ミダレルユメ
薄暗く、ひんやりとした空間がある。
空間を囲う壁は岩肌に囲まれていて、天井は無機質なコンクリートで出来ている。
地となる場所には水が溜まっており、そこが内海に通じていることを物語っている。
その水の中。赤の巨体が仰向けに浸かっている。まるで、浴槽に身を委ねるように。
巨体はかなりの傷を全身に受け、満身創痍といった表現が相応しい。くたびれた印象は拭えなかった。
「まだ……生きてる」
巨体の中、目を覚ましたアスカは周囲を見渡す。
ここはどこだろう。あのとき戦っていた敵はどこにもいない。妙な静けさがあたりを包んでいた。
そっと、機体を起こしてみる。大きく水面を揺らしながら、立ち上がることは出来た。
もう一度、あたりに目を向ける。洞穴の奥、整えられた床が伸びている。
天井と床は人の手が入っているようだった。
天井は高い。ダイモスを立たせても余裕であり、浮上することさえもできそうだ。
アスカはゆっくりと、感触を確かめるように歩みを進める。
海水から身を出し、床に足をつける。水から出て、姿を現したダイモスの右足を見て舌打ちをする。
既に機体はぼろぼろだ。しかも、双竜剣と三竜棍を失ってしまった。
それでも、アスカの気心に変化はない。明確な殺意は消えることなく、彼女の中にある。
それを包み隠すこともせず、アスカはダイモスを歩かせる。正面にある、巨大な搬送用エレベーターに向けて。
外は既に暗く、月と星が空を支配している。ぼんやりとした月明かりが、基地を照らし上げていた。
基地の外に出たイサムは、眉を潜めてレーダーを見やる。基地内に、新たな反応が見えたような気がした。
それも、ヒイロがいた位置に近い。引き返そうとしたところで、また別の反応がレーダーに現れる。
基地の東側だ。それなりに近い。
イサムは少し考え、そちらの対応に向かうことにする。自分の役目は外の対応だ。
内部にはヒイロも、フォッカーも、マサキもいる。だから、大丈夫だ。
反応があった位置に近いのはヒイロ、遷次郎、マサキだ。フォッカーは、反応とはちょうど逆側の探索を行っている。
遷次郎とマサキは解析を行っているだろう。そう考えたイサムはM9へと通信を送る。
基地内と、外に新たな反応という報告だけ済ませると東へとD-3を走らせる。
彼我距離を確認しながら、慎重に進んでいく。
新たな反応は既に基地内へと進入している。相手を自分の射程に収めると、D-3を止める。
相手も移動を止めていたが、こちらに気付いている様子はない。
最大望遠で確認すると、どうやら補給を行っているようだった。
隙だらけだ。イサムはハンドレールガンを構える。
それでも、相手はこちらに気付いている様子はなかった。
マフラーが特徴的な機体の背後に回る。背後には亀裂が入っていた。
戦闘になれば、そこを狙えばいい。
そう判断すると、イサムは通信回線を開いた。
「おい、そこの機体! そのまま動くなよ!」
すると、旋回しようとしていた機体はぴたりと動きを止めた。
どうやら補給は終えたようだが、聞き分けのよさにイサムは少し満足する。
「よしよし。単刀直入に聞くぞ。お前は、ゲームに乗ってるのか?」
補給を済ませたにも関わらず素直に動きを止めたということを考えれば、ゲームに乗ったとは思えない。
だが、一応尋ねると、上ずった声が返ってくる。
「ち、違います! 僕は、戦う気なんてありません!」
少年の声だった。震え交じりの声からは、とてもゲームに乗っているような雰囲気は感じ取れない。
もし演技だとすれば、よく出来たものだ。
「そう怖がるなって。お前が戦わねぇなら、俺から手を出すつもりはねぇさ」
