎の意思とは無関係に口からわらいが溢れてくる。
小さな、わらい声だった。
決意した筈なのに。覚悟した筈なのに。
卑怯者だと、最低だと、自らを貶めてもそれにすらなれないでいる自分が。
あまりにも馬鹿馬鹿しく、どうしようもなく情けなく。
そして……。
(オレは……あいつが生きていたことに喜んでいる!)
偽らざる感情だった。
伊藤が生きている事を知った瞬間、花澤三郎は、安堵、したのだ。
焼き付けた、伊藤の顔が目に浮かぶ。無様だった。
最低ですらない、何者にもなれない自分。何の意味も見出せない存在。
身体が弛緩し、心も萎んでしまっていた。
三郎は湧き出る衝動に身を任せて、静かにその場でわらい続けた。
地に墜ちた鴉は、死ねなかったのだ。
卑怯者だと、最低だと、自らを貶めてもそれにすらなれないでいる自分が。
あまりにも馬鹿馬鹿しく、どうしようもなく情けなく。
そして……。
(オレは……あいつが生きていたことに喜んでいる!)
偽らざる感情だった。
伊藤が生きている事を知った瞬間、花澤三郎は、安堵、したのだ。
焼き付けた、伊藤の顔が目に浮かぶ。無様だった。
最低ですらない、何者にもなれない自分。何の意味も見出せない存在。
身体が弛緩し、心も萎んでしまっていた。
三郎は湧き出る衝動に身を任せて、静かにその場でわらい続けた。
地に墜ちた鴉は、死ねなかったのだ。
しばらくして、三郎は歩き出した。
デイパックとショットガンを気だるげに持ち、ふらふらとおぼつかない足取りで。
どこという目標もなく、冷たい風をその身に受けてただ歩くだけ。
花澤三郎は完全に道を見失っていた。
デイパックとショットガンを気だるげに持ち、ふらふらとおぼつかない足取りで。
どこという目標もなく、冷たい風をその身に受けてただ歩くだけ。
花澤三郎は完全に道を見失っていた。
現在、三郎は東崎トンネル付近にいる。坊屋春道と別の道を行き、なおかつまた遭遇しないようにと進
んだ結果、島を北上する事になっていた。村を出て道なりに歩いて途中、無学寺にも立ち寄っていた。
それまでずっと、休む事無く歩き詰めだったので少し休憩しようとしての事だった。
んだ結果、島を北上する事になっていた。村を出て道なりに歩いて途中、無学寺にも立ち寄っていた。
それまでずっと、休む事無く歩き詰めだったので少し休憩しようとしての事だった。
しかしだ。夕焼けに染まる古寺、開け放たれた玄関口。そこから覗く、床に横たわった大きな影。それ
を見て何があったか、その影がなんなのか察する事のできない三郎ではなかった。
気づいたときには駆け出していた。
なんでそうしたのか三郎自身にもわからない。走りながら、あそこにいるのはまずい、何が潜んでいる
かわからない、だからあそこで休むのはやめておくべき、無用な危険はさけるべき、理由は幾らでもでて
きたが本当の所は三郎にはわからなかった。三郎の奥まった部分が理解を拒否したのだろう。
そして息が切れて立ち止まっている間に、放送が始まったのだ。
を見て何があったか、その影がなんなのか察する事のできない三郎ではなかった。
気づいたときには駆け出していた。
なんでそうしたのか三郎自身にもわからない。走りながら、あそこにいるのはまずい、何が潜んでいる
かわからない、だからあそこで休むのはやめておくべき、無用な危険はさけるべき、理由は幾らでもでて
きたが本当の所は三郎にはわからなかった。三郎の奥まった部分が理解を拒否したのだろう。
そして息が切れて立ち止まっている間に、放送が始まったのだ。
死者の名前を読み上げる前に、禁止エリアが発表されたのは三郎にとって運が良かった。辺りの暗さも
ありデイパックからペンや地図を出す暇はなかったので、命に関わる禁止エリアと、伊藤の事にだけ集中
して記憶しようとした。後で休憩もかねてゆっくりと状況を整理しようとしたのだが……。
自分が今いる場所は二十一時に禁止エリアになる、それはしっかりと理解しておく事が出来た。だから
目標はなくとも三郎はのろのろと移動している。死ぬわけにはいかなかった。今のまま死ねば本当にこれ
までの三郎の行動は無駄になる。それは考えるだけでも恐ろしい事だった。
だが、それだけだ。まともに物を考える余裕は三郎にはもうない。
ありデイパックからペンや地図を出す暇はなかったので、命に関わる禁止エリアと、伊藤の事にだけ集中
して記憶しようとした。後で休憩もかねてゆっくりと状況を整理しようとしたのだが……。
自分が今いる場所は二十一時に禁止エリアになる、それはしっかりと理解しておく事が出来た。だから
目標はなくとも三郎はのろのろと移動している。死ぬわけにはいかなかった。今のまま死ねば本当にこれ
までの三郎の行動は無駄になる。それは考えるだけでも恐ろしい事だった。
だが、それだけだ。まともに物を考える余裕は三郎にはもうない。
今の三郎の心はガタガタだった。
いつ殺されるともしれない恐怖。不甲斐ない自らに対する苛立ち。結果を出せない事への焦り。
