<"The pretender" 鳳凰の赤い棺> 後編 ◆.b1wT4WgWk
はぁ、はあ、と荒い息を吐きながら桑原は走っていた。段々と意識も薄れかけ
ている。脇腹からの血はいっこうに止まらないどころか、だらだらと余計に流れ
出ていくばかりだ。最初は撃たれたところが熱くてたまらなかった彼女だが、今
は体中が妙に冷えて、冷たくてたまらない。もう限界が近い、と自分でもわかる
状態だった。弱気になりかけた桑原だったが、それでも足を止めることはしない。
ている。脇腹からの血はいっこうに止まらないどころか、だらだらと余計に流れ
出ていくばかりだ。最初は撃たれたところが熱くてたまらなかった彼女だが、今
は体中が妙に冷えて、冷たくてたまらない。もう限界が近い、と自分でもわかる
状態だった。弱気になりかけた桑原だったが、それでも足を止めることはしない。
(あたしはやれる、あたしはやればできる子だ……!)
もう声を出すこともできなかったが、いつものように自分に言い聞かせて彼女
は走った。できる限りあのおかしな格好の男を学校から遠ざけなければならない。
自分の命が尽きるそのギリギリまで絶対に足は止めない。桑原はそう誓って足を
動かす。本当はこれだけの重傷で走っていること自体が脅威だ。意志の力で彼女
は不可能を可能にしていた。自分では知らないうちに。
は走った。できる限りあのおかしな格好の男を学校から遠ざけなければならない。
自分の命が尽きるそのギリギリまで絶対に足は止めない。桑原はそう誓って足を
動かす。本当はこれだけの重傷で走っていること自体が脅威だ。意志の力で彼女
は不可能を可能にしていた。自分では知らないうちに。
(あたしは、やれる……まだ、はしれる、)
走りに走って、たくさんの腐った落ち葉と土を踏みしめて。いつしか彼女は自
分の身体が一歩一歩空に浮くような、おかしな感覚を感じていた。世界がゆっく
りと白みはじめ、音が遠ざかっていく。桑原鞘子は、「死」に向かって真直ぐに
走っていた。最後まで止めないと決めた足は、フワフワとたよりない地面を踏ん
だ。もう自分が何をしているのかもわからずに桑原は、それでも足を前に出す。
分の身体が一歩一歩空に浮くような、おかしな感覚を感じていた。世界がゆっく
りと白みはじめ、音が遠ざかっていく。桑原鞘子は、「死」に向かって真直ぐに
走っていた。最後まで止めないと決めた足は、フワフワとたよりない地面を踏ん
だ。もう自分が何をしているのかもわからずに桑原は、それでも足を前に出す。
(あたしは……)
彼女が次に右足を前に出した時、ズガァアン、と銃声が響いた。銃口から撃ち
出された弾は、真直ぐに彼女の背中の真ん中を貫き……桑原は前のめりに地面に
倒れ、動かなくなった。それが、桑原鞘子の最期だった。
出された弾は、真直ぐに彼女の背中の真ん中を貫き……桑原は前のめりに地面に
倒れ、動かなくなった。それが、桑原鞘子の最期だった。
鳳鏡夜は、荒くなった息を整えながら自分の撃ち殺した女に近づいた。あれか
らどれだけの距離を走っただろう。時間にして10分程度のことだったはずだが、
ずいぶんと長い時間、長い距離を走ったように思えた。
らどれだけの距離を走っただろう。時間にして10分程度のことだったはずだが、