言うと、ハンドレールガンを下げる。恐らく、襲撃されたのだろうと判断して。
「だがな。もっと周囲に気を配らないと死ぬぜ。後ろ、とかな」
告げた瞬間、マフラーをなびかせて機体が振り返る。イサムはD-3の手を、ひらひらと挙げて見せた。
「ま、そういうことさ」
巨大なディスプレイに、ウィンドウが並んでいる。
そのディスプレイに向かっているのは二つの影だ。その背後、二機の機体とバイクが鎮座している。
影のうち片方は中学生くらいの少年、木原マサキで、彼はウィンドウから目を離すことなくコンソールを叩いている。
もう片方は、コンソールにケーブルで繋がれたメタリックなボディだ。
そのボディからはホログラフィーによって作られた映像が出ている。
映像は、司馬遷次郎のものだ。
彼は自分のボディに搭載された解析装置を基地のコンピュータに繋げ、それまでの解析結果を正面のディスプレイに表示している。
二人は一言も話すことなく、作業に打ち込んでいる。
六割ほど完了した解析結果を元にし、首輪のサンプルを解析していく。
コンソールを操作しながら、マサキは考える。
(何故だ)
静かな空間に、コンソールを叩く音だけが響く。
(何故、あの男はわざわざ解析装置などを用意した)
ディスプレイに表示されるウィンドウの下、解析結果のパーセンテージを表すバーがある。
(こうして首輪を解析するのも、奴の考えのうちだというのか)
当初60%と表示されていたバーは、既に68%まで伸びている。
(そもそも、この解析結果は正しいのか)
確かに伸びていくバーにマサキは不信感を抱く。あまりに上手く行き過ぎていた。
ウィンドウの一つには、解析結果から予測される首輪の内部構造がモデリングされて映っている。
(この構造からは、疑わしい点は見つからないが……)
マサキの思考は、どこかから響いてくる音によって中断された。
それは、駆動音だ。何かが上がってくるような駆動音が近くから響いている。
それに眉をひそめたとき、後ろにいた機体が動きを見せた。
ヒイロの乗ったM9だ。立ち上がったM9から、声が聞こえてきた。
「イサムから基地内に未確認機体の反応があると報告が入っている。
おそらく関係あるだろう。様子を見てくる。お前たちは解析作業を続けていろ」
「フォッカー君を呼んだ方がいいのではないかね?」
「音はかなり近くから聞こえている。フォッカーが戻ってくるのを待っていられないだろう」
遷次郎の提案にそう答えると、ヒイロは音のする方向へと向かう。
残された二人は解析作業を再開する。解析率は69%まで進んでいる。
基地の解析設備が遷次郎のボディに搭載された解析装置より高性能なためか、人手が増えたためか。
解析ペースは順調に上がっている。気味が悪くなるほど、順調に。
解析率は増していく。それにつれて、首輪の内部構造がモデリングされていく。
バーは伸びる。数字が繰り上がり、解析率が70%に到達する。
すると、新たなウィンドウが音を立てて開いた。
マサキは不審に思ってウィンドウを見る。何かを立ち上げた覚えはない。
そこに表示されたメッセージを読み始めた瞬間。
隣で、軽い爆発音が聞こえた。その後、焼け焦げたような臭いが漂ってくる。
弾かれるようにマサキは横を向く。サンプルの首輪は全て無事だ。ならば。
ケーブルで繋がったボディを見る。そこから立ち込めるのはかすかな煙だけで。
司馬遷次郎の映像は消え失せていた。
ミノフスキー粒子の影響と、D-3によるジャミングが行われている基地において、レーダーはまともに機能しない。
