死力戦場


大気を切り裂き高空を飛行するウイングガスト。
そのコクピットの中で、ヤザン・ゲーブルは一人肩を震わせていた。
マニュアルに目を通した時に電撃のように全身を駆け抜けた、形容しがたい衝撃。
強固な装甲。三段階の変形機構。高出力のエネルギー兵器をはじめとした強力な武装。
宇宙世紀の機動兵器群とは比較にすらならない、圧倒的なハイスペック機。
それが自分の力となる。その事実にヤザンは戦慄した。
しばしの仮眠から目覚めた後も、興奮は冷めることはなかった。
そして、その興奮はまた新たなる感情を生む。
試したい。
戦いの中で、命の取り合いの中に身を置くことで、この機体の力がどれほどのものか感じてみたい。
この装甲で敵の攻撃を防ぎ、この拳で敵の機体を叩き潰す。
湧き上がる、到底抑えることなどできない本能的な興奮にヤザンは悶えた。
口元に不敵な笑みを浮かべながらも、その目はモニターに視線を走らせ続けている。
G-5地区に入ってから急にジャミングが強くなって、レーダーはほぼ役に立たない。
頼りになるのは己の目と、戦場に身を置き続けた兵士の勘。
そして。
野獣はモニターの隅に胡麻粒のように映る二つの機影を発見する。
鼓動が加速する。唾液が分泌される。無意識に鳥肌が広がっていく。
「……さあ、貴様等の命で思う存分楽しませてもらうぜ?」
ヤザンは口角を吊り上げ、ニィッ、と笑った。



イサム・ダイソンは疲れていた。
ろくに休息を取らずに移動を続けていることもあるが、それよりも。
「……」
「……」
「なあ」
「なんだ」
「いやな、何の用だというわけでもねぇんだが」
「だったら口を慎め。俺達の機体の戦闘能力はお世辞にも高いとは言えない。
 D-3の索敵とジャミングが頼りだ。レーダーから目を離すな」
「……へいへい」
さっきからずっとこの調子である。
共通の敵を討つという目的のため、一緒に行動することを決めるまでは良かったが、
(やれやれ、無口で杓子定規で、なんか妙にガルドに似てやがんだよなこの野郎)
ヒイロ・ユイ。出会ってからまだ一時間にも満たない付き合いだとはいえ、
イサムはこの少年(といっていい歳のはずだ)の性格を未だに掴みかねていた。
とりあえず南に進路をとったはいいものの、それからは殆ど会話らしきものは続かず
沈黙というものがどうにも苦手なイサムには非常に落ち着かない状況になってしまっている。
それでも何とかコミュニケーションを取ろうとして、先の会話に行き着くという訳である。
(まあ、考えてみればこの状況で暢気にお喋り出来てたことが奇跡ってもんかもしれないけどな)
会話が途切れるとどうしても思い出してしまう。
ほんの半日ほど前まで、イサムの周りに確かにあった光景。
アクセルがからかい、アキトがむきになって、そこにマサキが呆れ顔で割って入り、
ルリは何も言わないでいながらその光景を心なしか嬉しそうな表情で見ている。
そして、自分もその輪の中に……
(……やめだ、やめ。そんな事を考えても何にもなりゃしねぇ)
アキトとルリはすでに死亡し、アクセルは知り合いらしき男と交戦してそれっきり。
マサキもどうやら死んではいないらしいが、消息は不明である。
もう、失ったものは返ってはこないのだ。
「こんなとこでナイーブになってるわけには………………何?」
そこでイサムの意識は急激に現実へと引き戻された。
迂闊だった。考え事に没頭していて見落としていた。
レーダーに、点。そしてその進路は――
「ヒイロ、機影だ! 七時の方向、真っ直ぐこっちに突っ込んでくるぞ!」
「何だと!?」
平穏は、いつも唐突に終わりを告げる。