ずいぶんと長い時間、長い距離を走ったように思えた。
女は最後まで足を止めなかった。次第にその身体がぐらぐらと揺れるようにな
り、ほとんどスピードがなくなっても、絶対に足を止めようとはしなかった。
り、ほとんどスピードがなくなっても、絶対に足を止めようとはしなかった。
彼女がそうやって命がけで走った理由を、鳳は知らない。銃を持って追ってく
る自分を恐れて逃げたのだろう、その程度にしか思わないし、思えない。かつて
の鳳なら、分校にいる仲間から自分を遠ざけるためにそうしたのだ、ということ
に気づいて途中で分校に戻っていたかもしれない。だが、今の鳳にはそういう考
えは浮かばなかったし、女の死んだ今、それはどうでもいいことだった。
る自分を恐れて逃げたのだろう、その程度にしか思わないし、思えない。かつて
の鳳なら、分校にいる仲間から自分を遠ざけるためにそうしたのだ、ということ
に気づいて途中で分校に戻っていたかもしれない。だが、今の鳳にはそういう考
えは浮かばなかったし、女の死んだ今、それはどうでもいいことだった。
倒れた女の脇に回り込んだ鳳は、彼女の身体を足でごろりと転がして仰向けに
して制服を確認する。女がどこの誰なのか、本当なら生きているうちに確認して
おくべきだったと鳳は思う。が、彼が追いついたときにはもう、彼女はまともな
状態ではなかったように見えた。これ以上本気の追いかけっこを長引かせるのも
馬鹿馬鹿しいと思ったから、絶対に外さない位置から撃ち抜いたのだ。最後、女
と彼の間にはほとんど距離がなかったから、それはあまり難しいことではなかっ
た。
して制服を確認する。女がどこの誰なのか、本当なら生きているうちに確認して
おくべきだったと鳳は思う。が、彼が追いついたときにはもう、彼女はまともな
状態ではなかったように見えた。これ以上本気の追いかけっこを長引かせるのも
馬鹿馬鹿しいと思ったから、絶対に外さない位置から撃ち抜いたのだ。最後、女
と彼の間にはほとんど距離がなかったから、それはあまり難しいことではなかっ
た。
(……これでは、学校名を判別するのは無理か)
彼女の着ていた制服には、学校名を判断するのに使えそうな校章が見当たらな
い。せめて校名がわかれば、今何人の生徒が生きているのかも自ずと判明するの
で都合が良かったのだが、鳳の思い通りにはいかなかった。仕方なく女から離れ、
もう一度分校内を確認しようと来た方向へ向き直った彼は、そこに予想もしなか
ったものを見る。
い。せめて校名がわかれば、今何人の生徒が生きているのかも自ずと判明するの
で都合が良かったのだが、鳳の思い通りにはいかなかった。仕方なく女から離れ、
もう一度分校内を確認しようと来た方向へ向き直った彼は、そこに予想もしなか
ったものを見る。
……そこには、ひとりの少女が立っていた。
鳳が殺した女と同じ制服を着た、小柄な少女。鞘から抜き放たれた真剣の構え
には、一切の隙がなかった。冬の傾いた太陽の光が降りそそぐ刀は、何か艶かし
さすら感じさせる輝きを放っている。その全身から発せられる殺気に、鳳は気圧
された。
には、一切の隙がなかった。冬の傾いた太陽の光が降りそそぐ刀は、何か艶かし
さすら感じさせる輝きを放っている。その全身から発せられる殺気に、鳳は気圧
された。
(なんだ、この女は……!)
