草は枯れ、花は散る(4)
* * * * * * * * * * *
――本当にこれで、よかったのか?
地に伏せ、動かなくなった魔神を見下ろしながら、クォヴレーは自らに問いかけた。
それは彼の中に、新たな迷いが生まれた瞬間でもあった。
(!? 俺は何を考えて……)
場に静寂が戻った。張り詰めていた緊張感も消えた。
気がつけば、頭痛もいつの間にか治まっていた。アストラナガンが離れたせいだろうか。
それに伴い、思考も次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
本来の冷静さが戻りつつあった彼は、自らの行動と思考に疑問を抱く。
完全に、頭に血を上らせていた。今の行動は、あまりにも短絡的過ぎたのではないか?
(……違う。奴らは敵だ。倒すべき仇……何を迷う必要がある!?)
汗を拭いながら、自分に言い聞かせる。汗と共に、迷いも拭い去るかのように。
だが一度生まれた迷いは、思考の片隅に確実にこびり付いた。
(くっ、冷静になれ……甘さを見せて、油断して、それで出し抜かれて……
もうこれ以上何かを失うのは御免だ。これ以上、仲間を――)
そこまで考えて、クォヴレーの顔色が急激に青ざめていく。
「お……俺は……何、を……!?」
忘れていた。完全に頭から吹き飛んでいたのだ。
あれほど固執し、守ろうと誓っていたはずの、残された仲間――イキマの存在が。
「俺は……俺は何をしているんだッ!?」
半ばパニックに陥りながら、声を裏返らせて叫ぶ。戻りつつあった冷静さなど瞬時に吹き飛んだ。
「こんなことを……こんなことをしている場合ではない!!」
倒れた魔神に背を向け、ブライガーはバーニアを噴き上がらせる。
「くそっ……」
既にアストラナガンのことなど頭の片隅に追いやられていた。
一刻も早く、イキマを追わなければ――それだけが、彼の頭の中を塗り潰していた。
急がなければ。あのマサキのこと、必ずイキマを殺そうとするに違いない。
いや、イキマと共にいるラミアだって、いつ牙を剥くかわかったものではない。
「くそ……っ!!!」
一度最悪の可能性を考えれば、思考は一気に下層まで転がり落ちていく。
殺される。イキマが。唯一の仲間が、残された最後の仲間が。
そうはさせない。それだけは、なんとしても止めなければ――
イキマ達を追うべく、いざ飛び立とうとした――その時。
不意に、背後から何かを感じ取り、ブライガーは踏み出そうとした足を止めた。
「!?」
振り返り、その先にあるものを見て――クォヴレーの表情は凍りついた。
「なん……だと……!?」
先程までと違って、その声からは憎悪の色が幾分薄れ始めていた。
その代わりに怯えが含まれ始めたことに、彼は気付いているだろうか。
「生きていた、のか……お前は……!」
マジンカイザーが、再び動き始めていた。
傷ついた左腕を支えに、立ち上がろうと足掻いている。
それは、ヴィンデル・マウザーがまだ生きている証だった。
「すまんな……まだ……死ねん……」
返ってきたヴィンデルの声は、動揺を顕にするクォヴレーのそれとは対照的だった。
「せめて……お前の、誤解、を……解いて、から……」
「ふ……ざけ、るな……!人殺しが、何を……」
「お前が、私を……どう思おうと、構わん。
だが……頼む。あの子の話を……聞いてやって……くれ……」
喉の奥から、今にも消えそうな声を無理して捻り出しているのがわかる。
途切れ途切れになりながらも、そこには強い意志が込められていた。
(何なんだ……!?)
クォヴレーの中に生まれた迷いは、再び膨らみ始める。
一体何が、この男をそうまでさせているのか。
「何なんだ……お前は……!?」
思わず、疑問が口に出ていた。
「お前は一体、何をそんなに……!?」
「約束を……一つも守れないのでは……大の大人として、問題が、ある」
「何を……言っている……?」
「それに……少女一人、泣かせたまま死ぬというのも……まずかろう。
……これが、な」
かつて友がやっていたような口調で、彼は言った。
クォヴレーは感情から憎悪が幾分薄れ、僅かとはいえ理性も戻っていた。
それ故に、先程までの精神状態なら一蹴したであろうヴィンデルの態度に、さらなる動揺を見せる。
彼の中の迷いが膨らみ始めた。
それは彼が自らの誤解を受け入れ、真実を認識するための最後のチャンスだったのかもしれない。
(く……聞くな!これ以上聞いてはいけない……!!)
