矛盾と心配


地図のC5地点にあるという補給ポイントに向かう為、セレーナ・レシタールの駆るアーバレストは森を進む。
「・・・ねぇ、エルマ、おかしいと思わない?」
唐突に発せられたセレーナからの質問にエルマは訝る。
「何がですか?」
「この森よ。地球の森で、こんな風に木が生えている森ってあったかしら?」
「ここの木は大体30から50メートルで、地球でも確認されているとデータにありますが・・・」
そうエルマが返すと、セレーナはエルマの頭(?)をぴしっと叩いて諭すように言う。
「木の種類の話をしてるんじゃないわよ。これが地球にある木かどうかは私は専門家じゃないから分からないけど、
まるで“戦闘ロボット同士の戦いに邪魔にならないように”間隔を取って木が並んでいる森ってあるの?と聞きたいの」
そう言われてエルマは、周囲の景色をデータと照合してみる。
「確かにおかしいですね。この種類の木は一般的に3から5メートルおきに生えるものとデータにはあります」
「やっぱりね・・・この森に入ってから、視覚的にはほとんど一定に木が生えてる。間隔は四方の木と大体40メートルほどで、
まるで升目を作るように綺麗に並んでるわ。多分この森林の中で戦闘行動を取っても、それが特機でなくてPTレベルなら
何の問題もなく戦えるでしょうね。勿論木が邪魔にはなるだろうけど、戦略的に選ぶ価値は充分にある“戦場”に仕立て上げられてる」
歩みを止めて改めて周囲を見回すと、確かに目眩がするかのように整然と木が並んでいる。
「一体ここはどこにあるのかしらね・・・」
そう呟いてセレーナは嘆息する。と、黙っていたアルが口を開いた。
<マスター、先ほどの会話で出てきた『PT』とは何の略称ですか?>
「へ?パーソナルトルーパーの略称だけど・・・何であんた知らないのよ?じゃあこのアーバレストって何?特機だったの?」

アルの返答に首を捻るセレーナ。

「そういえば、アームスレイブってトリセツにも書いてたわね。そん時は読み流してたけど・・・
ねぇ、エルマ。データベースに「アームスレイブ」って単語はある?」
「・・・。ありません、セレーナさん」
「あれれ、どういうことかしら・・・ねぇアル、アームスレイブって何?」
<一般的にアームスレイブとは、主に全高8メートル前後の、人体を模した機械に、武装・装甲した攻撃用兵器です。
この略称は操縦システム、『アーマード・モービル・マスター・スレイブ・システム』が語源となっています。
八十年代末期に開発・・・>
「ちょ、ちょっと待ってよアル、八十年代っていつの話よ?」
アルの説明を遮って、驚いたセレーナが問う。
<西暦1980年代の話ですが・・・>
「西暦1980年代って人類が宇宙に出る前の話じゃないですか!」
エルマも驚いて目を(本当に)白黒させる。
<宇宙に出る、とはロケット打ち上げの事を指しているのですか?>
「何言っちゃってるのよ、アル。人類は山ほど宇宙にコロニー作ってるじゃないの」
<それは宇宙ステーションの事ですか?国際宇宙ステーションの開発はあまり捗々しく無いようですが・・・>
両者の会話が全くかみ合っていない事に、セレーナは気づく。少し考えてからエルマに確かめる。
「エルマ、“私達の歴史”では西暦1980年代に既に人型兵器は開発されている?」
「・・・。そんな記録はありません。その頃の戦争で使われていた兵器は戦闘機や戦車が主ですよ」
今度はアルに話を向けて
「アル、“あんたの歴史”でアームスレイブは一般的な兵器なの?」
<ほとんどの国の正規軍はアームスレイブを配備しています。加えて、上等なテロリストも>
セレーナは腕組みして首を捻る。
「どうも私達は全然違う世界から来ているみたいね。さっきの『ラムダ・ドライバ』も聞いたこともない兵器だと思ったけど
そう考えたなら納得が行くわ・・・」
「そういえば、ゲーム開始前に集められた部屋には見慣れない服装の人もいましたね」
<今までに戦った5機はどれもデータベースに無い機体でした>
セレーナの言葉を受けてエルマとアルが答える。

「どういうことなんでしょうか?」
「うーん・・・これは通常の認識で測れる話ではないわね。SF小説を参考にした方が早いかも。パラレルワールドってヤツかもね」
<平行世界という事ですか?>
「そう。“在り得る筈の未来”、その枝分かれの結果よ。
もしそう仮定するなら、このゲームの主催者は平行世界に干渉できる事になるわね・・・」
「平行世界に干渉するなんて・・・!ボク達の時代じゃ全く辿り着いていない技術ですよ!」
「ま、あくまで仮定の話だけどね。でも私達とアルの歴史が全く違うのも事実。
 これは次誰かに会った時、確かめた方がいいかもしれないわね。」
そう言ったセレーナは、ふっと今までに出会った人々を思い出す。
(・・・そういえば、リオちゃんやリュウセイ君は元気かしら?次の放送で彼らの名前が流れなければいいけど・・・)
ふと物思いに沈んでいると、アルが声を掛けて来た。
<マスター、そろそろ指定のポイントに着きます>
そう言うや否や整然とした森が開け、月明かりに照らされる広場のような空間に出た。
周囲はぐるりと森に囲まれ、家のような建造物がいくつか見える。メインカメラの望遠機能で遠くを見ると、先には川が流れている。
そんな広場のど真ん中に、四角い箱がポツンと置いてある。近寄ってみると箱の隣に天辺にボタンのついた台が設置されていた。
「これを押せってことかしら?」
「そうじゃないですか?回りには熱源反応もありませんし、罠ってことはないと思われます」
「こういう所不親切よねぇ。あのユーゼスってヤツ、レディーにはモテなさそうね」
セレーナがボヤきながらボタンを押すと、
四角い箱から小さいロボットがミサイルのように撃ち出され、わらわらとアーバレストにまとわりついた。
電池やネジに頭と手足がついたような外観をしている。それぞれが役割分担をし、素早く補給作業をしているようだ。