だから、ヒイロは音を頼りにM9を移動させた。場所は、ヤザンを拘束している格納庫だ。
ヒイロは横目で格納庫の隅を見やる。そこには、縛り付けられたままのヤザンがこちらを見上げていた。
まだヤザンがいることだけを確認すると、音のする方向に目を向ける。ヒイロはアサルトライフルを構え、そちらへ向き直る。
音は徐々に近づいている。地下に行ったままのエレベーターが上がってくる。赤い、傷だらけの機体を載せて。
最初から地下に潜んでいたのか、突然現れたのかは分からない。
そもそも、そんなことは些事だ。気にする必要はない。
重要なのは、今目の前に未確認の機体がいるということだ。
エレベーターが上がり切る瞬間、ヒイロはオープンチャンネルで通信を開く。
「止まれ。こちらに戦意はない。そちらに戦う意思がないなら……」
ヒイロは途中で口を閉ざす。相手が、腰の機関砲を乱射しながら突進してきたからだ。
全身にかなりのダメージがあるにも関わらず、赤い機体は勢いを殺さない。
周囲の物資や機材を蹴散らしながら、一気に近づいてくる。
通信は開かれているらしく、パイロットの叫び声が響き渡っていた。
目の前の機体を、ヒイロは敵と認識する。撒き散らされる弾丸をバックステップで回避しつつ、可能な限り距離を取ることを試みる。
敵は、こちらを追ってきている。それを確認すると、ヒイロは避けながら基地の外へと向かう。
基地内で戦闘をするわけにはいかない。
遷次郎とマサキから敵を遠ざけなければならないのは勿論のこと、基地施設の被害も最小限に留めなければならない。
もしこの基地が破壊されれば、首輪の解析は困難になる。
それに、ヤザンにもまだ死んでもらうわけにもいかない。まだ、何も聞き出していないのだから。
『おい、ヒイロ! どうした!? 戦闘してんのか!?』
こちらの動きを確認したのだろう、イサムから通信が入る。
『ああ。今から外におびき出す。外で待っていろ』
『外にって、おい! そっちは出口じゃ……』
イサムの声を無視し、通信を切る。代わるように、敵から言葉が響いてくる。
「鬱陶しいのよ、ちょろちょろとッ!」
吐き捨てるような声と共に、冷凍光線が放たれる。上昇してそれを回避し、ヒイロは口を開く。
説得のためではない。自分の目的のためだ。
「アルマナ・ティクヴァーを殺したのはお前か」
答えはない。返ってきたのは意味をなさない叫び声と銃弾だけだ。
ヒイロは仕方ないと思う。
「答えないならばそれでいい。お前が襲撃をしてくる以上、俺はお前を殺す」
言い切ると、ヒイロは通路の真ん中で足を止める。
すると敵の機関砲も銃弾を吐き出すのを止め、しかし、加速して距離を詰めてくる。
肩を前に出す姿勢は、タックルの体勢だ。ダイモスは正確に、真っ直ぐにM9に迫ってくる。
距離が詰まり、接触する数秒前。
M9の姿が掻き消えた。
イサムはレーダーを頼りに、ヒイロと襲撃者と思われる機体を追っていた。
距離としてはさほど遠くはない。ただ、壁によって阻まれているため視認も、援護も不可能だ。
ヒイロたちは基地内にいる。外におびき寄せると言っていたが、今の位置に出入り口はない。
「ったく。きちんと説明しやがれ」
文句を言ってから、イサムはついてくる機体をちらりと見やる。
既に自己紹介と、軽い情報交換は終わっている。
大雷鳳のパイロット、碇シンジは、ゲーム中で共に過ごした仲間を何人も殺されたと言っていた。
そして、彼自身も既に人を殺した、と。
震えながら語るシンジをイサムは思い出す。だから。
「無理すんなよ」
短く、それだけを告げる。