痛いほどの沈黙。
数十秒後に訪れるであろう嵐の、その前の静けさはイサムの神経を容赦無く切り刻む。
レーダーの点は確実に近づいてくる。完全に捕捉されていると見ていいだろう。
D-3のジャミングは完璧に作動していた。目視で発見されたらしい、考えにくいことだが。
「化け物かよ……」
冷や汗が背中を流れ落ちる。舌の根が乾いているのが自分でも分かる。
ヒイロは何も言わない。彼なりにこの状況について考えているのだろうか。
「……なあ、ヒイロ」
「何だ?」
「逃げ切れると思うか?」
「無理だろうな。追撃されるのが関の山だろう」
「やるしかねぇのか……」
敵は肉眼で確認できる距離まで接近している。このままの速度だと接触まで十五秒。
10、9、8、7、6――
突然、敵機のシルエットが変化した。
主翼が変形し、両腕がせり出し、脚部が展開して、頭部が出現する。
そして地響きを立てて降り立ったのは、全高50メートルに届こうかという威容。
その全身から放たれる圧倒的なプレッシャーが皮膚を刺す。
そして。
「さあ、貴様たちの力を俺に見せろ!」
野獣の唸り声が戦闘の始まりを告げた。



「畜生ぉぉぉぉぉっ!」
D-3のハンドレールガンが火を噴く。全弾命中。
しかし全く意に介さず、グルンガストは攻撃動作に入った。
咄嗟にサブノズルを噴射。横っ飛びに逃げたD-3のすぐ傍を、ブーストナックルがかすめる。
地表を暴力的に抉り木々を砕きながら突進する拳に、イサムは自分の常識が通用しないことを悟った。
即座にメインノズルを噴射させ、肘から先を射出してがら空きになった左側面から接近戦を仕掛ける。
脚部アーマーから接近戦用アザルトナイフを抜き放ち一気に肉薄、敵機に突き立てる。
「喰らいやがれーーーっ!」
だが、そこまでだった。ナイフの刃は強固な装甲に阻まれ、一向に通らない。
何度も打ち付けるが結果は同じだ。こちらの攻撃は一切通用しない。
イサムの脳裏に、一瞬よぎる"死"の影。
それを振り払うように、イサムは更なる一撃を加えようとして、
「イサム・ダイソン! 後ろだ!」
「何……!? 戻ってきやがったのか!?」
離脱するのが一瞬遅れた。本体と再連結したグルンガストの拳にD-3の右腕は鷲掴みにされた。
まるで壊れた玩具のように無様にもがきながらそのまま宙吊りにされる。
逃れられない。パワーが違いすぎる。
操縦桿をがむしゃらに動かすのも虚しく、為すがままにされるD-3。
「なんだ、酒のツマミにもなりゃしねえ。死ねよ!」
敵パイロットの声にイサムは得体の知れない戦慄を覚えた。
そして、さっきより確実に近くに感じる死の影を。
(なんだ……死ぬのか俺……こんな所で?)
爆散したνガンダム。炎上するスカイグラスパー。脳裏の映像が自分の未来と重なる。
目の前のグルンガストの胸部にエネルギーが収束し、そのまま放たれ
「イサム・ダイソン!」
一気に跳躍したM9の単分子カッターが掴まれたD-3の右腕を切り落とし、
我に返ったイサムはブーストを全開し、一気に上方へ逃れた。
間一髪。放たれたエネルギーの奔流はD-3の僅か下方を薙ぎ払い、付近一帯を焦土と化した。

追い詰められているのは明白だった。
こちらの攻撃は通用しない。それどころか回避するので精一杯。
残弾も残り少なくなってきた。もっとも、あったところで大して効きはしないが。
逃げ切るのは不可能。撃破するのも絶望的。
(くそ……くそっ……何とか、何とかならねぇのかよ!?)
思考が空回りする。考えが霧散して形にならない。
焦った所で事態が好転しないのは分かりきっている。それでも、
「畜生……何か……何か……」
「……ソン」
「まだだ……まだ俺は死ぬわけには」
「ダイソン。イサム・ダイソン、聞こえるか」
「あぁ!? 何だよ、何だってんだ!」
無意味と知りつつヒイロに当りつけるイサム。
しかし、次にヒイロの口から発せられた言葉は、イサムの空転する思考を覚醒させるには十分だった。