しかし、クォヴレーはそのチャンスを自ら払いのけた。
(こいつらは皆の仇だ。真に受ければ……また俺は躊躇い……
また、守れなくなる……!!)
過ちを、ヴィンデルを認めるには、彼はあまりにも迷いすぎていた。
「黙れ……俺を惑わそうとしても、無駄だ!!」
彼は自分の数少ない過去の、二日間の記憶から、穿り返す。
自分の正当性を、攻撃のための口実を、捻り出す。
「そうか……自己再生の時間を稼ぐつもりだな!!
剣鉄也のように!!お前もDG細胞とやらを使って!!そうだろう!!」
自分に言い聞かせるのように叫びながら、クォヴレーはブラスターを撃つ。
発射された破壊光線は、マジンカイザーの左腕をいとも簡単に吹き飛ばした。
支えを失い、マジンカイザーの身体が地面に崩れ落ちる。
「クォヴ……レー……」
「黙れ!!黙れ黙れ黙れぇっ!!悪魔がッ!!俺を惑わすなぁぁぁぁ!!」
ブラスターを乱射する。見境なく、滅茶苦茶に。撃って撃って、撃ちまくる。
そのうちの一発がマジンカイザーの腹を貫き、大きな穴を開けた。
蓄積したダメージにより、超合金ニューZαの装甲も本来の硬度を保てなくなっていた。
クォヴレーは容赦なく壊していく。自らの手で、何かに追い立てられるかのように。
魔神を。そして自分自身の心をも。
* * * * * * * * * * *
パイルダーに衝撃が伝わり、激しい揺れが襲う。
痛みはない。既に全身の感覚は失われていた。
もう、目も見えない。聞こえてくる周囲の爆音も、パイルダー内に響く警告音も、
外から聞こえてくるクォヴレーの狂ったような怒声も、次第に小さくなっていく。
クォヴレーに呼びかけようとして――もう声も出ないことに気付いた。
意識が、何もかもが消えていく。
それでも、彼の心は足掻き続けた。
どれだけ死を突きつけられようと、絶望に包まれようと、彼は決して心だけは折らなかった。
今までと、同じように。
異星人との戦いで、どれだけ苦しい戦いを強いられても。
そうまでして守った世界に、裏切られたとしても。
自分達の信じた世界が、腐り、狂っていく様を目の当たりにしても。
彼は決して、絶望に屈することをしなかった。
自らの信念のもとに、絶望に抗い続けた。
例えそれが人の道を外れた、愚かな理想でも。
彼はその先に光があると信じて、どこまでも走り続けた。
今回も、同じだ。
最後の最後まで意志を曲げず、彼は貫き通す。
ミオという希望を守るため……いや、彼の願いは厳密には少し違った。
――死ぬな。
それはミオに向けた、ヴィンデルの純粋な願いだった。
打倒ユーゼスも、希望の光も、そんなものは二の次だ。
ただ、生き延びてほしい。
マシュマーと同じように、ヴィンデルはただそれだけを願い、戦い続けた。
見えているか、お前達。
お前達に頼らずとも、私は立ち上がってみせる。
自分自身の力で……奇跡を起こしてみせる。
熱き拳を握り、魔神は立ち上がる。少女の正義のため、全てを賭けて。
「何……!?」
マジンカイザーのシンクロシステムは、操縦者の意志に反応し無限の力を引き出すことができる。
ヴィンデルの意志に反応するかのように、胸の赤い宝玉が輝き始めた。
「何なんだ……お前は……!?」
得体の知れない迫力に、ブライガーは思わず後ずさった。
満身創痍ながら、確固たる意志を持ち、それを貫き続けるヴィンデルの、マジンカイザーの姿は、
真実を見失い迷い続けるクォヴレーにとっては、恐怖の対象となっていた。
魔神の咆哮が轟く。
胸の宝玉が、輝きを増していく。
そこに敢然と刻み込まれた「Z」の文字。
それは紛れもなくヴィンデル・マウザーという人間の意志の象徴。
そして、彼の交わした約束――
マシュマーやアクセルが、誰かのために命を賭けたように。
ヴィンデルもまた、たった一人の少女のために、その命を燃やした。
輝く「Z」の文字は、やがて――
胸の光と共に、消えた。
同時に、瞳からも光が失われ、機体全身から力が抜けた。
力を失ったマジンカイザーは、前のめりに倒れこんだ。
そして、魔神は二度と動かなくなった。
* * * * * * * * * * *
今度こそ、完全に静寂が訪れた。
今度こそ、魔神は完全に動かなくなった。
今度こそ――終わった。
ブライガーのすぐ足元で、死した魔神が倒れている。
それを見下ろすクォヴレーの顔に、先程までの憎悪の色はない。
ただ、迷いだけが彼の頭の中を渦巻いていた。
その場に蔓延する後味の悪い空気は、ひたすら彼の迷いを促した。
迷って、迷って、迷って迷って迷って迷って、迷い抜いて。
迷いすぎた心は、遂には耐え切れず悲鳴を上げ始めた。
本当に、彼らは敵だったのか。
(そうだ。こいつは、こいつらは敵だ。リュウセイやジョシュア達の、仇だ)
本当に、そうか?彼らは、最後までそれを否定していたが?