息を呑んだ鳳は、慌てて小銃を構えなおす。それを見ても少女は微動だにしな
い。こちらを恐れている様子など、微塵も感じられなかった。そのまま二人は睨
み合い、数秒ののちに少女が口を開き……細く冷たい、高い声が言葉を紡いだ。
い。こちらを恐れている様子など、微塵も感じられなかった。そのまま二人は睨
み合い、数秒ののちに少女が口を開き……細く冷たい、高い声が言葉を紡いだ。
「……レッドブレイバーが、サヤ先輩を撃つわけがないんです」
いったい、この女は何を言っているのだろう。鳳は少女が口にした言葉の意味
をまったく理解できないまま、立ち尽くした。
をまったく理解できないまま、立ち尽くした。
川添珠姫は必死で追いかけた。桑原と、その後を追うレッドブレイバーの姿を
した男とを。それでもすでに開いていた距離と、もともとのリーチの違いは大き
かった。走っても走ってもなかなか二人には追いつけず、レッドブレイバーの背
中だけをずっと視線の先にとらえていた。その背中が手の届く距離になかったか
らこそ、男は自分のあとをついてくる者の存在に気づかないまま桑原を追い続け
た……そういう意味で、彼女は運がよかったと言える。そして川添たちの走った
その林の湿った黒土の地面が三人の足音を柔らかく吸っていたことも、彼女にと
っては幸いだった。
した男とを。それでもすでに開いていた距離と、もともとのリーチの違いは大き
かった。走っても走ってもなかなか二人には追いつけず、レッドブレイバーの背
中だけをずっと視線の先にとらえていた。その背中が手の届く距離になかったか
らこそ、男は自分のあとをついてくる者の存在に気づかないまま桑原を追い続け
た……そういう意味で、彼女は運がよかったと言える。そして川添たちの走った
その林の湿った黒土の地面が三人の足音を柔らかく吸っていたことも、彼女にと
っては幸いだった。
川添の目に映っていた男の背中は、スピードが落ちるとともに次第に大きくな
り、ある瞬間、急に止まる。男の腕が持ち上がり、肩が動く。スローモーション
で再生されるように、ひとつひとつの動きが鮮明に川添の目に焼きついてゆく。
まだ走り続けていた川添珠姫は数秒後……その生涯に聞いた中で、一番悲しい音
を聞いた。
り、ある瞬間、急に止まる。男の腕が持ち上がり、肩が動く。スローモーション
で再生されるように、ひとつひとつの動きが鮮明に川添の目に焼きついてゆく。
まだ走り続けていた川添珠姫は数秒後……その生涯に聞いた中で、一番悲しい音
を聞いた。
ズガァアン……
その音の次に聞こえた、ズザァ、という音。男の向こうで桑原が地面に倒れる
音。川添珠姫が桑原鞘子という大切な先輩の命を救えなかったという証の音。桑
原鞘子が川添珠樹と栄花段十朗という大切な後輩を守るために自分の命をかけた
証の音。追いついて、何とかして桑原を守りたいと願った彼女の思いは届かない。
彼女の目の前で大切なひとつの命が奪われ、川添珠姫は永遠に桑原鞘子を失った。
音。川添珠姫が桑原鞘子という大切な先輩の命を救えなかったという証の音。桑
原鞘子が川添珠樹と栄花段十朗という大切な後輩を守るために自分の命をかけた
証の音。追いついて、何とかして桑原を守りたいと願った彼女の思いは届かない。
彼女の目の前で大切なひとつの命が奪われ、川添珠姫は永遠に桑原鞘子を失った。
川添の足は一瞬、止まる。絶望的な喪失感が彼女を襲う。間に合わなかった、
間に合わなかった、間に合わなかった! あと少し、あとほんの少し早く自分が
走り出していれば。いや、あのときやっぱり自分が一人で出ていくべきだったん
だ……! 自分のとった行動の何もかもが後悔になる。とりかえしがつかないそ