「何を言ってるのか分かってんのかてめぇ!」
「当然だ。お前を囮に俺は離脱すると言っている」
「ふざけんな! 何が囮だ!」
突然目の前の二機が始めた言い争いに、ヤザンは首を傾げた。
(何だ、仲間割れか? ハッ、面白いじゃねぇか)
回線がオープンになっているお陰で、会話が丸聞こえである。
「お前の単細胞な思考にはもううんざりだ。縁を切るいい機会だな」
「あぁ!? 何だとこの冷血野郎が!」
罵り合いはさらに激化し、
「安心しろ、お前の分の仇も俺が取ってやる」
「待てよてめぇ……うおっ!?」
「じゃあな、運が良ければまた会おう」
グレーの小型機がレドーム付きを蹴り倒して、一気に離脱していった。
「…………ふん」
ヤザンは忌々しげに鼻を鳴らした。
「やれやれ、茶番にしては楽しませてもらったが……二人いっぺんにかかってきた方が、
 俺としては面白いんだがなぁ?」
「うるっせぇぞ畜生ぉぉぉっ! 俺は、俺は死なねぇ!」
レドーム付きは立ち上がって、レールガンを乱射してきた。
もはや冷静さなどは欠片も残っていない。しかし、それがヤザンを悦ばせた。
「はははっ、その気迫だ! いいぞ貴様!」
「うるせぇって言ってんだろがぁぁぁ!」
すでに照準すら定まっていない。片腕を失ったせいもあるのだろうが、
それ以上にパイロットの精神状態によるものが大きいのだろう。
ヤザンはおもむろにブーストナックルを放った。
敵はそれをぎりぎりで回避し、また性懲りもなくレールガンを乱射する。
相手の底力がそうさせているのか、攻撃がなかなか当たらない。
「少しは楽しませてくれそうか!?」
ヤザンは嗤いながら逃げるD-3目がけて拳打を繰り出す。
飛び上がって回避したD-3にブーストナックルでさらなる追い討ち。
グルンガストは確実に、イサムを追い詰めていった。そして。
「なんだ、もう弾切れか?」
「畜っ生……」
「残念だったな! お仕舞いだ!」
グルンガストが最後の拳を振り上げたその瞬間、
「標的確認……破壊する!」
一発の銃弾がグルンガストの右目に直撃した。

「ちぃっ! さっきの奴か!? 遠距離狙撃とは、味な真似を!」
ヤザンは忌々しげに吼えた。
既にメインカメラの片方はやられ、もう片方も時間の問題。
ついでにセンサーもいかれたのかコクピットのスクリーンはノイズで埋め尽くされ、視界が確保できない。
正攻法では埒が明かないとみて、ピンポイント狙撃によるカメラの破壊に作戦を変更。
いくらグルンガストでも、カメラまで強固な装甲に覆われているわけではない。
完全にしてやられた。いい策だ、とヤザンは歯噛みする。
着弾。
計器が左側のメインカメラの完全な破損を告げる。
サブカメラだけではこれ以上の戦闘は厳しいことを、ヤザンは確信した。
「くそっ、もう少しだったってのに!」
今ウイングガストに変形するのは自殺行為だ。ガストランダーで強行突破するしかない。
忌々しげに変形のスイッチを入れようとしたその時、
「……見つけた……見つけたぞぉ!!」
限りなく悪い視界の中で、確かに映ったグレーの狙撃機。
こちらが気付くとは思ってもいないのだろう、移動する気配もない。
今ならやれる。
「最後に貴様だけは落とさせてもらう!」
グルンガストから放たれたブーストナックルは一直線にM9へと向かっていき、
「頼むぜマギーちゃん!」
『おまかせ』
「よし……乗っ取った! お返しだ、おらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
大きく弧を描いて方向転換し、そのままこちらの方へ――――