いままで碌に休んでおらず、食事すらとっていない。喧嘩の疲れも残ったまま。
目立った傷こそないが心身ともに疲労がピークに達していた。
それに加えて、これまで三郎を支えていたものは自分の手で投げ捨ててしまっており、三郎の心の支柱
は既に取り払われている。いつ潰れてもおかしくなかった。
それでも立っていられたのは義務感と生への執着は残っていたからだ。
しかしそこに追い討ちをかけたのが伊藤の生存という事実。断腸の思いで行った卑劣な行いが無為なも
のだった事への脱力感は言うに及ばず、伊藤が生きているということは三郎の行いを知っている人間が生
きているという事だ。まさしく生き恥である。三郎はもう前に進むことも、後ろに下がることもできない。
しかも性質の悪いのは、断ち切ったはずの逃げ道が中途半端に残っている事だ。
伊藤が死んでさえいれば偽りの覚悟も固まったのだろうが、生き残ったおかげで三郎にとってのいわば、
救いというものが目の前にぶら下がってしまった。これが余計に三郎を迷わせる。
後戻りすることができる、そういう思考の余地が残れば残るほどそれは無視できる人間は少ない。弱り
きった三郎にとってはなおの事だ。そしてその猶予が心の腐敗を加速させる。
見事な位に底なし沼の袋小路にはまりこんでしまっていた。
伊藤真司は殴り合いにこそ負けたが、花澤三郎の心に決定的な傷を負わせる事に図らずも成功していた。
結果だけを見るのなら花澤三郎は、伊藤真司に敗けたのだ。それも完膚なきまでに。
いつ殺されるともしれない恐怖。不甲斐ない自らに対する苛立ち。結果を出せない事への焦り。
いままで碌に休んでおらず、食事すらとっていない。喧嘩の疲れも残ったまま。
目立った傷こそないが心身ともに疲労がピークに達していた。
それに加えて、これまで三郎を支えていたものは自分の手で投げ捨ててしまっており、三郎の心の支柱
は既に取り払われている。いつ潰れてもおかしくなかった。
それでも立っていられたのは義務感と生への執着は残っていたからだ。
しかしそこに追い討ちをかけたのが伊藤の生存という事実。断腸の思いで行った卑劣な行いが無為なも
のだった事への脱力感は言うに及ばず、伊藤が生きているということは三郎の行いを知っている人間が生
きているという事だ。まさしく生き恥である。三郎はもう前に進むことも、後ろに下がることもできない。
しかも性質の悪いのは、断ち切ったはずの逃げ道が中途半端に残っている事だ。
伊藤が死んでさえいれば偽りの覚悟も固まったのだろうが、生き残ったおかげで三郎にとってのいわば、
救いというものが目の前にぶら下がってしまった。これが余計に三郎を迷わせる。
後戻りすることができる、そういう思考の余地が残れば残るほどそれは無視できる人間は少ない。弱り
きった三郎にとってはなおの事だ。そしてその猶予が心の腐敗を加速させる。
見事な位に底なし沼の袋小路にはまりこんでしまっていた。
伊藤真司は殴り合いにこそ負けたが、花澤三郎の心に決定的な傷を負わせる事に図らずも成功していた。
結果だけを見るのなら花澤三郎は、伊藤真司に敗けたのだ。それも完膚なきまでに。
そんな三郎が、
「う、を」
明かりもつけずに夜の中を歩いていれば、足元が疎かになるのは当然のことと言えた。
なにかに三郎の足がぶつかり、体勢を崩して倒れる。手をつく暇なく地面に身体を打った。
「ァタタ……」
荷物を手放して身体をさする。足に妙な感触の何かが触れていた。
転んだ痛みに顔をしかめつつ足元に視線を向け、思わず目を見開いた。
大柄な人間のピクリとも動かない姿がそこにあった。その脇には血濡れの刀。
思わず手で触れようとし、すぐに引っ込めた。足も慌てて持ち上げる。
死んでいた。足から伝わった情報は三郎にそれを教えた
いきなりの事態に一瞬息が詰まるが……それだけだった。
(…………こんなもんか)
それが三郎の自然に出た感想だった。
急速に三郎のどこかが冷え始める。
萎んだ心になにかが注がれていく。
(こんなもんなのか)
目の前の人間の無造作な死に様に、三郎は何故だか肩透かしをくらった気分だった。
人を殺せない事に苦悩していた三郎の前に現われた、明確な、目に見える死。
手の届くところまで近づいたそれは、あまりにも……呆気なく感じられた。
妙な感じだった。吐き気もなにもない。恐ろしくも無い。麻痺しているのだろうかと訝しむ。
しかしあれやかれやと頭で考えていた何もかもが、この実感に比べれば意味の無いように思える。
死体は、あくまで死体でしかなかった。そう思えた。
今まで自分は、何を恐れていたのだろうか? そうも思えた。
だから目の前で人間が死んでいる、という事実よりもその男が着ているものに意識が向いた。
少し距離を置いて膝立ちになり、改めて死体を眺める。
見覚えのある制服だった。
「この格好……藤岡と同じ……?」
そこまで言った直後に、
「――グ?!」
背後から衝撃。また地面に顔をうずめる。
何かが、三郎を背中から押し付けていた。
いきなりの事態に三郎は反射的に身を捻り、
(ん?)