同じくゲームに参加している仲間を守ろうとする少年に、何もするなと言うつもりはない。
守るなら、戦わなければならない。そのことを、シンジも分かっているだろうから。
だから今も、こうしてイサムについてきているのだ。イサムの仲間を助けるため、戦うために。
「はい。大丈夫です」
シンジからそう返ってきた、そのときだ。
レーダーからM9の反応が消失する。他のジャミングやミノフスキー粒子によるものではない。
M9の反応だけが、消えていた。
次の瞬間。
耳を貫くような衝撃音が聞こえてきた。イサムは驚いてそちらを見る。
壁をぶち抜いて、見たこともない機体がそこに現れていた。
その機体は、いつの間にか基地内に現れていた機体だ。
機体の周囲、壁の残骸と共にその機体の残骸らしきものも散乱している。どうやら、右足が砕け散ったようだ。
その機体は残骸の中、薙刀状の武器を拾い上げた。
イサムは赤い機体に注意しながら、レーダーに目を向ける。ちょうどそのとき、M9の反応が復活する。
位置はD-3のすぐそばだ。ECSを解除したM9が、佇んでいた。
「無茶しやがるぜ……」
「話している暇はない。来るぞ」
ヒイロの声は、まるで何もなかったように変わらない。
赤い機体、ダイモスはこちらを確認すると手に持った武器を構える。
3対1、それも相手はぼろぼろだと言うのに退く気はないようだ。
「相手が多くたって……負けてらんないのよ……負けてらんないのよッ!」
戦意を確かめるかのようにパイロットは叫び声を上げる。
通信機越しの少女の声が夜気に振れ、拡散する。
ヒイロとイサムは武器を構える。
しかし。
次に響いた音は銃声でも、衝突音でもなく。
「アスカ……? アスカなの……!?」
シンジの、声だった。
シンジの声がまるで魔法の言葉だったかのように、ダイモスの動きが停止した。
ダイモシャフトを振りかぶったまま、奇妙な体勢で空中に浮かんでいる。
「シンジ……」
返ってきた声を聞く。よく知っている声だ。懐かしさを感じるような声だ。
シンジは顔を綻ばせる。無事に会うことが出来たことによる安堵が胸に広がっていく。
「アスカ、よかった。よかったよ。探してたんだ。アスカのこと」
心から、よかったと思う。涙を溢れさせながら、目の前の機体を見つめる。
機体があんなにぼろぼろになっても、アスカは生きている。本当に、よかった。
「……私も。私も、あんたを探してた」
アスカの言葉に、シンジは胸の奥が温かくなるのを感じた。
アスカは、僕を必要としてくれていたんだ。
シンジはアスカの乗るダイモスへと歩み寄る。早く、アスカの姿を見たかった。
「ようやく、ようやく……あんたを……」
アスカが何かを呟いている。もっとはっきり聞きたくて、コクピットから出ようとして
「シンジッ! 下がれッ!!」
イサムの怒声が聞こえてきた。反射的に身を後ろに飛ばす。ダイモガンが、大雷鳳のいた位置を掠めていった。
「アスカ……?」
「ようやく、あんたを殺してやれるわ……!」
愉悦感のたっぷり籠められた声がしたと同時。
ダイモスは一気にこちらへと突っ込んできた。
上段に振りかざしたダイモシャフトが勢いよく大雷鳳へと向かってくる。
呆気に取られていたシンジは何の対応も出来ない。左肩の装甲が引き裂かれる。
更に、ダイモスの左足から繰り出される蹴りが顔面にクリーンヒットしたとき、シンジは我に返る。
「やめてよアスカ、何するんだよ!」
「言ったでしょ!」
傷ついた左手に持ったダイモシャフトを巧みに扱い、大雷鳳へと攻撃を加える。
「あんたをッ!」
右腕から繰り出される拳は鋭く、大雷鳳のガードの隙間を縫ってくる。