アルが報告すると同時に、ロボット達は続々と四角い箱へ戻っていく。
「これはまためちゃくちゃ早いわね。こんなの見たこと無いけど、データベースにはある?」
「ありません」<ありません>
「やっぱり。こんな優秀な補給装置があったら戦況は劇的に変わりそうなものだもの・・・。ま、いいわ。行きましょうか」
アーバレストは川の方へ進路を向ける。
「セレーナさん、これからどうするんですか?」
「そうね、獲物を探さなきゃならないわ。今日は休みなしで行くわよ」
その答えにエルマは異議を唱える。
「ボクは休んだ方がいいと思います。もう13時間動き通しですよ?さすがに休まないと・・・」
「何を言ってるの。時間が無いのよ?」
撥ね付けるセレーナに、今度はアルが忠告する。
<お言葉ですがマスター、『ラムダ・ドライバ』は高度な集中力が要求される装置です。疲れによる集中力低下で
満足に装置が使えない場合、マスターがお困りになるのではないでしょうか?>
「アルも言う様になったわね。まぁそうまで二人に言われちゃ仕方ないか。この先の森の中で4時間だけ仮眠を取ることにする」

セレーナが寝息を立て始めたのを確認すると、エルマはアルに接続して直接話しかけた。
アーバレストはECSを稼動させ姿を消している。
(アルさん、さっきはありがとう)
<アル、と及びください、エルマさん。私もマスターは張り詰めておられるよう感じたので、差し出がましいようですが
エルマさんのお口添えをさせて頂きました>
(セレーナさん、ここに来てからずっとピリピリしてるから・・・それから、ボクのこともエルマって呼んでね)
<ラージャ。それでエルマ、一つ聞きたい事があります>
(何でも聞いて)
<マスターの復讐の事です。マスターは復讐に並々ならぬ執着があるように思うのですが、それは何故ですか?>
(・・・。これはセレーナさんには言っちゃダメだよ)
そう前置きしてエルマは説明をした。チーム・ジェルバの事、彼らが全滅したミッション・ドールの事、
一人生き残ったセレーナが過ごしてきた日々の事・・・
(本当はセレーナさんに仇討ちなんてして欲しくない。ボクだってジェルバのみんなが殺されていくのを見たし、
みんなの事はとても好きだったから本当に悔しい。でも・・・復讐を誓ってからのセレーナさんを見てると痛々しいんだ。
セレーナさんは今でも結構笑うけど、どこか茶化すような笑いでさ。ジェルバに居た時はもっと素直に、心から笑ってた)
半ば独白するように、思いの丈をぶつけるエルマ。
<そういう背景があったのですか。確かに、マスターを見ているとどこか余裕の無さを感じます>
(リオさんや、リュウセイさんにここで出会って、ちょっとずつセレーナさんも影響を受けてる気がする。
昔のセレーナさんなら、多分リオさんを見逃したりはしなかった。だからこのまま、変わって行って欲しい)
<しかしエルマ、『ラムダ・ドライバ』が発動したのは、やはり復讐の情念が並外れたものだったからです。
もしマスターが復讐を諦めたら、もう『ラムダ・ドライバ』は使えないかもしれません>
(そう、だよね。互いに殺しあうなんてゲームに、何でセレーナさんは選ばれてしまったんだろう・・・
セレーナさんはあんなに苦しんで、今も苦しんでいるのに、どうして・・・)
エルマは険しい表情で休息を取っているセレーナの顔を見詰めた。物音でもすれば、一瞬で目覚め戦闘態勢に移れるだろう。
それが特殊部隊として鍛え上げられ、また孤独な戦いを数年間続けてきて身についたセレーナの睡眠法である。
(セレーナさん・・・)
例え眠りが浅くても、せめてこの時だけはゆっくりと休ませてあげたい。
エルマとアルは彼女の眠りを守る為、周囲に警戒を張り巡らせ続けた。




【セレーナ・レシタール 搭乗機体:ARX-7 アーバレスト(フルメタル・パニック)
 パイロット状況:健康(睡眠中。起床予定5時)
 機体状況:活動に支障が無い程度のダメージ
 現在位置:C-5(補給ポイント)近くの森
 第一行動方針:ゲームに乗っている人間をあと一人殺す
 最終行動方針:チーム・ジェルバの仇を討つ
 特機事項:トロニウムエンジンは回収。グレネード残弾3、投げナイフ残弾2】

【時刻:1:00】




前回 第135話「矛盾と心配」 次回
第134話「廃墟の夜明け 投下順 第136話「戦友
第123話「思いを力に 時系列順 第119話「戦闘マシーン

前回 登場人物追跡 次回
第123話「思いを力に セレーナ・レシタール 第150話「フェイク&フェイク


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最終更新:2008年05月30日 15:35