肘にぶつかった何かはあっさり、三郎の背中から滑り落ちた。
その呆気なさに、混乱しかけた頭がすぐに立ち直った。
一息で体勢を立て直しその何かを視界にいれる。
(……こいつか)
人間だった。それもすぐそこにある死体と同じ制服を着た男。
男は三郎に背中を向けて、左肘をついて身体を持ち上げようともがいていた。
しかし力が入らないのか、うまくいっていない。
その姿を見て、三郎は完全に落ち着きを取り戻した。
(怪我か)
目の前の様子やさっきの不意打ち、この場の状況を考えるにその可能性は高かった。
よく見れば男の右肩に染みのようなものが窺える。息も荒い。
そうなると、解らないことが幾つかあった。
この男が何故怪我を押して三郎を襲ったのか。
襲うのならば何故三郎が転んだときにそうしなかったのか。
そもそも何故今まで息を荒げる男の存在に気が付かなかったのか。
不審な点は多々あったが……、
(まあ、なんでもいい)
さっきから、妙に心が冷めていた。
目の前の怪我人を見ても、心に波風はたたない。
きっと今の自分は分校跡で出会った少女と同じ目をしているのだろう。
望んでいたものをとうとう手に入れたのだ。
反撃される恐れも無い。
もしも武器があるなら不意打ちの時点で使っていた筈。
今なら……殺せる。そう思った。
落としたショットガンを見る。思考。
怪我人に必要はないと判断。
首を振って、腰を持ち上げる。
もがく男に近づき、脇腹に爪先を入れた。
ひっかけて持ち上げ、仰向けにする。
そのまま男に馬乗りになった。
マウントポジション。やれる。
腕を振り上げる。
振り上げて、止まった。
「う、を」
明かりもつけずに夜の中を歩いていれば、足元が疎かになるのは当然のことと言えた。
なにかに三郎の足がぶつかり、体勢を崩して倒れる。手をつく暇なく地面に身体を打った。
「ァタタ……」
荷物を手放して身体をさする。足に妙な感触の何かが触れていた。
転んだ痛みに顔をしかめつつ足元に視線を向け、思わず目を見開いた。
大柄な人間のピクリとも動かない姿がそこにあった。その脇には血濡れの刀。
思わず手で触れようとし、すぐに引っ込めた。足も慌てて持ち上げる。
死んでいた。足から伝わった情報は三郎にそれを教えた
いきなりの事態に一瞬息が詰まるが……それだけだった。
(…………こんなもんか)
それが三郎の自然に出た感想だった。
急速に三郎のどこかが冷え始める。
萎んだ心になにかが注がれていく。
(こんなもんなのか)
目の前の人間の無造作な死に様に、三郎は何故だか肩透かしをくらった気分だった。
人を殺せない事に苦悩していた三郎の前に現われた、明確な、目に見える死。
手の届くところまで近づいたそれは、あまりにも……呆気なく感じられた。
妙な感じだった。吐き気もなにもない。恐ろしくも無い。麻痺しているのだろうかと訝しむ。
しかしあれやかれやと頭で考えていた何もかもが、この実感に比べれば意味の無いように思える。
死体は、あくまで死体でしかなかった。そう思えた。
今まで自分は、何を恐れていたのだろうか? そうも思えた。
だから目の前で人間が死んでいる、という事実よりもその男が着ているものに意識が向いた。
少し距離を置いて膝立ちになり、改めて死体を眺める。
見覚えのある制服だった。
「この格好……藤岡と同じ……?」
そこまで言った直後に、
「――グ?!」
背後から衝撃。また地面に顔をうずめる。
何かが、三郎を背中から押し付けていた。
いきなりの事態に三郎は反射的に身を捻り、
(ん?)
肘にぶつかった何かはあっさり、三郎の背中から滑り落ちた。
その呆気なさに、混乱しかけた頭がすぐに立ち直った。
一息で体勢を立て直しその何かを視界にいれる。
(……こいつか)
人間だった。それもすぐそこにある死体と同じ制服を着た男。
男は三郎に背中を向けて、左肘をついて身体を持ち上げようともがいていた。
しかし力が入らないのか、うまくいっていない。
その姿を見て、三郎は完全に落ち着きを取り戻した。
(怪我か)
目の前の様子やさっきの不意打ち、この場の状況を考えるにその可能性は高かった。
よく見れば男の右肩に染みのようなものが窺える。息も荒い。
そうなると、解らないことが幾つかあった。
この男が何故怪我を押して三郎を襲ったのか。
襲うのならば何故三郎が転んだときにそうしなかったのか。
そもそも何故今まで息を荒げる男の存在に気が付かなかったのか。
不審な点は多々あったが……、
(まあ、なんでもいい)
さっきから、妙に心が冷めていた。
目の前の怪我人を見ても、心に波風はたたない。
きっと今の自分は分校跡で出会った少女と同じ目をしているのだろう。
望んでいたものをとうとう手に入れたのだ。
反撃される恐れも無い。
もしも武器があるなら不意打ちの時点で使っていた筈。
今なら……殺せる。そう思った。
落としたショットガンを見る。思考。
怪我人に必要はないと判断。
首を振って、腰を持ち上げる。
もがく男に近づき、脇腹に爪先を入れた。
ひっかけて持ち上げ、仰向けにする。
そのまま男に馬乗りになった。
マウントポジション。やれる。
腕を振り上げる。
振り上げて、止まった。
「――――えか」
掠れた声。
平坦な口調。
月の光。
眼下の瞳。
そして。
平坦な口調。
月の光。
眼下の瞳。
そして。
「――――お前か」
三郎は、震えた。
三郎は一気に男から飛び退いた。
落とした荷物は無視して、急いで距離を取る。
間違いなく、三郎の方が有利な体勢だった。
しかし、身体は勝手に動いていた。
(何なんだ……?!)
三郎にも初めての体験だった。
自分の咄嗟の行動に理解が追いつかない。
異常な感覚、三郎の経験が行動させた。
落とした荷物は無視して、急いで距離を取る。
間違いなく、三郎の方が有利な体勢だった。
しかし、身体は勝手に動いていた。
(何なんだ……?!)
三郎にも初めての体験だった。
自分の咄嗟の行動に理解が追いつかない。
異常な感覚、三郎の経験が行動させた。
その間に男の身体が少しづつ、持ち上がっていく。
男が身動きするたびに、三郎の動きは束縛される。
息苦しさを覚える程に、目の前の男に三郎は気圧されていた。
男が身動きするたびに、三郎の動きは束縛される。
息苦しさを覚える程に、目の前の男に三郎は気圧されていた。
男は膝を立て、震えながらも立ち上がった。
やっと手に入れた落ち着きはもう、三郎には残っていなかった。
何故、何故、何故。そればかりが頭に浮かぶ。
やっと手に入れた落ち着きはもう、三郎には残っていなかった。
何故、何故、何故。そればかりが頭に浮かぶ。
気づいた時には手が届く距離まで近づかれ、見下ろされていた。
今まで体験した事の無い強烈な視線が三郎に突き刺さっている。
眼を見れば、相手の器量の見立てはできる。
しかし男を直視することが、三郎にはできなかった。
町の不良の威圧とも、分校跡で体験した鋭い殺意とも違う。
三郎が未体験のなにか。強烈で、そして純粋ななにかが塊となって三郎を圧している。
動きたくても動けなかった。完全に、相手に支配されていた。
今まで体験した事の無い強烈な視線が三郎に突き刺さっている。
眼を見れば、相手の器量の見立てはできる。
しかし男を直視することが、三郎にはできなかった。
町の不良の威圧とも、分校跡で体験した鋭い殺意とも違う。
三郎が未体験のなにか。強烈で、そして純粋ななにかが塊となって三郎を圧している。
動きたくても動けなかった。完全に、相手に支配されていた。
嗄れた声が三郎に問いかける。
平易でがらがらの、恐ろしさの欠片も無い語り口。
しかし三郎はその裏の剣呑な輝きを感じとっていた。
平易でがらがらの、恐ろしさの欠片も無い語り口。
しかし三郎はその裏の剣呑な輝きを感じとっていた。
「お前が、ハルヒを」
(ハルヒ……?)
