「あーもう全然分かんねぇ!」
演算の結果が画面に終了するなり切羽詰った様子でトビアは両手を戦慄かせながら、オーグバリューのコクピット内で吼えた。
「落ち着きたまえトビア・アロナクス君」
トビアの駆るオーグバリューの隣を歩む炎を象った巨大ロボ――――グラヴィオンから凛とした男の声が掛けられる。
その表情は殺し合いがおこなわれている最中だというのにまったく崩れることなく、実に優雅な姿勢で前方を見据えていた。
「だってしょうがないでしょう。ここまで手も足も出ないなんて」
予想はしていた。用意されたプラグを、まるで差し込んでくださいといわんばかりに首輪に開いているジャックへと差し込んだのだ。
それでどうにかなるほど甘くは無い。むしろ首輪が爆発しなかっただけで御の字というべきだろう。
「しかし、それらは予測していたことだ」
「でも向こうも、もうちょっと余裕を加えててもいいでしょうに」
トビアとて無策無謀で首輪を調べようなどと思っているわけではない。
用意されているもので相手が想定している行動をしたところでルール違反ではないだろう。所詮は掌の上だ。
向こうは殺しあって欲しいのだ。ユーゼスの時とは違い不必要には首輪を爆破することは無い、とトビアとトレーズは予測を立てた上で
首輪の解析をおこなっていた。移動中であるため機体の制御を人体の挙動に任せているトレーズは調査に参加できなかったが、
それでも移動中にできるのならばやっておくべきだと考えたトビアは調査を慣行したのだ。
とはいえ、今頃シャドウミラー達は自分達の行動を陰で笑いながらポテトチップスでも食べているかもしれないことを考えれば
あまり楽しい作業ではなかったが。
「で、どれほどのことが掴めたのかね?」
「たいしたことは分かりませんよ、ほんとに」
トビアは自分が3時間がかりで調べ上げた結果を告げる。
「まず第一にパスワードが設定されています」
「パスワード?」
「何のパスワードかは分かりませんし、流石にノーヒントで説明も無いので入力する気もありません。
もうちょっと調べればマニュアルぐらいは出てくるかもしれませんがね」
トビアはそこで言葉を切り、缶ジュースを鞄の中から取り出す。
プルタブを押し開け、飲み口に唇を付ける。ゴクゴクと中身を一気に飲み干す。
「ぷは~」
自分で思っていたより喉がからからだったらしい。爆弾付首輪の調査は自覚していた以上に神経をすり減らしていた。
だがここで止めるつもりもない。トビアは二つ目の結果を読み上げる。
「第二に製作者の名前―――レモン・ブロウニング」
「レモン・ブロウニング、ふむ、聞かない名だ」
「俺の方も知りませんよ。まあこれは、大工が柱の影に自分の名前彫るようなノリで残してたんじゃないかと」
「ノリかね?」
「ええ、そんなノリだと思いますよ。たぶん」
トレーズは頷きつつ、考えるようなそぶりをしながら先を促す。
「ふむ、それで他には?」
「三つ目は、推論ですけどね。地球圏で使われている技術しか使われていないことです」
トビアが己の結論を述べると―――――グラヴィオンコクピット内のトレーズの瞳がギラリと輝いた。
「ほう? 根拠はあるのかね?」
「直感、と言いたいんですけどね」
トビアは肩を竦めながら、
「地球人が理解できる技術しか使われてないからです」
「そんなもの、分かるのかね?」
トレーズの問いにトビアはニカッと歯を見せる笑みを浮かべながら、
「こいつらが参考になってくれましたよ」
「……ソルグラヴィオンとオーグバリューのことかね?」
「はい、そうです」
右手でチョキのサインを作りつつ答える。
「ソフトウェアが首輪と二機とで違うんですよ」
「ソフトウェア? 二機同士でもソフトウェアは異なるだろうに」
「ええ、まずはそこから説明したいと思います。前提の考え方として、こいつらは地球のものではありません。
根拠としては重力に対する構え方が地球圏のMSとこいつらとでは違うんですよ」
「重力? 宇宙と大気圏内でもシステムは」
一指し指で真下を示しながら、
「違いますよ。けどこいつらは1Gに対する設定が異なります」
「Gに対する設定が、かね?」
「いいですか? 1Gが9.8m/s」