の喪失。川添珠姫は泣き叫んでしまいたかった。胸の中で濁った感情が出口を探
して激しく暴れる。そのとき、男が桑原に近づき……足で、彼女の身体を転がし
た。川添の目に映ったその行為が全てを決める。正義の味方の姿を借りた男がこ
ともなげにやってみせた、死者を……桑原を冒涜する行為が。
間に合わなかった、間に合わなかった! あと少し、あとほんの少し早く自分が
走り出していれば。いや、あのときやっぱり自分が一人で出ていくべきだったん
だ……! 自分のとった行動の何もかもが後悔になる。とりかえしがつかないそ
の喪失。川添珠姫は泣き叫んでしまいたかった。胸の中で濁った感情が出口を探
して激しく暴れる。そのとき、男が桑原に近づき……足で、彼女の身体を転がし
た。川添の目に映ったその行為が全てを決める。正義の味方の姿を借りた男がこ
ともなげにやってみせた、死者を……桑原を冒涜する行為が。
……川添珠姫の中に濁流のように渦巻いていた名前のない悪感情の塊はその瞬
間、「怒り」に姿を変えた。
間、「怒り」に姿を変えた。
この男は、許すべきではない。川添の身体の細胞のひとつひとつが、その身を
流れる血液の一滴一滴がそう叫んでいる。桂のときのように、鞘に納めたままの
刀で立ち向かおうとはもう思えなかった。絶対に仕留めてしまわなければならな
い相手だと直観した彼女は、男がこちらを振り向く前に、刀の鞘を捨て去ってい
た。
流れる血液の一滴一滴がそう叫んでいる。桂のときのように、鞘に納めたままの
刀で立ち向かおうとはもう思えなかった。絶対に仕留めてしまわなければならな
い相手だと直観した彼女は、男がこちらを振り向く前に、刀の鞘を捨て去ってい
た。
「……レッドブレイバーが、サヤ先輩を撃つわけがないんです」
ライフルを構えた、レッドブレイバーの格好をした男に向かって、川添は言っ
た。その小さな身体に充満する全ての怒りと、憎しみとをこめて。
た。その小さな身体に充満する全ての怒りと、憎しみとをこめて。
「……レッドブレイバーが、サヤ先輩を足蹴にするわけがないんです」
超剣戦隊のレッドブレイバーが、正義の味方のレッドブレイバーが、彼女の最
高のヒーローのレッドブレイバーが、桑原を銃で撃って殺すなど絶対にあり得な
いし、あってはいけないことだ。あまつさえ、死んだ彼女を足蹴にするなど……!
高のヒーローのレッドブレイバーが、桑原を銃で撃って殺すなど絶対にあり得な
いし、あってはいけないことだ。あまつさえ、死んだ彼女を足蹴にするなど……!
川添は、目の前の男の所行の全てが許せなかった。桑原を殺した、その事実だ
けでも許しがたいというのに、この男はよりもよってレッドブレイバーの姿をし
ている。レッドブレイバーの姿で、銃を構えている。レッドブレイバーの姿で、
桑原を足蹴にした……! 川添にはそのすべてが、桑原の命とレッドブレイバー
に対する最低最悪の侮辱に映った。
けでも許しがたいというのに、この男はよりもよってレッドブレイバーの姿をし
ている。レッドブレイバーの姿で、銃を構えている。レッドブレイバーの姿で、
桑原を足蹴にした……! 川添にはそのすべてが、桑原の命とレッドブレイバー
に対する最低最悪の侮辱に映った。
「レッドブレイバーのニセモノの貴方を、私は絶対に許さない……!」
そう言い放った彼女が、ぐっと足に力を入れた瞬間、それまで半分放心状態だ
った鳳は慌てて引き金にかけた指をグッと曲げる。しかし、川添が気合一閃踏み
込むのが、わずかに早かった。
った鳳は慌てて引き金にかけた指をグッと曲げる。しかし、川添が気合一閃踏み
込むのが、わずかに早かった。