「殺してやれるってねぇッ!!」
ダイモスの左足が高く上がる。次の瞬間、左足は重力を伴って振り下ろされる。
痛烈な踵落としが、大雷鳳の左肩に直撃した。
銃声や駆動音が遠ざかっていき、基地の端の方から耳がおかしくなりそうな衝撃音が聞こえた。
今は更に遠くで金属がぶつかり合う音がしている。
だが、マサキは構わずコンソールに向かっていた。
先ほど現れたウィンドウはもう消えていたが、また別のウィンドウがディスプレイには表示されている。
首輪の解析を表すウィンドウやバーに動きはない。代わりに、別の解析ウィンドウが動き続けている。
それは、遷次郎のボディを解析するウィンドウだ。
マサキがコンソールを操作するたび、遷次郎の内部構造がモデリングされている。
それを見たマサキは、ふむ、と一つ頷いた。
遷次郎に搭載された解析装置は、申し分のない性能だった。
にも関わらず、六割しか解析が出来なかったのはストッパーが設けられていたからだ。
そのストッパーは、解析を阻害するためにあるのではない。安全装置としての役割が主だ。
解析装置には罠がしかけられていた。
首輪の解析率が一定以上に至ったときに自分の首輪が爆発する、という罠が。
おそらくそのラインが70%だったのだろう。実際に、遷次郎のボディに仕込まれた首輪は爆発していた。
遷次郎は基地施設に自分の解析装置を繋げ、データのフィードバックを行っていた。
そのため、ストッパーが働いたままにも関わらず解析率が70%を越えたという情報が解析装置に伝わった。
そうマサキは結論付ける。
「使えるな」
マサキはぼそりと呟く。このボディは、ストッパーを解除してしまえば普通の解析装置として使える。
それでも、その解析結果が正しいとは限らないだろう。
だが、このボディを解体して爆発した首輪の残骸を回収できれば、それと照らし合わせることで確認も出来る。
なんにしろ、ボディを解体することは必要だ。ホログラム発生装置など邪魔でしかない。
コンソールから手を離し、遷次郎のボディに歩み寄ったとき、何か別の音が聞こえた。
音源はヒイロが向かった方角とは逆側からで、こちらに近づいてきている。
マサキは舌打ちをしつつ、手早く首輪と遷次郎のボディを回収する。
解析結果やログは遷次郎の解析装置に残っているから問題はない。
そのままレイズナーに乗り込んで通路に出る。
格納庫へ向かおうとしたとき、銀色の機体、アルテリオンと鉢合わせる。
既に接近していたらしく、マサキは聞こえないよう舌打ちをもう一つする。
「何処へ行くつもりだ。それにあの大音、何があった。司馬先生はどうした」
矢継ぎ早なフォッカーの問いに、答えるマサキは沈痛そうな声を上げる。
「音の正体を、ヒイロさんが確かめに行っています。なかなか戻ってこないので様子を見に行こうと思って。
それと、司馬先生は……亡くなりました。解析装置に、罠を仕掛けられていて……それで」
あえて、そこで言い淀む。少なくとも嘘は言っていない。
通信機越しに、フォッカーが息を呑む気配が伝わってきた。
「詳しいことは、後でお話します。今は外の様子を見に行きましょう」
フォッカーからの返答はない。その代わり、Gアクセルドライバーをゆっくりとこちらに向けた。
「フォッカーさん?」
「失態だったな。やはり先生には俺が付いているべきだった」
「どうしたんです? 早く行かないと……」
「お前がやったんじゃあないのか? なぁ、マサキ?」
フォッカーの声は鋭く、責めるような響きを持っている。
三度目の舌打ちを内心でしつつ、マサキは思う。
面倒なことになったな、と。