ハルヒという単語。三郎には聞き覚えがあった。
(…………ッ?!)
目の前の男と、先程思い出した藤岡……ハルヒ。
同じ制服。三郎を襲った訳。男の異様な気配。
一つに繋がっていた。
思わず男を見上げて、慌てて否定する。
「ご、誤解だ。オレは何も」
自分でも解るほどみっともない声が出ていた。
見上げた男の顔は黒く塗り潰されて窺えない。
男は見下ろしたまま、再度言う。
相反するものが混じり合った、その声で。
ハルヒという単語。三郎には聞き覚えがあった。
(…………ッ?!)
目の前の男と、先程思い出した藤岡……ハルヒ。
同じ制服。三郎を襲った訳。男の異様な気配。
一つに繋がっていた。
思わず男を見上げて、慌てて否定する。
「ご、誤解だ。オレは何も」
自分でも解るほどみっともない声が出ていた。
見上げた男の顔は黒く塗り潰されて窺えない。
男は見下ろしたまま、再度言う。
相反するものが混じり合った、その声で。
「話せ。お前の知っている事を、すべて」
□ □ □
もしかしたら、逃げる気になれば逃げられたのかもしれない。
だが三郎はそうせず自分の知っている全てを男に話すことにした。
藤岡ハルヒとの出会いと別れ、そして七原秋也のことも。
だが三郎はそうせず自分の知っている全てを男に話すことにした。
藤岡ハルヒとの出会いと別れ、そして七原秋也のことも。
男は三郎が話し始めてからは腰を降ろして、体育座りの格好で三郎の話を黙って聞いていた。
それに伴って三郎が感じていた重圧も嘘のように消えた。
対する三郎は男の正面であぐらをかいて、できるだけ詳細に藤岡ハルヒとの関わりを説明した。
普段の三郎ならいざ知らず、今の三郎に抵抗する気力は残されていなかった。
そして、三郎は楽になりたかったのだ。
それに伴って三郎が感じていた重圧も嘘のように消えた。
対する三郎は男の正面であぐらをかいて、できるだけ詳細に藤岡ハルヒとの関わりを説明した。
普段の三郎ならいざ知らず、今の三郎に抵抗する気力は残されていなかった。
そして、三郎は楽になりたかったのだ。
「…………これで、オレと藤岡との話は全部です」
それだけ言って、三郎は話し終えた。長い話でもなかった。
三郎の話を聞き終えた男は、立ち上がって歩き出した。何も言わず、地図を握り締めて。
(信じてくれたのか……?)
自分の話を信じてもらえる自信はあまりなかったのだが、どうやら杞憂のようだった。
今の男の行動自体は予測していたので、今度は三郎が男に言葉を投げかける。
それだけ言って、三郎は話し終えた。長い話でもなかった。
三郎の話を聞き終えた男は、立ち上がって歩き出した。何も言わず、地図を握り締めて。
(信じてくれたのか……?)
自分の話を信じてもらえる自信はあまりなかったのだが、どうやら杞憂のようだった。
今の男の行動自体は予測していたので、今度は三郎が男に言葉を投げかける。
「さっきも言いいましたが、死ぬかもしれないですよ」
男は三郎の言葉には反応しなかった。夜の中に姿が紛れてだんだんと見えなくなっていく。
さっき、というのもハルヒと別れた場所について話したときだ。
三郎がハルヒを置いていったのは平瀬村の民家だ。そして先程の放送で平瀬村の中心部は禁止エリアに
指定された。地図で言えばF2エリア。ハルヒと別れたのがそのエリアかどうかは三郎にはわからないが、
それでも男に対してその辺りで別れたと説明した。
その瞬間、男の雰囲気が変わったのを三郎は覚えている。
恐らく、この男は何があっても平瀬村に向かう。その時三郎はそう察した。
男は三郎の言葉には反応しなかった。夜の中に姿が紛れてだんだんと見えなくなっていく。
さっき、というのもハルヒと別れた場所について話したときだ。
三郎がハルヒを置いていったのは平瀬村の民家だ。そして先程の放送で平瀬村の中心部は禁止エリアに
指定された。地図で言えばF2エリア。ハルヒと別れたのがそのエリアかどうかは三郎にはわからないが、
それでも男に対してその辺りで別れたと説明した。
その瞬間、男の雰囲気が変わったのを三郎は覚えている。
恐らく、この男は何があっても平瀬村に向かう。その時三郎はそう察した。
遠ざかっていく背中。
返事が無いのを解っていても三郎は声をかけずにはいられなかった。
「どうして、そんなに」
それ以上は声にはならず。
そして男は暗闇の向こうに姿を消した。
最後まで、三郎に男は手を出さなかった。眼中に無いのだろう。
返事が無いのを解っていても三郎は声をかけずにはいられなかった。
「どうして、そんなに」
それ以上は声にはならず。
そして男は暗闇の向こうに姿を消した。
最後まで、三郎に男は手を出さなかった。眼中に無いのだろう。
三郎はうなだれた。改めて、自分の不甲斐なさを直視させられた。
「オレって奴は……」
やはり、続きは言葉にならない。
結局、何もできなかった。今までどおりに。
平瀬村で、分校跡で、禁止エリアで、氷川村での時のように。
ただ、今までとは違うものもある。
「オレって奴は……」
やはり、続きは言葉にならない。
結局、何もできなかった。今までどおりに。
平瀬村で、分校跡で、禁止エリアで、氷川村での時のように。
ただ、今までとは違うものもある。
「よっ、と」
三郎は立ち上がった。風が肌寒かった。
改めてもう一度、さっきの言葉を口にする。
「どうしてそんなに……か」
男の行動の理由はわかる。藤岡ハルヒに関係していたのだろう。
ただなんで死んだ人間の為に自分の命を賭ける事ができるのか。
男の行動は、三郎に一人の男の事を思い出させた。
「マサがこの島にいたら、死んでもあいつの所にいくかも知れないな……」