「二乗で表せるという重力加速度の考え方は。1901年の国際度量衡総会において設定され、今日まで変更されることなく続いている。
君の世界でもそうなのだね」
最後まで説明することができずに多少呆気に取られたが、トビアはさらに自分の推論をさらに述べる。
「まあ、バランサーだってバーニアの出力係数の計算だってそれを基本にしています。けれどバリューは計算方式が異なってます、
OSが惑星の重力加速度が変化してもすぐにでも対応できるシステムとなっています。ここまでいいですね」
言い終えた後に再び紅茶へと口をつける。ここまでは自信があった。重力に対する考え方は活動宙域によって違う。
木星に住む地球人からして1Gの考え方も違うのだ。
異星の機動兵器では当然のことながら大きく異なるはずだ。
「確かにMSにおける重力の計算は一律だ。その数値が大きく変化するならばOSの書き換えも検討しなければいけない。
その必要があるとするならば地球侵攻用、いや、他星侵攻用の機体というわけか。しかし、それでもあの機体が地球人のものでないとは――」
「言えますよ」
だって、とトビアは続けながらオーグバリューが異星の機体である根拠を告げる。
「こいつに入力されていたデフォルトの数値設定じゃ地球だと、地球圏のどこの惑星でも簡単にすっころぶからですよ」
基準のシステムがあり基準の数値設定がある、それを調べればどういった環境での動作が想定されていたかは判明するのだ。
「なるほど、元々地球圏以外の惑星での活動が基準ということか。では、グラヴィオンは」
「そっちはもっと簡単です。トレーズさんから貰ったデータが正しければですけどね。で、こいつの製作が始まった年代なんですけど」
一旦そこで切り、間を溜める。聞けばこれまで表情を崩さなかったトレーズとて驚くはずだ。
「なんと、製作開始は19世紀の始め、21世紀にはもう完成していたんですよ!」
「なるほど、グラヴィオンは異星人が持ち込んだオーパーツである可能性が高く。
首輪の機能にはグラヴィオンやオーグバリューから得られるであろう技術は使われていないということか」
「……」
思わずトビアは絶句した。持ったいつけれたと思ったらあっさり理解されてしまった。言いたいことも言われ、なんか立つ瀬がない。
「違うのかね?」
「……まあそういうことなんすけどね。こいつらのニューロネットワーク構築方一つでも応用できれば首輪の攻略難易度は遥かに上がりますよ」
だからこそ首輪の解析をここまでおこなうことができたのだ。
とはいえ首輪のCPUのレベルが特機より多少低くとも、その機能の全貌を知れたわけではなかったが。
「地球圏の技術で固めている理由としては、大方意図しない暴走を避けたためだろう。
だからといって、彼らも簡単に解かせる気はないだろうがね」
そう締めくくりつつトレーズは機体の歩みを止めた。トビアも釣られて機体を停止させる。
「これで以上かね?」
「……ええ。後の機能は分かりません。爆発させたくなければもうちょっと環境をそろえないといけませんね」
ハァ、とトビアため息をつき、テーブルの上へと突っ伏した。
「せめて盗聴機や発信機の有無ぐらいは確認したかったんですけどね」
「まったくの無駄骨でもないとは思うが」
「でも、たったこれだけのことを調べるために二時間もかけちまった」
「私なら5分で済んだな」
あっさりとトレーズが告げると、トビアはさらに脱力する。
「……何でですか?」
「君から聞くだけで済んだ」
トビアは頭上をしばし仰ぎ見、数秒後には視線をトレーズの方へと向ける。
「もうちょっと働いてくださいよトレーズさん」
「ならばそうさせてもらおう」
そう言い放ちトレーズはソルグラヴィオンを目前の海面へと進ませていった。
「飛んでいかないんですか?」
「この機体は水中での活動にも支障はない」
「でも俺の機体は潜ったら支障があります」
「だからこそ、だトビア・アロナクス」
不適な微笑みつつ、
「海中の敵への警戒を私がする必要がある。それに」
「それに?」
「美しい魚達と戯れたいのだよ」
「ハィ?」
その言葉をトビアが理解する間もなくソルグラヴィオンは海中へと沈んでいった。
何を考えているのだろうかあの人は?