基地施設内を破壊するようなことは出来れば避けたい。
遷次郎のボディの解体にしろ、首輪の解析にしろ、まだこの施設は利用価値がある。
マサキは冷静に思考する。
遠くから激突音が響いてくる。それは随分と、煩わしい音だった。
「あんたもつくづく悪運が強いわね」
ダイモスの攻撃は止まない。アスカの高い格闘センスも相まって、無駄のない攻撃が大雷鳳へと降り続いている。
「まず支給されたのが初号機で……」
片腕だけではとてもさばき切れない。大雷鳳に傷が増えていく。
「それがやられても都合よく代わりの機体を見つけて……」
ダイモシャフトが左腕に突き刺さる。
「逃げ回って生きてきたんでしょ、ここまで!!」
ダイモスの拳が空を切り、ダイモシャフトの柄を叩き込む。
ねじ込まれたダイモシャフトはそのまま肩を貫通し、大雷鳳の左腕を引き裂く。
ダイモスは手を組み合わせ、大きく振り下ろす。先ほどの踵落としにも匹敵する衝撃が左肩に伝わった。
その衝撃に押され、大雷鳳はへたり込むようにして地に膝を付ける。
「……無様ね」
吐き捨てられたアスカの言葉。シンジは違和感を感じ、精一杯口にする。
「何言ってるんだよ。ねぇ、アスカ。落ち着いてよ。僕は、初号機に乗ってなんてないよ」
アスカは耳を貸さない。まるで聞こえていないかのようだ。
見下すようにこちらを見つめるダイモスは右腕をゆっくりと後ろへ引く。
その手は固く握りこまれている。今にも、こちらへと飛んできそうだった。
だが、それがこちらに向かってはこなかった。
引かれた腕に銃弾が直撃したからだ。
シンジは銃弾の飛んできたほうを見る。
アサルトライフルとレールガンが、ダイモスに向けて放たれていた。
ダイモスは一度大雷鳳から離れ、銃弾を回避する。
「邪魔すんじゃ、ないッ!」
アスカの叫び声が聞こえる。ダイモスの胸が展開し、ファンがその姿を晒す。
そこから生まれるのは灼熱の熱風だ。
熱風は固まっていた二機を散開させる。熱風を避けた二機はそれでも、ダイモスへと射撃を浴びせている。
アスカが、狙われている。
アスカが、撃たれている。
アスカが、殺されるかもしれない。
アスカが、アスカが、アスカが、アスカがアスカがアスカがアスカが。
「やめろよ……」
このままじゃ、アスカが死ぬ。
ゼンガーさんみたいに、宗介さんみたいに、ウルベさんみたいに。
アスカが、死ぬ。
嫌だ。そんなの、嫌だ。
守らなきゃ。アスカを守らなきゃ。
「やめろよぉぉぉぉッ!!」
シンジの絶叫に応じるように、システムLIOHが起動する。
最適化された動きがダイレクトモーションリンクシステムにより、大雷鳳の動きに変わる。
立ち上がると同時、大雷鳳の足が輝く。その輝きは闇を払うように真っ直ぐ飛んでいく。
その先に居るのは、アサルトライフルをダイモスに浴びせている機体。ずっと、アスカと戦っていた機体だ。
直進していく光にその機体――M9が気付いて回避運動を取ろうとする。
だが、間に合わない。
予想していなかったところからの一撃はM9の右足を抉り取る。倒れないようバランスを取るM9に大雷鳳は肉薄する。
そのままM9に肩をぶつけ、足を払う。
倒れこんだM9に馬乗りになると、ダイモシャフトが刺さったままの左腕を振り上げる。
そのまま、M9に向けて叩き付けた。ミシミシと、M9のフレームが悲鳴を上げる。
大雷鳳の下、M9が逃れようともがく。しかし、のしかかる重量を持ち上げられるほどのパワーはない。
M9はチェーンガンを連射する。その狙いは正確だ。ダイモスの攻撃によって付けられた左肩の傷に着弾する。
それをふさぐ様に、シンジは拳をM9の頭に叩きつける。