「きあああああああああああああああ!!!」
川添は鬼神のごとき気合を林に響かせ、目の前のニセモノの胴を薙ぎはらおう
と刀を振った。その気合を追うように、男の銃から鉛玉が放たれる。その弾が川
添の左の二の腕を掠め、彼女は体勢を崩す。川添の刀は鳳の衣装の左脇から前当
てにかけてと、その中の身体の表面を切り裂くにとどまった。振り抜いた刀を彼
女がもう一度構えなおそうとするそのほんの一瞬に、男はもう一度間合いをとっ
て銃口を彼女に向ける。
と刀を振った。その気合を追うように、男の銃から鉛玉が放たれる。その弾が川
添の左の二の腕を掠め、彼女は体勢を崩す。川添の刀は鳳の衣装の左脇から前当
てにかけてと、その中の身体の表面を切り裂くにとどまった。振り抜いた刀を彼
女がもう一度構えなおそうとするそのほんの一瞬に、男はもう一度間合いをとっ
て銃口を彼女に向ける。
が、彼女はひるまない。間合いをとられたなら、もう一度踏み込めばいいだけ
だ。「ニセモノ」の撃つ銃弾など彼女は怖くなかった。そんなものが自分を傷つ
けることができるはずがない。そんなものに屈するなどあり得ない。彼女は自分
の剣を信じた。修羅を宿すという……そして彼女自身がレッドブレイバーを宿し
ていると信じる、その剣を。凄まじい怒りの中でなお、彼女は剣士だった。本能
に導かれるように、彼女の頭脳は素晴らしい早さで男の持つ銃の長さを見極める。
その長さより近くに踏み込めば攻撃を封じてしまえると彼女は知っていた。
だ。「ニセモノ」の撃つ銃弾など彼女は怖くなかった。そんなものが自分を傷つ
けることができるはずがない。そんなものに屈するなどあり得ない。彼女は自分
の剣を信じた。修羅を宿すという……そして彼女自身がレッドブレイバーを宿し
ていると信じる、その剣を。凄まじい怒りの中でなお、彼女は剣士だった。本能
に導かれるように、彼女の頭脳は素晴らしい早さで男の持つ銃の長さを見極める。
その長さより近くに踏み込めば攻撃を封じてしまえると彼女は知っていた。
(ここで、踏み込む……!)
そのまま自分に可能な限りのスピードで男の間合いへと踏み込もうとする彼女
を、男の銃弾が襲う。それは地面を強く踏み込んだ彼女の左足の腿を貫く。彼女
は弾が腿を貫通する衝撃を感じた。が、そこに痛みはなかった。怒りと戦いの興
奮に全ての針がふれ切ってしまっている彼女の脳は、アドレナリンの分泌により
痛覚を麻痺させていた。この男を絶対に許してはならない。目の前の男に自分が
正義の鉄槌を下さねばならない……! 川添が考えていたのは、ただそれだけ。
だから彼女は技を繰り出す瞬間、叫んだ。あの正義の技の名を。
を、男の銃弾が襲う。それは地面を強く踏み込んだ彼女の左足の腿を貫く。彼女
は弾が腿を貫通する衝撃を感じた。が、そこに痛みはなかった。怒りと戦いの興
奮に全ての針がふれ切ってしまっている彼女の脳は、アドレナリンの分泌により
痛覚を麻痺させていた。この男を絶対に許してはならない。目の前の男に自分が
正義の鉄槌を下さねばならない……! 川添が考えていたのは、ただそれだけ。
だから彼女は技を繰り出す瞬間、叫んだ。あの正義の技の名を。
「……アトミックファイアーブレードぉおおおっ!」
その力のこもった声とともに彼女の凄まじい突きが男の喉元に入る直前、ボウ
ン、という銃声が響く。男の持っていた小銃の銃口は先ほど撃った反動で下を向
いていた。彼女が男に最も近づいたそのとき、本当に偶然に彼女の下腹にぶつか
る形で押しあてられ……その瞬間を逃さなかった男が引き金を引いたのだった。
ン、という銃声が響く。男の持っていた小銃の銃口は先ほど撃った反動で下を向