マサとは、このプログラムに参加していた男の親友のことだ。
もうこの世にいない親友のために命を投げ出せる男だったと、三郎は思う。
死んだ男の名前は、加東秀吉。三郎と鈴蘭一年戦争の覇を争った男。
先程の放送で名前が呼ばれていた。あの放送は特別集中して聞いていたから間違いはない。
さっきまでは秀吉の事を考える余裕はなかったが、今は違う。
男の事はひとまず置いておいて、死んだ戦友に思いを巡らせる。
三郎は立ち上がった。風が肌寒かった。
改めてもう一度、さっきの言葉を口にする。
「どうしてそんなに……か」
男の行動の理由はわかる。藤岡ハルヒに関係していたのだろう。
ただなんで死んだ人間の為に自分の命を賭ける事ができるのか。
男の行動は、三郎に一人の男の事を思い出させた。
「マサがこの島にいたら、死んでもあいつの所にいくかも知れないな……」
マサとは、このプログラムに参加していた男の親友のことだ。
もうこの世にいない親友のために命を投げ出せる男だったと、三郎は思う。
死んだ男の名前は、加東秀吉。三郎と鈴蘭一年戦争の覇を争った男。
先程の放送で名前が呼ばれていた。あの放送は特別集中して聞いていたから間違いはない。
さっきまでは秀吉の事を考える余裕はなかったが、今は違う。
男の事はひとまず置いておいて、死んだ戦友に思いを巡らせる。
「あいつは……どう、生きたんだろうな」
プログラムが始まった当初は、秀吉も三郎と同じ選択をするだろうと思っていた。
馬鹿すぎて優勝する考えまで至らなかったもしかしたら、なんてあの時は考えもした。
だが七原秋也との出会いで、その考えを改めることになった。
それに加東秀吉に初めて顔を合わせた時、確かこう言われていた。
「上にシッポ振るよーなヤローには、だったか」
死んでも負けるわけにはいかない。そういう風な事を言っていた。
その言葉はよく覚えていた。三郎の転機になった言葉だったから。
だとしたら、多分。加東秀吉はそのようにしたのだろう。
馬鹿すぎる程のバカヤローだった、加東秀吉は。
そして鈴蘭高校はそういうバカヤローの集まりだった。
だからこそのカラスの学校。男を磨く聖地と言われるのである。
それだけではない。どいつもこいつも。
三郎の知っている男たちは、みんな揃ってバカヤローだった。
プログラムが始まった当初は、秀吉も三郎と同じ選択をするだろうと思っていた。
馬鹿すぎて優勝する考えまで至らなかったもしかしたら、なんてあの時は考えもした。
だが七原秋也との出会いで、その考えを改めることになった。
それに加東秀吉に初めて顔を合わせた時、確かこう言われていた。
「上にシッポ振るよーなヤローには、だったか」
死んでも負けるわけにはいかない。そういう風な事を言っていた。
その言葉はよく覚えていた。三郎の転機になった言葉だったから。
だとしたら、多分。加東秀吉はそのようにしたのだろう。
馬鹿すぎる程のバカヤローだった、加東秀吉は。
そして鈴蘭高校はそういうバカヤローの集まりだった。
だからこそのカラスの学校。男を磨く聖地と言われるのである。
それだけではない。どいつもこいつも。
三郎の知っている男たちは、みんな揃ってバカヤローだった。
それに思い至った時、思わず三郎は屈みこんで頭を抱えた。
思い出すだけで、顔から火が出そうだった。
「オレって、凄いカッコわりーな……」
自分がその男たちを救い出す、そんな風に考えた。
その結果がこの様である。また一人仲間が死に、自分は誰も殺せていない。
今までの醜態を思い出して屈んだ姿勢のまま身悶えする、が。
「……これじゃさっきまでと変わらねーか」
そう言って、また立ち上がった。
気を取り直す為に、深呼吸を一回二回。
それ位できるほどには、三郎は気を持ち直していた。
思い出すだけで、顔から火が出そうだった。
「オレって、凄いカッコわりーな……」
自分がその男たちを救い出す、そんな風に考えた。
その結果がこの様である。また一人仲間が死に、自分は誰も殺せていない。
今までの醜態を思い出して屈んだ姿勢のまま身悶えする、が。
「……これじゃさっきまでと変わらねーか」
そう言って、また立ち上がった。
気を取り直す為に、深呼吸を一回二回。
それ位できるほどには、三郎は気を持ち直していた。
放送時とは比べ物にならないぐらい、三郎の精神状態は快復していた。
藤岡ハルヒに限定してとはいえ、今まで溜め込んだものを強制的に外に出したことが良かったのかもし
れない。
マイナス感情が消えたというわけではないが、気持ちの整理が少しはついた。一人で悶々と考え込むよ
り、それを口に出して誰にでもいいから喋ってしまった方が楽になれるのだ。
事実、最初の一言を出した後は、もう自然と止まらなくなっていた。三郎は逃げられなかったというよ
りは、逃げなかったのだ。そのおかげか、ずいぶんサッパリとした心持になっていた。
いうなれば袋小路の壁を無理矢理ぶち壊され底なし沼から強引に引っ張り上げられた、そんな感じだっ
た。だが、それ以上に三郎にいい影響を与えた要素があった。
藤岡ハルヒに限定してとはいえ、今まで溜め込んだものを強制的に外に出したことが良かったのかもし
れない。
マイナス感情が消えたというわけではないが、気持ちの整理が少しはついた。一人で悶々と考え込むよ
り、それを口に出して誰にでもいいから喋ってしまった方が楽になれるのだ。
事実、最初の一言を出した後は、もう自然と止まらなくなっていた。三郎は逃げられなかったというよ
りは、逃げなかったのだ。そのおかげか、ずいぶんサッパリとした心持になっていた。
いうなれば袋小路の壁を無理矢理ぶち壊され底なし沼から強引に引っ張り上げられた、そんな感じだっ