「アスカを守るんだ。守るんだ。僕が、守るんだ…!」
叫びながら、拳を振り下ろす。何度も、何度も、何度も振り下ろす。
頭を潰した後は胸だ。ノックというにはあまりにも荒々しく、胸を叩く。
一撃ごとに重さは増していく。M9の装甲がへこみ、ひしゃげていく。
何処かからレールガンの弾丸が飛んでくる。それに気を留めず、大雷鳳はM9を何度も殴打する。
やがて、M9が動かなくなる。しかし、大雷鳳は拳を止めない。
「嘘だろ、おい……。ヒイロ、おい、ヒイロッ!!」
叫び声が聞こえたが、それでも、大雷鳳は拳を止めない。
壊れた玩具のように、大雷鳳はM9を殴り続けていた。
「あの野郎……ッ!」
イサムの頭が沸騰したように苛立つ。シンジに少しでも同情した自分が愚かだった。
短い間だったが、ヒイロは仲間だった。無愛想な奴だったが、仲間だった。
同じ目的の下協力し、強敵を打ち破りもした。
そいつが、目の前で殺された。
同じだ。アキトが殺されたときと、同じだ。
また、何も出来ないのか。こんなことでアキトの仇を取れるのか。
イサムは、自分に冷静になれと言い聞かせる。
コクピットを思い切り殴りつける。今すべき最善の選択をしなければならない。
ヒイロの仇は取る。だが、このまま一人では無理だ。
一人で突っ走っても、あのときのように返り討ちにあうのが関の山だ。
あの赤い機体はシンジを狙っている。だが、協力するのは不可能だろう。
協力出来るような相手にはとても見えない。狂った殺し合いに身を委ねた、殺人者としか思えない。
だから、イサムは通信機を操作する。フォッカーとマサキに状況を説明するためだ。
もっと早くしておくべきだったと思う。しかし、思っているだけでは状況は変わらない。
これ以上後悔しないために、通信を送る。
だが。
「何でだよ。あいつら、何やってやがんだ!」
フォッカーにもマサキにも、通信は繋がらない。
レーダーを確認すると、レイズナーを示す光点とアルテリオンを示す光点は近くにいる。
なのに、どちらも通信に応じる気配はなかった。
遷次郎にも通信を送ってみる。こちらは繋がった。だが、向こう側から声が聞こえてはこない。
空しく、イサムの声だけが通信機に送られるだけだった。
「畜生がッ!」
最後にそう叫び、イサムは通信を切る。赤い機体が空けた大穴を通り、基地に戻る。
悔しさを噛み潰しながら、イサムはマサキたちの所へと向かう。最大速度で、そこへと向かう。
大雷鳳は、未だM9を殴りつけている。単調な打撃音が夜の空気に溶けていく。
そこへ、ダイモスはゆっくりと近づいていく。アスカは恐ろしく冷たい瞳で、その姿を見下している。
「……シンジ」
大雷鳳のパイロットの名前を呼ぶ。抑揚のない、平坦な声で。
奇妙なほど、静かな声で、だ。
するとようやく、大雷鳳は腕を止める。ゆっくりとこちらを振り向いて、立ち上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……アスカ、大丈夫?」
その声は何かをやり遂げた後のように晴れやかで、アスカの気持ちをイラつかせる。
だから、思い切り大雷鳳を殴りつけることを答えとした。
また、無様に大雷鳳は膝を付く。
本当に、本当にイライラする。こんな奴に、私は負け続けていたのか。こんな奴に。
こんな奴が、私を守ろうなどと言うのか。
「あんた如きが……」
アスカは、顔を憎悪に歪ませる。その憎悪を全てぶつけるように、言い放つ。
「あんた如きが私を守るなんて言ってんじゃないわよ! そんな無様に座り込んでるあんた如きが!