いていた。彼女が男に最も近づいたそのとき、本当に偶然に彼女の下腹にぶつか
る形で押しあてられ……その瞬間を逃さなかった男が引き金を引いたのだった。
「がぁっ……!」
「か、はっ……」
「か、はっ……」
男の持っていたのが剣ならば、その全長より近くに踏み込めば彼女を傷つける
ことはできなかった。できたとしても、的確に振り上げることのできないその刃
に勢いはなかっただろう。けれども、男が持っていたのは銃だった……彼が、レ
ッドブレイバーのニセモノであったからこそ。
ことはできなかった。できたとしても、的確に振り上げることのできないその刃
に勢いはなかっただろう。けれども、男が持っていたのは銃だった……彼が、レ
ッドブレイバーのニセモノであったからこそ。
彼女の渾身の突きが男に炸裂し……男は後方に飛ばされて背中を古木にしたた
かに打ちつけて倒れた。そして川添は下腹に受けた凄まじい衝撃に、ばたりと地
面に伏した。
かに打ちつけて倒れた。そして川添は下腹に受けた凄まじい衝撃に、ばたりと地
面に伏した。
……数十秒後、先に立ちあがったのは鳳だった。女の剣先は彼の生身の皮膚や
肉を傷つけることなしに、首輪に刺さったのだ。鳳は喉に大変な負荷を受けたも
のの、その命を首輪に守られることになった。喉元を押さえながら、鳳はふらふ
らとした足取りで倒れたままの女のもとに向かう。用心のために銃は手から離さ
なかった。あれほどの攻撃を仕掛けてきた女だ。いくら倒れているとはいえ、油
断は禁物に思えた。
肉を傷つけることなしに、首輪に刺さったのだ。鳳は喉に大変な負荷を受けたも
のの、その命を首輪に守られることになった。喉元を押さえながら、鳳はふらふ
らとした足取りで倒れたままの女のもとに向かう。用心のために銃は手から離さ
なかった。あれほどの攻撃を仕掛けてきた女だ。いくら倒れているとはいえ、油
断は禁物に思えた。
ぐったりと地面に倒れたままの女は荒い呼吸をしていたが、まだ生きていた。
これなら具合がいい、と鳳は彼女に問おうとする。しかし、喉に受けた一撃がま
だかなりのダメージを彼に残しており、まともな言葉を発することができずにゲ
ホゲホと咳こむばかりだった。
これなら具合がいい、と鳳は彼女に問おうとする。しかし、喉に受けた一撃がま
だかなりのダメージを彼に残しており、まともな言葉を発することができずにゲ
ホゲホと咳こむばかりだった。
「……」
女は無言でその様子を見ている。苦しそうに息をしながらも、ただひたすらに
きつい目で鳳を睨みつけていた。忌々しい女だ、と鳳は思う。この喉では言葉も
出ないし、必要な情報を聞き出せないならさっさと殺してしまおう……と彼が再
び銃を持ち上げたとき、それは起こった。
きつい目で鳳を睨みつけていた。忌々しい女だ、と鳳は思う。この喉では言葉も
出ないし、必要な情報を聞き出せないならさっさと殺してしまおう……と彼が再
び銃を持ち上げたとき、それは起こった。
ピー、ピー、ピー……
小さな機械音。連続して鳴り続けるそれは耳障りで、鳳は音の発信源を探す。
そしてすぐに気づいた。それは、彼の喉にはまった首輪から鳴り響いている……!
そしてすぐに気づいた。それは、彼の喉にはまった首輪から鳴り響いている……!
(何だと……!?)
鳳は慌てて自分の首輪に手をやる。彼の首の真っ正面にくる部分の金属が、彼
女の刀の先によって抉られ、傷ついていた。その傷に手を触れたとき、ハッと鳳
はあることに気づく。
女の刀の先によって抉られ、傷ついていた。その傷に手を触れたとき、ハッと鳳
はあることに気づく。
(まさか、首輪を壊そうとしたと判定されたのか……?!)
