立ち止まる事無く、振り返る事無く
この閉じた世界の中、どれだけの命が失われていったのだろう。
どれだけの血が流され、どれだけの涙が零れ落ち、どれだけの別れがあったのだろう。
こんなにも晴れやかな空の下で、起きた悲劇は数知れない。
「……また、新たに十二人もの死者が出てしまったのか」
自らの無力を悔やみながら、フォルカは拳を強く握る。
いくら拳を鍛え上げようと、いくら力を手に入れようと、それだけでは人を救う事が出来ない。そんな事は分かっている。
だが、それでも悔やまずにはいられないのだ。
数多くの人間が死んでいく中、何も出来なかった自分の無力。
『わしに……もっと力があったなら、お前達を迷わす事もなかったろうに……
だが……わしは修羅王!
わしは過ちを認めぬ! 謝罪もせぬ! 許して欲しいとも思わん!
ただ……この身で全てを砕き進むのみ!!
最後まで見届けるがよい! この修羅王アルカイド、最後の戦いを!!』
……かつて自分の修羅界を託し、一人の戦士として散った偉大なる修羅王。
彼は最後まで自分の信念を貫き通し、後ろを振り返る事無く走り続けた。
自らの無力を嘆きながらも、決して立ち止まる事だけはしなかった。
だから、自分も立ち止まらない。
無力を悔やむのであれば、もう二度と悔やむ事が無いようにすればいい。
後悔を繰り返さない為に、力を尽くしていけばいい。
それこそが本当の意味で“戦う”と言う事なのだから。
リュウセイ・ダテの名前が放送で告知されなかった事に、レビ・トーラーは安堵する。
だが、その安堵も一瞬に過ぎない。次の放送で彼の名前が呼ばれない保障など、どこにもありはしないのだ。
いや、それだけではない。まだ息絶えてはいないだけで、重傷を負わされている可能性。それも、無いとは言えないのだ。
「リュウ……」
微かな不安を拭い去ろうとするように、レビは口の中で呟きを洩らす。
きっと、大丈夫。こうして自分が生きているように、きっとリュウも無事なはず。
このゲームから抜け出す方法も、きっと見付けられるはず。
そう。かつてレビ・トーラーを忌まわしき呪縛より解き放ったのは、他の誰でもない……。
「う……」
そこまで考えが及んだ時点で、頭に微かな痛みが走った。
なんだろう……なにか、とても大切な事を忘れてしまっているような……。
「レビ、どうかしたのか?」
「い、いや……なんでもない……大丈夫……」
「それならいいんだが……あまり無理はしない方がいい」
「ああ……わかってる……」
軽く頭を押さえながら、フォルカの言葉にレビは頷く。
……頭の痛みは一瞬で薄れ、それと同時に記憶の混濁も鎮まった。
だが、忘れてはならない。
その痛みは闇に埋もれた過去を掘り起こそうとする、マイ・コバヤシの必死な抵抗。
ユーゼス・ゴッツォの呪縛に逆らうべく、彼女もまた戦いを続けているのだった。
「フォルカ。廃墟を出たはいいけれど、これからどうするつもりなんだ?」
青空の下を駆け抜けて行く、
白き飛竜と戦闘機。飛行形態に姿を変えた二機のマシンが、東の方角に向かっていた。
「……二つ、考えがある。わざと人目に付き易い場所を進んで行くか、もしくは人が隠れるのに適した場所を重点的に探ってみるか。
前者の場合はゲームに乗った人間と出会う危険が伴うが、他の参加者と接触出来る可能性は高い。
後者の場合は比較的安全に行動する事が出来る反面、他の参加者と出会える可能性は低くなる。
ただ、戦いを避けようとする人間は安全を求めようとするはずだ。目立つ場所に留まり続けている可能性は低い」
獲物を襲う狩人の視点。かつて戦いに明け暮れていた頃の知識を掘り起こし、フォルカは今後の方針に関して考えを纏める。
本来は敵を倒す為に使われるはずの知識と経験。
だが、それが今は戦いを止める為に使われようとしていた。それに、フォルカは奇妙な感覚を覚える。
「リュウは、こんな殺し合いに乗ってなんかいないはずだ。だったら、後者の方が……」
「いや、そうとも言い切れない。たとえ戦いに乗っていなかったとしても、何か目的があった場合……