た。だが、それ以上に三郎にいい影響を与えた要素があった。
「ふぅ……行くか」
息を一つついて、自分の荷物に近づき手にとる。
日本刀には手をつけない。三郎にはどうせ使いこなせないのだから。
三郎は男の後を追う事を決めていた。
男の存在は、確実に三郎に変化をもたらしていた。
三郎は男の姿に、自分に欠けているものを見出していたのである。
それは暗闇の中にあった三郎に光明をもたらすものだった。
息を一つついて、自分の荷物に近づき手にとる。
日本刀には手をつけない。三郎にはどうせ使いこなせないのだから。
三郎は男の後を追う事を決めていた。
男の存在は、確実に三郎に変化をもたらしていた。
三郎は男の姿に、自分に欠けているものを見出していたのである。
それは暗闇の中にあった三郎に光明をもたらすものだった。
度重なる失敗に、三郎は自分の矜持を捨てた。
しかし孤高の鴉が誇りを捨ててしまったら、一体何が残るというのだろう。
あの男は自分の心に従って無心に行動していた。
仲間であろう亡骸を放っていったことも、自分の死も省みずに平瀬村に向かった事も。
理由、命を賭ける理由。男はそれを持っているのだ。そこに最低なんて御託は無い。
譲れない、何者にも変えられない理由が男の胸の中にあるからだ。
持つ者と持たざる者、その勝敗は明らかである。
黙って去っていく男の背中を見て、三郎はそれに気づく事ができた。
しかし孤高の鴉が誇りを捨ててしまったら、一体何が残るというのだろう。
あの男は自分の心に従って無心に行動していた。
仲間であろう亡骸を放っていったことも、自分の死も省みずに平瀬村に向かった事も。
理由、命を賭ける理由。男はそれを持っているのだ。そこに最低なんて御託は無い。
譲れない、何者にも変えられない理由が男の胸の中にあるからだ。
持つ者と持たざる者、その勝敗は明らかである。
黙って去っていく男の背中を見て、三郎はそれに気づく事ができた。
そこに三郎は希望の光を見た。
三郎は覚悟を決める以前の、生きる理由を持っていなかったのだ。
だから誰も殺せない。チャンスを生かすことができない。
自分の中に確たる意思が無いのなら誰も殺せなくて当然だった。今のままならこれからもそうだろう。
何故ならこの島で今現在生きている誰もが死を望んでいない。
ここまで生き残った者ならなおさら生への執着、あるいは仲間への想いは強いだろう。
そんな連中に中身の無い覚悟で勝てるわけが無いのだ。
三郎にも仲間を救いたいという想いはある。しかしそれは結果には結びついていない。
弱い。弱いのだ。三郎は自分の仲間はそういった助けは必要ないのだという考えが頭の隅にあったのだ。
そこには切実さ……欲望が足りない。
今まではなんとかなったが、これからはその隙が命取りになる。
あの男と対した時の様にその時になって身体が竦めば、今度こそ間違いなく三郎は死ぬ。
あらゆる想像を踏みにじる自分の生きる理由。それを見つける為に男についていく。
少なくとも男が三郎に襲い掛かる事はないだろうから、損は無い。
三郎は覚悟を決める以前の、生きる理由を持っていなかったのだ。
だから誰も殺せない。チャンスを生かすことができない。
自分の中に確たる意思が無いのなら誰も殺せなくて当然だった。今のままならこれからもそうだろう。
何故ならこの島で今現在生きている誰もが死を望んでいない。
ここまで生き残った者ならなおさら生への執着、あるいは仲間への想いは強いだろう。
そんな連中に中身の無い覚悟で勝てるわけが無いのだ。
三郎にも仲間を救いたいという想いはある。しかしそれは結果には結びついていない。
弱い。弱いのだ。三郎は自分の仲間はそういった助けは必要ないのだという考えが頭の隅にあったのだ。
そこには切実さ……欲望が足りない。
今まではなんとかなったが、これからはその隙が命取りになる。
あの男と対した時の様にその時になって身体が竦めば、今度こそ間違いなく三郎は死ぬ。
あらゆる想像を踏みにじる自分の生きる理由。それを見つける為に男についていく。
少なくとも男が三郎に襲い掛かる事はないだろうから、損は無い。
いささか情けないが、近くにお手本がいるのだから見習わない理由は無い。
それに今の三郎に進む道を選ぶ余裕は無い。
いくら精神的余裕が生まれたとはいえ、実際の状況は何も好転していない。
誰も殺してはいないとはいえ、あちこちで人を襲っているのだ。
危険人物として自分のことがどれだけ広まっているかわからない。
別人だと偽るのは難しいだろう。三郎は自分の特徴的な顔立ちは充分理解していた。
それに、約束もあった。藤岡ハルヒに帰ると約束していたのだ。
「もう戻る気はなかったけど……こんな事もあるもんだな」
そういえばあの時もいつのまにか後ろをとられていたなと、ハルヒとの出会いを追憶する。
どの道、いま進むめる道は選べるほど多くはないのである。
だから時間をかけて色々と考えてみようと三郎は決心した。
それに今の三郎に進む道を選ぶ余裕は無い。
いくら精神的余裕が生まれたとはいえ、実際の状況は何も好転していない。
誰も殺してはいないとはいえ、あちこちで人を襲っているのだ。
危険人物として自分のことがどれだけ広まっているかわからない。
別人だと偽るのは難しいだろう。三郎は自分の特徴的な顔立ちは充分理解していた。
それに、約束もあった。藤岡ハルヒに帰ると約束していたのだ。
「もう戻る気はなかったけど……こんな事もあるもんだな」
そういえばあの時もいつのまにか後ろをとられていたなと、ハルヒとの出会いを追憶する。
どの道、いま進むめる道は選べるほど多くはないのである。