それは十分にあり得ることだった。表面に傷がついただけとはいえ、あれだけ
の力を首輪にピンポイントで加えたのだ。剣に鞘がついていた桂のときと比べて、
力が一点に集中するぶん遥かに威力も高い。彼の喉が受けたダメージもさること
ながら、首輪それ自体の受けた衝撃も尋常なものではなかった。首輪に起爆装置
が内蔵されていて、あるレベル以上の衝撃を受けたときに爆発するようになって
いるとすれば、装置の事実誤認による爆破が起こったとしてもおかしくはない。
の力を首輪にピンポイントで加えたのだ。剣に鞘がついていた桂のときと比べて、
力が一点に集中するぶん遥かに威力も高い。彼の喉が受けたダメージもさること
ながら、首輪それ自体の受けた衝撃も尋常なものではなかった。首輪に起爆装置
が内蔵されていて、あるレベル以上の衝撃を受けたときに爆発するようになって
いるとすれば、装置の事実誤認による爆破が起こったとしてもおかしくはない。
(そんな、ばかな……)
鳳は仮面の中の顔を蒼白にしながら、首輪を掴んで引っぱり、闇雲に喉をかき
むしった。そんなことをしてもどうにもならないとわかっていながら、そうする
しかなかった。止まらない機械音は次第に大きくなっていく。追いつめられて叫
ぼうとする彼の喉からは、言葉にならない音が咳に混じってこぼれ落ちた。
むしった。そんなことをしてもどうにもならないとわかっていながら、そうする
しかなかった。止まらない機械音は次第に大きくなっていく。追いつめられて叫
ぼうとする彼の喉からは、言葉にならない音が咳に混じってこぼれ落ちた。
「あぐ、がはっ……が、ァ……!」
それから数秒ののち、バァアン、という大きな音が響き……鳳鏡夜は、その命
を失った。最後の言葉を口にすることすら、許されることなく。あとには、首か
らとめどなく血液を吹き出す醜い死体と、転げ落ちた角の生えた仮面と荷物、そ
して彼の携えていた小銃一本が残されるのみだった。
を失った。最後の言葉を口にすることすら、許されることなく。あとには、首か
らとめどなく血液を吹き出す醜い死体と、転げ落ちた角の生えた仮面と荷物、そ
して彼の携えていた小銃一本が残されるのみだった。
魔王と呼ばれた男には相応しくない、三流の悪役程度の終わり方で落とした命
は……すでに「鳳鏡夜」ではなかった男には似つかわしいものだったのかもしれ
ない。
は……すでに「鳳鏡夜」ではなかった男には似つかわしいものだったのかもしれ
ない。
川添珠姫は、おびただしい量の血液を吹き出す傷痕を片手で押さえながら身体
を起こす。痛みはあいかわらず訪れなかったが、身体が怠く、うまく動かなかっ
た。あまり残された時間は長くない、と彼女は自覚する。
を起こす。痛みはあいかわらず訪れなかったが、身体が怠く、うまく動かなかっ
た。あまり残された時間は長くない、と彼女は自覚する。
川添は地面を這うようにして、倒れた男のところへ向かった。首輪の爆発か、
もしくはそのあとに地面に倒れた時の衝撃だろう。男のかぶっていたレッドブレ
イバーの仮面は転がり落ち、本来の男の顔が晒されていた。
もしくはそのあとに地面に倒れた時の衝撃だろう。男のかぶっていたレッドブレ
イバーの仮面は転がり落ち、本来の男の顔が晒されていた。
「やっ、ぱり……ニセ、モノ……」
結果的には自分が殺してしまった男。川添に後悔がないと言えば嘘になった。
誰かの命を奪うような真似はしたくなかった、本当だ。それでもあのとき、川添
は手加減を忘れたし、剣を鞘から抜いて構えた。最後、突きが首輪に当たったの
も偶然だった。男は首にレッドブレイバーの白いスカーフをしていたから、首輪
の位置が川添にはよく見えなかったのだ。本当は、あの喉元を貫いて、殺してし
まおうとしていた。どうしても、許せなかったから。絶対に、許せなかったから。
誰かの命を奪うような真似はしたくなかった、本当だ。それでもあのとき、川添
は手加減を忘れたし、剣を鞘から抜いて構えた。最後、突きが首輪に当たったの
も偶然だった。男は首にレッドブレイバーの白いスカーフをしていたから、首輪
の位置が川添にはよく見えなかったのだ。本当は、あの喉元を貫いて、殺してし