(そんなもの、俺を陥れるための罠に決まっている。マサキやシロッコと同じように)
だったら何故、彼は武器を捨てた?最後の最後まで説得を続けていた?
(それは……デビルガンダムのためだ、あいつらは俺を取り込むつもりだった)
彼らがいつ、そんなことを口にした?いや、そもそも……
お前はあれを、アストラナガンと言っていた機体を、本当にデビルガンダムだと思っているのか?
(……煩い)
剣鉄也の前に現れた触手と、あのアストラナガンが、お前には本当に同じ存在に見えるのか?
(煩い……!)
お前は、本当は認めたくなかっただけではないのか?そして、今も――
「煩い……煩いッ!!!」
感極まって、ブライソードを振り上げる。
まるで、何かから逃げ出すかのように。
その振り上げた剣で、何をする?
(決まっている!!完全にとどめを刺さなければ、こいつはすぐに蘇る!!)
再生できなくなるほど完全に破壊すれば――言い訳が立つからか?
仮に再生しなかったとしても、デビルガンダムと無関係だったとしても――
「ッ……黙れ!黙れぇぇぇっ!!」
剣は、力の限り振り下ろされた。
マジンカイザーの頭部――パイルダーを目掛けて。
ヴィンデルがいるはずの、その箇所を目掛けて。
何度も何度も、叩きつける。
原形が完全に失われても、叩くのをやめない。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
それから、どれだけの時間が流れただろうか。
何度剣を振り上げ、振り下ろしただろうか――
虚しい音を立てながら、ブライソードは手から地面へと滑り落ちた。
肩で息をしながら、クォヴレーは目の前の光景を呆然と眺める。
ブライガーの足元には――
頭部を滅茶苦茶に叩き潰された、マジンカイザーの無惨な姿があった。
何度も何度も剣で叩きつけられた、ぐちゃぐちゃの頭。
ほんの少し前に、クォヴレーはこれと同じようなものを見たような気がした。
そう……
ちょうど、レイズナーの中で死んでいたガルドの死体の頭が、こんな感じだった。
そう感じた瞬間、クォヴレーは胃の中の物を激しく嘔吐した。
汚物が、コックピット内に派手に撒き散らされる。
嫌悪感に耐えられず、髪の毛を掻き毟った。
落ち着け。こいつは敵だ。皆の仇だ。死んで当然の殺人鬼だ。
だが、もし本当に違っていたら?
彼が、本気で話し合うつもりだったなら?
俺は――木原マサキと同じことをしたのか。
違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う――!!
俺はあいつとは違う。あの悪魔と同じであるはずがない。あってたまるものか。
……本当に、違うのか?
それに、『本当の俺』は、違うと言い切れるのか?
ヴィンデルは、あの少女は、俺がアストラナガンの操縦者だと言った。
俺が?アストラナガンの?デビルガンダムの?
あの剣鉄也のような殺人鬼を扇動した、悪魔の主だというのか?
なら、悪魔の機体に乗って、記憶を失う前の俺は、何をしていた?
俺は誰だ?俺は何者だ?俺は、俺こそが悪魔の手先なのか?
違う、そんなはずはない。そんなはずは……
俺は悪魔なんかじゃない。そうだろう?
目を閉じる。瞼の奥に、人の影が映った。
影は仲間達の姿へと形を変えていく。いや、クォヴレーの無意識が仲間達の姿を形作っていく。
まるで、仲間に縋りつくかのように。
トウマ、リュウセイ、ジョシュア、セレーナ、エルマ、
リョウト……
もう二度と会えない仲間達。だが、彼らの表情は皆曇っていた。
――何故?
どうしてみんな、そんな悲しげな目で俺を見る?