「……生きてるのか、俺達?」
「そうらしいな。運が良かった」
「一時はこのままお陀仏かと思ったけどな……」
「ものはやり様だということだ。……さすがに俺も勝てるとは思ってなかったが」
「しかし、お前がいきなり『賭けに出るぞ』なんて言ってきた時はさすがに驚いたぜ」
「ハッキング中のD-3は隙だらけだ。敵の動きを封じておく必要があった」
「いや、そうじゃなくて」
「何の事だ?」
「お前がいきなりそんな突拍子もない行動に出るタイプだとは思わなかったんでね」
「……前にも似たような事を言われた事がある。このゲームに参加する前だが」
「そうかい、言った奴もさぞかし気苦労が絶えなかったんだろうな」
「………………」
「あらら、怒った?」
「…………"捕虜"も確保した。色々聞きだす事もある。まずは補給ポイントへ急ぐぞ」
「はいよ、了解!」

目覚めてすぐ、ヤザンは自分が機動兵器のマニュピレーターに握られていることに気付いた。
(負けたのか、俺は)
まだ頭が痛む。機体が歩くたびに激しく揺れて、嫌でも自分の立場を思い知らされる。
敗因はグルンガストの性能に頼り切っていたことだろう。らしくもない。
機体の性能を己の腕で引き出して戦うのが、自分のスタンスだったはずだ。
圧倒的な差をこうも引っくり返されるとは、さすがに思いもしなかったが。
奴らはこのまま自分を締め上げて、情報を吐かせるつもりだろうか。
何はともあれ、その場で止めを刺されなかっただけでも運がいい。
生きてさえいれば、まだいくらでもやりようはある。
(…………)
それに。
(…………ククッ)
なんだろう。
(やはり、戦場の空気というものはこうでなくてはいかんなぁ?)
この、押さえ切れない昂ぶりは。
(まずは時を待つか……ハハッ、いよいよこのゲームも面白くなってきた!)



【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
 パイロット状況:疲労
 機体状況:リフター大破 装甲に無数の傷(機体の運用には支障なし) 右腕切断 残弾僅か
 現在位置:G-5
 第一行動方針:補給を済ませ、ヤザンから情報を引き出す
 第二行動方針:アムロ・レイ、ヴィンデル・マウザーの打倒
 第三行動方針:アルマナ・ティクヴァー殺害犯の発見及び打倒
 第四行動方針:アクセル・アルマー、木原マサキとの合流
 最終行動方針:ユーゼス打倒】

【ヒイロ・ユイ 搭乗機体:M9<ガーンズバック>(フルメタル・パニック!)
 パイロット状態:若干疲労
 機体状況:装甲表面が一部融解。残弾僅か
 現在位置:G-5
 第一行動方針:補給を済ませ、ヤザンから情報を引き出す
 第二行動方針:トウマの代わりにアルマナの仇打ち
 第三行動方針:アムロ・レイの打倒
 最終行動方針:トウマ、クォヴレーと合流。及び最後まで生き残る】


【ヤザン・ゲーブル 搭乗機体:無し
 パイロット状態:健康。頭痛あり
 現在位置:G-5
 第一行動方針:隙を見て脱走(可能ならば機体も奪取)
 第二行動方針:どんな機体でも見付ければ即攻撃
 最終行動方針:ゲームに乗る】

備考:G-5地区にグルンガストが放棄してあります
   機体状況:小破。メインカメラがほぼ完全に破損

【二日目 11:30】





前回 第167話「死力戦場」 次回
第166話「困惑 投下順 第168話「再開
第161話「誓い 時系列順 第162話「ASUKA TWO STRIKES!

前回 登場人物追跡 次回
第153話「二人の復讐者 イサム・ダイソン 第177話「集う者たち~宴の準備~
第153話「二人の復讐者 ヒイロ・ユイ 第177話「集う者たち~宴の準備~
第155話「終わらないレクイエム ヤザン・ケーブル 第177話「集う者たち~宴の準備~


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最終更新:2008年05月31日 11:13