べラ・ロナ館長、シェリンドン・ロナ、ザビーネ、
その他の己が出会ってきた人物と照らしあせては見たが今までいなかったタイプだ。
「貴族ぽい人との付き合いなんて、どうすりゃいいんですかキンケドゥさん?」
自分と同じくこの場につれてこられているはずの男に問いかける。答えなど帰ってくるはずがないことは理解していたが。
天空を仰ぎ見て頭を働かせてみる。青い空に白い雲がそよそよと泳いでいた。
雲はいい。悩みもなくただ空を泳いでいるだけで良いのだから。雲同士で殺しあうこともせず、仲良く浮かんでいるのが正直うらやましい。
「……何考えてんだ俺は?」
彼一人を基地に先行させるわけにもいかないだろう。ブースターを吹かしつつ、オーグバリューを大空へと躍らせる。
思考を切り替え、トレーズ・クシュリナーダのことについて考えてみる。
いかにも貴族ぽい格好をして、いかにも貴族な言動であり、沈着冷静であわてた表情一つすら見せやしない。
OZという軍事組織の将校だと聞いたが普段からあの調子では部下はそうとう苦労しているのであろう。
そして彼の最大規模の問題は、
「生き返った……ねぇ」
トレーズ・クシュリナーダは乗機のコクピットにチャン・ウーフェイの駆るナタクが放つビームの刃を受け蒸発したとのことだ。
ぶっちゃけて信じれば良い話かは分からない。
「シックスデイでもじいさんの話でも……そういうのはあったよなぁ」
現実でも、SF映画でもよくあるような話ではあるが、その真偽を己一人で判断しなければならぬとは。
「信じれる……のか?」
トレーズ・クシュリナーダのことを自分は信じていけるのだろうか。正直言えばどことなく胡散臭くてあまり当てにはできない。
が、深く考えたところで答えなど出そうにもない。どう判断したところでミスリードにでも陥りそうだ。
それに信じるにしても否定するにしても、何か己の信じていたことを試されることになる。
ならば後回しにしておきたい。他に頭を悩ませることとてある。
「まあ、海賊少年も十分にうさんくさい、っか」
もしかしたら先ほどの発言は、自分のことを気遣って慣れぬ冗談を言ってみただけなのかもしれない。
ならば悪い人でもないのだろう、良い人だとも判断できぬが。
トレーズについては保留とし別のことを考えてみる。そういえばと呟きつつ、名簿を取り出してある一点を見つめた。
「アナベル・ガトー、歴史の教本にあったっけ?」
学生の頃や大古株の仲間から聞いたことがあった名だ。もっとも詳細なんぞは記憶の要らない部分に放り込んであったが。
「異名はたしか……宇宙のキャンサー?」
蟹の形に変化している雲を見つめながら呟く。違うような気もするがあだ名や異名なんぞは又聞きから発展する以上はそんなもんだろう。
「本気でどうでもいいな」
「キュウッ」
真面目にレーダーを視線を落とし索敵をおこなう。
ミノフスキー濃度は通常の濃さ。この辺りでは戦闘はおこなわれていないということだ。少なくともまだ。
「大丈夫かなキンケドゥさん?」
「キュッ」
平和に暮らしていたはずの彼は果たして無事だろうか?
片腕を義手にしパン屋をやっている人間がすぐさま戦場に適応できるだろうか?
考えれば悩みは尽きない。
「あれ?」
何故だろうか? 自分以外に誰か喋っているような気がする。
椅子から僅かに身を乗り出し、辺りに視線を泳がせて見る。
すると、いた。コックピットの隅に、隠れるでもなくつぶらな瞳で自分を見つめていた。どうやら朝食を取っている間に迷い込んでいたらしい。
「キュキュッ」
アイボリーホワイトの毛並みで髭が生えてて長い尻尾のある子猫ぐらいのサイズの生き物だ。実物を見たことはなかったが
これが鼠という生き物なのだろう。ディズニーのアニメでみたのとすっごく似ている。
おそらくシャドウミラー辺りが放し飼いにしているようだ。首輪は付けていなかったが、地球では猿や鹿が放し飼いになっており、
動物にアクセサリーを付けないのが流行なのだ。直接地球で見たので間違いない。
「お前も大変な人生……いや、ネズミ生を送ってるん…デチュネェ」
何の気なしに右手を鼠の傍に寄せてみる。ついでにネズミ言葉も使ってみる。
「おいででチュウ。おいらと仲良くしましょうでチュウ」