続いて、イングラムの姿が映し出された。
何かを訴えかけようとしている。だが、何を言おうとしているかは聞こえない。
何を言っているんだ?お前は俺の、何なんだ?
そして最後に、紫の髪の少年と、銀髪の少女の姿が映った。
誰だ、お前達は?彼ら二人の表情も、ひどく悲しげだった。
彼らもまた、自分に何かを伝えようと口を動かしている。でも、やはり声は聞こえなかった。
そんな二人の姿を見て、何か大切なことを忘れている気がした。トウマ達と同じくらい、大切な何かを。
それを深く考えようとすると、また頭が痛み出し、それを妨げる。
お前達は何だ?どうしてそんな目で俺を見る?
やめろ、やめてくれ。俺を見るな、アラド、ゼオラ――!!
もう、何もわからない。
何が正しくて、何が間違っているのか。
自分自身も。自分を取り巻く、全ての環境も。
この世の全てが、信じられなくなっていく。
いや、一つだけ確かなことがある。
……行かなければ。
ブライソードを拾い上げた。
ブライカノンを、肩に担ぎ直した。
トロニウムエンジンを、今となってはセレーナの形見となったそれを拾い上げた。
随分と、時間を費やした。
もしも、間に合わなかったら。あいつの身に、何かあれば……?
いや、そんなことはさせない。させてたまるか――!!
一瞬生まれた悪い予感を慌てて振り払い、ブライガーが飛び立つ。
急がなければ。イキマを、助けなければ。
今の自分に残された、唯一の絆を、かけがえのない仲間を。
もう絶対に失わない。失ってはならない。なんとしても、俺の手で守らなければ――
この少年の姿を見て、彼がクォヴレー・ゴードンであると納得できる人間が、果たして
どれだけいるだろうか?数多くの敵を相手に戦い抜いてきたクォヴレーの勇姿を知る者ならば、
このあまりにも無様な姿は、失望に値することだろう。
だが、彼が記憶を失ったこと、拠り所とする仲間を一度に失ったこと……それらを考えれば、
已む無しと言えなくもない。加えて、シロッコへの不信から始まる一連の疑惑の数々は、
不安定な彼の心を狂わせるには十分すぎた。
疑心暗鬼に囚われ、真実を見失い、迷い続ける哀れな少年。
それはもはや、クォヴレー・ゴードンの姿ではなかった。
いや、あるいはクォヴレーという人間など、最初からこのゲームには参加していなかったのかもしれない。
ここにあるのは、クォヴレーでもアイン・パルシェムでもない、全く別の人格。
記憶を失ったことにより生まれた新たな人格が、彼の中に生まれていたのだ。
かつてのイングラムが、アクセルが、記憶を失ったことで新たな可能性を生み出したように。
そして何より、クォヴレー自身がそうした経緯で形成された人格であったように。
ただ、この二日間で不安定なまま育ったその人格は、ここに来て好ましくない形に形成されてしまった。
それだけが、決定的な違いだった。
ここにいるのは、クォヴレー・ゴードンではない。
正義を見失い、憎悪に身を委ね、そして罪から逃げることで己の脆い心を補完しようとする、
ただの欠陥品のパルシェムであり、弱い少年でしかなかった。
【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
パイロット状態:錯乱状態。極度の疑心暗鬼。精神崩壊寸前。全てに対する重度の迷い。
これ以上の仲間喪失に対する恐怖。正常な判断能力の喪失?
記憶に混乱が。さらに、記憶を取り戻すことに対し恐怖。
機体状況:右手首損失。ブライカノン装着。コズモワインダー損失。オイルの血塗れ。EN中消費。
現在位置:E-5南西(D-6方面に移動中)
第一行動方針:イキマを追う。彼を絶対に死なせない。
第二行動指針:マーダーの全滅。仲間の復讐。
第三行動方針:なんとか記憶を……しかし……?
最終行動方針:ユーゼス、及び生存中のマーダーの全滅。これ以上、仲間を絶対に失わせない。
備考:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困難。
主に攻撃面に支障。ブライシンクロンのタイムリミット、あと9時間前後
トロニウムエンジン所持。
ディス・アストラナガンと接触することにより、失われた記憶に影響が……?