たとえば探し人が居たり、仲間を集めようとしている場合は、人目に付き易い場所の方が好都合だ。
君の話を聞く限り、そのリュウと言う人物は今の状況を必死で打ち破ろうとしているはず。それなら、きっと……」
「……そう、だな。いつまでもじっとしているなんて、リュウのやり方じゃない」
「決まりだな。それじゃあ、このまま平地を進んで行こう」
「わかった」
周囲に自分達以外の機影が見えない事を確認して、フォルカとレビは東に進む。
当て所無い道行き。だが、不安は無い。
決意と、信頼と、そして希望。
数多の絶望が生まれる中で、それを二人は忘れていなかった。
「……フォルカ、あれは?」
そんな事を考えながら機体を前に進ませ続けていると、光り輝く“何か”が見えてきた。
遠目からでは良く分からなかったが、ある程度まで接近した今なら見る事が出来る。
それは、淡い輝きを放つ光の壁。
「あれは……何だ? ずっと向こうまで続いているようだが……」
「あの辺り……地図を見る限り、エリアの行き止まりみたいだ」
「……そういえば、放送で逃げても無駄だというような事を言っていたが、あの壁が関係しているのか?」
「多分、そうだと思う……」
そうこう話を続けているうちに、やがて障壁に変化が訪れる。
これまで何の変化も見られなかった障壁に一瞬だけ揺らぎが生じ、そして揺らいだ面より巨大な機影が姿を見せる。
それは、ヘルモーズ。これまでレーダーが全く感知出来なかった巨大な反応と共に、ユーゼス・ゴッツォの旗艦が姿を現していた。
「あれは……ヘルモーズ!? だけど、どこから……レーダーに反応なんて無かったのに!」
「……次元を歪めている、という事か?」
「フォルカ……?」
「ヘルモーズ……あの艦は、会場の上空を飛行していたはず。
現に今から数時間前、西の方に飛んで行ったのを、この目で俺は確認している。
だが、あの艦は東側の障壁を抜けて来た。わざわざ障壁の外郭を回り道して来る道理は無い。それに、時間の計算も合わない」
「だけど、次元を歪めるなんて……」
「……不可能ではない。それに近い事を行った男を、現に俺は知っている」
そう。誰よりも、良く知っている。
修羅王アルカイド。戦いによって荒廃した修羅界を憂い、地球を第二の修羅界とすべく侵攻を行った男。
全ての修羅達を異世界である地球に送り届ける為、彼は自らの力で次元を超えた。
気合一つで次元の壁を通り超え、修羅界の者達を地球に転移させたのだ。
「修羅王……」
今は亡き、先の修羅王。その名を今は自分が継ぎ、生き残った修羅達の王となっている。
ならば、出来るはずだ。修羅王の名を継いだ以上、決して出来ないとは言わせない。
かつて次元の壁を打ち砕いた“修羅王の拳”――
この自分が、新たなる修羅王が、それを振るえない道理は無い。
……だが、それは容易な事ではない。
あの修羅王も次元転移を行った際には全ての力を使い果たし、長き眠りを余儀無くされた。
恐らく次元の壁を打ち破れるのは、たった一度。
だから、そう易々とは使えない。最大の効果を発揮する場面でなければ、ジョーカーを切る事に意味は無いのだ。
「まだ……時期尚早、か……」
そう。まだ自分には、この世界で為さねばならない事がある。
大空を飛び行く戦艦に視線を向けて、フォルカは決意も新たに呟いた。
【フォルカ・アルバーク 搭乗機体:エスカフローネ(天空のエスカフローネ)
パイロット状況:頬、右肩、左足等の傷の応急処置完了(戦闘に支障なし)
機体状況:剣に相当のダメージ
現在位置:H-2東部
第一行動方針:レビ(マイ)と共にリュウ(リュウセイ)を探す
最終行動方針:殺し合いを止める
備考:マイの名前をレビ・トーラーだと思っている
一度だけ次元の歪み(光の壁)を打ち破る事が可能】
【マイ・コバヤシ 搭乗機体:R-1(超機大戦SRX)
現在位置:H-2東部
パイロット状況:良好
機体状況:G-リボルバー紛失
第一行動方針:リュウセイを探す
最終行動方針:ゲームを脱出する
備考:精神的には現在安定しているが、記憶の混乱は回復せず】
【二日目 8:50】
最終更新:2008年05月30日 15:48