困惑


(――俺は、誰だ?)
 アクセル・アルマー、それが青年の名前だった。
 それ以外は記憶に無い。気付いた時には全ての記憶が失われ、この馬鹿げた殺し合いに参加させられていた。
 そして殺し合いの只中で、自分に戦う力がある事を知った。
 自分の名前と、身体に染み付いた戦いの経験。それだけが、彼の記憶を探る鍵。
 それ以外は何も無い。アクセル・アルマーの記憶と過去は、依然として失われたままだった。
 だが、そんな彼でも一つだけ。そう、たった一つだけ確かな過去がある。
 それは、記憶を失ってから今までに起きた出来事の全て。
 このバトルロワイアルの中で出会った仲間と過ごした時間。それだけは、彼自身の揺るぎ無い“過去”であった。
 ……そう。もはや、過去なのだ。決して、今の出来事では無い。
 失われた命は、もう二度と戻る事は無いのだから……。

「アキト……」
 この下らない殺し合いが行われる中、初めて出会い言葉を交わした人間。
 それが死を迎えてしまった事に、アクセルは自分で思った以上の衝撃を受けていた。
 仲間の、死。
 何故だろう。ずっと以前にも、これと同じ喪失感を味わった事があるような気がする。
 ……そうだ。記憶の最も奥底深くに、うっすらとだが残っている。
 それは、敗北の記憶だった。
 何か大きな戦いに参加して、そして自分達は敗れ去った。
 そう、自分“達”だ。かつての自分には、確か仲間がいたような気がする。
 それは……恐らく、ヴィンデル・マウザー。自分の過去を知ると言う、あの男。
 あの男と共に戦った記憶が、そして戦いの中で多くの仲間を失った記憶が、ほんの微かに残っている。
 いや。正しくは、甦ろうとしていると言うべきか。
 だが、記憶を封じる扉は重く、そして手元に鍵は無い。
 扉の隙間より微かに洩れ出た、あまりにもちっぽけな記憶の欠片。ただそれだけが、アクセル・アルマーの手元にはあった。

「俺は……」
 誰なんだ。
 何者なんだ。
 アクセル・アルマーとは、何なんだ。
 分からない。
 何も、何も、分からない。
 これから、どうするべきなのか。果たして、何を目的とするべきなのか。
 失われた記憶は未だ戻らず、自分の知らない所で仲間には死なれてしまっていた。
 絶対の孤独感。無力に打ちひしがれる感覚を、今のアクセルは味わっていた。
 だが……だからだとでも、言うのだろうか。
 戦え――
 失くしてしまったはずの過去が、アクセルの意識下で囁き声を上げ始めていた……。



【アクセル=アルマー 搭乗機体:クロスボーンガンダムX1(機動戦士クロスボーンガンダム)
 現在位置:F-6
 パイロット状況:混乱状態(肉体的には良好)
 機体状況:右腕の肘から下を切断されている
 第一行動方針:ヴィンデルに記憶について聞く
 最終行動方針:ゲームから脱出 】

【二日目 6:30】





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第146話「二人の共感、一人の違和感 時系列順 第149話「決意

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第113話「狩る者、狩られる者、死に行く者、生き抜く者 アクセル・アルマー 第169話「闘う者達


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最終更新:2008年05月31日 11:11