だから時間をかけて色々と考えてみようと三郎は決心した。
ただ、もう一つの道があるにはあった。坊屋春道と合流する道だ。
「坊屋さん……」
三郎の認める最高の男と一緒になれば怖いものはない。
三郎がいちいち生きる理由なんて探さなくても、勝手に道は開けていくだろう。
今までの事を話せばキツイ一発をもらう事になるだろうし、説教もされるかもしれない。
だけどそれだけだ。許す……というより春道は一々気にもしなくなるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
自力で自らの道を決めなくてはならないのだ。
理由を見つけ、道が開けた時。目の前に広がるのは光か闇か。それはわからない。
しかしどんな道を選ぶのであれ、今度こそ揺るがない覚悟を持ってその道を往きたかった。
そうするには他人の敷いたレールの上を進むのでは駄目なのだ。そう三郎は思う。
そうでないとまた甘えが出てしまう。また自分は何もできずに立ち尽くす事になる。
それに、
「……あいつにあわせる顔がねーよな」
先に逝った加東秀吉に、何を言われるか分かったものではない。
今の三郎を見れば、秀吉は三郎の事を飼い犬と表現するかもしれない。
あの時は、言い返すことができなかった。今度そうなるのは、我慢ができない。
秀吉に……マサにも、軍司にも、米崎にも。
黒焚の中島にも、鳳仙のキングジョーにも、武装の武田にも。
誰にも何も言わせない。何を言われても壊れないものを掴む為に。
三郎は歩き出す。もう二度と立ち止まらない為に。
「坊屋さん……」
三郎の認める最高の男と一緒になれば怖いものはない。
三郎がいちいち生きる理由なんて探さなくても、勝手に道は開けていくだろう。
今までの事を話せばキツイ一発をもらう事になるだろうし、説教もされるかもしれない。
だけどそれだけだ。許す……というより春道は一々気にもしなくなるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
自力で自らの道を決めなくてはならないのだ。
理由を見つけ、道が開けた時。目の前に広がるのは光か闇か。それはわからない。
しかしどんな道を選ぶのであれ、今度こそ揺るがない覚悟を持ってその道を往きたかった。
そうするには他人の敷いたレールの上を進むのでは駄目なのだ。そう三郎は思う。
そうでないとまた甘えが出てしまう。また自分は何もできずに立ち尽くす事になる。
それに、
「……あいつにあわせる顔がねーよな」
先に逝った加東秀吉に、何を言われるか分かったものではない。
今の三郎を見れば、秀吉は三郎の事を飼い犬と表現するかもしれない。
あの時は、言い返すことができなかった。今度そうなるのは、我慢ができない。
秀吉に……マサにも、軍司にも、米崎にも。
黒焚の中島にも、鳳仙のキングジョーにも、武装の武田にも。
誰にも何も言わせない。何を言われても壊れないものを掴む為に。
三郎は歩き出す。もう二度と立ち止まらない為に。
それにしてもと、三郎は男を追いかけながら今までずっと抱いていた疑問を胸中で呟く。
(あの人は……坊屋さんに似てた、のか?)
あの男は坊屋春道に似ている。そういう直感を三郎は抱いていた。
もちろん容姿がではない。見た目だけで言えば全く似ていない。
それにあの男の事を三郎はよく知らない。名前も分からない。
藤岡ハルヒとは碌な話をする間もなく別れたので、桜蘭高校のメンバーの事は殆ど知らないのだ。
男には名前を名乗ったが、男はあれからずっと黙りっぱなしだ。
それでも三郎はその直感を笑えなかった。それをどうしても確かめてみたい。
詰まる所、色々理由はつけれども。
花澤三郎が男――須王環を追いかけようとしたのは環に対する単純な興味ゆえ、なのかもしれない。
(あの人は……坊屋さんに似てた、のか?)
あの男は坊屋春道に似ている。そういう直感を三郎は抱いていた。
もちろん容姿がではない。見た目だけで言えば全く似ていない。
それにあの男の事を三郎はよく知らない。名前も分からない。
藤岡ハルヒとは碌な話をする間もなく別れたので、桜蘭高校のメンバーの事は殆ど知らないのだ。
男には名前を名乗ったが、男はあれからずっと黙りっぱなしだ。
それでも三郎はその直感を笑えなかった。それをどうしても確かめてみたい。
詰まる所、色々理由はつけれども。
花澤三郎が男――須王環を追いかけようとしたのは環に対する単純な興味ゆえ、なのかもしれない。
□ □ □
守りたかった。
失いたくなかった。
でもそれはもう、叶わない。
もう二度と、戻ってこないのだ。
失いたくなかった。
でもそれはもう、叶わない。
もう二度と、戻ってこないのだ。
藤岡ハルヒの死を知った時、須王環という人間は壊れた。
壊れないと信じていたものは、全部崩れていった。
こんな世界なんて消えてなくなればいい、そう思った。
壊れないと信じていたものは、全部崩れていった。
こんな世界なんて消えてなくなればいい、そう思った。
笑って笑って、咽が嗄れて。須王環は何もしなくなった。
立っている意味を見つけられず、地面に身体を投げ出した。
瞳は、どこを見つめてもいない。空虚な抜け殻。
立っている意味を見つけられず、地面に身体を投げ出した。
瞳は、どこを見つめてもいない。空虚な抜け殻。
まるで死人だった。
花澤三郎が環に気づかないのも無理は無かった。
死人の気配を察することなど、できはしない。
花澤三郎が環に気づかないのも無理は無かった。
死人の気配を察することなど、できはしない。
現われた花澤三郎にも興味を示すことはない。
殺す意味もなければ、抵抗する意味も無いのだ。