臆病者なくせに! 卑怯者のくせに! 自分じゃ何も出来ないくせに!」
さっきだって私にやられるままだったんだ。本当に、何も出来ないくせに。
「助けたじゃないか……僕が、アスカを助けてあげたじゃないか!」
「あんたなんかにやってもらわなくても、私一人でそいつらくらい殺せたわよ!」
また、ダイモスは大雷鳳を思い切り殴る。既にぼろぼろだった大雷鳳の左腕が、音を立てて落ちた。
刺さったままのダイモシャフトが、ばきりと押しつぶされてM9の側に転げ落ちる。
「やってみなさいよ。そいつを殺したみたいに、やってみなさいよ!」
「アスカを守りたいんだ。守らせてよ……」
懇願するようなシンジに、アスカは唾を吐くように告げる。
「あんたなんかに守られるくらいなら、死んだほうがマシだわ」
「アスカ……」
シンジはアスカの名前を呼ぶ。助けを請うように。哀願するように
「嫌い。あんたの全てが嫌い。嫌い嫌い嫌い! 大ッ嫌い!!」
しかし、アスカはどこまでもシンジを拒む。刺々しい、真っ直ぐな殺意をもって。
その言葉は、鋭い刃となってシンジへと突き刺さる。
探していた人物から、守りたい人物から拒絶されることで、シンジは壊れていく。
アスカを守ろうとすることで保っていた自我が、支えをなくして崩れていく。
シンジの中にあった思いは、明確な殺意に変わる。
システムLIOHが、衰弱したシンジの精神を支配していた。
大雷鳳は立ち上がる。殺意を胸に燻らせ、ダイモスと対峙する。
大雷鳳とダイモスの戦いが、二人のチルドレンの戦いが、ようやく始まろうとしていた。
【木原マサキ 搭乗機体:レイズナー/強化型(蒼き流星レイズナー)
パイロット状態:絶好調。やや苛立ち
機体状態:ほぼ損傷なし
現在位置:G-6基地(通路)
第一行動方針:フォッカーをどうにかする。基地施設を破壊したくない。
第二行動方針:マシンファーザーのボディを解体し、解析装置と首輪残骸の回収
第三行動方針:マシンファーザーの解析装置のストッパー解除
第四行動方針:首輪の解析、及び解析結果の確認
最終行動方針:ユーゼスを殺す
備考:マシンファーザーのボディ、首輪3つ保有。首輪7割解析済み(フェイクの可能性あり)
首輪解析結果に不信感】
【ロイ・フォッカー 搭乗機体:アルテリオン(第二次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:多少の疲労。マサキ、イサム、ヒイロに不信感。
特にマサキに対して激しい不信感
機体状況:良好
現在位置:G-6基地(通路)
第一行動方針:マサキから話を聞き出す。
第二行動方針:ユーゼス打倒のため仲間を集める
最終行動方針:柿崎の仇を討つ、ゲームを終わらせる】
【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
パイロット状況:疲労。怒り
機体状況:リフター大破 装甲に無数の傷(機体の運用には支障なし)右腕切断
ハンドレールガンの弾薬残り4割
現在位置:G-6基地(通路。マサキとフォッカーの場所へ移動中)
第一行動方針:フォッカー、マサキとの合流
第二行動方針:碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー両名の打倒
第三行動方針:アムロ・レイ、ヴィンデル・マウザーの打倒
第四行動方針:アルマナ・ティクヴァー殺害犯の発見及び打倒
第五行動方針:アクセル・アルマーとの合流
最終行動方針:ユーゼス打倒】
【惣流・アスカ・ラングレー 搭乗機体:ダイモス(闘将ダイモス)
パイロット状態:シンジに対する激しい憎悪
機体状況:全体的にかなりの破損。右足損失
後頭部タイヤ破損、左腕損傷、三竜棍と双竜剣とダイモシャフトを失った。
ダイモガンの弾薬残り2割
現在位置:G-6基地(外)
第一行動方針:碇シンジを殺す
第二行動方針:邪魔者の排除
最終行動方針:???
備考:全てが自分を嘲笑っているように錯覚している。戦闘に関する判断力は冷静(?)】
【碇シンジ 搭乗機体:大雷鳳(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:全身に筋肉痛、システムLIOHによる暴走中
機体状態:両腕消失。装甲は全体的軽傷(行動に支障なし)。
背面装甲に亀裂あり。
現在位置:G-6基地(外)
第一行動方針:システムLIOHにより、惣流・アスカ・ラングレーと戦う。
最終行動方針:生き抜く
備考1:奇妙な実(アニムスの実?)を所持】
【司馬遷次郎(マシンファーザー) 搭乗機体:スカーレットモビル(マジンガーZ)
パイロット状態:死亡
機体状態:良好
現在位置:G-6基地(解析室)】
【ヒイロ・ユイ 搭乗機体:M9<ガーンズバック>(フルメタル・パニック!)
パイロット状態:死亡
機体状況:装甲表面が一部融解。頭部、コクピット圧壊
現在位置:G-6基地(外)】
【二日目 19:40】
最終更新:2008年06月02日 04:00