マサキ、ラミア、シロッコ、ミオを敵視。シロッコは死亡したと誤認。
ディス・アストラナガンをデビルガンダム(または同質の存在)だと思っている
空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識】
【レイズナー/強化型(蒼き流星レイズナー)
パイロット状態:なし
現在位置:E-5
機体状態:大破】
【ミオ・サスガ 搭乗機体:ディス・アストラナガン(第3次スーパーロボット大戦α)
パイロット状況:悲しみ。強い決意。首輪なし。ディス・レヴから伝わる負の波動に嫌悪感
機体状況:両腕、および左足大腿部以下消滅 少しずつ再生中
現在位置:E-5北端(北上中)
第一行動方針:一旦、E-4の自分の
目覚めた場所まで撤退。
第二行動方針:対主催のために動く(クォヴレー説得・空間操作装置破壊など)
第三行動方針:戦力を結集する
最終行動方針:ユーゼスの打倒
備考:ヴィンデルから自分がDGに取り込まれた後の一連のあらましを聞きました。
ディス・アストラナガンの意思(らしきもの?)を、ある程度知覚できます
ラミアに関する情報を入手(ただしスパイであることは知らない)
マサキの危険性を認識、また死亡したと誤認】
* * * * * * * * * * *
「……行ったか」
飛び去ったブライガーを見届けて、シロッコはエステバリスの影から姿を現した。
(クォヴレー・ゴードン……彼もここまでのようだな)
内心で冷たい評価を下す。既にシロッコは彼を見限っていた。
レイズナーの放った二発のカーフミサイルが爆発し、閃光が周囲を包み込んだ直後。
その場にいる、シロッコ以外の人物の視界が奪われた隙を突いて、
シロッコは単身、レイズナーのコックピットから脱出した。
比較的小柄なレイズナーがしゃがみ込んだ体勢にあり、降りる際に手間がかからなかったのは幸運だった。
さらに地面が柔らかかったこともあり、差しあたって大きな怪我もなく、彼は脱出に成功した。
シロッコが脱出した後、レイズナーは自動操縦へと切り替わる。
事前にシロッコが組み込んでいたプログラムに従い、レイズナーはヴィンデル達のいた方向へ、
即ち……この場において最も注目を惹くであろう、喧騒の真っ只中へと走った。
それによりクォヴレーの、そしてヴィンデル達二人の注意は完全にレイズナーのほうに向くこととなる。
その隙を縫って、後はほとぼりが冷めるまで身を隠す……という寸法だ。
レイズナーが破壊されたことで、中にいるシロッコも死んだ……そう判断されるだろう。
あとはC-3での戦闘と同じで、『死んだフリ』を決め込むだけである。
(何にせよ、生き延びることはできた。運がよかったというべきか……)
一か八かの、分の悪い賭けだった。助かる保証はどこにもなかった。
脱出した後も、戦闘に巻き込まれる可能性は十分にあり、事実肝を冷やしたものだった。
だがいつ撃たれてもおかしくなかったあの状況、他に有効な選択肢もなかったこともまた事実。
結果的にクォヴレーの狂気をさらに煽り立てることになった。それについては彼自身も思うところが
ないわけでもなかったが、あの様子では遅かれ早かれ彼は狂っていたと判断し、早々に見切りをつけた。
しかし、シロッコは生還に安堵することなく、表情を渋らせた。
(いや……何が幸運なものか。あれだけの醜態を晒しておきながら……!)
グランゾンを奪われ出し抜かれた挙句、単純なミスを犯して不必要な窮地に陥った。
彼らしからぬ無様な失態に、己の気の緩みを自覚せずにはいられなかった。
エステバリスのコックピットシートに座ったシロッコは、溜息を一つつき、起動作業に取り掛かる。
グランゾンが奪われた今、この場に残された機体はこのエステバリスのみ。
戦力的には不安が大きいが、今はこれに乗り込むしかないだろう。
(さて、これからどうしたものか)
シロッコは今後の行動について検討する。
(あの黒い機体……ディス・アストラナガンなどと口走っていたな)
シロッコは、北へと飛び去っていったアストラナガンに興味を抱いていた。
クォヴレーはデビルガンダムとか言って敵視していたが、シロッコには、あれに自分達の知るガンダム
――MSと同じ技術が使用されているとは到底思えなかった。
ましてや、狂乱状態にあったクォヴレーの一方的な決め付けが、どこまで信用できたものか。
(あれのパイロット、声の調子から幼い少女か。だが、理性はそれなりに保っていたようだが。
駒とするには頼りないが、話し合いの余地はあるか……?)