そうするだけの価値はなかった。世界にも、自分にも。
殺す意味もなければ、抵抗する意味も無いのだ。
そうするだけの価値はなかった。世界にも、自分にも。
狂気にも様々種類がある。
暴力に染まるものも、それ以外のものも。
環がその身を浸したのは、無だった。
暴力に染まるものも、それ以外のものも。
環がその身を浸したのは、無だった。
親友の死の報せにも、環が立ち上がることは無い。
恐らくは誰の声も、最愛の母の言葉すら今の環には届かない。
今の環を呼び起こすものは、
恐らくは誰の声も、最愛の母の言葉すら今の環には届かない。
今の環を呼び起こすものは、
「この格好」
世界に、
「藤岡と同じ」
一つしかないのだから。
身体は自然と動いていた。
三郎の話を聞いた環に、躊躇いなどは無い。
目を離さないと、心に決めていたのだ。
三郎の話を聞いた環に、躊躇いなどは無い。
目を離さないと、心に決めていたのだ。
しかし怪我の手当てもせず放っておいた身体は、悲鳴をあげている。
幾ら四国は他の地域に比べれば暖かいとはいえ、冬の夜となれば当然冷える。
身体を動かさず吹きさらしの風に当たりつづけた肉体の疲労は、三郎の比ではない。
遠くの地平に辿りついた環の精神は苦痛を感じなくとも、身体の方はそうはいかないのだ。
幾ら四国は他の地域に比べれば暖かいとはいえ、冬の夜となれば当然冷える。
身体を動かさず吹きさらしの風に当たりつづけた肉体の疲労は、三郎の比ではない。
遠くの地平に辿りついた環の精神は苦痛を感じなくとも、身体の方はそうはいかないのだ。
それでも、環は足を止めない。
なにかが環を突き動かしている。
胸を掻き毟る程激しい何かが、環に力を与えている。
なにかが環を突き動かしている。
胸を掻き毟る程激しい何かが、環に力を与えている。
壊れたものは、直らない。
崩れたものは、取り戻せない。
だがそれが――――何だと言うのだろうか?
崩れたものは、取り戻せない。
だがそれが――――何だと言うのだろうか?
確信が、足を動かす。
想いが、力を与える。
諦めなんて、似合わない。
諦めなんて、須王環には似合わないのだ。
想いが、力を与える。
諦めなんて、似合わない。
諦めなんて、須王環には似合わないのだ。
が、足は止めずともその歩みは遅い。
精神は肉体を凌駕すると言うが限度はある。
足元も暗くおぼつかない。だから、追いつくことができた。
精神は肉体を凌駕すると言うが限度はある。
足元も暗くおぼつかない。だから、追いつくことができた。
環の背後、遠くに明かりが浮かんでいた。
あっちにいったり、こっちにいったり。
だんだん環に近づいて、
「おっ! いたいた」
明かりと足音はだんだんと環に近づく。少しして環と並んだ。
ランタンをその手に持った、花澤三郎だった。
あっちにいったり、こっちにいったり。
だんだん環に近づいて、
「おっ! いたいた」
明かりと足音はだんだんと環に近づく。少しして環と並んだ。
ランタンをその手に持った、花澤三郎だった。
「オレも一緒にいきますよ」
三郎の掛ける言葉を、環は聞いていなかった。
それを気にせず、三郎は言葉を続ける。
「道案内が必要でしょう?」
これにも三郎は返事を期待していなかった。
しかし、
「……ありがとう」
その言葉に三郎は驚いて環に顔を向けた。
そして、もっと驚いた。
環は、微笑んでいた。
ランタンの光に照らされたその笑み。
三郎にとって見たこともない儚げな笑顔。
藤岡ハルヒの笑顔とも違う、美しさがそこにあった。
三郎の掛ける言葉を、環は聞いていなかった。
それを気にせず、三郎は言葉を続ける。
「道案内が必要でしょう?」
これにも三郎は返事を期待していなかった。
しかし、
「……ありがとう」
その言葉に三郎は驚いて環に顔を向けた。
そして、もっと驚いた。
環は、微笑んでいた。
ランタンの光に照らされたその笑み。
三郎にとって見たこともない儚げな笑顔。
藤岡ハルヒの笑顔とも違う、美しさがそこにあった。
狂える王はそれでもやはり、王なのだ。
翼を失くした鴉を供に、王はひたすら夜を往く。
翼を失くした鴉を供に、王はひたすら夜を往く。
【E-7 神塚山山麓/1日目-夜】
【花澤三郎@クローズ】
[状態]:喧嘩のダメージ(中度) 疲労
[装備]:ショットガン(SPAS12) アーミーナイフ
[道具]: デイパック・支給品一式、単車のキー、ランダムアイテム1(武器ではない) 結束バンドの束
[思考]
1:環と一緒に平瀬村へ
2:その間に、考える
[状態]:喧嘩のダメージ(中度) 疲労
[装備]:ショットガン(SPAS12) アーミーナイフ
[道具]: デイパック・支給品一式、単車のキー、ランダムアイテム1(武器ではない) 結束バンドの束
[思考]
1:環と一緒に平瀬村へ
2:その間に、考える
【須王環@桜蘭高校ホスト部】
【状態】:右肩甲骨付近に盲管銃創(重傷) 疲労
ハルヒのことしか頭に無い
【装備】:なし
【所持品】:トランシーバー 地図
【思考・行動】
基本:ハルヒのもとへ
1:ハルヒ
【状態】:右肩甲骨付近に盲管銃創(重傷) 疲労
ハルヒのことしか頭に無い
【装備】:なし
【所持品】:トランシーバー 地図
【思考・行動】
基本:ハルヒのもとへ
1:ハルヒ
※前話同様気が触れていますが、ハルヒの事に集中しており
無駄な思考は削ぎ落とされているためか、ある程度の意思疎通は可能です
無駄な思考は削ぎ落とされているためか、ある程度の意思疎通は可能です
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