まおうとしていた。どうしても、許せなかったから。絶対に、許せなかったから。
桂のときとは違って、抜き身で使用した刀の先は欠けていた。切っ先の一点に
全ての力がかかり、首輪も破損したのだから、刀にも影響が出るのは当然だろう。
それだけの力をこめた、本当に一切の手心を加えずに放った突きだった。
全ての力がかかり、首輪も破損したのだから、刀にも影響が出るのは当然だろう。
それだけの力をこめた、本当に一切の手心を加えずに放った突きだった。
これでよかったのかもしれない。一次の激情に駆られてだけれど、殺してしま
おうと思うほどに許せない人間を相手にしたのだから、これでよかったのかもし
れない。川添は死の縁にたたずむ自分を許すように、心に言い訳をする。本当に
これでよかったのだと思い込めるほど、自分が勝手になれないことは知っていた
けれど。
おうと思うほどに許せない人間を相手にしたのだから、これでよかったのかもし
れない。川添は死の縁にたたずむ自分を許すように、心に言い訳をする。本当に
これでよかったのだと思い込めるほど、自分が勝手になれないことは知っていた
けれど。
「ごめん、なさい……」
涙を浮かべて呟いた彼女の謝罪は、誰へのものだったろうか。自分の突きでそ
の命を奪った男に対するものだったのか、それとも。
の命を奪った男に対するものだったのか、それとも。
木の幹を支えに何とか立ちあがり、川添は桑原のもとへと向かおうとする。け
れどもその足はもつれ、彼女の身体はその場に崩れてしまった。
れどもその足はもつれ、彼女の身体はその場に崩れてしまった。
「サヤ、先輩……栄花、くん……」
うわごとのようにその小さな唇からこぼれるのは、つい数十分前まで一緒にい
た剣道部の仲間の名前だった。自分が間に合っていたら、もっと早くここに着い
ていたら助けられたかもしれない桑原のこと、そして保健室にひとり寝かせたま
まにしてきてしまった栄花のこと。彼女の脳裏に浮かぶのはその二人の姿ばかり
だった。
た剣道部の仲間の名前だった。自分が間に合っていたら、もっと早くここに着い
ていたら助けられたかもしれない桑原のこと、そして保健室にひとり寝かせたま
まにしてきてしまった栄花のこと。彼女の脳裏に浮かぶのはその二人の姿ばかり
だった。
「わたし、まもれ……なくて、」
ごめんなさい、と声なくわずかに動いたあと、彼女の唇は永遠に閉じられる。
それが室江高校剣道部のエース、川添珠姫の最期だった。
それが室江高校剣道部のエース、川添珠姫の最期だった。
【G4東 林の中/1日目 午後】
【桑原鞘子@BAMBOO BLADE 死亡】
【鳳鏡夜@桜蘭高校ホスト部 死亡】
【川添珠姫@BAMBOO BLADE 死亡】
【鳳鏡夜@桜蘭高校ホスト部 死亡】
【川添珠姫@BAMBOO BLADE 死亡】
※鳳の死体横にモシン・ナガンM1891/30(0/5)が落ちています
予備弾35発および、鳳の他の持ち物も付近にあります
※川添の死体横に二尺七寸の日本刀(先が欠けています)が落ちています
※川添の他の荷物と、桑原の持っていた桂の荷物は全て保健室にあります
※桑原の持っていた三尺五寸の日本刀は、分校敷地内の倉庫の内部にあります
※桑原のレミントンM700(5/5)予備弾丸20、その他の支給品
(デイバック、食料、水、ランタン)は鷹野神社に隠してあります
※桑原の血痕が、分校裏手からG4東の林の中に向かって点々と続いています
予備弾35発および、鳳の他の持ち物も付近にあります
※川添の死体横に二尺七寸の日本刀(先が欠けています)が落ちています
※川添の他の荷物と、桑原の持っていた桂の荷物は全て保健室にあります
※桑原の持っていた三尺五寸の日本刀は、分校敷地内の倉庫の内部にあります
※桑原のレミントンM700(5/5)予備弾丸20、その他の支給品
(デイバック、食料、水、ランタン)は鷹野神社に隠してあります
※桑原の血痕が、分校裏手からG4東の林の中に向かって点々と続いています
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