そうしているうちに、エステバリスが起動する。特に問題なく動くようだ。
一息ついて、シロッコは傍らにある自分の所有物に目を向けた。
今、自分の手元に残っているのは、首輪の解析装置と、最高級の紅茶の葉が一袋。
(解析装置は……もう少し調べる必要があるかもしれんな)
彼は木原マサキが装置に罠を仕掛けている可能性を警戒していた。
少し弄った限りではそんな形跡は見られなかったが、万が一のこともある。
念を押しておくに越したことはない。
(もっとも……首輪を外した所で、ユーゼスを出し抜くための決定打にはなりえんだろうがな)
首輪を外したはずのマサキの名は、放送で呼ばれなかった。
つまり、ユーゼスの支配下からは逃れるには、首輪の解除だけでは意味はない、ということだろう。
(まだ、ユーゼスの思惑の内、ということか。さて……)
改めて現在の状況を振り返り、整理する。
あのヴィンデルという男が死亡したことにより、残り人数は自分を除けば6人となった。
その内、クォヴレー・ゴードンは精神崩壊寸前。木原マサキは残虐な殺人者。
ラミア・ラヴレスは主催者の犬で、その動きには未だ不審なものが残る。
それから、対主催に属するイキマに、先程のアストラナガンに乗る少女。
そしてあとの一人は――
(……マイ・コバヤシか)
先程の放送で、彼女の名は呼ばれなかった。そして、リュウセイの名が読み上げられた――
つまりは、そういうことだ。リュウセイの死は予想の範囲内だったが、
彼らの戦いがどういった結末を迎えたか、想像に難くはない。
(……絶望的、だな)
シロッコがそうした感想を抱くのは至極当然のことではあった。
現状で、対主催として真っ当に機能しそうな者は、自分以外には僅か二人を残すのみ。
しかもイキマは、死地の真っ只中。危険人物二人を前に、どこまで持たせられるか。
アストラナガンも戦闘できる状態ではなく、パイロットも年端も行かぬ少女だ。
未知の技術を保有するユーゼスに対抗するには、これではあまりにも無謀すぎる。
(……不本意だが、優勝も視野に入れる必要があるかもしれん)
そう考え始めるのは、極めて自然な流れだった。
もっとも……グランゾンやラーゼフォン、ブライガーをまともに相手にするには、
今乗っているエステバリスでは太刀打ちはできない。
優勝を狙うにしても、今まで以上に上手く立ち回る必要があるだろう。
(……とにかく、今はあのアストラナガンの少女と接触を図るとするか)
シロッコは、ミオの口走っていた言葉に興味を抱いていた。
『戦いを止められる』と。何らかの確信を持って、言っていたように思えた。
(全ての方針を決定するのは、彼女の話を聞いてからでも遅くはあるまい)
シロッコはアストラナガンの飛び去った方向へと、エステバリスを飛び立たせた。
【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:エステバリス・C(劇場版ナデシコ)
パイロット状況:軽度の打ち身(行動に支障はなし)
機体状況:エネルギー消費(中) 駆動系に磨り減り。左腕欠損
現在位置:E-5
第1行動方針:ディス・アストラナガンと接触
第2行動方針:首輪の解析及び解除
第3行動方針:脱出を目指す。できなければ臨機応変に動く
最終行動方針:主催者の持つ力を得る。ただし、場合によっては優勝も視野に。
補足行動方針:十分な時間と余裕が取れた時、最高級紅茶を試したい(ただしもう気は緩めない)。
備考:首輪を1つと、首輪の解析装置を所持。 ラミアに疑念。マサキ、マイを危険視。
リュウセイのメモを入手。
反逆の牙共通思考の情報を知っています。
ユウキ・ジェグナン厳選最高級紅茶葉(1回分)を所持】
ヴィンデル・マウザー。
彼はかつて、闘争を日常とする世界を理想とした。
それは結果として正しいとは到底言い難い、愚かな理想ではあった。
だが、それもまた世界の腐敗を憂い、変えようとしたが故の理想であったこともまた事実。
もしも――
彼がもっと明確な、守るべきものの存在を見出していたなら。
彼がもっと早くそれを見つけられていたなら。
ヴィンデル・マウザーは、違う道を選ぶことができたのだろうか?
もっとも、今となってはそんな考察も無意味でしかない。
魔神の死骸に、乾いた風が吹き付ける。
轟々と鳴り響く風の音が、このあまりに無意味な戦いの終わりを、虚しく告げていた。
【ヴィンデル・マウザー 搭乗機体:マジンカイザー(α仕様)
パイロット状況:死亡
機体状況:大破・頭部完全破壊(自己修復不能)】
【三日目 6:45】
最終更新:2008年06月02日 19:14